生きているだけで儲けもの

 仕事の関係で、お客様の経営破綻を何回か経験したことがある。
 
 あるゴルフ場が立ち行かなくなり、民事再生法の申請を行うことになった。そのゴルフ場は、あるゼネコンの子会社であり、それまではゼネコンの経営者の一族が社長を務めていた。
 
 ところが、民事再生の申請を行う方針が決まってから、その社長はゼネコンの経理部長にゴルフ場の社長を替わるように指示した。簡単に言えば、債権者などからの攻勢の矢面に立つ仕事をその人に押し付けたのである。
 
 サラリーマンはつらい。上司の命令を拒否するわけにはいかないので、彼は不承不承社長を引き受けることになった。
 
 そのゼネコンは、私のコンサルティングのお客様で、その新社長とはよく一緒に酒を飲みに行く間柄だった。
 
 債権者集会では、債権者や会員の方々が客席に集まり、ゴルフ場の役員や担当弁護士がステージに並んでいる。私も客席から様子を見せてもらった。担当弁護士が民事再生法申請に至った経緯や、今後の事態収束の方針を説明した後、新社長はステージの真ん中に進み出て、土下座をした。たぶん、彼にとって生まれて初めての土下座だったと思う。
 
 債権者や会員の方々から「どうしてくれるんだ!」といった怒号が飛び交うかと思ったら、まったくそのようなことはなかった。おそらく、ゼネコン側がかなりの損失負担に応じ、会員は少ない負担で引き続きプレーができるという話になったことと、債権者の方々にはゼネコン関係者が多かったためだと思われる。
 
 それにしても、大勢の債権者たちの前で土下座をした新社長の気持ちを考えると、同情を禁じえなかった。
 
 大昔、「サラリーマンは気楽な稼業…」という歌があったが、そんなことはないなあ…と思った。
 
 このゴルフ場の場合は、親会社が付いていたので比較的うまく着地できたが、中小零細企業の破綻の場合には、間違いなく社長が金融機関からの借入金の保証人になっているので、社長も自己破産することが多い。
 
 私のお客様で社長が自己破産したケースは2件あった。「自己破産」というととんでもなく悲惨な状態になると考える人が多いと思うが、お客様のケースを見て自己破産後もある程度通常の生活はできるということが分かった。
 
 自己破産の場合には、法的に借入金の返済義務がなくなるので、債権者からの取り立てや督促もなくなる。私のお客様の場合も借金の取り立てのことを考えるとノイローゼになりそうだと言っていたので、これが一番大きいと思う。
 
 ただし、会社の借入金や社長の借入金に連帯保証人がいる場合には、そちらに請求が行くことになるし、自己破産をすると、いわゆるブラックリストに5年~7年程度の間載るので、新たな借金やクレジットカードの利用はできなくなる。さらに、高価な財産(99万円超の現金、時価20万円超の財産)は処分されてしまう。逆に言えば、小口の現金預金は手元に残すことができる。
 
 また、自己破産した場合には、官報に氏名・住所が掲載されるが、一般の方はまず官報を見ることはないので、それが誰かに知られることはない。ちなみに、サラリーマンの場合は自己破産をしたことを理由に解雇されることはない。
 
 さらに、家族が保証人になっていなければ、家族の財産が処分されることはないし、家族は借入やローンを組むこともできる。
 
 このように考えると、積極的に勧める訳ではないが、借金やその返済でノイローゼになるくらいなら、思い切って自己破産手続きを行い、スッキリしてから第2の人生をやり直すという選択肢もあると思う。
 
 私のお客様で自己破産をした方々もその後無事生活を送っているようだ。
 
 「借金を苦にして自殺」とか「ひとに迷惑をかけるくらいなら死んだほうがまし」と考える人もいるだろうが、死んでしまっては何の解決にもならない。
 
 「生きているだけで儲けもの」と考えたほうがはるかに得だと思う。

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