【期間限定☆1巻まるごと無料公開】ふしぎアイテム博物館「第5話 過去カメラ」
「なんでなのっ!」
ぼく──坂本凛太郎は叫んだ。
「どうしてふたりとも、新太郎を探してくれないの!?」
お母さんは「ほら、そのうち、もどってくるかも……」とこまったように言って、お父さんは「まあまあ、おちつけ」とのんきなことを言う。
「もう知らないっ!」
ぼくはそう言って、二階の自分の部屋まで走った。
お父さんもお母さんも、なんて冷たいんだ!
新太郎が心配じゃないの!? 新太郎は、大事な家族なのに!
「ちょっと凛太郎、ドアを開けて。お母さんの話を聞いて」
お母さんが、部屋の前まで来たようだ。
でも、腹が立っていたぼくは、お母さんを無視して、押入れに避難することにした。
昔から、イヤなことがあると、ぼくは押入れに入ることにしている。
せまくて暗い場所でじっとしてると、なんだか心がおちつくんだ。
「……は?」
でも、押入れを開けた瞬間、ぼくの体は固まった。
だって、せまくて暗い押入れの中が、おしゃれで長い通路になっていたから。
当然、ビックリした。でも、もっとビックリしたのは、いつの間にかぼくが、通路に足を踏み入れていたこと。
足が勝手に動いた──わけはないのだけど、感覚としては、そんな感じ。
まるで、なにかに引き寄せられるみたいに、ぼくの足は動きつづけた。
……どうしてだろう。
歩きながら、考える。
不安だし、こわいのに、引き返そうって思わないのは、どうしてだろう。
やがて、長い通路の先に見えたのは、大きな大きな部屋だった。
そこには、たくさんのガラスケースがあって、たくさんのモノがしまわれている。
うっすら光っているタマゴ、コマのように回る宝石、ギシギシと鳴る日本刀……あきらかにふつうじゃないモノもあるし、文房具とか雑貨とか、見慣れたモノもある。
どちらにせよ、どれもこれも、フシギなオーラを放っていた。
ここにあるモノは、一つ残らず、特別なモノ──そうとしか思えない。
「えーっと……」
状況を、整理しよう。
ぼく、さっきまで自分の部屋にいて、押入れが通路になってて、通路の先は大きな部屋で、そこにはフシギなモノがたくさんあって。
……ダメだ。いろいろ起きすぎて、なにがなんだか。
ただでさえ、ぼくはいま、新太郎のことで頭がいっぱいだっていうのに。
それでも、フシギなモノたちが気になって、ぼくの目はそれらに吸い寄せられる。
よく見たら、ガラスケースが置かれた台座にはプレートが付いていて、そこには文章が記されていた。
【ミライ・ミラー】
現在の姿ではなく、未来の姿を映す鏡。
映らないこともあるが、故障ではない。
【昔菓子】
食べれば食べるほど、心も体も昔の状態にもどる、どこかなつかしい味の菓子。
【スキップ切符】
電車に乗る時間をスキップして、目的駅に到着できる切符。
【ボーナスタイムウォッチ】
身につけていると、一日が25時間になる時計。
「未来、昔、スキップ、ボーナス……」
なんだか、ゲームのアイテムみたいだ。
こんなにアイテムがあるなら、きっとどこかに──そう思った。
「どこかに、あるかな、新太郎を探すアイテム」
「うんうん、きっとあるよ」
「うわっ!?!?」
ひとりごとのつもりだったのに、返事があったもんだから、ぼくは思わず跳び上がる。
「あははっ、ごめんごめん」
ぼくのすぐとなりで、女の子が笑っていた。
「おどろかせるつもりはなかったの。いや、ちょっとはあったかな? でも、まさか、こんなにおどろくとは」
ぼくより、二歳くらい上? ちょっとタレ目の、やさしそうな人だ。
「──って、まずはこれを言わないと」
女の子は、ピッと姿勢を正した。
「ようこそ、ふしぎアイテム博物館へ。わたしの名前はメイ。この博物館の館長──の助手をしているよ」
「ミュ、博物館……!」
そうか、言われてみれば博物館だ! しかも、やっぱりアイテムなんだ……!
「ぼくは、坂本凛太郎です。……あの、ぼく、押入れからここに来て、押入れっていうのは、ぼくの家の押入れで、えっと、信じてもらえないかもですけど、ほんとに、押入れが通路になってて……」
「大丈夫。凛太郎くんみたいな子は、たまに来てくれるから」
ぼくの下手な説明に、メイさんは笑みを浮かべながら言った。
見ているだけで人を安心させるような、やわらかい笑みだった。
「ねえ、凛太郎くん。館長に会ってみない?」
「え、館長?」
「そう。館長。この博物館の創設者にして、フシギなアイテムのコレクター。凛太郎くん、いま、こまってるんでしょう?」
──どこかにあるかな、新太郎を探すアイテム。
──うんうん、きっとあるよ。
さっきの会話を思い出す。
「もしかしたら力になれるかも。だから、どうかな? 館長も、凛太郎くんをまってる」
館長さん。アイテム。そしてこの博物館そのもの。
みんなフシギで、みんな怪しい。
でも、もしほんとうに、新太郎を探すことができるなら……!
こぶしをギュッと握って、つばをゴクリと飲んでから、ぼくは言う。
「……館長さんに、会います」
「うんうん、館長も、きっとよろこぶよ。もちろんわたしもね。さあ、こっちだよ」
そう言って、メイさんは歩きだした。
ぼくも、そのあとを追って歩きだす。
どうやらこの博物館は、思ったよりも広いらしい。
メイさんに案内されたのは、金色の飾りで彩られた、それはそれは立派な扉の前だった。
「ごきげんよう」
扉を開けた瞬間、声をかけられる。
「私が、この博物館の館長、宝野ヤカタよ」
「ぼ、ぼくは…………」
言葉が、つづかない。
だって、館長さんが、あまりにもきれいだったから。
「『ぼくは』、なにかしら?」
そう言って、首をかしげる館長さん。そんな動作も、うっとりするほどステキだった。
ゴージャスな黒いドレスも相まって、まるで映画のワンシーンのよう。
「えっと……ぼくは……坂本凛太郎、です」
「そう、凛太郎くんというのね。り、ん、た、ろ、う、くん」
一つ一つの音を味わうように、館長さんはぼくの名前を呼んだ。
館長さんの発音する『凛太郎』には、フシギな響きがあった。
心地のいい響きなのに、なぜか胸の奥がザワザワとさわいだんだ。
「……あの、館長さん、一つ聞いても、いいですか?」
「ええ、もちろん」
「この博物館って、なんなんですか? それに、館長さんはその、館長をやるにしては若いというか……」
「うふふ」
館長さんは口元を隠し、上品にほほえんだ。
「どうでもいいわ。そんなこと、あまりにもどうでもいい。それよりも、凛太郎くんの話が聞きたいわ」
「ど、どうでもいいって……」
「凛太郎くん。あなたはいま、こまっているのでしょう? そう言ったわよね?」
え? あれ? ぼく、そんなこと言ったっけ?
……というか館長さん、もしかして、なにかごまかそうとしてる──?
「ねえ、凛太郎くん、話して」
館長さんはもう一度ほほえんだ。
その瞬間、ゾクゾクゾクッと背中が震えた。体の中を、熱いなにかが駆けめぐる。
「あの、ぼく、新太郎を探しているんです」
気づけば、ぼくの口は動いていた。
「新太郎くん……凛太郎くんにとって、大事な存在なのね?」
「そうです。ぼくの、大事な大事な弟なんです。でも、新太郎は、家から急にいなくなって」
「え~、家出ってこと?」とメイさんが心配そうに言う。
「いや、それはないです」
ぼくは首を横にふる。
「新太郎はそんなことしません。新太郎が自分から勝手にどこかへ行くなんて、ありえないです。新太郎はまだ小さくて、か弱くて、ぼくがいないとなにもできないヤツで……」
「じゃあじゃあ、それって!」
「はいメイさん。新太郎はきっと、だれかに連れ去られたんです」
「なるほど」
と、館長さんはうなずく。その目は、一瞬光って見えた。
「連れ去られたのなら、事態は深刻ね。凛太郎くんのご両親は、なんて言ってるのかしら?」
「それが、お母さんもお父さんも、新太郎をあんまり心配してる感じじゃなくて……」
いま、こうしている間も、新太郎はきっと助けをまっているのに。
お母さんもお父さんも、いったいどうしちゃったんだろう。
「あの、館長さん、もしこの博物館に、新太郎を探すのに役立つアイテムがあったら……その、ぼくに、貸してくれませんかっ?」
「ええ、もちろんよ」
勇気を出して言ったお願いを、館長さんはあっさりとオーケーした。
「もちろん貸すわ。凛太郎くんが言わなければ、私のほうから言い出していたでしょうね」
「あ、でも、ぼく、お金は持ってなくて」
「お金? いいのよ、そんなの」
心底どうでもよさそうに、館長さんは言う。
「私はね、自慢のアイテムを使ってほしいの。アイテムが活躍する機会をくれて、こちらがお礼したいくらい。……そうね、メイ、『過去カメラ』を持ってきて」
「えっ、過去カメラでいいの?」
とメイさんが意外そうにする。
「ほら、『発犬くん』とか『ナビゲー豚』とかでよくない?」
「なんでも発見する犬の発犬くんも、目的の場所まで導いてくれる豚のナビゲー豚も、たしかにすばらしいアイテムよ。だけど今回は過去カメラなの。あれが、いちばんふさわしいの」
「ふうん? まあ、りょーかいっ」
メイさんは部屋から出ていって、すぐにまたもどって来た。その手に、なにかを持ちながら。
「どうぞ凛太郎くん、これが過去カメラよ」
メイさんから受け取ったそれを、館長さんがぼくの前に差し出す。
それは、やけにゴツゴツと角ばったカメラだった。
あきらかに古いモノだけど、古道具とか中古品というより、レトロとかアンティークと呼びたくなる、おしゃれな雰囲気があった。
「凛太郎くんは、インスタントカメラを知っているかしら?」
「たしか、撮ったその場で、すぐに写真を印刷してくれるカメラ……ですよね?」
「ええ。過去カメラもそうよ。ただし、このカメラは、過去を撮影できるの」
「か、過去……!」
「このカメラで、新太郎くんがいた場所を撮影してみて。そうすれば、新太郎くんを連れ去った犯人が写っているでしょう」
ウソとは思えなかった。
ほかのアイテムと同じように、過去カメラには独特なオーラがあった。
これがあれば、きっと、新太郎の居場所がわかる……!
ぼくの手はいつの間にか、過去カメラをつかんでいた。
「──えっと、館長さん、今日はありがとうございました」
過去カメラを受け取ったぼくは、すぐに博物館を出ることにした。
はやく新太郎を探したかったんだ。
「ええ、ごきげんよう」
館長さんは別れのあいさつすらも優雅だ。
「世の中には、知らないほうがいいこともあるけれど、凛太郎くんならきっと大丈夫でしょう」
「え? 知らないほうが……?」
「なんでもないわ」
そう言って、館長さんはほほえんだ。
その笑みがあまりにもきれいで、心臓が波打つようにドクドク鳴った。
「ごきげんよう凛太郎くん、私の愛する過去カメラが、あなたの役に立つことを、心から願っているわ」
結局、ドキドキしてなにも言えないまま、ぼくは館長室をあとにした。
「それじゃあ、またね凛太郎くん」
押入れの扉まで送ってくれたメイさんが言う。
「そうそう、貸し出し期間は二日でいいかな? 返したいときは、また押入れを開ければいいからさ」
「わかりました。二日後に、押入れですね。……メイさん、今日はありがとうございました」
「こちらこそ、家族が大変なときに、ヤカタさまに会ってくれてありがとう。新太郎くん、見つかるといいね。……それにしても」
メイさんは首をかしげた。
「ヤカタさまも、べつのアイテムを貸してあげればいいのに。なんで過去カメラなんだろ?」
たしかに。それは、ぼくも思った。
過去カメラはすごいアイテムだけど、なんというか遠回り。
えっと、『発犬くん』と『ナビゲー豚』だっけ?
ふつうに、新太郎を探すアイテムじゃダメだったのかな。
「あとさ、新太郎くんがどこで連れ去られたかを予想して、写真を撮らなきゃいけないのも大変だよね」
「いや、メイさん、そこは問題ないです」
「え?」
「新太郎がどこで連れ去られたかは、ちゃんとわかってます。そこは、まちがいなく」
「ふうん? そっか。じゃあ大丈夫だね」
そう、そこは大丈夫……あれ?
ぼく、館長さんに、そのこと言ったっけ?
「ま、結局、ヤカタさまが選んだアイテムなら、まちがいないんだろうな。凛太郎くんには過去カメラが必要だし、過去カメラがいちばん良いんだ」
最後にそんな言葉をもらって、ぼくは押入れの扉を開けた。
すると目の前にあるのは、見慣れた自分の部屋の光景。
ふり返れば、せまい押入れがある。長い通路も、メイさんの姿も、どこにもなかった。
部屋を出る前に、まずは過去カメラをためすことにした。
メイさんに教えてもらったとおり、過去カメラに付いているダイヤルを回して、撮りたい日時をセットする。
そうだな……うん、七年前にしよう。
次に、カメラのレンズを自分に向け、シャッターを押す。
ガシャッ!
ハデなシャッター音が鳴って、それからすぐに、過去カメラから写真が出てくる。
その写真には、見覚えのある赤ちゃんの顔が写っていた。
「……すごい!」
昔のぼくが写った! このカメラは、ほんとうに過去を写すんだ!
感動したぼくは、あることを思いつく。
とにかくダイヤルをぐるぐる回し、窓の外を何枚も撮る。
ガシャッ! ガシャッ! ガシャッ!
「おお~!?」
写真には、草原を歩くマンモスの群れや、和歌を詠む平安貴族、鎧を身にまとった武士など、さまざまな時代が写っていた!
やっぱり、こんなこともできるんだ!
「……よし!」
過去カメラの性能を味わったぼくは、新太郎が連れ去られた場所へ向かった。
その場所とは、玄関とリビングの間のスペース。
まちがいない。ここで新太郎は、だれかに連れ去られたんだ。
新太郎が連れ去られたと思われる時間をセットして、ぼくは過去カメラのシャッターを押す。
ガシャッ!
「あっ!」
過去カメラから出てきた写真には、新太郎が写っていた。でも、新太郎だけで、肝心の犯人は写っていない。
少し時間を変えて、もう一度撮る。
ガシャッ!
「……あぁ、ダメだ」
今度は、だれも写っていない。きっと、すでに連れ去られたあとなんだ。
また時間を変えて撮る。一回目のときと、二回目のときの、ちょうど間の時間に。
ガシャッ!
「……え?」
出てきた写真を見て、ぼくは、頭が、真っ白になる。
「そ、そんなっ……ウソ、でしょ……?」
写真には新太郎と、新太郎を連れ去った犯人が写っていた。
そして犯人の、おそろしい行いも写っていたんだ。
「そ、そんなっ、そんなのって……!」
写真が震える。いや、写真を持つ、ぼくの手が震えてるんだ。
──世の中には、知らないほうがいいこともあるけれど、凛太郎くんならきっと大丈夫でしょう。
よみがえる、館長さんの言葉。
そうか、知らないほうがいいって、こういう意味だったのか。
だから、館長さんは過去カメラを貸してくれたんだ。
だから、新太郎の居場所を探すアイテムじゃダメだったんだ。
だから、お母さんとお父さんは、新太郎を探すことに乗り気じゃなかったんだ……!
ポタッ、ポタッと、写真に雫がおちた。ぼくの流した涙が、写真を濡らす。
…………行こう。
しばらく経ってから、ようやくぼくは決意した。
会いに行こう。新太郎にあんなことをした犯人に。
もう、どうにもならないけど、それでも、どうしてそんなことをしたのか、問いつめなくては気がすまない。
犯人に会うため、ぼくは家中を探し回った。
寝室、ベランダ、トイレ、和室……やがて、二階の物置部屋で、犯人を見つける。
「どうしてっ!」
ぼくは犯人に呼びかける。
涙をこらえながら、犯人に──大事な家族に呼びかける。
「どうして、新太郎にあんなことしたんだっ! ねえっ! どうしてだよっ! どうして新太郎を食べたんだよおっ!!!」
「ふしぎアイテム博物館」シリーズ発売中🎵
『ふしぎアイテム博物館 変身手紙・過去カメラ ほか』
『ふしぎアイテム博物館 歌声リップ・キケン手帳 ほか』
どちらも好評発売中!
◎感想ぼしゅう中!
つばさ文庫HPが、ただいまシステム障害の影響で見られません。
直るまでのあいだ、ココ↓から感想をぼしゅうしてるよ!
みんなの気持ちを、ぜひ教えてね!