【特別ためし読み】新シリーズ『ときめき☆ダイアリー!「好きな人」なんて覚えてません!』
ひみつの日記📒をてがかりに、「好きだった人」を思いだせ!?
わたし、天野みそら。
ふつうの中学生、なんだけど、
実は、事故で記憶をなくしちゃったんだ…!
でも新学期、ロッカーからひみつの日記帳を見つけたの。
書かれていたのは『わたしの好きな人』のこと!
過去のわたしのためにも、ヒミツの恋の記憶を思い出したい!
そんななか現れた、優しいけど無愛想な勇晴(ゆうせい)くん、無口でクールな理雨(りう)、カリスマ生徒会長の八雲(やくも)先輩の3人。
彼らと目が合ったとき、頭にパッと映像が浮かんで、胸がドキッとしたんだ。
あれ、前にも同じシチュエーションがあった気がする……?
もしかして、『わたしの好きな人』って3男子の誰かなの!?
10月9日(水)発売予定! 胸キュン☆スリルがとまらない新シリーズ!
超チューモクの【記憶そうしつ】ラブコメ💛 ぜひためし読みしてね!!
🌟登場人物
天野みそら(あまの・みそら)
中学2年生。事故で記憶をなくしてしまったが、
明るい性格で、まっすぐにつき進む!
椿 勇晴(つばき・ゆうせい)
無愛想だけど実は優しい(!?)、クラスの中心的存在。
宝正 理雨(ほうしょう・りう)
無口でつかみどころのないクール男子。
神代 八雲(かみしろ・やくも)
生徒会長で学校中のあこがれの的。
🌟ためし読み連載・第1回
📒1 本命チョコとなくした記憶
「……チョコが、ないっ!!」
放課後、教室でバッグの中を見た私は、真っ青になる。
──なっ、なんで紙袋だけなのっ!! チョコはどこ!?
今日は、バレンタイン。
生まれて初めてチョコ作りに挑戦した私は、勇気をふりしぼって、好きな人に告白しようと思っていた。
それなのに、バッグの中身をひっくり返してみても、ラッピングした箱が見あたらない。
パニックになりながら、記憶をさかのぼってみる。
キッチンをチョコでベトベトにし、ココアパウダーや粉砂糖まみれになりながら、やっとの思いで完成させたトリュフ。
形はいびつだったけど、味見をしたらおいしくって、味は「カンペキ!」だった。
トリュフは、たしかに箱に詰めたはずなのに……そうだ! ギリギリまで冷やそうとして、家の冷蔵庫に入れっぱなしにして来ちゃったんだ。
大変っ! すぐに取りにもどらなくちゃ!
バッグも何も持たずに、教室をとびだす。
「みそら、ちょうど良かった。あのね、今日って……」
「ごめんね、カスミ! 今日、大切な約束があって。急がないと!」
呼び止められても、立ち止まっているひまはなくて、返事だけして廊下を走っていく。
最後に彼とふたりきりで会ったとき、まわりのひとめを気にして、長くいっしょにはいられなかった。
だけど、そのとき彼が言ってくれたの。
『バレンタインの日、放課後に絶対会おう』
ふたりでそう約束した──だから、絶対に会いに行くんだ。
靴をはきかえ、昇降口から外へ出ると、校門をいっきにかけ抜ける。
行く手には交差点。信号が青に変わり、横断歩道を渡ろうとした。けれど──。
△★△★
目に映ったのは、デコボコもようの天井。
真っ白なシーツ、ツンとした消毒のニオイ。
──ここは、病院……?
からだのあちこちが痛くて、ベッドから起き上がることができなくて。
枕元にある、名前の書かれたプレートを見る。
「あまの、みそら? 誰……?」
この日、わたしは自分が誰なのかわからなくなってしまった。
📒2 ハチャメチャな新学期
桜の花びらがひらひらと舞い散る、四月──新学期のはじまり。
制服姿で玄関まで来たわたしは、鏡の前に立つ。
さらりとなびく、ミディアムヘア。
ワイシャツに、チェックのジャンパースカート。
ひとめで気に入った赤いリボンを、念入りに確認する。
「みそら、気をつけていってらっしゃい」
「何かあったら、お兄ちゃんを頼りなさい」
「はーいっ!」
後ろをついて歩いていたお父さんとお母さんは、なんだか心配顔。おまけに、そわそわと落ち着かない様子だった。
だけど、わたしはとっても元気で、バッグを肩にかけると、ふたりに見送られて玄関を後にする。
「いってきます!」
扉を開ければ、キラキラッと、太陽が輝いていて。心まで明るくなって、ニッコリとほほえんだ。
わたしの名前は、天野みそら。
今日から、日向第一中学校の二年生になるみたい。
──みたい、って、あいまいなのは、自分では何も覚えていないから。
バレンタインの日、学校のそばで事故にあって。
これって、記憶喪失っていうの?
十三年ぶんの記憶を、全部なくしちゃったんだ。
「……おはよう、みそら」
門の前で待っていた、ポニーテールの女の子が、こちらに手を振る。
大人っぽい雰囲気の美人さん。
「おはよう、カスミ!」
石原香澄(いしはら・かすみ)は、わたしの幼なじみ。
うちの近所に住んでいて、幼稚園のころから、ずっと仲良くしているんだって。
入院中にも何度も会いに来てくれて、たくさんはげましてくれたんだ。
わたしは、カスミのもとへかけていく。
「ちょ、ちょっと! みそら、急に走ったりして大丈夫?」
カスミが心配するものだから、目の前で回ってみせる。
踊るみたいにクルッとして、軽やかに決めポーズ。
「ほら、見て。腕も足もなんともないし、どこも痛くないから平気だよ」
事故のケガは、もうすっかり治っていた。
「それならよかった。ちなみに、記憶のほうはどうなの?」
「うーん、記憶はね……」
記憶喪失なんて、最初は意味がわからなくて、パニックになったりもした。
でも、家族やカスミ、みんなのおかげで、元気になったんだ。
……とは言っても、記憶はぜーんっぜん、元どおりになってないんだけどね。
「そのうち思い出せるのか、それともこのままなのか、さっぱりわからないんだよね。あっ、でも、ふつうに過ごすのには問題ないよ」
ご飯を食べたり、歯をみがいたり、日常生活に必要なことはできるから。
──うん! きっと、大丈夫!
「だから、心配しないで。ほら、行こう、カスミ!」
「ああっ、待って!」
カスミの手を引き、その場からかけだす。
△★△★
初登校はドキドキッ!
クラス発表は、もう大キンチョー。
掲示板にはりだされていた名簿を見たら……二年三組、天野みそら、石原香澄!
うれしくて、ふたりそろって笑顔に。
昇降口で靴をはきかえ、校内へ上がる。
みんな、物めずらしそうにこちらを見てくる。
「みそらが記憶喪失になったって、学校中でウワサになってたから」
「記憶をなくした人なんて見たことないから、みんな気になるよね」
動物園のパンダにでもなった気分。
まわりの視線を浴びながら、階段を上っていく。
「校内のことも覚えてないんじゃない? あとで案内するよ」
「ありがと。いろいろお世話になります」
キョロキョロしながら廊下を抜けて、二年三組の教室へ。
席に着くと、そばにいた女の子が声をかけてくる。
「……みそら?」
その子が誰なのかはわからない。
記憶喪失のせいで、校内での交友関係は、すべてリセットされていた。
そんなわたしに、女の子はとまどっているみたい。
ちょっとだけ不安……だけど、怖がってちゃ、何も始まらない。
「声をかけてくれて、ありがと。また、仲良くしてくれる?」
目が合うと、女の子は笑顔でうなずいてくれた。
──なんとか上手くやっていけそう。
「みそら、友達に呼ばれてるから、ちょっととなりのクラスに行ってくるね」
「はーいっ、いってらっしゃい」
カスミが席を立ち、教室を出て行った後。
クラスのみんなのあいさつや呼びかけに返事をしていると、どこからかギャーギャーと、騒がしい声が聞こえてくる。
「あっまのさーんっ!」
ビクッと、驚いて振り向く。
派手な感じの男子たちが、クラスのみんなをどかして、席のまわりをぐるりと囲む。
「ねえねえ、天野さん。事故にあったんだって? 記憶喪失になったって本当?」
「それってさ、めんどうくさいことは全部『わたし、何にもわかりませーん』で済むじゃん?」
「目が覚めたときに、『ここはどこ? わたしは誰?』って、やっぱり言った?」
派手な男子たちは、わたしの返事を待たずに、次から次へ質問してくる。
「そーいや、俺らの名前わかる?」「自分のこともわかんないんだって?」「そこは、何もわかりませーん、だよね?」
あっちこっちと顔を向けているうちに、だんだんと目が回ってきた。
「ええっと、その……」
あっ、頭がクラクラする~~~~~っ。
さすがに、これはキツい。
あわてて立ち上がり、その場から逃げだそうとした……そのとき。
「おまえら、何してんだ!」
騒ぎを聞きつけて、ひとりの男の子がやって来る。
「朝っぱらから、ギャーギャーとうるせーよ」
鼻筋がすっと通った、りりしい顔をした男の子だ。
すらっと背が高くて、見下ろされた派手な男子たちが、オロオロする。
「勇晴……これはその……」
男の子が、ギロッと彼らをにらみつける。
「新学期早々、くだらねーことすんな」
怒られた派手な男子たちは、しゅんとして、その場を後にする。
──よかった、助かったぁ~。
ほっとしたわたしは、止めに入ってくれた男の子に声をかける。
「助けてくれて、ありがとう」
こちらを向いた彼は、眉間にシワを寄せる。
「は? 別に、アイツらがうるさかったから注意しただけで、おまえを助けたわけじゃねーし」
「えっ? そうなの?」
かばってくれたんだと思ったけど、ちがったみたい。
男の子が、顔をのぞきこんでくる。
「おまえさー……」
鼻先がつきそうなくらいの至近距離。
彼の瞳に、わたしの顔が映る。
──なんだか、不思議な感じ……。
目が離せなくなって、じっと見つめていたら、そのまま吸いこまれてしまいそう。
その瞳に見入っていると、彼がぽつりと言う。
「……どういうつもりだよ」
彼の、キリリとした目元がつり上がる。
ビクリとしたわたしは、思わず後ずさりする。
「どういうって? 意味がわからないんだけど?」
真剣な顔をした彼が、こちらをまっすぐに見る。
「本当に、何も覚えてないのか?」
それを聞いて、わたしはハッとする。
「あなた、わたしのこと知ってるの?」
きっと……ううん、絶対にそうだ!
「もしかして、わたしの友達?」
次の瞬間、バタバタと勢いよくかけてくる足音がした。
「わ─────っ! ちょっと待った、みそらっ!」
大声で叫んだのは、教室に戻ってきたカスミだ。
「カスミ? どうしたの?」
「いいから、こっちに来て!」
あせっているのか、顔を真っ青にしたカスミが、わたしの手をグイグイと引っ張って、その場から連れ出そうとする。
──うん? わたし、マズいことでもしたのかな?
廊下へ出たところで、カスミはわたしに言い聞かせる。
「……初日から、とんでもない人に、ガン飛ばしたりしないの」
あれは、にらみ合ってたわけじゃないんだけど。
「とんでもないって、あの人、誰なの?」
扉の陰に隠れて様子をうかがう。
「椿 勇晴。二年男子のトップ」
「男子のトップ……いちばん目立って、いちばん強いの?」
「そういうこと。まわりから一目置かれた存在、っていうのかな」
「そっか、だから他の男子たちが逃げてったんだ」
「男子はそうだろうね。ちなみに、女子からは人気があるよ」
室内だけでなく廊下からも、椿くんに熱い視線を送る女子がたくさんいる。
へーっ、モテるんだ……。
「あの人、わたしのこと、知ってるんじゃないかと思って、話を聞こうとしたの」
「ウソウソ! それはないでしょ! みそらは、昔から椿くんみたいなタイプは苦手だったから。実際、避けてたみたいだし」
「……そうなの?」
椿くんも、あの派手な男子たちみたいに、わたしをからかおうとしていただけなのかな?
「とにかく、椿くんには気をつけたほうがいいかも。めんどうなことに巻きこまれるかもしれないし」
カスミに注意され、「はーいっ」と返事をした。
わたしは、チラリと椿くんを見る。
まっすぐにこっちを見た、あの瞳──何か知ってると思ったんだけどなぁ……。
📒3 新しい友達はワケあり男子!?
「それより、みそら。さっき先生に伝言頼まれたんだけど、一年のときのロッカーを片付けるようにって」
朝のSTが始まるまで、まだ時間がある。
「ロッカー? どこにあるの?」
「一年のときのなら、一階の廊下だよ。案内するね」
わたしは、カスミといっしょに教室を後にする。
ふたりでおしゃべりしながら、階段を下りる。
「……ロッカーって、何か入れていたのかな?」
記憶喪失になる前のことだから、ロッカーの存在すら初耳だった。
「置き勉とかじゃない?」
「うーん。変なものが出てこないといいけど」
中身について、あれこれ考えながら歩いていると……。
──スルッ! と足がすべる。
「あうっ!」
「何!? みそらっ!」
こらえきれずにズベッと、段差をひとつふみ外す。
「わわわわっ!」
いやぁ────────────っ! 落ちるっ!
正面に向かって倒れこみそうになった、そのとき。
踊り場にいた子が、こちらに手を伸ばす。
すけそうなくらい白い肌。
華奢で繊細そうな雰囲気。
だけど、その子は軽々とわたしを抱きかかえる。
トスンッと、床に足がつく。
「……あぶなっ」
小さな声で、そう聞こえてきた。
ホントそれ。間一髪だった。
「ごめんなさい、足をすべらせちゃって」
顔を上げたわたしは、目を見開く──まつげ長っ!
近くで見てやっと気づいたけれど、女の子に見まちがえるくらいきれいな顔をした、男の子だった。
「あのっ、ええっと……助けてくれて、ありがとうございました……」
ビックリして、あわててそばを離れようとする。
「みそら、大丈夫!?」
そこへやって来たカスミが、男の子を見るなり、パアッと笑顔になる。
「りっちゃんだ! 今来たの?」
「あー、うん」
「クラス、今年もいっしょだったよね?」
「そーだね」
どうやら、カスミの知り合いみたい。
「みそらは、初めて会うよね。宝正理雨。一年のときに、ワタシと同じクラスだったんだよ」
カスミは、彼の肩にポンッと手を置く。
……って、あれ? なんだか親しげ?
「もしかして、カスミのカレシ?」
「ちがうちがう! 友達だよ、と、も、だ、ちっ!」
てっきりつき合っているのかと思ったのに、わりと全力で否定されちゃった。
わたしをグイッと引っ張ったカスミが、あたりをキョロキョロ見ながら言う。
「りっちゃん、きれいすぎるでしょ? それに、マイペースだから。男子は、遠慮しちゃうみたいで。それで、ワタシのいる女子のグループに入ってたの」
そういえば、そばを通り抜けた男子たちが、こちらを気にしていたような……。
わたしも物めずらしがられているけど、みんないろいろワケありなのね。
「りっちゃんも知ってると思うけど、みそらは記憶喪失で、学校のことは覚えてないの。だから、困ってたら助けてあげてね」
カスミに紹介され、わたしはペコッと頭を下げる。
「天野みそらです。理雨って、呼んでもいい?」
話しかけてもノーリアクション。
「わたしのことは、みそらって呼んで」
理雨は、ふいっとそっぽを向く。
表情があまり変わらなくて、ポーカーフェイスっていうのかな?
横目でジーッとこちらを見て、理雨が言う。
「どう呼ぶかは自分で決めるよ」
……ありゃりゃ、つれない感じ。
まあ、今日が初対面だもんね。
「りっちゃん、クールなんだよね」
「そっか。人見知りなのかな?」
「そういうこと。よーし、新しく友達ができたってことで、りっちゃんもいっしょに行こう」
カスミに手を引かれて、理雨は階段を下りていく。
「えー、やだー、いかなーい」
理雨のセリフが棒読みなのが、ちょっと気になるけど。
新しい友達もできて、なんだか楽しくなりそう……なのかな?
△★△★
3人でワイワイ騒ぎながら、一階の廊下まで来た。
「みそらは一年二組だったから、教室はそこだよ」
教室をのぞいてみたけれど、まったく覚えがない。
「何かわかることはある? こう、フッと思い出したりするんじゃない?」
「うーん、特には……」
自分がどの席を使っていたとか、クラスで誰と仲良くしていたとか。
楽しかったことや、苦しかったことが、きっとたくさんあったはず。
──なのに、さっぱり。
こんなにも思い出せないなんて、自分でもビックリしちゃう。
「ロッカーはそっち。出席番号一番だから、みそら、ここじゃない?」
カスミが、ロッカーを指差す。
「ここが、わたしのロッカー……」
「とりあえず、開けてみたら?」
ロッカーを前に立ち、扉にそっと手を伸ばす。
カタンッと、音を立てて扉が開く。
中に入っていたのは……
「うん、置き勉だね」
一年のときの教科書とノート。
他には、特に何もなさそうだ。
「ねえ、カスミ。これ、家に持って帰ったらいいのかな?」
「そうだね。もう使わないと思うから」
ガサッと、教科書とノートをつかんで引っ張ろうとした。
次の瞬間、ロッカーの中身が崩れ落ちる。
「わあっ!」
「えっ! みそら!?」
ドサ────────ッ!
足もとに教科書とノートが散らばった、その後。
「……あれ?」
──ロッカーの奥に、小さな箱……?
その箱が、コロンッと転がり落ちる。
「えっ! ちょっと!」
とっさに拾おうとすると、箱は手のひらの上でワンバウンド。
取り落としそうになったところを、しっかりとつかんだ。
「セ──────フッ!」
よかった、落とさずにすんだ。
「何これ? きれいな箱!」
箱を、光に透かしてみせる。
金の装飾がほどこされた宝石箱だ。
ラインストーンがちりばめられ、キラキラと輝いている。
「みそら、何それ?」
「わかんない。わたしの? なのかな?」
どうしてこんなところに、宝石箱なんてしまってあったんだろう?
何が入っているのか気になって、フタを開けようとした。
んんっ? あれれ? カギがかかっているみたい。
「開かないや。どうなってるの?」
箱をくるくると回して見ていると、理雨がロッカーの中をのぞいて言う。
「まだ何か入ってる」
ロッカーに残っていたのは、青色のカバーがかかった手帳だ。
「スケジュール帳かな? ちょっと見てみるね」
手帳を開いて、パラパラとページをめくっていく。
──これって、つまり。
「日記? 一年生の頃の?」
その手を、ピタリと止める。
──やっぱり私、あの人のことが好き。
でも、誰にも言えない。この恋は、私だけのヒミツ──。
手帳に書かれていたのは、『ヒミツの恋』について。
「……って、ヒミツの恋いいいっ!?」
🌟ためし読み連載・第2回
📒4 ヒミツの日記と宝石箱
──4月5日、金曜日、晴れ。
今日は入学式。新しい制服が何だかくすぐったくて、でもうれしい。
だって、やっと中学生になれたんだから。
これから、知りたいこともいっぱいあるし、やりたいことだってある。
なにより、彼と同じ制服を着て、同じ学校の門をくぐることができた。
あのときのこと、覚えてるかな──。
「わっ、わたし、好きな人がいたのっ!?」
その人のことを想ってつづったのが、この日記。
過去の『私』が、まさか、こんなもの残してたなんて……。
手帳を横からのぞき見ていた理雨が、ポソッとつぶやく。
「あー、はずっ」
たしかに、これは他人に見られたら、なかなかはずかしい。
……って、記憶喪失前のわたし、ホントに何しちゃってるの!!
顔とか耳とか、からだじゅうがカーッと熱くなってきた。
はずかしさをごまかしたくて、「ケフンケフンッ」と咳ばらい。
手帳を細く開き、自分だけに見えるようにして、中身を確認する。
気になるのは、ヒミツの恋のお相手。
──私と彼とは、住む世界が違うんじゃないかってくらい。
何もかも違いすぎて、つり合うとは思えないんだけど。
それでも、あこがれちゃうんだ。
ねえ、てるてる坊主くん──。
相手は、わたしにとって『あこがれの人』だったらしい。
だけど、ぜんっぜん覚えてないっ!
日記を指でなぞり、思わず首をかしげる。
「……てるてる坊主くん?」
名前は出てきたけど、たぶん、あだ名だ。
「ねえ、カスミ。てるてる坊主って呼ばれてる人、いる?」
「誰だろう? 聞いたことないよ」
ページを次々めくってみても、相手の本名はどこにも書かれていない。
「カスミは、わたしの恋愛のことって、何か知らない?」
「ワタシは、一年のときはみそらとクラスがちがったから……もしかしたら、同じクラスの子に聞いてみたら、わかるかもしれないよ」
「どうかな。カスミに話してないなら、他の子には話してないと思う」
となると、相手はまさしく『ヒミツの恋の人』。
「この日記、四月五日……入学式の話なら、てるてる坊主くんは同じ学年の人かな?」
「去年の入学式ね。その日は、生徒会のメンバーとか、一部の先輩たちも係で参加してたから、わからないよ」
──いったい、誰なんだろう?
「好きな人、ヒミツの恋、てるてる坊主くん……えー……」
どのキーワードも、ピンとこない。
ホント、記憶喪失ってやんなっちゃう!
どこかにヒントはないか……ページをどんどんめくっていく。
すると、手帳の後ろのほうに、宝石箱について書かれた日記を見つけた。
──ずっとすれちがってて不安だったけど、今日やっとふたりで会えた!
うれしかった……もう、涙が出そうだよ。
てるてる坊主くんから、かわいい宝石箱を預かったの。
「大切なものが入っているから、いっしょに開けよう」って。
バレンタインの日、放課後に絶対会おうって、約束したんだ。
箱のなかには、何が入ってるのかな──。
「これが、その箱……?」
日記によれば、この宝石箱はてるてる坊主くんからもらったものらしい。
箱のフタは、うんともすんとも言わない。
「これ、開かないんだよね。カギがかかってるのかな?」
「みそら、ここ。ダイヤルがついてる」
カスミが、箱についていたダイヤルに触れる。
4桁の数字を入れる、ダイヤル式の南京錠だ。
そっか、そういうこと!
開けるには、パスワードが必要みたい。
「ちょっと試してみるよ」
わたしは、ダイヤルを回す。
『0000』『9999』『1234』と、適当な数字を入れてみた。
しかし、カギが開く気配はない。
──うーん、そんな単純じゃないってことね。
「4桁のパスワードって、どんな数字にするんだろ?」
何かヒントはないかな?
わたしは、もう一度日記を確認する。
「パスワードのこととか、中身のこととかは、くわしくは書いてないや。どうして、大切なものが入った箱なんて渡されたんだろ?」
「バレンタインって、みそらの誕生日だからかな? 誕生日プレゼントなんじゃない?」
「そっか、わたしの誕生日! それだ!」
カスミに言われて、わたしはバレンタインデーの『0214』を入れる。
よーしっ、これで開くんじゃない?
そう思ったけれど、
「……ちがうみたい」
カギはビクともしない。
他に、思い当たる数字はないかな……。
「みそら、ちょっと貸して」
「うん、いいよ」
箱を渡すと、カスミは手当たりしだい数字を入れていく。
まずは『0101』。
「お正月は、ちがうのね」
さらに『1224』『1225』と、『1231』を入れても反応ナシ。
「クリスマスも大晦日も開かないね。みそら、他に何かない?」
「うーん……」
「ほら、記念日とかあるでしょ?」
「記念日……宝石箱、大切なもの……」
記憶をなくす前のことは覚えていないし、日記を見てもわからない。
「ねえ、りっちゃん、何かない?」
カスミから箱を受け取った理雨が、『0621』を入れてみたけれど、もちろん開かない。
「りっちゃん、それ何の番号?」
「オレの誕生日」
──いやいや、それ開くわけないでしょ。
「理雨とわたし、今日が初対面だよね?」
「りっちゃん、その番号で開いたら、逆に意味がわからなくなるよ」
わたしとカスミは、そろってツッコミを入れる。
理雨は、ふんっと鼻で笑う。
「それはわからないよ?」
いったい、どういう意味?
ポカンとしていると、理雨は話を続ける。
「初対面って、思わせてるだけかもしれないし。本人だけじゃなくて、みんな知らないんだから、誰が相手でもおかしくないよね?」
……ということは?
会う人全員をてるてる坊主くんだと、疑わなくちゃいけないの?
「箱、いるの? いらないの?」
「ええっと、うん、いるけど……」
箱を返してもらい、改めてカギについて考える。
「カスミ、他に方法はないかな?」
「他の方法ね……」
いっしょに「うーん」と、うなり声を上げていたカスミが、ぽつりと言う。
「まさか壊すわけにはいかないもんね」
その言葉に、胸がギュッとなる。
もらったときのことは、まったく思い出せないけど、この箱が大切なものだったのは、なんとなくわかる。
「壊したりしたら、箱を開けるのを楽しみにしてた自分が、悲しむような気がする。この箱をくれた人にも失礼だし」
わたしのためにも、相手の人のためにも、簡単に壊しちゃいけない。
そう思い、箱をしっかりと抱きしめた。
そこへ、理雨が提案する。
「じゃあ、0001から9999まで、全部の数字を試せば? そのうち開くよ」
壊さずに開ける方法があるのは、たしか。
だけど、それも違う気がして……。
「そうなんだけど。でも、わたしにとっても、相手にとっても大切なものが入ってて……そうだよ、大切なものが何だったのか、ちゃんとわかってから、開けたい」
箱を開けるのはもちろんだけど、記憶をなくす前の自分が誰に恋をして、どんな気持ちでいたのか知りたいんだ。
「ねえ、みそら。相手に聞けば、パスワードがわかるよね?」
カスミにそう言われて、ハッとなる。
「そっか……そうだね!」
本人からパスワードを聞けばいいんだ!
そうすれば、箱を壊さずにすむし──それがいい。
「よーしっ! まずは、てるてる坊主くんを見つけよう!」
そうと決まれば、さっそくてるてる坊主くんを捜そう……と思ったところへ、カスミが手を挙げる。
「それで、どうやって見つけるの?」
「ええっと、それは……」
わたしの手のなかには、カギの開かない箱と、ヒミツの恋の日記。
「てるてる坊主くんを思い出す、とか?」
本人とわかる手がかりが一切ないから、あとはもう思い出すしかないのだけれど、自分でそう言っておいて、「んんっ?」と考えてしまった。
──記憶って、取り戻せるのかな!?
📒5 生徒会長は超人気イケメン
今日の一時間目は、始業式。
クラスの列に並んでいたわたしは、後ろにいたカスミと話をする。
「てるてる坊主くんとは、一年かけて仲良くなったんだって」
日記によれば、わたしとてるてる坊主くんは、まわりにはないしょで、少しずつ関係を深めていったみたい。
だけど、誕生日前に……つまり、事故にあったバレンタインの直前に、アクシデントがあって、距離を置くようになったんだって。
それでも、好きな気持ちを止めることはできなくて……。
「バレンタインにチョコを渡して、思いを伝えようと決心して。そっか、それでチョコを手作りしたんだ」
わたしがチョコを手作りしていたのは、お母さんから聞いていた。
チョコを渡そうとしていたのが、てるてる坊主くんだったわけだ。
「チョコは、家の冷蔵庫に入ってたんだよね」
「忘れてきたんじゃない? その日のみそら、急いでたみたいだし」
「じゃあ、チョコを取りに帰って、事故にあったの?」
約束を果たす前に、記憶喪失になってしまった──ということは。
「わたしが来なかったら、てるてる坊主くん、ずっと待ちぼうけだったのかな?」
告白もできていないし、約束もすっぽかしたわけだ。
「約束破られて、怒ってるんじゃないかな……それか、傷ついたかもしれない。だから、名乗り出てくれないのかな?」
そうかもしれないってだけで、本人に聞いてないから、真相はわからない。
「その人を見つければわかることだよ。箱のことも気になるし、とにかく捜してみようよ」
「うん、そうだね……」
にしても、てるてる坊主くんは誰なんだろう。
△★△★
チャイムが鳴り、始業式が始まる。
号令がかかっておじぎをしたときも、校長先生の話の間も、日記や宝石箱のことで頭がいっぱい。
「わたしとはつり合わないような、あこがれの人」
ぽつりとつぶやき、首をかしげる。
あこがれって、どんな感じだろう?
「生徒会長挨拶。三年、神代八雲」
校長先生の話が終わると、次は生徒会長が舞台に上がる。
──あっ、八雲先輩だ。
モデルのようなすらりとしたスタイルに、整った顔立ち。
見た目の美しさはもちろん、オーラがすごいの。
優雅な立ちふるまいは、まさしく生徒会長というか、王子様みたい?
八雲先輩が演台の前に立ち、こちらを向く。
とたんに、ザワザワと騒がしくなる。
「神代先輩、ステキ」「今日もカッコイイね」「こっち見てくれないかな?」
みんな、八雲先輩の話で持ちきりだ。
まわりの状況についていけずにオロオロしていると、カスミがそっと耳打ちしてくる。
「ねえ、みそら。もしかしたら、八雲先輩だったりして」
「えっ? 何のこと?」
「ほら、日記の! てるてる坊主くん!」
「……やっ、八雲先輩がっ!?」
八雲先輩とうちのお兄ちゃんは、自他共に認める親友どうし。
記憶をなくす前のわたしも知り合いで、どうやら親しくしていたらしい。
事故の後、入院中にも何度かお見舞いに来てくれていた。
ふいに目が合うと、先輩がこちらに手を振ってくれる。
笑顔が、まぶしい!
キラッキラで、目がくらみそう。
館内のあちこちから、黄色い声があがる。
女の子たちは、みんな目がハートだ。
「スゴい人気だね、八雲先輩って……」
「みんなの生徒会長、この学校の王子様だからね」
──先輩、ホントにカッコイイもんね。
わたしが、これまで生きてきたなかで……って、記憶喪失後二ヶ月での話だけど。
リアルからテレビのなかまで、八雲先輩以上のイケメンは、見たことがないくらいだ。
あの人が、てるてる坊主くんなんてこと、あるのかな……?
「まずは新入生のみなさん、ご入学おめでとうございます。みなさんがこの学校の一員となる日を、教師ならびに在校生、また生徒会役員も楽しみにしておりました」
八雲先輩のあいさつが始まる。
さっきまで騒いでいた女の子たちが、キュッと口を閉じる。
イケメンなだけじゃなくて、みんなをまとめる力もあるみたい。
「在校生のみなさん、ご進級おめでとうございます。本年度から生徒会長を務めさせていただきます、神代八雲です。どうぞよろしくお願いいたします」
八雲先輩の様子をうかがう。
「我々生徒会は、今年も生徒のみなさんの学校生活の充実を目標に、精いっぱい活動していきたいと思っています」
カンペも持たずに、余裕の演説。
ひとりひとりに、優しく語りかけるような口調で、全校生徒がウットリとしている。
「本年度最初の全校行事は、『春の写生大会』になります。写生大会は、毎年緑の美しい春に、豊かな心を育むことを目的として行われます」
チラッと振り向き、カスミに問いかける。
「写生大会って、毎年あるの?」
「うん。去年もお弁当持ちで、一日かけて絵を描いたよ」
「そうなんだ。楽しそう……」
正面を向き、もう一度八雲先輩を見る。
「優秀賞に選ばれた作品は、職員室前の廊下にて一年間展示させていただきます」
話の途中で、バチリッと目が合う。
──うっ……撃ち抜かれるっ!
「みなさん、がんばりましょう!」
八雲先輩が、優しげに目を細める。
そのとき、前の女の子がふらりと、わたしの方へ倒れかかってくる。
「はぁ~、神代先輩がほほえんでくれた……」
自分に笑顔を向けられたと思ったみたい!?
「ええっ? ちょっと……って……」
支えきれずに、いっしょにその場へ倒れこむ。
バッタ────────ンッ!
「ひゃあっ!」
わたしは、女の子の下敷きに。
それを見たカスミが、悲鳴を上げる。
「きゃあ! ふたりとも、大丈夫?」
その声を聞いて、真っ先にかけつけたのは理雨だ。
「青木さんが倒れて、みそらがつぶされて……」
「ああ、見ればわかる」
カスミから説明を聞いた理雨は、青木さんの手をつかむ。
そこへカスミも加わって、青木さんを起こそうとする。
わたしももがいてみたけれど、身動きが取れず。
「うううううっ、苦しい……」
誰か助けて~~~~~っ!
まわりを囲んでいたみんなをどかして、椿くんがやって来る。
「ったく、何やってんだよ。先生! 急病人ーっ!」
椿くんの呼びかけでかけつけた先生たちが、青木さんを抱えて運んでいく。
ようやく解放されたわたしは、ほっとひと安心。
けれど、立ち上がろうとすると、フラッとよろけて倒れそうになった。
「……みそらちゃん!」
とつぜん、ふわっとからだが浮く。
「やっ、八雲先輩!?」
わたしは、八雲先輩に抱きかかえられていた。
──しかも、これって、お姫様抱っこ!?
ウソでしょ、え───────────────っ!
「みそらちゃん、ケガはない?」
顔を上げると、八雲先輩と目が合った。
その瞬間──
キラキラと、視界に星くずのようなものが瞬く。
スライドみたいに、パラパラと映像が浮かんでくる。
☆☆☆
日の光が差しこむ体育館。
足もとに落ちていたモップ。
バンッと衝撃を受けて、床に倒れた。
私を、誰かが抱きかかえる。
ドキドキして、心臓が飛び出しそう。
『大丈夫です! 私は、何ともないんで!』
そう言うと、床に下ろされた。
私の頭をなでて、その人がほほえむ。
☆☆☆
胸がキュンとときめく──この気持ちは、いったい……?
フッと我に返ると、八雲先輩をじっと見つめていた。
「……えっ、今の何なにっ!?」
🌟ためし読み連載・第3回
📒6 やっぱり思い出したい!
「……みそらちゃん、どうしたの? 大丈夫?」
八雲先輩の声で正気を取り戻したわたしは、まわりを見回す。
カスミは、「わおっ」と驚いた顔をしている。
理雨は変わらず無表情だけど、逆に椿くんはわかりやすいくらい、引きつった顔をしていた。
「すぐに保健室に行こう」
「だだだだ、大丈夫ですっ! わたしは、何ともないんで! 下ろしてください!」
みんなの視線を気にしてワタワタする。
そんなわたしを、八雲先輩はそっと下ろす。
「ケガがないならいいけど、無理はしないでね」
そうして、ポンッと、頭をなでてくれた。
八雲先輩の手は、温かくて、優しくて。
──そういえば、さっきの……。
キラキラ瞬く星くずのような光と、スライドのように浮かんできた不思議な映像。
その映像のなかでも、わたしはお姫様抱っこをされたり、頭をなでられたりしていた。
あれは夢? それとも現実?
体育館からの帰り道、わたしはカスミと話をする。
「……カスミ。あのね、さっき不思議な映像を見たの」
「映像? どんな?」
「八雲先輩にお姫様抱っこされたとき、他の誰かにお姫様抱っこされてるのが見えて」
あのとき、目の前の光景と、浮かんできた映像が、重なって見えた。
「前にも同じことがあった気がするなーって思って」
「それって、過去の記憶じゃない? デジャブ?」
カスミの言葉に、わたしはピタリと足を止める。
「デジャブ……じゃあ、あれは記憶? お姫様抱っこをされて、ドキッとして。いっしょにいたのは、てるてる坊主くん?」
カッと、熱くなった頬を両手でおおう。
あれが、てるてる坊主くんだったのかも……。
「それで、相手の人が誰かわかったの?」
「ぼんやりとしていて、顔は見えなかった」
「でも、八雲先輩といっしょのときにデジャブを見たんだよね? やっぱり、八雲先輩がてるてる坊主くんなんじゃない?」
「うーん、あれだけじゃ、よくわかんないや」
八雲先輩を前にしても、思い出せることは何もないし。
お姫様抱っこなんてビックリしたし、あわてちゃったけど、ただそれだけ。
キュンとはしたけど、先輩に対してかと言われると、まだちょっと自信がない。
全部思い出したら、『好き』の気持ちも元に戻るのかな?
わからないけれど……。
「ねえ、みそら。デジャブが起きて、記憶を思い出したんだよね? その方法で、記憶を取り戻せるんじゃない?」
カスミの言うとおりだ。
「そっか、それじゃあ、デジャブを起こせばいいってこと?」
「そうそう、デジャブだよ! デジャブ!」
予想外のハプニングのおかげで、記憶を取り戻すための方法がわかった。
「もっとたくさん記憶が戻れば、てるてる坊主くんが誰かわかるよね?」
「うん、そうだよ、みそらっ!」
そうとわかれば、やるしかないでしょ!
「てるてる坊主くんを見つけるために、もっとたくさんデジャブを見て、記憶を取り戻そうっ!」
△★△★
「……でっ、デジャブって、どうやって見るんだろ?」
その日の夜、部屋にこもっていたわたしは、昼間のできごとについて考える。
デジャブを見た瞬間って、どんなだった?
前の子といっしょに、床にドンッと倒れこんで。そのあと、八雲先輩がわたしをお姫様抱っこしてくれて。
……って、お姫様抱っこは、ひとりでは再現できないけど。
代わりにベッドに寝転がって、お姫様抱っこされたつもりになった。
「……こんな感じ……じゃないのかな?」
再現してみたけれど、特に変化はない。
「うーん、違ったかも」
ベッドから下りて、もう一度やり直し。
クッションを敷いた床に、バンッと座りこもうとしたとき、そばにあったラックにぶつかる。
「痛っ……って、うわあっ!」
倒れたラックから、本や荷物が崩れ落ちる。
ドンガラガッシャ────────ンッ!
あちゃーっ、やっちゃった……。
ドタドタと、階段をかけ上がってくる音が聞こえてきて、扉がバンッと開く。
「みそらーっ! 何か騒がしいけど、どうした?」
声をかけてきたのは、ひとつ年上のお兄ちゃん・天野真宙。
わたしは「はははっ」と、ごまかし笑いしてみせる。
「何でもないの。荷物を落としちゃって」
「なんだ、平気ならいいんだけどさ」
事故や記憶喪失のことで、たくさん迷惑をかけたし、お兄ちゃんだけじゃなく、お父さんやお母さんにも、心配かけたくないしね。
「学校も大丈夫だった? 父さんと母さんから、相談に乗るように頼まれてたのに、何も言ってこないからさ」
「うん、カスミが同じクラスでいっしょにいてくれるから。クラスの子とも仲良くなれそうだし、新しい友達もできたよ」
「そっか、よかったな。まあ、あんまりカスミに迷惑かけるなよ」
「はーいっ!」
……そういえば。
部屋を後にしようとしたお兄ちゃんを呼び止める。
「ねえ、お兄ちゃん。八雲先輩のこと、聞いてもいい?」
「八雲のこと? なんで?」
「わたし、先輩のこともぜんぜん覚えてなくて。どんな人なの?」
「どんなって、いいヤツだよ。優しくて面倒見が良いし、みんなから頼りにされてるし。勉強も運動もできて、それ以外もカンペキ。まあ、ちょっとがんばりすぎな気がするんだけどさ」
「生徒会長だもんね。大変そうだよね」
ふいに、お兄ちゃんが悲しそうな顔をする。
「八雲のこと、できれば思い出してあげて欲しいな。八雲ってさ、みそらのこと本当に大切にしてたから」
「大切にって、どんな感じ?」
「みそらをいつも気にかけてたよ。それと、みそらとしゃべってるときの八雲は、他の子としゃべってるときと比べて楽しそうだったな。まあ、おれが見てそう思ったってだけだけど」
「……そうなんだね」
やっぱり、てるてる坊主くんは八雲先輩なのかな?
──そうだ、アレを聞かなきゃ!
「お兄ちゃん、八雲先輩の誕生日って知ってる?」
「誕生日? ええっと、八月十日だったかな」
話のついでに、八雲先輩の誕生日を聞き出すことができた。
お兄ちゃんがいなくなった後、あの宝石箱を手に取る。
もしかしたら、八雲先輩の誕生日でカギが開くかもしれない。
大切なものを思い出してから……だけど気になって、ダイヤルを『0810』にセット。
ゴクリと唾を飲みこみ、カギを開けようとした。
「……開かない?」
何度試してみてもダメ。
パスワードは、八雲先輩の誕生日じゃないみたいだ。
「う──────んっ……」
机の上に置いた箱を、じっと見つめる。
てるてる坊主くんは、どんな気持ちで、この箱をくれたのだろう?
大切なものが入っていると日記に書かれているけど、何が入っているのかな?
プレゼントのお礼を言いたいし、約束を守れなかったことも謝りたい。
彼は、今どこで何をしているの?
八雲先輩じゃないの? 違うの?
「自分のことなのに、わっかんないよーっ!」
ベッドにドカッと倒れこんだわたしは、手足をばたつかせる。
歯がゆくて、でも、どうしようもなくて。ああ、もう!
思い出せるのなら、思い出したいよ……。
散々ジタバタしてみたけれど、何も解決しなくて──このままじゃいけない。
もう一度、デジャブを見る方法を探そう。
わたしは、手帳に手を伸ばす。
ページをめくっていくうちに、ある日の日記が目に留まる。
──4月10日、水曜日、晴れ。
放課後、掃除当番で体育館へ。
掃除をしていたら、ネットにからまっていた物が落ちてきて、私の頭に直撃!
ビックリして、その場で座りこんじゃった、そのとき。
ちょうど、体育館へ来ていた彼が、私を抱えて、保健室へ運ぼうとしてくれた。
ドキドキしすぎて、心臓が爆発するかと思ったよ~!
私が「大丈夫だから」って言っても、彼はすごく心配して、頭をなでてくれた。
あのとき、てるてる坊主くんは、どんな気持ちでいたの?
私は、すごくうれしかったよ──。
「これって、今日のシチュエーション……?」
日記の内容が、デジャブと一致している。
やっぱり、お姫様抱っこの時に見た映像は、記憶の一部だったんだ。
それって、つまり……。
『日記の内容=過去と同じような状況になったら、思い出すんじゃないの?』
デジャブを見る方法、わかったかも!
ベッドから飛び起き、手帳をさらにめくっていく。
最初に手帳を見つけたときは、『何しちゃってるの!!』なんて思ったりもしたけど。
「日記を残してくれて、ありがとう」
てるてる坊主くんについて書かれた、この日記のおかげで、記憶を取り戻せそうだ。
──どうしてこんなに、好きになっちゃったんだろう。
てるてる坊主くんのことを想うと、ドキドキが止まらなくて。
他のことは、何にも考えられなくなっちゃうの──。
手帳からあふれそうなくらい、好きという気持ちでいっぱいだった。
あの頃の記憶も、大切な気持ちも、ちゃんと取り戻してみせる。
そうして、てるてる坊主くんとふたりで、宝石箱を開けよう。
「きっと、あなたを見つけるから……」
机に向かうと、ティッシュを丸めてもう一枚のティッシュで包む。
輪ゴムの代わりに、リボンで留めて、てるてる坊主を作る。
ペンを手に取り、顔の部分にニッコリ笑顔を描く。
できあがったてるてる坊主を、手帳と宝石箱のとなりに並べた。
「よーしっ! なくした記憶を取り戻そう!」
──待っててね、てるてる坊主くんっ!
📒7 作戦開始! 記憶を取り戻せ!
翌日の朝から、さっそく行動開始!
「まずは日記に書かれている内容をもとに、デジャブを起こしてみようと思って」
学校前で立ち止まり、手帳を開く。
──4月11日、木曜日、雨。
昨日の夜、ちゃんと髪を乾かしたはずなのに、朝起きたら寝グセがひどい。
がんばって直そうとしたけどぜんぜんダメで、気分も雨模様。
外も雨だし、なんだかついてないなぁ~なんて。
でもでも、学校の前で、てるてる坊主くんを見かけちゃった!
私が、てるてる坊主くんの少し後ろを歩いてて。
『こっち向いて!』って心の中で思ったの。
そしたら、本当にこっちを向いてくれて、目が合ったの!!
もしかして、私の思いが届いたのかな?
ねえ、てるてる坊主くん──。
「にしても、わたしったら、恋する乙女? 何度見ても、恥ずかしいんですけど!」
日記を見ていられなくなって、思わず右手で目をおおう。
すると、カスミが肘で小突いてくる。
「ワタシにないしょでこんな。やるじゃない!」
「ううっ、そんなことは……」
たぶん、顔が真っ赤だったと思う。
あわてて手帳をバッグにしまい、両手で頬をたたく。
はずかしさをまぎらわせ、ついでにビシッと気合いも入れた。
「とにかく、まずは簡単そうなこの日記で試してみよう!」
わたしは、カスミといっしょに物陰に隠れて様子をうかがう。
「それで、試すってどうするの?」
「過去と同じような状況になればいいみたい。だから、ここで誰かが振り向くのを待つの」
日記によると、登校のときにてるてる坊主くんを見かけたらしい。
心の中で呼びかけたら、振り向いて、目が合って……。
そしたら、デジャブが起きるはず。
──なんて、考えてみたのに。
校門を通り抜ける生徒たちをながめていても、これといって変化はない。
なにせ、誰かと目が合うことがほとんどないんだ。
「みそら、それって行き当たりばったりすぎるし、待ってるだけじゃ日が沈んじゃうよ!」
この作戦、デジャブが起きるまで、永遠に続けないといけないわけで……。
超長期戦じゃない!?
『日が沈むまで』なんて、考えたら気が遠くなりそう。
「それなら、意図的にそのシチュエーションを作ってみるとか? カスミ、手伝ってくれる?」
「いいよ、そっちのほうが早いし」
「じゃあ、日記に書いてあったみたいに、校門前で振り向いてくれる?」
「オッケー、任せて!」
試しに、カスミが校門のほうへ歩いて行く。
後ろをついて行ったわたしは、心の中で思う。
『そこで立ち止まって、こっち向いて!』
その声に応えるように、カスミがこちらへ振り向く。
バッと、ふたりの目が合った瞬間に、デジャブが……。
シ──────────────────ンッ。
「起きないね、うん」
まわりを歩いていた生徒たちが、不思議そうにこちらを見ながら、次々と通り過ぎていく。
どれだけ待ってみても、デジャブが起きる気配はない。
「おかしいな。振り向いて、目が合ったのに」
「てるてる坊主くん、って人が相手じゃないと、ダメなんじゃない?」
それだともう、お手上げだ。
「今のところ、相手は八雲先輩じゃないかと思ってるんだけど」
先輩がいないと、デジャブは起きないのかな?
首をかしげていると、カスミが腕を引っ張る。
「見て、みそら。先輩が来たよ」
「えっ、どこどこ?」
登校中の生徒たちがザワつく。
みんなの視線の先、校門に向かって颯爽と歩いてくる、八雲先輩を見つけた。
「八雲先輩が来たところを、狙い撃ちにしてみる?」
「ねっ、狙い撃ち!?」
でも、まだ先輩で確定したわけじゃないし……なんて、モタモタしていたらタイミングを逃しちゃう。
「ほら、呼んでみなよ!」
「ええっと……」
カスミに急かされ、大きな声で呼び止める。
「八雲先輩っ!」
こちらに気づいた八雲先輩が振り向く。
──パチリッ、と目が合う。
その瞬間に、時が止まったよう。
少しの間、ふたりは見つめ合ったままでいた。
「……みそら……どう? デジャブは?」
カスミの問いに、わたしは首を横に振る。
「ううん、何にも」
またも、シ──────────────────ンッ。
確実に先輩と目が合ったのに、デジャブは起きなかった。
頭の上が、ハテナマークでいっぱいだ。
「なぜ? 何? なんでぇっ!?」
デジャブが起きないって? 八雲先輩なのに?
「それじゃ、てるてる坊主くんは先輩じゃないってこと? ウソでしょ? ありえないよ!」
パニックになっていると、八雲先輩がこちらへやって来る。
「みそらちゃん、どうしたの?」
とびきりの笑顔で、先輩は今日もキラキラだ。
「……せっ、先輩! おはようございます!」
何でもないフリをしたけど、頭のなかはゴッチャゴチャ。
──先輩じゃないなら、てるてる坊主くんって、いったい誰なの~っ!?
(つづく)
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