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【巻ノ一】みんな読んでる! 大人気ホラー「恐怖コレクター」よりぬき巻を全文公開!

新学期おうえん!トクベツ企画✨

ず~っと大人気!みんな読んでる「恐怖コレクター」シリーズは、ただいま24巻をじゅんび中。怖さも面白さも加速中だから、楽しみにまっててね!
でも、とっても長いシリーズだから、まとめて読むのはちょっと大変なときもあるよね……?

そんなみんなに、「恐コレ」のよりぬき巻を、トクベツに全文公開しちゃいます!
読めるのは、1巻・2巻・6巻・11巻・18巻・23巻だよ! 毎日、2話ずつれんさいしていくよー!!!

この巻を読めば「恐コレ」のことがわかる、ドキドキの展開のお話ばかり。読んで、最新刊に追いつこう!!!

※10月31日までの期間限定公開だから、ぜったい早めにチェックしてね♪
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🔥怖いけどおもしろい! 今日は「巻ノ一」を最後まで公開!🔥

「恐怖コレクター 巻ノ一 顔のない子供」
作・佐東みどり 監修・鶴田法男 絵・よん

ISBN:9784046315267
定価:814円 (本体740円+税)
ページ数:240ページ




【巻ノ一】1つ目の町 くねくね


「ねえねえ、『顔のない子供』って知ってる?」
 学校からの帰り道。
 相川あいかわ捺奈なつなは前を歩く宮元みやもと友里恵ゆりえを見ながら、ウンザリした表情を浮かべていた。
 捺奈には苦手なことが2つある。
 1つは、昆虫を手でつかむことで、もう1つは、6年2組のクラスメイトで親友の友里恵が話す「都市伝説のうわさ話」を聞くことだった。
 友里恵は都市伝説が大好きで、ネットで色んな話を見つけてきては、学校帰りに捺奈と、もうひとりのクラスメイトで親友の大森おおもりりんにその話をした。
 捺奈と凛は『人面犬じんめんけん』、『トイレの花子さん』といった有名な都市伝説を、友里恵から教えてもらっていたのだ。
 捺奈はそういう話を聞くたびに、思わずゾッとして、できればもう聞きたくないと思っていた。
 だけど、友里恵は捺奈が怖がるのがうれしいのか、いつも都市伝説の噂話をネットで見つけてきては、2人に話していた。
 今日は、『顔のない子供』という都市伝説のようだ。
「最近ネットで話題になってて、フードを被った見知らぬ子供と出会ったら、必ず不思議なことに遭遇そうぐうしちゃうっていう話なんだ」
「不思議なこと?」
 捺奈がたずねると、友里恵は「う~ん」と声を出した。
「具体的なことはよく分からないけど、とにかく不思議なことが起きるみたい。その子供を目撃した人の書き込みがネットにいくつも残っているんだけど、赤いフードを被ってたっていう人もいれば、黒いフードを被ってたっていう人もいて、男の子だったっていう人もいれば、女の子だったっていう人もいるみたいなの」
「確かにそれはちょっと不思議かも……」
 捺奈は今まで聞いた都市伝説の中で、いちばんよく分からない話だと思った。
 怖いというより、不思議。今日はゾッとしなくて済みそうだ。
 しかし、そんな捺奈の気持ちに気づいたのか、友里恵がにやりと笑った。
「だけどね、この話が怖いのはここからなの──」
 友里恵は急に真剣な表情になって、捺奈と凛を見つめた。
 捺奈は思わず緊張してゴクリとノドを鳴らす。
「ある人がね、興味本位きょうみほんいでその子供のフードの奥にある顔をのぞいてみたの。するとね、その顔には、目も鼻も口もなかったんだって」
「目も鼻も口も?」
 のっぺらぼう、だから、顔のない子供──??
 捺奈はゾッとして、思わず身体をぶるっとふるわせた。
 やっぱり、今日も怖い話だった。
 すると、今まで全然しゃべっていなかった凛が、友里恵を見ながら口を開いた。
「それって、本当のことなの?」
 凛は捺奈と同じように、都市伝説の話が好きではない。
 ただし、捺奈とは違って、話を聞いてゾッとするのではなく、いつも眉間みけんにしわを寄せて怒っていた。
「友里恵が今まで言った話は、全部ただの作り話じゃないの? 顔のない子供もいるわけないよ」
 凛の言葉に捺奈は納得して小さくうなずく。
 しかし、友里恵は納得していないのか、キリッとした表情で凛をにらんだ。
「もし本当に作り話だとしたら、どうして見たっていう人がいるの?」
 友里恵は凛と違って、都市伝説は本当のことだと思っていた。
 だからネットで毎日のように調べていたのだ。
「ネットには、大勢の人が色んな都市伝説を体験した話を書いているんだよ? それが全部うそだっていうの??」
「それは……」
 凛は思わず反論できなくなってしまう。
 確かに、みんながみんな作り話を書いているとは思えない。
 すると、捺奈はふとあることを思いつき、2人のほうを見た。
「だけど、私、身近でそういう人見たことないよ?」
 友達にも家族にも親戚にも、都市伝説を体験した人はいない。
「友里恵も体験したことないんだよね?」
「それはそうだけど……」
 捺奈の質問に友里恵は力なく答えた。
 それを見て今度は凛がキリッとした表情で友里恵をにらんだ。
「それって、本当の話かどうか分からないってことだよね?」
「それは……、うん」
「全部作り話かもしれないってことだよね?」
「……うん」
 凛の質問に友里恵は何も答えられなくなり、思わず下を向いてしまった。
「友里恵……」
 捺奈はそんな友里恵を見て可哀想かわいそうに思い、あわてて2人の間に入った。
「凛、とりあえず、今日はもうこの話はお終いにしよ」
「だけど」
「都市伝説の話は怖いけど、友里恵はそういう話が好きなんだからしょうがないじゃない。私たち、親友でしょ」
 捺奈がそう言うと、凛は「……分かった」と答えた。
「ごめんね、友里恵。ちょっと言い過ぎちゃった」
「ううん、私もいつも怖がらせてごめんね」
 友里恵は反省したようで、凛に頭を下げる。
 それを見て凛も笑顔になり、機嫌が直ったようだった。
「よし、じゃあ、お家に帰ろう!」
 捺奈はわざと明るい声を出して、2人と一緒に再び歩き始めた。

「あれなに?」

 捺奈が5歩ほど歩いたとき、突然、後ろを歩いていた友里恵が小さな声を出した。
「どうしたの?」
 捺奈がふり返ると、友里恵は真剣な表情で、道路の向こうに広がる田んぼを見つめていた。
「あそこ……」
 友里恵は田んぼの真ん中辺りを指さす。
 捺奈と凛は首をかしげながら、その方向に顔を向けた。
「えっ──??」
 見ると、田んぼの真ん中辺りに、何かがいる。
 それは白い人影だった。
「なに……、あれ??」
 7月の中旬、時刻は午後4時。
 空はまだ明るく、田んぼには青々と生いしげいねがはっきり見えている。
 それなのに、白い人影は、なぜか人の形ではなく、影にしか見えなかった。
 顔も身体も手も足も、ただの白い影。
 そんな白い影が全身をくねくねと不気味に動かしながら、田んぼの真ん中に立っていたのだ。
「誰かのイタズラ……?」
 捺奈がおびえた表情でつぶやく。
「だけど、どうすればあんな姿になるの……??」
 全身をおおうタイツのようなものを頭から被っているのだろうか?
 それとも煙をいて、顔や身体を見えなくしているのだろうか?
 捺奈があれこれ考えていると、突然、頭の奥で音がひびいた。

 キィィーン。

 高くとがった金属音。
「あ、ああ……」
 捺奈はその音を聞いた途端、急に頭が痛くなった。
 ただの痛みではない。
 頭の内側から誰かがガンガンと激しくたたいているような激痛である。
「い、嫌っ!」
 捺奈はその痛みにえ切れず、思わず頭を押さえた。
「友里恵、凛、助けて!」
 捺奈は2人のほうを見る。
 しかし友里恵と凛もなぜか同じように頭を押さえていた。
「捺奈! 私、頭が!」
「私も……」
「友里恵……、凛……」

 キィィーン。キィィーン。

 高く尖った金属音が先ほどより大きな音を立てて響く。
 頭はさらに痛くなり、このまま割れてしまうのではと捺奈はあせった。
「早く家に帰ろう!」
 捺奈がそう言うと、友里恵と凛が大きくうなずく。
 3人はそのまま逃げるように、その場から走り出した。

 しばらくして。捺奈たちはふと、立ち止まった。
 なぜか、頭の痛みが消えてしまっていたのだ。
 キィィーンという金属音も聞こえない。
「どうして?」
「全然痛くない……」
「私も……」
 友里恵と凛も痛みが消えているようだ。
 3人は先ほどの場所から3分ほど走った場所にいる。
「さっきのは何だったの??」
 捺奈たちは思わず首をかしげた。
 頭が痛くなった理由も治った理由も、まったく分からなかったのだ。
 しかしまた頭が痛くなるかもと不安に思い、3人は急いで家へ帰ることにした。 

 翌日。
 捺奈はあれから一度も頭の痛みを感じることはなかった。
 体調も悪くない。
 少し不安を感じたものの、いつもと同じように学校へ行くことにした。
 学校へ向かいながら、捺奈はふと、昨日の出来事を思い出していた。
(あの白い人影は何だったのかな?)
 捺奈はちょうど、あの白い人影がいた田んぼの近くを通りかかった。
(もしかして、まだ白い人影がいるかも……)
 捺奈はおそおそる田んぼのほうを見てみる。
 しかし、田んぼには稲が茂っているだけで、誰もいない。
(やっぱり、誰かのイタズラだったのかな??)
 捺奈はそう思いながら学校へと歩いていった。

 教室に入ると、凛が席に座っていた。
「おはよう」
「おはよう」
「凛、頭の痛みは大丈夫?」
「うん、あれから一度も痛くなってないよ」
 それを聞き、捺奈はホッとする。
 ふと、教室を見渡すと、友里恵がいないことに気付いた。
「友里恵は?」
「まだ来てないみたい」
「へえ、めずらしいね」
 友里恵はいつも3人の中でいちばん早く登校してくる。
「また頭が痛くなっちゃったのかな?」
「ええ、そんなの嫌だよ……」
 捺奈の言葉に凛は不安そうな表情を浮かべた。
 そのとき、教室のドアが開き、担任の青山先生が入ってきた。
「みなさん、落ち着いて話を聞いて下さい」
 いつも笑顔で陽気な青山あおやま先生が真剣な顔になっている。
「宮元友里恵さんが、今朝、交通事故にいました」
「えっ??」
 捺奈は思わず目を大きく見開いた。
「病院に運び込まれましたが、意識不明の重態だそうです」
「ええ~??」
「友里恵ちゃんが??」
 児童たちが一斉いっせいさわぎ始める。
 そのなか、青山先生は捺奈とそのとなりの席に座る凛のほうを見た。
「相川捺奈さん、大森凛さん。2人は宮元友里恵さんと仲が良かったですよね?」
「はい、親友です」
「だったら、彼女が事故に遭う直前に叫んでいた言葉の意味が分かるかもしれませんね」
 青山先生はじっと捺奈と凛を見つめた。
 他の児童たちも騒ぐのをやめ、2人に注目する。
「宮元友里恵さんは家の近くの道路で何かから逃げるように走っていたそうです。そしてそのまま交差点に飛び出してしまい、トラックにはねられてしまいました。飛び出すとき、彼女はこう叫んでいたそうなんです。──白が追いかけてくる、と」
「白??」
 捺奈はあの白い人影をすぐに思い出した。
 あわてて凛のほうを見る。
 すると、凛も同じことを思ったのか、青ざめた顔で捺奈を見ていた。
「2人とも何か知っていますか?」
「それは……ええっと……」
 捺奈も凛もどう説明すればいいのか分からず、思わず黙り込んでしまった。

 放課後。
 捺奈と凛は暗い表情をしながら学校から帰っていた。
 結局、青山先生には「白い人影」のことは話さなかった。
「話しても分かってもらえないよね」
「うん、多分ムリだと思う……」
 凛も捺奈と同じようにおびえている。
 やはり、白というのは、昨日のあの白い人影のことなのだろうか?
 捺奈は考えれば考えるほど、さらに怖くなってきた。

「ねえ、キミたち──」

 後ろから男の子の声がした。
 捺奈と凛がふり返ると、同じ歳ぐらいの見知らぬ男の子がひとり立っている。
 男の子は赤い服を着て赤いフードを被っていた。
 それを見て捺奈は思わずギョッとした。
 友里恵が言っていたあの話にそっくりだったのだ。
『顔のない子供は、赤いフードを被っている……』
「まさか……」
 しかしよく見てみると、男の子のフードの奥には、白い肌に、大きな澄んだ目とシュッと通った鼻筋、そしてうす綺麗きれいくちびるがあった。
 かなりのイケメン。捺奈は普通の男の子だと思ってホッとすると同時に、どうして彼が自分たちに声をかけてきたのか疑問に思った。
「あの、私たちに何か用ですか?」
「ああ、用があるから呼び止めたんだ」
 男の子は捺奈と凛を見つめながらそばへと歩いてきた。
「キミたちは、交通事故に遭った宮元友里恵という女の子の友達だよね?」
「えっ! 友里恵のこと知ってるんですか?」
 捺奈がたずねると、男の子は首を横にふった。
「彼女のことは知らない。だけど、彼女を追いかけていた『存在』についてはよく知ってる」
「存在??」
 捺奈は男の子のその言い方に思わず首をかしげた。
 となりにいる凛も意味がよく分からずキョトンとしている。
 男の子はそんな捺奈たちを観察するかのように、話を続けた。
「キミたちは、昨日あるものを見て急に頭が痛くならなかったか?」
「あるもの……? 頭……??」
 捺奈は思わずハッとした。
「なった! 3人とも白い人影を見た後に!」
 言われてみれば、あの白い人影を見た直後に、割れるような頭の痛みに襲われたのだ。
「やっぱりそうか……」
 男の子は何かに納得なっとくしたのか小さくうなずくと、捺奈と凛をじっと見つめた。

「彼女を追いかけていたのは、おそらく『くねくね』という都市伝説の怪物だ──」

「くねくね……」
 捺奈も凛もそんな名前は初めて聞いた。
「くねくねは田んぼや畑でくねくねと動いているところをよく目撃される。見ると、金属音のような音が響いて急に頭が痛くなるらしい。だけど、あれは絶対に見てはいけない存在なんだ。見てしまったら最後、その人はくねくねに追いかけられて、不幸な目に遭ってしまう──」
「不幸な目……」
「ああ、そしてくねくねには、『白』という別名があるんだ」
「それって!」
 捺奈は思わず大きな声を上げた。
 白というのは、友里恵が事故に遭う直前に叫んでいた言葉である。
「じゃあ、友里恵はやっぱり!」
 捺奈は急に怖くなった。
 友里恵はくねくねという怪物に追いかけられて事故に遭ったのだ。
 捺奈が怖がっていると、横にいた凛がブルブルと震えながら捺奈の腕にしがみ付いてきた。
 凛も捺奈と同じように怖がっているようだ。
 しかし凛が怖がっているのは、捺奈とは少し違った部分だった。
「友里恵が追いかけられたってことは……、私たちも追いかけられるってことだよね?」
「えっ?」
「だって、私たちも、くねくねを見ちゃったんだよ?」
 その言葉に捺奈はハッとした。
 凛の言う通り、友里恵だけが追いかけられるはずはなかった。
 捺奈は凛の顔を見て思わず不安を感じる。
 このままでは捺奈も凛もくねくねに襲われ不幸な目に遭ってしまうのだ。
「ねえ、教えて! 私たちこれからどうすればいいの??」
 捺奈は救いを求めるかのように、あわてて男の子のほうを見た。
 しかし、そこに男の子の姿はなかった。
 捺奈と凛が目を離した一瞬いっしゅんの隙に、いつの間にか消えてしまっていたのだ。
「捺奈、あの男の子どこに行ったの?」
「分からない。さっきまでいたはずなのに??」
 捺奈と凛はただぼう然と、その場に立ちくしていた……。

 その日の夜。
 家に帰ってきた捺奈は、夕ご飯も食べず、自分の部屋に閉じこもっていた。
 母親はそんな捺奈を心配して部屋の前までやってきて、ドアをノックする。
「捺奈、どうしたの? 体調でも悪いの??」
 しかし捺奈はベッドの上でうずくまったまま、何も答えなかった。
(どうしよう。このままじゃ私も凛もくねくねに追いかけられちゃう……)
 母親に話しても多分信じてもらえない。
 母親はそういう都市伝説をまったく信じていなかったのだ。
 捺奈はどうすればいいのか分からず、ひとり恐怖で身体を震わせていた。

 ブゥゥーン、ブゥゥーン。

 テーブルの上に置いてあったスマホのバイブが鳴った。
 見ると、凛からメッセージが届いている。
 捺奈はあわててそれを見た。

凛『くねくねを見ても、不幸な目に遭わなくて済む方法が分かったよ』

 メッセージにはそう書かれていた。
「どういうこと??」
 捺奈がメッセージを返すと、すぐに凛から返事がきた。

凛『今から裏山の神社に来て。そこで方法教えるから』

「裏山の神社??」
 捺奈は、凛がなぜそんな場所に呼ぶのか分からなかったが、すぐに向かうことにした。

 夜の8時過ぎ。
 捺奈は学校の裏にある神社の前にたどり着いた。
 神社は丘の上にあり、石の階段を30段ほど上った場所に建っていた。
 捺奈は今、その階段のいちばん下に立っている。
 学校の児童たちはその神社のことを「裏山の神社」と呼んで、よく遊び場として使っていた。
 しかし、電灯がついておらず、夜になると暗くなるため、日が暮れると誰も近づかなかった。
 今日もすでに日が落ち、辺りは暗くなっている。
(なんだか怖い……)
 捺奈は身体をブルッと震わせた。
 凛はスマホのメッセージで、「不幸な目に遭わない方法を知るためには、2つのルールを守らないといけない」と言っていた。
 1つは「誰にも神社に行くことを言わないこと」というもので、もう1つは「スマホを家に置いておくこと」というものだった。
 捺奈はそれがなぜダメなのか理由が分からなかったが、凛はそれ以上説明してくれなかった。
 そのため、捺奈はわけが分からないまま、誰にも神社に行くことを言わず、スマホも家に置いて、ここまでやってきたのだ。
(早く、不幸な目に遭わなくて済む方法を教えてもらわなくっちゃ)
 捺奈はおびえながらも、階段を上り始めた。

 神社は参道の先に賽銭箱さいせんばこが置かれた小さな拝殿はいでんがあり、周りは雑木林ぞうきばやしに覆われていた。
 階段を上り切った捺奈は参道を歩きながら、凛の姿を探す。
 この時間、神社には人の姿はない。
(凛、どこにいるんだろう……)
 神社で待ち合わせをしたものの、具体的にどこで待っているのかを聞いていなかった。
 電話をかけようにも、スマホは家に置いてきたため、連絡することができない。
(どうしたらいいの??)
 捺奈は不安と恐怖を感じながら、辺りを探した。
「どうしたんだい?」
 ふと、参道さんどうの横のほうから男の人の声がした。
 見ると、ジャージ姿のおじさんがひとり、わきに設置されているベンチに座っていた。
 散歩の途中で休憩でもしていたのだろうか?
 おじさんは捺奈を見ると立ち上がり、笑みを浮かべた。
「あの、友達と待ち合わせをしてて……」
「友達? ああ、そう言えばさっき拝殿の裏に女の子がいたねえ」
「あ、多分その子です! ありがとうございます!」
 捺奈はおじさんに礼を言うと、走って拝殿の裏へと向かった。

 裏へやってくると、隅のほうにひとりの人影があった。
「凛!」
 捺奈が走りながら声をかけると、人影が彼女のほうを見る。
「捺奈!」
 思った通り、それは凛だった。
 捺奈は凛の姿がはっきりと見られる場所まで近づくと、安心しホッと息を吐いた。
「探したんだよ」
「ごめん。場所ちゃんと言ってなかったね」
「それで、くねくねを見ても不幸な目に遭わなくて済む方法って何なの??」
 捺奈はそれを聞きたくてここまでやってきたのだ。
「ある人が教えてくれるって言ったの」
「ある人? それってもしかして、あの赤いフードを被った男の子?」
 くねくねを教えてくれたのは、あの男の子だった。
 凛はあれからどこかで男の子と会ったのだろうか?
 しかし凛は首を横にふった。
「あの子じゃないの。だけど、くねくねのこと知ってるんだって」
「それって、一体誰なの??」
 捺奈は他にもそんな人物がいるのか疑問に思った。

 ガサガサ──ッ!

 突然、背後で木々が大きくれる音がした。
 と同時に、捺奈は頭ににぶい痛みを感じた。
「ああっ──!」
 ふり向きざま、恐怖にゆがむ凜の顔と白い影が見えたが、捺奈はすぐに気を失ってしまった。

 捺奈が目覚めると、真っ白な天井が見えた。
 頭に違和感いわかんを覚え、手でれてみると、包帯が巻かれている。
 どうやら、捺奈は病院のベッドに寝かされていたようだ。
「どういう……こと??」
 ふと横を見ると、同じように頭に包帯を巻いた凛がイスに座り、下を向いて泣いていた。
「……凛」
 捺奈が声をかけると、凛はハッと顔を上げた。
「捺奈! 目が覚めたんだね!!」
 凛は笑顔になって捺奈にきついた。
「良かった~!」
「凛、どうして私……、病院にいるの??」
 捺奈が首をかしげながらたずねると、凛の顔から急に笑顔が消えた。
「ごめんなさい。全部私のせいなの……」
 凛はそう言って、何があったのかを話し始めた。
 あのあと、捺奈と凛は、とある男性に襲われたのだという。
「男性って?」
「うん、知らないおじさん。私たちをさらおうとしていたみたいなの」
 凛の話によると、そのおじさんは、捺奈と凛が赤いフードを被った男の子と話していたのを偶然ぐうぜん見かけたらしい。
 そして、その話を利用すれば2人をさらえると思い、凛に「くねくねを見ても不幸な目に遭わずにむ方法がある」と話し、捺奈を神社に呼ぶように言ったのだという。
「誰にも言わないこと」「スマホを家に置いておくこと」というルールを凛に伝えたのは、そのおじさんが考えた、捺奈と凛をさらいやすくするための作戦だったのだ。
「そのおじさん、さっき警察に捕まったみたい。捺奈とも会話をしたって言ってるらしいよ」
「もしかしてそのおじさんって……」
 それは神社で凛の居場所を教えてくれたおじさんだった。
 捺奈が視界の端に見た白い影は、その男性が着ていた白いジャージだったのだろう。
「普段は誰もいない神社なのに、あの日は運よく通りかかった少年がいて、彼が警察に通報してくれたんだって……」
 そのおかげで、捺奈と凛は少し怪我けがをしただけで助かったのだ。
「ごめんね、捺奈……」
 凛は泣きながら頭を下げた。
「凛は悪くないよ。だから頭をあげて」
 しかし、捺奈は彼女を怒る気にはなれなかった。
 凛は不幸な目に遭ってしまうのではと不安だっただけなのだ。
 捺奈にはそれが痛いほどよく分かった。
「だから大丈夫だよ。本物の白に襲われずに済んだんだし」
 捺奈はそう言って微笑んだ。
 そのとき、捺奈はふとあることを思った。
 白……。
「もしかして、白が追いかけてくるっていうのは……」
 捺奈は友里恵が事故に遭ったときの言葉を思い出し、凛のほうを見た。
「ねえ、友里恵が事故に遭った場所って、確か友里恵の家の近くだよね?」
「うん、すぐ近くの交差点って青山先生が言ってた」
「あそこって、シロっていう犬がいなかった?」
「シロ? あっ、いた!」
 交差点の横にある一軒家いっけんやに、シロという大きな白い犬が飼われていたのだ。
 捺奈たちは友里恵の家に遊びに行くたびに、よく、その犬にほえられていた。
「つまり、友里恵はそのシロに追いかけられていたんだよ!」
「そっか! そうだよね!」
 それを聞いた凛が明るい顔になった。
 白ではなく、シロ。
 くさりが外れてしまっていたのだろう。友里恵はシロに追いかけられて、思わず交差点に飛び出してしまったのだ。
 つまり、彼女はくねくねに追いかけられたわけではなかった。
「良かった~」
 捺奈と凛は思わずホッとした。
 友里恵のことは心配だったが、もう不幸な目には遭わないのだ。
「あらっ、目が覚めたのね」
 2人の声に気付き、看護師さんが病室をのぞき込んだ。
「2人とも、怪我は大したことないから安心してね」
 看護師さんがそう言うと、捺奈と凛は「はい」と元気良く返事をした。
「そうそう、2人は宮元友里恵さんのお友達だったわよね。彼女、さっき目を覚ましたわよ」
「えっ! 友里恵が!」
 友里恵は捺奈が運び込まれた病院に入院していた。
「凛、会いに行こうよ!」
「うん!」
 2人は大喜びして友里恵のいる病室へと向かった。

 その頃……。
 友里恵が事故に遭った交差点の近くに、ひとりの人物がいた。
 それは、赤いフードを被ったあの男の子である。
 彼は、シロという犬を飼っている女性に話を聞いていた。
「シロが女の子を追いかけたですって?」
「もしかしてそういうことがあったんじゃないかって思ったんだ」
 男の子がそう言うと、女性は「有り得ないわ」と答えた。
「だって、シロはいつも固く鎖でつながれているのよ。今まで逃げ出したことなんてないし、人を追いかけたこともないわ」
 男の子は玄関の横にいるシロを見た。
 女性の言う通り、シロは鎖で繫がれている。
 ほえてはいるが、それは人が怖くてほえているようだった。
 とてもではないが、人を追いかけるような犬には思えなかった。
「……そうか。ありがとう」
 男の子は礼を言うと、そのままその場から去っていった。
「……やはり、あの犬は関係ない。だとしたら白というのは……」
 男の子はふと何かを思った。

 一方、捺奈と凛は友里恵の病室に来ていた。
「友里恵!」
 ベッドには身体を起こして座っている友里恵の姿がある。
「良かった~、心配してたんだよ!」
 捺奈と凛は笑顔で友里恵のそばへ駆け寄った。
「シロって犬に追いかけられたんだよね」
「悪い犬だよね」
 捺奈と凛はさかんに友里恵に話しかける。
 しかし、友里恵は何も言わず、ただ身体をブルブル震わせていた。
「どうしたの、友里恵?」
「もしかして怪我したところが痛いの?」
 捺奈たちがそう言うと、友里恵は真っ青な顔で2人を見つめた。
「違う……」
「えっ、何が?」
「私は犬になんか襲われてない……」
「えっ──?」
 そのとき、友里恵はハッとし、病室のドアのほうを凝視した。
 捺奈と凛も釣られるように、ドアのほうを見た。
 すると、そこには、白い人影が立っていた。
 くねくね、くねくねと、不気味に動く都市伝説の怪物……。
 そんな怪物が、ゆっくりと捺奈たちに近づいてきたのだ。
「嫌っ!」
 捺奈はベッドの横にある棚に飾ってあった花瓶を白い人影に投げつけた。
「友里恵! 凛! 逃げるよ!!」
 捺奈の声に2人が反応する。
 捺奈はまだしっかりと歩けない友里恵の手を引きながら、凛とともに、白い人影をよけるように病室から逃げ出した。
「誰か助けて!!」
 廊下を走りながら捺奈は叫ぶ。
 だがそんな時に限って、廊下には誰もいなかった。
「そんな!」
「捺奈、下に逃げよう! 下にみんないるはずだから!」
 下には受付があり、いつも大勢の人たちがいる。
 捺奈は友里恵に「分かった!」と返事をすると、階段へと向かおうとした。

 ガシッ──。

 突然、捺奈のうでにヌルヌルとした気色悪い感触が伝わる。
 ハッとして振り返ると、白い人影がいつの間にか目の前までやってきて捺奈の腕をつかんでいた。
「きゃああああ!!」
 横にいた友里恵と凛が叫ぶ。
 白い人影はくねくね、くねくねと動きながら、捺奈に迫ってきた。
「嫌……嫌……嫌ああああ!!」
 廊下に捺奈の悲鳴が響き渡った。
 その声を聞き、下の階にある受付にいた看護師さんたちがあわててけ上がってきた。
「どうしたの!」
 看護師さんはそう言って廊下を見る。
 しかし、そこには誰もいなかった。
 捺奈、凛、友里恵、そして白い人影も、まるで煙のように消えてしまっていたのだ。

 その後、捺奈たちの行方は分からなくなってしまった。


2つ目の町 赤いクレヨンの真実

「わ~、広~い!」
 篠原しのはらまどかはその家を見て、思わず大きな声をあげた。
 ショートカットのくり色のかみに大きな目が印象的な、小学5年生の女の子。
 日曜の昼下がり。まどかは家族と一緒に新しい家に引っ越してきた。
 白い壁の前に庭木が何本も植えられている一軒家。入り口には鉄の門も付いていて、今までマンション暮らしだったまどかの目には何もかもが新鮮に見えた。
「中古の物件だったけど、前の人が丁寧ていねいに使っていたから中も綺麗きれいだよ」
 車のトランクからバッグを降ろしながら父親がまどかにそう言った。
「まどかの部屋も広くて綺麗よ」
 助手席から降りてきた母親が言う。
「見てきていい?」
「もちろん。あなたの部屋は2階のいちばん奥よ」
「は~い!」
 まどかは家に入ると、2階へと続く階段をけ上がった。
 2階には階段を上ったところに2つ、廊下ろうかを少し進んだところに1つ、部屋があった。
 母親が言っていたのは、廊下を進んだところにある奥の部屋のことだろう。
 まどかはワクワクしながら、その部屋のドアを開けた。
「すご~い!」
 部屋を見て、まどかは感激の声をあげた。
 母親の言っていた以上に、部屋は広くて綺麗だった。
 8じょうほどの洋室。部屋にはすでに引っ越しの荷物が運び込まれていて、見慣れたベッドや机などが並べられている。
「今日からここが私のお部屋なんだね!」
 窓は大きく、南側にあり、明るい日差しが部屋の中を照らしていた。
 以前住んでいたまどかの部屋は、小さな窓しかなく、となりのマンションと近かったせいで、昼でも照明をつけなければならないほど、太陽の光がまったく入ってこなかった。
 まどかはそんな部屋が好きではなく、いつも両親に不満を言っていた。
 そのおかげなのか、今度はちゃんと太陽の光がたっぷり入る場所を選んでくれたようだ。
「この部屋は好きになれそう!」
 まどかはすっかり部屋を気に入り、満面の笑みを浮かべた。
「良かったね、お姉ちゃん」

「ゆりか!」
 まどかは、いつの間にかドアの前に来ていた妹のゆりかのそばへと駆け寄る。
 ゆりかはクマのヌイグルミを大切そうにめ、まどかを見ていた。
「ゆりかも新しいお家に引っ越せて嬉しいでしょ?」
 まどかの問いに、ゆりかは「うん!」と元気良く答えた。
「すごく嬉しい。お姉ちゃん、このお家でも仲良くしてね」
「当たり前でしょ!」
 まどかは思わず笑った。
「ゆりかは私の可愛い妹なんだから。今まで通りずっと仲良くしようね!」
 まどかの言葉に、ゆりかはまた「うん!」と元気良く答えた。

 翌日。
 まどかは新しい小学校に通い始めた。
 5年3組。転校してもちゃんと今まで通り友達ができるか不安だったが、そんな不安は昼休み前には解決した。
 この学校では転校してくる児童が少ないらしく、自然とクラスメイトたちがまどかの周りに集まってきたのだ。
 まどかは人と話をするのが好きだった。
 性格も明るく、初対面の人でも気軽に会話を楽しむことができる。
 おかげで、昼ご飯を食べる頃には、桃香ももか亜衣あいという2人のクラスメイトと仲良くなっていた。
「ねえねえ、まどかちゃんって都市伝説とか好き?」
 机を近づけて2人と給食を食べていると、桃香が何気なくまどかにたずねた。
「都市伝説? う~ん、好きでも嫌いでもないかな。あんまりそういう話くわしくないから」
 まどかが答えると、亜衣と桃香が同時に「そうなんだ~」と声を出した。
「最近ね、この学校で都市伝説が流行はやってるの。まどかちゃんは、くねくねって知ってる?」
 桃香がそう言うと、まどかは「知らない」と素直に答えた。
「くねくねというのは田んぼの中でくねくね動くなぞの白い人影なんだけど、ある町で、小学6年生の女の子が3人、それを偶然ぐうぜん目撃したんだって。くねくねを見たら必ずおそわれちゃうの。それでその女の子たちもくねくねに襲われて、行方不明になっちゃったんだって」
「行方不明??」
 まどかは思わず給食を食べるのをやめ、桃香のほうを見る。
「それって本当のこと?」
「さあ、それはよく分からないけど、塾の友達がその町に住んでいる人を知ってる友達から聞いたんだって。その町では『顔のない子供』も目撃されたらしいよ」
「顔のない子供? もしかしてそれも都市伝説?」
「うん。フードを被った男の子らしいんだけど、目も鼻も口もないんだって。その男の子と出会ったら不思議なことに遭遇しちゃうらしいの。女の子たちもその男の子に出会ったから、くねくねを見ちゃったらしいよ」
 まどかはその話をにわかに信じられないでいた。
 しかし、世の中には本当にそういうことがあるのかもしれない……。
「だけど、この町のことじゃないんだよね?」
 くねくねや顔のない子供は、どこか知らない町で起きた話なのだ。
 この町のことでなければ、怖がることはないように思えた。
 すると、今度は亜衣が口を開いた。
「くねくねや顔のない子供は他の町の話だけど、この町でも1つ、ある都市伝説のうわさがあるよ」
「どんな都市伝説なの?」
 まどかが興味深げにたずねると、亜衣は真剣な表情になって顔を近づけた。
「『赤いクレヨン』って言って、ある呪われた一軒家のお話。ある日、その家に引っ越してきた家族が、家の中で赤いクレヨンを見つけたんだって。だけどクレヨンなんか誰も使ってなくて、どうして落ちていたのか分からないの。そしてある日、彼らは家の2階にかくし部屋があることに気付いて、部屋の中を見ることにしたの。するとね、部屋には小さな子供が書いた気味の悪い文字が、壁にびっしり残されていたんだって。
 オカアサンダシテ、オカアサンダシテ、オカアサンダシテ……。赤いクレヨンで、壁中にそう書かれていたらしいよ」
 それを聞き、まどかは背筋に冷たいものを感じた。
 すると、まどかがおびえていることに気付いた亜衣が、クスクスと笑った。
「まどかちゃんって結構怖がりなんだね。けど、その家がどこにあるのかみんな知らないし、本当かどうか分からないから、そんなに怖がらなくても大丈夫だよ」
「そうそう、都市伝説はあくまで噂だから。そんなことより早く給食食べよ」
 桃香もクスクスと笑っている。
「そ、そうだね」
 まどかは少し気にし過ぎたことを恥ずかしく思いながら、照れ笑いを浮かべた。
(都市伝説は単なる噂。私には関係ないよね)
 まどかはそう思うと、給食を食べ始めた。

 しかし数日後、まどかは不思議な体験をしてしまう──。

 その夜、まどかは妙に寝苦しく、なかなか眠れなかった。
 ベッドに入り、目をつぶっても、なぜか頭だけがえていたのだ。
(明日学校だから、早く寝なくちゃいけないのに……)
 まどかはそう思えば思うほど、眠れなくなっていってしまった。
 まどかは今何時なのか時計を確認しようと、ふと、目を開けた。
 そのとき、

 きゃああああああ!!

 という女の子の叫び声が、部屋の外から聞こえてきた。
「なに??」
 まどかは驚き、あわててベッドから起き上がった。
 時計を見ると、深夜の2時を過ぎている。
 耳をすましてみる。しかし家はシンと静まり返っていて、女の子の声はもう聞こえなかった。
「今の何だったの……??」
 まどかは怖いと思いながらもドアを開け、廊下を見てみた。
 だけど、廊下には誰もおらず、真っ暗だった。
 まどかは廊下に備え付けられていた防犯用の懐中電灯を手に取ると、周りを照らしてみる。
(誰もいない……)
 まどかはあちこち照らしてみたものの、異変はなかった。
(いつの間にかウトウトして、寝ぼけていたのかな??)
 まどかは廊下にひとり立って、首をかしげていた。

 翌朝。
 まどかが部屋から出ると、ゆりかが廊下に立っていた。
 いつもと同じように赤いワンピースを着て、クマのヌイグルミを大切そうに抱き締めている。
(もしかして、昨日の声はゆりかだったのかな?)
 まどかはゆりかに聞いてみることにした。
「ねえ、ゆりか。あなた昨日の夜中、叫んだりした?」
 まどかがたずねると、ゆりかは首を横に大きくふった。
「叫んでないよ。ずっと寝てたもん」
「そっか……」
 叫び声は幼い女の子の声だったような気がした。
 この家にはゆりか以外、幼い女の子はいない。
 1階に下りたまどかは、朝食を食べていた父親と母親にもたずねてみたが、やはり彼らも叫んでなどおらず、そもそもそんな声を聞いてもいなかった。
「それだけ大きな叫び声だったら、お父さんたちも目を覚ましたはずだよ」
「そうね。まどかが寝ぼけていたのよ。新しい学校に通うようになって疲れていたんじゃないかしら?」
「やっぱりそうなのかな……」
 まどかは納得できなかったものの、とりあえず自分が寝ぼけていただけだと思うことにした。

 しかし、数日後。
 まどかは再び、不思議な体験をしてしまう──。

 その日、学校から帰ってきたまどかは、いつものように2階の自分の部屋にかばんを置いてから、リビングでおやつを食べようと思った。
「あれっ?」
 鞄を置きに行くために階段を上がろうとすると、階段の手前に何かが落ちていた。
 まどかは何かと思い、じっと見つめてみる。
 するとそれは、赤いクレヨンだった。
 クレヨンはかなり使われていて、半分ぐらいの長さになっている。
「どうしてこんなところに?」
 まどかが何気なくそのクレヨンを手に取ると、ちょうどゆりかが2階の廊下から下をのぞいているのが見えた。
「ねえ、ゆりか。このクレヨン、ゆりかの?」
 まどかが見上げながらたずねると、ゆりかは首を大きく横にふった。
「ゆりかのじゃないよ」
「そうだよね。絵とか描かないもんね」
 念のため、まどかは台所で夕食を作っていた母親にも聞いてみたが、やはり知らないと言われた。
 仕事中でまだ帰ってきていない父親もクレヨンなど使わない。
「だとしたら、誰のクレヨンなの……?」
 そのとき、まどかは亜衣が言っていたあの話を思い出した。
『ある日、その家に引っ越してきた家族が、家の中で赤いクレヨンを見つけたんだって──』
「それってもしかして!」
 まどかは急に怖くなって、あわててそのクレヨンをリビングのゴミ箱に投げ捨てた。

 ピンポーン。

 インターフォンが鳴り、母親が「はーい」と言いながら玄関へ向かう。
 そしてすぐに、まどかのもとへと戻ってきた。
「まどか、お友達が来たわよ」
「友達? 桃香ちゃんかな? それとも亜衣ちゃん?」
「いいえ、男の子よ。赤いフードを被った」
「えっ?」
 誰だろう?
 そもそも、男の子とはまだそこまで仲良くないので家に来るとは思えない。
「それに、赤いフードって確か……」
 今度は桃香が言っていたあの話を思い出した。
『フードを被った男の子らしいんだけど、目も鼻も口もないんだって──』
「顔のない子供!」
 まどかは思わず部屋のドアから顔を半分だけ出して、玄関のほうを見た。
 するとそこには、母親が言った通り、赤いフードを被った男の子が立っていた。
 だけど、男の子には目も鼻も口もある。
「まどか、どうかしたの?」
 まどかの様子を変に思った母親が後ろからたずねる。
「えっ、ううん、べ、別に何でもないよ……」
 まどかは思わず苦笑いを浮かべた。
(そうだよね。顔のない子供なんているわけないよね……)
 もし、目も鼻も口もなかったら、母親が普通に戻ってくるわけがない。
 何より、顔のない子供はただの都市伝説の噂話なのだ。
 まどかは自分が怖がり過ぎていたことを反省し、その男の子に会うことにした。
「あの、私がまどかだけど、あなたは?」
 男の子は、白い肌に、大きなんだ目とシュッと通った鼻筋、そして薄く綺麗な唇をしていた。
 歳はまどかより少し上のようだ。
 フードを被って顔を隠しているが、びっくりするぐらいかっこいい。
 そんな男の子がまどかのほうを見ている。
「名前なんてどうでもいい。キミに忠告しに来たんだ」
「忠告?」
 まどかはなぜ忠告などされるのか意味が分からなかった。
 しかし男の子はそんなまどかをよそに、話を続ける。
「この家は、赤いクレヨンに呪われた家かもしれない──」
「えっ?」
 まどかは思わずハッとした。
「どうして赤いクレヨンのことを知ってるの??」
 まどかがクレヨンを見つけたのは、つい10分ほど前のことである。
 それなのに、男の子はそのことを知っている。
 まどかが困惑していると、男の子はその大きな目でじっと見つめた。
「分かるんだ。このままでは、キミやキミの家族が不幸な目にう──」
 それを聞き、まどかは思わずゾッとした。
 すると、リビングでその話を聞いていた母親が2人のもとへやってきた。
「ちょっと、何を言ってるの! まどか、この子はあなたの友達じゃないの?」
「ううん、知らない……」
「じゃあ、帰って!」
 母親は男の子がまどかを怖がらせていると思い、怒っていたのだ。
「僕は真実を言ってるだけだ」
 男の子はまったく動じず、母親にそう言う。
「いいから出ていきなさい! ほらっ、早く!」
 そんな男の子に母親は怒鳴どなり、家の外へと追い出した。
「まったく。多分、近所のイタズラ好きの男の子なんでしょうね」
 母親が怒る気持ちもよく分かる。
 引っ越してきたばかりの家を呪われた家などと言われたら、誰だって怒りたくなるだろう。
 まどかは、男の子に詳しい話を聞きたいと思ったが、それはもうムリそうだった。
(だけど、どうしてあの男の子は赤いクレヨンのことを知ってたんだろう??)
 まどかはそれが不思議で仕方なかった。
 赤いクレヨンのことは、ゆりかと母親しか知らないのだ。
 そのとき、まどかはあることに気付いた。
(もしかして、赤いクレヨンを置いたのはあの男の子なのかも?)
 母親は男の子のことをイタズラ好きだと言っていた。
 だとしたら、男の子が家の中にクレヨンを置いて、まどかたちを驚かそうとしていた可能性もあるのだ。
(そうか、ただのイタズラなんだ!)
 まどかはホッとし、自分の部屋へ戻ることにした。
「お姉ちゃん……」
 階段を上がると、廊下にゆりかが立っていた。
「呪われた家ってなに? なんか、すごく怖い……」
 どうやら、ゆりかは2階から話を聞いていたらしい。
 不安そうな顔で、クマのヌイグルミを強く抱き締めている。
「大丈夫。あれは全部、あの男の子のイタズラだから」
 まどかはゆりかの頭を優しくなでた。
「ほんとに?」
「うん、だからゆりかは何も心配しなくていいよ」
 まどかがそう言うと、ゆりかは「分かった」と返事をし、笑顔になった。
 それを見て、まどかも笑みを浮かべた。

 その日の夜。
 まどかは夜遅くまで部屋で漫画まんがを読んでいて、寝るのが遅くなった。
 夜中の12時。
 まどかは早く寝ないといけないと思い、あわてて布団に入った。
 しばらくして、まどかはウツラウツラとし始める。
 もうすぐ深い眠りにつこうとしていた。

 ケテ……。

 ふと、消えそうな小さな声が聞こえてきた。
 まどかは最初、自分がまた寝ぼけているのだと思った。
 しかし、その声はだんだんはっきりと聞こえてくる。

 スケテ……。スケテ……。助けて!

 まどかは思わず目を開けた。
 誰かが助けを求めている。
 すると、廊下のほうからガタンッという大きな音が響いた。
 続けて、幼い女の子の声が聞こえる。

 きゃああああああ!!

 それは、この間聞いた幼い女の子の叫び声だ。
「夢なんかじゃない!」
 寝ぼけてもいない。
 まどかはあわてて廊下へと飛び出した。

 廊下は月明かりに照らされていて、少しだけ明るくなっていた。
 まどかは廊下を見渡し、声の主を探す。
 しかし廊下には誰もいなかった。
「そんな……」
 やはり、寝ぼけていたのだろうか?
 そのとき、廊下を見ていたまどかはふと、壁のそばに何かが落ちていることに気付いた。
「あれは……」
 近づいてみると、クマのヌイグルミがぽつんと落ちている。
「ゆりかのヌイグルミ……だよね……?」
 まどかはヌイグルミを手に取り、あることを思った。
「もしかして、あの叫び声はゆりかだったの??」
 思わずハッとする。
「ゆりか! ゆりか!」
 まどかはあわててゆりかの名を叫んだ。
 しかしどこを探しても、ゆりかはいない。
「ゆりか! いたら返事して! ねえ、ゆりか!」
 すると、どこからか弱々しい声が聞こえてきた。

 助けて……。助けて……。助けて、お姉ちゃん……。

 それは間違いなくゆりかの声だ。
「ゆりか、どこにいるの!!」
 まどかは声がした場所を探す。
「あっ!」
 まどかは廊下のいちばん奥の壁が、なぜか少しだけズレていることに気付いた。
 近づいてみると、壁板の一部が外れ、中が空洞くうどうになっている。
「さっき、大きな音がしたのは、壁の板が外れた音だったの?」
 空洞は、人がひとり入れるぐらいの大きさがあった。
「もしかして、ゆりかはこの中に??」
 まどかは廊下に置いてあった懐中電灯を手に取ると、あわてて空洞に入ってみることにした。

 四つんばいになりながら空洞をくぐると、中は思った以上に広かった。
 どうやら、物置ものおき用の小部屋のようだ。
 4畳ぐらいはあるだろうか。ちゃんと立つこともできる。
(だけど、どうして板でふさがれていたの?)
 物置用の小部屋ならわざわざ板でふさぐ理由はない。
 まどかは不思議に思いながら、懐中電灯で小部屋の中を照らしてみた。
「ゆりか、どこにいるの? ねえ、ゆりか?」
 小部屋はほこりが積もりカビくさかったが、荷物などはなく、ガランとしている。
 ゆりかがいればすぐに分かるはずだ。
「ねえ、ゆりか、いないの? ねえ」
 まどかは部屋の隅々すみずみを懐中電灯で照らしてみた。
 すると、壁際に何かが落ちている。
 それは半分ぐらいの長さになった赤いクレヨンだった。
「これって!」
 間違いなく、まどかが昼間ゴミ箱に捨てた赤いクレヨンだ。
(どうしてここに??)
 ゆりかがゴミ箱からひろったのだろうか?
「ゆりか! ねえ、どこにいるの!!」
 まどかは急に怖くなって、ゆりかの名を叫びながら小部屋の中を懐中電灯で照らした。
 そのとき、壁が一瞬、懐中電灯の光で照らされ、まどかの目にあるものが飛び込んできた。
「きゃ!」
 それを見て、まどかは思わず声をあげる。
 そこには、血のような真っ赤な線があったのだ。
 線は1本だけではない。
 無数の真っ赤な線が壁中に描かれていた。
「なんなのこれ……?」
 まどかは恐ろしく思いながらもその壁に懐中電灯の光を当ててみる。
 すると、それが血ではなく、クレヨンで描かれたものであることが分かった。
「もしかして……」
 まどかは床に落ちている赤いクレヨンをチラリと見る。
 壁の真っ赤な無数の線は、この赤いクレヨンで描かれた可能性が高かった。
 まどかは懐中電灯で壁を照らしながら、線をじっくりと見てみる。
 線はどうやら何かの形を描いているらしい。
 まどかは少し後ろに下がり、壁全体を懐中電灯で照らしてみることにした。
「えっ……」
 壁全体を見たまどかは思わず小さな声をもらした。
 同時に背筋がゾクッとし、身体が恐怖で震え出した。
「そんな……」
 壁に描かれていたのは、線ではなかった。
 人が描かれた絵……。
 それは、血だらけになった4人の人物の絵であった。
 いちばん大きな人物が手にナイフのような物を持ち、次に大きな人物と、その次に大きな人物を襲っていた。
 襲われている人物は、真っ赤に塗りつぶされている。
 そして4人の中でいちばん小さな人物がその後ろに倒れていて、同じように真っ赤に塗りつぶされていた。
「な、何なのこれ? いや……いやあぁぁ!!!」
 まどかはあまりの恐怖であわてて小部屋から逃げ出した。
「お父さん! 助けて!!」
 小部屋から逃げ出すと、まどかはそのまま階段を上ってすぐのところにある両親の寝室に駆け込んだ。
「どうしたんだ、まどか?」
 ベッドで寝ていた父親と母親は、何事なのかと思い、起き上がるとまどかのほうを見た。
「小部屋に気持ち悪い絵があって! それに、ゆりかもいないの!」
 まどかは壁の向こうに小部屋があったことと、ゆりかがどこにもいなくなってしまったことを、2人に話した。
 すると、両親は不思議そうな顔をして、まどかを見つめた。
「まどか。さっきから何を言ってるんだ?」
「だから、小部屋があって! それにゆりかも!」
 まどかがそう言うと、父親が首をかしげた。
「なあ、まどか。ゆりかって一体誰だい?」
「えっ?」
「ウチには、子供はあなたしかいないでしょ?」
 その瞬間、まどかは目を大きく見開き、「ああぁ」と言葉をもらした。

 まどかはこの家に来るまで、「ゆりか」という女の子のことなど知らなかったのだ。

「じゃあ、あの子は……??」
 戸惑うまどかに、母親が声をかけた。
「ねえ、まどか。その手に持っている物はなに?」
 まどかはふと、ゆりかが落としたクマのヌイグルミをずっと持っていたことを思い出し、それを見つめた。
「えっ??」
 すると、クマのヌイグルミはいつの間にかボロボロに切り刻まれていて、真っ赤になってしまっていた。
 クレヨンの赤ではない。血の赤。
 クマのヌイグルミは、血で真っ赤に染まっていたのだ。
「いやああああ!!!」
 まどかはあまりの恐怖に、その場で気絶してしまった。

 1ヶ月後。
 まどかたちは逃げるように引っ越し、家は空き家になっていた。
 ちょうど同じ頃、まどかが通っていた小学校ではある噂が話されるようになっていた。
 それは、『赤いクレヨン』の話には、有名ではないもうひとつの噂話があるというものである。
 10年ほど前、ある家に強盗ごうとうが入って、住んでいた家族が殺されたのだという。
 殺されたのは、父親と母親、それに小学6年生の長女。
 しかし、不思議なことに、幼稚園児だった次女だけは、どこを探しても見つからなかったらしい。
 その子はクレヨンで絵を描くのが大好きで、今も家のどこかに隠れて、目撃してしまった家族が殺される瞬間の絵を壁に描き続けているのだという。
 それは、『赤いクレヨンの真実』と呼ばれ、新しい都市伝説として、みんなに噂されるようになっていた。

 その頃、まどかたちが去った家に、ひとりの人物が忍び込んでいた。
 それは赤いフードを被ったあの少年である。
 少年は2階に上がると、突き当たりの壁へと向かった。
 き当たりには再び板が張られ、小部屋はふさがれている。
 少年はその板を外すと、そのままその小部屋へと入っていった。
 小部屋へ入ると、少年は懐中電灯で中を照らし、辺りを見回す。
 何かを探しているようだ。
 やがて、少年は壁の隅に何かを見つけると、そばへと近寄った。
 するとそこには、奇妙なマークが刻まれていた。
「あった……」
 少年はそれを確認すると、ポケットから真っ赤な手帳を取り出し、ページを開いてそのマークの上にかざした。
 そして、呪文を唱えた。

 次の瞬間、マークがキラキラと輝き、開かれたページに反転して写し取られた。
 壁にあったマークは消えている。
 少年はそれを確認すると、真っ赤な手帳を閉じた。
「よし……」
 少年はそうつぶやくと手帳をポケットにしまい、もうこの場所には興味がなくなったのか、小部屋から去っていった。

 その後、この町でゆりかという女の子を見た者はいない……。


3つ目の町 異様なネコ

1.石田いしだ美帆みほ(14歳・中学生)

 あれを見たのは、いつ?
「ええっと、2週間ほど前かな。塾から帰っているときだから、午後9時を少し過ぎていたと思う。一緒の塾に通っている親友の奈々ちゃんと別れて、ひとりで路地を歩いていたの」
 そこはいつも通ってる場所?
「ううん。その路地には電灯がなくて真っ暗だから、お母さんに夜は歩いちゃいけませんって言われているの。
 だけどその日は見たいテレビ番組があって。その路地を通れば5分ぐらい早く家に帰れるから、そこを歩いてたんだ」
 その路地で、あれを見たってこと?
「そう。だけど最初あれが何なのか分からなかった。だって、路地が真っ暗でよく見えなくて。
 路地には花壇かだんがあるんだけど、その花壇の上に誰かが段ボールの箱でも置き忘れているのかなって思ったの」
 あれは、段ボールの箱ぐらいの大きさってこと?
「う~ん、ちゃんと見てないけど、それぐらいの大きさはあったと思うよ」
 どうして分かったの?
「そのとき分かったわけじゃないんだ。そこを通り過ぎた後、後ろから突然声が聞こえてきたの。
 キャッキャッキャッ、って。
 人を馬鹿ばかにしたような高い笑い声。
 私、噂は知ってたから、もしかしてって思って後ろを見たんだけど、何もいなかったの。
 ただ、花壇のところにあった段ボールの箱が消えてて。それで、あの箱が、もしかしてあれだったんじゃないのかなって思ったんだ」

2.加藤かとう広志ひろし(30歳・サラリーマン)

 あの路地はよく通る?
「そうだよ、仕事が終わってからジョギングをするのが日課で、あの路地はそのコースになってるんだ」
 あれを見たのはいつ?
「確か1ヶ月ほど前だったかな。夜、ジョギングをしていたら急に雨が降ってきてね。路地にある木の下で雨宿りすることにしたんだ。
 9時ぐらいだったかなぁ。もう少し遅い時間だったかもしれない」
 どこにいた?
「屋根の上だよ。路地に沿っていくつも家が建ってるだろう?
 雨宿りしているときに、ちょうど目の前に見えた一戸建ての屋根の上に、あれがいたんだ。
 2階の部屋の明かりが窓からもれていて、その窓の横にある屋根の上にいたよ。あれの身体からだがはっきりと見えたよ」
 どんな姿だった?
「う~ん、動いているところを見たわけじゃないけど、段ボールの箱ぐらいの大きさで、色は茶色。毛並みはフサフサしてたね」
『目』は見た?
「目? いいや。どこが顔なのかもよく分からなかったなぁ。屋根の上で丸まっていただけだったからね。
 だけど、キャッキャッキャッ、っていう声は聞いたよ。
 そんな鳴き方をするのは、あれしかいないよね?」

3.村山むらやまさとる(19歳・浪人生ろうにんせい

 キミの家の屋根に、あれがいたと聞いたんだけど。
「ふ~ん。それで何が知りたいわけ? おれ、別に話すことないけど」
 キミの部屋は2階だよね? 路地側の部屋。
「だったらなに?」
 あれがよく座ってたんだ。その部屋の横の屋根の上に。
「そうなんだ。全然気付かなかったよ」
 本当に気付かなかった?
「どういう意味だよ?」
 もし何かを知っていて隠していたとしたら、大変な目に遭うかもしれない。
「それって、例の噂か?」
 まったく問題ないかもしれない。でも逆かもしれない。だから知っていることを教えて欲しい。
「……わ、分かった。正直に言うよ。だけど、俺は何も悪くないからな。それだけは分かってくれよ」
 ああ。じゃあ、あれについて教えてくれる?
「あれの存在に気付いたのは、3ヶ月ほど前だ。俺はいつものように部屋で勉強をしていた。
 すると、窓の外から声が聞こえてきたんだ。
 キャッキャッキャッ。
 人を馬鹿にしたようなムカつく声だよ。
 俺は最初、あれの噂なんて知らなかったから、誰かが外で笑っているんだと思ったんだ。
 無視しようと思ったけど、ずっと声が聞こえてて。
 それでいい加減腹が立って、文句を言ってやろうと窓を開けたんだ。
 そうしたら、部屋から見える屋根の上に、あれがのんびり座ってたんだ」
 不気味だと思った?
「不気味? いや、何か不思議だなって思ったけど、不気味だとは思わなかった」
 それでその後は?
「とりあえず、あれが何なのか分からなかったけど、珍しい生き物だと思って写真に撮ることにしたんだ。
 それで机に置いてあったスマホを取りに行って、すぐ窓のところに戻ってきたんだけど、いつの間にかいなくなってたよ」
 見たのはその日だけ? 他の人に聞いたら、1ヶ月前にも屋根の上にいたらしいけど。
「ああ、あれはあの場所が気に入ってたんだろうな。夜になるとよく丸くなって座ってたよ。
 俺は写真に撮りたいっていつも思ってたんだけど、カメラを構えるとすぐ逃げ出してしまうんだ。
 あれの写真って今まで誰も撮ったことがないんだろう? ネットで調べたらそう書いてあったよ。
 あれは多分、自分の姿を写真や映像で残されるのが嫌なんだろうな」
 そうかも。
 ところで、さっき「俺は何も悪くない」と言ったけど、それはどういう意味?
「そのままの意味だ。あれがいなくなったのは、俺のせいじゃない」
 いなくなった?
「1週間前のことだよ。その日、俺は勉強があまり進まず、イライラしてたんだ。
 夜の9時過ぎだったかな。あれがいつものように鳴き始めたんだ。
 キャッキャッキャッ。
 これまで何度も聞いてすっかり慣れてたけど、イライラしていたから、異常に腹が立ってきて。
 それで、窓を開けて持っていた参考書を投げつけてやったんだ。
 うるさい! どこかへ行けって怒鳴ってな。
 俺、コントロールが悪いから、参考書は当たらなかったけど、あれは驚いたみたいで、あわてて暗闇くらやみの中に逃げていったよ」
 それからは見てない?
「今まで2日に1度は見てたけど、あれ以来、見てないよ。
 多分、他の場所に行っちゃったんじゃないか?
 なあ、そんなことより、あれを驚かせたからって、俺、不幸になったりしないよな?
 噂だと、あれに嫌われたら不幸になるってネットに書いてあったけど、俺、大丈夫だよな?」

4.小林こばやし洋子ようこ(45歳・小学校の教師)

 噂は間違ってる?
「ええ、私はそう思いますよ。あれはそもそも誰かを嫌ったりにくんだりする生き物じゃないと思うんです。ただじっとその町に住み着くだけの害のない存在。そう思いませんか?」
 どうしてそんなことが分かるの?
「だって、あれに嫌われたら不幸になるというのはただの噂話ですよね?
 実際に不幸になった人はいないじゃないですか。
 私は都市伝説というものをあまり信じませんが、もし本当にあれがいたとしても、悪い存在ではないと思うんです」
 実際にあれを見たことはないよね?
「ええ、見たことはありません。ただ、児童たちがよく噂してますね。
 昨日もある場所であれを見たと言っていた児童がいましたよ」
 昨日?? その児童に会わせて欲しい。
「それはいいですけど、あなたはあれを見つけてどうするつもりなんですか?」
 それは……。
「もしかして、あなたはあれと何か関係があるんですか? ただの興味本位で探しているようには思えないんですが」
 関係がない、と言えば噓になるかもしれない。だけどあれを見たことはない。一度も。
「だったら、どうしてあれを探しているんですか?」
 あれには、誰にも知られていない『ある力』があるんだ。
「力? それはどういう?」
 一生に1度だけ、どんな質問にも正確に答えることができる力……。
 あれに会って、どうしても聞かなければならないことがあるんだ。

「なるほど、そうなんですね。あなたは何かよほど大事なことをあれに聞きたいんでしょうね。
 ……分かりました。では、児童に連絡を取ってみましょう」

5.望月もちづきあい、望月あや(12歳、8歳・小学生)

 小林先生から聞いたけど、キミたちは昨日あれを見た?
「うん、見たよ」
「彩も見た!」
 どこで見たんだ?
「家の近くに小さな公園があって、そこで見たの。
 その公園で妹の彩がいつも遊んでるんだけど、昨日は夕方になっても帰ってこないから、お母さんにご飯だから呼んできてって言われて、迎えに行くことにしたの」
 そのとき、公園であれを見たってこと?
「夕方の6時ぐらいだったかなぁ。ブランコで遊んでた彩のところに行ったら、後ろの草むらから変な声がするって言われて」
「ずうっと、キャッキャッキャッ、って声が聞こえてて、気になってお家に帰れなかったの」
「それを聞いて私は、もしかして、あれなんじゃないのかなって思ったんだ。
 学校でみんな噂してたし、ネットでも色んな人がそんな風な声を出すって書いてたから。
 それで、彩と一緒に草むらを探すことにしたの」
 それであれを見つけた?
「うん、草むらをちょっと入ったところにあるブロック塀の上にいたよ」
へいの上で丸くなってうずくまってたよね」
「私は本当にいたんだって思ってびっくりしたんだけど、彩は嬉しかったみたいで近づいていっちゃったんだ」
「だって、触ってみたくなったんだもん。茶色の毛がフサフサしていて、段ボールの箱ぐらい大きくて、それに柔らかそうだったんだ」
 実際にできた、触ること?
「ううん、触ろうって思って近づいたら、あれがお耳をピーンって立てて、急に地面に飛び降りちゃったの」
 飛び降りた?
「私も彩もびっくりしちゃったよ。
 だって、学校にもあれを見た人は何人もいたんだけど、みんな、丸くなって座っている姿しか見たことなかったんだもん。
 しかもほとんどの人が夜に見ただけで、あれが動くところをちゃんと見た人なんて聞いたことがなかったから」
 どんな風に動いた?
「段ボールの箱ぐらいの大きさでしょ。ちゃんと飛び降りられるのかなって思って心配しながら見てたら、急に丸まっていた身体が伸びて。
 アコーディオンみたいにビヨ~ンって。
 塀は1メートルぐらいの高さがあるんだけど、後ろ足を塀の上に残したまま、身体が伸びて、前足だけが地面に着いちゃったの」
「うん、段ボールの箱みたいな身体がフランスパンみたいに長細くなってたよ」
「それで、その後、あれは後ろ足も地面に降ろすと、尺取しゃくとり虫みたいに身体を伸ばしたり縮めたりしながら、草むらの中に消えちゃったんだ。
 結構動くの速かったよ。ほんと、びっくりしちゃった」
 じゃあ、あれはもう、驚いて違う場所に逃げたってこと?
「まだいると思うよ」
 なぜ?
「だって、クラスの女の子が言ってたよ。今朝、あの公園で、キャッキャッキャッ、っていう鳴き声を聞いたって」
 そうか、ありがとう。
 ところで、キミたちは、あれの『目』は見た?

「目? そう言われれば、顔はちゃんと見てないなぁ」
「うん、お耳だけしか見てない」
「だけど、あれってみんなが言っている通りの姿をしてたよね。
 異様なネコ──。
 確かにあれは、異様な姿をした大きなネコだよ」

 夕暮れ時。
 小学校の近くにある小さな公園に、ひとりの少年がやってきた。
 赤いフードを被った少年である。
 公園には少年以外、人の姿はない。
(ブランコの後ろの草むら……)
 少年は女の子たちから聞いた通りの場所へと歩いていった。
 ブランコの後ろには草むらがあり、そこを少し入ると、塀がある。
 ここに昨日、異様なネコがいたのだ。
 しかし、少年が見てみると、異様なネコの姿はそこにはなかった。
(やっぱりもう違う場所に移動したんだ)
 少年はそう思いながら辺りを見渡した。

 キャッキャッキャッ。

 突然、人を馬鹿にしたような高い笑い声が公園のほうから響く。
「いる! どこだ??」
 少年は草むらから出て公園の中を探した。
 すると、すべり台の上に、段ボール箱のような物体が見えた。
 茶色で毛がフサフサしている。
「異様なネコだ!」
 少年は異様なネコのそばへと駆け寄った。

 ピクンッ!

 少年の存在に気付いたのか、すべり台の上で丸くなっていた異様なネコが耳を立てた。
 キャッキャッキャッと鳴くと、逃げ出そうと身体を動かす。
「待て、動くな!」
 少年は異様なネコに向かって叫んだ。
 その声に驚いたのか、異様なネコは身体をビクッとさせると、動くのをやめた。

 ニイィィィ~。

 ネコらしい低いうなり声を発しながら、頭をあげ、少年のほうへ顔を向けた。
 するとその目は、キラキラと輝いていた。
 少年はその目を見つめながら、異様なネコに話しかけた。
「お前は一生に1度だけ、どんな質問にも正確に答えることができる。そしてその質問をできるのは、その目を見た者だけ」
 少年は異様なネコに近づく。
 異様なネコはそんな少年を受け入れたのか、逃げずにじっとすべり台の上に座ったまま、キラキラと光る目を彼のほうへ向けていた。
 少年はすべり台の横に立つと、大きく息を吸い、異様なネコを見た。

「異様なネコよ。『顔のない子供』はどこにいる?」

 少年は異様なネコに向かってそう叫んだ。
 すると、異様なネコが口を大きく開けた。

 ニイィィィィィ~!!!

 異様なネコは低いうなり声をあげながら、身体を小刻みに動かす。

 ニイィィィ~! ソレ……ハ……。ニイィィィ~! ソレ……ハ……。

 うなり声の中に、人間の言葉が混じり始める。
 少年は異様なネコをじっと見つめ続けた。

 カオノナイコドモ……、ソレハ……。ソレハ……。

 しかし次の瞬間、異様なネコが目を大きく見開いた。

 ニイィィィィィィィィ~~!!!

 叫び声とともに、異様なネコの身体が上へと伸びていく。
 身体はどんどん伸びていき、異様なネコがだんだん細く長くなっていく。
 ついには、異様なネコはフランスパンよりも細く、ひものように伸びてしまった。

 ニイィィィィ~! ニイィィィィィィィィィィ~!

 紐になった異様なネコが、今まででいちばん大きな声をあげた。
 すると、その身体がシャボン玉のように、パチンと弾けてしまった。
「ああ!」
 それを見て、少年は思わず言葉をもらす。
 異様なネコの姿が完全に消えてしまったのだ。
「やっぱり、顔のない子供のことを聞くのはムリか……」
 少年はガッカリしながら、ふと、ポケットから真っ赤な手帳を取り出した。
「しかし、何の害もないものを作りだすこともあるんだな……」
 少年は手帳を開いて、異様なネコがいたすべり台にそのページを当てる。
 すべり台の鉄柱には奇妙なマークが刻まれていた。
 少年はそれを見ながら、呪文を唱えた。

 すると、奇妙なマークがキラキラと輝きはじめ、開かれたページに反転して写し取られた。
 鉄柱にあったマークは消えている。
 少年はそれを確認すると、真っ赤な手帳を閉じ、ポケットにしまった。
「もう、この町には用はない……」
 少年はそう言うと、ひとり公園から去っていくのだった。

 その後、この町で異様なネコを見た者はいない。


4つ目の町 恋のおまじない 

「はあ~、私ってどうしてこんなに気が弱いんだろう」
 中学校の女子トイレで、谷口たにぐち美里みさとはひとり、鏡にむかってため息をついていた。
 鏡に映る美里の顔はまったく元気がない。
 理由は、先ほどまで行われていた部活動にある。
 美里は中学1年生でテニス部に所属している。
 運動神経は決して良い方ではなかったが、親友の柴田しばた七海ななみも同じテニス部に所属しているので、毎日楽しく練習することができた。
 部の同級生とも仲が良く、先輩もみんな優しい。
 何より美里が楽しみにしていたのは、週に1度行われる男子との合同練習である。
 女子テニス部と男子テニス部は普段別々に練習している。
 しかし週に1度だけ、一緒に練習するのだ。
 美里が楽しみにしていたのは、その男子テニス部に所属しているある先輩と身近に接することができるからだった。
 山下やました悠馬ゆうま。男子テニス部のキャプテンである。
 サラサラとした茶色い髪に、日焼けした健康そうな肌。
 目はキリッとしていて、鼻は高く、口を開くといつも白い歯が見えた。
 合同練習では山下が美里たち1年生を指導してくれる。
 真面目で厳しいが時おり冗談じょうだんも言う優しくてカッコいい先輩……。
 美里はそんな山下のことをすぐに好きになってしまった。
 合同練習があるたびに、美里は彼と何とか仲良くなりたいと思う。
 しかし、口下手で、男の子とあまりしゃべったことがない美里は、山下と全然会話できないまま数ヶ月が過ぎてしまっていた。
 美里はアニメが好きだが、山下はそんな話には興味がないだろう。
 それでも、美里は今日の合同練習で彼に絶対に喋りかけようと心にちかっていた。
(それなのに……)
 今日、美里はいつも以上に緊張してしまい、山下がそばに来ても一言も喋ることができないまま部活を終えてしまった。
(こんなことじゃ、いつまで経っても仲良くなんてなれないよ……)
 美里は大きなため息をつくと、ガッカリしながらトイレから出ていった。

 部活が終わると、美里はいつも七海と一緒に帰る。
 トイレから出た美里は、校門前で待っている七海のもとへ向かった。
「ごめん、お待たせ!」
 落ち込んでいることがバレないように、美里はわざと明るい声を出した。
 七海には山下が好きだということは言っていない。
 だから落ち込んでいる理由を聞かれると面倒だと思ったのだ。
 すると、校門前で立っている七海が、スマホを見ながら何かをしているのが見えた。
「ゲームでもしてるの?」
 美里がたずねると、七海は首を横にふってニコッと笑った。
「今ね、おまじないをしてたんだ。美里、『神様メール』って知ってる?」
「神様メール?」
 美里はそんな名前のメールは聞いたことがなかった。
「クラスの友達に教えてもらったの。スマホとかケータイでできる恋のおまじないで、そのおまじないをすると、すぐに好きな人と仲良くなれるんだって」
「えっ、すぐに? ねえ、どうやるの?」
 美里は思わずそのまじないに興味を抱いた。
「結構簡単だよ」
 七海はスマホの画面を美里に見せる。
「最初に新しいメールを開いて、あて先に『KAMISAMA@LOVE.MAIL』って入力するの。そして件名のところに『好きな人の名前』、本文のところに『デートしたい』とか『付き合いたい』っていう願い事を書き込んで、それをそのまま送信するの」
「送信? そんなアドレスでメールってちゃんと届くの?」
 LOVE.MAILなどというドメインでメールが届くとは思えない。
 すると、七海は「届かないよ」とあっさり答えた。
「もちろんエラーメールになって戻ってきちゃうんだけど、そこが重要なの。エラーメールが戻ってきたらそれを削除して、送信メールのほうだけ保護するの。そうするとね、本文のところに書いた願い事がかなうんだって」
 そう言って七海はメールを見せた。
 そこには件名のところに『綾野真人あやのまさと』とあり、本文のところに『デートできますように』と書かれている。
「綾野真人くんって?」
「同じ塾に通ってる男の子。前からよくお喋りしてて、それで何となくいいな~って思ってたんだ」
 七海が先ほどスマホで何かをしていたのは、どうやらこのメールの送信だったらしい。
「ほんとに願い事叶うの?」
「うん。教えてくれたクラスの友達は願い事が叶って、好きな人とデートできたらしいよ」
「そうなんだ……」
 美里はそれを聞き驚きながらも、何だか信じられなかった。
 もし本当にまじないに効果があるのなら、今すぐ山下と付き合うことも可能なのだ。
(だけど、こんな簡単な方法でそんなことができるようになるとは思えないよ……)
 美里がそう思っていると、七海がニコッと笑みを浮かべた。
「美里も好きな人いるんでしょ?」
「えっ?」
「顔に書いてあるよ。ねえねえ、誰なの?」
「誰ってそれは……」
 美里は山下のことを言おうと思ったが、何だか恥ずかしくなって言うのをやめた。
 七海が好きなのは塾でよく喋っている相手なのだ。
 美里は山下とほとんど喋ったことがない……。
「好きな人なんか……、別にいないよ」
 美里はとりあえず、そう答えることにした。

 その日の夜。
 美里は自分の部屋で宿題をしながら、ずっと神様メールのことを考えていた。
(もしほんとに願いが叶うんだったら、私もやっぱりやってみたい……)
 美里は机のすみに置かれているスマホをじっと見つめる。
 だが、神様メールが本当に効果があるかどうかは分からなかった。
 そのとき、スマホにメッセージが届いた。
「七海からだ……」
 美里はそのメッセージを見てみる。

七海『やったよ!』

 メッセージにはそれだけが書かれていた。
 美里はすぐに『どうしたの??』と返信をする。
 すると、七海からメッセージが返ってきた。

七海『真人くんとデートすることになったの! 神様メールのおかげだよ!』

「噓……」
 美里は目を大きく見開く。
(ほんとにおまじないの効果があったんだ)
 美里は急に明るい表情になった。
「だったら私も!」
 美里は神様メールが信じられるようになり、すぐに新しいメールを開くと、あて先に『KAMISAMA@LOVE.MAIL』、件名のところに『山下悠馬』と書いた。
(あとは、本文だよね……)
 しかし、美里は本文にどう書けばいいのか分からなかった。
 七海は普段から仲の良い男の子とデートできるように願い事をした。
 だが、美里は山下とほとんど喋ったことがなかったのである。
(いきなりデートなんかムリだよ……)
 もしデートすることになっても、全然喋ることができないような気がした。
 そのせいで、せっかくデートができたのに山下に嫌われてしまう可能性だってある。
 美里はどういう願い事をするのがいちばんいいのか悩んだ。
(まずは山下先輩と仲良くなることが大切だよね。そういうときに最初にするべきことは……)
 瞬間、美里の頭の中にあるアイデアが思い浮かんだ。
(そうだ、お喋り! お喋りできるようになればいいんだ!)
 喋ることができれば、山下とデートにも行けるようになる。
 美里は本文に『山下先輩と仲良くお喋りできるようになりたい!』と書き込むと、そのメールを送信した。
 すると、すぐにエラーメールが返ってきた。
「エラーメールは削除するんだったよね??」
 美里は確かめるように、削除ボタンを押してエラーメールを消した。
「あとは、送信メールを保護すれば願い事が叶うはず……」
 美里は心の中で『山下先輩と仲良くお喋りできますように』と願いながら、送信したメールを保護することにした。

 翌日。
 美里はドキドキしながら学校へ向かっていた。
 山下とは通学路が同じで、途中の交差点でよく会う。
 交差点のそばには大きなメガネの絵が描かれたメガネ屋の看板が立っていて、みんなはそこを「メガネ看板の交差点」と呼んでいた。
 美里はいつもそこで山下の姿を見かけるものの、挨拶すらできず、少し離れた場所からただ眺めているだけだった。
(だけど今日は違うはず!)
 美里は願い事が叶い、山下に声をかけてもらえると思っていたのだ。
 やがて、美里はメガネ看板の交差点に到着し、信号待ちをするために立ち止まった。
 交差点には10人ほどの人々がいる。
 美里は辺りをキョロキョロと見回して、山下の姿を探した。
「いた!」
 山下は端のほうで信号待ちをしている。
 美里は自分の存在に気付いてもらおうと、彼のそばへ近づいてみることにした。
 だがそのとき、ひとりの男子生徒が山下のそばへやってきた。
「おはよう」
「おお、おはよう」
 男子生徒は山下と同じテニス部の部員だ。
 山下は彼と喋るのに夢中で、真後ろまでやってきた美里の存在にまるで気付いていなかった。
 信号が赤から青に変わり、山下は男子生徒とともに歩き始めてしまう。
(そんな……)
 やはり、まじないには効果などないのだろうか?
 美里はガッカリして落ち込むと、顔を下に向けた。
「谷口だっけ?」
 突然、前から声が聞こえた。
 美里が顔をあげると、山下が立ち止まってこちらを見ている。
「えっ、あっ」
「分からない? ほらっ、男子テニス部の」
「わ、分かります! 山下先輩です!」
「覚えてくれていたのか。キミも、ここが通学路なんだ?」
「は、はい。あっ、おはようございます!」
 美里はあわてて頭を下げた。
「ああ、おはよう。そうだ。どうせなら一緒に学校に行こうよ」
「えっ?」
「だめかな?」
「い、いえ、だめなんてないです。一緒に行きたいです!」
 美里はあまりにも急な出来事で気が動転していた。
 しかし同時に、嬉しくて思わず笑顔になってしまう。
(おまじないが効いたんだ……)
 美里は本当に神様メールに効果があったことを確信すると、急いで山下のそばへと駆け寄った。

 その日から、美里は山下と仲良く喋れるようになった。
 山下は合同練習をしているとき、美里が七海たちにアニメの話をしているのを聞いて興味を持ったらしい。
 実は山下もアニメが好きだったのだ。
 だが、周りにアニメが好きな友達がおらず、今までそういう話ができなかったのだという。
「『テニスの王女さま』って面白いよな」
「はい。登場人物がみんな可愛いし、私、1期から全部見てますよ!」
 美里は山下と一緒に登校しながら、毎日アニメの話をした。
「なんか、谷口と仲良くなれて嬉しいよ」
「ほんとですか? 私もです。私も山下先輩とお喋りできてすごく嬉しいです!」
 美里にとってアニメの話などどうでもよかった。
 山下と仲良く喋れる。
 それが何よりもうれしかったのだ。

 しかし、1ヶ月ぐらいが過ぎた頃、美里はその関係に不満を感じるようになった。
 山下とは毎朝仲良く喋ることはできる。
 だが、そこからまったく先へ進まないのだ。
(私が仲良くお喋りしたかったのは、デートがしたかったからなのに……)
 山下は美里のことを異性とは思っていないようだった。
 アニメの話ができるただの後輩、そう考えていたのだ。
(このままじゃダメだ!)
 美里は関係を前に進めたいと強く思った。

「ねえ、聞きたいことがあるんだけど」
 その日の部活終わり。美里は七海に声をかけた。
「なに、聞きたいことって?」
「あのね、神様メールのことなんだけど、あれって同じ相手に2つお願いをしてもいいのかな?」
 美里は神様メールで、「山下とデートができますように」という新しい願い事を送ってみようと思っていた。
 しかし、同じ相手に2つも願い事を送っていいのか分からず、とりあえず七海に聞くことにしたのだ。
「なあに、もしかして美里も神様メール送ったの?」
「ええっと、そうじゃないんだけど、ちょっと聞いてみたくて」
 美里は七海に山下のことはまだ話していなかった。
 山下とはいまだにアニメの話しかしていない。
 それを知られたら笑われてしまうと思ったのだ。
「で、どうなのかな? 2つ目を送ってもいいのかな?」
 美里がたずねると、七海は首を横にふった。
「残念だけど、願い事はひとりに1つしかムリみたいだよ。神様メールのことを教えてくれたクラスの友達がね、この前同じ相手に2つ目のお願いをしてみたんだって」
「うん、どうなったの?」
「そうしたらね、1つ目の願い事の効果もなくなって、せっかく仲良くなった男の子に嫌われちゃったらしいよ」
「そんな……」
(2つ目の願い事ができないなら、私はずっと山下先輩とただのお喋り友達だ……)
 美里はどうすればいいのか分からず困り果ててしまった。

 七海と別れた後、美里はひとり落ち込みながら家へと帰っていた。
(山下先輩とデートしたい……。だけどそんなこと自分からは言えないよ)
 美里は、最初に勇気を出して「デートしたい」という願い事を書いておけばよかったと今さら後悔していた。
 やがて、美里は家の近くの路地まで帰ってきた。
 すると、少し離れたところに制服姿の高校生の男女が立っていることに気付いた。
 女の子のほうは、近所に住んでいる橋本はしもと佳代かよだ。
 一人っ子の美里は昔から佳代を本当のお姉さんのように慕っていた。
(佳代お姉ちゃん、何してるんだろう?)
 佳代のとなりには背の高い男の子がいる。
 佳代はその男の子と仲良く喋っていたのだ。
 しばらくして、佳代は男の子と別れ、近くに立っている美里の存在に気付くと笑顔で声をかけてきた。
「美里ちゃん、今帰り?」
「うん。それより佳代お姉ちゃん、さっきの人は?」
「ああ、彼氏さんだよ。ずっと片思いだったんだけど、先月ぐらいから付き合うことになったんだ」
「ええ、そうなんだ!」
 美里は思わず驚きの声をあげた。
 佳代は美里と同じぐらい口下手で、男の子とあまり喋ったことがなかった。
 今まで彼氏がいたなど聞いたことがない。
「良かったね、佳代お姉ちゃん!」
 美里がそう言うと、佳代は微笑みながら「ありがとう」と答えた。
「多分、おまじないメールをしたおかげなんだ」
「おまじないメール?」
「『5151』っていう恋のおまじないメールがあるの。それをこの前やってみて、そうしたら彼と付き合えるようになったんだ」
 美里は神様メール以外にもそのようなまじないがあることを初めて知った。
「今、ウチの高校で流行ってるの。そうだ、もし良かったら、美里ちゃんにもやり方教えようか?」
「えっ?」
 瞬間、美里は何かを思い、「うん、教えて!」と返事をした。
 5151は、神様メールとよく似ている。
 違うのは、あて先のところに「自分のアドレス」を入れて、メールの本文のところに「好きな人の名前」、そして改行して「5151」と書くということだった。
 あとは送信して、メールが届いたらそれを削除。送ったほうのメールを保護するというものである。
 美里はそれを教えてもらうとすぐに家へ帰り、鞄の中からスマホを取り出した。
 神様メールで2つ願い事をするとどちらの願いも消えてしまい、好きな人に嫌われてしまう。
 だが、別の恋のまじないを使うなら、願いは消えないと思ったのだ。
(これで山下先輩とデートできるはず!)
 5151では具体的な願いを書くことはできなかったが、美里は今より絶対山下と仲良くなれると思っていた。
 さっそく、美里は5151のまじないメールを送ってみることにした。

 翌日。
 美里はメガネ看板の交差点へやってきた。
 いつも山下とここで会って、学校へ向かいながらアニメの話をする。
 美里は山下の姿を探そうと、信号待ちをしている人たちのほうを見た。
「おはよ」
 すると、後ろから声がした。
 山下がやってきたのだ。
「おはようございます!」
 美里は元気よく挨拶あいさつをして、山下の横に立った。
(山下先輩、デートに誘ってくれるかな……)
 美里はドキドキしながら、山下が何か言うのを待った。
「なあ、谷口」
「はい!」
「昨日の『テニスの王女さま』見た?」
「えっ?」
「見てないのか?」
「い、いえ、見ましたけど……」
「試合すごかったよな。まさかあんな結果になるとはな!」
 山下はそう言いながら、いつもと同じようにアニメの話を始めた。
 信号が赤から青に変わり、山下が歩き始める。
 そんな山下の後ろ姿を見つめながら、美里は思わず悲しそうな表情を浮かべた。
(どうして……。ちゃんとおまじないメール送ったのに……)
 5151は効果がないのだろうか?
 美里はガッカリしながら、交差点を渡ろうとした。
「そうだ、谷口」
 ふと、前を歩いていた山下が何かを思い出し、顔を美里のほうへ向けた。
「今度の日曜って何してる?」
「今度の日曜? 午前中は部活ですけど、昼からはとくに何も……」
「だったらさ、部活帰りにアニメショップに行かないか? 『テニスの王女さま』のグッズを買いたいんだ。その後、ケーキでも食べようよ。もちろん俺がおごるよ」
(えっ、アニメショップ? それにケーキも??)
 美里は突然の山下の提案に、思わず目をキョロキョロとさせてしまった。
「あ、あの、それって2人でってことですか?」
「ああ、もちろん。もし2人が嫌だったら友達を呼んでもいいけど」
「い、いいえ! 2人がいいです!」
 美里はあわてて答えた。
(こ……これって、デートってことだよね? 山下先輩が私をデートに誘ってくれたってことだよね?? やった! やったあ!!)
 やはりまじないは効果があったのだ。
 美里は心の中で何度も「やった!」と叫びながら、ひとり興奮していた。

「ええ~、美里が好きな人って山下先輩だったの??」
 休み時間。
 美里は七海のいるとなりの教室へ行き、朝の出来事を報告していた。
 七海は美里が身近な人物を好きだったことを知り、驚いているようだ。
「神様メールと5151のおまじないしたおかげで、やっとデートできることになったんだ!」
 美里は2つの恋のまじないメールを使って、2回お願いするアイデアを七海に話した。
「そっか、その手があったのか」
「すごいでしょ!」
「うん、すごい。これで美里にもやっと春が来たね!」
「春?」
「恋をすると春が来るっていうの。美里も幸せになれるね!」
「うん、ありがとう!」
 美里はようやく本当の願い事を叶えることができ、幸せな気持ちになっていた。

 夕方。
 部活を終えた美里は、家に帰る前に、佳代の家に寄ることにした。
 恋が上手く行ったことを佳代にも報告したかったのだ。
(半分は佳代お姉ちゃんのおかげだもんね!)
 美里はそう思いながら、佳代の家の前までやってきた。
 すると、家の門のところで、佳代がひとりの男の子と喋っているのが見えた。
 この前見た、背の高い高校生ではない。
 身長は普通ぐらいで、赤い服を着て赤いフードを被っている男の子だ。
「あっ、美里ちゃん! ちょうど良かった」
 美里に気付いた佳代が手を大きくふる。
 となりに立っていた男の子も美里のほうに顔を向けた。
 フードの奥には、白い肌に、大きな澄んだ目とシュッと通った鼻筋、そして薄く綺麗な唇が見える。
 年齢は高校生というより、中学生の美里に近いように思えた。
(誰だろう? ウチの学校の生徒じゃないよね??)
 美里がそう思っていると、佳代が口を開いた。
「彼ね、恋のおまじないメールについて調べてるんだって」
「調べてる?」
 美里は意味が分からず首をかしげる。
 それを見て男の子が、「キミも何か知らないかな?」と言った。
「彼女に、5151という恋のまじないのメールがあると聞いたんだけど、この町にはもう1つ同じようなまじないがあるんだ」
「もしかして、それって神様メールのこと?」
 美里が何気なくそう言うと、男の子がじっと顔を見つめた。
「知っているのか、キミは?」
 真剣な目つきだ。
 美里はその目つきに戸惑いながらも、その質問に答えることにした。
「知ってるというか、この前実際に試してみたんだ。あっ、佳代お姉ちゃんから教えてもらった5151も同じ人に試してみたよ!」
「なんだって!?」
 美里の言葉を聞いて男の子が急に大きな声を出した。
「キミは本当に神様メールと5151を同じ相手に使ったのか??」
「う、うん。そうだけど」
「キミはとんでもないことをしてしまった」
 男の子は大きな目を細めて、美里をじっと見つめた。
「とんでもないことってどういうこと??」
「違うまじないを2つ一緒に使ったら大変なことになるんだ」
「えっ??」

「キミは、混ぜてはいけないまじないを混ぜてしまったんだ──」

 それを聞き、美里は思わずゾッとした。
 そんな美里を見て、佳代があわてて口を開く。
「ねえ、2つのおまじないを混ぜたらどうなるの??」
 すると、男の子は目を細めたまま佳代のほうを見た。
「2つのまじないを混ぜた者は……」
 男の子はそこで口をつぐんだ。
「……なに?」と佳代は不安げにたずねる。
「2つのまじないを混ぜた者は、必ず不幸な目に遭ってしまう」
 男の子は佳代を見つめたままそう言った。
「不幸な目?」
「佳代お姉ちゃん、私……」
 美里は急に怖くなって佳代の服の袖を掴む。
「大丈夫だよ、不幸なことなんて起こるはずないから」
 佳代は美里が怖がっていることに気付き、優しく微笑んだ。
「ねえ、女の子を怖がらせて面白いの?」
 佳代は怒ったような表情を浮かべると、男の子のほうを見た。
 しかし、先ほどまでいたはずの男の子の姿がどこにもない。
「えっ、あの子は?」
「そんな……、いない」
 男の子は2人が目を離した一瞬いっしゅんすきに、どこかへ消えてしまっていたのだ。
 美里と佳代はあわてて辺りを探したが、結局、男の子は見つからなかった。

 翌日。
 美里は学校へと向かいながら、昨日、男の子に言われたことを思い出していた。

『2つのまじないを混ぜた者は、必ず不幸な目に遭ってしまう──』

(不幸な目ってなんだろう。なんだか怖い……)
 あの後、佳代は単に男の子が怖がらせようとしただけと言っていたが、美里にはどうしてもそう思えなかった。
 あの男の子の目は真剣だった。とても噓をついているようには思えなかったのだ。
(だけど、どうしておまじないのことあんなに詳しかったんだろう……)
 男の子が何者なのか分からない。
 しかし、美里や佳代よりずっと2つのまじないのことを知っているようだったのだ。
 美里はそんなことを思いながら、メガネ看板の交差点までやってきた。
 交差点の端には信号待ちをしている山下の姿がある。
 山下は美里の姿を見つけると、ニッコリと微笑んだ。
「山下先輩!」
 美里は不安を忘れたい一心で、笑みを浮かべて山下のもとへと駆け寄った。

 ブゥゥーン、ブゥゥーン。

 突然、鞄の中に入れてあったスマホのバイブが震えた。
「朝から誰だろう?」
 美里は立ち止まり、ふと鞄の中からスマホを取り出す。
 見ると、メッセージが届いていた。
 しかし、差出人のらんには何も書かれていなかった。
「なにこれ?」
 美里は不思議に思いながらもメッセージを見てみる。
 すると──、

『θ#&※$♂?;∬☆♯※#&※$◇¥#&※』

 メッセージには意味不明な文字でそう書かれていた。
「な、なんなの……??」
 美里は不気味に思った。
「どうした?」
 そんな美里に山下が声をかける。
「こ、これを見て下さい」
 美里はおびえながら、スマホを山下に見せようとした。
 そのとき、メッセージにイラストが送られてきた。
 血だらけのドクロのイラスト──。
 それが連続で何個も送られてくる。
「きゃああああ!!」
 美里はあまりの恐ろしさに思わず悲鳴をあげた。
「谷口!」
 山下は美里がスマホを見て怖がっていることに気付き、あわてて画面を見た。
 しかし、山下は首をかしげてしまう。
「谷口、キミは何を見て怖がってるんだ?」
「えっ?」
 美里がスマホを見てみると、画面には何も表示されていなかったのだ。
「そんな……」
 美里はスマホを操作して中身を確認するが、先ほどのメッセージとイラストはどこにもなかった。
「どうして……?」
 わけが分からない。
 美里はただぼう然と、その場に立ちくしていた。

 放課後。
 学校が終わると、美里は部活を休み、すぐに佳代の家へと向かった。
 朝届いたメッセージのことで佳代に相談しようと思ったのだ。
 何かがおかしい……。
 事情を知らない山下や七海に相談しても多分分かってもらえない。
(頼れるのは、佳代お姉ちゃんしかいない!)
 美里は佳代の家にたどり着くと、インターフォンを押した。
「はい、どちらさまですか?」
 インターフォンから佳代の母親の声が聞こえてくる。
「あの、美里です。佳代お姉ちゃんいますか?」
 佳代は部活をしていないので、もう学校から帰ってきているはずだ。
 だが、佳代の母親は「ごめんなさいねえ、美里ちゃん」と言った。
「佳代ね、急に体調が悪くなって朝からずっと寝込んでいるのよ」
「えっ?」
「お医者さんにも診てもらったんだけど、原因がよく分からないみたいで。今は寝ているから、元気になったら連絡させるわね」
 母親はそう言うと、一方的にインターフォンを切ってしまった。
(体調が悪くなった? それも原因がよく分からないって……)
 どうして? 佳代は昨日は元気だった。
(もしかして、私が2つのおまじないを混ぜちゃったせいなの??)
 美里は急に恐ろしさを感じた。

 ブゥゥーン、ブゥゥーン。

 突然、スマホのバイブが震えた。
 見ると、画面に『非通知設定』と表示されている。
 誰かが電話をかけてきたようだ。
「けど、一体誰から?」
 美里の知り合いに、番号が表示されない非通知で電話をかけてくる人物などいなかった。
 しかしこのまま電話に出ないわけにもいかず、とりあえず出てみることにした。
「もしもし……」

「ア……アア……ア……ア……」

 電話の向こうから、不気味なうめき声が聞こえる。
 七海でも佳代でもない。まったく知らない女の声だ。
「も、もしもし??」
 美里は怖いと思いながらも、もう一度声をかけた。

「ア……アアア……ア……、ユ……ルサ……ナ……イ」

「えっ!」
 瞬間、電話はプツリと切れた。
「な、なんなの……??」
 美里は意味が分からず、思わずスマホから耳を離した。
 するとまたスマホのバイブが震えた。
 どうやらメールが1通届いたようだ。
 しかも、美里が何もしていないにもかかわらず、メールは勝手に画面に表示された。
「どうして??」
 美里は思わずその画面を見る。
 そこには、件名も本文も書かれておらず、写真だけが表示されていた。
 その写真には、髪の長い不気味な女が写っている。
 女はうらめしそうな目つきで、カメラをじっと見つめていた。
 しかもひとりではない。
 女の後ろでは、同じような姿をした何人もの不気味な女が、カメラのほうをうらめしそうににらんでいたのだ。
「きゃああああ!!」
 美里はあまりの怖さに写真から目をそらそうとした。
 だがそのとき、美里は女たちの後ろにあるものを見つけた。
 それは、大きなメガネの絵が描かれた看板である。
 女たちはその看板の前に立っていたのだ。
「これって!」
 全身から血の気が引く。
 女たちが写真をった場所は、あのメガネ看板の交差点なのだ。
「嫌っ!」
 美里は逃げるように自分の家へと走った。

 美里の家は佳代の家から路地を2つ左に曲がった場所にある。
 歩いて3分ぐらい。走れば1分で着く。
 美里は必死に走り、1つ目の角を左に曲がり、そのまま2つ目の角も曲がろうとした。
 すると、角のところにひとりの人物が立っていた。
「あっ!」
 その人物を見て美里は思わず目を大きく見開く。
 立っていたのは、写真に写っていたあの不気味な女だったのだ。
 女は美里が来るのを待ちわびていたかのように、顔を隠す長い髪のすき間から、ジロリと目を向け、美里をにらむように見つめた。
「きゃあああ!!」
 捕まったら大変なことになる。
 直感的にそう感じた美里は、あわてて来た道を戻ろうとした。
 だが、後ろの角のところにも、不気味な女が立っているのが見えた。
 先ほどの女と同じように、髪のすき間からジロリと目を覗かせて美里を見ている。
 女たちはじっと見つめながら徐々に美里に近づいてきた。
「嫌……嫌……」
 その瞬間、美里が手に持っていたスマホのバイブが震え、ボタンを押してもいないにもかかわらず、電話がつながり、声が聞こえてくる。

「ア……アア……ア……ア……」

 それはあの不気味な女の声だ。
「まさかこの声って……」
 美里がハッとして前を見ると、不気味な女がこちらに迫りながら、口をわずかに動かしていた。
 その口の動きに合わせ、スマホから不気味な女の声が聞こえてくる。

「ユルサナイ……ユルサナイ……ユルサナイ……」

 許さないと言っていたのは、目の前にいる不気味な女だったのだ。
「きゃああああああ!!」
 美里はスマホを投げ捨てると、女たちがいない大きな道路のほうへと走り出した。

 時刻は夕方の5時過ぎ。
 美里は走りながら誰かに助けを求めようと思った。
 しかしなぜか道路には誰の姿もない。
「どうして??」
 美里は走りながら必死に人の姿を探す。
 普段なら学校帰りの生徒たちや買い物帰りの主婦たちが大勢いるはずなのだ。
 それなのに誰も歩いていない。
「助けて! 助けて!」
 美里は誰かいないか探しながら必死に走り続けた。
 すると、前方に誰かが立っているのが見えた。
「いた!」
 美里は全力で走り、その人物に駆け寄る。
「助けて下さい!」
 美里は叫ぶようにそう言った。
 だが次の瞬間、美里は思わずハッとした。
 目の前に立っていたのは、あの不気味な女だったのだ。
「嫌あああああ!!!」
 美里はあわてて逃げ出す。
 とそのとき、道路の角から突然人影が姿を現し、美里の腕を掴んだ。
「きゃああ!!」
 美里は不気味な女に掴まれたのだと思い、思わずその手を離そうとする。
「落ち着け!」
 それは男の子の声だった。しかも聞き覚えがある声だ。
 美里が顔をその声がしたほうへ向けると、そこには昨日会ったあの男の子が立っていた。
「助けて!!」
 男の子が何者なのか分からない。
 だが、助けを求められるのは彼しかいない。
 美里は必死に男の子にしがみ付いた。
「やはりこうなってしまったか……」
 男の子は冷静な態度で美里にそう言った。
「どういうこと?」
「このままじゃキミは、怨霊おんりょうにとり殺されてしまう」
「お、怨霊??」
 美里は男の子が何を言ったのか分からなかった。
「とにかく、ここは危ない。こっちだ」
「あっ、ちょっと!」
 美里は男の子に手を引っ張られ、路地裏のほうへと走っていった。

 路地裏にやってきた美里は、男の子のほうを見た。
「ねえ、あの女たちはなんなの? 怨霊って言ってたけど……」
「ああ。あれは誰かがまじないを使って恋を成功させたせいで、逆に恋に破れてしまった女たちの怨霊だ」
「恋に破れた……」
 たしかに、まじないを使えば恋が叶う。
 だがその代わり、誰かがそのせいで恋に破れることになってしまう。
「キミが2つのまじないを混ぜたせいで、怨霊たちがこの世界に姿を現してしまった。あれは、キミのように恋を成功させた人間を憎んでる。捕まったら、キミの命はない」
「そんな……」
 美里は自分がとんでもないことをしてしまったことにようやく気付いた。
「ねえ、どうすればいいの?」
 男の子はなぜかまじないについて詳しい。
 美里は彼なら何か知っているのではと思い、すがるような気持ちで助けを求めた。
 すると、男の子は小さなため息をもらし、「仕方ないな」とつぶやいた。
「怨霊が出てくる前に用事をすませたかったのに」
「えっ?」
 意味が分からず首をかしげる美里をよそに、男の子は怨霊を消す方法を説明し始めた。
「まじないを送ったスマホから自分あてにメールを送るんだ。『030』、霊去れいされという意味だ。そのメールを送れば、怨霊はすぐに消える」
 男の子は「さあ、早くやれ」と美里に言った。
「う、うん、分かった!」
 美里はあわててスマホを取り出そうとした。
 しかしどこにもスマホがない。
「あっ!」
「どうした?」
「スマホ……、道路に捨てちゃった」
 美里は先ほど不気味な女からかかってきた電話が怖くなって、スマホを投げ捨ててしまったことを思い出した。
「まったく、キミはどれだけ迷惑めいわくをかけるんだ」
「そんなこと言われても」
「すぐに取りに行くぞ。案内しろ!」
 美里はうなずくと、男の子とともに路地裏から出ることにした。

 大きな道路に出ると、美里たちはスマホを投げ捨てた場所を目指して走った。
 しかし、走り出してすぐ、前方に大勢の人影が見えた。
 不気味な女たちである。
 10人、いや、20人はいる。
 女たちはゾンビのようにフラフラと歩き、美里のもとへ向かってきた。
「あんなにいっぱい……」
「キミを捕まえるためにどんどん増えているんだ。早くしないと逃げることができなくなる」
 美里は怖がりながらも道路を走り続けた。
 走りながら、美里はふと、ある疑問を抱いた。
 それは、なぜ自分たちと不気味な女以外、他に誰も道路を歩いていないのかということである。
「どうして他のみんなはいないの?」
 美里は前を走る男の子にたずねた。
「怨霊のせいだ。怨霊はキミだけを狙っている。そのために邪魔になる人間たちをキミから遠ざけているんだ」
「もしかして、佳代お姉ちゃんが寝込んじゃったのも」
「ああ、キミをひとりにするためだ。助けを求められないように」
 男の子は淡々とそう答えた。
「だけど」
 美里はふと、新しい疑問を抱いた。
「どうしてあなただけ、ここにいられるの??」
 怨霊は美里以外の人間をみな遠ざけたはずなのだ。
 それなのに、男の子は美里のそばにいる。
 すると、彼は顔をわずかに動かし、目だけを美里のほうへと向けた。
「あいつらは、僕を遠ざけることはできない」
「どうして?」
「それは……」
 男の子は何かを言おうとしたが、すぐにそれをやめた。
「それは、キミには関係ないことだ──」
 男の子はそう言うと、再び前を向き、やがて立ち止まった。
「着いたぞ。ここにスマホがあるんだな?」
 気付くと、美里たちは家の近くの路地までやってきていた。
 地面を見ると、スマホが落ちている。
「あった!」
 美里は男の子のことが気になったが、今は怨霊たちを消すほうが重要だった。
「早く『030』と打ってメールを送るんだ!」
「うん!」
 美里は急いで駆け寄り、スマホを手に取ろうとした。

 ガシッ!

 突然、スマホを持った美里の腕が誰かに掴まれた。
 見ると、電柱の陰に不気味な女が隠れていた。
 女はうように動き、ジロリとにらみながら、美里の腕をつかんでいる。
「嫌ああああ!!」
「くそっ、しまった!」
 男の子があわてて美里のそばへ駆け寄り、不気味な女の手を払いのけた。

「アアアアアアア!!!」

 不気味な女がうめき声をあげる。
 周りを見ると、いつの間にか数え切れないほどの不気味な女たちが集まっていた。

「ユルサナイ……ユルサナイ……ユルサナイイイィィ!!!」

「早く、メールを打て!!」
 男の子は叫ぶように言う。
「わ、分かった!!」
 美里はあわててスマホのメールの画面を開くと、あて先に自分のアドレスを記入し、本文のところに「030」と書き込んだ。

「アアアアアアア!!!」

 女たちがおそいかかってくる。
 美里はまさにその瞬間、送信ボタンを押した──。

「ん……んん……」
 美里が目を開けると、すっかり日が暮れ、夜になっていた。
 どうやら気絶してしまっていたらしい。
「怨霊は……?」
 美里はあわてて周りを見るが、すでに女たちは全員消えてしまっていた。
 ふと見ると、電柱のところにあの男の子が立っていた。
 男の子の手には赤い手帳がにぎられている。
 彼は電柱のところで何か作業をしていたようだ。
「気が付いたか」
「うん……」
 美里は男の子をじっと見つめた。
「……あなた、一体何者なの?」
 まじないのことに詳しかったし、何より怨霊たちが人々を美里に近づけないようにしたのに、ひとりだけそばにいることができたのだ。
 すると、男の子は彼女の目を見つめ、ゆっくりと口を開いた。

「僕の名は千野せんのフシギ。ある都市伝説を追って、町から町へと旅をしてる」

「ある都市伝説?」
 美里はそれが何か教えてもらおうと思ったが、フシギはそれ以上それについては何も言わなかった。
 ただ、この町に存在した「恋のおまじない」についてだけは教えてくれた。
「あれは、わざと同じ町に2つ存在させていたんだ。その2つを町の人間が混ぜることを期待して」
「どういうこと? もしかして誰かがそうさせるようにしたってこと?」
 美里はたずねたが、フシギはその質問には答えてくれなかった。
「安心していい。もうこの町で恋のまじないメールを送っても効果はない。すべて、僕が回収した」
「えっ?」
「キミも、恋を上手く行かせたいのならまじないなんかに頼らないほうがいい。まじないには時々、恋に破れた女の怨霊がとりいているから」
 フシギはそれだけを言うと、その場から去っていった。

 千野フシギ……。

 彼が何者なのかは分からない。
 しかし、フシギが言った通り、その後、美里の住む町では、恋のまじないメールをどれだけ送っても、もう決して願い事は叶わなくなってしまった……。


5つ目の町 杉沢村すぎさわむら 【9月4日公開】

 ある夏の日の夕方。緑の木々が続く山道を1台の車が走っていた。
 長谷川はせがわ真由まゆとその家族が、山へドライブにやってきていたのだ。
「こうやって家族そろってドライブをするのは久しぶりね」
「ああ、仕事が忙しくて、なかなか休みが取れなかったからな」
 助手席に座る母親の美奈子みなこが、車を運転している父親の正文まさふみに話しかける。
「だけど、山しかなかったよ」
 後部座席に座っている真由がそんな両親にボヤいた。
 車で山頂まで行ってみたが、周りは山ばかりで、真由はあまりいい景色とは思えなかったのだ。
「そうかな。いい景色だったけどなあ」
「ええ、若い頃よくここに来て、山頂までドライブしたわよねえ」
 正文と美奈子にとって、この山は思い出の場所らしい。
 しかし、真由にとってはただの退屈たいくつな場所でしかなかった。
(どうせなら遊園地とかに行きたかったなぁ)
 真由はとなりに座っている兄の和也かずやを見た。
 和也は先ほどからずっとスマホでゲームをしている。
「お兄ちゃんも退屈?」
「まあね。ゲームをしているほうがマシかも」
 中学2年生の和也にとって、家族でドライブをするのはあまり楽しいものではない。
 半分嫌々。仕方なく付き合っているという感じである。
 一方、小学6年生の真由はドライブを楽しみにしていた。
 今まで遠足以外で山へは行ったことがなかったので、ワクワクしていたのだ。
 だが、その期待はみごとに裏切られた。
『まさかこんなにずっと同じ風景が続くなんて……』
 前の席で盛り上がっている両親をよそに、真由はウンザリした気分になっていた。
 やがて、日がかたむき、辺りが薄暗くなってきた。
 すると、なぜか美奈子がソワソワし始める。
あとどれぐらいで町に戻れそう?」
「そうだな、あと1時間ぐらいかな」
 それを聞き、美奈子は困ったような表情を浮かべた。
「5時に宅配便が届くのよ。ねえ、近道とかないの?」
 美奈子にそう言われ、正文は頭をかきながら、地図が表示されているカーナビを見た。
「近道ねえ……」
 と、急に明るい表情になる。
「おっ、この先にわき道があるみたいだな。ここを走れば半分の時間でふもとの町まで戻れるかも」
 真由は後部座席から身を乗り出し、カーナビを見てみる。
 カーナビの画面には、山道とは別の細いわき道が真横に延びていて、山をぐるりと回らなければならない山道の半分ほどの距離で町に帰れそうだった。
「よし、そっちに行ってみるか」
「ええ、そうしましょう」
 真由たちはそのわき道を通って帰ることにした。

「ん、あれは?」

 わき道に近づいたとき、ふと、正文が声をあげた。
 真由たちがその方向に顔を向けると、わき道の入り口に、ひとりの少年が立っているのが見えた。
「どうしてこんなところに?」
 真由は思わず首をかしげる。
 今、車が走っている場所は山道をかなり登ったところだった。
 まわりには山しかなく、人はおろか、他の車とすらめったに出会わないような場所だったのだ。
「山登りでもしてたのかな?」
 真由は正文にたずねてみた。
「多分そうじゃないだろう」
「どうして?」
「だって、あの服装だぞ。とても山登りには見えない」
 少年は赤い服を着て赤いフードを被り、普段町を歩いているような服装をしていた。
 リュックなども背負っていない。
 正文の言う通り、山登りをしていたわけではなさそうだ。
「もしかして、車が故障こしょうして助けを求めてるのかも」
 前を見ていた和也がふとそう言った。
「故障??」
「それは大変!」
 真由と美奈子が声をあげると、正文も小さくうなずく。
「そうかもしれないな。よし、声をかけてみよう」
 正文は少年の横に車を停車させることにした。
「キミ、どうしたんだい?」
 車の窓を開けて正文がたずねると、少年は真由たちのほうを見た。
 中学生ぐらいだろうか。
 フードの奥をよく見ると、白い肌に、大きな澄んだ目とシュッと通った鼻筋、そして薄く綺麗な唇が見えている。
 少年は、千野フシギである。
「車が故障したのかな?」
 正文はフシギにそう声をかける。
 真由も窓を開けて答えを待った。
 だが、フシギは首をわずかに横にふると、そうではないことを告げた。
「キミたちは今からこの道を通るのか?」
 フシギは後ろに続くわき道のほうをわずかに見る。
「ああ、そうだけど」
 正文が答えると、フシギは視線を正文の顔に移した。
「この道は通らないほうがいい。この先には絶対に行ってはいけない禁断の村があるんだ」
 その言葉に真由たちは首をかしげる。
「禁断の村というのはどういうことだい?」
 一同の疑問を代表するかのように正文がフシギにたずねた。
「そのままの意味だ。その村に入ったら最後、村人たちに襲われて二度と村から出られなくなってしまう。今までに何人もの旅行者があの村から帰ってこられなくなってるんだ」
「まさか……」
 真由はフシギの言っていることが信じられなかった。
「どうして村の人たちが襲ってくるの?」
「きっと、外から来る人たちを嫌ってるんだ」
「襲われた人たちはどうなるの?」
「多分、殺されてしまう」
「そんな!」
 真由は思わずゾッとした。
「そんな村、あるはずないよ!」
 真由は怒鳴どなるようにそう言う。怖い話が苦手だったのだ。
 すると、フシギは表情を一切変えず、真由をジロリと見つめた。
「別に信じてもらいたいとは思わない。だけど行かないほうが身のためだ。ちなみにその村の名は、杉───」
「だからそんな村ないってば!」
 真由は怒ってフシギの話をさえぎると、正文のほうを見た。
「お父さん、元の道に戻ろう!」
「しかし時間が」
「そんなのいいから!」
 真由にそう言われ、正文はフシギを見る。
「キミも乗っていくかい?」
 その言葉に、フードのかげから見えるフシギの口もとがわずかに動いた。
「僕のことは気にしなくていい」
「そうか……」
 正文は車内にいる真由たちのほうを見ると、「じゃあ、元の道に戻ろう」と言い、車をバックさせて山道に戻ると、前へと発進させた。
「何なのよ、あの子……」
 走る車の中で、真由はひとりイライラした気分になった。
 見ると、フシギは真由たちの車とは反対の山道を歩いていっている。
 すると、それに気付いた正文が口を開いた。
「やっぱり、わき道を通ってみないか?」
 その言葉を聞き、真由は思わず正文を見た。
「どういうこと?」
「確かめてみたいじゃないか。本当に禁断の村があるかどうか」
 正文は怖い話や不思議な話が大好きだったのだ。
「そんなの嫌だよ」
「だけど、さっき、真由は村なんてないって言ってただろう? じゃあ、わき道を走っても大丈夫じゃないか」
「それはそうだけど……」
 真由がオドオドしていると、となりに座っていた和也が「いいね」と笑った。
「面白そう。行ってみようよ!」
 和也も怖い話や不思議な話が好きだった。
「ちょっと、お兄ちゃん!」
「だって、行かないほうがいいって言われたら、ますます行きたくなるだろう? もし本当にそんな村があったら、すぐに逃げ出せばいいんだよ」
「逃げ出すって……」
 真由は美奈子に助けを求めようとしたが、彼女は正文の言葉にあきれ、すでに文句を言うのをあきらめてしまっているようだった。
「まったく、男の人ってほんとそういうのが好きよね」
「お母さん!」
「村があるかどうかなんて興味ないけど、早く家に帰りたいから、わき道を通ることにしましょう」
 美奈子がそう言うと、正文が大きくうなずいた。
「よし、行ってみよう!」
 正文は車を止め、Uターンする。
 そしてそのままわき道へと入っていった。
 真由は行きたくなかったが、他のみんなが賛成してしまい、何も言えなくなってしまっていた。

 わき道を走って、30分ほどが過ぎた。
 先ほどよりさらに日が暮れ、ますます薄暗くなっている。
 わき道は車が1台通るのがやっとの細い道路で、草木が壁のように両側にしげっていた。
「ほんとにこんな道の先に村なんてあるの??」
 もし村があるとすれば、村人たちがこの道を普段から車で通っているはずだ。
 しかし地面には草が生い茂っていて、日ごろ車が通っている形跡けいせきはなかった。
「もしかしてあの子、噓をついてたのかな??」
 真由がそう言うと、正文は「たしかにそうかも」と答えた。
「あの子は俺たちをおどろかそうとしていたのかも……」
 そのとき、前方に何かが見えてきた。
「あれって……」
 和也が身を乗り出して、前方を見つめる。
 そこには、車が1台通れるぐらいのせまいトンネルがあった。
「こんなところにトンネルがあるなんて」
 トンネルには照明がついていないようだ。
「もしかして、あの先に村があるのかも」
「そうかもな。よし、行ってみるか!」
 和也と正文は急に張り切りだし、そのまま進むことにした。
「ちょっと!」
 怖がる真由をよそに、車はトンネルの中へと入っていく。
 トンネルは狭く長く、そしてやみに包まれていた。
「暗いな」
 正文は車のライトをつけ、トンネルの中を照らす。
 しかし、ライトは前方の地面を少し照らすだけで、その先がどうなっているかはまったく分からなかった。
「なんだかすごく長いトンネルだね……」
「ああ、ちょっと不気味だな……」
 和也と正文が顔をこわばらせながら言う。
「お母さん、私、怖いよ……」
「大丈夫。もうすぐふもとの町へ着くはずだから」
 美奈子はそう言うが、不安がっているようだった。
 やがて、前方に外の景色が見え、トンネルの出口が近づいてきた。
「良かった、出口だ!」
 真由は思わずホッとして大きな息をはく。
 車はそのままトンネルを出て、先ほどと同じような細いわき道を走り始めた。
 しかし、道はまだまだ続いているようだった。
「お父さん、まだふもとの町に着かないの?」
「あ、ああ、もう30分近く走っているのになぁ」
 正文も不思議に思っているようで、思わず首をかしげた。

「あら?」

 ふと、美奈子が声をあげた。
「どうしたの? お母さん」
 真由がたずねると、美奈子はカーナビの画面を見ていた。
「これ、おかしいわ」
「おかしい?」
 真由は美奈子が見ているカーナビの画面のほうに顔を向ける。
 すると、画面にはなぜか、森の中が表示されていた。
 道路などはない。車は森の中を延々と走っていたのだ。
「お父さん、どうして森の中を走ってるの?」
「ん? お、おかしいなぁ??」
 その瞬間しゅんかん、突然カーナビの画面がみだれ始めた。
「なんだ?」
 そのまま画面がプツリと消えてしまう。
「どういうことだ?」
 正文はあわててカーナビを操作するが、画面はまったく映らなかった。
「故障したの??」
「こんなこと今まで一度もなかったのに……」
 正文はカーナビのボタンをあちこち押すが、やはり画面は映らない。
 それどころか、テレビもラジオもつかなかった。
「どうして??」
 真由は思わず首をかしげた。
 すると、となりに座っていた和也が大きな声をあげた。
「これを見て!」
 和也は真由たちに持っていた自分のスマホを見せる。
 すると、スマホの画面は真っ暗になっていた。
「急に画面が消えて電源が入らなくなったんだ」
 和也はスマホのボタンをあちこち押すが、まったく映らない。
「バッテリー切れなんじゃないの?」
「いや、さっき見たときは大丈夫だったんだ」
 それを聞き、真由が不思議に思っていると、今度は美奈子が口を開いた。
「私のもだわ!」
 電源が入らなくなったのは、和也のスマホだけではないようだ。
 調べてみると、正文のスマホも電源が入らなくなっていた。
「一体どういうことなの……?」
 真由たちは不気味さを感じた。
「何か変だよ。早く戻ろう!」
「あ、ああ、帰ろう!」
 正文はあわててUターンできる場所まで車を走らせようとした。
 そのとき──、

 ガタンッ!

 突然、車が大きな音を立てた。
「きゃあ! なに??」
 気付くと、車体が前のめりになっている。
 道が急な下り坂になり、車が一瞬浮いたような状態になったのだ。
「きゃあああ!!」
 真由は思わず怖くなって身を縮めた。
「おい、あれを見ろ!」
 身を乗り出した和也が大きな声をあげる。
 真由が前を見ると、坂を下った先に村が見えた。
「まさかあれって!」
 ふもとの町ではない。
 見たこともない小さな村である。
 真由は運転席を背後からつかんでゴクリとノドを鳴らした。
 先ほど会った少年が言っていたのは、あの村のことだったのではないだろうか?
 真由がそう思っていると、車は坂を下りはじめた。
「ねえ、怖いよ」
 そうつぶやいた真由はこわばった表情で、ふと道路のわきを見た。
 するとそこには、草木に隠れるように看板が立っていた。

ようこそ 杉●村へ!

 看板の杉の後の文字は草におおわれて読めない。
 だが、最初に「杉」が付くのだけは分かった。
「杉ってたしか……」
 真由はフシギが言った言葉を思い出していた。

『ちなみにその村の名は、杉───』

「やっぱりここだ!」
 真由は目の前に見えている村こそが、禁断の村だと確信するのだった。

 村へ到着すると、いやがる真由と美奈子を車の中に残し、正文と和也が外へと出た。
 木造の古い家が10軒ほど建っている小さな村。
 シンと静まり返り、人の姿はない。
 家の前にはボロボロの自転車やびた軽トラックが停まっていて、誰かが住んでいることだけは確かだった。
 奇妙なことに、まだ夕方なのにどの家の雨戸もなぜかすべて閉まっている。
「なんか変だよね?」
「ああ、変だよこの村……」
 和也も正文も心なしか声がふるえている。
 空はますます暗くなってきて、太陽は完全に雲に隠れてしまっていた。

「おやおや、どうしたんですか?」

 突然、後ろから声がした。
 正文たちがハッとしてふり返り、車の中にいる真由たちもふり返った。
 そこにはひとりの老婆ろうばが立っていた。
 顔はしわだらけで、目はそのしわにもれて細い線のようになっている。
 なんだか、少しユーモラスに見える。
 真由は田舎のおばあちゃんを思い出した。
 そんな老婆がじっと真由たちのほうを見つめていた。
「あ、あの、ちょっと道に迷いまして」
 正文が一歩前に出て、老婆にそう説明する。
「道に? あ~、わき道を走ってきたんですな。フォッフォッフォ」
 老婆は人懐ひとなつっこく笑いながら、正文たちの前に近づいてくる。
 真由と美奈子も気になり、不安を感じていたものの車から降りると、正文たちのそばへと歩み寄った。
「来た道をそのまま戻りなさい。そうすれば元の大きな山道まで戻れますから。ただし、あまりスピードは出さないことです。スピードを出すと、違う道に行ってしまいますよ……」
 正文は「違う道?」と思わず聞き返した。
「でもわき道は一本道でしたよ」
 しかし、老婆は何も答えず優しげな笑みを浮かべていた。
 真由は来た道を思い返す。
 道はずっと木々が茂り同じような景色が続いていただけだった。
 どこかで見落とした分かれ道があったのだろうか?
 真由がそんなことを考えていると、ふと、和也が背中をわずかに叩いて合図してきた。
「おい、あれ……」
 和也は少し離れた場所に建っている家のほうに、あごを向ける。
「どうかしたの?」
 真由がたずねると、和也はその家のドアを指さした。
「あのドア、ちょっと開いているだろう?」
「うん……」
「そこから見える玄関の中をようく見てみろ」
「玄関の中?」
 真由は目を凝らしてみた。
 日が落ち、薄暗くなっているが、まだ景色は見ることができた。
 ドアは少しだけ開いている。
 真由はそのすき間から見える玄関のところに、クシャクシャの服が山積みに置かれていることに気付いた。
「服、だよね? ……洗濯物を取り込んだのかな?」
「違う。ちゃんと見ろ!」
 小声で和也にそう言われ、真由はさらに目を凝らして山積みになった服を見つめてみた。
「あっ!」
 次の瞬間、真由はハッとした。
 山積みになった服は玄関の明かりに照らされている。
 その服が、なんと、すべて真っ赤に染まっていたのだ。
「もしかしてあれって!」
「ああ、血だよ! 血!!」
 和也の言葉に真由は思わず目を大きく見開いた。

「おやおや、見てしまったんだねえ」

 老婆がいつの間にか真由と和也のほうを見ている。
「見てしまったのならしょうがない──」

 老婆はしわだらけの顔をけわしくして、真由たちに近づいてきた。
「嫌ッ! 来ないで!!」
 真由はあわてて車のほうへと逃げた。
「父さん! 母さん! 逃げろ!!」
 和也も叫ぶと、車へと走る。
「真由! 和也!!」
 正文と美奈子も異変を感じ、急いで車へと戻った。
 車へと戻ってきた真由はドアを開けて中へ入ろうとする。
 だがそのとき、人の気配を感じた。
 見ると、建物の陰から大勢の老人たちが姿を現していた。
「きゃあああ!!」
「真由!」
 他の家族も車へと戻ってくる。
 正文はドアを開けると、すぐに運転席に入った。
「みんな、早く乗れ!」
「うん!!」
 正文は全員が車に乗ったのを確認すると、車を発進させようとした。

 ガンガンガン!

 すると、老人たちが車の周りに集まり、ドアを叩き始めた。
「やめて!!」
「くそっ!」
 老人たちは窓やボンネットも叩き出す。
「お父さん、早く!!」
「ああ! どけえっ!」
 正文はクラクションを何度も鳴らし、老人たちを強引にどかすと、猛スピードでその場から脱出した。
「な、何なのよ……」
 猛スピードで車が走るなか、真由は怖さのあまり目に涙を浮かべていた。
 あのまま村にいたら、きっとあの老人たちに捕まっていた。
 捕まったら、殺される。
 真由はブルブルと震えながら、ふと、窓の外に見える建物を見つめた。
 すると、来た時には気付かなかったあるものが目にまった。
「あれって……」
 それは、家の壁に打ち付けられている無数の人形である。
 首が取れたものや、真っ黒に焼けているもの、真っ赤になっているものなど、数え切れないほどの人形が建物の壁にくぎで打ち付けられていたのだ。
 さらに、家の壁やへいの至るところに、「呪」や「封」といった不気味な大きな文字が、真っ赤なペンキのようなもので書かれていた。
「何なの、この村……」
 真由たちは村の異常さに気付き、思わずゾッとする。
 車は一度もスピードをゆるめることなく、降りてきた坂を登ると、そのまま細い道を走り続けた。

 わき道を走り続けて、10分ほどが過ぎた。
 辺りはいつの間にか暗くなっている。
 真由たちはようやく落ち着きを取り戻したが、ふと、不思議なことに気付いた。
 どれだけ走っても、全然トンネルが見えてこないのだ。
「来たときは、トンネルを出て2、3分で坂があったわよね?」
「ああ、そうだったよな」
 カーナビやスマホが使えなくてパニックになっていたが、坂はトンネルを出てすぐのところにあったはずなのだ。
「それなのにどうして……」
 そのとき、真由は先ほど老婆が言った言葉を思い出した。
『スピードを出すと、違う道に行ってしまいますよ──』
「もしかして!」
 真由が叫ぶと、正文も老婆が言った言葉を思い出したようで、思わずハッとした。
「違う道を走っているっていうのか? そんな……」
 車が走っているのはまっすぐに延びた細い一本道である。
「間違えるわけないよね?」
「ええ、そんなことありえないわ……」
 和也も美奈子も違う道を走っているなどとは思えないようだった。
 しかし、車はいつまで走っても、トンネルにたどり着かない。
「お父さん、どうするの??」
 真由はだんだん怖くなってきた。
 せっかく禁断の村から逃げられたのに、山道に出られないのだ。
 すると、正文が声をあげた。
「おい、あれを見ろ!」
 見ると、前方に村が見えた。
 先ほどの村とは違い、新しそうな建物もいくつかあり、人々の姿も見える。
 ふもとの町ではなかったが、不気味な感じはなさそうだった。
「良かった! 近くの村に着いたんだ!」
「ああ、この村は大丈夫そうだな!」
 車は村の中を走る。
 建物も人々もみな、ごく普通の様子だった。
 真由たちはそんな村を見て思わずホッとする。
「よし、どう行けば元の山道に戻れるのか村の人に聞いてみよう」
 正文はそう言ってそばに見えた商店の前に車を停めると、店の主人に話しかけた。
「ほう、それは危険な目にあったねえ」
 人の良さそうな50歳ぐらいの店の主人は、真由たちの話を聞き同情したようだ。
「しかしそんな村が近くにあったとは恐ろしい……。他の住民にも注意するように言わなきゃ。あとで場所を教えてもらえるかい?」
「は、はい……。でもすぐ近くの村ですし、てっきり知ってるかと思いました」
 真由が恐る恐るたずねると、店の主人は「ハッハッハ」と笑った。
「まあ、我々はこの村からめったに出ないからね」
「えっ……」
「とりあえず、おまわりさんを呼んでくるから詳しい話を教えてくれるかい?」
 主人はそう言って真由たちを店の中へと招くと、そこで待っているようにと告げ、お巡りさんを呼びに行った。
「はあ~、ほんと、とんでもない目にあっちゃったね」
 クーラーのきいた涼しい店内に入ると、真由は少しホッとした。
「あの少年は本当のことを言ってたんだね」
 和也の言葉に一同は大きくうなずく。
「だから山道に戻ろうって言ったのに」
「ごめん、ごめん。まあ助かったから良かったじゃないか」
「良くないよっ」
 反省の色がない正文をにらみつつ、真由と美奈子は店の中にあるイスに座った。
「でもさ、さっきの人が言ってた『この村からめったに出ない』ってどういうことなんだろうね」
「村になんでもあるから、出かける必要がないってことなんじゃない?」
「えー、そうかな? 何もなさそうだけど」
「たしかに、そう言われればそうねえ……」
 美奈子は思わず首をかしげた。
 そのとき、真由はふと、店の入り口に設置されている公衆電話の台のところに、1冊のノートが置かれていることに気付いた。
「どうしてこんなところにノートなんか?」
 ノートは、電話とそれを設置してある台のすき間に隠されるように置かれている。
 真由はそのノートを何気なく手に取った。
 それは、ボロボロになったノートで、かなり古い物のようだ。
「何が書いてあるんだ?」
「さあ?」
 真由は正文たちのそばへ戻り、一緒にそのノートを見ることにした。

✕ ✕ ✕ ✕ ✕ ✕ ✕ ✕ ✕ ✕ ✕ ✕ ✕ ✕ ✕ ✕ ✕ ✕
誰も知らない呪われた村がある。
危険だから近づいてはいけない。
でも、気をつけようにもその村の名前も場所も誰にも分からない。
なぜなら、その村に入った人間は誰ひとり帰って来ていないから。
一緒に来た友だちはみんないなくなってしまった。
残っているのは、もう私だけ。
この日記を見た人は今すぐ逃げて。その村の名は
✕ ✕ ✕ ✕ ✕ ✕ ✕ ✕ ✕ ✕ ✕ ✕ ✕ ✕ ✕ ✕ ✕ ✕

「何なのこれ??」
 ノートにはまだ続きがあるらしい。
 真由は首をかしげながらも、次のページをめくってみた。
 すると次のページには──、

杉沢村!!

 と、書かれていた。
 まるで書いた人間が恐怖に支配されていたかのような不気味な文字。
 そんな文字を見て、和也がふと口を開いた。
「さっきの、あの村のことじゃないのか?」
 草木に隠れてちゃんと見えなかったが、先ほどの村の入り口にあった看板には、「杉」という文字が書かれていた。
「じゃあ、このノートはあの村で怖い目にあった人が書いたってこと?」
「ああ、多分」
「だけど、どうしてそれがこんなところに?」
 真由はなぜノートが公衆電話こうしゅうでんわの台のすき間に隠すように置かれていたのか疑問に思った。

「そんなものを書き残していたなんてね」

 突然、声が響いた。
 真由たちがその声がしたほうを見ると、そこには店の主人が立っていた。
「まったく、余計よけいなことを」
 主人はそう言うと、真由たちをにらむように見つめた。
 その後ろには、大勢の村の人たちが立っている。
 半数は火のついた松明たいまつを持ち、もう半数は別のものを持っていた。
 それは、真っ赤な血で染まったかまである。
「えっ……」
 それを見て真由は思わず驚く。
 同時に、村の人たちの後ろに立っている看板が目にまる。
 松明の明かりに照らされたそこには、『ようこそ、杉沢村へ!』と書かれていた。
「杉沢村って……」
 真由のつぶやきがもれると、主人がにやりと笑った。
「もちろん、この村の名前だよ」

「ようこそ、杉沢村へ──」

 店の主人と村人たちはそう言うと、鎌を大きくふり上げ、真由たちに近づいてくるのだった。

 朝。山道を1台の車が走っていた。
 運転席には中年の男性が、助手席には彼の妻である女性が乗っている。
 そして後部座席には、赤いフードを被った少年が乗っていた。
 フシギである。
 フシギは山道を歩いている途中で、彼らの車に乗せてもらったのだ。
「へえ~、禁断の村ねえ」
「それにしても、村が〝2つ〟あるっていうのはどういうことなの?」
 ふと、女性がフシギのほうを見てそうたずねる。
「それは……」
 フシギは彼らに2つの村の説明を始めた。
「1つは迷い込んだ人々を襲う村で、もう1つはその村へ人々が行かないように忠告してくれる村なんだ。襲う村の名前は『杉沢村』、忠告してくれる村の名前は『杉本村すぎもとむら』。杉沢村の連中は、迷った人たちを襲うと、どこかへ連れ去ってしまうんだ」
「うそでしょ……」
「うそじゃない」
 フシギは淡々たんたんと話を続ける。
「あの村は昔、村人が皆殺みなごろしにされた村なんだ。殺された村人たちの怨霊おんりょうがそこにまり、村に迷い込んでしまった人たちを襲う。怨霊はあの村から出ることはできない。だから村へ迷い込んでしまった人たちも出られないようにしてしまうんだ」
「そんな……」
 女性が怖がっていると、代わりに男性が口を開いた。
「でもわき道に入って最初にたどり着く村っていうのは、その杉本村のほうなんだよね?」
 男性の言葉に、フシギは「そうだよ」と答えた。
「そこは老人ばかりが住んでいる小さな村で、魔よけの人形や、杉沢村の怨霊をしずめる呪文が家の壁や塀に書かれているのが特徴なんだ。それに、杉沢村の村人たちに襲われてしまった人々の衣類も保管しているらしい。連れ去られた人をあわれだと感じて、服だけでも供養くようしようと思ってるんだろう」
「じゃあ、杉本村の人たちはみんないい人たちなのね」
「ああ、彼らの忠告さえ聞いていれば無事に帰ることができる」
 フシギがそう言うと、男性が首をかしげた。
「だけど、キミは今から『杉沢村』のほうに行こうとしているんだよね? そんなところに行って大丈夫なのかい?」
 その言葉を聞き、フシギはふと、窓の外を眺めた。
「あの村の連中は、『夜』しか襲ってこないんだ。だから日が昇っている間は何の危険もない。ただし、2つの村への道は夜しか開かれないから、昼間はめったに村は見つからない。実際、昨日行った時には、村を見つけられなかった」
「じゃあ、今日も見つからないかもしれないのね」
「まあね」
「だけど、なぜそんな村へわざわざ行くんだい?」
「ある物を回収するためだ」
「ある物?」
「それは、キミたちには関係ないことだ──」
 そう答えるフシギの手には、真っ赤な手帳が握られていた。
 これから杉沢村へ行き、村のどこかに刻まれているであろう奇妙なマークを回収しようと思っていたのだ。
「それにしても、なんだか怖い話ねえ」
 女性は自分で自分を抱きしめるようなそぶりをした。
 しばらくして。わき道の入り口まで着くと、フシギは車を降りた。
「本当にここでいいの?」
「ああ、送ってくれてありがとう」
 フシギはわき道を歩き始めようとした。
「あっ」
 ふと、女性が声をあげた。
「そう言えば、私もひとつ怖い話を聞いたことあるわ」
「どういう話?」
「知り合いがね、遠くの町に住んでいる友達から聞いた話らしいんだけど、その町では、目も鼻も口もない人間がよく目撃されているんですって」
「えっ!」
 フシギは女性のそばに駆け寄ると、じっと見つめた。
「それはどこの町なんだ!!」
 今まで冷静だったフシギが急に大きな声を出し、夫婦は驚く。
 そんな夫婦をよそに、フシギは真剣な表情を浮かべていた。
「やっと見つけた……」
 フシギは真っ赤な手帳を強くにぎりしめる。

 フシギはわき道を歩いていた。
 すると、道路の横に生い茂る草木の一角に、車が通ったタイヤのあとがくっきりと残っているのが見えた。
 車は草むらの中をまっすぐ走っていったようだ。
「ここか……」
 昨日忠告した家族の車か、とフシギは思う。
 しかし、それで彼が大きく表情を変えることはなかった。
「ここの回収が終われば、その次は……」
 フシギはそうつぶやくと、はやる気持ちを抑え、ひとり草むらの中を歩いていくのだった。


6つ目の町 ナノカちゃん 【9月4日公開】

「はい、笑って笑って~。るよ~♪」
 日曜日の午後、公園にパシャッというシャッター音がひびく。
 市村いちむら泉美いずみが買ったばかりのスマホで、親友の新山にいやま早百合さゆり小松こまつ梨央りおと一緒に写真を撮っていたのだ。
 泉美はずっとスマホが欲しかった。
 しかし小学生の間は買ってもらえず、中学生になり9月の誕生日を迎えて、ようやくスマホを買ってもらうことができた。
「これで3人ともスマホになったね!」
 早百合が自分のスマホを見せながら泉美に言う。
「良かったね、泉美!」
 梨央も笑いながらスマホを見せる。
「うん、嬉しい! もっと写真撮ろう!」
 泉美はやっと2人と同じになれたことを嬉しく思い、再び写真を撮り始めるのだった。

 その日の夜。
 泉美は自分の部屋のベッドに寝転がり、昼間公園で撮った写真をながめていた。
 ピースをしている写真や顔をくっつけて笑っている写真、変顔をしている写真など、どの写真も3人で仲良く写っている。

(また明日、2人と一緒にいっぱい写真撮ろう♪)
 泉美が笑みを浮かべながら、画面を閉じようとしたとき──、
「あれっ?」
 ふと、スマホの画面に映る1枚の写真に目がとまった。
 それは、3人で笑いながらブランコの前で撮ったときの写真である。
 撮った時刻は、13時10分。
 真ん中に泉美が立っていて、右側に早百合、左側に梨央が立っている。
 そんな3人の後ろに、見知らぬ女の人が写り込んでいたのだ。
 女の人はブランコの横に立っていた。
 しかし、何かがおかしい。
 泉美は目をらしてその写真を見つめた。
 すると、その女の人が、異常なほど身体が長細いことに気付いた。
 身長は2メートルを超えている。
 それなのに枝のように細い。
 髪は長く、黒い服と黒いスカートを着ていて、顔はボヤけてよく見えなかったが、目と鼻と口がないように思えた。
「何なの、この人……??」
 泉美は写真を撮ったときのことを思い出した。
(たしか、これを撮る前はブランコに乗っていて……)
 泉美はブランコに乗りながら、その姿を自分で写真に撮っていた。
(その後、早百合と梨央と一緒にブランコの前に立って写真を撮ったんだよね……)
 辺りには誰もいなかったはずだ。
 そもそも、すぐ後ろに2メートルを超える長細い女の人が立っていたら気付くはずである。
(そう言えば、この後もう1枚写真を撮ったはず……)
 泉美は早百合たちと2枚連続してブランコの前で写真を撮ったことを思い出した。
 スマホの画面を指で操作し、その写真を開いてみる。
 すると、2枚目の写真には女の人の姿は写っていなかった。
「どういうことなの……??」
 1枚目と2枚目は連続して撮っているので、10秒ぐらいしか間は空いていない。
 それにもかかわらず、女の人は2枚目の写真にはまったく写っていなかったのだ。
「そんな……」
 泉美は思わずゾッとした。
「どうしたんだ?」
 ふと、部屋のドアのほうから声がした。
 見ると、兄の健二けんじが立っている。
 ドアのすき間から泉美が怖がっている姿が見えて、声をかけたのだ。
「お兄ちゃん、これ見て!」
 泉美はあわてて健二に駆け寄ると、写真を見せた。
 健二は1歳年上で頼りになる。
 泉美は困ったことがあるといつも健二に相談していた。
「なんだこれ?」
 健二は写真を見るなり首をひねる。
「この女の人、変だよね?」
「変というか、そもそも、これ人間なのか?」
「えっ?」
 たしかに言われてみれば人間とは思えない。
 背は高すぎるし、枝のように細い。
 顔はよく分からないが、目と鼻と口がないように見える。
 そんな人間いるはずがなかった。
「だったら、ここに写っているのは何なの??」
 泉美はおびえながらたずねる。
「さあ、俺にもよく分からないけど……」
「分からないって、そんな!」
 泉美がますますおびえていると、健二がふと何かを思い出し、明るい表情になった。
「そうだ、あいつなら分かるかも!」
「あいつ……?」
「こういうことに詳しいヤツがいるんだよ」
 健二はそう言うと、すぐにその人物に連絡を取ることにした。

 翌日、月曜日。
 その日は学校は創立記念日で休みだった。
 泉美は健二に連れられ、朝から駅前のファストフード店へとやってきた。
 写真の女のことが分かるかもしれない人物と会うことになったのだ。
「最近公園で知り合ったヤツなんだけど、都市伝説とか怖い話にすごく詳しいんだよ」
 健二もそういう話が好きで、その少年と気が合ったのだという。
「都市伝説……」
 もしかして、あの写真に写っている女はそういうものなのだろうか?
 泉美は今まで都市伝説や怖い話は本やネットの中だけのただの噂話だと思っていた。
「あっ、来たぞ、あいつだ」
 店の入り口を見ていた健二が声をあげた。
 泉美も同じほうを見る。
 するとそこには、赤い服を着て赤いフードを被った男の子が立っていた。
 カッコいい男の子だ。
 男の子は泉美たちのほうを見ると、そのまままっすぐそばまでやってきた。
「こいつが千野フシギ。最近この町に来たんだってよ。フシギ、こっちは妹の泉美だ」
 泉美は立ち上がり、挨拶をしようとした。
 しかし、フシギはそんな泉美をよそに健二のほうを見る。
「それで、例の写真は?」
「えっ」
「目も鼻も口もない女が写ってたって聞いたけど」
「あ、ああ」
 健二は泉美に写真を見せるようにと視線を送る。
「あ、あの、これです!」
 泉美はあわててスマホを取り出すと、写真を表示してフシギに見せた。
 その写真をフシギは何も言わず、ただじっと見つめる。
「あの……」
 泉美は緊張しながら声をかけるが、フシギは彼女を見ようともしなかった。
(何なの、この人……??)
 フシギはまるで泉美に関心がないようだ。
 関心があるのは写真にだけ。
 泉美がそう思っていると、ふと、フシギが口を開いた。

「そうか……これだったのか」

 フシギはひとごとをつぶやくようにそう言った。
 なんだか少しガッカリしている。
「どうしたんですか?」
 泉美がたずねると、フシギは「いや、別に」と答えた。
「ちょっと、思っていたのと違ったんだ」
「思っていたのと?」
「いや、こっちの話だ」
 フシギは写真から目を離し、小さなため息をもらした。
「ということは、フシギにも写真の女が何なのかは分からないってことなのか?」
 そんなフシギを見て、健二が残念そうに言った。
 すると、フシギは小さく首を横にふる。
「いや、それは分かるよ」
「じゃあ、この女は何なんだよ?」

「その写真に写っているのは、『ナノカちゃん』だ──」

「ナノカちゃん……?」
 泉美は初めて聞いた名前に首をかしげる。
 フシギは写真の女のことを説明し始めた。
「彼女は子供だけが写っている写真に写り込む都市伝説の怪物かいぶつだ。ナノカちゃんが写真に写り込むと、その写真に写っている人たちは全員、必ず不幸な目に遭ってしまうらしい。その不幸というのは──」
 フシギは泉美をじっと見つめた。
「写真に写った人間が、7日以内にナノカちゃんに命をうばわれてしまうというものだ」
「ええ??」
 泉美は信じられず、思わず大きな声をあげた。
「どういうことだよ?」
 健二も意味が分からずあわててフシギにたずねる。
 しかし、フシギは冷静な態度のまま、泉美たちを見た。
「せいぜい気をつけることだ。とくに『うつるもの』には」
「うつるもの??」
 泉美が聞き返すが、フシギは何も答えない。
 フシギは出口のほうを向くと、そのまま店を出ていってしまった。
「あっ、ちょっと!」
 泉美は呼び止めようとしたが、フシギはふり返ることなく、そのまま去っていってしまう。
「お兄ちゃん、あの人何なの??」
「あ、ああ。ただの冗談、ってことじゃなさそうだよな?」
 健二もフシギの言った言葉に困惑こんわくしているようだった。

 健二と別れた後、泉美は写真に一緒に写っている早百合と梨央に会うことにした。
 フシギの言ったことを信じたわけではなかったが、2人にもそのことを伝えておいたほうがいいと思ったのだ。
 フシギの言葉にはみょうな説得力があった。
 ナノカちゃん──。
 泉美はあの写真に写る女のことがさらに怖くなっていた。
 連絡を取り、早百合の家に集合した泉美は、2人にナノカちゃんのことを話した。
 だが、それを聞いた2人は大笑いする。
「7日以内に命を奪われる? そんなことあるわけないじゃん!」
「そうそう。有り得ないよ~」
 早百合も梨央もナノカちゃんのことをまるで信じない。
「そりゃあ、私だって信じたくないよ。だけどこの写真変でしょ??」
 泉美はそう言って早百合と梨央にナノカちゃんの写った写真を見せるが、2人はまったく怖くないようだった。
「多分、何かの拍子ひょうしで後ろにいた人がこんな風に写っただけだよ。そう言えば、公園でちょっと背の高いお姉さんが犬を散歩させてたよね。その人なんじゃない?」
「そうだよ。だいたい泉美はスマホを買ったばかりでしょ。まだカメラの操作そうさに慣れてなかったんだよ」
 梨央の意見に早百合も大きくうなずく。
「それは、そうだけど……」
 泉美はそんな2人に何も言えなくなってしまった。
 たしかに、泉美が撮った写真の中には、シャッターのボタンを押すときに手がブレてしまい、何が写っているのかよく分からないものが何枚かあった。
(2人の言う通り、たまたま後ろにいた人がブレて写っちゃっただけなのかな?)
「その千野フシギって人は適当てきとうにそんなこと言っただけだよ」
「そうそう、気にしないほうがいいって」
 泉美はフシギの言ったことより、2人が言っていることのほうが本当のように思えた。
「うん、そうかも……、そうだよね!」
 泉美はナノカちゃんなどいないと思うようになった。

 しかし、その日の夜……。
 泉美はフシギの言っていたことが本当だったのだと確信する──。

 夜。泉美は宿題を終えて、そろそろ寝ようとベッドに寝転がっていた。
 すると、スマホに電話がかかってきた。
 画面を見ると『早百合』と表示されている。
(どうしたのかな?)
 泉美はこんな時間にめずらしいと思いながら、電話に出た。
「もしもし」
「泉美、遅くにごめんね」
「ううん、どうしたの?」
「あのね……」
 早百合の声はなぜか震えていた。
 泉美がそれに気付くと、早百合は電話の向こうでゴクリとノドを鳴らし、ゆっくりとした口調でこう言った。

「あのね……。私が撮ったスマホの写真にも、ナノカちゃんが写ってたの……」

「えっ??」
 泉美は驚きのあまり思わずスマホを落としそうになってしまった。
「ちゃんと説明して!」
「うん……」
 早百合は震える声でその状況を話し始めた。
 今日の夕方、早百合は泉美と梨央が帰った後、母親に頼まれてスーパーに買い物に出かけたのだという。
 そのとき、坂の上から見える夕陽が綺麗だったので、スマホのカメラを自分に向けながら、夕陽をバックに写真を撮ったらしい。
「その写真をさっき見てみたの。そうしたらね、後ろにナノカちゃんが写ってて……」
「その写真すぐに送って!」
 泉美が叫ぶように言うと、早百合はすぐにメールで写真を送ってきた。
 泉美はあわててそれを見てみる。
 すると、早百合の言う通り、黒い服と黒いスカートを着た枝のように長細い女が、彼女の後ろに立っていた。
 写真はまったくブレていない。
 それにもかかわらず、後ろに立っている女の顔には、目と鼻と口がなかった。
「ナノカちゃんだ……」
 やはりナノカちゃんは存在する。
 そして、また写真に写り込んでいた。
 泉美はフシギが言った言葉を思い出した。

『ナノカちゃんが写真に写り込むと、その写真に写っている人たちは全員、必ず不幸な目に遭ってしまうらしい』

「その不幸というのは、写真に写った人間が、7日以内にナノカちゃんに命を奪われてしまうというもの……」
 泉美はこのままだと本当に、3人ともナノカちゃんに殺されてしまうと思った。

 火曜日。
 泉美は学校が終わると、早百合と梨央を誘い、公園に向かった。
 健二にフシギを呼び出してもらい、ナノカちゃんについてもっと詳しく話を聞くことにしたのだ。
「泉美、私なんだか怖い……」
「私も。まさか早百合の写真にも写ってたなんて……」
 早百合だけではなく、話を聞いた梨央もおびえている。
 梨央もナノカちゃんが偶然写った通りがかりの人などではないと分かったのだ。
 交差点で健二と合流し、公園に向かうと、フシギがブランコの近くにいるのが見えた。
 フシギは、何かをじっと見ている。
 それは真っ赤な手帳のようだ。
 健二に呼ばれると、フシギはその手帳を大事そうにポケットにしまい、泉美たちのもとへやってきた。
「何か用かな?」
 フシギは昨日と同様、冷静な態度だ。
「あの、これを見て下さい!」
 泉美は早百合のスマホの画面に表示した写真をフシギに見せた。
「ナノカちゃんだね」
「はい。早百合が撮った写真にも写ってたんです!」
 泉美がそう言うと、フシギは「なるほど」とつぶやき、写真をじっと見つめた。
「キミがこの前ここで撮った写真より近づいてきている……」
「えっ?」
 フシギの言葉を聞き、泉美たちは早百合の撮った写真に写っているナノカちゃんを見る。
「そう言われれば……」
 たしかに、写真の中のナノカちゃんは、泉美が公園で撮った写真よりも、こちらに近づいてきていた。
「どうして??」
「キミたちを襲うためだよ。少しずつ近づいてきているんだ」
 フシギは淡々たんたんと答えた。
 それを聞き、泉美はおびえながら早百合たちのほうを見た。
 早百合たちも先ほどよりさらにおびえ、目になみだめている。
「フシギ。これって本当なんだよな?」
 ふと、フシギのとなりで話を聞いていた健二が口を開いた。
「命を奪われずに済む方法ってないのか?」
 真剣な表情になっている。
 健二もナノカちゃんの存在を信じ、気味悪がっているようだ。
「なあ、助かる方法を知ってるなら教えてくれ! 妹を助けたいんだ!」
 健二は強い口調でそう言った。
「妹を……助ける」
 すると、今まで冷静だったフシギが一瞬、表情を変えた。
 目を細め、何かを考えているようだ。
 やがて、フシギは健二をじっと見つめた。
「1つだけあることにはある。助ける方法が……」
「あるんですね!」
 その言葉に泉美たちは急に明るい表情になった。
「ああ。ナノカちゃんは、『うつった世界』の中でしか存在できないんだ」
「『うつった世界』? たしか、ファストフード店で会ったときもそんなこと言ってましたよね?」
 泉美がそう言うと、フシギは小さくうなずき、公園の隅のほうを指差す。
 そこにはベンチがあり、手鏡を見ながら髪を整えている女性が座っていた。
「たとえば、あの鏡。鏡は人の姿を『映す』だろう?」
「はい……」
「そしてキミたちが撮った写真。写真も人の姿を『写す』だろう?」
「はい……」
 泉美はフシギが何を言いたいのかよく分からなかった。
 そんな泉美に気付いたのか、フシギは「つまり」と言葉を続けた。
「つまり、ナノカちゃんは鏡や写真、ビデオカメラの映像や窓ガラスといった、人の姿が『うつった世界』でしか存在できないんだ」
「えっ……」
 だから辺りにいなかったはずなのに写真には写っていたのだ。
「キミたちが7日間、そういった物に自分の姿をうつさなければ、ナノカちゃんはキミたちの前から去っていくよ──」
 フシギは泉美たちをじっと見つめながらそう言った。
 泉美たちは思わず互いの顔を見る。
「……7日間、自分の姿を何にもうつさなければ、私たち助かるってことだよね?」
「うん、そうだね」
「だったら……、今すぐ何にもうつらないようにしなくちゃ!」
 泉美の言葉に早百合と梨央は大きくうなずく。
 泉美たちは、すぐに家へ戻ることにした。

 水曜日。
 泉美はフシギと会った後からずっと、自分の部屋に閉じこもっていた。
 両親は何事かと心配していたが、健二がうまく説明してくれて、理解してくれたようだった。
 もちろん、都市伝説など信じてくれない。
 しかし、不気味な怪物に襲われるかもしれないということなら話は別だった。
 泉美はトイレに行くとき以外、ずっと部屋に閉じこもっていた。
 鏡はすべて部屋から出し、窓もカーテンを閉め、ガラスに自分の姿が映らないようにしていた。
 スマホも画面に自分の姿が映ってしまう危険性があるので、健二に預かってもらっている。
 早百合と梨央も同様のことをそれぞれの家でしていて、連絡は健二と早百合たちの親が電話ですることになっていた。
 健二は昨日泉美たちが帰ったあと、フシギからナノカちゃんに関するより詳しい話を聞いていた。
 フシギが言うには、写真に写り込んでからちょうど7日後に、ナノカちゃんは襲うのをあきらめて姿を消すのだという。
 泉美が写真を撮ったのは、日曜の13時10分である。
 つまり、今度の日曜の13時10分まで、自分の姿をどこにもうつさなければ、泉美たちは助かるのだ。
 泉美はベッドの上でうずくまりながら、ただひたすらその時間になるのを待つことにした。

 しかし、それはそう簡単なものではなかった……。

 夕方。健二が夕食を持って泉美の部屋に入ってきた。
「何とか今日は大丈夫だったみたいだな」
 健二はずっと泉美のことを心配してくれている。
「うん」
 泉美は優しい兄がいて本当に良かったと思った。
「ありがとう、お兄ちゃん」
 ホッとし、泉美はふと、健二の顔を見ようとした。
 だがその時、泉美はあることに気付き、思わずハッとした。
「嫌っ!」
 次の瞬間、泉美はあわててそばにあった布団ふとんを頭から被り身をひそめた。
「どうした、泉美??」
 健二は泉美がなぜ急に身を隠したのか分からなかった。
「いいから、お兄ちゃん、早く出てって!」
「だからどうして?」
 泉美は隠れながらブルブルと震えている。
「もしかして、何かうつる物があったのか??」
 健二は自分の身体を見てみる。
 だが、うつる物など何も付けていなかった。
「何もないぞ?」
 健二がそう言うと、泉美は布団から腕だけを出して彼の顔を指差した。
「目! お兄ちゃんの目に、私が映るの!」
「えっ!」
 健二は泉美を見ることによって、同時に彼女の姿を映してしまっていることに気付いた。
 泉美はそこにナノカちゃんがいるかもしれないと思ったのだ。
「早く出ていって!」
「あ、ああ……」
 たとえ、鏡をなくし、窓をカーテンで見えなくしても、部屋に人がいる限り泉美の姿は映ってしまう。
「怖い、怖いよ……」
 その日から、泉美の部屋には誰も入れなくなってしまった。

 木曜日、金曜日と、泉美は部屋の中にこもり続けた。
「泉美、食事置いとくぞ」
「うん……」
 食事は部屋の前の廊下に置くこととなり、泉美は家族がいなくなってからドアを開け、それを取るようになっていた。
 ドアは誰も入ってこられないように、内側から鍵を締めている。
 部屋の中で、泉美はひとり食事をしながら、早く日曜日の13時10分になって欲しいと思っていた。
 誰とも連絡することもできず、部屋でたったひとりでいるのは苦痛だった。
 健二によると、早百合も梨央も苦痛を感じているらしい。
 彼女たちも人の目に自分の姿が映ることが分かり、ずっとひとりで部屋に閉じこもっていたのだ。
(早く7日過ぎて……お願い……)
 泉美はそう思いながら、夕食のシチューを食べようとした。
 その時、泉美は思わず目を大きく見開く。
「きゃああ!!」
 突然、家中に泉美の悲鳴が響いた。
「どうした!」
 健二と両親があわてて泉美の部屋の前まで駆けつけてきた。
 すると、ドアが開けられ、目の前の廊下にスプーンが投げ捨てられていた。
 わずかに開いたドアのすき間から、布団に包まって震えている泉美の姿が見える。
「それ! それに私の姿が映っちゃう!」
「ええ??」
 見ると、泉美が投げ捨てたスプーンは金属製だった。
 泉美はその金属の表面に姿が映ってしまうと思ったのだ。
「早く持っていって! ドアも早く閉めて!!」
 泉美は布団に顔を隠しながら叫ぶ。
 健二たちはそんな泉美を心配しながらも「分かった」と答えるしかなく、仕方なしにドアを閉めるのだった……。

 土曜日。
 泉美は食事をするのも怖くなっていた。
 ドアを開けるのも、健二たちと話をするのも恐ろしく感じ、ずっとベッドの上で布団を頭から被って過ごしていた。
 目を開けるのも怖い。
(お願いお願いお願いお願いお願いお願いお願い……)
 泉美は布団の中で目をつぶって、早く日曜の13時10分になることだけを願い続けていた。

 日曜日。
 その日は朝から雨が降っていた。
 泉美は部屋の中で雨音を聞きながら、ずっと時計の針を見つめていた。
 木製の時計の針は、午前11時すぎを指している。
「あと2時間……、あと2時間で私は助かるんだ……」
 泉美は秒針をじっと見ながら、早くその時間になるのを待ち続けていた。
 顔はかなりやつれている。
 昨日からろくにご飯を食べておらず、睡眠もほとんど取っていなかった。
 健二たちとも会話をしていない。
 ドアはずっと鍵を締めたままだ。
 泉美はただ、13時10分になることだけを考えていた。

 時間は進み、13時10分に近づいていく。
 12時。12時30分。12時55分……。
「もうすぐ……、もうすぐ……、もうすぐ……」
 泉美は時計の針を見ながら、いつの間にか笑みを浮かべていた。

 そのとき──。

 突然、泉美の身体が動かなくなった。
(な、何なの……?)
 泉美はあわてて手を動かそうとするが、石のように固まってしまい、まったく動かない。
 手だけではない。
 足も、顔もまったく動かすことができなかった。
(あ、ああ、あ……)
 泉美は助けを呼ぼうとしたが、声も出ない。
(も、もしかして、金縛り??)
 泉美は心の中でそう思った。
(助けて、お兄ちゃん! 助けて!)
 泉美は心の中で必死に叫ぶが、まったく声にならなかった。
(どうして金縛りになんてなるの??)
 泉美は身体を懸命に揺さぶろうとするが、ピクリとも動かない。
 唯一動くのは、目だけだ。
 泉美は目を必死に動かし、何とかして首を曲げようとする。
 だが、それでも金縛りは解けなかった。
 時刻は、13時5分になっていた。

 ガチャガチャ!

 突然、誰かがドアのノブを激しく回した。
(お兄ちゃんだ!)
 泉美は健二が助けにきてくれたのだと思い、目をそちらのほうへ向けた。

 ガチャガチャ! ガチャガチャ!

 ドアには鍵がかかっている。
 いくら回してもドアは開くはずがなかった。
(そんなどうしよう!! お兄ちゃん! お兄ちゃん!)
 泉美は鍵を締めてしまったことを後悔しながら、何度も健二を心の中で呼び続ける。

 ガチャガチャ! ガチャガチャ! ガチャ──!

 と、ノブを回す音が急に止まった。
 次の瞬間、鍵の部分がゆっくりと動く。
 なぜか、鍵が勝手に開き始めたのだ。
(どうして? 部屋の中からしか開けることができないのに??)
 泉美は何がどうなっているのか分からず、目だけを大きく見開いていた。
 すると、鍵が開き、ドアがゆっくりと開いた。
 ドアのすき間から、女の手が見える。
 その手は爪が長く、真っ赤に染まっていた。

「ケケケケケケケ。ケケケケケケケ」

 女の甲高かんだかい笑い声がドアの向こうから聞こえてきた。
 ナノカちゃんである。
 黒い服と黒いスカートを着た身長2メートルを超えるのっぺらぼう。
 そんなナノカちゃんが、「ケケケケケケケ」と笑いながら、部屋に入ってきたのだ。
 ナノカちゃんはスウッと泉美のほうへと近づいてくる。
(嫌ッ! 来ないで!!)
 泉美は悲鳴ひめいを上げようとしたが、やはり声が出ない。
 もちろん、動くこともできない。

「ケケケケケケケ。ケケケケケケケ」

 ナノカちゃんは泉美の目の前までせまってくると、のっぺらぼうの顔をヌッと近づけた。
 瞬間、顔に大きな目が2つ開く。
 真っ赤な不気味な目。
 そんな目でナノカちゃんはジロリと泉美を見つめた。
「ケケケケケケケ」
 さらに、不気味な大きな口が現れ、泉美に向かって開かれた。
 その口の中には鮫のように無数の小さな牙が生えている。
(嫌! 助けて! お願い! 助けて!!)
 ナノカちゃんは「ケケケケケケケ」と笑いながら、大きな口を開けて泉美に迫ってきた。
(嫌! 嫌! 嫌あああああああ!!!!)
 泉美はナノカちゃんに命を奪われる覚悟をした──。

 ジリリリリリ!

 突然大きな音が響いた。
 泉美がハッと顔を上げると、目の前に置いてあった目覚まし時計が鳴っている。
「泉美! 大丈夫か??」
 音を聞き、健二と両親が部屋に駆け込んできた。
「だ、大丈夫だよ」
 泉美はそう答える。
 同時に、声が出ることに気付いた。
 身体も自由に動く。
「泉美! 良かったな! ついに7日経ったぞ!」
「えっ??」
 時計を見ると、時刻は13時10分を過ぎていた。
 目覚ましが鳴っていたのは、あらかじめ、泉美がその時間にタイマーをセットしていたからだ。
「そう言えば、ナノカちゃんは??」
 泉美はナノカちゃんに襲われそうになっていたことを思い出した。
 あわてて部屋の中を見回す。
 しかし、ナノカちゃんはどこにもいなかった。
「もしかして……、あれは夢だったの?」
 泉美は先ほどの出来事が現実だったのか夢だったのか分からなかった。
 だがそのとき、泉美はドアのノブを見てギョッとする。
 そこには、ベッタリと真っ赤な血が付いていたのだ。
「……やっぱり、あれは夢なんかじゃない」
 泉美の青い顔が、金属製のドアノブに映っていた。

 翌日、月曜日。
 泉美は早百合と梨央と一緒に学校に向かっていた。
 2人も無事7日間を過ごしたのだ。
 泉美はそんな2人に最後にナノカちゃんに襲われそうになったことを話した。
「それって、ドアノブにナノカちゃんが映ってたからなの?」
 早百合がふと、泉美に言った。
「うん、多分そうだと思う……」
 しかし、ドアノブが丸かったため、『うつった世界』がゆがみ、ナノカちゃんは思うように動けなかったのだ。
 だから、泉美は命を奪われずに済んだ。
「だけど、もう大丈夫だよね!」
 7日間が過ぎ、ナノカちゃんの恐怖は去った。
 早百合は笑いながらそう言うと、スマホを取り出した。
「今日からまた写真撮れるね!」
 その言葉を聞き、泉美と梨央も笑顔になる。
「そうだね! よし、撮ろっか」
「うん、撮ろう!」
 泉美たちは早百合のスマホでさっそく写真を撮ることにした。
「よし、行くよ! 泉美も梨央も笑って笑って~♪」
 早百合がスマホを構え、3人一緒に並んで笑いながらカメラのレンズを見る。
「はい、チーズ♪」
 早百合はスマホのシャッターボタンを押そうとした。
 だがその瞬間──、
 突然、スマホの画面から、血まみれの手が出てきた。
「えっ?」
 手は早百合の顔を掴むと、そのままスマホの画面の中へと引きずり込む。
「早百合!!」
 それは一瞬の出来事だった。
 早百合はあっという間にスマホの中に消えてしまったのだ。
「早百合! 早百合!!」
「ねえ、泉美、どういうことなの??」
「分からない。分からないけど、あの手は……」
 爪が長く、血で染まった真っ赤な手。
 それはナノカちゃんの手だ。
「もしかして……」
 泉美は何かを思い、ハッとする。
「早百合だけ、まだ7日間経ってなかったんじゃ??」
 早百合の写真にナノカちゃんが写り込んだのは、先週の月曜の夕方だった。
 つまり、早百合は今日の夕方で7日が経つのだ。
「そんな……」
 泉美はそれに気付き大きなショックを受けた。
 ナノカちゃんは目的を果たしたのだ。
「ケケケケケケケ」
 遠くから、ナノカちゃんの甲高い笑い声がかすかに聞こえたような気がした……。

 数日後。
 バス停で少年がバスを待っていた。
 フシギである。
 その手には真っ赤な手帳を持っている。
 どうやらこの町にあったマークを回収し、次の町へ向かおうとしているようだ。
 フシギは手帳をじっと見つめていた。
 するとふと、後ろに並んでいた老婆が、そんなフシギの顔をじっとのぞき込んだ。
「あらまあ」
 老婆ろうばはフシギの顔をジロジロと見つめる。
「なに?」
 フシギは面倒そうにたずねた。
 すると老婆は「この前会ったわよね?」と言った。
「覚えてないかい? ほらっ、旅行先の町で。たしかそのときは、あなた『黒いフード』を被っていたわよねえ」
「黒いフード!」
「あれ? 違うのかい? 顔はちゃんと見ていなかったけど、服とか背が同じだったから、てっきりこの前会った子かと思ったんだけど……」
 フシギはその言葉を聞き、老婆の顔をじっと見つめた。
「その町はどこなんだ?」
 やがて、バスが到着し、並んでいた人々が乗り込む。
 しかしフシギだけはそのバスには乗ろうとしなかった。
 フシギは手帳を見ていた。
 手帳の1ページ目にはボロボロの白黒写真が挟まれている。
 その写真には、フシギとフシギによく似た女の子が笑顔で写っていた。

「必ずつかまえるよ、ヒミツ……」

 フシギはそうつぶやくと、真っ赤な手帳を閉じ、老婆から教えてもらった町へ向かってひとり歩き始めるのだった──。


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