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【期間限定☆1巻まるごと無料公開】ふしぎアイテム博物館「第1話 計算鬼」



 放課後。
 タメ息をつきながら、わたしは学校の廊下を歩く。
 わたし──南原なんばら有理ゆりのタメ息の理由は、ズバリ算数のテスト。
 百点満点中、たった三十点しか取れなかったんだ。
 お母さん、また怒るだろうな。
『小学四年生にもなって、どうしてかけ算ができないの!』って、この間も怒られたばかり。
 わたしの場合、かけ算どころか、たし算だってまちがえる。
 文章問題なんかとくに苦手で、つまり国語だってできない。
 でもさ、算数の文章問題って変なの多くない?
 今回のテストに『70mのリボンから14.3mと23.6mのリボンを切り取りました。残りは何mですか?』なんて問題があったけど、まず70mのリボンてなに? 巨人が頭に着けるの?
 70mのリボンは、それはもう巨大きょだいな布だよ!
 ……いや、まあ、ただの言い訳だけどさ。
「はあ」
 もう一度、タメ息。
 このままじゃ、おこづかいは減るだろうし、ゲームは没収ぼっしゅうされちゃうよ。
 まったく、だれが最初にテストなんて思いついたんだろう。
 テストを発明した人、わたしにあやまってほしい。どれだけわたし──いや、世界中の子どもたちが大変な目にあっていると思ってるんだ。
 まあ、テストを発明した人、とっくに死んでるだろうけど──なんてことを考えていると、目的地についた。
 長い廊下のつきあたり。やけに汚れた古い\壁《かべ》。『授業準備室』と書かれた扉。
「ここ、で、いいんだよね?」
 授業で使ったDVDを準備室にもどしてくれないか、と先生におつかいを頼まれていたんだ。
「おじゃましまーす」
 だれもいないと知りつつ、それでもあいさつをして、わたしは準備室の扉を開けた。
 そして、すぐに違和感に気づく。
 だって部屋の中に、長い通路がつづいていたから。
 床はフカフカの絨毯で、天井にはキラキラのシャンデリア、壁は高級感のあるブラウンの木材が使われている、そんな通路が。
 えっと、ここ、校舎だよね? でも、なんか洋館っぽい雰囲気だよね?
 というか、めっちゃ、広いよね?
「…………」
 引き返すって手もあった。
 でも、わたしは、そのまま先を進んだ。なぜだろう。このまま進むべきって思った。通路の先で、なにかが、わたしをまってる。そんな気がしたんだ。
 やがて、長い通路を抜けると、大きな部屋にたどり着く。
 その部屋でわたしをまっていたのは、たくさんのガラスケース。そしてその中にしまわれた、たくさんのモノ。
 フレームやネジなど、すべてのパーツが透明で、キラキラ光っているメガネ。持ち手がカギのような形をしているハンコ。宝石がちりばめられたハサミ。ドクロが埋めこまれたスリッパ。
 ほかにも、衣服、家電、文具、模型、あらゆるジャンルのモノが辺り一面、ところせましと並べられていた。
「な、なんなの、ここ? ……あっ」
 キョロキョロ辺りを見まわすと、壁のり紙に気づく。

博物館の中ではお静かに

「は、博物館……!?」
 よく見れば、ガラスケースが置かれた台座には、解説文らしきものが書かれたプレートが備え付けられている。
 ガラスケース、たくさんのモノ、解説文……そうか、たしかにここは博物館だ!
 ためしに、いくつか解説文を読んでみることにした。

【無視メガネ】
 かければ、存在感が薄くなって、人から無視してもらえるメガネ。

【ログ印鑑いんかん
 押された者は、どんなにセキュリティがきびしい場所でも、
 自由にログインできるようになる印鑑。

【貯金貯金バサミ】
 使えば使うほど、お金が貯まっていくハサミ。
 ただし、使えば使うほど、使用者が大切にしているなにかが切られてしまう。

【スリルスリッパ】
 はくだけで、スリル満点の体験を味わうことができるスリッパ。
 長時間の使用はオススメしない。

「無視してもらえる? ログイン? お金が貯まる? はくだけで? ……いや、そんな……」
 そんなバカな。
 ありえない。
 そう言って、笑い飛ばすべきだろう。
 そんなものを信じるほど、わたしは子どもじゃない…………のに。
 それ、なのに。
 解説文の内容を、わたしはウソだと思えない。
 ここにある奇妙な展示品たちを、偽物にせものだと切り捨てられない。
 だって展示品たちはみな、フシギなオーラを放っていた。
 見ているだけでドキドキしてしまう、フシギでブキミなオーラを。
 ありえないと、頭では、わかってる。
 でも、心では、ここにある展示品たちを──

「そんなに気に入った?」

 急いでふり向く。わたしのすぐ後ろに、女の子が立っていた。
 小学四年生……いや、五年生かな? ボブヘアーに、少しタレ目の、いかにも人当たりの良さそうな雰囲気の子だった。
「ここにある展示品を、そんなに気に入ったの?」
 と、ボブヘアーさんはもう一度くり返した。
「あ、えっと、その……」
 急にあらわれた子に、急に話しかけられて、うまく言葉が出てこない。
「ああ、ごめんごめん。急に話しかけちゃって。でも、話しかけるときって、ふつう急だよね。予約してから話しかける人なんていないし。ね、キミもそう思わない?」
 そう言って、ボブヘアーさんは笑みを浮かべた。
 この人ぜったい良い人なんだろうなって思える、やわらかい笑みだった。
「あーそっか! まず先に、これを言っておかなくちゃ。いけないいけない」
 やわらかい笑みを浮かべたまま、スッと姿勢を正し、ボブヘアーさんは言う。
「ようこそ、ふしぎアイテム博物館ミュージアムへ」
 ……ふしぎ、アイテム、博物館。
 無視メガネ、ログ印鑑、貯金貯金バサミ、スリルスリッパ……たしかに、みんなフシギなアイテムだ。
「わたしの名前はメイ。ふしぎアイテム博物館の館長──の、助手をしているよ」


 よく見れば、メイさんの手には白い手袋がはめられていた。
 寒いとき用のじゃなくて、指紋をつけないための手袋。
 去年、学校の授業で歴史博物館に行ったとき、職員の人がこんな手袋をはめていたっけ。
 じゃあ、ほんとうに、小学生で博物館の仕事を?
「あの、メイさん。この博物館って、いったいなんなんですか?」
「ん? 名前のまんまだよ。特別な、ふつうじゃない、フシギなアイテムが集められた博物館。たま~に、キミのようなお客さんがやって来て、アイテムを気に入ってくれるんだ」
 さっきも、そんなことを言われた。
「えっと、わたしって、そんなに気に入っているように見えました?」
「うん、見えまくってた。というか、ここに来た子はみんな気に入るし、少なくとも気にはするんだよ。『うわわっ! なんなのこの博物館っ! フシギでブキミなもんばっか! でもみんな、独特な魅力を放ってる! ただの偽物とは思えないよ~!!!』って」
 そんなテンション高くはないけど、でも、たしかにそう思っていた。
「ねえ、よかったらなんだけど、あ、もちろん無理にとは言わないんだけど」
 人なつっこい表情と口調で、メイさんは言う。
「ここにあるアイテムが気になるんなら、どうかな? うちの館長に会ってみない?」
「え? 館長?」
「うん館長。この博物館を創立そうりつした張本人。というかさ、館長のほうが、ひさしぶりのお客さんに会いたがってるんだ」
 館長さんが、わたしに……。
「どうかな? 会ってくれないかな? 決して悪い人ではないよ。かといって良い人でもないんだけど。まあ、アレな人ではあるかなぁ……でも、うん、会ってソンはないと思うな」
「どうして、ですか?」
「だって館長は、ここにあるアイテムを、みーんな愛してるから。アイテムはぜんぶ、館長が自らコレクションしたんだ。ここのアイテムが気になってるキミと、相性が良かったりしちゃうかも? だから、どうかな?」
 迷ったのは、ほんの数秒。
「会います、館長さんと」
 わたしはそう答えていた。
 この、すべてがフシギな空間の主がどんな人なのか、それを知りたかった。
「うんうん、そう言ってくれると思ったよ。さあ、こっちだよ」
 そう言って、メイさんは歩きだす。わたしもすぐにそのあとを追った。

 メイさんに案内されて、わたしは博物館の奥へ奥へと入っていった。
 やがてたどり着いたのは、金色の飾りがちりばめられた、それはそれは立派な扉の前。
「ごきげんよう」
 扉を開け、部屋の中に入ったとたん、声をかけられる。
「ようこそ、私の博物館ミュージアムへ」
 声の主は、美少女だった。
 宇宙のような黒髪に、雪のような白い肌、宝石のように輝く目。
 そんな圧倒的な美少女が、ソファーの上で優雅にくつろいでいる。
「私の名前は、宝野たからのヤカタ。ふしぎアイテム博物館の館長よ」
 館長さんの見た目は、中学生くらいにしか見えない。
 でも、わたしは、目の前にいる美少女が館長なのだと、すんなり納得してしまう。
 だって、あまりにもこの美少女が、博物館の雰囲気になじんでいたから。
 館長さんは黒いドレスを着ていた。
 ダークな雰囲気をかもしつつ、ゴージャスな華やかさもあって。
 美しい顔と合わさって、まるで物語の世界から抜け出してきたお姫さまのよう。
 ふつうじゃない博物館には、これくらいふつうじゃない館長がいて、当然とさえ思った。


「ひさしぶりのお客さまね。お名前を聞いてもいいかしら?」
 わたしがソファーに座るのをまってから、館長さんは言った。
「あ、えっと、南原有理、です」
「南原、有理……すてきな名前だわ」
 そう言って、館長さんはほほえんだ。
 わたしはその美しい笑みを見て、なぜか、おちつかない気持ちになった。
 どうしてだろう。
 ほめてくれたのに、笑いかけてくれたのに、この人に名前を知られるべきじゃなかった──そんな気持ちになるなんて。
「緊張しなくていいのよ有理さん」
「あっ、いや、緊張なんて──」
「名前なんて、しょせんは飾りなのだから」
「っ!」
 どうして、この人……!
 館長さんは、もう一度ほほえんだ。こわいぐらいに、美しい笑みで。
「ねえヤカタさまっ」
 とメイさんが言う。
「そろそろ本題に入れば? 有理ちゃんだってヒマじゃないだろうし」
「ふうん? 私はけっこうヒマよ?」
「ヤカタさま~っ?」
「はいはい。わかったわ。私の助手はいつも正しい」
 メイさんにジト~ッとにらまれ、館長さんは参りましたと手を上げる。
「さて。さてさてのさて。メイの言うとおり、本題に入りましょう。私だって、その話をしたくなかったわけではないわ。ただ、楽しみは最後に取っておきたかったの」
 本題? 楽しみ? いったい、なに?
「ねえ、有理さん」
「は、はい……なんですか」
「ふしぎアイテム博物館のアイテムたちを見て、あなたはどう思ったのかしら」
「どうって、えっと、その名のとおりフシギだなって……」
「それだけ?」
 館長さんの大きな目が、わたしをのぞきこむ。
 その瞬間、体がゾクッと震えた。電気のようななにかが、全身を走った。
「ほんとうに、それだけかしら?」
 大きな大きな、見ているこっちが吸いこまれそうになる目。
「……それだけじゃなくて、その、ウソとは、思えませんでした」
 その目に見つめられると、なぜか勝手に口が動いた。
「無視されるメガネとか、貯金できるハサミなんて、ありえないのに。でも、展示されたアイテムたちを見ていたら、ウソとは、ぜんぜん、思えなくて……」
「うれしいわ。それだけ、私のコレクションしたアイテムたちが、魅力を放っていたのね?」
 わたしはうなずいた。それを見て、館長さんも満足げにうなずいた。
「ねえ有理さん。あなたに博物館のアイテムを貸してあげる」
「え?」
 思ってもみない言葉だった。
「わたしに、貸す? どうして、ですか?」
「私ね、思うのよ。アイテムは使われてこそだって。人が使うためのアイテムなのだから、アイテムの真の価値は、使ってみないと発揮されない。どう? ちがうかしら?」
「それは、そうかもですけど……」
「せっかくのすごいアイテムなのに、ただかざっているだけなんてもったいないわ。アイテムの魅力みりょくがわかる有理さんに、私の愛しいアイテムをぜひ使ってほしいの。ねえ、有理さん、なにかこまっていることはない? 悩みの一つや二つ、あるでしょう?」
「それは……」
 頭の中に、算数のテストが浮かぶ。
「あるのね? なら、話して」
 館長さんは、グッとこちらに身を乗り出す。
「有理さん、話して」
 館長さんの瞳に、わたしが映る。
 まただ。その大きな目に見つめられると、ゾクゾクッと体が震える。
「わたし、算数が、苦手で……」
 わたしはいつの間にか、悩みを打ち明けていた。
「テストも、ぜんぜんできなくて、お母さんには怒られて……だけど勉強する気もなくて……」
「ねえ有理さん、あなた運がいいわ。とっておきのアイテムがあるの。メイ、あれを持ってきて。わかるでしょう?」
「りょーかいっ」
 メイさんは部屋を出て、そしてすぐにもどってきた。その手に、なにかを持ちながら。
 館長さんはそのなにかを受けとり、わたしの前に差し出す。
 それは、スマホサイズの電卓だった。でも、ただの電卓じゃない。キバとツノが生えた、鬼の顔が描かれている。


「どうぞ有理さん。計算鬼けいさんきよ」
「計算機?」
「いいえ、計算鬼。計算をする鬼。ありとあらゆる計算を完璧にこなして、あなたに教えてくれる鬼。このアイテムがあれば、もう算数のことで悩まずにすむわ」
 ウソだとは、思えなかった。
 ほかの展示物と同じように、計算鬼には独特のオーラがあった。
「館長さん、ありがとう、ございます」
 気づけば、わたしは計算鬼を握りしめていた。
「どういたしまして。これはね、元々はそろばんだったのよ。でも、時が経つにつれて、いまの電卓の形になったの。お殿様とのさまなどの数々の支配者が使ってきた、歴史あるアイテムよ。大事だいじにしなきゃ大事おおごとね」
「……あの、館長さん、一つ聞いていいですか?」
「なにかしら?」
「えっと、館長さんて、中学生ぐらいですよね? メイさんも若いし、だから、その……」
「私とメイが、何者なのかってこと?」
 わたしはうなずく。
「うふふ。うふふふふふふふふふふふっ」
 館長さんは笑う。
 上品で、きれいで、でもそれ以上に〝なにか〟が隠された、ミステリアスな笑み。
「ねえ有理さん、そんなことどうでもいいと思わない? 私は、私。メイは、メイ。それ以上でも、それ以下でもないわ。大切なのは、私はアイテムを貸したくて、あなたもそれを望んでる、その事実じゃないかしら?」
 なにかを、はぐらかされた気がした。
 でも、たしかにわたしは、計算鬼を望んでいる。
 たとえ、館長さんが何者であろうと。
「それではごきげんよう有理さん。計算鬼を使ってみた感想を、いまから楽しみにしているわ」
 やがて、そんな言葉を背に受けながら、わたしは館長室を出た。

「その扉から出れば、有理ちゃんがいた場所にもどれるからね」
 博物館へと通じていた扉までお見送りしてくれたメイさんが言う。
「アイテムを返すときは、もう一度同じ扉を開けるといいよ。貸し出し期間は……うん、一ヶ月でどう?」
 わたしはうなずいた。それだけあれば、次のテストに間に合う。
「それでは、メイさん、いろいろ、ありがとうございました」
「こちらこそ、ヤカタさまのワガママに付き合ってくれてありがとう。ずいぶん長く引きめちゃったね」
「そうですね、すぐ帰ります。最近、なんだか物騒ぶっそうですし」
「物騒?」
「わたしの近所で、建物の壁が壊されたり、窓ガラスが割られたり、ゴミ箱が荒らされたり、物騒な事件がつづいてるんです」
 そもそも、わたしの住んでるところって山の近くで、夜道は真っ暗になっちゃうから危ないんだ。
「ねえ有理ちゃん」
 わたしが扉のノブをつかんだ瞬間、後ろからメイさんの声が聞こえた。
「わたしはヤカタさまの助手だから、こんなことは言わないほうがいいんだけど、でも、一つだけ言わせて。どんなに便利なアイテムも、決して万能じゃない。アイテムを頼るのはいいけど、アイテムに頼りすぎちゃダメだよ」
 こんなことは言わないほうがいい? なんで言わないほうがいいんだろ?
 意味はよくわからなかったけど、とりあえず「はい」とうなずく。
 それから、もう一度お礼を言って、わたしは扉を開ける。
 扉の先にあったのは、見慣れた校舎の廊下だった。
 ……うん。無事に、もどって来られたみたい。
 ふり返っても、メイさんはいない。
 わたしの目に映るのは、授業で使われる備品が置かれた、授業準備室の光景だけ。
 夢だったのかな、一瞬そう思う。でも上着のポケットにはちゃんと、計算鬼が入っていた。
「70mのリボンから14.3mと23.6mのリボンを切り取りました。残りは何mですか?」
 わたしは小声でたずねた。
 すると、ポケットに入れた計算鬼も、小声で『32.1m』と答える。
 やっぱり、ほんとうだった。
 館長さんの言っていたことは、ほんとうだった。
 博物館のアイテムを見て、本物だと思ったわたしの気持ちも、まちがってなかった!
 これさえあれば、わたしはもう、算数で悩まなくてすむ……!
 興奮したわたしは、ポケットの上から、計算鬼をギュッと握りしめた。
 興奮しすぎて、DVDを授業準備室にもどすのを忘れていることに気づいたのは、家に帰ってからのことだった。

 それから、わたしは計算鬼の力をフルに活用した。
 算数の授業で当てられても、宿題をたくさん出されても、もうおそれることはなかった。
 そしてもちろん、テストのときも。
「すごいじゃないの南原さん!」
 ある日。クラスでただひとり、抜き打ちテストで百点満点を取ったわたしを、先生は絶賛してくれた。
「また有理!?」「いったいどうやって?」「ぜんぜん勉強してるように見えないのに!」
 ざわつくクラスメイトたち。
 そう、正解!
 まったく勉強なんかしてない!
 わたしはただ、計算鬼にだけ聞こえるように、テスト問題をささやいただけ。
 二桁ふたけたの割り算も、面積も、角度も、折れ線グラフも、中学受験レベルの難問だって、計算鬼は完璧に計算をして、わたしにコッソリ教えてくれる。
 いつしかわたしは、クラスメイトたちから尊敬されるようになった。
 それは、算数の成績がトップになったからじゃない。
 計算鬼によって、わたしがあらゆる情報を、だれよりもはやく手に入れているからだった。
 空を見せれば降水確率を、献立を見せればカロリー合計を、人を見せれば何歳なんさいかを、計算鬼は一瞬で計算してくれたんだ。
 完璧な計算は、完璧な数字をくれる。完璧な数字とは、信頼できるたしかな情報!
 まさか計算鬼が、こんなに便利なものだとは!
 カロリーが意外と高い食べ物を知っていたり、テレビの天気予報よりも正確に天気を言い当てたりしたわたしは、勉強以外でも注目されるようになった。
 ──お殿様などの数々の支配者が使ってきた、歴史あるアイテムよ。
 館長さんの言葉はほんとうだった。
 きっとお殿様も、計算鬼を使って、人々から尊敬されていたんだろうな。
 計算鬼を、手放したくない。
 いつしか、わたしの心に、そんな気持ちが芽生えていた。

 ある日の放課後。
 考えごとをしながら、夕暮れの薄暗い道を、わたしはひとり下校していた。
 メイさんと約束した一ヶ月まで、あともう少し。
 どうにかして、貸し出し期間を延長してもらえないかな。はじめにそう考えた。
 どうにかして、計算鬼をもらえないかな。次にこう考えた。
 どうにかして、計算鬼を返さずにすむ方法はないかな。最後には、こう考えていた。
 アイテムは人に使われてこそ、館長さんもそう言っていたじゃないか。
 だから、わたしがずっと使えばいい。
 そうだ。わたしが授業準備室に近づかなければ、返さなくてすむのでは?
 ……いや、でも、メイさんのほうから、計算鬼を回収しに来ちゃうよね。
 博物館にはたくさんのアイテムがある。わたしの居場所を探すアイテムだってきっとある。
 やっぱり、もらえるように説得する作戦で行こう。
 うん。大丈夫、わたしには計算鬼がある。
 計算鬼が、作戦の成功確率を教えてくれる。
 作戦を練るために、はやく家に帰りたくなったわたしは、近道をすることにした。
 通学路を外れて、雑木林をつっ切る。
「うん?」
 木々の間を抜ける途中、一瞬、なにか見えたような。
 立ち止まって、そちらをじっと見る。
「あっ」
 一本の古い木の幹に、計算式が書かれていた。
 いや、書かれていたっていうか、きざまれていたが正しい。
 木の幹に、彫刻刀ちょうこくとうかなにかで、1=1+3と刻まれている。


「いや、まちがってるし」
 4でしょ、4。それに、なんで1=からはじめるんだろ。ふつう1+3=でしょ?
「ねえ計算鬼、まちがってるよね?」
 ポケットから計算鬼を取り出し、計算式を見せる。
 でも、計算鬼はなにも言わずだまっている。
「計算鬼? どうしたの? ほら、この計算式、答えは4だよね?」
 やっぱり、計算鬼はなにも言わない。
 え? まさか故障? こんな幼稚園レベルの計算ができないなんて。
 もう一度、計算鬼に問いかけようとした、そのときだった。
 ふいに、視線を感じた。
 なにかが、わたしを、見てる。

 ガサッ、ガサッ。

 そして聞こえる、草や葉っぱがゆれる音。

 ガサッ、ガサガサガサッ。

 なにか、大きなものが、動く音。
「だ、だれかいるの?」
 辺りをキョロキョロうかがっても、視線の正体は見つからない。
 それでも、確実に、なにか、いる。
 なにかが、じっと、わたしを、見てる。
 背中に、ゾッと寒気が走った。
 帰ろう。帰らなきゃ。ここから、いますぐ、はなれなきゃ。
 そう思って、視線をもどす。

「ひぃっ」

 わたしの口から、悲鳴がもれた。
 だって、目の前に、バケモノがいたから。
 ……いや、ちがう。
 バケモノじゃない。イノシシだ。バケモノかと思うくらいデカい、巨大イノシシ。
 よく見れば、イノシシの足元には、お菓子の袋が散らばっている。
 ──そうですね、すぐ帰ります。最近、なんだか物騒ですし。
 ──物騒?
 ──わたしの近所で、建物の壁が壊されたり、窓ガラスが割られたり、ゴミ箱が荒らされたり、物騒な事件がつづいてるんです。
 よみがえる、あの日の会話。
 もしかして、みんな、イノシシのシワザだったの?
「プギィィィィッッッ!!!!!!!!!!!!」
 毛を逆立てながら、イノシシは鳴く。
 威嚇いかくするように、鋭いキバをむき出しにする。
「や、やだっ。助けてっ」
 恐怖で、足が、動かない。
「だめっ。来ないでっ」
 イノシシが、ゆっくり、こちらに迫る。
「そんなっ。やだっ」
 足、お願い、足、動いてっ!
「逃、逃げっ」
 はやく、はやくっ、逃げなきゃ──あ。
 そうか。そうだったんだ。
 イノシシが、わたしに向かって飛びかかる、その寸前。
 わたしは1=1+3の、ほんとうの意味に気づいた。

いったい有理ちゃんに、なにが起きたのかな?
絶対に計算をまちがえないはずの計算鬼が、木に刻まれた数字を見ても、答えを教えてくれなかったのはなぜ?
さし絵をよ~~く見ながら、考えてみてね!

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とってもかわいくてすこーしアヤしい表紙がめじるし!

◎感想ぼしゅう中!

つばさ文庫HPが、ただいまシステム障害の影響で見られません。
直るまでのあいだ、ココ↓から感想をぼしゅうしてるよ!
みんなの気持ちを、ぜひ教えてね🎵