【まるごと無料公開】『理花のおかしな実験室(3)』
お菓子×理科の超人気シリーズ💫
最終巻『理花のおかしな実験室(13) 究極のこたえ』が11月13日(水)発売予定!!
シリーズの完結を記念して、 【第1巻・第2巻・第3巻がまるごと読めちゃう】スペシャルれんさいを公開するよ📢
理花のおかしな実験室(3) 自由研究はあまくない!?
1 夏といえば、キャンプでしょう!
「──終わったぁ! あとは自由課題だけ!」
わたしの目の前には宿題のプリントと、それから計算と漢字のドリルが広げられている。
びっしり答えの詰まったプリントを見ていると達成感がむくむくと湧き上がってきた。
外を見ると太陽は高い位置にあって、地面に伸びる影はまだまだ濃くて短い。
だけどこのところ窓から流れ込んでくる虫の声には、セミだけじゃなく、スズムシのリーンリンっていう声や、マツムシのチンチロリンっていう声もまじり始めているんだ。
今日は八月十七日。
あんなに長いと思っていたお休みだけど、もう残りは二週間。
となると、だんだん気になってくるのが宿題だ。
あと二週間もあるんだから余裕なんじゃって思うかもしれないよね?
だけど実は、夏休みの後半には一大イベントがあるんだ。
それは、キャンプ!
学校で配られた申込書で申し込んだんだけど、メンバーがとにかく、色んな意味ですごいんだ。
わたしは参加メンバーが決まったときのことを思い浮かべて、思わずクスリと笑った。
「うわあキャンプだって!」
それは夏休みに入る前の日のこと。
宿題と一緒に配られたプリントを読んでいたななちゃんが、大きな声を上げた。
ななちゃん──小室奈々(こむろ なな)ちゃんは、ポニーテールがよく似合う元気な女の子。
うちのクラスの女子で唯一サッカーチームに入ってて、運動神経がすごくいい。
ゆりちゃん、みぃちゃんといつも一緒の、仲良し三人組の一人だ。
はしゃぐななちゃんだけど、前の席に座っていたみぃちゃんがため息をつく。
「うーん、わたしはこういうのはムリかも……」
「あー、みぃはアレルギーかぁ……。いつも大変だよねぇ」
ななちゃんはしょんぼり。だけどみぃちゃんはカラッと笑う。
「そうなんだよね~。でも、いいのいいの。わたし暑いのもニガテだし! それにこの日は家族でおばあちゃんちに行くからどっちにしろムリだ~!」
「うちは毎年キャンプに行ってるんだけど、今年はパパがお仕事で行けないって言ってたんだよね……でも、これなら行けるかも! お願いしてみよっかな。……そうだ。ゆりも一緒に行かない?」
ななちゃんは、ななめ後ろの席に座っていたゆりちゃんに声をかける。
「え、でもわたし、虫がニガテだからムリ。キャンプって森だからいっぱいいるよね?」
ゆりちゃんは、ちょっとびっくりしたような顔で小さく首を横に振った。
「うそ! それメチャクチャもったいないよ! たしかに虫はたくさんですごいけど、それより星とかすごくきれいだし! バーベキューとか最高だよ!?」
ななちゃんの話を聞いているうちに、わたしはウキウキしてきてしまう。
虫がたくさん? 星? それに、バーベキュー?
た、楽しそう!!!!
昔、パパとママとキャンプに行ったときに、クワガタムシやカブトムシをたくさん捕まえたことを思い出す。
それに本当に星空がきれいだったことも。
うわああ……いいなぁ!
虫、たくさん捕まえたいなぁ……! 星も観察したいなあ!
思わず配られたプリントをじっくり読んでいると、
「おれもキャンプ好き! ななも行くの? じゃあおれも行こうかな~!」
桔平くんが話に割り込んだ。
五十嵐桔平(いがらし きっぺい)くんは、ななちゃんとおんなじサッカーチームに入っている。
小柄だけど足がすごく速くて、ちょっとだけ目立ちたがり屋。
そらくんと一緒にいることが多いかも。二人でじゃれ合ってるのをよく見かける。
その分ケンカもしてるけど、すぐに仲直りしてるし、すごく仲が良いんだなって思う。
「キャンプ、かぁ……星は見たいなぁ……でも、虫……」
ゆりちゃんはちょっと悩んでいたけれど、ふとわたしの方を見た。
わたしもちょうどゆりちゃんたちの方を見ていたので、バッチリ目があってしまう。
ゆりちゃんはわたしを見ると、不思議そうな顔をした。
あれ? どうしたんだろ?
ゆりちゃんはわたしの手を見ている。
ふと目線を下ろすと、わたしは力一杯申込書を握りしめていた。
「……理花ちゃん、もしかして、キャンプ行きたい?」
わ! なんかバレた! 申し込ませてもらおうかなって思ってること!
ちょっと恥ずかしくなりながら、握りしめていたプリントを置く。
「じゃあ、一緒に……行かない?」
ゆりちゃんがちょっと遠慮がちに言い、わたしはお腹の底からぶわっとうれしさが湧き上がるのがわかった。
だ、だって、誘ってもらうとか!
ちょっと前まで気まずかったから余計にうれしい!
わたしは「行きたい!」とうなずいた。
直後、隣の席のシュウくんが小さな声で言った。
「ふうん……僕も申し込もうかな。ここならカブトもクワガタもたくさんいそうだし、それに植物もたくさん見られそうだし」
どきんとして、思わず隣を見ようとしたとき、
「──おもしろそうだな。おれも行こっかな!」
聞き慣れた明るい声が響いてわたしは声の主を見た。
それは桔平くんと話していたそらくんだった。
え、……そらくんも?
胸がドキドキするのが止められない。
そらくんが行く?
そらくんとキャンプ? それ、メチャクチャ楽しそう!
もう、なんとしてでも行きたいって、ママにお願いしなきゃって思っちゃったんだ。
そうして決まったクラスからの参加メンバーは、ゆりちゃん、ななちゃん、桔平くん、シュウくん、そらくん、そしてわたしの六人だった。
ただし、話を聞いていたらしい中山先生は笑って釘を刺した。
「もちろん、キャンプに行く前にはちゃんと宿題を終わらせておくんだぞ~。キャンプは後半だから、帰ってきてからやろうと思っても終わらないぞ!」
って。
だからわたし、できるだけ前半に終わらせておこうってがんばってたんだ。
「理花、宿題もう終わったの? すごいな」
ソファで雑誌を読んでいたパパが声をかけた。
「全部じゃないよ。だけど、キャンプの前にほとんど終わらせておこうって思ってたんだ」
「そっか。キャンプは来週だもんなぁ」
「あとは自由課題だけなんだけど……何しようかな……あ、パパ、パソコン借りていい?」
「何を調べるんだい?」
「自由課題のテーマ」
学校で出された自由課題っていうのは、自由って言うだけあって、一人一人好きな勉強をして出せばいいというもの。
絵を描いていく子もいれば、読書感想文を書いていく子もいる。
去年は絵を描いて出したんだ。だけど今年はやりたいことがあった。
自由研究だ。
パソコンで「夏休みの自由研究」って入力して調べてみる。だけど出てきたのは本のタイトルだったみたいで、開いてみても内容が見られなかった。
これじゃあ、わかんないよ!
「うーん」
ディスプレイの前でうなっていると、後ろで見ていたパパが笑う。
「調べ物にはインターネットに向いているものと向いてないものがあるからねえ。じっくり調べたいときはやっぱり本の方が詳しく書いてあるよ。うちにも自由研究の本、なかったかな?」
わたしは家にあった自由研究の本のことを思い出す。前にやった、アイスキャンディの実験がのっているやつだ。
「でもあれはほとんどやっちゃったし」
夏休みとか関係なくやっていたものだから、ほとんど終わってしまっている。
「そうかぁ」
パパはディスプレイをのぞき込むと、ふと言った。
「そうだ。ひさびさにパパと一緒にやってみるかい?」
二年生まではパパと一緒に実験をしていたことを思い出す。
すっごく楽しかったんだ! だけど……。
「……ううん。今年は自分で考えてやってみたいんだ!」
パパはちょっと残念そう。
でも「理花はすっかり科学者だなあ」とうれしそうでもあった。
「だけどテーマがムズカシイんだよね……」
わたしがちょっと弱音を吐くと、パパは考え込む。そして「身近なナゾに注目するといいかもねえ」と言った。
「身近なナゾ?」
「理花が普段『なんで』とか『どうして』って思うようなことに、面白い研究の種がたくさんつまっているんだ」
「『なんで』、『どうして』、かぁ」
「というか、理花には得意分野があるじゃないか」
「得意分野?」
首を傾げるとパパは笑った。
「いつもやってることだよ」
いつもやってるって言ったら──《お菓子作り》だ!
わたしが目を見開くと、パパはにっこり笑った。
「その延長でいいんだと思うよ。共同研究でもいいんじゃないかな」
共同研究という響きに、急にワクワクが大きくなるのがわかった。
だって、そらくんと一緒に自由研究ができたら素敵だなって思ったんだ!
あ、でもそらくんはもう自由課題終わっちゃったかな?
もしまだだったら、一緒に自由研究やりたいな……。
思いつきにソワソワとしてくるのがわかる。
あ、そうだ。今から聞きに行ってみちゃおうかな……?
ちょっと迷ったけれど、わたしは結局フルールに向かうことにした。
だって迷ってるうちにそらくんのテーマが決まっちゃったら、一緒に自由研究ができなくなっちゃうし。
それにわたしがそらくんとやりたいって思ってるんだから、わたしが誘うべきだって思うんだ。
そらくんに会うのは十日ぶりくらいかな。
お盆休みの間、わたし、おじいちゃんの家に行ったり、宿題で忙しかったりでそらくんとは実験できてなかったんだ。
……あれ? そういえば。
お盆休みという言葉が引っかかって、わたしはふと足を止める。
そらくん、最後に会ったときには、まだ宿題何もやってないって言ってたんだよね……。
『お盆休みにまとめてやるから大丈夫!』って。
……大丈夫、だよ……ね?
『早く終わらせて、残りの時間、いっぱい菓子作りをやろうな!』とも言ってたし。
なんだかイヤな予感がしたけれど、わたしは首を横に振ってそれを追い出すと、フルールへと足を速めたんだ。
2 山積みの宿題
おれのうち──広瀬家は、父ちゃんも母ちゃんもどっちも外で働いてる。
だから、夏休みなんかの長い休みのとき、おれはたいていじいちゃんの家にいるんだ。
じいちゃんの家は広くて古いけど、おれの家よりもだいぶん涼しい。
だけど今、おれは全身からダラダラと汗──冷や汗をかいていた。
広々とした座敷には、ドカンと大きな座卓が置いてあって、そこにはプリントが広がっている。
おれの宿題だ。解答欄、全部、真っ白の。
「お、終わんねえ……」
お盆休みに終わらせる予定だったのに、結局は野球をしたり、プールに行ったりと毎日忙しく遊びまくってしまったのだ。
「やばい。キャンプまであと三日しかなくねえ……?」
キャンプにはゼッタイに行きたい!
だけど父ちゃん母ちゃんに出されたキャンプに行かせてもらう条件が、『キャンプまでに宿題を終わらせること』だから、なにがなんでも終わらせないといけないんだ。
あせっていると、
「そら! どこだ!」
じいちゃんの声が表から聞こえた。
「なに? じいちゃん」
縁側の窓を開けるとむわっとした熱風が流れ込んできた。
うわあ、あっちい!
やべえ! 熱中症になる!
エアコンの冷気が逃げていくのが惜しくて、すぐに窓を閉めてしまいたくなる。
だけどじいちゃんは、ガシッと窓を押さえてそれを許さない。
「おまえ、冷凍庫のあれはなんだ!?」
あれってなんだろうと考えてすぐに思い出す。
「あー、卵白だけど」
菓子作りって卵黄と卵白を分けて使うことが多いんだけど、どうしても使う量にかたよりがでるんだよな。
カスタードクリームだって卵黄だけしか使わないし。しかも一度に三個分も使うし。
だけど捨てるのはもったいないから、冷凍庫に入れてしまうんだ。解凍したら使えるから。
そういえば、このところ立て続けにカスタードクリームばっかり作ってたから、卵白をたくさん冷凍したような……。
「溜め過ぎだ! もう冷凍庫がパンパンでものが入らんぞ! あと、いくら冷凍したってな、いつまでも食べられるわけじゃないんだからな」
「わかってるけど……卵白って使いにくいじゃん。じいちゃんたちが店に出すのに使ってくれたらいいのに……」
そう言うとじいちゃんはくわっと怖い顔になる。
「店に出すやつに余りものなんか使えるか! わしらは毎日ちゃんと量を計算して作ってるんだ! おまえが余らせたものまでは面倒見きれん──というか材料を余らせないように配分を考えるのも修業だろうが。甘えたことを言ってたら弟子になんかいつまでもしてやらんぞ」
じいちゃんの機嫌をそこねるとあとが大変だ。
ただでさえ弟子に《候補》とかいうおまけがついた状態なのにそれまで剝奪されちまう!
「わかったよ、なんとかする!」
「ひとまず先に卵白だけまとめて整理しておけよ。あれじゃあ、店のものが入れられんぞ」
「はーい……」
そう答えるものの、おれはテーブルの上の宿題を見て頭を抱えた。
夏休みの宿題に加えて、じいちゃんの課題。大量の課題にくらくらしてくる。
「一体どうしろっていうんだよ……」
大混乱のまま、おれはひとまず冷凍庫の整理のために工房へと向かった。
工房は夏でもものすごく涼しいんだ。
菓子作りには温度管理がすごく大事らしくて、年中おんなじくらいの温度にしてある。
工房の窓から人影が見え、おれは立ち止まる。
中にいるのは、じいちゃんではなく叶さんだ。
あ、ちょうどいい。手伝ってもらおうかな!
叶さん、じいちゃんとはちがって気前がいいし、優しいし、課題のヒントをくれるかもしれない。
「叶さん!」
扉を開けて声をかけると叶さんの大きな背中がビクリと動き、すごい勢いで振り返った。
え、びっくりしすぎじゃねえ!?
「あ、ごめん。作業中だった?」
思わず謝ると、
「そらくん、か」
ホッとしたように叶さんは言いながら、手元のノートをパタンと閉じる。
「あれ、そのノートって」
「あぁ、シェフの秘伝のノート」
それは壁にかかっている、フランス語で書かれた古いノートだ。
おれが前にタブレットで必死で翻訳したやつ!
「叶さん読めるんだ? フランス語なのに!」
「まあ、昔ちょこっとだけ、フランスにいたからね」
すげえ、とおれが目を丸くすると、叶さんはちらりと壁の写真を見た。
じいちゃんとばあちゃんが写っている、フランスの工房の写真だ。
あ、この間も写真を見て何か言ってたんだよな。呪文みたいな、不思議な言葉。
あれはなんだったんだろう。
そんなことを考えていると、
「……それにしても、またシェフに合格もらえなかったんだよ、僕。面白みがないってさ」
と叶さんは肩をすくめた。
「じいちゃん、メチャクチャ厳しいもんなぁ。あ、そうだ。叶さん、相談があるんだけど!」
おれが卵白の菓子の課題について手伝って欲しいと頼むと、叶さんは首をかしげた。
「教えてもいいけど、それってそらくんが自分で考えないと意味がないんじゃないの?」
「そ、そりゃそうなんだけど……大量の宿題が終わらないとキャンプ行けないし……時間がなくて切羽詰まってて」
叶さんは小さくため息をつくと、
「じゃあ今日の分のおやつを作るのに、卵白を少しだけもらおうかな。残りはそらくんが考えて」
と言った。
「さっすが叶さん! 優しい!」
パッと顔を輝かせると「ぜんぜん優しくなんかないよ」と叶さんはちょっと困ったような顔をした。
叶さんは、冷凍庫から凍った卵白を取り出すと、解凍し始める。
その間に粉を量ったりふるったり。だけどぜんぜんレシピは見ていない。
どうやら叶さんもレシピは頭の中にあるらしい。すごい。
「何を作るの?」
「さあて、何でしょう」
おどけたように笑う叶さんは、少しだけ溶けた卵白をボウルに移すと、泡立て器でかき混ぜ始める。
「実は冷凍した卵白を使うときめの細かいメレンゲができるんだ。だけど水が入ったら泡立たないから要注意」
「それって裏技? すげえ。じいちゃんも知らないかも」
感心しながらおれはふと疑問に思った。
「……叶さんって、どうしてフルールに来たの?」
「どうしてって……」
「だってさ。いろいろな動作がじいちゃんとおんなじくらいに上手いし、ムズカシイことも知ってる。もう修業とか必要なさそうなのに」
「いやいや、シェフに比べるとまだまだだよ」
つまりこれだけすごくても、叶さんにはフルールにいる理由があるってことだよな。
じいちゃんにあって叶さんにないものがほしいってこと? ってことは……あ!
「やっぱり《幻の菓子》目当て?」
「んー……そうだね」
だけど、叶さんは苦笑いをするだけで、卵白を泡立て続ける。
叶さんの手元でふわふわのメレンゲが出来上がっていく。
この作業ってものすごく疲れるのに、叶さんはぜんぜんきつそうじゃない。余裕の表情でかき混ぜ続ける。
すごいなと思いながらたずねる。
「叶さんも、やっぱり将来自分のお店を持つのが目標なんだろ?」
うちに修業に来るたいていのスタッフさんがそうだったから。
すると叶さんは小さく首を横に振った。
「いいや。僕は、死んだ祖父の店を復活させたいんだよ」
「まじで!? え、どんな店だったの?」
意外な夢に驚く。しかもじいちゃんの店と聞いたら親近感が一気に湧いた。
「そうだね……評判の看板メニューがあって」
「看板メニュー?」
たずねたとたん、叶さんの顔が少しだけ険しくなった。疲れたのかなって思ってたら、ふと叶さんは質問した。
「そらくんの目標は? やっぱりこの店のあとを継ぐこと?」
「うん。だけど──」
おれにはそれより先にたどり着かないといけない目標がある。
「今の目標は《幻の菓子》を作ること! そしてあのうまい菓子をみんなに食べさせること、かな!」
「うまい菓子って……そらくん、《幻の菓子》を食べたこと、あるの?」
叶さんの手がピタリと止まる。
白いメレンゲが、泡立て器の先からだらりと垂れるのがちょっと気になりながらも、おれは言った。
「うん。メッチャうまかったんだよな! だけどじいちゃんがゼッタイに作らなくなったから、いつかおれが復活させるって決めてるんだ」
ムリかなって思ってたけど、今はできるんじゃないかって思っている。──理花と一緒なら。
ふと理花のことを思い出す。
そういや、しばらく理花に会ってないな。
後半に菓子作るって約束してたけど、今のままじゃ約束が守れない。
そんなことを考えてあせっていると、叶さんが言った。
「それって──どんな菓子なのかな」
声に妙な迫力があって、なぜだか叶さんの顔を見るのが怖いと思った。
だけど、恐る恐る見上げると、叶さんはおだやかに笑っていた。
ちょっとホッとしながら答える。
「覚えてないんだよ。メチャクチャ小さいときに食べたっきりで。おいしかったってことしか」
「似たものを食べたら思い出しそう?」
「食べてみないとわかんない、かな?」
「そっか」
叶さんはため息をつく。
なんだかものすごく残念そうに見えて、おれが不思議に思っていると、叶さんは再び手を動かし始める。
「そろそろいいかな。じゃあ粉を混ぜていこうか」
泡立て器の先にぴん、と立った白いメレンゲのツノ。
その向こう側でにっこり笑う叶さんは、すっかりいつもどおりの叶さんだった。
3 宿題一掃勉強会
わたしがフルールの前にたどりつくと、あたりには甘い香りがただよっていた。
なんだろ、このおいしそうな匂い!
あ、もしかしたらそらくん、さっさと宿題終わらせて修業してるとか? だといいな!
そんなことを考えながらフルールのドアを開ける。
店に立っていたのはスタッフの叶さんだ。
ってことは、そらくんとおじいちゃんは工房かな?
「あ、理花ちゃんいらっしゃい」
叶さんはにっこり笑った。
すらっと背が高くてすごくかっこいい。
表情がふんわり柔らかくて、いつもニコニコしてるからか、接客をまかされていることも多いみたい。
「こんにちは。そらくんいますか?」
奥の工房をのぞき込んでたずねると、叶さんはどうしてか苦笑いをして、お店の外をちらっと見たんだ。
「今ね、裏の家で宿題と格闘してるよ」
「え……?」
それって、もしかして。
「ぜんぜん終わってなくって、キャンプに間に合わない~って騒いでたけど……理花ちゃん、ちょっと手伝ってあげて?」
イヤな予感があたってしまって、わたしはがっくりと肩を落とした。
フルールの工房をぐるりと裏にまわると、そらくんのおじいちゃんの家がある。
叶さんが言うには、そらくんはお父さんとお母さんがお仕事に行っている昼間は、おじいちゃんの家にいるらしい。
瓦屋根に木でできた壁。古くて昔ながらの家って感じだ。
チャイムはないみたいだったので、立派な玄関の引き戸を叩く。
だけど誰も出てこない。広すぎて聞こえなかったのかなって思う。
垣根の向こうにはちょっと大きめの庭があり、面した縁側にはゴーヤでできた緑のカーテンがかかっている。
その後ろにある窓に人影がうつった。
あれは……そらくん?
「お、おじゃましまーす……」
小さな声で言うと庭に足を踏み入れた。
すると、縁側の窓がからからと音を立てて開き、中からげっそりした顔のそらくんが現れた。
「ど、どうしたの!?」
「理花、おれ……宿題が終わらねえ……」
視線を追うと、大きなテーブルの上には大量のプリントが広がっている。解答欄は、ほとんど真っ白!
ひゃああああ!
わたしまで青くなってしまう。
「これ、あと三日で終わるかな……?」
「な……」
なんとかなるよ! と力づけたいところだったけれど、わたし、この量を終わらせるのに十日以上かかったんだよ……。
そう言うと、そらくんはショックを受けたらしく顔が青くなる。
「でも、一日一時間くらいでやったから、三日でやるとなると……」
つまり十時間かかったってことだから……。
「一日三時間ちょっとがんばれば……っ」
「さ、さんじか、ん……ってそれは理花だからだろ……? おれがやったらもっと時間がかかりそう」
そらくんは頭を抱えこんだ。
うわああ、キャンプ行けなくなりそうじゃない、これ!?
わたしはあせる。
わたし、そらくんとキャンプ行くの、メチャクチャ楽しみにしてたのに!
それはイヤだよ!
「そ、そらくん、わたし宿題手伝うから! 一緒にがんばろう!?」
思わずそう言ってしまったあと、わたしはハッとした。
わああ、わたし一緒にって誘っちゃった!?
「え、まじで……? メチャクチャ助かる! っていうか理花に教えてもらったら、すぐ終わりそう!」
そらくんがパッと顔を輝かせる。
その目が晴れの日の空みたいなキラキラの光を取り戻していて、いまさら取り消せなくなってしまう。
うわああ、わたしってほんといつもこうだ!
これじゃあもうダメとか言えないよ!
え、で、でもそれって、それって……もしかして『二人で勉強会』とかそういうの!?
そう思いつくと、かあっと頰が熱くなってくる。
しばらく実験できてなかったから、宿題だとしても一緒にできるのはうれしい、かも!
「じゃあ、たのむ!」
「う、うん。あ、じゃあ勉強道具とってくるね」
ソワソワして思わずスキップしそうになってしまう。
だ、だって、そらくんと勉強会かあ……。
そんなふうにすごくドキドキしながら、勉強道具を持ってもう一度そらくんのおじいちゃんちに戻ったわたしだったけど……。
「理花、こっちこっち!」
そらくんの後ろを見たわたしは、目を見開く。
広い座敷には、ゆりちゃん、ななちゃん、桔平くん、それからシュウくん。
キャンプ参加メンバーがずらりと並んでいたのだ。
「他のメンバーも終わってなかったら行けないだろ? だからみんなに声かけてみたんだ! 全員でやったらきっと早い!」
そらくんはドヤ顔で言うけれど、わたしはしばらくぽかんとしてしまっていた。
「どうした?」
うわああ! い、色々、カンチガイ、恥ずかしい……!!
ぶわあああ、と顔に血が集まってくるのがわかる。
わたしは赤くなった顔をごまかすように、首をブンブンと横に振る。
「ううん、なんでもない。じゃあ、早くやろう!」
ちょっとがっかりしたけれど、なんだかホッとしていた。
だって二人で勉強とかだとゼッタイにキンチョウしちゃうし、きっとドキドキして勉強にならない。
みんなで勉強会、くらいが、わたしにはちょうどいいかもって思えたんだ。
座敷には大きなテーブルが二つ並べられた。
そして三人ずつに分かれて勉強を始める。
わたしはゆりちゃんとシュウくんと一緒のテーブル。
ゆりちゃんもシュウくんも宿題はほとんど終わっていて、残ってるのは自由課題だけだそうだ。
もう一つのテーブルには、そらくん、桔平くん、ななちゃん。
ななちゃんはプリントが終わってなくて、桔平くんはそらくんといい勝負で、漢字ドリルと計算ドリルがほとんど終わっていない。
だけど自由課題として提出する予定の、ポスターは半分くらいできているらしい。
つまり六人の中で、そらくんが一番宿題が残っているみたいだった。
「シュウ、イッセキニチョウ……ってどんな字だっけ?」
漢字ドリルをやっていた桔平くんが、何度目かの質問をシュウくんに飛ばす。
「『一』つの『石』で『二』羽の『鳥』を落とす」
シュウくんは、ノートに目を落としたまま淡々と答える。
「へー! じゃあ、テキザイテキショは?」
「『適』した『材』料を『適』した場『所』に置く──って、僕が教えたら意味なくない?」
「いいのいいの。うお、なんか、覚えやすい!」
桔平くんはカリカリと鉛筆を走らせたあと、大きくため息をついた。
「あーつかれた! なんのためにこんなに勉強しないといけないんだ~! っていうかおれ、将来はサッカー選手になるから勉強とかしなくていいんだよぉ!」
桔平くんがぶうぶう愚痴を言うと、ななちゃんが同意する。
「大人になったらゼッタイ計算とか計算機を使うよね! ママもスマホで計算してるもん」
でしょー? と同意を求められるけれど、わたしはどう答えていいか悩んでしまう。
だってうちのパパは言ってた。
今って、これから学ぶことの基礎を作ってるんだって。
いくら好きなことでも、いきなりムズカシイ勉強なんてできないから、カンタンなことから積み上げていくんだって。
だけど言えば空気を壊しそう。なんだか反対意見を言うのって怖いな。
そう思っていると、桔平くんがそらくんに話を振った。
「そらだってパティシエになるんなら、勉強とかしなくっていいんじゃね?」
わたしはそらくんを見る。なんて答えるんだろうってドキドキしながら。
そらくんは苦々しげな顔をしながらも「おれは『理科と算数ができないとパティシエにはなれん』って言われてるし」とあっさり否定した。
「えー、なんで?」
「分量が計算できないとダメだし、化学反応がわかってないと菓子ってうまく作れないんだ。『料理は科学』だからな!」
そらくんは、おじいちゃんがよく言う言葉を誇らしげに口にした。
「桔平もサッカー選手になりたいんだろ? それでもし外国に行くとかになったら英語できないとダメじゃん。国語ができてないと英語もできないってうちの父ちゃん言ってたし。やりたいことにつながってるんだって思ったら、がんばれそうな気がしねえ? っていうかおれ、そう思わないと理科とか算数とかがんばれねえ!」
そらくんの言葉に、桔平くんとななちゃんが苦笑いをしつつもうなずいた。
あぁすごいな。
空気を壊さずに、こんなふうに自分の意見を言えるのってかっこいいな。
思わずニコニコしていると、ゆりちゃんと目が合った。
ゆりちゃんはふふっと笑うと「理花ちゃん、かーわいっ」とつぶやく。
「へっ?」
な、なに!? どういう意味!?
あたふたしていると、ゆりちゃんは隣のテーブルの方に声をかける。
「ほらほらサボらない! 自由課題も残ってるんだからね!」
ゆりちゃんの声に三人がげんなりした直後、
「あ、わたし夏休みの自由研究の本持ってきたよ! お兄ちゃんの借りてきた! ちょっと古いけどまだ使えると思う」
ななちゃんがカバンの中から一冊の本を出してきた。
「『超カンタン 夏休みの自由研究』かぁ」
わたしが持ってるのとは別の本だ。
そらくん、ななちゃん、ゆりちゃんがテーブルの上の本をめくる。
「わー、カンタンそう。これなら一時間くらいで終わるよね!」
ななちゃんがうれしそうに言い、ゆりちゃんがホッとしたような顔になる。
わたしはふとシュウくんの方を見てたずねた。
「シュウくんは自由課題何するか決まった?」
シュウくんならきっと、研究を選ぶんじゃないかなって思ったんだ。
「僕は去年の研究の続きにしようかなって思ってる」
「去年の続き?」
キョトンとするとシュウくんは「僕、毎年コンテストに出してるんだ」と言った。
「コンテスト!?」
思わず大きな声が出る。
「キャンプの申し込み用紙と一緒にプリントもらったと思うけど」
わたしはそういえばと思い出す。
自由課題のプリントには、コンテスト参加希望者は申込書を一緒に提出するようにとも書いてあったような。
こ、コンテストかぁ……。でも、なんだか大変そう。
そう思っていると、シュウくんが笑う。
「コンテストにはいろんな学校の子の研究が集められるんだけど、ほら、当然理科に興味がある子ばっかりが出すからね、毎年興味深い研究がいっぱいですごく楽しいんだ。なかなか刺激的だよ」
うわあ、理科に興味がある子の研究、かぁ。
見てみたい。すごくおもしろそう……!
なんとなくソワソワとしていると、シュウくんが言った。
「理花ちゃん、一緒にやってみる?」
「え?」
思わずギョッとしながらシュウくんを見ると、なぜかシュウくんはそらくんの方をじっと見つめていた。
その口元にはどこか挑戦的な笑みが浮かんでいる。
そらくんを見ると、そらくんもシュウくんをじっと睨んでいる。
え? な、なに?
わたしが目を瞬かせていると、桔平くんが言った。
「うわああ、さっすが秀才同士だな! ってか、前から思ってたけど、二人ってお似合いじゃねえ?」
ひえっ!? 何を言うの桔平くん!?
「だよね~、わたしも前から思ってた!」
ななちゃんがおもしろそうに話に加わる。
冷やかしの空気がただよって、わたしは大あわて。
うわああ! そんな話、しないで欲しい! しかもそらくんの前では特に!
「ち、ちがうよ! わ、わたし秀才とかじゃないしっ」
「でも理花ちゃんって理科が得意だし、シュウくんと虫の話で盛り上がってたし、あやしいなぁ」
う、うわああ!
わたしは思わずそらくんの顔色をうかがってしまう。
だけど、そらくんはまだじっとシュウくんを見ていた。
なんだかフキゲンそうだけど……ゴカイとかしてないよね!?
と、とにかく話題を変えないと!
でもどう言ったらこの話題が終わる!?
途方に暮れていると、ゆりちゃんが小さくため息をついた。
「桔平くん、なな、その辺にしときなよ。理花ちゃん困ってるじゃん」
ゆりちゃんのビシッとした一言に、桔平くんとななちゃんがハッとした顔になる。
「悪りぃ」
桔平くんが頭をかきながら言うと、
「桔平くんは、ほんと冷やかすの好きなんだから。ママが、いじるのはいきすぎたら、いじめとおんなじって言ってたよ!」
とゆりちゃんが呆れたような顔で言う。
「理花ちゃん、シュウくんごめん! わたしもつい悪ノリしちゃった!」
ななちゃんも謝る。
「だ、大丈夫だよ!」
わたしはあわてて笑みを浮かべる。せっかくわきあいあいとしてたのに、こんなことで気まずくなるのはイヤだったんだ。
するとシュウくんもすぐにわたしに同意した。
「別に困ってないし、大丈夫」
ん?
言い方がちょっと気になりつつも、その話題がようやく終わってホッとしたときだった。
「──おれもコンテストに出そっかな」
いきなりそらくんが言い、わたしは「ええええっ!?」と驚いた。
その話は終わったと思ってたのに。
え、どうして急にそんなこと言い出したんだろ……?
「そら、おまえ、他の宿題も終わってないのに何言ってんだよ」
桔平くんが苦笑いでなだめる。
だけどそらくんはガンコに言い張る。
「いや、終わらせて自由研究もやるし」
うわあ、これ、言い出したらきかないやつかも!?
わたしは今までのそらくんの言動を思い出して青くなる。
そうだった。
そらくんって一度やるって決めたらあきらめないんだよね……。
すごいことなんだけど……本当に全部終わるのかなぁ?
不安になりながら、わたしはテーブルの上の宿題の山を見つめたのだった。
4 身近なナゾ
それからしばらくそらくんたちは宿題に集中していた。おかげでずいぶん進んだみたい。
時計が三時になると、
「おやつにするか!」
そらくんが言って、休憩を取ることになる。
「理花、ちょっと運ぶの手伝って!」
そらくんの呼びかけにわたしは台所に行く。
板張りのすっきりした台所には、二人がけの小さなテーブルが置いてある。
その上にはふわふわのシフォンケーキが置いてあった。
ぷうん、となんだかいい匂いがする。
「うわあ、おいしそう!」
「紅茶のシフォンケーキだって」
「え、そらくんが作ったの!?」
「いや、これは叶さんからの差し入れ」
「そうなんだ?」
叶さんが作ったおやつ?
珍しいなって思ってると、そらくんはちょっと疲れた様子で言った。
「それがさあ、じいちゃんに課題出されちまってさ! 卵白を大量消費しなくちゃいけなくて。ほら、前にカスタードクリーム作ったときに余ったやつとか。あ、このシフォンケーキは叶さんが卵白減らすの手伝ってくれたんだけど──」
事情を聞いてわたしはがっくりしてしまう。
そ、そうだ。
そういえば卵白、確かにいっぱい余ってた! もったいないなって冷凍庫に入れてたの忘れてた!
「夏休み中になんとかしないとまずくって、レシピ考えてるとこ」
そらくんは遠い目になっている。
山積みの宿題、それからおじいちゃんの課題、さらに自由研究もやろうってなると時間がいくらあっても足りない気がする!
「それでも、自由研究をコンテストに出すの?」
「うん」
そらくんはしっかりとうなずく。
「でも……大丈夫?」
「まぁ、なんとかしてみせるって!」
そらくんは切り分けたケーキを持って座敷に戻る。
「さっきの自由研究の本、見せてもらおうぜ!」
わたしもそれを手伝う。
するとテーブルの上には、ななちゃんのお兄ちゃんの自由研究の本が広げてあった。
「これにしよっかな」
「じゃあ、わたしはこれ!」
わいわいと声をあげる輪の中に、わたしも入ろうとする。
だけど、ふと隣のテーブルを見るとシュウくんが一人でノートを広げていた。
「シュウくんは見ないの?」
「僕はもうテーマが決まってるし」
中には植物の写真がいっぱい貼ってある。
「それ、何? 写真がいっぱい」
わたしがたずねると、シュウくんはにっこり笑った。
「去年の自由研究ノート。去年は家の近くにある林の中の植物の写真を集めて、オリジナルの図鑑にしたんだ」
「わぁ、すごい!」
「で、今年はキャンプ中に自由研究をやるつもりなんだけど。さっきの話の続きだけど、理花ちゃん、ほんとに一緒にやらない?」
「えっ?」
「僕、結構あちこち引っ越ししてきてるんだけど、今回はじめて東の方に来たから、見たことのない植物とかもあるんじゃないかなって思って。比べてみようと思ってるんだ」
「うわあ……すごいね」
そっか。キャンプで森に行ったら、きっといろんな植物も生えてるよね。
社会で習ったけど、日本の中でも寒い北海道から暑い沖縄まで気候がさまざまだ。だから、生えてる植物もちがうかもしれないんだ。
面白そうなテーマにワクワクしてしまう。
だけど……。
「ごめん、やっぱり自分で考えないとダメかなって」
これって、シュウくんの研究であって、わたしのじゃない気がしたんだ。
シュウくんは苦笑いをしてうなずく。
「ま、そう言われる気がしてた。でもあんまり時間ないけど、テーマとかどうするの?」
「うーん……」
もう一度自由研究の本を見せてもらう。
だけどなんとなくピンとこなかった。
パパとやった実験で使った本には、実験方法までは書いていなかった。
たとえばもやしの実験では、『もやしを育ててみよう!』っていう実験のネタが書いてあるだけ。どんなふうに育てるのかは自分たちで考えたんだ。
だけどこの本には、「実験手順」さらには「結果」までていねいに書いてあって、なんだかあんまりワクワクしない。
それに……本の手順通りにやったことだと、自分の研究だって胸を張って言えない気もする……。
でも、どうしよっかな。シュウくんが言う通り、じっくりやるには時間がない。
テーマ、テーマかぁ。
悩んでいると、パパに言われたことを思い出した。
そうだ、確か「身近なナゾ」に注目するといいって言ってた気がする。
「身近な、ナゾかぁ」
わたしはつぶやいてみる。
だけど、なかなかいい考えは思い浮かばなかったんだ。
5 ここは虫の宝庫
キャンプ当日は、朝からジリジリと日差しが強かった。
真夏日になるって天気予報にドキドキしながら、わたしたちは大きなリュックサックを背負ってバスに乗り込んだ。
「そらくん、桔平くん、なな、宿題終わったの?」
席に座るなりゆりちゃんがたずねると、「もっちろん!」と全員がニイッと笑みを浮かべた。
え、あれだけの量、本当に? すごい!
わたしは思わずそらくんをじっと見る。
あの勉強会の日、確かプリントは半分終わったって言ってたけど、まだ漢字ドリルも計算ドリルも真っ白だったはずなのに。
だけどそらくんはわたしの方を見ようとしない。
あれ? そらくんってこういうとき、気がつくタイプなのに。
なんとなく……だけど、目を合わせないようにしているようなフシゼンな感じがした。
んん? 本当に、大丈夫かな……?
わいわいと騒ぎながら、バスに揺られてキャンプ場まで一時間。
着いたキャンプ場は森の中にあるだけあって、木陰がたくさんで家の近所よりはずいぶんと涼しかった。
だけど蚊がすごい!
虫除けはしてきたけれど、それでもブウンという羽音にドキドキしてしまう。
「こいつら餌が来たって思ってるぞ!」
ボランティアのお兄さんがニコニコ笑っているけど、笑い事じゃない~!
「かゆい! さっそくやられた~!」
そらくんがほっぺをかいている。
見るとほっぺがぷっくりと腫れている。うわあ、かゆそう!
「そ、そらくん、薬あるよ!」
塗り薬を手渡すとそらくんは「サンキュ!」と言って、ニコッと笑った。
その笑顔が木漏れ日みたいにキラキラで、どきんとする。
思わず固まっていると、
「そらくんって、やっぱりかっこいいね……!」
と、ささやくような声が後ろから聞こえる。
ギョッとして振り返ると、その声の主は──。
ゆ、ゆりちゃん!???
か、かっこいいって──。
あれ? こ、この間、一緒にフルーツ寒天作ったときには、好きかどうかわからなくなったとか、言ってなかったっけ?
あ! 気が、変わった!?
もしかして……まだそらくんをねらってる????
だ、だとするといろいろとタイヘンなコトにならない!?
わたしが口をパクパクして、しばらく言葉を失っていると、ゆりちゃんはたまらないといった様子でふきだした。
「理花ちゃんって、ほんと、メチャクチャカワイイよね……」
ああああ! もしかして、からかわれた!?
う、うわああ、すごく動揺しちゃったよ! 恥ずかしい!
「も、もう! ゆりちゃんったら!!」
「ごめーん!」
「ほらほら、ふざけてないで荷物を持って。コテージに向かうよ」
ボランティアのお兄さんが遮って、ようやく会話が終わった。わたしはホッとする。
コテージに向かっていると、
「あ!」
シュウくんが一人やぶの方へと駆けていく。
シュウくんの手にはいつの間にか虫取り網が握られていたけど、え、網とかどうやって持ってきたんだろ!?
「どうしたんだろ」
みんなで追う。すると、シュウくんは一本の大きな木の前で立ち止まった。
その木はコナラの木。その樹液はとある虫の大好物だ。
あ! もしかして!
思わず駆け寄ると、シュウくんはわたしをチラッと振り返った後、木を軽く蹴った。
わたしは耳を澄ます。
何かが落ちる小さな音を聞きつけると、地面を見回す。地面にはたくさんのクワガタムシが落ちていた。
「うわああ、メッチャたくさんいる!」
クワガタって、鳥が天敵だから、木を叩くと鳥が来たかと思って逃げるために木から落ちるんだ。
シュウくんは今、それを利用したんだ。
「すごいな、ここ!」
シュウくんはどんどんクワガタを拾っていく。
「コクワガタ、オオクワガタに……、うわ、ミヤマクワガタだ!」
普段大人っぽいけど、今は珍しくうれしそう。
こんな顔をしてると、おんなじ歳だって思い出す。
足元を見ると確かに何匹も落ちている。しかも大きい!
ウキウキしていると、
「うわぁ……! なんだこの虫! 蚊か!? ついてくる! キモ!」
と、後ろから大きな声が聞こえた。
振り返ると、桔平くんが頭の上にいる小さな虫を、帽子で必死に振り払っている。
わたしはじっと観察して「ユスリカだから大丈夫だよ」と教えてあげる。
名前に『カ』って入ってるけど、ハエの仲間だから刺したりしないんだ。
よく人の頭の上で群れになってるのを見かける。
ついてくるから不思議で一回調べてみたんだけど、高いところが好きなんだって。
「よく知ってんなあ……」
桔平くんが感心すると、
「理花は理科が得意だからな!」
そらくんがうれしそうに言う。
「だからなんでそらがドヤ顔なんだよ」
桔平くんは苦笑い。
だけど安全な虫だって知ったからかちょっと安心したみたいで、帽子を振り回すのはやめた。
「蜂とかもメッチャいそう……」
恐々といった様子で、キョロキョロ周りを見回す桔平くん。
そこにシュウくんがクワガタを両手に摑んで戻ってくると、桔平くんはちょっとげんなりした顔をした。
「それゴキブリと何がちがうわけ……」
「ご!? ──って、そういうこと言わないの! そんなふうに見えちゃうでしょ!」
ゆりちゃんがムウッと口を尖らせる。
「けど、似てるじゃん!」
まぁ、ママもおんなじこと言うもんね。
どこがちがうかって言われると、形とか色とか動きとか。
色々ちがうんだけど、キライな人には伝わらないんだよね。こういうの。
にんじんがキライな子に、にんじんのおいしさを力説しても伝わらないのと一緒だと思う。
シュウくんは桔平くんの嫌そうな視線を受けて、クワガタを虫かごにしまう。
だけどそのとき、ゆりちゃんが「ねえ、理花ちゃんはどんな虫が好きなの?」とたずねた。
わたしは目を丸くする。
だってゆりちゃんが虫のこと聞いてくれるなんて。
なんだかすごくうれしくなってしまう。
「わ、わたしは、タマムシとかっ、えっと、トノサマバッタとかが好きなんだけど」
「へええ、タマムシ……実は前に見せてもらったときって、虫ってだけで気持ち悪いって思っちゃって、あんまりよく見なかったんだよね」
「そうなんだ……」
あ、でも気持ちはわかるかも。わたしも好きじゃない虫だったらあんまりじっくり見られないもん。
「タマムシは今、ここにはいなそうなんだけど」
「いつでもいるんじゃないんだ?」
「季節とか場所とかでだいぶんちがうんだ。ここは森で木が多いからやっぱり樹液が餌の虫が多いかな」
「さっき採ってたクワガタとか?」
わたしがうなずいてシュウくんの虫かごを見る。
「見てみる?」
シュウくんが言うと、ゆりちゃんはちょっとひるんだけれど、でもしっかりとうなずいた。
シュウくんはかごからクワガタを出すと、てのひらにのせた。
「ツノがメチャクチャかっこいいと思わない?」
「そう言われてみれば……」
ゆりちゃんとななちゃんは、最初ちょっと抵抗がありそうな感じだったけれど、次第に慣れてきたのかなんとなく体の力を抜いた。
そして、なんと! 指を伸ばしてツノに一瞬触ったのだ!
うわああ! すごい!
「あ、ツルツルしてるしかたいんだ。これなら案外大丈夫、かも! あんまり動かないし!」
ほんの少しの変化だったけれど、うれしくなる。
自分の好きなことをわかってもらうのって、こんなにうれしいんだ!
その勢いで桔平くんを見る。
桔平くんも触ってみないかなって思ったんだ。
だけど桔平くんだけはわたしたちから離れた場所で、興味のなさそうな顔をしていた。
到着したコテージは丸太小屋っぽく造られた大きな建物。
中は男女別の部屋があって、それぞれ二段ベッドがずらりと並んでいた。
壁も丸太小屋風で、照明はランプみたいな形をしている。
なんだか森の小屋にいるみたい!
ウキウキしながら支度をするとみんなで広場に戻る。
するとそらくん、シュウくんはなんだか楽しそうなのに、桔平くんだけがなんだか浮かない顔をしていた。
「どうしたの?」
ゆりちゃんがたずねると、桔平くんの代わりにそらくんが答えた。
「部屋にでかい蜘蛛がいてさ」
シュウくんは肩をすくめる。
「このくらい」
大したことないって顔でそう言うと、指先で3センチくらいの隙間を作る。
「蜘蛛は蜘蛛だろ!? 毒グモだったらどうすんだよ!」
なんとなく感じてたけど、桔平くん、どうやら虫がキライみたい。
ユスリカを嫌がってたし、クワガタにもあんまり近づかなかったり、じっくり見ないようにしたりしてたし。
キャンプはまだ始まったばっかりだけど、大丈夫なのかなぁ。
と心配していると、ボランティアのお兄さんの一人がやってきて桔平くんに声をかけた。
「虫がニガテなのか? 男の子だろう? 情けないなぁ、このキャンプで虫くらい平気になろうな! がんばれ!」
「ちがっ、ニガテじゃなくって──」
ムキになる桔平くんの顔がみるみるうちに赤くなっていく。
あぁ、やっぱり。
だけど、わたしはなんだかお腹のあたりがもやもやしてくる。
だって。
……情けない?
男の子だから?
頭の中にパッと思い浮かぶのは、昔のゆりちゃんの言葉だった。
『虫とか好きなのって男の子みたい』
裏返すと、男の子だったら虫が好きで当然で、ニガテじゃおかしいってこと。
お兄さんがそう言ってるように聞こえて、なんだか悔しくなった。
ともだちにこんな顔をさせられてるのに、黙ってるのが!
「……っ」
だけど相手は大人。反論するのってなんだか怖いなって思う。
っていうか、こういう反対意見って、どういうふうに言ったらちゃんと伝わるんだろう?
ひるんでいると、
「えー、でもおれだって蜘蛛、そんなに得意じゃないけど? 桔平が言うように毒あるヤツだっているしさ。蚊はうざいし、毛虫とかまじでムリ! 見てるだけでかゆい!」
そらくんがカラッと笑ってそう言った。
とたん、キンチョウでガチガチになっていた肩のあたりがふっと楽になって「わ、わたしはっ」と声が出た。
その勢いのまま、そらくんの援護射撃をする。
「わ、わたしは! 虫が大好き! け、毛虫とゴキブリはキライだけど!」
「僕も毛虫と蜂はイヤかな。危険だし」
シュウくんが続き、さらにはゆりちゃんとななちゃんも言った。
「わたし、テントウムシなら、ちょっと好きかも! カワイイし!」
「わたしも、さっきクワガタがちょっと好きになったし! 別にいいじゃん、スキキライなんて個人差あるし!」
次々に言われて、ボランティアのお兄さんはタジタジとあわてた。そして、
「そ、そう、だな。あ、そういえば用事があったんだ!」
と言って逃げるようにコテージの方へと向かった。
うつむいていた桔平くんが、目を見開いてみんなを見回す。
そして、「みんな、ありがとな……」とちょっと恥ずかしそうに笑った。
その顔を見て、勇気を出せてよかったって思った。
だって、桔平くんがわたしみたいになっちゃったかもしれないから。
反論って怖いけど、大事なときにはちゃんとしないとだめだって思ったんだ。
6 おたのしみはバーベキュー
夕食はバーベキューだった。
このサマーキャンプの目的は、いろんなことにチャレンジすること。
だから自分たちで全部準備をしなくちゃいけなくって、それぞれ役割が決められた。
例によって自然と器用組と不器用組に分かれることになってしまって、そらくんとゆりちゃんとななちゃんがバーベキューの下ごしらえ。
桔平くんは燃料の準備、シュウくんはかまどの準備、わたしはごはんを炊く係になって、分かれてしまう。
うーん……またこの展開……。しょうがないけど残念だ……。
わたしは水道のところに行くと、お米をはんごうの中で洗うことにする。
水は井戸水らしくって、すごく冷たくて気持ちがいい。
白く濁っていた水が透明に近づくまで洗って、水の量を調節する。
全員分だから結構な量だ。同じく係になった子たちと手分けをしてやる。
その間に桔平くんは炭と薪を運んでいる。
どうやらバーベキュー用の火は炭を使って、ごはんは薪を使うことになっているみたい。
かまどの前には薪、バーベキューのテーブルのところに炭が置かれていく。
薪の方が重いみたいでみんなが苦戦していると、桔平くんがひょいと軽々と持ち上げて、どんどん運んでいく。
「え、それメチャクチャ重くない!?」
「こんなの軽い軽い!」
いつもはお調子者な感じの桔平くんだけど、なんだかすごく頼もしく見える。
うわあ、なんか、意外な一面を見た!
「まず炭や薪に火を点けてみるぞー! 工夫してやってみよう! 火傷には注意だぞ!」
燃やすものが揃ったら、火の担当のボランティアのお兄さんが声をかける。
次は火熾し。
道具はマッチと炭、薪だけなんだけど、炭や薪に直接火をつけてもすぐに消えてしまう。
「わあ、また消えた!」
みんなが苦戦する中、担当のシュウくんが茂みに行く。そして枯れた葉っぱを腕いっぱいに拾ってきた。
それはギザギザの杉の葉。
火をつけるとぱちぱちと音を立てて大きな炎が上がる。
「すごい……!」
「杉の葉には油が入ってるからよく燃える。火を熾すときにはいいんだ」
すごい! シュウくん、植物にも詳しいんだ!
「シュウ、おまえやっぱ物知りだな!」
桔平くんも感心する。と同時に、まわりの子たちも葉っぱを拾って集まってきた。
「この葉っぱは燃える?」
「燃えるけどすぐ灰になるから、着火にはあんまり向いてないかも」
シュウくんは優しく答えてあげている。
それを聞いて他の学校の子たちも次々に質問にくる。
「うわぁ、すごい……あの男の子!」
そんな声が聞こえて、シュウくんのことかな? と振り返る。だけどそこではそらくんが大活躍していた。
慣れた手つきでどんどん野菜を切っていて、速い上に大きさがほとんどおんなじ。
あれ、わたしがやったらきっとバラバラになっちゃうと思う!
すごいなぁと見惚れていると、「理花ちゃん、ごはん、もう火にかけられるよ」と声がした。
額に汗をかいたシュウくんが、かまどを指さす。
薪が大きな炎をあげて赤々と燃えている。
完全に火が熾っている。こっちもすごい!
適材適所っていう言葉は、こういうときに使うんだなって思ってしまう。
わたしははんごうを運ぶと網の上に置く。
しばらくじっと待っていると、はんごうの蓋の隙間から泡がぷくぷくと溢れてきた。
「蓋が外れないように重石を置くぞ!」
お兄さんが軍手をして、こぶしくらいのサイズの石を置いていく。
「ここからいい匂いがするまでまた待つ!」
しばらくすると吹きこぼれる泡がなくなってきて、お兄さんの言う通りにちょっと香ばしい匂いがしてきた。
わああ、おいしそうな匂い! お腹空いた!
「ここで火から外す」
「出来上がり?」
「いいや、ここが重要なんだけど、あと十分蒸らす! さてどうしてでしょう?」
『どうして』
その言葉がなぜか耳に残る。だけどすぐに思い出す。
そうだ。身近なナゾ!
パパが言ってたんだ。『なんで』『どうして』に研究の種がつまってるって。
気になって、ちょっと考えてみる。
お菓子作りのときにもオーブンから出してから待つことがあるし。
「……余熱で火を通すため?」
ひっそりつぶやくとお兄さんが「余熱とかよく知ってるなぁ!」と笑った。
注目されてちょっと恥ずかしくなってしまう。
「そういう理由もあるけれど、ごはんを蒸らすのは中の水蒸気を、ごはんの粒に吸収させるためって言われてるかな。だからふっくらしておいしくなるんだ」
へええ! 面白い!
聞いていると料理ってやっぱり理科に似てるなって思えて、ワクワクしてしまう。
あ、それから──『どうして』だ。
自由研究、こういうのを調べてもおもしろいかも。
でも、ごはんじゃ究極のお菓子作りに結びつかないような気も……。
後でそらくんと相談してみようかな。
ごはんが炊けると同時に、バーベキューが始まった。
そらくん、桔平くん、シュウくん、ゆりちゃん、ななちゃん、そしてわたし。それから他の学校の女の子が四人で大きなテーブルを囲む。
テーブルはバーベキュー専用で、中央には網と炭を置く場所があった。
桔平くんが火をつけてくれた炭が赤々と燃えている。上に置かれた網にお肉をどんどんのせると、じゅうじゅうという音があたりに響いていく。
そらくんたちが切ったキャベツやピーマンやにんじん、かぼちゃやとうもろこしなどの野菜も並べられて、色とりどりですごくおいしそうだ。
「肉の焼ける匂いって最高だよな……」
トングをもったそらくんがわたしのお皿にお肉をのせてくれる。そうして自分のお皿にものせながら隣に座った。
「おいしそうだよね……」
わたしはうなずいた。
お皿の上のお肉は網の焼き色が付いていて、それがまたすごく食欲をそそった。
ほんと、すごくおいしそう!
お肉が行き渡るとみんなで一斉に言う。
「「いっただっきまーす!」」
口に入れると香ばしい匂いが広がる。
ああ、おいしい!
ほっぺが落ちそう!
そらくんはあっという間にお肉を食べ終わると、今度はまめまめしくみんなのお皿に野菜を配ってまわる。
「そらくん、替わるよ! 食べられないでしょ」
わたしが言うと、そらくんはニカッと笑う。
「おれ、こういうの好きだから大丈夫!」
すごいなぁと感心してしまう。
他校の女の子たちもちょっと恥ずかしそうにしながらもうれしそうだ。ひそひそと耳打ちをしている子もいる。
あの子、かっこいいよね。
女の子たちの口がそう動いた気がしたとたん、誇らしさと同時に、何とも言えない苦しさが湧き上がる。
え、なに、この気持ち。
とまどったとき、網を挟んで前に座っていた桔平くんが突っ込んだ。
「っていうか、そら、おまえ、肉ばっか取ってんじゃん! もしかして野菜食べたくないからじゃないの?」
「──バレたか! おれ、ピーマンニガテ!」
とたん、笑い声でその場が沸き、わたしの中のもやもやが少し和らいだ。
気を取り直して野菜を食べる。
とうもろこしも焦げ目がついていて、そこがちょっとだけ苦くって、だけどおいしい。かぼちゃもピーマンも火が通るとすごく甘くなる。不思議。
ぐるりと配って回って戻ってきたそらくんが、かぼちゃを頰張りながら言う。
「バーベキューって、ほんとメチャクチャうまいよな!」
「家で焼くのとぜんぜんちがうよね……!」
「それに、このごはんもメチャクチャうまい! この『おこげ』とか炊飯器じゃできないしさ~。どうしてこんなにちがうんだろな」
あ、また『どうして』。──研究の種だ!
そう思っていると、またお肉がお皿にのせられた。
いい匂いが鼻に届くと、ついついそちらに気持ちが移ってしまう。
お肉! おいしい!
そうしてお肉と野菜でお腹がいっぱいになったころ、最後のメニューが運ばれてきた。
「ほら、とっておきのデザートだよ!」
「わああ、マシュマロだ!」
高い声が上がる。
え、マシュマロ? なんで?
不思議に思っていると、
「こうするんだ」
お兄さんがまず最初に焼き方を教えてくれる。
それを見ながら、向かい側に座っていたななちゃんがワクワクした顔で言う。
「焼きマシュマロだよぉ、キャンプではいつも食べてるんだけど、焼くと甘くってすごくおいしいよ!」
へえ! 焼くとおいしくなるって初めて知った!
「菓子のことなら任せてくれ!」
そらくんが一番乗りで串にマシュマロを刺す。
網を外し、炭火の近くでてばやく炙る。
何人かがそらくんの真似をして炉の周りに集まった。
そんな中、くるくるといい感じで串をまわすそらくんは、特別に手慣れているように見える。
一回見ただけなのに。やっぱりパティシエの才能を感じるなあ……。
そんなふうに感心していると甘い匂いが漂ってくる。うわあ、いい匂い!
「理花、ほら」
そらくんは焼けたマシュマロをわたしに差し出した。
これ、わたしのために焼いてくれた、の?
そう思ったとたん、どきんと胸が跳ねた気がした。
「え、いいの?」
そらくんはうなずくとにっこり笑った。
なんだか急激にうれしくなる。
わたしだけに、特別に焼いてくれたような気がしてしまったのだ。
そ、そんなわけない、ってば!
ドキドキしながら口に入れて、わたしは目を丸くする。
外はカリッとしているのに、中はとろっとしているのが絶品!
うわああ、おいしい!
感動して、ありがとうって伝えたくて、顔を上げたわたしだったけれど、直後ぴきんと固まってしまった。
そらくんが他校の女子にマシュマロを渡しているところだったのだ。
な、なあんだ。
天にも昇りそうな気分が、シュルシュルとしぼんでいく。
そらくんって、やっぱり誰にでもやさしいんだな……。
そ、そうだよね。わたしだけにやさしいはずないじゃない!
前から知ってたことなのに、なんだか心の真ん中に穴が空いたみたいな気分になってしまう。
「あの男の子、さっきもお肉配ってくれたよね?」
「かっこいいし、性格もいいの? パーフェクトじゃん!」
「名前なんていうんだろ?」
「どこの学校の子?」
ひそひそとささやき声が聞こえてくる。
誰のことを話してるかなんて、すぐにわかっちゃうよ。
わたしはマシュマロの残りを口に入れる。
甘いはずなのに、おいしいはずなのに。
なんでだろう、……すごく苦く感じるのが不思議だった。
7 夜は恋バナ!?
キャンプファイヤーの周りで歌ったり踊ったりして盛り上がった後は、みんなでコテージに戻った。
順番にシャワーを使って部屋に戻る。
午後九時には消灯だ。さっき見回りのボランティアのお姉さんがやってきて、みんながベッドに入ってるかを確かめていった。
わたしがあてがわれたのは二段ベッドの上の段だ。電気が消されたときは目が慣れなくって見えなかった天井の模様が今はもう見える。
あー、思ったより疲れちゃった!
暗くなるとなんとなく眠気が襲ってくる。
だけど、
「理花ちゃん!」
ゆりちゃんの声にパッと目をあける。見るとゆりちゃんがベッドの階段を登ってきていて、わたしをのぞき込んでいた。
「理花ちゃん、寝ちゃうとかもったいないよ!」
ひそひそと言われる。
「で、でももう寝る時間だよ?」
「夜にしかできないような話しようよ~」
「夜にしかできない話?」
「恋バナに決まってるじゃん!」
ななちゃんもひょっこり顔を出す。
「こ、コイバナ!?」
「みんなしてるよぉ?」
思わず起き上がって見回してみると、他校の子もともだちのベッドに移ってひそひそと小声で話をしている。
うわあ、寝ようとしてたのってわたしだけ!?
ちょっと恥ずかしくなっていると、ゆりちゃんがベッドの上に登り切った。続けてななちゃんも。
「せっかくだから話しようよ。こういうのって学校じゃあんまり話せないじゃん!」
ななちゃんがいたずらっぽく言う。ゆりちゃんも意味ありげにうなずいた。
「で、でも」
何を話していいやら。
と思ってもごもごしていると、ゆりちゃんが小さな声でクスリと笑う。
「ななはずっと桔平くんなんだよね」
えっ、とびっくりしていると、ななちゃんがため息をついた。
「幼馴染みだし気が合うからね。でもあいつわたしのことデカ女とか、おまえにはカワイイ服は似合わないとか言ってバカにするじゃん? 一言多いのがほんとムカつくんだよぉ! あれさえなければいいのに!」
憤慨するななちゃん。
そうなのかぁ! と新情報にびっくりしていると、
「それでゆりは? まだそらくん? メンクイだもんね、ゆりは」
と話が変わったので思わず固まっちゃう。
「んー……そらくんはねえ、たしかにかっこいいとは思ってるけど、今はもう見てるだけで十分かも。アイドルとかに憧れるのと似てるっていうか、やっぱり、好きっていうのとはちがうかなって……」
そう言うとゆりちゃんがわたしを見てニヤニヤする。
あ、この笑い方するってことは……!
「理花ちゃんは? そらくんのことかっこいいって思ってるんでしょ~?」
きた!
話を振られてあわてる。
「お、思ってるけど、それはなんていうか」
自分の心に問いかける。
わたし、前からそらくんのことかっこいいって思ってたし、憧れてもいた。
だけど一緒にお菓子作りをし始めてからは……ちょっとだけ、その気持ちが変わったような気もしている。
だってそらくんが、かっこいいだけじゃないって知ったから。
結構そそっかしいし、ガンコだし、急に突っ走るし。
だけど心が強くって、前向きで、カンタンにはあきらめない。
そういうそらくんを尊敬してるし、大好きだし、一緒にいて楽しい。
「ともだちとして、スキ、なんだよ」
それが一番近い気持ちだった。
だけど──ちょっとだけ、ちがうかも。
自分の言葉の違和感に引っかかっていると、
「このキャンプさぁ、参加してる男の子のレベル、チョー高くない?」
という華やいだ声が聞こえてきた。
三人で息を吞むと、思わず耳をそばだてる。
「火の担当だった子、どっちもかっこよかったよね」
シュウくんと桔平くんだ、とすぐに思い当たる。二人とも大活躍だったし。
見ると、ななちゃんが目を丸くして固まっている。
暗くてわからないけど、なんとなく青ざめて見える。
「あー、どっちもタイプちがうけどかっこよかった! 一人はメッチャ頭良さそうだし、一人はすごく力持ちで、スポーツ得意そうだったし」
「わたしは、あの子、野菜切ってた子が好み! メッチャさわやかでイケメンだったよね……」
どきん!
「わたし焼きマシュマロもらったよ!」
「顔がかっこいいだけじゃなかったよね、やさしいし!」
「学校どこなのかな、近くだといいよね」
「このままお別れとか寂しいから、連絡先聞いちゃおうかな!」
「いっそ告っちゃったら?」
きゃあっと高い声が耳に忍び込んできて、わたしはビクッとしてしまう。
えっ、今のって。
こ、告るって、それってつまりつきあってほしいって言うってこと?
固まっていると、ななちゃんが小さくため息をつく。
「そらくん、誰にでもやさしいからねぇ……まったく罪な男だ!」
ななちゃんはアハハと笑うけれど、わたしは顔をひきつらせるだけ。
「……理花ちゃん、大丈夫?」
ゆりちゃんが心配そうにのぞき込み、わたしはぎくりとする。
「イヤ、だって、ただのともだちだし」
でも、ただのともだちだったら、こんな風に不安になるかな?
想像してみる。
たとえば。
たとえばだけど、そらくんがあの子たちの誰かとつきあったりするとしたら。
そらくんに《特別》な子ができてしまうってことになる。
となると、きっと今までみたいに一緒に実験とか出来なくなるよね?
隣に、いられなくなるよね?
……それは……すごく、イヤだって思った。
だからといってわたし、別にそらくんとつきあいたいとか思ってるわけじゃなくって。
一緒に実験したりできる《このまま》がずっと続けばいいなって、思ってるだけで。
「理花ちゃん、大丈夫だよ。そらくん超絶ニブいし」
ゆりちゃんが励ますように明るく言う。
あぁ、落ち込んで見えちゃった!?
「だ、大丈夫って、ちがうよ、わたしべつにそらくんのことそんなんじゃないし。と、トモダチだし!」
ゆりちゃん、ゴカイしてるってば!
「そうだよ、大丈夫だよ!」
ななちゃんも、わたしの反論なんか聞かなかったみたいに笑い飛ばす。
わわっ、これはわたしがそらくんが好きだって、完全にゴカイされてる!
「だ、だから、ちがうって!」
わたしが思わず布団を頭からかぶると、ゆりちゃんが布団の上でクスクス笑った。
「理花ちゃんって、恥ずかしがり屋だよね~!」
「ね~!」
ななちゃんも笑うと「あ、そうだ!」と思い出したように言った。
「わたし、『そらくんに告白したけどわかってもらえなかった~』って言ってた子知ってるんだよ!」
「え、なにそれ、初耳! なな、聞かせて!」
「それが、隣のクラスの子で──」
え、やっぱり告白とかされてたんだ!? しかもわかってもらえなかった!?
話が気になりながらも、布団から顔を出せないわたしを、
「だーかーらー、ゼッタイ大丈夫だって!」
ななちゃんとゆりちゃんが布団の上から励ましてくれる。
だけど。
そらくんに誰か《特別》な子ができる。
そう考えると、どうしてもすごく落ち着かない気持ちになってしまうのだった。
8 これぞ身近なナゾ
「クシュン!」
あくる朝。わたしは自分の大きなくしゃみで目を覚ます。
「あー……」
ベッドの上にはゆりちゃんとななちゃんがいて、わたしの布団をかぶってすやすや眠っていた。
あのまま寝ちゃったみたいだ。
二人のむぼうびな寝顔を見ていると、なんだか笑い出したくなってきた。
なんだかんだで、楽しかった、かも。
でも、寝冷えしちゃったかな? 森の中だと明け方は冷えるみたい。
ちょっと喉が痛い。
洟をすすりながら起きると、部屋にいた他の子もノロノロと起き出していた。
時計を見るともう六時半。キャンプのしおりに書いてあった起床時間だ。
「ゆりちゃん、ななちゃん」
声をかけると二人とも起きる。そしてわたしを見るなり、ななちゃんが笑う。
「理花ちゃん、寝癖すごいよ!」
「え!」
頭を押さえるけれど、そう言ったななちゃんにも寝癖がついていて笑ってしまう。
なんだかキョリが縮まったみたいでくすぐったい。
夜の打ち明け話が良かったのかな。
お互いのヒミツを分け合うと、なんだか親近感がグッと湧くみたい。
そんなことを考えながら、顔を洗いに洗面所へ向かう。
そしてバッタリであった男子三人組にみんなギョッとする。
あ、洗面所は共同なんだ!?
「おはよ!」
そらくんはパッと笑みを浮かべる。
うん、朝から元気いっぱいだ。
いつもどおりのその顔を見ていると、昨日の悩みなんてまだまだずっと先のことのような気がしてきた。
「なな、すげえ寝癖!」
桔平くんがさっそくななちゃんをからかうと、ななちゃんも桔平くんの頭を指さして、
「あんたこそ大爆発じゃん!」
とやりあう。
わたしは跳ねているあたりの髪を押さえて、そらくんとシュウくんをチラリと見る。
だけど二人とも、ところどころぴょんぴょん髪が跳ねていてお互い様だった。
シュウくんは、ぼんやりしていてなんとなく元気がない。
「朝、弱いの?」
ひっそり聞いてみると、
「こいつらがうるさくて眠れなかったんだよ」
シュウくんはうんざりした顔でつぶやいた。
どんな話したんだろうなって思う。
まさか、恋バナ……とか?
ヒヤリとしたとき、
「だってこういうところに来たら、まくら投げに決まってんじゃん!」
そらくんがえへん、と胸を張ると、シュウくんがため息をついた。
「サッカーになってたけど。僕まで一緒に怒られて散々だ」
そらくんらしいな、と思ってホッとする。
「サッカー!? えー、楽しそう! 一緒にやりたかった!」
ななちゃんが羨ましそうに言うのがカワイくて、クスクス笑う。
するとそらくんが眉をひそめた。
「あれ、理花、声が変じゃね?」
「え、そっかな?」
「そういえば──、あ、わたしたちが一緒に寝たから!?」
ゆりちゃんがどうしようって顔になる。わたしはあわてる。
「ちがうって! お布団を蹴っ飛ばしちゃっただけだよ」
あえて軽く言うと、二人はホッとした顔になる。
「あ、のど飴あるから後であげるね! クスリっぽくないおいしいやつ!」
ゆりちゃんが言う。
「ありがと!」
ふと見ると、そらくんと桔平くんがちょっとおどろいたような顔でこっちを見ていた。
あ、そうだよね。
ゆりちゃんはみぃちゃん、ななちゃんといつも一緒にいるし、わたしとこんなふうに仲良くしてるのって見たことないだろうから。
あのね、わたしたち、すごく仲良くなれたんだよ!
一緒にお菓子を作ったりもしたんだよ!
誇らしくなって、にっこり笑って見ると、そらくんもクスリと笑ってくれる。
その顔が「よかったな!」って言ってるみたいで、うれしくなった。
午前中の自由時間は、みんなでドッジボールをした。
ただ、シュウくんだけはやることがあるからって、一人森で何か作業をしていたんだ。
楽しい時間はあっという間に過ぎ、帰りのバスの中。
バスの座席は、一番後ろの長い席に、わたしとゆりちゃんとななちゃんが並んで座った。
ななちゃんは車酔いしやすいから窓際で。わたしは平気だから真ん中の席。
そしてわたしから一つ空けた席にシュウくんが一人で、その前の二人席にはそらくんと桔平くんが並んで座っていた。
桔平くんが窓側。やっぱり少し車酔いしやすいんだって。
そらくんたちは、お菓子を食べて楽しそうにおしゃべりしている。
「だーかーらー、野球のほうがテレビ中継多いじゃん! 甲子園だって春と夏で年二回だぞ」
「サッカーだって、正月に放送あるし! それって人気だからだろ。ゼッタイ、サッカーの勝ちだって!」
どうやら野球とサッカーどっちが人気かって話をしてるみたいだけど、決着つくのかな、それって。
ふと隣を見ると、窓際のシュウくんは、一人デジタルカメラのディスプレイを見てうれしそうだ。
「なにを撮ったの?」
たずねるとシュウくんはひょいひょいと手招きする。
シュウくん側に席を移動すると、カメラを見せてくれた。
ディスプレイには、いろんな樹木の写真が表示されている。
「わ、これ植物の写真だ!」
「自由研究で使うんだ。これを印刷して、説明文をつけたら終わりかな。去年の続きで図鑑風にするつもり」
「わー、すごい! ってことはこれで宿題全部終わりじゃない!?」
みんなが遊んでたときに、そんなことしてたんだ!
「一緒にやったら、理花ちゃんの宿題もすぐに終わるよ? だから手伝ってよ」
ささやき声にどきりとしたとき、そらくんと桔平くんが前の座席から顔を出した。
「自由研究終わったってまじ!? 宿題コンプリート一番乗りじゃん!」
そらくんが目を丸くしたあと、
「さっすが秀才のシュウ」
石橋脩のシュウはシュウサイのシュウ~♪ と桔平くんが歌うように言う。
字はちがうけどたしかに……と思っていると、桔平くんはふとわたしを見てニヤリと笑った。
「……おなじく秀才の佐々木理花さんとは、お似合いですねえ!」
わあああああ! また、なんてこと言うの! しかもそらくんの前で!
──って、もしかしてさっきのシュウくんの声、聞こえてた!?
あせってそらくんを見ようとしたとき、ゆりちゃんが横から叱る。
「桔平くん! だーかーら、理花ちゃんをからかうのやめて!」
桔平くんはちょっとあせった顔。だけど直後、
「こら! ほんとあんた一言多いよ! そのうちともだちなくすよ!」
ななちゃんに叱られると、ベーと舌を出して前の座席に引っ込んだ。
一緒にそらくんも前の座席に引っ込んだけど、うぅ……反応が気になる!
シートの隙間から、ちらりとのぞき見ると、そらくんはなんとなくフキゲンそうに見えた。
わたしはなんとなくもやもやしながら自分の席に戻る。
ため息が出る。
「どうしたの?」
ゆりちゃんが心配そう。
ななちゃんも「桔平の言うことなんて気にしなくていいからね!」と励ましてくれる。
あ、もしかして落ち込んだ顔をしている?
楽しい時間を壊すのが申し訳なくって、わたしは話題を探した。
「ち、ちがうよ、わたしは自由研究のテーマ、決まらなかったなって思ってただけ!」
「うわあ! イヤなこと思い出させないで!」
ななちゃんが言うのでしまったと思う。
あぁ、話題選び間違えた~!
「じゃあ楽しいこと思い出そう!」
ゆりちゃんが笑い、
「わたしは昨日の夜が楽しかったな!」
さっそくななちゃんが言う。
すると桔平くんが振り返って「おれはまくら投げ!」と会話に加わった。
うわ、さっきななちゃんとやり合ったばっかりなのに! 切り替え早い!
「そらは?」
「おれは……バーベキュー! 肉、山盛り食べたし!」
その顔がいつも通りのそらくんだったので、わたしはすごくホッとしてしまう。
「理花ちゃんの思い出は?」
思い出かぁ。
わたしは少し考えて口にした。
「マシュマロ、かなぁ」
はじめて食べた焼きマシュマロ。すごくおいしかった。
「ほんと、どうして焼いたらあんなにおいしいんだろうね!」
ゆりちゃんが何気なく言ったとき、わたしはハッとする。
『どうして』。
それが、頭の隅っこに残っていた自由研究という言葉にパズルみたいにはまったんだ。
「あ」
『どうして』──まただ! パパの言ってた、研究の種!
しかもこれはお菓子がらみ。ってことはそらくんと一緒に研究できそうじゃない!?
浮かんだアイディアにドキドキしてくる。
そらくんに話しかけようとして、わたしはハッとする。
あ! だめだ! わたしとそらくんが実験してることは、まだ秘密だった!
桔平くんに知られたら、きっとさっきみたいに冷やかされちゃうよ~~! それは、イヤだ。だけど──。
うずうずしてしまう。どうしても今、伝えたくてしょうがなくなる。
わたしはシュウくんをちらりと見る。
シュウくんはまたカメラに目を落として、何かぶつぶつとつぶやいている。
次に、桔平くん、そしてななちゃんとゆりちゃんに順に目線を向ける。
よし、まだキャンプの思い出話に夢中でこっちを見てない!
みんなが見ていないうちに──!
「そらくん」
ひそひそと呼びかけると、そらくんは意外そうな顔でわたしを見た。
「どうした?」
「マシュマロって、自由研究のテーマにできるかもって思って」
急いで言うと、そらくんの目がきらりと輝いた。
「『マシュマロを焼いたらどうしておいしいのか』だよ!」
「あ!」
「そらくん、まだ自由研究のテーマ決まってなかったよね? これ、お菓子作りに関係してるし……この研究が、もしかしたら《究極の菓子》につながるかもしれないし」
それに、『後半にいっぱい菓子作りをやろうな』って約束してたし!
「一石二鳥だよね?」
一石三鳥って言っていいくらいかも!
「だから、一緒にやらない?」
周りを気にしたからすごく小さな声になったけど、そらくんには伝わったみたいだった。
そらくんは力強くうなずく。
やった……! これで、そらくんと自由研究ができるよ!!
その後すぐにバスは解散場所の駅に到着した。
みんな家族が迎えに来ていて、それぞれの家に向かう帰り道。隣にやってきたそらくんがニッと笑う。そしてこそっとささやいた。
「お菓子作り×科学なら、コンテストも入賞狙えるかもな!」
「……入賞?」
入賞……ってなに!?
ワクワクした顔のそらくんはうなずく。そして前を行くシュウくんの背中をちらりと見るとさらに付け加えた。
「シュウにも勝てるかも! もしかしたら一石二鳥どころか、一石三鳥かもな!」
わたしは目を丸くする。
なぜか勝負ごと、そしておおごとになっていて、びっくりしてしまったのだ。
え、わたしそんなつもりじゃ。
たしかにコンテストに出すって言ってたけど。
ただ、今までみたいに、そらくんと一緒にお菓子の研究をしたいだけだったのに!
究極の実験、やりたかっただけなのに!
目標が大きくちがっていることにとまどってしまう。
けれどそらくんが「ゼッタイにシュウに勝とうな!」と張り切っているのを見ると、なんとなく自分の気持ちを言い出せなくなっちゃったんだ。
9 おうちで焼きマシュマロ!
次の日、そらくんは大きなリュックサックを背負ってわたしの家の実験室にやってきた。しかも手にはマシュマロの入ったビニール袋まで持っている。
「すごい荷物だね……」
「あれ? 理花、まだ声が少し変じゃね? 鼻声だ」
そらくん、やっぱり意外にするどい。
昨日の寝冷えのせいか、まだちょっとだけ鼻が詰まってる。そしてちょっと喉も腫れてる感じだった。
だけどそこまでひどくないし、心配させたくない。せっかく来てもらったのに、中止にするのも嫌だった。
「大丈夫だよ」
「そっか?」
そらくんはちょっと安心したように笑うと、リュックから道具を出していく。
全部きれいに並べて手を洗うとエプロンをつける。
さあ、焼きマシュマロに挑戦だ!
「だけど……、バーベキューみたいな火はないよね」
ここで火って言えば……と、カセットコンロに目を向ける。
「コンロの火を使うしかないか!」
カセットコンロの火をつけて、フォークに刺して炙ろうとしたものの……。
「うわっ……焦げた!」
え、バーベキューのとき、あれだけ上手に焼いてたのに?
わたしも一つやってみる。
だけど、火に近づけるとシュルシュルと縮んで、あっという間に黒く焦げてしまう。
「ほんとだ! すぐに焦げちゃう~!」
マシュマロは二十個入り。残りのマシュマロは十八個だ。
あんまりムダにできないよ~!
「ガスの火だと、バーベキューと同じようにはいかないっぽい……」
「そういえば、青い炎は赤い炎よりも熱が高いってパパが言ってたけど、そのせいかも」
そらくんはタブレットを取り出すと、検索窓に「家で焼きマシュマロ」と入力した。
そしてすぐに、「トースターで作れるらしいぜ」と目を輝かせた。
うん、それならいけそうだ!
「トースター、持ってくる!」
わたしは家に戻ると、ママにお願いしてトースターを借りてきた。
「あ、うちのとはちがう種類。うちのって温度調整とかない。ダイヤルだけ」
「そうなんだ?」
うちのトースターには一応温度調整機能がついている。だけど、いつも230℃にセットしてあるんだ。
レシピには、アルミホイルにマシュマロを並べて、トースターで五分焼く、と書いてある。
「メッチャカンタンだな!」
わたしはそれをすばやくメモする。
なんたってタブレットの使用時間は三十分だし!
また調べたいことが出てきたときに、時間切れで困りたくないもんね。
マシュマロを四つ入れると、トースター、スイッチオン!
今度こそ上手くいきますように!
そう思いながら、焦がしてしまったマシュマロに目を落とす。
そらくんが「もったいねえし、焦げてないところだけ食べてみる!」と言うと、マシュマロにかじりついた。
「んー、まあまあいける。あ、茶色くなってるとこ、味が変わっててうまい!」
わたしもちょっとだけかじってみる。
だけど鼻が詰まってるせいか、そらくんの言っていることがよくわからなかった。
サクッとしてはいるんだけど、それだけっていうか。
ちん! と音がしてハッとする。
あ、トースターのこと忘れてた!
あわててあけると……。
「うわっ……また焦げ気味じゃね?」
とほほといった様子で、そらくんがうなだれた。
マシュマロのほとんどに黒に近い焦げ色がついている。
しかもコンロのときとちがって、均等に焦げていた。
わたしもがっかりしかける。だけど、
「レシピ通りなのに……どうして」
そらくんの言葉にハッとする。
『どうして』?
あ、これも身近なナゾだ! 研究の種!
そう気づくとがっかりが消えて、代わりにワクワクが湧いてきたんだ。
わたしは焦げたマシュマロをじっと見つめる。
「えっと……焦げるってことは、焼く時間が長かったってことだよね」
パンを焼くときでも、焼きすぎたら焦げちゃうし。
そう思いながらトースターを見てハッとする。
あ、そうか!
「さっき、うちのトースターとそらくんちのトースター、種類がちがうって言ってたよね!? もしかして、レシピを作った人のところともトースターがちがうから、おんなじように焼けないんじゃないかな?」
「あ、そっか。そういや、バーベキューの火と、コンロの火──同じ火でもだいぶん焼け方がちがったよな」
「ひとまず、焼く時間を短くしてみよう」
うなずくと、そらくんは今度は三分にセットする。
そしてトースターから目を離さないまま三分後。
ちん! と音がして、そらくんがアルミホイルごとマシュマロを取り出した。
「うーん」
今度は、マシュマロの表面がわずかに黄色くなっただけ。
そらくんは顔をしかめる。
わたしにフォークに刺したマシュマロを渡すと、自分もマシュマロを口にポイッ。
二人でモグモグと食べるけれど、ちょっと歯ざわりに物足りなさを感じてしまう。サクサクしていなくて、中身もあんまり溶けていない。これだと、焼かないマシュマロとあんまり変わりがない気がする。
感想はそらくんも同じだったみたい。
「うまいけど……もうちょっと焼いた方が良さそう?」
そう言うとそらくんは残りのマシュマロをトースターに戻して、一分だけ目盛りを回した。
そして一分後、ちん、と音がして扉を開けると、
「うわあ!」
こんがりちょうどよい茶色に焦げていた!
「これだ!」
そらくんはマシュマロをフォークで刺すと、口に運ぶ。
「あちっ」
そう言いながらも、おいしそうに頰をゆるめた。
わたしも口に入れる。
サクッとした表面、そしてとろっとした中身。
そしてすごく甘い。だけど──……。
「だんぜんこっちがうまいな……。なんかさ、焼くとなんとなく甘みが増える気がするんだよなぁ。なんでだろ」
モグモグと味わいながらそらくんは言う。
「う、ん」
正直に言うと、わたしにはこの間のバーベキューのときみたいな感動がなかった。
焼いたせいで食感はぜんぜんちがう。だけどそらくんとはちがって、味自体は三分のとあんまり変わらないように思えたんだ。
なんでだろ?
「さっきの三分のやつより甘かった。ゼッタイ!」
そうかなぁ……。
と思いつつも、あいまいにうなずいて反対意見を飲み込んだ。
だって、パティシエの弟子候補のそらくんが言うんだから、きっとそう。味に関してはわたしの意見なんて、必要ないよね?
そう思いながらわたしはふと呟く。
「ってことは、加熱時間で甘さが変わるってこと?」
「あとは、温度もかも。さっきの焦げたやつも、あれはあれでうまかったんだよな」
「ケンショウしてみよう、か」
「何を? どうやって?」
わたしはちょっと考える。
この実験をしようと思った初めのナゾ。それは『マシュマロを焼いたらどうしておいしいのか』ってこと。
それをわかりやすく説明するには──。
「今って、マシュマロの味が変わる原因、を調べたいんだよね? だったら、今やったマシュマロの実験を、もうちょっと細かくやってみるのはどうかな」
「細かく?」
わたしはノートを開くと表を書き始める。
「さっき、五分だと焦げて、三分だったら甘くならなかった。三分焼いたあとに一分焼き直した──四分がちょうど良かった」
ってそらくんが言ってたよね?
「あと、コンロで焼いて焦げたやつも、別のおいしさがあった気がするんだよな」
そらくんは言う。
そのへんについては正直に言うとわからなかったから、そらくんに任せてしまおう、とわたしはたずねる。
「そらくんは甘さが変わったって言ってたけど、四分と焦げたものの甘さってちがった?」
「ん~?」
そらくんは考え込む。
「苦みがあったから余計に甘く感じたのかも?」
わたしはうなずく。そういう細かい部分もちゃんと調べたほうがいい気がする。
「今度は、焼かない──つまり〇分、一分、二分、三分……って感じで、時間を区切って比べてみよう」
わたしは二列の表を作ると、上の段に加熱時間の欄を作る。
〇分、一分、二分、三分、四分……そして焦げてしまった五分まで。
「なるほど。実験っぽい!」
そらくんが賛成する。
そしてわたしたちは表を元に実験とケンショウをして、データを取ったんだ。
10 研究のまとめ方
「できた!」
だけど……できあがった表をしばし見つめて、そらくんは言った。
「なーんとなくだけど……パッとしない……気がしねえ?」
わたしもちょっと思っていたことなので素直にうなずいた。
結果の欄、一行なんだもん。なんだか寂しい表だ。
それにちょっと気になることがあったんだよね。
最初にコンロの火で焼いて焦げたマシュマロを見る。それは五分焼いて焦げたマシュマロとは、ちょっとちがうように見えたんだ。
コンロのほうが焦げ方にムラがあるし、焦げ色も強くて一部は黒くて炭みたいになってる。
火とトースターだときっと熱さがちがうからだと思う。トースターは230℃で焼いたけど、火って確か1000℃とか超えてた気がするんだ。
つまり、焼く温度も関係あるんじゃないかな。
だとしたらそっちのケンショウも一緒にしないとダメなんじゃないかなって。
あとは……。
わたしはそらくんが記入した『甘さ』の欄をじっと見る。
『ふつう』『甘い』『ちょっと甘い』『すごく甘い』『苦みがあるけど甘い』。
……うーん、なんとなくこの結果が気になる。
するとそらくんがため息をついた。
「実験自体は時間かけて結構がんばった感じなのに、なんか結果がしょぼいっていうかさ、まず研究っぽくないんだよな……」
「研究っぽくない……?」
「なんつーか、説得力がないっていうか?」
説得力がない、かぁ。
それって、これを見た人が、なるほどってナットクしてくれないってことだよね。
その原因について考えて、ふと思いついた。
そうだ。他の実験と比べてみればいいかも。
わたしは自分の実験ノートを開く。そしてホットケーキの実験の表──まぜる回数の欄、30回と200回を見てはっとした。
もう一度マシュマロの甘さの欄を見る。
「結果が数字じゃない……から?」
数字だと大きい、小さいがはっきりわかるんだ。
だったら、甘さって、数字にできないのかな。
そう思っていると、そらくんが言った。
「じゃあ、甘さを数字にする方法を探すか? たとえば五段階評価にするとか?」
「五段階にするって……甘くないはゼロ、すごく甘いは五。そんな感じってこと?」
そらくんがうなずく。たしかに数字になってるけど……。
わたしはなんとなくしっくりこずに、ノートを見つめて考え込んだ。
今はそらくんとわたしが食べ比べてるだけだ。そしてそらくんの感想とわたしの感想、たった二つでも、ちょっとだけだけどちがっている。
だとすると。
「甘さって、人の感じる感覚だよね……。わたしたちが感じた甘さでも、他の人が食べたらちがうって思うかもしれないよね? 甘いのが好きな人は五でも三くらいに思うかもしれないし。甘いのが嫌いな人はゼロでも三くらいに感じちゃうかも」
「そっか……たしかに」
それに、なんだかテーマからずれていっている、そんな気がした。
だって、わたしたちが今知りたいのって、『マシュマロを焼いたらどうしておいしいのか』だ。そこから外れたらダメな気がする。
「ねぇ、『おいしい』と『甘い』って同じなのかな?」
「ん?」
「自由研究のテーマは『マシュマロを焼いたらどうして《おいしい》のか』だったよね。だけど表には《甘さ》についてしか書いてないから」
そう言うとそらくんは、
「『おいしい』と『甘い』かぁ。うーん……」
と考え込んでしまった。
わたしもなんだかすっきりしない気分だった。
けれど、なんとなくだけど……これ、うまく整理したら、すごく面白い研究になりそうな気がするんだけどな。そう思うとワクワクしてくる。
でもどうやったらいいんだろう?
黙って考えていると、ふとそらくんがため息をつく。
「……これじゃあ、コンテストで勝てそうにないよな」
そのひとりごとに思わずどきんとしてしまう。
コンテストで勝つ……?
とたんにワクワクした気持ちがしゅるしゅると縮んでいくのがわかった。
やっぱり、勝つ──その言葉がなんとなくしっくりこないみたい。
そらくんがそう言うたびに《究極の菓子作り》のこと、忘れちゃってるんじゃないかな、この実験、全部コンテストのためなのかなって、寂しくなってしまうんだ。
だけど、目標がちがっても、一緒に自由研究をやっているんだし。
わたしがこの研究を良いものにしたいことに変わりはないんだし。
こんな中途半端なまま、学校に持っていきたくないし。
自分に言い聞かせてもやもやを飲み込んでいると、
「もうちょっとさあ、パッと見てわかりやすくて、かっこいい感じにまとめられねーかな」
そらくんがつぶやき、タブレットを開こうとする。
それを見てわたしはあることを思いついた。
「そらくん、図書館に行ってみない? 上手なまとめ方、載ってる本があるかもしれないし」
『調べ物にはインターネットに向いているものと向いてないものがあるからねえ。じっくり調べたいときは本の方が詳しく書いてあるよ』
というパパの言葉を思い出したんだ。
それに『おいしい』と『甘い』の関係も気になったから。ちゃんと調べてみたい。
「図書館かー」
そらくんはちょっと気がすすまなそうなフンイキだ。
「あれ? そらくん、もしかして図書館ってニガテ?」
「あんまり利用したことないだけ。静かすぎて落ちつかなくって」
そらくんらしいなって思ってクスリと笑う。
だけどもう閉館の時間に近かったから、次の日にがんばることにしたんだ。
11 ゲームオーバー?
次の日。起きるとなんだか頭がちょっと痛かった。喉はさらに腫れてる感じだし、体もなんとなくだるい。
あぁ、もしかして、風邪がひどくなっちゃったのかな……。
だけど、約束したしと、そらくんと待ち合わせをした図書館へと向かう。
午前中だというのに、十時にもなると道路もずいぶん熱くなっていて、自分がフライパンの上のホットケーキにでもなったような気分だった。
ううう、焼かれる~~~! 焦げちゃうよ!
息をするのもちょっと辛い感じだったけれど、図書館はきっと涼しいよね。そんなに遠くないんだし、がんばろう。
わたしは麦わら帽子を深く被り直すと、ガマンして図書館へ急いだ。
図書館は予想通りにすごく涼しかった。
外が暑すぎたからか、寒いくらいに感じる。
ちょっと鳥肌が立ってしまうくらい。
ロビーには先についていたそらくんがいた。
そして「先にちょっと探しておいた!」と抱えていた本を見せてくれる。
「あ、これ、『超カンタン 夏休みの自由研究』だ!」
それはななちゃんが持ってきていた自由研究の本とおんなじ本だった。
「閲覧コーナーに机があるよ」
わたしが言うとそらくんは「じゃあ、そこでやるか。涼しいし!」とうなずいた。
子供向けの閲覧コーナーは、近くに小さい子向けの絵本コーナーがあるから、いつもちょっと賑やかだ。
だから少しならおしゃべりしても大丈夫なんだ。
二人で並んで本を開く。
そして上手なまとめ方について調べていたときだった。
あれ?
わたしは本をめくる手をピタリと止める。
「……そらくん」
「なんだ? あれ、理花、顔色悪くねえ?」
それどころじゃないって思った。
「そらくん、これ見て」
そらくんはわたしが開いたページを見て、さっと顔色を変えた。
「砂糖の加熱による変化? って……これ……似てねえ?」
似てるっていうか……これ……。
どうしてわたし、この実験、見逃したんだろう?
それは砂糖を水に溶かしたものを加熱して、色と味の変化を調べるという研究だったのだ。
砂糖水は加熱温度によって、色や形や味を変えていく。その様子が写真付きで載っている。
透明だった砂糖水がどんどん茶色く変化していく様子は、マシュマロが焦げていく様子にすごく似ている。
すごくわかりやすい実験だった。
そして、わたしには、マシュマロの実験の重要な部分を上手にまとめたものに思えた。
わたしたちの実験、あきらかに、負けている。
その事実に、がん、と頭を殴られたみたいなショックで身動きが取れない。
わたしたちの実験が一気に色褪せていくのがわかった。
そらくんも同じだったのか、黙って本を見つめていた。
「これじゃあ、ダメだな。提出できない」
そらくんがため息のような声で言った。
「真似してるって言われる。しかもレベルがこっちの方がぜんぜん上って、おれでもわかる」
完敗だ。そらくんががくりと肩を落とす。
わたしもその通りだと思った。
自分たちで考えたはずの実験がすでに本に載っている。
そのことはなんだかすごくショックだった。
いくらがんばっても、子供のわたしたちが発見したことなんて全部、すでにあきらかにされてるのかもしれないって思えて。
なんだか悔しくて涙が出そう。
せっかくの実験がぜんぜん大したことないみたいで。
こんなんじゃ、究極の実験なんて、いつになったらできるかわかんない。
途方に暮れたときだった。
「──あれ?」
聞き覚えのある声に顔を上げると、そこにはシュウくんがいた。
「シュウ?」
そらくんが意外そうな顔で言うけれど、わたしはシュウくんならいそうだって思った。
だって学校でも休み時間はいつも図書室だもん。
夏休みだっておんなじかなって思ったんだ。
「どうしたの? 二人で」
「あー……自由研究の仕上げっていうか」
そらくんは歯切れの悪い様子で答える。
失敗したなんて言いたくないんだろうなって思う。わたしもそうだった。
シュウくんは自由研究の本をのぞき込む。
「あれ? 砂糖の実験?」
詳しく聞かれるのがイヤで、わたしは話を逸らす。
「あ、えっと、シュウくんはどうしたの?」
「あぁ、僕も自由研究の仕上げ」
そう言うとシュウくんは、持っていたノートをわたしに差し出した。
「割と自信作」
分厚い表紙の丈夫そうなノートを開くと、そこには植物の写真がずらり。
一ページに一枚の写真が貼られていて、その下に説明文が書いてある。
「これ、この間撮ったやつ?」
「ううん、それはもうちょっと後ろの方。これは引っ越す前にいた福岡の植物なんだ」
「福岡?」
「福岡って日本の西の方だろ? だから東のこの辺りだと、ちょっとだけあっちと種類がちがうんじゃないかって考えてたんだ。そしたら、やっぱり生えている木が結構ちがったんだよ。今回はその辺をまとめてみた」
そう言うとシュウくんはこちらで多く見られた植物、という文字を指さした。
すごい。素直にそう思ってしまう。
さっきまでのショックが薄れていく。
「これ、コンテストでもすごいって、びっくりされるんじゃない?」
というか、この図鑑、売ってたら欲しいくらいだ!
思わずそう言うと、シュウくんはチラッとそらくんを見てクスリと小さく笑った。そしてすぐにわたしに視線を戻すと言った。
「──あ、余裕があったら追加で虫も調べてみようかって思ってるんだけど。だって生えている木がちがったら餌も変わるから、住んでいる虫もちがうはずだと思って。一緒にやる?」
虫、と聞いてどきん、としてしまう。
しかも、す、すごく面白そう……!
だけど、わたしは首を横に振る。
だってわたしにはわたしのテーマがあるんだもん。
しかも──こんな中途半端じゃ終われない。
「誘ってくれてありがとう。だけど、わたしはわたしでがんばるから」
そう言うと、シュウくんはちょっと残念そうに肩をすくめる。
そしてちらっと自由研究の本に目をやると、言った。
「もっと得意分野で勝負したらいいのに」
「え? 得意分野?」
「なんか、らしくないんじゃないかって。だって──」
シュウくんが口を開こうとしたときだった。
「理花、行くぞ」
そらくんが話をさえぎると、わたしの手首を摑んでひっぱった。
え、そらくん聞かないの!? シュウくんの意見、きっとためになるよ!?
びっくりしていると、シュウくんは肩をすくめたあと、「じゃあね」とその場を去っていった。
12 バージョンアップ
わたしはそらくんとシュウくんのやりとりに、ぼうぜんと立ち尽くしていた。
どうしてあんなふうにさえぎったの? すごい研究にしたいなら、シュウくんの意見を聞いたほうがゼッタイ良かったのに。
そんな思いを込めて見つめると、そらくんはなんだか少しフキゲンそうな様子で言った。
「すぐに実験室に戻ろうぜ」
そして図書館から飛び出すように出て行った。
「ま、待って」
あ、本、片付けないと!
わたしは本を急いで棚に戻すと外に向かう。
門のところでは、そらくんがじれた様子で待っている。
だけど一歩外に出ると大量の熱に息ができなくて、足が止まった。
「早く行こうぜ。時間がない。あいつにはゼッタイ負けたくねえし!」
あせった様子のそらくんが呼ぶ。
だけどなんでか足が地面に貼り付いて動かない。
暑いから?
いや、ちがう。
何かもやもやした気持ちが足に絡まって、わたしを引き止めている。
わたしはその正体をじっと見つめた。
『負けたくねえし!』
あぁ、そっか。
わたし、イヤになっちゃったんだ。どうしてもガマンできなくなっちゃったんだ。
そらくんにとって、あの研究をよりよいものにすることよりも、シュウくんに勝つことの方が大事ってわかったから。
「理花?」
空から降ってくる熱に押しつぶされそうで、暑くて苦しくて息ができない。
なんとか細く息を吐いたとたん、
「勝ち負けって……そんなに大事かな」
喉に詰まっていた言葉がポロリとこぼれ出る。
これ以上言っちゃだめだって思ったけど、次々に本当の気持ちが飛び出した。
「わたし、賞とかどうでもいいんだよ」
そらくんが不思議そうな顔をする。まるでちがう国の言葉を聞いたみたいな。
「え?」
「わたし……ただそらくんと《究極の菓子作り》と《究極の実験》を、やりたかっただけなんだよ」
そこからどんどんズレていっているのが悲しい。
悲しくてたまらない。
せっかくの夏休みなのに。
実験、楽しみにしてたのに、何かぜんぜんちがうことをしてるみたい。
「コンテストで勝つためだけの実験なんて、わたし、やりたくないよ」
そらくんはぼうぜんとした様子で立っていた。
辺りは静まり返っていて、ミーンミーンとセミの声だけが響いている。
ジリジリと頭のてっぺんが焼かれている。なんだか、オーブンに入ってるみたい。
ぐらり。
目の前が一瞬暗くなって、立っていられなくて思わずしゃがみ込む。
え? なんだか、頭がズキズキする。
「理花!?」
そらくんが飛ぶように駆けつけてくると、わたしを覗き込み眉をひそめた。直後、おでこに手を当て──。
「あつっ……おまえ、熱あんじゃん!」
小さく叫んだ。
「え?」
「乗れ!」
そらくんがわたしに背を向けて屈んだ。
「えっ!?」
「おぶってやるから、早く! おまえんちまで走って親連れてくるより早い! っていうか一人で置いてけねえし!」
「え、でも、重いし、ムリだよ! 歩けるよ」
けれど、顔をあげると頭がズキズキとして気分が悪くなる。とても立てないって思う。
それを見て、そらくんは問答無用とでも言うようにわたしの片腕を引っ張った。
「いいから!」
真剣な顔に圧されて、恐る恐るそらくんの肩に手を乗せると、そらくんがわたしを抱えて立ち上がった。
思ってたより大きな背中。
ひんやりしてて気持ちいいな──。
そう思ったとたん、わたしはなんだか安心して、すうっと全身から力が抜けるのがわかった。
「あ、暑い~~」
自分の干からびた声で目が覚める。わたしは布団の中だった。
今、何時だろう?
時計を見ようと起き上がると、夏だというのになぜか毛布までかけられていた。どうりで暑いはずだ。
時計を見ると九時だった。
明るいってことは朝の九時?
え、なんで、こんな時間まで寝てるんだっけ?
わたしの声が聞こえたのか、ママが飛んでくる。そしてわたしのおでこに手を当てる。
「あーやっと熱が下がったみたいね……よかったぁ」
「……熱?」
「お医者さんが、風邪だって」
そう言うとママが水を差し出した。
喉の渇きを急に感じて、わたしは水を一気に飲み干す。
冷たい水を飲むと、だんだん頭がはっきりしてくる。
そういえばお医者さんに連れて行かれたような──。
頭が痛くて気持ちが悪くて、あんまりはっきりと覚えていないけど。
なんだか長い夢を見てたみたいな気分で、何が夢で何が現実なのかよくわからない。
「もー、きついならきついって言ってね、ほんと! ママはニブいから言ってくれないと気づかないんだからね! そらくんが送ってくれなかったら、大変なことになってたわよ!」
わたしはハッとする。
「そ、そらくんが送ってくれた……って」
ってことは──夢じゃなかった!?
じわじわと思い出して真っ赤になる。
だ、だって、そらくんにおぶってもらったような!?
っていうか背中が大きいな、冷たいなって思ったあとの記憶がほとんどない!
さらに、わたしは倒れる直前の会話を思い出してあわてた。
『わたし、賞とかどうでもいいんだよ』
『コンテストで勝つためだけの実験なんて、わたし、やりたくないよ』
わたし、そらくんにあんなこと言っちゃったよ!?
怒っちゃったかもしれない! っていうか怒ってるに決まってる!
「そ、そらくん何か言ってなかった!?」
だけどママは首を横に振る。
「すみませんでしたって、たくさん謝って帰って行ったのよ。お礼を言いたいくらいなのに」
「謝って……?」
どういうことだろう?
首をかしげていると、ピンポンとチャイムの音がした。
「はーい」
ママは玄関に向かった直後、「ちょ、ちょっと待ってね!」とあわてたように戻ってきた。
「理花! そらくん! お見舞いだって!」
え?
えええええ!?
わたしは真っ赤になる。
「どうしても話がしたいって言ってるけど……どうする?」
ママもちょっと困った様子。
わたしもどうしようか悩んでしまう。
だけど、話ならわたしの方にもあった。お礼を言いたいし、謝りたかった。
「わたしも話したい、けど」
と自分を見下ろしてわたしは青くなる。
わ! だめだ!
だって、パジャマだったんだもん! しかも汗びっしょりだし!
「き、着替えるから、ちょっと待っててもらって!!」
ママは笑うと「じゃあ、リビングで待っててもらうから」と部屋を出て行った。
13 仲直りのフルーツゼリーアイス
着替えが終わったわたしはママに頼んで、そらくんを連れてきてもらう。
やってきたそらくんは部屋に入るなり「理花、ごめん!」と頭を下げた。
「えっ」
わたしはあぜんとする。
だって、怒ってるんじゃないかって思ってたから!
「え、ごめんって、わたしのセリフだよ!? わたし、そらくんに文句言ったんだよ!? しかも実験やりたくないとか──」
「いいや、おれが悪かった!」
そらくんはキッパリと言い切る。
「おれさ、勝ちにこだわりすぎてた。理花に言われてはじめて気がついてさ。理花の気持ちとかぜんぜん考えてなかった。ごめんな」
それを聞いて、わたしは自分をバカだって思った。
そらくんが怒るって思うなんて。
だって、そらくんのこと、人の意見を聞けない子だって思ってるってことだよね?
信じてないってことだよね?
それって、そらくんに対してものすごく失礼だ。
反省しているわたしの前に、そらくんがにゅっと保冷袋を差し出した。
「お見舞い。昨日作ったんだ。食べてくれ!」
お見舞い!?
どんどん繰り出されるそらくんの言動についていけない。
袋を開けたわたしは目を丸くする。
「これ……」
入っていたのはイチゴが丸ごと入ったゼリー。
しかも凍っている……ゼリーアイスだ。
なんだかうれしすぎて泣きたくなってしまう。
だって、このゼリー一つで、そらくんの気持ちがわかっちゃったからだ。
これは《究極の菓子》を目指して二人で作った最初のレシピ。
科学のフルーツゼリーアイス。
究極の菓子作りのこと、忘れてないよって言われてる気がした。
し、しかも、イチゴはわたしの好きなフルーツだ。
前に一緒にプリンを作ったときに言われた言葉を思い出して、頭に血が上ってしまう。
『もし理花が風邪をひいたときはさ、おれが好きなものを作ってやるよ』
そらくんは、あれを実行してくれたんだ。
一口食べると口の中に、ひんやりとした冷たさ。
そして甘さと酸っぱさがブワッと広がる。
すごくおいしくって、うれしくって。
胸が詰まって何も言えなくなっていると、そらくんはちょっと照れくさそうに笑った。
「実はおれさあ……。コンテストで負けたらさ、理花がシュウと一緒に実験始めるんじゃないかって思ってさ……。あせっちまったんだ」
え?
「桔平が言ってたろ? 『秀才同士でお似合い』だって。認めたくねえけど、シュウはすげえし、おれだって理花とはあいつの方が釣り合うような気がするけど──けど! 理花とおれのコンビの方が最強だし、お似合いだって、みんなにも思ってもらいたくって──っておれ、何言ってんだ。メッチャクチャかっこわりぃな!!」
お、お似合い!?
わたしはその言葉にかぁっと赤くなる。
そらくんも赤くなるとそっぽをむいた。
あぁ、そっか。
『さっすが秀才同士だな! ってか、前から思ってたけど、二人ってお似合いじゃねえ?』
桔平くんのアレ、そらくん、気にしてたんだ。
だからあのあと、急にコンテストに出すなんて言ったんだ?
わたし、そらくんと実験するって、とっくに決めてあるのにね。
だって、わたしとはちがうことに興味があるそらくんと一緒に実験すると、世界が広がっていくみたいな気がするから──。
と思ったあと、はたと気づいてしまう。
あれ? そういえばわたし、言ってなくない……? そらくんとどうして一緒に実験したいのかって。
あ! シュウくんには言ったけど、そらくんには言ってないよ!
だ、だけど、それを面と向かって言うのは、なんだかすごく恥ずかしい。
だって、それこそ告白みたいじゃない!?
キャンプの夜の、ゆりちゃんとななちゃんとの話を思い出して、なんだか意識してしまう。
『かっこいいって思ってるんでしょ~?』
ち、ちがーう!
そんなんじゃない。そんなんじゃないけど!
だ、だけどちゃんとゴカイは解いておかないと、ダメだよね!?
「あのね、そら、くん。わ、わたし、そらくんと究極のお菓子作りをしたいんだよ。だってそれがわたしの究極の実験につながるって……信じてるから」
なんとかそれだけ言える。
うううう、別の意味に、聞こえちゃったりしないよね?
あぁ、また熱が出そうだよ!
と思っていると、そらくんが言った。
「つまり、おれたちは最強の相棒?」
最強の相棒!?
そ、それってなんかすごくない!? ものすごく《特別》って感じがしない!?
力一杯うなずくと、そらくんはニイッとうれしそうに笑った。
だけど直後、顔をしかめる。
「にしても、ふりだしに戻っちまったよな~」
あー、そうだった!
わたしは図書館でのことを思い出して、ウツウツとしてしまう。
ちゃんと自分たちで考えて、実験してケンショウしたことなのに、本の真似をしたと思われるのはすごくくやしい。
自分たちの研究が大したことないって思えてしまった、あのときのショックがじわじわと蘇ってきて、泣きたいような気分になってきた。
あのままじゃゼッタイ出せない。
だけどどうしたらいいんだろう。
考え込んでいると、そらくんがふと言った。
「シュウの研究、すごかったよな。……悔しいけど認めるしかないよな。あいつがすごいって。あー、素直にアドバイス聞いとけばよかったんだろうけど、なんでか、イライラしててさ」
しみじみとそらくんが言うのを聞いて、わたしはハッとした。
ん? アドバイス──?
『もっと得意分野で勝負したらいいのに』
シュウくんの言葉が頭の中に湧き上がる。
得意分野──あれ? それ、誰かと前に話をしたような……。
『理花には得意分野があるじゃないか』
パパの言葉と重なったとたん、わたしはあっと叫んだ。
「そらくん、それだよ! わたしたちの得意分野で勝負だよ!」
「え? 得意分野?」
「わたしたちの得意分野と言ったら?」
「──あ」
「「料理だ!」」
同時に口にする。
本で見たのは『砂糖』を使った『理科』の実験だ。
だけどわたしたちは『焼きマシュマロ』っていう『料理』を題材にしている。
料理=理科だって思い込みすぎてたのかもしれない。
たしかに料理は理科と似ている。だけど似てるけど、ちがう。ちがうよ!
だから、きっと焼きマシュマロならではの──わたしたちならではのちがった研究ができるはず。
「シュウは去年の研究のテーマを発展させたって言ってたよな? ──じゃあ、おれたちも焼きマシュマロのテーマをさらに進化させればいいんじゃないか?」
「進化? どんな風に?」
「それは今から考える! まだ時間はあるんだからな!」
カレンダーを見ると、夏休みの残りは一週間。
残りを全力でやれば、きっと。
なんだかうずうずしてきて、思わずこぶしを握りしめていると、
「あ、でもとりあえず、理花が完全に元気になってから、だな!」
そらくんがニヤッと笑う。
その自信に満ち溢れた顔を見ていると、あきらめるのはぜんぜん早いんじゃないかって思えたんだ。
14 『甘い』と『おいしい』
次の日にはわたしの体調はすっかり良くなっていた。
様子を見にきたそらくんと、そのまま実験室に向かう。
そして実験ノートを開いた。
「これ、図書館で借りてきたんだ」
そらくんが持ってきた本は、一昨日図書館で見たあの自由研究の本だ。
砂糖の実験のページを開くと、砂糖水が加熱する温度でどのように変化するのかを調べる実験が載っていた。
胸がズキズキと痛むような気がする。
「これに気づかなかったら、そのまま出せたんだろうけどな」
そらくんがくやしそうに言う。
けれどわたしはそれはちょっとちがうなって思った。
でも反論する勇気が出ずに黙っていると、そらくんが言った。
「あ、またなんか溜め込んでねえ?」
ぎくり!
こういうとこ、そらくん案外鋭いんだよね……。
わかってるんだ。自分の意見を言わなきゃいけないときがあるってことも。
キャンプで、桔平くんのために、お兄さんに反論したときのことを思い出す。
だけど人とちがう意見を口にするのって、どうしても勇気がいる。
ためらっていると、そらくんは小さくため息をつく。
「あのさぁ。おれと理花、ちがう意見があって当然なんだよ。二人で意見出し合った方がゼッタイいいものができるって思う。ってか、おれだけの考えでやるんなら、おれ一人でやってもおんなじじゃん。相棒なんだから、遠慮せずに自分の意見を言うこと! 約束だ」
相棒なんだから。
その言葉に背中を押される。
そうだ。そらくんはきっとわたしが反対意見を言っても受け入れてくれる。
だって相棒だから!
「……えっとね。わたしは逆に、もっと早くこの実験のことを知ってたらよかったって思ったんだ。だってこの本、ななちゃんが持ってた本と同じだよね? 宿題をみんなでやったときにちゃんと全部読んでたら──最初からこのことを知ってたら、もっとちがった研究ができたんじゃないかなって」
今改めて考えると、図書館でわたしが感じたのは、同じような研究が既にあるっていうショックと、先に知っていればっていう後悔だった。
「そっか。だから勉強するのが大事なんだな……」
しみじみとしたそらくんの言葉にキョトンとする。
「理花が言ったのって、もしこのことを先に知ってたら、失敗しなかった。それどころか、これを利用してもっとすげえ研究ができたってことだろ? 先に知る──それって本を読んだり、誰かに教えてもらったりってこと──つまり『勉強する』ってことじゃん」
「そ、そっか!」
それって、すごい発見だと思った。
知ってたら、勉強したら──この研究をバネにして、さらに先に行けるんだ!
じゃあ、ぜんぜん、がっかりする必要、ないじゃん!
なんだか感動する。
ってことは、この砂糖の実験、利用すればいいんだよね? ……うわあ、すごくやる気が出てきた!
「今からでも、遅くないよね?」
そらくんはニヤリと笑う。
「だよな! よっしゃ、やる気出てきた! ──でも、どうする? おれたちの実験を、さらにすげえものにする方法」
そしてわたしたちらしい実験にする方法!
わたしはノートのタイトルを指でなぞった。
「『マシュマロを焼いたらどうしておいしいのか』──このナゾは面白いと思うんだよね」
思いついたときの、あのドキドキを思い出す。
面白いって思ったからやってみようって思った。
今でも面白いって思うし、このテーマはやめたくないな。
ふと『おいしい』に目が留まる。そこからなぜか目が離せなくなる。
──あれ、この感覚?
前にもあった。ここにヒントがあるって、訴える何か。
じっと見つめていると、そらくんもそこに目を落とした。そしてぽつりと言った。
「そういえば理花さぁ、『甘い』と『おいしい』はちがうんじゃないかって言ってたよな?」
そらくんは『甘い』という文字を指さした。
『ふつう』『甘い』『ちょっと甘い』『すごく甘い』『苦みがあるけど甘い』。
並んでいる甘さの比較を見て、パッと思いつく。
「……それだよ! だって、『甘い』は『おいしい』じゃないよね!?」
砂糖を舐めても『甘い』だけで、お菓子を食べるみたいには『おいしく』ない!
「そっか。確かに……おれ『甘い』『ちょっと甘い』『すごく甘い』の『おいしさ』のちがい、あんまわかんなかった。『甘い』にしか注目してなかったっていうか」
「実は……わたしは甘さのちがいもあんまりわかんなかったんだ……」
なんで言わないんだよ! とそらくんはため息をつく。だけどすぐに切り替えてつぶやいた。
「じゃあ、『おいしい』には何が関係してるんだ?」
「……もう一回実験、やってみようか。今度は『おいしい』に注目して」
そらくんはうなずいた。
残っていたマシュマロを出したり、トースターを借りてきたり。
準備ができると、時間を区切って焼いてみる。
「あれ?」
焼きマシュマロを食べたわたしは首をかしげた。
「おいしい。わたし、五分のがダンゼンおいしいって思う! バーベキューで食べたのと似てる!」
「え? そうか? 確かに甘いけど……そんなにちがう?」
そらくんはびっくりしている。
自分でもどうしてかよくわからなくて、もう一口食べてハッとする。
「わかった!」
「?」
そらくんはきょとんとしている。わたしはちょっと興奮してしまう。
「焦げてるからだ!」
甘みと苦みがある。それから──。
「でもやり方何も変えてないぞ? なんで今度だけそんなにはっきり言うんだ?」
この間と今日のちがい。わたしにははっきりとわかる。
「わたし、この間作ったときって鼻が詰まってたんだよ……だから一番ちがうのは匂いだよ!」
「匂い……か!」
「焦げてると匂いがちがうんだ!」
「うわ、気づかなかった……すげえ!」
そらくんがワクワクしている。
わたしはキャンプのときのことを思い出して、あっと声を上げた。
「そういえば、お肉を焼いたときも、焦げたいい匂いがしたよね?」
「ごはんの焦げもだな! ……焦げと匂い……そうだ!」
大きな声に目を丸くする。
そらくんは椅子から立ち上がると、外に出て行く。
「どうしたの!?」
あわててついていくと、そらくんは走り出しながらわたしに言った。
「他にも焦げ目をつける菓子がたくさんあるんだ! ヒントになるかもしれない。フルールに行こう!」
15 おんなじものを見てたのに
フルールの工房には叶さんがいた。
おじいちゃんは? と思ってお店の方を見ると、おじいちゃんは接客中だった。
叶さんはわたしを見ると驚いた顔をする。
「あれ、風邪は治ったの?」
あれ、どうして風邪のこと知ってるんだろうって思ったら、叶さんはふんわりと笑った。
「そらくんがめずらしく必死でお菓子作ってたからね。『メチャクチャうまいやつ作るんだ』って」
思わずそらくんを見ると、そらくんは真っ赤になっていた。
「その話はいいから! それより、叶さん、クレームブリュレってある?」
クレームブリュレ?
聞き慣れないお菓子の名前にわたしが首をかしげると、
「フランス語で『焦がしたクリーム』って意味なんだ」
そらくんが誇らしげに教えてくれる。
クスクスと笑いながらも叶さんはうなずく。
「ちょうど今、追加の分を作ってたんだよ。そろそろ冷えたかな?」
そう言うと叶さんは冷蔵庫からトレイを引き出した。
上にのっているのはココットに入ったお月さま色のカスタード。
「あ、コロネに入れるのと同じクリームですか!?」
思わず声を上げると、叶さんは首を横に振った。
「いや、コロネに使ってるカスタードとはちょっと配分がちがうんだよ。これには生クリームが入ってて、焼き加減もちがう。どちらかと言うと、プリンに近いかな」
え? おんなじカスタードでも作り方がちがうんだ!
さすが、プロ!
「だけどここからが一番ちがうかな」
そう言うと、叶さんはカスタードの上に砂糖を振りかけてバーナーを手に取った。
「危ないからちょっと下がってね」
叶さんはバーナーに火をつけてココットに直接火を向けた。
うわあああ!
勢いよく出るガスの青い火が砂糖を溶かしていく。
砂糖はぷくぷくと泡立ったかと思うと茶色く焦げた。
いい匂いがあたりに立ち込める。
ああああ、この匂い!
マシュマロの焦げた匂いとおんなじ!?
わたしはそらくんと目を見合わせる。
「どうぞめしあがれ」
にっこりと笑った叶さんが、スプーンと一緒にクレームブリュレを差し出した。
「え、いいんですか?」
「僕からの快気祝いかな?」
ふんわりとした笑顔に思わずぼうっとなってしまう。
するとちょっとだけムッとしたそらくんが、ツンツンとわたしをつつく。
「早く食べようぜ!」
ハッとしたわたしは、あわててクレームブリュレにスプーンを入れようとする。
だけど、
「かたい!」
「飴になってるから、割って食うんだよ」
そらくんはスプーンを縦にすると、こんこん、と焦げたところを割る。
真似して割ってみる。
そしてクリームと一緒に口に入れたとたん、
「おいしい……!」
わたしは目を丸くした。
砂糖の甘み、そして苦みが、優しい味のクリームととっても合う!
「プリンに似てるけど、また別のおいしさだよね……!」
これぞプロの味だ~~~! ほっぺがとろけちゃう!
そらくんも、
「冷たくてうまい! 最高!」
おいしそうに食べている。
たしかに! 夏だし、冷たいのって最高! と思いながら、今度はクリームだけを一口。
うん。やっぱり焦げがあるだけでぜんぜん味が変わってくる。
わたしは焦げた部分だけを今度は食べてみる。
それだけだと苦みが強く感じる。
何より、この香ばしい匂いだ。あるのとないのじゃ大ちがい。
うーん……この匂いって、どうやってできてるんだろ……。
首をかしげていると、クスクスと叶さんが笑った。
「ムズカシイ顔をして食べてるけど、何か気になった?」
「あ! すみません。ちょっとこの焦げが気になって……」
よく考えたらご馳走してもらってるのに失礼だ!
あわてていると、叶さんは噴き出した。
「いいよ、これも実験なんだろ? その茶色くなった状態を『カラメル』っていうんだよ」
いつも思うけれど叶さんの笑い方は優しくて、すごく感じがいい。
そらくんがおひさまなら、叶さんはひだまりっていうか。ポカポカしてくる感じ。
そんなことを考えていると、そらくんがぼそっと言った。
「『カラメル』って、この間の本に出てきたよな」
「あ、そうだった!」
「なんかぼーっとしてねえ? 風邪治ってないんじゃないだろうな?」
探るような目にあわてる。
ムリしてるって思われたら、そらくん怒りそうなんだもん!
「そ、そんなことないから!」
わたしはノートを出す。そしてこの間の本に書いてあった、砂糖の実験をメモしたページを開いた。
「『103~105℃でシロップ、115~121℃でキャラメル、140℃でタフィー、165℃でべっこうあめ、165~180℃でカラメルソース、190℃でカラメルに変化する』」
そらくんが読み上げる。
「色と温度を考えると、焼きマシュマロと、クレームブリュレの焦げの正体はこの『カラメル』かな……」
わたしはうなずく。
二人でじいっとメモを見つめたあと、そらくんとわたしは同時に口を開いた。
「他の状態の砂糖で、『どんな』菓子が作れるんだ?」
「カラメルになるときって、『どんな』変化が起こってるのかなぁ?」
え?
思わず二人で顔を見合わせた。
だって、おんなじものを見てたのに、出てきた『ナゾ』がぜんぜんちがうものだったから。
叶さんがぷっと噴き出す。
「すごいね、二人とも」
え、何が?
何をほめられてるのかわからなくて、わたしは叶さんを見る。
すると「だって、二人がそれぞれのナゾを解いて組み合わせたら、すごい自由研究になりそうだろう?」と柔らかい声で言った。
「二人がそれぞれ?」
考えもしないことだったので、わたしは思わず聞き返してしまう。
「菓子作りも同じなんだけど、せっかく二人いるんだから、二人で同じことをするより、得意なことをそれぞれにやったほうが効率がいいだろう? ほら、僕が得意なこととシェフが得意なことはちがうから、こうやって役割分担をしているし」
叶さんはクレームブリュレを持ち上げる。そこには綺麗な焦げ目。
とたん、店の方からおじいちゃんの声が聞こえた。
「わしはなんでも一人でできるがな!」
思わず笑ってしまう。あ、おじいちゃん、話聞いてたんだ!
そらくんはなんだかうれしそうに言った。
「つまり、おれが菓子作り分野の担当か。じゃあ、おれは砂糖の加熱具合に合わせて、どんな菓子が作れるのかを調べて……自分で作ってみる!」
「じゃあ、わたしは科学分野の担当? それなら、わたし、カラメルができるときにどんなことが起こってるのか、調べてみる!」
うわああ、なんかやれそうなことが急に見えてきた!
すごい!
ちょっと感動していると、叶さんが興味津々という様子で言った。
「すごく面白そうだね。手伝いはいらない? 教えてあげられること結構あると思うんだけど。ほら、そらくんはシェフの課題も残ってるだろう?」
うげえ、すっかり忘れてた! とそらくんは頭を抱えた。
わたしもそうだった! と思い出してあせる。
卵白のこと、すっかり忘れてたよ!? 夏休み、残り少ないけど、間に合うの!?
叶さんがくすくす笑う。
「ほらね? 手伝いがあったほうがいいと思うんだけど」
うわぁ、うれしいけど……どうしよう。
叶さんがいてくれたら百人力だって思う。
だけど……わたしはできる限り自分たちの力でやりたいなって思ったんだ。
でもせっかく手伝うって言ってくれたのに、なんだか悪いよね?
ちらりとそらくんを見る。だけどそらくんは小さく首を横に振った。
わたしはハッとする。
そうだった。自分の意見も大事にしないとダメだった!
わたしはぐっとお腹に力を入れると、そらくんを見た。
「わたしたちの実験なので──」
わたしがそう言うと、そらくんがキッパリと続けた。
「おれたちだけでやる!」
叶さんはちょっと感心したようにため息をついたあと、うなずいた。
「……そうだね。人の成果を自分の成果にするようなことは、卑怯だしね」
わたしはギョッとする。
だって……卑怯?
おだやかそうな叶さんには、なんだか似合わない強い言葉だなって思ったんだ。
そらくんもちょっとだけ驚いた顔をしている。
だけど叶さんは「自分たちの力で考えるのは、本当に偉いよ。がんばって」と何事もなかったかのようにほめてくれたんだ。
16 いつかきっとこのナゾを
お昼を知らせるチャイムが学校の方から鳴り響いた。
わたしとそらくんは同時に顔をあげる。
ここは図書館。二人で調べ物の最中だったのだ。
「理花、終わったか?」
「……うん。そらくんは?」
「今日の分、終わった! じゃあ、行くか!」
一緒に本を片付けると、わたしたちは図書館を出る。
あれからわたしたちは、分担して作業をすすめることにしたんだ。
わたしは、カラメルができるとき──砂糖を加熱したときの化学変化についてを調べる。
そして、そらくんはシロップ、キャラメル、タフィー、べっこうあめ、カラメルソース、それからカラメルっていう砂糖の変化と、それぞれの状態でどんなお菓子が作れるのかを調べた。
そして実際に二人で作ってみたんだ。
ガムシロップを作ったり、キャラメルを作ったり、キャンディを作ったり、プリンのカラメルソースを作ったり。
そんなに凝ったものは作れなかったけれど、わたしたちなりにせいいっぱいがんばったんだ。
そしてとうとう今日は、最後の《カラメル》状態のお菓子を作る日。
スタート地点だった研究のテーマである『マシュマロを焼いたらどうしておいしいのか』のゴールにもなる実験だ。
前に一回やったけど、もう一回やることにしたんだ。
なぜかって?
それは写真を撮りたかったからなんだ。
シュウくんの研究を見て、写真ってすごくわかりやすいと思ったから。
《おいしさ》って目には見えないものだけど、写真を添えてみたら、きっと説得力が増すと思った。
ガムシロップやキャラメルなどの写真は既に撮ってあって、あとは焼きマシュマロだけ。
わたしがさっそくテーブルに置いていたマシュマロの袋を開けようとすると、そらくんが「今日はこっちのを使おうぜ!」とさえぎった。
そらくんは大きなクーラーボックスを持ってきていた。
「それ、マシュマロ?」
たずねると、そらくんはメチャクチャうれしそうに笑った。
「いや、マシュマロの材料!」
「えっ、材料って……マシュマロって作れるの?」
スーパーで売ってるのしか見たことがなかったし、フルールにもなかったから、なんとなく想像がつかない。
そう言うと、そらくんは笑う。
「だよな~。おれもまさか家で作れるとは思いもしなくってさ。っていうか、なにがどうやってできてるのかとか想像しづらくねぇ?」
うんうんとうなずく。
ガムとかと一緒のイメージで、工場で作ってるっていうか。
あと、どうしてか食べ物っぽくないんだよね。
食べたらあんなにおいしいのに不思議。
「だけど、せっかくここまでやったんだし、マシュマロから作ってみたくなって調べたんだ。で、さ。材料はなんだと思う?」
そらくんはいたずらっぽく笑う。
え、クイズ?
ちょっと考えてみる。
マシュマロって、白くてふわふわ。そしてもちもち。
──おもち、とか?
一番近いのがそれ。でもぜんぜん自信ない!
「降参!」
がっくりしながら言うと、そらくんはうれしそう。
「それがさ! 主な材料──卵白と砂糖と、ゼラチンなんだよ!」
「ゼラチン……って?」
「ゼラチンってのは、この間ゼリーアイスで使ったゼリーの素のこと!」
「えええ!?」
予想もしなかった材料にびっくりだ!
「じゃあ今まで使ったことのある材料ばっかりだ!」
それだったら、今までの実験の知識と経験が役に立つよね!
そらくんはうなずく。
「さっそく作ってみようって思ってさ、例の卵白持ってきたんだ」
「卵白? ──って、あ!」
おじいちゃんの課題だ!
「つまり、卵白の消費にもぴったりってわけ! すごくねえ!?」
「すごい! だって、これでおじいちゃんの課題が終わるよね!?」
一石二鳥だ! イシシとそらくんは笑う。
「さっそく作ろうぜ!」
そらくんはタブレットとレシピノートを取り出した。
レシピノートには材料がメモしてある。
「えーっと。まずは材料だな! 粉ゼラチン10g、砂糖100g、水100ml、卵白一個分、バニラエッセンス──これはバニラの匂いをつけるやつな? ──少々、コーンスターチ一袋くらい──あ、コーンスターチってのは、とうもろこしから出来た粉だって」
そらくんが持ってきた材料を説明しながらそれぞれ量っていく。
「①ゼラチンと100mlの水を鍋に入れてふやかしておく」
わたしはゼラチンを鍋に入れると、水を加える。
「②コーンスターチを1~1.5センチの深さでバットに広げて、直径3センチくらいのくぼみを二十個作っておく」
ふむふむ。
「③弱火で鍋を温めて、ゼラチンを溶かす」
そう言いながら、そらくんはコンロの火をつけて鍋を温める。
見ていると、だんだんゼラチンが溶けていき、水がとろっとしてくる。
「④ゼラチンが溶けたら砂糖を溶かす。溶けたら火を止める」
砂糖を手渡すと、そらくんがそれを鍋に入れた。砂糖はどんどん溶けていく。溶け切ったのを見て、コンロの火を消した。
「⑤きれいなボウルに卵白を入れて、ツノが立つまで泡立てる」
「ツノって何?」
耳慣れない言葉にわたしが首をかしげると、そらくんが「見てろって」と笑う。
そしてマイ泡立て器を握るとシャカシャカと音を立てて卵を泡立て始めた。
透明な卵白がブクブクと洗剤みたいに泡立っていく。
ん?
ん~~~?
しばらく見ているとボウルの中の卵白の色が白く濁ってきた。泡がきめ細かくなってきて真っ白になってくる。
うわああ、すごい!
そらくんは顔をしかめはじめる。なんか腕が辛そう。
「疲れた? 代わろうか?」
「いや、大丈夫! これも修業だし!」
頼もしい!
と思ったとき、そらくんの手が止まった。
泡立て器を持ち上げると、泡立て器に白い泡がもったりとくっついてくる。
「これが《ツノ》だ」
額に汗をかいたそらくんが、どんなもんだという顔をする。
「なるほど……!」
確かにピン、と先っぽが尖っている。
「動物のツノみたい」
「そのツノに似てるから、ツノなんじゃねえ?」
「なるほど!」
二人で発見に笑ってしまう。
「で、次は⑥」
わたしはそらくんの代わりにノートを読む。
「⑥泡立てた卵白に、④を少しずつ入れる」
「つまりゼラチンと砂糖を溶かした液を、か」
わたしは少しずつ、と念じながらボウルに鍋の中身を入れていく。そらくんがそれをさらに泡立てていく。
「⑦バニラエッセンスを入れてさっとまぜ、どろっとしている間にスプーンですくって、コーンスターチの上にのせる。だって」
わたしとそらくんは一緒にボウルの中身をすくって、バットのコーンスターチのくぼみにのせていく。
「おおお……なんかスライムみたいだな!」
確かに! ぷよぷよとしてる。
あと、ゼラチンが入ってるからかな? ちょっとゼリーに似てる。
「⑧あとはこれを冷凍庫で冷やす!」
「それで終わり?」
「いや。固まってベトベトがなくなったらひっくり返すって」
「何分くらいかな?」
「五分くらいで様子を見るってさ──って、案外カンタンだったかも」
「え、でも泡立てるの大変そうだったけど」
「あのくらいなんてことない。あー、でもハンドミキサーがあったらな。でもじいちゃんが細かい調節ができるのは泡立て器だって言うからさぁ……」
そらくんはちょっと疲れた様子で手をぶらぶらさせるけれど、すぐにカラッと笑った。
「究極の菓子を作るつもりなら、ちょっとのことも妥協できねえしな!」
究極の菓子、っていう言葉を聞くとどうしてもうれしくなってしまう。
だよね! 目標が究極なんだもん。妥協はできないよね!
「そろそろかな?」
そらくんが冷凍庫を開けてバットを出す。
見ると、表面のベタベタがなくなってかたくなっている。
ひっくり返してみると、裏側も結構かたくなっていた。
「おおっ、だいぶんマシュマロっぽいかも! ってか、メッチャすぐ固まるんだな!」
冷凍庫に入れ直しながら、前回のゼリーのことを思い出して首をかしげる。あのときは冷蔵庫で二時間もかかったのに。
なんでだろ?
気になってパラパラとノートをめくる。
入れるシロップの量はあんまりかわらない。
だけどゼリーを作るときのゼリーの素──ゼラチンの量は6gだった。
そして、マシュマロは10g! 多い!
「ゼリーと比べてゼラチンの量が多いから、かなぁ?」
ケンショウしてみないとはっきりしないけど。
そう言うとそらくんは「なるほどなぁ、さすが理花!」と感心した様子。
ちょっと恥ずかしくなって、
「そろそろかな」
冷凍庫を開けるとマシュマロは完全に固まっていた。
「できたぁ!」
「焼かないといけないけど……まず一個だけ食べてみようか」
そらくんが提案して、わたしはうなずく。
うわあ、できたてのマシュマロとか初めて食べる!
お店で売ってるのと同じく、ぷよぷよふわふわな不思議な食感。だけどちょっとゼリーに似てる。
「おいしい!」
「冷たいのもうまいな!」
成功にそらくんはごきげんだ。
「じゃあ、本題に入るか!」
つまり、焼きマシュマロにするのだ。
「今日、だいたい終わらせられるかもな!」
わたしはうなずく。
夏休みは今日を含めてあと二日だ。
今日実験や調べ物を終わらせて、明日はまとめるのに使いたい。
「なんとかなりそうだな」
「うん。がんばろうね」
前みたいにトースターに並べるとこんがりと焦がす。
──ところが。
「うわ……なんだこれ!」
トースターから出したマシュマロを見てわたしとそらくんは目を丸くした。
だ、だって!
「膨らんでる!」
おもちみたいにぷっくりと膨らんでいたのだ!
なんか、スーパーのマシュマロと、ちがうんだけど!?
口をパクパクしていると、
「あ、あれ? しぼんでいく!?」
膨らんでいたマシュマロが、どんどんしぼんでいったのだ!
そして最後にはぺしゃんこのおせんべいみたいになってしまった。
なにこれ!
「え、これ、どうすればいいんだ?」
顔を見合わせる。せ、せっかく作ったのに!
「ん……? でも案外うまそう……」
そらくんがザンガイを手に取ると半分にちぎる。
そしてわたしに半分渡してくれる。
「あれ? これ、中が溶けてる」
そらくんが口に放り込むのを見ながらわたしは首を傾げた。
え? 中が溶けてる?
なにか、ひっかかった。
『溶ける』──って、えっと、マシュマロってなにが入ってる──?
と思ったとき、
「あ、ゼラチン! ゼリーと一緒でゼラチンを使ってるんだから、熱いと溶けるのか! あたりまえじゃん!」
そらくんが言った。
わたしはあわてて実験ノートを開く。そこにはメモが書いてあった。
寒天とゼリーだと固まり始める温度がちがうって。科学のフルーツゼリーアイスのときにそらくんが教えてくれたことだ。
「そっか! ゼリーは固まる温度が低いんだった! あれだけゼラチン入れてるんだから、ゼリーとおんなじで熱いと溶けちゃうんだ!」
「え、じゃあ売ってるマシュマロはなんで焼けるんだ?」
「ちょっとまって」
わたしはスーパーで買ってきたマシュマロの袋をひっくり返す。裏の表示を見て、目を丸くした。
「そ、そらくん、ここ見て!」
それは原材料名だ。みぃちゃんのアレルギー事件のとき以来、なんとなく気にするようになったんだけど、ここにはそのお菓子がなにで作られているかが書いてあるんだ。
「水飴、砂糖、ゼラチン、コーンスターチ、乳製品オリゴ糖、はちみつ……って、ぜんぜんちがう!」
そらくんが叫ぶ。
だよね!? ぜんぜんちがう!
「これおんなじ菓子とは思えないんだけど」
わたしもうなずく。おんなじマシュマロって名前のお菓子でも、いろんなレシピがあるってことだ。
「ってことは、スーパーのやつを使うしかないってこと?」
そらくんががっかりする。
うーん……せっかく作ったのに、なんか悔しい、かも。
わたしはむぅっとくちびるを引き結んで考え込む。そしてぺしゃんこのマシュマロをじっと見つめる。
「中の方が溶けなければ、ぺしゃんこにはならないんじゃないかなぁ……」
つぶやくわたしの前で、そらくんがほっとため息を吐くとカラッと笑った。
「まあ……時間もないし。しょうがないか」
しょうが、ないか……。
なんだかすごくもったいない気がしたけれど、わたしたちは、結局前と同じように買ってきたマシュマロをトースターで焼いて、写真を撮った。
「うん、これでおれの菓子作り分野は終わり、かな!」
「じゃあ、次はわたしの番だね」
気持ちを切り替えてそう言うと、そらくんがワクワクした顔でわたしを見た。
実験室にはすごく甘くていい匂いが漂っていた。大きく息を吸い込む。
この匂いがどうしてできるのか。わたしは調べたから知っている。
「この匂いってね、《カラメル化》と《メイラード反応》が起こってできてるんだって」
そらくんはわたしの顔をじっと見て首をかしげる。
「カラメル化ってのは?」
わたしはノートを取り出す。そこには図書館で調べたことがびっしり書いてある。
「砂糖って、いろんなものが集まってできているらしいんだけど、熱を加えると──分解っていうんだけど、別の小さなものに分かれるんだ。それで、分かれたものに色がついたものや、いい匂いがするものがあるんだって」
「へえ……じゃあメイラード反応って?」
「パンを焼いたときとか、お肉を焼いたときとか。あとはごはんが焦げたときとか。茶色くなっていい匂いが出るのとおんなじ現象だって」
「え、まじ?」
「それどころか、お味噌やお醬油も、その反応を使っていい匂いのするものを作ってるって!」
「つまり、おいしい匂いが作られる反応ってこと?」
「たぶん」
「たぶん?」
うなずいたわたしは、苦笑いを浮かべる。
「糖とアミノ酸との反応って書いてあったんだけど……実はムズカシすぎてわかんなかったんだ」
わたしが調べられたのはそこまでだ。
わたしは自分の実験ノートに目を落とす。
そこにはカラメル化、メイラード反応の二つの反応の説明が書いてあったけれど、途中で力尽きていた。
とにかく本に出てくる言葉の一つ一つがムズカシすぎた。そして情報が多すぎた!
だってカラメル化は『糖類が引き起こす酸化反応等により生じる現象』、メイラード反応は『還元糖とアミノ酸、ペプチドおよびタンパク質を混ぜて加熱したときなどに見られる、褐色物質を生み出す反応のこと』って書いてあったんだよ!?
辞書にのっていない言葉ばっかりで、ちんぷんかんぷんだったんだ。
『酸化』という言葉一つを調べても、書いてある言葉も記号も意味不明。
それでもなんとか調べてみたんだけれど──なんと、カラメル化もメイラード反応も『まだ仕組みが完全には解明されていない』って書いてあったんだよ!
つまり大人の科学者でもわからないってこと!
それがわかったときのびっくりを思い出しているとそらくんが、励ますようにニッと笑う。
「まぁ、そこまでわかれば上出来だって!」
わたしは小さく首を横に振ると顔を上げた。
落ち込んでないよって言うように。
むしろ、わたし、なんだかワクワクしたんだ。
大人でも解明できていないナゾがあるってことに。
だってそれって、いつか、わたしが一番にナゾトキできるかもしれないってことだよね?
「うん。だけど、わたし──いつか、このナゾを解きたいなって思う。──そのためにもっともっと勉強したい」
わたしがそう言うと、そらくんはちょっと目を見開いた。
「……勉強、したい?」
わたしはうなずく。
「パパがね、言ってたの。勉強っていうのはこれから学ぶことの基礎を作ってるんだって。いくら好きなことを知りたいって思っても、いきなりムズカシイことなんてわからないから、カンタンなことから積み上げていくんだって。……それってこういうことなんだなって、わかったんだ。ムズカシイ本はムズカシイ漢字がいっぱいだったし。数式の意味も記号を知らないからぜんぜんわからなかった。きっとわたしたち、知りたいことを知るために、今、階段を一段一段登ってるんだよね」
じいっと聞いていたそらくんは、むう、とうなってムズカシイ顔をした。
「あー……おれ、やっぱ、ちゃんとやらなきゃな」
「え?」
問い返すと、そらくんは恥ずかしそうに頭をガシガシとかく。
「実は、夏休みの宿題、最後の方、間違えててもお構いなしって感じで、適当に答え書いちまってさ──そんなんじゃ、いつまでたってもパティシエとかなれっこないよな……」
あ──! それであんなに残ってたのに終わってたんだ!?
わたしが目を丸くすると、そらくんはニシシ、と誤魔化し笑いをする。
「これも菓子修業の一つだって思って、あと一日でなんとかやり直す!」
あと一日、かぁ……!
なんだか自分のことみたいにドキドキしてしまう。
だけど、きっとそらくんならやり遂げるに決まってるよね!
「じゃあ、まとめは、わたしに任せて!」
「それはだめ。だっておれたちの実験だろ? おれの宿題のことはおれのことだから、理花は気にしなくっていいからな!」
「……わかった」
うなずく。だって、わたしがそらくんでもおんなじように言うだろうなって思ったんだ。
ふと時計を見るとあと三十分で五時だった。
「もう時間ないし、まとめは明日にする?」
そらくんは「そうだな……だけど、あとどれくらいでできるかは知っておいた方がいいかも」とちょっと不安そうな顔をする。
あぁ、間に合うかなって心配なんだ。
そうだよね。今日中にできるだけ進めておかないと!
「うーん……なにか参考になりそうな本……あ!」
そういえば、家にも「自由研究の本」があるんだった! 使わないだろうからってすっかり忘れてた!
わたしは家に戻ると、部屋の本棚を探してみる。
それは本棚の隅っこにそっとたてられていた。
「あった!」
実験室に戻ると、まとめ方が載っていないか探してみる。
すると──やった! 最後の方のページに書いてあった!
「えーっと、研究のまとめ方は……。まず『表題とサブタイトル』だって」
そらくんが自分のノートを見ると、すぐに言った。
「『焼きマシュマロはどうしておいしいのか?』で良さそうだな」
わたしはうなずいてメモすると次にいく。
「次に、実験をすることにしたきっかけは……『バーベキューで食べた焼きマシュマロがおいしかったから』。それから」
……あれ?
わたしは本を読むのを一旦やめる。そして、自分の実験ノートを開いた。
だって、『準備したもの』、『手順』と『実験内容』、『結果』と『感想』……って!
「これ、実験ノートにいつも書いてることだよ!」
わたしは自分のノートを見せる。
そこにはサクサククッキーからこの間のゼリーアイスまでの実験内容が書いてある。
そして、わたしは焼きマシュマロの実験についても、いつもとおなじように書いていたんだ。
そらくんと目を見合わせる。
「まじで? それなら、楽勝じゃん!」
「うん。これなら──そらくん、明日はほとんど宿題をやり直す時間にできるよ!」
ちょっと興奮して言うと、そらくんは大きくうなずく。
そらくんの顔に浮かんでいたあせりとか不安がすうっと消えていくのが分かって、わたしはそらくんと同じくらいホッとしたのだった。
17 冷めてもおいしい焼きマシュマロ
そして次の日。
『焼きマシュマロはどうしておいしいのか?』
表紙に油性ペンでタイトルを入れる。
まずはそらくんが『広瀬蒼空』、続けてわたしが『佐々木理花』。
二人の名前を並べて書き入れると、わたしとそらくんは、ふわああ、と同時に大きく息を吐いた。
「で、できたぁ!」
「終わったぁ~~! 眠い~~!」
そらくんは実験室のテーブルに顔を突っ伏した。
そらくん、寝不足なんだって。きっと宿題のやり直しがんばったんだろうな。
髪の毛がちょこっとはねているのを見て、思わず笑ってしまう。
「間に合ってよかったねぇ」
外を見るとおひさまが西に傾きかけていた。
「メッチャ疲れたけど……今回の夏休みはすごく充実してたよなぁ」
「無事に終わってよかったよね!」
「最後の方、まとめはほとんど理花にやってもらったけどな!」
「でも写真とかの印刷は全部そらくんでしょ? 立派に共同研究だったよ!」
クスクスと笑うと、実験結果をまとめたノートを持ち上げてしげしげとながめた。
ノートには、そらくんが砂糖の状態ごとに作ったお菓子の、作り方、味の感想が、写真を添えてきれいに整理されている。
そして最後の焼きマシュマロのところには、わたしの解説が付け加えられている。
砂糖が分解されて色や匂いが変わるカラメル化と、いい匂いがする物質が発生するメイラード反応によって、焼いたマシュマロがおいしくなる、と、今のわたしの力で分かる範囲でまとめてある。
ふつうの方眼ノートなのに、ピカピカに輝いているみたい。
うっとりと見ていると、ふと言葉がこぼれた。
「コンテスト、賞取れるかな?」
そらくんがキョトンとする。
「え、でも賞とかどうでもいいとかなんとか言ってなかったっけ」
たしかにそう思ってたんだけど……今はちがうなって思った。
だって、初めて自分たちだけでやり遂げた自由研究。
そう思うとなんだかすごーく大事なものに思えて、誇らしくてしょうがない。
すごいでしょ、がんばったでしょって、誰かに見せてほめて欲しいなって思えてくる。
がんばったことをほめてほしいっていうのは、あたりまえのことなんじゃないかなって思えたんだ。
「……なんかね」
そらくんはわたしをじっと見つめている。
その目の光は柔らかい。なにを言っても大丈夫だぞって言われてるみたいだった。
ちょっと恥ずかしくなりながらも、わたしは口を開く。
「コンテストの賞とか、勝負とか興味がなかったけど……。自分の力を試したいっていうか、ここまでやれたんだって認めて欲しいっていうか……わたし、そういう気持ちならよくわかる。だって、この研究すごいもん。がんばったもん! ほめてもらいたい──賞が欲しいって思うの……変かな?」
そらくんはニッと笑うとすぐに言う。
「ぜーんぜん! おれだってメッチャほめてもらいたい!」
わたしはホッと頰をゆるませる。
「だから。コンテスト、出すことにしてよかったって、今は思ってるよ」
そして、わたし一人じゃここまでがんばれなかった。
自由研究を最後までやり遂げられたのは、そらくんが引っ張ってくれたからだ。
「そらくんと一緒に自由研究できてよかった。ありがとう」
そう言うと、そらくんはちょっとギョッとした顔をした。
そしてそっぽを向く。
「でもうまくいったのは理花のおかげ。おれ一人だったらどこまでも突っ走っちまって迷走してた気がする。だけど理花がいたら、いい具合にブレーキ踏んでくれるだろ?」
ブレーキ。
その言葉にわたしはクスリと笑った。
わたしがブレーキを踏む係なら、そらくんは──。
「じゃあ、わたしが止まって動けなくなったら、そらくんがアクセルを踏む?」
そらくんはニッと笑う。
「……ってか、やっぱ、おれたちって最強の相棒だよな」
そらくんが腕相撲をするみたいに手を出した。わたしがおずおずと手を差し出すと、そらくんはわたしの手をがしっと握る。
「また、来年もやろうな! もっとすごいやつ!」
「うん!」
来年は、もっともっとすごい自由研究、やってみせる!
って──あれ?
わ、わたし、今、そらくんと手、繫いでるよね!?
急激に意識してしまう。
なんだかそんなフンイキじゃなかったから、つい手を出しちゃったけど!
それになんか手を繫ぐっていうよりは、ハイタッチっぽかったし!
そらくんの手は、わたしよりちょっとだけ大きくて、そして体温の高い手だった。
し、しかも、来年のそらくんとの自由研究の予約までしちゃったっ!?
いろんな意味でドキドキしていると、そらくんは、
「あ、そうだ! 時間が残ったらやろうって思ってたんだった!」
とわたしの手を放し、リュックからセロファンの袋を取り出した。
ホッとしつつ、なんだろって思って見てみると、それはなんと昨日作ったのと同じ、手作りマシュマロだった!
しかも昨日作ったのより、さらにきれいでおいしそうだ!
「え、これってマシュマロ!? また作ってみたの? なんで?」
「あのとき、理花が『中の方が溶けなければ、ぺしゃんこにはならないんじゃないか』って言ってたろ? それが気になっててさ」
そらくんがニヤッと笑ってリュックを探る。そして取り出したのは──。
「あ、それって」
「叶さんが使ってたバーナー! これなら表面だけ焼ける。叶さんがクレームブリュレを焼いたとき、中は冷たかっただろ!?」
あ、そっか!
「そらくんすごい!」
わたしじゃそんなこと思いつかなかったよ!
そらくんは一瞬誇らしげに笑うと、すぐに真剣な顔に戻った。
「ちょっと危ないから下がってて」
そう言うと、そらくんは手作りマシュマロをお皿に出し、カチカチッとスイッチを押してバーナーに火を点ける。
そしてものすごく慎重に青い火を当てた。
じわっときれいな焦げ色が、溶けずに丸いまんまのマシュマロにつく。
「すごい……! 上手!」
「工房でやり方教えてもらったんだ。食べてみて」
わたしはドキドキしながらマシュマロをつまむと口に入れる。そして目を丸くした!
とにかく香ばしくてすごくいい匂い!!
そして、焦げたところの苦みが甘さをひきたててすごくいい感じ!
さらに、中は焼いていないマシュマロと変わらなくて、ぷよぷよもちもち!
「おいしい!!!! そらくん、これすごくおいしいよ!?」
そう言うと、そらくんはすごく誇らしそうに言った。
「実はこれ、じいちゃんに見せたらさ、アイディアが面白いって。改良したら店に出せるかもって!」
「えええええ、すごい!」
おじいちゃんの言葉は、何よりのほめ言葉だ!
でもほんとに、すごい!
そらくん、一人で作ったんだ。宿題もたくさんあったのに。
「さすが、パティシエの弟子!」
そう言うと、そらくんは「候補だけどな!」と付け加えつつもドヤ顔になる。自分もマシュマロをつまむとおいしそうに食べた。
「うま! これさ、中まで焼いてないから、冷めても固くならないんだ。焼きマシュマロと焼いてないマシュマロのいいとこどりって感じじゃねえ?」
わたしは笑ってしまいながらもうなずいた。
「冷めてもおいしい焼きマシュマロとか、すごいよね!」
「あ、それ、いただき!」
え? と首を傾げると、そらくんはレシピノートのタイトル欄に書き込んだ。
『冷めてもおいしい焼きマシュマロ』
二人で顔を見合わせるとニンマリと笑う。
「じゃあ、これが二つ目のレシピだね」
そらくんがうなずく。
一歩一歩。階段を登っている感じがしてうれしくなる。
まだまだ上にたどり着くまでには、たくさん登らなきゃいけなそうだけど……。
だけどわたしたち、ちゃんと登れてるよね?
18 だって最強の相棒だから
それからだいたい一ヶ月くらい経ったある日のこと。
「あー、石橋、佐々木、広瀬。ちょっと話があるから放課後に職員室においで」
帰りの会で、先生がわたしとそらくんとシュウくんに声をかけた。
な、なんだろ!?
なんか悪いことした?
とビクビクと職員室に向かったわたしたち(シュウくんだけはケロッとしてたけれど)に、先生は言った。
「総合教育センターから連絡があってな、三人とも入選だ!」
「え?」
なんのこと? って思ってると、シュウくんが不服そうに言った。
「ただの入選、ですか?」
「ただのって……入選だぞ? すごいじゃないか」
「僕、県知事賞狙ってたんですけど」
「そりゃあ、目標がでかいな! 来年がんばれ!」
先生がガハハと笑うと、むっつりと機嫌の悪そうなシュウくんの肩を叩く。
話についていけなくってわたしはたずねた。
「せ、先生、今のってなんの話ですか!?」
「あー、三人が提出した作品が小学生の部で入選したんだ」
「あ、それって自由研究の!? 結果って今頃出るんですか?」
先生はうなずいた。
すぐ結果が出るものだと思ってたから、だめだったんだなってひっそり思ってた。そして忘れてた!
──すごい!!!
しかもシュウくんのあのすごい研究とおんなじ賞なんて! うわあ!
帰り道、門を出たところでシュウくんがぽつりと言う。
「ゼッタイ僕の研究の方がすごい」
シュウくんは苦々しげな顔だ。
うわああ……。やっぱりシュウくんって自信家だ……。
その自信をちょっと分けて欲しいって思っていると、
「あーあ、虫の分布までやってたら、もっといい賞とれたのに」
ぶつぶつと文句を言ったシュウくんは、ふとわたしを見た。
「ねぇ理花ちゃん、来年は僕と県知事賞狙おうよ」
わあああ、またそれ!?
揉めるからやめて!
あわててそらくんを見ると、──や、やっぱり!
そらくんはシュウくんをぎりっと睨んでいる。
うわああ、だから、わたし、そらくんと一緒に実験やるって言ったよね!?
ケンカする必要、ないよね!?
なだめようとしたそのとき、そらくんがシュウくんを睨みつけたまま言った。
「理花はゼッタイに渡さないからな!」
はっ!?
爆弾発言にわたしは目を丸くする。
ちょ、ちょ、ちょっと!?
そ、それってどういう意味………????
ま、まさかコクハク……!?
ぶわああああ、と顔が熱くなってくるのがわかる。
がくぜんとしてシュウくんを見ると、シュウくんも目を丸くしている。
だけど、目を白黒させるわたしとシュウくんに向かって、そらくんはニッと笑ったんだ。
「だって、理花はおれの最強の相棒だからな!」
「…………」
まぶしいくらいのそらくんの笑顔に。
わたしは止めていた息を大きく吐き出した。
はぁああああああ…………。
わたしのバカ!
そらくんがそんなこと言うわけないじゃん~~!
ど、ドキドキして、損した!!!!
メチャクチャ、損した!!!!
なんだか力が抜けちゃって、思わずその場にしゃがみ込む。
「ど、どうした!? また具合悪いのか?」
そらくんがあわてて寄ってくると、
「……やっぱり、広瀬ってメチャクチャコドモ……」
シュウくんが呆れたように言う。
「はぁ!? だから、どこがだよ!」
「あとゲキニブ。天然記念物レベル。理花ちゃん、やっぱりこんなやつより、僕と組みなよ」
「はぁ? ニブいって何がだよ! 理花、こいつの言うことなんか無視しろよ!」
シュウくんはうんざりとため息をついた。
「あー、うざ~~~~。ってか、こんなやつに一敗一引き分けとか、本気で不本意だし、来年は僕が圧勝するから」
ああああ、そんなこと言ったら、またそらくんがヒートアップしちゃうって!
「いいや、今度もおれがゼッタイ勝つ!」
そらくんもケンカを買わないで──。
って……あれ? 一敗って……シュウくん、いつそらくんに負けたの?
記憶を探ってみるけれど、覚えがない。
首をかしげていると、そらくんは「理花、行くぞ! 来年に向けてネタ考えねえと!」と言い出した。
え、来年!? それって来年の夏休みのこと!?
さすがに気が早すぎるよ~~!
しかもまた熱くなってるし!
するとシュウくんがふん、と鼻で笑った。
「広瀬って、理花ちゃんに頼らないとなーんにもできないんだな」
「はぁ!? 人のこと言えないだろうが! なんなら、おれとおまえの一騎打ちでもいいんだけど!?」
「受けて立つよ」
ぎりぎりと睨みあう二人を見て、わたしはため息をつく。
あーあ、そらくんって誰にでも優しいのに。
どうしてシュウくんにだけ、こんな風に突っかかるんだろ。
お互いに手加減なしに言いたいこと言ってるから、ケンカになるんだろうけれど……。
って、あれ? よく考えると、そらくんが、ケンカって珍しい?
ふと気づく。
シュウくんは、誰にでも優しいそらくんが、唯一、遠慮なし、手加減なしで全力で立ち向かっていく相手だってことに。
それって、つまり、そらくんがそれだけ認めてるってこと?
そういえば前に叶さんが言ってた。『そらくんに強力なライバル出現』って。
──それって、なんだか、すごくいいな。
相棒もいいけど、ライバルもすごく《特別》な感じがする!
そう思うと、急にシュウくんが羨ましくなってしまう。そらくんと並んで、競い合って、どこまでも走り抜けていくシュウくんが。
……でも、あれ? 今、一騎打ちって言ってたよね!?
ってことは、このままじゃ二人だけで勝負?
うわあ、わたし、一人だけ置いていかれてる!
「あ、あのね、そらくん、シュウくん!」
そらくんとシュウくんが睨みあいをやめて、わたしを見る。
一気に視線を浴びて一瞬ひるむ。
けれど、これはゼッタイ言わなきゃいけないときだ!
わたしは大きく息を吸い込むと一息で言った。
「わたしだって、来年もコンテストに出したい。──わ、わたしも負けないから」
そらくんとシュウくんは驚いた顔をする。
だけどすぐに二人とも、「望むところだ」と笑ってくれたんだ。
19 まさか《特別》な子?
桜の木のある分かれ道に差し掛かったとき。
「ソラ!」
高い声が道に響き渡った。
つられてフルールへと続く道の方を見ると、そちらから誰かが駆けてくる。
豆粒くらいのサイズだった人影は近づくにつれて、輪郭が鮮やかになってきた。
だれだろ?
最初にはっきりしたのは、赤みがかった髪。ウルフカットの髪にはくるんくるんとした癖がある。
真っ白なTシャツに、ベージュのショートパンツ。足元はサンダルだ。
太陽を背に走ってくるから、顔はまだはっきり見えない。
「ソ~ラ~!」
だけど近づいたその子の顔を見て、わたしは目を見開いた。
青い大きな目。
優しい印象の眉、髪とおんなじ色の赤い、くるんとしたまつげ。
スッと細くて高い鼻に、小さな口。
びっくりするくらいに顔立ちの綺麗な子だったのだ。
うわあああ、西洋人形みたい!
その子はすごい勢いで走ってくると、そらくんに抱きついた。
「「えっ!?」」
わたしとシュウくんはギョッと目を見開いた。
だ、だって、抱きつくとか!
まるで外国の映画みたいなシーンに、ここ日本だよね!? と周りを見回してしまう。
「うわ──って、おまえ、ユウかよ!? うわああ、メチャクチャ久しぶりだな!」
「ソラ、会いたかった~~!」
そらくんはおひさまみたいな笑顔で、その子──ユウちゃんをハグすると、背中をバシバシ叩いて再会を喜んでいる。
ただならぬ関係に見えて、わたしは固まってしまった。
え。
こ、この、ユウちゃん……って……そらくんの一体何!?
──ま、まさか《特別》な子?
(第4巻『理花のおかしな実験室(4) ふたりの約束とリンゴのヒミツ』につづく!)
🍀本の情報はコチラ!
🍀第1巻・第2巻のスペシャル連載はコチラから↓
第1巻『理花のおかしな実験室(1) お菓子づくりはナゾだらけ!?』
第2巻『理花のおかしな実験室(2) 難問、友情ゼリーにいどめ!』