🏆今年のつばさ小説賞〈金賞〉受賞作『アオハル100％🍋』を全文ためし読み！

🍋『アオハル100％』②巻が2025年1月発売！　その前にぜひ、①巻全文ためし読みしててね！　2025年1月30日までの期間限定なので、お早めに❤

🍋ＳＮＳで、毎日を最高に✨キラキラ✨させちゃおう、いっしょに！
『アオハル100％　行動しないと青春じゃないぜ』大好評発売中！

クラスでいつもひとりぼっちでいるクラスメイト、クルミくんが
じつは、スゴイ写真を撮る人なんだって知ったほむらは…。
もっとクルミくんといっしょにすごしたいし、
クルミくんのスゴさ、全世界にとどけ～～～～～～✨と
「楽しいこと」「青春っぽいこと」をやって、
ＳＮＳでシェアして楽しむ #アオハルチャレンジ っていうあそびを仕掛けることに…！
ぜひ、ためし読みをして、②巻発売にそなえてね🍋

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『アオハル100％🍋』ためし読み連載　

🍋１　#チャレンジしてみる？

　授業が終わった、中学校の放課後。
　部室棟の一室で、わたし、火花ひばなほむらは、自分にスマホのカメラをむけていた。
「うーん、こんなもんかなあ？　こうかな？」
　ただいま自撮りの真っ最中。
　だけどポーズがなかなか決まらなくて、さっきから撮っては消してをくり返している。
　映える写真を撮るって、むずかしい！
「これもなんかちがうなあ……ねえ、クルミくんはどう思う？」
　わたしが意見を求めたのは、猫みたいなクセッ毛の男の子。
　久留見くるみユウくん。
　彼は座っていたイスから立ちあがると、となりにやってきて、わたしのスマホの画面をのぞく。
「うーん、そうだね。開いた窓を背にしてみたらどうかな？　光のかげんで開放感が出て、明るい感じになるかも」
「いいね、それやってみる。あ、クルミくんもいっしょに入って」
「え、オレも？」
「うん、だって今日の ＃アオハルチャレンジのお題は、＃学校でなかよしツーショット　なんだから」
　スマホの画面に２人とも映るようカメラをこっちにむけて、クルミくんのとなりに立つ。
「もうちょっと近くにいってもいいかな？」
「あ、うん。いいよ」
「なかよしって……こんな感じかな。そうだ、ポーズをそろえてみたらいいかも」
「えっと、こうかな？」
「うん、ＯＫ。じゃあ撮るよー！」
　パシャ！
　シャッターを切って、さっそく撮れた写真を確認してみたら……あれ？
「……ごめん。なんかオレ、変な顔だ」
　あやまってくるクルミくん。
　そう、わたしのほうはちゃんと笑えてたんだけど、問題はクルミくん。
　なんか、ちょっとひきつっちゃってる。
「だ、だいじょうぶ、ヘンじゃないよ。それに、顔はスタンプでかくしちゃうし」
　そう。
　わたしが写真を撮ってたのは、ＳＮＳにポストするため。
　どっちにしても、アプリで加工して顔はかくすつもりだったから、ぜんぜん平気。
　だけど……。
「……ごめんね、クルミくん。もしかして無理につきあわせちゃった？」
　わたしは、おそるおそるクルミくんにきく。
　本当はいやなのに、わたしが強引にさそったから写ってくれたのかなって、心配になったけど。
　でもクルミくんは、ぷるぷるっとクセッ毛をゆらした。
「そんなことないよ。オレが、表情ヘタなだけだから……火花さんと写真を撮るのは、楽しい」
　……わ。
　さっきとはちがって、小さいけど、本心が伝わるような、かわいくてあたたかな笑顔！
　それを見た瞬間、わたしはぎゅっとこぶしをにぎりそうになる。
　こ、これだよ！
　この笑顔、撮りたかったー！
　わたしだって、男子を「かわいい」なんてふつうは言わない。
　けど、クルミくんのことは、なぜかそんなふうに思っちゃうんだ。
　──きっと彼がこんなふうに笑うって、知ってるの、この学校でわたしだけかな？
　クルミくんとは同じ１年２組。
　だけど、ふだんのクルミくんは、休み時間にも、ほとんど人としゃべらない。
　いわゆる「ぼっち」キャラ。
　わたしも少し前までは、彼のことをぜんぜん知らなかった。
　でも……いまはちがう。
　クルミくんはわたしの、「トクベツ」なんだ。
「なにか言った？　火花さん」
「う、ううん！　なんでもない。ポストしちゃうね」
　ＳＮＳのアプリを開いて、さっき撮った写真をえらぶ。
　表示された写真の顔の部分に、選んだウサギのスタンプをのせれば……よし！
　プリティなウサギがバッチリわたしとクルミくんの顔をかくして。
　それでいてかわいい仕上がりになった。
　おっと、文字を入れるところにタグもつけなきゃね。
　　　#アオハルチャレンジ
　　　#学校でなかよしツーショット
　タグを入れてから……ポスト、と。
　一瞬、送信する間があってから、アプリの画面にクルミくんと２人で撮った写真が現れる。
「よし、#アオハルチャレンジ、完了〜！」
　わたしはイエーイと手をふりあげて、クルミくんを見る。
　クルミくんはこういうノリになれていないのか、ちょっとたどたどしい。
　けど、それでもわたしの手に、パンッてハイタッチしてくれた。
　＃アオハルチャレンジ。
　それは最近、ＳＮＳで流行ってる、青春っぽいことをやって楽しむ遊び。
　そんな遊びが、どうして生まれたか。
　タイプのちがうわたしとクルミくんが、どうしていっしょにそのアオハルチャレンジをやっているか。
　話は、ちょっと前にさかのぼる……。

🍋２　キレイな目をした男の子

　ゴールデンウィークも終わった、昼休みの１年２組の教室。
「ほむら……ほむらってば！」
　呼ぶ声に顔をあげると、そこにいたのは背の高い、ショートカットの女の子。
　クラスメイトの冬樹ふゆき千鶴ちづるが、わたしをのぞきこんでいる。
「あ、ゴメン。なんの話だっけ？」
「もう、なにボーッとしてるの。ちょっとコレ見てよコレ！」
　差しだされたスマホを見る。
　うちの学校は、スマホのもちこみＯＫ。
　授業中はだめだけど、それ以外は自分の判断にまかされてる、自由な校風なの。
　画面には、わたしらと同い年くらいの女の子数人がキビキビとおどる動画が流れている。
　これはＳＮＳに投稿されたダンス動画。
　音楽に合わせて、全員が流れるように息の合った動きを見せている。
「おー、動きのシンクロがすごい！　これって、千鶴の推しグループだっけ？」
「そ！　キレもどんどん上がっててさ。昨日どっかの大会で優勝したんだって。すごくない!?」
「すごっ！　やったじゃん！」
　テンションが上がってハイタッチ。
　わたしは千鶴ほどくわしくないけど、よくいっしょに動画を見てるから、彼女たちがず─っとがんばってきたことは知ってる。
　千鶴が興奮してる気持ちも、よーくわかるよ。
　ずっと応援してきた人が結果を出すと、うれしいもんね。
「ありがと！　そういやさ。ほむらはＳＮＳでだれかフォローしてる人いないの？」
「んー。とくにいないかな」
「せっかくアカウントがあるのに、もったいなくない？　画像や動画の投稿だってやってないでしょ」
　うーん、そう言われてもねえ。
　わたしがＳＮＳのアカウントを作ったのは。
　ズバリ、情報収集のため！
　だって、みんなの話題の移り変わりって、
ものすごーく激しいでしょ。
　人気のアイドルやキャラ。ドラマに動画。それにファッション。
　流行を先取りするほど積極的じゃないけど、ぜんぜんついていけないのも不便だから。
　だから、ほどほどにＳＮＳをチェックして、情報を取り入れてるってわけ。
　まあ推し活したり、投稿したりすると、もっと楽しいのかもしれないけどさ……。
「いつかはやるかもー」
「ほむら。それ絶対やらない人のセリフだから」
　と、千鶴のツッコミ。
「むう、そうとはかぎらないじゃん。明日になったら急に画像投稿に目覚めたりするかも……ま、予定ないけど」
「なにそれ、いいかげんだなあ。まあいいよ、ほむらの好きにすれば」
　さすが千鶴。
　こういうとき、さっぱりしてるのがいいところだよ。
　千鶴とは中学で同じクラスになってから、いっしょにいるようになったんだけど。
　仲はいいけど、べたべたしない距離感がここちいい子なんだ。
「──あの、ごめんなさい」
　そのとき、とつぜんきこえた声にふりむく。
　そこにいたのは、前髪が長めで、しずかな雰囲気ふんいきの男子。
　えっと、彼は……。
「あ、ごめんクルミくん。席取っちゃってた」

　イスに座っていた千鶴が立ちあがる。
　そうだ、クルミくんだ。
　ゴメン。名前思いだせなかった。
　わたしたちは空いてる席でおしゃべりしていたんだけど、千鶴が座っていたのが彼の席だったみたい。
　クルミくん、かあ。
　同じクラスになってしばらくたつけど、口数が少なくてだれかとからむことが少ない子。
　印象がうすい。
　よく言えばクール。悪く言えばコミュ障？　陰キャ？
　ああ、もう考えるのやめよう。
　そんなつもりないのに、なんだか悪口みたいになってきた。
「ほむら、むこう席空いてるから、あっちに移動しよう。クルミくん、ゴメンねー」
　するとクルミくんも、ぺこりと会釈してきた。
　その瞬間、ちらっと前髪のあいだから、いつもはかくれてる目もとが見えた。
　へえ、キレイな目してるんだ。
　クルミくん、前髪切ってもうちょっと表情を出したら、もっとクラスになじめそうなのに。
　なんて、よけいなお世話だよね。
　思ったことを口には出すことなく、わたしは千鶴といっしょにその場をはなれた。
　　　　◇◆◇◆
　放課後になって、１人校舎を出たわたし。
　あっ、べつになかまはずれにされて１人で帰るわけじゃないよ。
　千鶴をはじめ、仲のいい友だちはみんな部活に入ってるけど、わたしは帰宅部。
　帰るときは１人ってだけなんだから。
　本当は、わたしもなにか部活に入ってもよかったんだけどさ。
　入るタイミングを逃しちゃったんだ。
　入学したてのころは、小学校時代のことを、まだ引きずってたから……って、その話はいいや。
　とにかく、なりゆき帰宅部のわたしは、音楽室から流れてくる吹奏楽部の演奏や、グラウンドからきこえてくるスポーツ部のかけ声をきくと、うらやましいっていうか。
　なんだか、まわりにおいていかれちゃったみたいで、ちょっとあせる。
「……みんないいなあ。夢中になれるものがあるって」
　足を止めて校舎を見あげていると、自然と声がこぼれた。
　わたしだって、毎日それなりに楽しいし。
　とくに学校生活に不満があるわけじゃない。
　だけどさ、なんかこう……。
　そんなことを考えながら再び歩きだして校門にむかっていると、道のすみにある花壇に目が留まった。
　まだ花は咲いていなかったけど、そこにはこんもりした紫陽花の木が。
　へー、もう色づいてるんだ。なんかキレイ。
　満開の紫陽花あじさいもいいけど、こんなふうに成長途中のつぼみも、かわいいよね。
　そうだ、せっかくだから写真撮ろう。
　スマホを取りだして、カメラをむけたけど……って、あれ？
「なんだろう、これ」
　花壇のわきに、１台のオレンジ色のカメラがおかれているじゃない。
　どうしてこんなところに？
　わたしはスマホをしまうと、近づいてカメラをとりあげた。
「これってデジカメ？　だれかの忘れもの？」
　けっこう高そうだし、職員室に届けたほうがいいかな。
　どこかに名前が書いてないか、ひっくり返しながら見ていたそのとき。
　手の中のカメラが、ツルッと滑った。
「あああっ！」
　声をあげたけど、もう遅い。
　カメラは地面に落ちると、ガンッて鈍い音を立てて、はね返った。
「ヤ、ヤバ─！」

　けっこう派手に落ちたけど、ひょっとしてこわれた？
　ど、どどどどど、どうしよう!?
　だれにも見られていないなら、知らんぷりして逃げるか？
　いやいやいや、それ人としてやっちゃダメなやつ！　でもでもでも……！
　あせっていると、すぐうしろで声がした。
「あっ」
　わっ！　み、見られた！
　声がしたかと思うと、だれかが速足でやってきて、落ちていたカメラに手をのばす。
　て言うかこの人……。
「クルミくん!?」
　現れたのは、クルミくんだったの。
　けど待って。ひょっとしてそのカメラ、クルミくんの？
　マズイよ。
　わたし思いっきりソレ、落としちゃったんですけど─！

🍋３　「青春」が写ってる！

　地面からカメラをひろいあげる、クルミくん。
　わたしは、おそるおそる彼に声をかけた。
「もしかしてそのカメラ、クルミくんの？」
「えっと、火花さん……だよね？　これはオレのって言うか部活で使ってるカメラなんだけど」
「部活？」
「うん、オレ写真部だから」
　へー、うちの学校に写真部なんてあったんだ……って、そうじゃない！
「ごめん。わたしが、そのカメラ落としちゃったんだ。こわれてない？」
「調べてみないとなんとも。でも気にしないで。こんなところにおいてたオレが悪いんだから」
　なーんだそう？　それじゃああとはクルミくんに任せて、わたしはサヨナラ〜〜……って！
　あいにくそうできるほど、薄情はくじょうじゃないぞ！
　するとそんなわたしの気持ちを察したみたいに、クルミくんが言う。
「とりあえず、いまから部室にもどって調べてみるけど。気になるなら、火花さんもくる？」
「い、いく！」
　このまま放って帰る気にはなれないよ！
　というわけで、クルミくんの案内でわたしは歩きだした。
　やってきたのは、入ったことのなかった部室棟。
　文芸部や将棋部といった文化部の部室が、ズラリと並んでいる。
　その１つ、写真部の部室は、棚と長机と数台のパイプイスがおかれてるだけの、殺風景な作りだった。
　くる途中にきいたけど、いま写真部の部員は、クルミくんたった１人なんだって。
　クルミくんは、イスに座ると、さっそくカメラを調べはじめる。
「どう、ちゃんと動く？」
　わたしも、そばに座って、クルミくんの手元をのぞきこむ。
「どうかな。いちおう起動できたけど」
　わー、そこは気休めでも、だいじょうぶって言ってほしかった〜！
　クルミくんはだまって、まじめな顔でカメラをいじってる。
　それを見守る間のわたしは、まるで手術中の患者の心配をする家族みたいな気持ち。
　どうしよう、もしもこわれてたら……。
　頭の中に、『弁償べんしょう』の２文字が浮かんでくる。
　貯めてたお年玉貯金を、くずさなきゃいけなくなるかなあ？
　だけどしばらく調べたあと、クルミくんはホッとしたみたいに顔をあげた。
「──よかった、どこもこわれていないみたい。写真のデータも、ちゃんと残ってるよ」
　わあ！
「そうなの？　良かった〜〜〜〜〜！」
「うん……なんか、心配させちゃったね」
「いいよ、もともと落としたわたしが悪いんだから！」
　なんにせよ、こわれてなくて安心したよ。
「そういえば。そのカメラ、どうしてあんなところにおいてあったの？」
「ああ、これを撮ってたときに、先生に呼ばれて、つい……」
　クルミくんは言いながら、カメラのうしろにある小さな画面を見せてくる。
　そこに表示されていたのは……
　さっきわたしが撮ったのと同じ、紫陽花のつぼみだった！
「あ、クルミくんも、これ撮ったの？」
「うん。なんか目にとまって」
「あ、わかるー。じつはわたしも前を通りかかったとき気づいて、撮ってたんだ」
　わたしも、スカートのポケットからスマホを取りだして、さっきの紫陽花の写真を表示させる。
　咲く前だから、ぜんぜん目立ってなかったのに……クルミくんも同じものを見つけてたんだ。
　ふふっ、なんだか親近感がわいちゃうなあ。
　なんて思ったんだけど……。
　わたしの撮った写真と、クルミくんの写真。
　２つを見くらべて、そのちがいにわたしは思わず声をあげた。
「ちょっと待って。〜〜〜〜〜クルミくん、すごい！　この写真メッチャキレイじゃない！」
　同じ花を撮ったなんて思えないんだけど！
　画面のななめから入ってる光が、紫陽花のつぼみに当たってる。
　それが、まるで花自体が光を発してかがやいてるよう。
　まるでこれから開く花のパワーを、写しとったみたい……。
　パッと『映える写真』って言葉が浮かんだけど、それともちがう。
　もっとこう─芸術的、っていうのかな。
　なんだろう、見てると、胸がドキドキしてくる。
　写真を見て、こんな気持ちになったのは、はじめてだよ。
「さすが写真部だね、わたしが撮ったのと、ぜんぜんちがうよ！　メッチャすごい！」
「そ、そう？　ありがとう」
　照れたように頬をまっかにするクルミくん。
　あ─もどかしい。
　もっといいほめ言葉が思いつけばよかったんだけど、ボキャブラリーが貧困なわたしじゃ、これが限界。
　もっとわたしが感じてること、うまく伝えたいのに。
　けどクルミくんは。
「オレは火花さんの写真も、よく撮れてると思うよ」
「へ？　いやいやぜんぜん。クルミくんのとちがって、わたしの撮った紫陽花、えらく小さいし。もっと近くで撮ればよかったー」
「そうかな。『引き』の構図で撮るのもいいと思うけど」
「え、『引き』って？」
「あ。『引き』っていうのはね、被写体ひしゃたい……この場合は、紫陽花から『離れる』ってこと。まわりの景色もいっしょに写真におさめたいときは、引きで撮るんだよ」
　そうなんだ。さすが写真部だけあって、よく知ってるや。
「引きで撮ると、まわりの空気感も写せるから、オレは好きだなあ」
　そんな考えて撮ったわけじゃなかったけど、
　ほめられて悪い気はしない。
　それにクルミくんが、なんか楽しそう。
　教室ではあまりしゃべらないけど、写真が好きなんだな。
　声がはずんで、いきいきしてる。
「ねえ、ほかにはどんな写真を撮ってるの？」
「ほかの写真？　なら、こっちを見たほうが早いかも」
　クルミくんは、ズボンのポケットからスマホを取りだした。
　画面に出したのは、わたしもよく知ってるＳＮＳの画面。
　へー、クルミくんもＳＮＳやってるんだ。
　ぜんぜんそんなイメージなかったから、ちょっと意外。
　クルミくんがさらに画面を操作すると、四角形のパネル型に、写真がたくさん並ぶ。
　パネルを押すと、その写真が拡大で表示されるんだ。
「わ……！」
　──窓から光が差しこんでる、階段のおどり場。
　──ブロックの塀の上を歩いてる、猫のうしろすがた。
　さっきの紫陽花のつぼみとちがって、これらはふだんわたしが気に留めそうにないものばかり。
　中にはどうしてこれを撮ったんだろうって思うような、なんの変哲もないただの電柱の写真も。
　だけど、どうしてだろう。
　見かけたところで、なんとも思わないであろうその景色に、わたしは目をうばわれてる。
　そっか……前髪の裏側にかくれたクルミくんの目には、こんな景色が見えているのかあ。
　さらに画面をスライドさせていくと、その中の１つの写真が目にとまった。
「あ、この大きな木、なんか、すごい……」
　うー、やっぱりわたしって、語彙が足りない。
　けどクルミくんは、うれしそうに返してくる。
「あ、これ。オレもうまく撮れたなって」
「こんなふうに撮るのに、なにか特別なテクニックでもあるの？」
　なんの気なしにきいたけど、その瞬間、クルミくんの目がキラリと光った。
「これはまず、被写体が写真のどのへんにくるかを考えるんだ。シチュエーションによってどこに配置させるかはさまざまで、全身が入るように撮ることもあれば、ズームさせて撮ることもあるけど、配置次第で存在感をきわだたせることができるから。あと光をしぼって背景をボカすことで、被写体がより強調されるって前におじいちゃんから習って……あ、おじいちゃんっていうのは昔プロのカメラマンをやってたオレの祖父のことで……」
「ちょ、ちょっと待ったクルミくん、ストップストーップッ！」
　なになに？
　クルミくん、メチャクチャしゃべるじゃない！
　すると彼はハッとしたように話すのをやめて、顔を赤らめる。
「ごめん。写真のことになるとつい」
「謝らなくていいよ。好きなものの話って、語りたくなるよね。これだけいい写真がそろってるなら、さぞみんなから高評価を……え？」
　思わず声が止まった。
　ＳＮＳにポストされた写真は、見た人が気に入ったら『いいね』って意味で♥ボタンを押すシステムになってる。
　そしてその『いいね』の数が多いほど、高い評価を受けてるってことなんだけど……。
　クルミくんのポストした写真についた♥の数はどれも、０！　０！　０！
　ただの１つも、♥がついてなかったの！
「ウソでしょ!?　こんなにキレイな写真なのに、あり得ないでしょ！」
　だけど、その理由はすぐにわかった。
　よく見たら、クルミくんのアカウント。
　フォローしてる人もフォロワーも１人もいないじゃん！
「な、なるほどー。それでかあ」
　フォローって言うのは、ＳＮＳ上で指定したアカウントに動きがあったさい、お知らせしてくれる便利機能のこと。
　この人のポストは見のがしたくない！　って思ったらフォローしておくんだ。
　たとえばわたしがクルミくんのアカウントをフォローしたとして、クルミくんが新しい写真をＳＮＳにポストしたら、そのお知らせがわたしのスマホに届くようになる。
　それでお気に入りの相手のポストを見のがさないですむんだ。
　だけど、逆にだれもフォローせず、だれからもフォローされてなかったらどうなるか。
　……たいていの場合、写真をポストしても、気づかれることなく終わっちゃうんだよね。
　だってＳＮＳには毎日、星の数ほどの投稿があるんだもの。
　だれかの目に留まる工夫をしないと、どんなにいい写真を投稿しても、気づいてもらえないし、もちろん♥だってもらえない。
　ＳＮＳをあまり使ってないわたしだって、それくらいわかるよ！
「ねえ、クルミくん。よけいなお世話かもしれないけど、だれかをフォローするとかコメントするとかして、つながったほうがよくない？　せっかくの写真、そのほうが見てもらえるよ」
「……けど、見ず知らずの人にからんでいっても、迷惑じゃ？」
　いや、ＳＮＳってそういうものだから！
　クルミくんってひっこみじあんっぽいけど、ＳＮＳの世界でもそうなのかー！
　なんて思うわたしだって、ＳＮＳではだれともからんでないけどね。
　リアルでは、だれとでも話せるけど、ネット上ではちょっと……。
　すると、クルミくんは静かにつづける。
「それに……無理に見てもらわなくてもいいかな。写真はオレが好きで撮ってるだけだから」
　え？　それって、他人からの評価には興味がないってこと？
　ううん、たぶんちがう。
　きっと興味がないんじゃなくて、自分の撮るものに、しっかりとした自信とこだわりを持っているんだと思う。
　だから♥の数が０でも、そんなに気にならないんだ。
　けどこんなふうに自分の価値観を持ってるクルミくんが、すごくかっこよく思えた。
「そうだね……クルミくんがそう言うなら、それでいいよね。ごめん、いい写真だったからつい」
　千鶴を見ならって、ほどよい距離感でいないと。
「ううん、今日は火花さんに写真を見てもらって、うれしかった。ありがとう」
「わ、わたしこそ、素敵な写真見せてもらえてよかったよ！」
　わたしが言うと、クルミくんはてれくさそうな顔になる。
　クルミくんって、話してみたら案外楽しいかも。
　そうしているうちに下校の時間になって、そのまま解散したんだけど。
　家に帰ってからも、今日見たクルミくんの写真が……
　光を反射する紫陽花の写真が。
　茜あかね色に染まる空の写真や、道ばたにポツリと咲いた花の写真が。
　目を閉じるたびに、何度もよみがえってきた。
　そして、照れたように笑うクルミくんの笑顔も。
　夜、眠りにおちるまで。頭から離れなかった。

🍋４　見えない壁の、こっちとむこう

　次の日の朝。
　あくびをしながら洗面所で、髪にブラシをかけていたんだけど……。
「おいほむら、いつまでやってんだよ。そろそろ場所代われ〜」
「ギャッ！　お兄、頭さわらないでよー！」
　せっかく整った髪をクシャクシャッてなでたのは、お兄ちゃん。
　もう高校生なのに、ときどきこんなイジワルをしてくるの。
「そんな時間かけても、たいして変わらないだろ。もう朝飯だから、さっさとこいよ〜」
　洗面所を出ていく、お兄。
　わたしも少し遅れて出て、リビングにいくとお父さんとお母さん、それにお兄はもう席についていた。
「遅せーよ、ほむら」
　もう、お兄のせいで、よけいに時間かかったのに。
　これで学校では、けっこうモテてるらしいからふしぎ。
　それからみんなでそろって「いただきます」して朝食をとりはじめる。
　メニューはスープとサラダ、それにスクランブルエッグをはさんだロールパン。
　スクランブルエッグを食べると、口の中にほんのりバターの香りと、ケチャップの味が広がる。
　つけていたテレビからは、俳優さんが結婚したってニュースが流れていたけど、そのときお母さんが、
「あ、そうだ。チャンネル変えていい？」
「はいどうぞ」
　お父さんからリモコンを受け取ったお母さん。
　変えたチャンネルでは、視聴者から募集したという川柳せんりゅうが流れている。
　お母さん、この川柳コーナーが好きなんだよねえ。
　ニュース番組の中のミニコーナーで、毎回『雨』とか『車』といったお題が出るの。
　番組を見てる人が、お題にそった川柳を作って送り、その中から選ばれたのが紹介されるんだ。
　今日の川柳のお題は『写真』だった。
『デジカメで　写したわたし　またデコる』
　男性のアナウンサーが川柳を読みあげる。

　スマホのカメラやデジカメで撮った写真に、さらに手を加えて、デコる人を詠んだ川柳。
　わたしの友だちでも、スマホで撮った写真を加工するのが当然って人は、けっこういる。
　─そういえば、昨日クルミくんが使っていたのは、デジカメだったな。
　わたしが危うくこわすところだったけど、無事でよかった。
「そういえばデジカメって、買うといくらくらいなんだろ」
「なんだほむら、デジカメがほしいのか？」
　とお父さん。
「ううん、そうじゃないけど……デジカメとスマホのカメラじゃあ、撮れる写真も変わるのかなあと思って」
「そりゃあそうだろう。けど、スマホのほうが気軽に撮れるだろ？」
　まあ、実際その通りかもしれないけど。
　それに、わたしがデジカメを使ったとしても、あんな写真は撮れない気がする。
　昨日クルミくんが見せてくれた写真。
　クルミくんは、スマホで、デジカメで、ほかにどんな写真を撮ってるんだろ。
　たのんだら、もっと見せてくれるかなあ？
『川柳コーナー、次回のお題は『青春』です。たくさんのご応募、お待ちしています』
　テレビではアナウンサーが、次の告知をしている。
　あ、時間だ。
　わたしもそろそろ行かなくちゃ。
　　　　◇◆◇◆
　教室に入ってすぐ、わたしは、すでに登校していたクルミくんのところにむかった。
　あいかわらずだれかと話をするわけでもなく、１人でぽつんと座っている。
「おはようっ、クルミくん！」
　クルミくんは少しおどろいたような顔で、わたしを見あげた。
「火花さん……おはよう」
「昨日はありがとう。ねえ、昨日見せてもらった以外の写真って……」
「オーッス火花、ハヨー！」
　言いかけていたわたしの言葉を、べつの声がさえぎった。
　ふり返るとそこにいたのは、同じクラスの男子、星野。
　するとクルミくんがいることに気づいて、わたしたちを見くらべる。
「なんだ、めずらしい組みあわせだな。火花って、クルミと仲よかったっけ？」
「昨日ちょっと話して、写真を見せてもらったんだよ。クルミくん、写真部なんだって」
　だよね、と顔をむけると、だまったままうなずくクルミくん。
「へー、うちに写真部なんてあったんだ。けど写真なら、わざわざ見せてもらわなくてもネットにいくらでもころがってね？　……あ、そういえば火花、オレ昨日超笑える動画見たんだ」
　言いながら、星野がスマホをいじって、見せてくる。
　すると、教室にいたほかの子たちも集まってきた。
　楽しいこととかおもしろいことに、いつもアンテナをたててる、明るいキャラの子たちだ。
「ほら、これ！　やばくないか？」
「あは、ウケるー！」
「あ、これ知ってる。少し前にバズッてたよね」
　みんなが見てるのは、高校生くらいの男性が変顔してる動画。
　変顔がかわるたびに、みんなでもりあがる。
　う、うーん、たしかにおもしろいけどさ。
　わたしはいまはそれじゃなくて、クルミくんの撮った写真が見たかったんだけどな。
　けどクルミくんは、なにも言わずに、無表情でそこにいるだけ。
　せっかくなんだから、なにかしゃべれば、もっとなじめるかもしれないけど……。
　話の流れはすっかり変わってて、もうわたしがクルミくんに写真を見せて、なんて言える空気じゃなくなってる。
　またべつの子も、スマホを見せてくれて、
「そういやあたしも昨日見つけたんだけどさ。コレとかヤバくない？」
「あ、うん。そうだね……」
　てきとうに返事をしながら、もう一度クルミくんを見たけど、すっかりみんなの輪の外にいる。
　あーあ、完全に話すタイミングを失っちゃった。
　でも、まあいいや。
　同じクラスなんだから、話す機会なんて、いくらでもあるよね。
　　　　◇◆◇◆
　……って、思っていたんだけど。
　朝のホームルームがはじまって、授業や休み時間がすぎたけど、クルミくんと話すタイミングなんて、ぜんぜんなかった……！
　ま、まさかここまで話すのがむずかしいだなんて！
　もともとわたしとクルミくんとじゃタイプがちがうけど、別タイプの人と話すのって案外大変。
　もちろん、話しちゃいけないってルールがあるわけじゃないけど。
　近づこうとすると、まわりが勝手に「どうしてアイツらが？」みたいな空気を出してきて。
　まるで見えない壁にさえぎられているみたいに、近寄りにくいんだよ。
　話しかけたいのに話せないまま、あっという間に下校時間になる。
「ほむら、いっしょに帰ろ！」
「うん」
　いつもは放課後になると千鶴は部活にいくけど、今日はお休み。
　わたしも立ちあがったけど、つい横目でクルミくんを見ちゃう。
　クルミくんはカバンを持って、１人で教室を出ていこうとしてる。
「あっ……クルミくん、ばいばい」
「あ、さよなら」
　……って、それだけ!?
　はぁー、昨日はふつうに話せたのに、うまくいかないなー。
「ため息なんてついて、どうかした？」
「……なんでもない。行こう」
　千鶴といっしょに教室を出たけど、ついクルミくんのことを考えちゃう。
　せめてなにか、からむきっかけでもあればいいんだけど……ん？
　歩いていた足をピタリと止める。
「どうしたの、ほむら？」
　千鶴がきいてきたけど、返事をせずに考える。
　思いだしたのは、今朝テレビで見た川柳募集のコーナー。
　そうだよ、きっかけがないなら、いっそのこと……！
「そうだ、これだ！」
「うわっ、ビックリした。なにいきなり？」
　ゴメン千鶴、今ものすっごいアイディアを思いついたの！
　それはわたしにとって、ちょっと冒険ではあるんだけど……。
　うん、ゴチャゴチャ考えるのは止めて、とにかくやってみよう！

🍋５　キミに近づく、この一歩！

　わたしが行動をおこしたのは、次の週だった。
　その日の放課後、わたしは満を持して、写真部の部室にやってきた。
　クルミくん、いるかな？
　ドキドキしながらドアをノックすると、「はい？」って返事があった。
　深呼吸をしてからドアを開けると、中にいたクルミくんが目を見ひらいた。
「あれ、火花さん、どうしたの？」
　わたしがくるなんて予想してなかったっていう顔。
　わたしは一歩前に進みでた。
「─クルミくん！　わたしに、上手に写真を撮る方法教えてくれない!?」
「えぇ!?」
　目をまるくするクルミくん。
　いきなりこんなこと言われても、おどろくよね。
「ええと、どうしてオレに？」
「それは……ええと、前に見せてもらったクルミくんの写真が、すっごく素敵だったから！　ガバーッて心つかまれて、わたしもあんな写真撮りたいって思ったの！」
　って、語彙力ごいりょく─！
　ここにくる前、クルミくんになんて言おうか、何度もシミュレーションしてたんだよ。
　けどいざ口を開くと、出てきたのは、自分でも悲しくなる、勢いだけの言葉ばかり。
　で、でも言ってることは、本気だよ！
「…………ゴメンね、いきなりこんなこと言って。じつは、コレがしたくて」
　そう言って、差しだしたスマホの画面には、あるＳＮＳへの投稿が映っている。
「……『青春仕掛け人の、#アオハルチャレンジ』？」
　首をかしげるクルミくん。
「アオハルチャレンジってね、この『青春仕掛け人』って人がはじめた遊びなんだ。最近クラスでも話題になってるんだけど……知らない？」
「うん……流行りとか、オレよくわからなくて」
　こまった顔をするクルミくん。
　まあ、そうだよね。
「最近はじまったばかりなんだ。説明するとね……」
　ルールはとてもかんたん。
　１　発起人である『青春仕掛け人』さんから、ＳＮＳ上で、お題が出る。
　２　それを見た人が、お題にチャレンジして、証拠となる写真や動画をＳＮＳにポストする。
「えっと……。…………それだけ？」
　拍子抜けしたみたいに、口を開けてるクルミくん。
「ポストして、それでどうするの？」
「どうもしないよ。あとはいろんな人がＳＮＳにあげた写真を、見て楽しむの。けど、やってみるとなんか楽しいって、評判なんだよ」
　身ぶり手ぶりをつけて、一生懸命、説明するわたし。
　でも、言葉だけじゃ、なに言ってるかぜんぜんわからないよね……。
　でも、わたしの熱意だけは伝わったのか……クルミくんが口元に手をあててつぶやく。
「そうなんだ……うーん、なるほど、お題にそって写真を撮るんだね。それは、ふだん撮らない題材を撮るきっかけになりそう。それに、同じテーマでいろんな人が撮る写真を見るのも、おもしろいかも」
　あ。クルミくんの目の色が変わった!?
　わたしは前のめりになってさらに説明する。
「それでねっ、せっかくやるなら、写真を上手に撮りたいじゃん。だからクルミくんに教えてもらいたいと思ったんだ……ダメかな？」
　わたしはドキドキしながら答えを待ったけど、クルミくんがかるくうなずく。
「いいよ。どれだけ力になれるかは、わからないけど」
　やった─！
「ありがとー！　じゃあさ、さっそくここでやってみていい？　この、#友だちといっしょにおやつ　っていうのやりたいんだ！」
　言いながら、わたしは持っていたカバンからチョコレートを取りだす。
　ここにくる前に、購買部で買ってきたんだ。
　ジャーン！
　ブロック状のデコボコがついた、シンプルな板チョコ。
「えっ、オレと？　でも、お題は『友だちといっしょに』って……」
「そりゃもちろんクルミくんとだけど……ひょっとして『友だち』って言われるの抵抗ある？」
　わたしが言うと、クルミくんはあわてたように両手をふって、それから照れたような顔になる。
「いや、そんなことはないよ……ちょっとビックリして」
　チョコレートに目をおとしながら言う、クルミくん。
　うん。本当に、いやがっているわけではないみたい。
　よーし！
「じゃあ、やろう、アオハルチャレンジ！」
　まず、片手でチョコレートを持って、パキンと半分こ。
　ちょっと大きさに差がでちゃったけど、まあいいか。
　そのうちの大きいほうを、クルミくんに差しだした。
「はい、これクルミくんのぶん！」
　空いてるもう片方の手をのばして、自撮りモードにしたスマホをかまえる。
　板チョコの割れたところを目の前でならべて、１枚にしてみたり。
　いっせーのせで、呼吸を合わせて、パキン！　とかじったり。
「あまーい！」って、そろって笑顔になったり。
　連写モードでたくさん撮ったら……
　あっ、なんかすごく青春っぽい写真が撮れてる！

「いい感じだよ！　あっ、いまさらだけど、この写真ＳＮＳにあげていい？」
「もちろん。もともと、そのつもりで撮ったんだから」
　クルミくんの返事に、さっそくわたしは撮ったばかりの写真を加工する。
　加工には、スタンプを使うんだ。
　スタンプっていうのは撮った写真の上にはりつける、ちょっとしたイラストのこと。
　せっかく撮ったツーショットの顔がかくれるのは、ちょっともったいないけど……。
　ネットで顔をさらすのは、こわいからね。
　それからわたしは、自分のＳＮＳのアカウントを開いて、そこにさっき加工した写真を表示させた。
　そして#アオハルチャレンジ　や　#友だちといっしょにおやつを食べる　ってタグを追加。
　これは、アオハルチャレンジへの投稿だよって、見てる人に知らせるためのマークみたいなもの。
　これらのワードで検索したら、いろんな人が上げた写真が出てくる。
　その中に、自分のポストする写真も表示されて、人目につきやすくなるの。
　せっかくだから、たくさんの人に見てもらいたいじゃない？
　スマホ上でせわしなく動くわたしの手元をのぞいていたクルミくんが、感心したように言う。
「……すごいね。撮った写真を、ただ上げるだけじゃなくて、こんなふうにするんだ」
「べつにすごくないよ。わたしも、最近はじめたばかりだし」
「ううん、勉強になるよ。今まで考えずにポストしてたけど、こんなやり方もあるんだね」
　キラキラした目で見つめられると、ちょっと照れるなあ。
　クルミくん、教室での印象は無口＆無表情─って感じなのに、話してると、表情がけっこう変わる。
　さあ、準備ができて、いよいよ投稿だ。
　最後に内容をもう一度見直して、深呼吸。
　ドキドキしながら、ポストのボタンをタップする。
　すると画面が切りかわって、さっきクルミくんと撮った写真が、パッと映った。
　ポスト完了！
　写真がＳＮＳにあげられて、これで世界中、だれでも見られるようになったんだ！
「ご協力ありがと！　おかげでアオハルチャレンジができたよ」
「オレはなにもしてないよ。けど……うん。なんかわかった。楽しいね、これ」
　と、クルミくん。
　そうなんだ。
　たんに写真を撮って、ポストするってだけなのに、ワクワクするんだよね。
　クルミくんにもそう感じてもらえて、よかった！
　クルミくんが、思いだしたように言う。
「そうだ火花さん。チョコのお金、払うよ」
「ええ!?　いいよ、たのんだのはわたしなんだから！」
「でも……」
　わあ、こまった顔してる……けど、それなら。
「じゃあさ。お金のかわりに、これからもチャレンジにつきあってくれない？」
「え、オレでよければ、もちろん。オレも……その、アオハルチャレンジ。またやってみたい」
　クルミくんが、おだやかにニコッとしてくれる。
　よーしっ、やったー！
　好感触に、心の中でガッツポーズを取る。
「じゃあ、また次のチャレンジも声をかけるね！　近いうちに、また新しいお題が出るから！」
「あ、そうなの？　お題発表がいつ出るか、アナウンスされてるんだ」
「えっ!?　……え、あっ、えっと、いや……そ、そういうわけじゃないんだけど。な、なんとなく、そうかもなーって思っただけだよ、アハハ」
　わたしはあわてて言う。
　な、なにはともあれ、「クルミくんと話すきっかけ」ゲットだよ。
　─けどね。
　なんでもないように会話をしてるけど…………ごめんクルミくん。
　じつは１つだけ、クルミくんに言ってないことがある。
　さっき話した、アオハルチャレンジの「青春仕掛け人」っていうのは。
　じつはその正体……
　このわたし、火花ほむらなの！

🍋６　ボリュームＭＡＸで大失敗!?

　朝のホームルーム前の教室で。
　わたしは席に着きながら、スマホの画面をながめていた。
　……あ、また♥がふえてる。
　えへへへへ。
　表示されているのは、昨日ＳＮＳに上げた　＃友だちといっしょにおやつを食べる　のアオハルチャレンジ。
　あれからひと晩で、わたしのポストがもらった♥の数は、２けたになってる。
　つまり10人以上が、この写真を「いいね」「素敵」って思ってくれたってことだよね。
　♥を押した人の中には、顔も名前も知らないだれかがいて。
　そんな人が、わたしのチャレンジに興味をもってくれたって思うと、うれしいなあ。
　なんてスマホを見ながら笑っていたら、うしろからポンと肩をたたかれる。
「ほむらおはよー。なに見てるの？」
「あ、千鶴。これだよ」
「ああ、アオハルチャレンジね。昨日ほむらがあげてた、おやつのやつ、あたしも見たよ」
「ありがとう。♥くれてたよね」
　♥をくれたうちの１人は、千鶴だったの。
「いっしょに写ってた男子と、なかよしーって感じがしていいね」
「えっ？　そ、そうかなー。ふふ、ありがとうー！」
　実際は、まだそんなに距離ちぢめられてないけど。
　そうなりたいって思ってるし。
　千鶴ってば、わたしの気持ちわかってるー！
　そしてそんな千鶴も、ときどきいっしょにチャレンジをしている。
　おたがいマイペースだから、「絶対いっしょに」って決めてるわけじゃなくて、タイミングが合ったら、いっしょに写真を撮るんだけど……。
「それにしてもほむら、けっこうハマってるね。ＳＮＳは見る専って言ってたのに、どういう風の吹きまわし？」
「うん、なんとなく。せっかくアカウントあるんだから、活用してみようって思って」
　なんて言ったけど……。
　わたしが『青春仕掛け人』だってこと、千鶴にもナイショにしてる。
　だから、ちょっと歯切れがわるくなる……。
　そもそもアオハルチャレンジを思いついたきっかけは、この前、朝の番組で見た川柳。
　あれみたいに、みんながお題にそったチャレンジをする遊びがあれば、おもしろいかもって考えたの。
　だからって、わざわざ別に新しいアカウントを作って、アオハルチャレンジを仕掛けるなんて、我ながら手がこんでるとは思うんだけどね……。
「ちょっと意外だなあ。ほむらってば、いくらさそってもフォローもしてくれないから、ネットとかＳＮＳとか苦手なのかなって思ってた」
「う、うん……あんまり得意ではないんだけどね」
　じつはちょっと前にネットがらみで、ちょっと……ううん。
　かな─りしんどいことがあった。
　だけど、それは「もう終わり！」ってことにしたんだ。
「いままではいままで、これからはこれからだよ。これからは、ばんばんチャレンジして、どんどんポストしていくから」
「うん。ところでこの　＃おやつをたべるチャレンジ、あたしもやりたかったな」
　あれ？　ひょっとして、千鶴もさそったほうがよかった？
「ご、ごめーん。昨日の放課後は、千鶴が部活だったから」
「まあそうなんだけど。あたしもほむらと、おかし食べたいじゃん、なかよしなんだし！」
「あはは、だよね！　じゃあ、今日昼休みにやろう。１人１回しかチャレンジしちゃいけないなんてルールはないし」
　そんなルール、わたしは作ってない。
　１つのお題にいくつもチャレンジ写真をあげてる人、いるしね。
　すると千鶴は、きげんをなおしたように笑う。
「じゃあ、あとでいっしょに購買でおかし選ぼう！　ところで、さ、昨日のほむらといっしょにチョコ食べてた子って……」
　千鶴が言いかけたそのとき……。
「火花ー、昨日のアオハルチャレンジの写真に写ってるやつ、だれだよー？」
　わりこんできたデカい声。
　言いながらやってきたのは、星野。すると千鶴も、
「あたしも気になってた。星野かなって思ってたけど、ちがったんだね」
「オレじゃねーよ。ほむら、いっしょにチョコ食ってたやつって……彼氏か？」
「ええっ！」
　彼氏という言葉をきいたとたん、わたしの背中が、ザ─ッと冷たくなった。
　ま、まってよ。
　いっしょに写ったのが男子だからって、いきなりそうなっちゃうの!?
　だけど星野の声……と、わたしの声もデカかったせいで、教室中のあちこちから、
「え、火花さんつきあってる人いるの？」
「相手ダレ？」
　なんて声がきこえてくる。
　あわわわわわわ……！！！
　そのとたん、おなかの中からせりあがるような、不安と焦りがこみ上げてきた。
　待って待って絶対やだよ─！！！
「そっ、そんなんじゃないってば！　彼氏だなんて絶対絶対絶対ぜーったいちがう！　ありえないから！」

　気がついたら、わたしは力いっぱいの声を出しちゃっていた。
　一瞬教室がしんとなる。
　あっ、ボリュームまちがえちゃった……。
　でも─レンアイ関係でさわがれるのはほんとに絶対、カンベンなんだ！
　でもすぐにハッと気づいた。
　はなれた所にある席に座ったクルミくんが、こっちを見てることに。
　い、今のきいてたよね。そりゃきこえるか……。
　クルミくんは、いつも教室にいるときと同じ、無表情で。
　だけど目があったと思った瞬間、するっと視線をそらされた。
　ああ〜〜〜！
　彼氏じゃないのは事実だけど、あんなふうに全力の大声で否定するのは、めちゃくちゃ失礼だったよね。
　早くあやまらないと。
　で、でもこの水をうったみたいにシンとした空気も、なんとかしないと……。
　わたしがあせっていると、千鶴が、
「こらー星野。あんたがさわぐから、ほむらがこまってるじゃない」
　星野との間に入って。
　千鶴らしいクールな声で注意してくれる。
「オ、オレはただ気になったから……」
「それにしたって、いきなり彼氏とか言われたらビックリするでしょ。ほむらはちがうって言ってるんだから、もういいでしょ」
「ま、まあそうだな。火花、悪い」
　星野が謝ると、
「なんだ、星野の早とちりかよ」
　って笑いがおきて、やっとこわばっていたわたしの体が解ける。
　ありがとう千鶴、たすかったよ。
　さりげなく、目をやると、クルミくんは自分の机で、かるくうつむいている。
　ここでわたしが声をかけて、またさわぎがぶり返したら、迷惑だよね？
　結局、すぐにチャイムが鳴って、この場はうやむやになったけど……。
　ホームルームが始まってからもずっと、わたしはクルミくんのことが気になりっぱなしだった。

🍋７　つながるっていい感じ！

　朝のさわぎのせいで、ソワソワした気持ちは、放課後までつづいていた。
　クルミくんがどう思ってるか、心配で……。
　けど結局、昼間は声をかけることができなかったんだよね。
　あーわたしのバカー！
　っていうか、星野のバカ─！
　っていうか、やっぱりバカはわたし！
　テンパって大声出しちゃって。ほかにいいごまかし方があったんじゃないの!?
　って、頭をポカポカたたきたい気分だった。
　ホームルームが終わり、掃除当番をすませると、わたしはまっすぐに写真部の部室に走った。
　真っ先に、深─く、頭を下げる。
「あ、あの……クルミくん！　今朝は教室で、変な言いかたしちゃって、ゴメンなさいっ！」
「ひょっとして、アオハルチャレンジの話をしてたこと？」
　カメラをいじりながら、クルミくんが言う。
「うん、それ……」
　すぐにわかってくれて話が早いけど、クルミくんは無表情。
　その横顔からは、気を悪くしてないか？　怒ってないか？　ぜんぜん読めない。
　するとクルミくんが、カメラから視線を上げないままで言った。
「火花さんはなにも悪くないって。それより、オレのほうこそ、よくなかったかも」
　え!?　クルミくんはなにもしてないのに、どうして？
「火花さんがこまってたのに、動けなかったから。オレだって無関係じゃないんだから、出ていって否定するべきだったのかもしれないのに……」
「え？　ええー！　いや、それはいいから！」
　もともと、わたしがさそって、わたしがポストしたんだもん。
　だいたいクルミくんがあそこで「いっしょに写真に写ってたのはオレですけど」なんて言いだしたら、よけいにさわぎが大きくなっていたかもしれないし。
　いつも教室でしずかにすごしているクルミくんに、そんなことさせられないよ！
「クルミくんイヤじゃなかった？　……なんかキツイ言い方しちゃって」
「それは気にしないよ、だって本当に彼氏じゃないし。ハッキリ否定しないと火花さんのほうがこまるでしょ」
「ま、まあ……変なゴカイは、されたくないんだけど……」
　レンアイがらみのトラブルは、超やっかいだ。
　過去の経験で、わたしはそれを、よ─く知ってる。
　けど、それはそれとして……。
「本当のことだから気にしない」って、クルミくんのきっぱりした言い方、うん、たしかにそうなんだけど、なんか凹むなあ……。
　クルミくんは、さらにとんでもないことを言ってくる。
「こんなふうに放課後会ったり、いっしょにアオハルチャレンジするのもやめたほうがいいね」
　ええっ！
「それはヤダ！！！」
　教室で否定したときと同じくらい、大きな声がでてしまう。
　そりゃあ、おもしろ半分であれこれ詮索せんさくされるのはイヤだけどさ。
　そういうのを気にして、しゃべりたい人としゃべれなかったり、やりたいことができないのは、もっとイヤだよ！
「もしまたなにか言われても、次はうまくごまかすから！　それともクルミくんがイヤかな？」
「オレは……うーん。火花さんと話すのは楽しいけど……正直言うと、人と雑談ざつだんするのは苦手」
　クルミくんが、机の上に、コトンとカメラをおく。
「それで、教室ではあまり話さないの？」
　そうか……そうだったんだ。
　わたし勝手に、「クルミくんもみんなの輪に入ったらいいのに」「そのきっかけを作ろう」なんて思っちゃってたけど。
　わいわいするのが苦手な人だっているよね。
「クルミくんは、教室で１人でいるのって平気？　写真部でも１人でしょ？」
「ぜんぜん平気。１人でいるの得意なんだ。暗いとか変なやつとか言われることもあるけどね」
「そんなことないよ！」
　わたしだって、１人でいたほうが楽なときはあるもの。
　でもやっぱり、みんなから外れてると不安になるんだけど……。
　だから、１人でいるのが得意……って言えるクルミくんは、なんだかかっこいいって思う。
　そういえば教室でのクルミくんは、さみしそうとか、つまらなそうって感じじゃないもんね。
「あ、１人が得意だし、大人数は苦手だけど、火花さんと話したり、アオハルチャレンジやったりするのは、楽しいよ」
「！！！」
　クルミくんが、照れたように付け足してくれる。
　ホッとする気持ちと、うれしい気持ちがドッと、こみ上げてくる。
　よかった、ムリにつきあわせてたわけじゃなかったんだ。
「…………じゃあさ、みんなにはヒミツっていうのはどう!?　教室では、わたしがクルミくんに写真の撮り方習ってること、言わないようにする。いっしょの写真を上げるときは絶対スタンプで顔をかくすし、話すなら教室じゃなくこの写真部の部室でってことで。――どうだろう！」
　片手を差しのべて。
　あ、なんかこれ、少女マンガで「つきあってくださいっ！」っていうときのポーズみたい。
「……わかった。オレも気をつけるね」
　クルミくんが、表情をやわらげてこたえてくれる。
　よかった！　いつもの笑顔を見せてくれた！
「あ、そうだ、クルミくん。よかったらメッセージアプリ、つないでおかない？　それならいつでも連絡できるし。あと、ＳＮＳも相互フォローしていい？」
　本当は昨日やっておけばよかったんだけど、チャレンジ写真をポストしたことに満足して、すっかり忘れちゃってた。
「もちろん。オレの二次元バーコードは……」
　クルミくんが画面に表示した二次元バーコードを、わたしのスマホの写真モードで読みとる。
　と、画面にクルミくんのアカウント「Ｙ／Ｋ」が表示された。
　友だち追加……っと。
「よろしく」というスタンプが送られてくる。
　ただのアカウント交換なのに、クルミくんとつながった気がして、うれしいなあ。
　見ればクルミくんも、ほんのり微笑ほほえんで自分のスマホを見ている。
　クルミくんも、よろこんでくれてるのかなあ。
　次はＳＮＳのほう。
　わたしのスマホの画面に、クルミくんのアカウントが表示される。
　クルミくんのユーザー名は、『夜明け』。
　プロフィール写真には、その名の通り、日の出の空の写真が使われてる。
　拡大して見ると、家の屋根の間から、朝日が姿を見せてる。
　撮った季節はたぶん……冬かな。
　よく見ると、家の屋根にうっすら霜しもがおりてるのがわかった。
　人気のない、まだだれもいない閑散かんさんとした町が想像できるような。
「これ、不安な気持ちを、朝日が温めてくれてるみたい……」
「え、わかるの？」
　クルミくんが目を見ひらいて、わたしを見る。
　えっと……わかるっていうか、なんとなく、そんなふうに感じたの。
「これは今年の１月に撮った写真なんだけど……オレ、受験とか卒業とかで、ちょっと悩んでたんだ。けど、のぼっていく朝日を見てたら、ふしぎと気持ちが楽になったんだよ」
　１月、か。
　あのころはわたしも色々あって、中学生になってうまくやっていけるか不安だった。
　クルミくんも、同じだったんだね。
「ＳＮＳをはじめたとき、最初にこの写真をプロフィールに使おうって決めたんだ。
『夜明け』って名前は、写真にあわせてなんとなく入れたんだけど」
「いい名前だし……いい写真だね」
　写真ありきで考えるってクルミくんっぽい。
「火花さんのユーザー名は、『灯』なんだね」
「うん。苗字が火花で名前がほむらだから、適当にイメージが近い言葉にしただけだけど」
『火花』も『ほむら』も火を連想させるから。
「プロフィールのアイコン、かわいいね。これって、もちウサギ？」
　そう、わたしがアイコンに使っているのは『もちウサギ』っていうキャラクター。
　かがみもちに目と口がついてウサギの耳が生えた、キュートなマスコットキャラなの。
「火花さん、もちウサギ好きなの？」
「うん。小学校のころグッズ集めてたし。中学生なのに子どもっぽいかなって思ったんだけど」
「火花さんが好きなら、いいんじゃないかな。もちウサギ、かわいいしね」
　笑顔を見せてくれるクルミくんに、ホッとする。
　それから、クルミくんのポストしている写真を、じっくり１つずつ見ていく。
「そういえばクルミくん、新しい写真投稿したんだね」
　一番上にポストされていたのは、川を写した写真。
　夕方に撮ったのか、川面に真っ赤な夕日の色が反射して、絶妙なグラデーションになってる！
　見惚みとれるには十分な写真だったんだけど、わたしが目を留めた理由がもう１つ。
　そのポストに、＃アオハルチャレンジのタグがつけられていたから。
「……！　これ、アオハルチャレンジの写真だよね。#夕焼けの写真を撮るってやつ」
　わたしが考えたお題なんだから、まちがいない！
　するとクルミくんは、ちょっと照れくさそうな顔でうなずいた。
「うん。昨日学校帰りにその景色を見つけてね。火花さんが言ってたお題を思いだして、撮ってみたんだけど、あってた？」
　クルミくん、１人でもアオハルチャレンジをやってくれたんだ！
「いい、いい！　お題にあってて、タグがついてたらなんだっていいんだよ」
「よかった。その写真、じつははじめて♥をもらったんだ。今までどんな写真を投稿してもぜんぜんだったから、おどろいたよ」
「本当!?」
　見てみるとたしかに、♥が３つ、ついてる。
　写真のクオリティを考えたら、もっともっと多くていいけど。
「今までは反応がなくても気にしてなかったけど─だれかに見てもらえるのってうれしいね」
　クルミくんが、画面の♥を見ながらつぶやく。
「でしょでしょ！」
「アオハルチャレンジのタグのおかげだよ。火花さん、教えてくれてありがとう」
「あ、わたしはたいしたことは……あっそうだ、わたしもいいねするね！」
　照れをかくしながら、♥のマークをタップする。
「あ。♥が増えた！」
　顔をあげるクルミくんに、くすぐったい気持ちで、わたしも笑いかえす。
　今までだれの目にも留まらなかった、クルミくんの写真。
　だけどこうして見てもらえて、いいって思ってもらえたことが、すごくうれしい。
　わたしのしたことは、ほんのちょっとのきっかけを作っただけだけど……それでもとても、幸せな気持ちになった。

🍋８　呪いの言葉に負けないで

　クルミくんとＳＮＳを相互そうごフォローをして、おたがいの連絡先を交換してから数日後。
　４時間目の授業が始まる前、わたしは体育当番として、授業の準備をしていた。
　うちの学校では、体育は男女にわかれて、となりのクラスと合同で行っているんだけど。
　毎回各クラスから１人ずつ、当番の子が準備をすることになってるの。
　今日は体育館でバレー。
　最近暑くなってきたから、屋外でやらなくてすむのは助かるよ。
　体操服に着替えて、バレーボールをとりに体育倉庫にやってきたら……
　そこにあまり会いたくない人の顔があった。
「あ、……早苗さなえ」
「ほむらちゃん……」
　そこにいたのはふわふわしたウエーブのかかった髪の、小柄な女の子。
　ちょっと気弱そうな眉の下から、わたしを見る。
　となりのクラスの……折笠早苗。
　そしてわたしと小学校が同じ「もと」友だち。
　ここで会うってことは、ひょっとして……。
「今日のそっちのクラスの体育当番って早苗ちゃ……早苗なの？」
　つい『早苗ちゃん』って呼びそうになったけど、あわてて言いなおす。
　早苗は、返事もしない。
　中学に入ってから、ずっとおそれてた日が、とうとうきちゃった。
　むこうも同じことを思ったのか、ぷいっと目をそらして、１人でバレーボールの入ったカゴを運びにかかる。
　無視、かあ……。
　わたしとは、口もききたくないってこと。
　早苗とは、小学校時代にいろいろ……本当にいろいろあったんだ。
　思いだすと、いまでも苦しい気持ちがわきあがってきそう。
　だめだめ、最近のわたし、けっこう充実してるんだし！
　アオハルチャレンジのための写真が、少しずつスマホの中に増えて……。
　それを見てると、ちっちゃいころからあこがれてた「青春」のまんなかにいるような気がして。
　いつもと同じ学校生活を送ってるのに、ＳＮＳ上の自分は、もっとキラキラしてるっていうか。
　アオハルチャレンジがきっかけで、それまであまりからまなかった子と話すことも増えたし。
　気がついたら、小学校時代のことは思いださなくなっていた。
　早苗だって楽しくやってるだろうし、もう関わらないのが一番だよね！　……って思ったのに。
「―あのさ」
　一瞬、息が止まった。
　早苗が話しかけてきたんだ。
「な、なに？」
　おもわず声がうらがえりそうになった。
「よけいなお世話かもしれないけど……最近ほむらちゃんのこと、うちのクラスでウワサになってるの。その……調子にのってるって言ってる人もいて……」
　はぁ!?　いきなりなに？
「調子にのってるって……どうして？」
「わ、私が言ったんじゃないよ。けど知ってるでしょ、ほむらちゃんって目立つんだよ。ほむらちゃんにその気がなくても、ちょっとはしゃいでるだけで気にさわる人はいるんだから……」
「そ、そんなこと……！」
　ない……とは、言えないか。
　思わず、唇をかむ。
　スポーツが得意だったり、男子とも割と話したりしてたせいか、目立つことが多くて。
　小学校のころから「ずるい」とか「ほむらばっかり」と言われちゃうことがあった。
　みんなと同じようにしてるつもりなのに、「おもしろくない」って感じる人がいて。
　小学生のころは悩んだし、中学に入ったはじめも、どういうテンションでいようか迷ったけど。
　でも最近、やっとうまくいってる気がするのに、どうしてまた、こんなことを言われるの？
　しかも、それを早苗が言うなんて！
　思わず、目をするどくして早苗をにらみつける。
「わたし、その子に迷惑かけた？　そんなふんわりした文句言われても意味わかんない！」
「だ、だから、言ったのは私じゃなくて……」
「じゃあだれ!?　わたし、直接その子と話をするから、教えてよ」
「それは……」
　あっ、身をちぢめて、だまっちゃった。
　これじゃあ、わたしが早苗をいじめてるみたい。
　けど先に突っかかってきたのは早苗だし。
　こたえないってことは、わたしのことを気に入らないのって、ほかの人じゃなくて早苗自身なんじゃない？　なんて思えてしまう。
　早苗は少しの間うつむいていたけど、やがて顔をあげた。
「と、とにかく。ほむらちゃんのことを、よく思ってない子もいるってこと。また、あんなことになるかもしれないんだから……気をつけて」
「っ！」
　わたしが言葉を失ってる間に、早苗はもう話は終わったと言わんばかりに、パタパタッとわたしの横を通りぬける。
「あ、ちょっと……」
　授業で必要な道具をもって、さっさと出ていっちゃって。
　倉庫の中には、わたしだけが残された。
「〜〜〜〜〜〜！」
　ああー、もやもやするー！
　近くにあったボールをほうりなげたくなったけど、ぐっとガマンする。
「こんなの、呪いみたいじゃん……！」
　のびのびと楽しもう！　って思ったとたん、わたしの心に鎖くさりをつなぐみたいな言葉。
　本当に、いやになるけど、一度きいた言葉は、なかったことにはならないんだ。
　胸の中がいやな気持ちでいっぱいになって、ため息が出る。
　……早苗かあ。
　小さいころは、おたがいの家を行き来して遊ぶくらい仲がよかったのに。
　活発なわたしと、ちょっとおとなしい早苗は、正反対だけど息があって……「親友」だって思っていたのに。
　こんなふうに、目も合わせられなくなるなんて……。
「おーい、ほむら？」
　体育館の床に目を落として考えこんでいると、倉庫の外から、千鶴が顔を出してきた。
「なにボーッとしてるの？　先生がまだかって、おこってるよ」
「あっ、ごめん。すぐいくね！」
　わたしは、足ばやに倉庫を出る。
　早苗のことは気になったけど……気持ちをきりかえよう。
　早苗にどう思われていたっていい。
　わたしのアオハルを、じゃまなんかできないんだから！

🍋９　アオハルの大流行!?

「――この気持ち、本当にわからない？　……ほむら」
「ちょ、ちょっとちょっと千鶴……？」
「ダメ……逃がさないよ」
　間近にせまる、マジな顔。
　熱のこもったまなざしが、まっすぐにわたしを見ている。
　そして、わたしの顔のすぐ横の壁につかれた手。
　……って、目の前にいる相手は、千鶴なんだけどね。
「ムリムリムリ、もう限界！　千鶴ってばノリよすぎだって！」
　ガマンできなくなったわたしが、赤面してさけぶ。
　すると壁ドンするのをやめた千鶴が、大きな口を開けて「あははは！」って笑った。
「ヤバこれ楽しいね。クセになりそう！」

　昼休みの学校の中庭。
　千鶴は今、男子の制服を着てる。
　なにをしているのかって？　＃アオハルチャレンジだよ。
　昨日、「青春仕掛け人」であるわたしが出した、新しいお題は、＃ときめき壁ドン。
「壁ドン」って、少女マンガで、イケメンがヒロイン相手にやってるアレね。
　さっそく朝から話題になって、千鶴が「一度、やってみたかったんだー」って。
　しかもなぜか壁ドンされる側じゃなくて、する側を希望したんだけど……。
　実際やってみると千鶴がイケメンすぎた。
　中庭でチャレンジしてたわたしたちのまわりには、すっかり人だかりができていて、黄色い声を上げる女子もいる。
「ベストショットいただきました〜！　ほむら、この顔、本気でときめいちゃってるじゃん」
　写真を撮ってくれていた子が言ってきて、思わず赤面する。
「だ、だって、千鶴がイケメンすぎるんだよ！　セリフまで少女マンガみたいだしっ！」
「たしかにこれはヤバいよね。千鶴、次は私にもやって〜」
「はいよ、どんどんきな〜〜」
　千鶴の前に列を作って、壁ドンされていく女子たち。
　かわるがわる写真を撮っては、みんなきゃーきゃー言って見せあってる。
「ちづちゃんかっこいい〜。スタンプで顔かくすのもったいない」
「次はべつのアングルで撮ろうよ」
　さっそく、＃アオハルチャレンジのタグをつけて、投稿してる子たちもいる。
　壁ドンは、昨夜アプリでマンガを読んでいて、思いついたネタだったんだけど。
　こんなに大ウケするなんてなあ……すると、
「ちくしょう。千鶴のやつ、オレよりモテてるじゃねーか」
　くやしそうに千鶴を見てるのは、ネクタイなしのシャツ姿の星野。
　じつは、千鶴が今着てるジャケットとネクタイは、星野からむりやり借りたもの。
　千鶴が、男子の格好かっこうをしてやりたいって言って、星野からひっぺがしたの。
「悪いね星野ー。あとで返すからさっ」
「えー、ちづちゃん男子の制服似合うよ！」
「ずっとこのまま着ててよ」
「あははっ、それいいかも」
　ノリノリになった千鶴がクルッと回ってポーズを決めると、また歓声が上がる。
「おいおい、それじゃあオレはずっとこの格好かよ!?」
「わたしの制服貸してあげようか？　サイズ合うんじゃない？」
「そういう問題じゃねーよっ！　……あ、そうだ火花」
　星野はこっちをむいてきて言う。
「オレもアオハルチャレンジやりたいからさ、いっしょに壁ドンやろーぜ」
「へ？」
「いいだろ？　スゲー壁ドンして、絶対千鶴に勝ってやる」
　千鶴にライバル心むき出しにしてる星野だけど、そもそも壁ドンの勝ち負けってなに!?
　それに、ね……。
「えーと、ごめん。わたしはちょっと……」
　と、もごもごもご。
　だって、男子と写真撮ったりすると、さ。
　また彼氏だのなんだの、だれかに言われるかもしれないじゃない。それに……。
「おーい、ノリわるいな？　遊びだろ？」
「それはそうなんだけどさ……」
　忘れようとしてたのに、早苗から言われた呪いの言葉を思いだしちゃう。
　星野って、スポーツが得意で、女子からわりと人気がある。
　そんな星野と壁ドンしたら、どこかのだれかがまた、陰で調子にのってるなんて言うかもって。
　あ─！
　こういうこと考えなきゃいけないの、本当にめんどくさ〜〜〜い！
「わかった。やろう星野。壁ドン」
「よしじゃあさっそく……わっ!?」
　と声を上げる星野。
　わたしが星野の両肩をつかんで、校舎の壁に押しつけたの。
　そしてそのままスカートをひるがえして、星野のわきに、片足をドンッ！　ってつく。
「ひ、火花？」
「どう？　これだって壁ドンでしょ」
　目を丸くする星野に、ニッコリ笑う。
　マンガでワイルド系の男子がやる壁ドンの一種で、足ドンとも呼ばれてる。
　不良キャラが、相手を怖がらせるときなんかに使われることも多いんだけどね。
　星野はポカンとしたけど、すぐにハッとなったみたいにさけぶ。
「おい火花─！　オレがやりたかった壁ドンはこれじゃねー！」
「いいでしょ、女子が壁ドンしても」
「マジかよ─っ!?」
　まわりの男子が「星野ウケるー！」って笑いながら、写真を撮ってる。
　ちょっと悪いことしちゃったかな？
　あ、でも星野、「じゃあお前らに壁ドンしてやるーっ！」って追いかけっこしてるし、いいか。
　千鶴が、楽しそうに言う。
「さすがほむら、ナイスアイディア。ふつうの壁ドンじゃつまらないもんね〜」
　そういうわけじゃなかったんだけど、まあいいか。
　#ときめき壁ドン、チャレンジは過去最高の盛りあがりを見せてる。
　仕掛け人としては、大満足だよ。
　せっかくだから、放課後、クルミくんもさそってみちゃおうかな……。
「それにしても、チャレンジのネタ出してる『青春仕掛け人』ってどんな人なんだろうねー？」
　っ！
　１人が言った言葉に、ドキンと心臓がはね上がる。
　すると、もどってきた星野が言う。
「青春仕掛け人っていうからには、オレたちと同じ中学生か、高校生じゃねーの？」
「いや、青春をやりなおしたいって、アオハルチャレンジやってる社会人もいるでしょ。だったら青春仕掛け人も、もっと年上かも？」
「直接きいてみるか？　ＤＭ送ってさ？」
　笑いながらそんな話をしてるけど、や、やめてー！
　わたしはあわてながら星野に言う。
「……ＤＭはやめたほうがいいんじゃない？　そういうの、いやがる人もいるし」
「ははっ、冗談だよジョーダン。けどどんなやつかは、やっぱり気になるよな。こんなおもしろい遊びを考えたってことは、バラエティー番組のプロデューサーとか？」
　いや、ただの中学生だから〜〜〜！
　だけどさけびたくなるのを、グッとガマンする。
　アオハルチャレンジはもともと、クルミくんと話すきっかけがほしくてはじめたこと。
　でも、それがバレるのはちょっと……ううん、かなりはずかしい。
　だからわたしが、青春仕掛け人だってことは絶対に秘密！
「ん？　ほむらどうしたの？」
「な、なんでもないよ。わたし、ちょっとトイレ……」
　千鶴に言い残して、校舎の中へむかう。
　思いつきではじめたアオハルチャレンジが、まさかこんなに流行るなんてね。
　けどみんなで遊ぶのもおもしろいし、はじめてよかったよ……。
　そんなことを思いながらスマホを取り出して、クルミくんのアカウント、『夜明け』さんのポストを見ると……。
　あっ、新しい写真が上がってる。
　これって……場所は、屋外かな。
　さっきわたしたちが壁ドンをしていた校舎の壁に似た色の壁が、写真全体に写ってる。
　少しヒビが入った壁の表面に、ピントが合ってる。
　そして画面の左側に、見切れるように、壁についた手が写ってる。
　変わった構図だけど、これなんだろう？
　クルミくん、ひょっとしてポストする写真まちがえたのかなあ……
　ううん、ちがう！
　写真の下に　 #アオハルチャレンジ ＃ときめき壁ドン　ってタグがついてるもの。
　あ、これはもしかして……！
　わたしは、クルミくんにメッセージを送った。
［クルミくん、#ときめき壁ドンの写真見たよ］
　すると、すぐに返事がある。
［ありがとう。写真の意味、わかった？］
［ひょっとして、壁ドンをしてる人の視点で、写真を撮ったってこと？］
　さっきわたしが千鶴と撮っていたのは、壁ドンしてる人とされてる人の両方を「引き」で写した写真だったけど。
　クルミくんが撮ったのは、壁ドンしてる人の視界だったんじゃないかな？　って。
　けど確信があるわけじゃない。
　ドキドキしていると、返信がきた。
［正解。ちょっと伝わりにくかったかなって思ったんだけど、よかった］
　当たってた！
［クルミくんの写真だから、絶対なにか意味があるって思って。けど壁ドンなのに、相手がいないのはどうして？　そこはわからなかったんだけど］
［構図を考えてたら雨風にさらされて色あせた壁のヒビやシミが撮りたくなって。いちおう壁に手をついてるから「壁ドン」のタグをつけていいのかなって思ったんだけど……ダメだった？］
［ううん！　ぜんぜん平気！］
　たぶんこういうのって、正解や不正解なんてない。
　クルミくんがこれだって思ったなら、きっとそれがクルミくんなりの、アオハルチャレンジなんじゃないかな。
［ありがとう。オレの撮りたかったもの、火花さんならわかってくれる気がしたんだ］
　送られてきたメッセージに、ドキッとする。
　わたしも、クルミくんの気持ちがわかってうれしい……。
　けどその気持ちを文字に書こうとして、途中で手を止める。
　こんなの、はずかしくて送れないよ！
　わたしは書きかけの文章を消すと、メッセージに♥のスタンプだけ押して、スマホをしまった。
　クルミくん、楽しんでくれてるって、思っていいよね。
　やっぱり、アオハルチャレンジをはじめてよかったな……！
　そんなことを考えながらトイレに行って、手を洗っていたときだ。
　ふととなりにだれかが立って、ちらっと見ると……げっ！
　出かかった声を、あわててのみこむ。
　そこにいたのは、あの早苗だったんだ。
　しかも、なんでそんなに深刻な顔をしてるの!?
「ちょっといい？」
「――っ、なに？」
「２組がやってるアオハルチャレンジ……あれ流行らせてるの、ほむらちゃんでしょ」
「えっ……はぁっ!?」
　待って待って待って！　「流行らせた」ってまさか！
　ひょ、ひょっとして、わたしが「青春仕掛け人」だって、バレてるの!?

🍋10　仕掛け人の正体、バレちゃった!?（12月10日公開）

　告げられた言葉に、頭の中が真っ白になる。
　まさか早苗、わたしが「青春仕掛け人」だって知ってるの？　いったいどうして!?
「な、なんでっ？」
「そりゃあ、あれだけ派手にやってるんだもの。宣伝してるようなものだよ」
「べつにさわいでないけど……」
「本気で言ってる？　中庭に人集めて大々的にやってるじゃない。ほむらちゃんが中心でしょ？」
「ち、ちがうってば、そりゃ、みんなもやってくれたらいいなと思ってたけど、あれはわたしと千鶴がやってたら、みんなも盛りあがったってだけで……」
　ただ自分で思ってたよりアオハルチャレンジをやってくれる人がいっぱい出てきて。
　仕掛け人だから、興味をもってもらえるのはうれしいし、もっとたくさんの人がやってくれたらうれしいけど、流行らせようなんて……って、ちょっと待って。
「ひょっとして早苗が言ってるのって、わたしが学校で、アオハルチャレンジをしてること？」
　キョトンとするわたしを、早苗が黒目がちな目で見つめる。
「ほかになにかあるの？」
「そりゃ本当はわたしが仕掛けに……あ、ううん、やっぱいい」
　いけない、危うくしゃべっちゃうところだった。
　いきなり言われたから、てっきりわたしが仕掛け人だってことがバレたのかと思ったけど。
　早苗のこの様子。たぶんちがう。
　クラスでやってることを、言ってるだけみたい。
「なるほど。かんちがいならよかった」
「なにぶつぶつ言ってるの？」
　おっといけない。
　バレてないことにホッとしちゃったけど、早苗がなにか言いたそうなのは変わらないんだった。
　でも……。
「この前から、なにが言いたいの？　わたしがなにをしてても早苗には関係ないでしょ」
　ここは、正面きってきっぱり伝えておこう。
　だってクラスもちがうし……もう、友だちじゃないんだから。
　話すと苦しくなるから、かかわりたくないのに。
　だけど早苗は、なんだか必死な感じに言う。
「だから……だれかにまた目をつけられたらどうするの？　わたしはそれが心配なんだってば」
「はぁ？」
　なにそれ。前も思ったけど、理不尽！
　わたしは友だちと楽しんでるだけなのに、どうして勝手に心配されなきゃいけないの!?
　早苗はまっすぐにわたしを見ながら、さらにこんなことを言ってきた。
「もう少し目立たないように気をつけようよ。でないと今度は、炎上どころじゃすまないかもしれないでしょ、ほむらちゃん……」
「―――っ!?」
　炎上。
　早苗の口からその言葉が出た瞬間、わたしの人生一番のトラウマがよみがえる。
　よりによって、早苗がそれを言うっ!?
　頭に血がのぼって、みるみる頰が熱くなる。
「それじゃあ、なにもせずにおとなしくしてろっていうの？　冗談じゃないよっ！」
　トイレで大きな声を出してたら、だれかにきかれるかも。
　でも、気にしていられない！
　だって、だって、あまりにも理不尽りふじんなんだもん！！！
「待ってほむらちゃん、わたしの話きいて……」
「ちゃんときいてる、それで納得いかないから怒ってるの！　遊んだり話したりしてるだけなのに、どこがいけないの!?」
　人がわたしの何を気に入らないのかなんて、知らない。
　けどそんな顔もわからないだれかを気にして、やりたいこともできないなんて、ごめんだよ！
「そもそも、文句を言ってるのはだれなの？　本当はぜんふ早苗が思ってることじゃないの!?」
「――っ」
　その瞬間、早苗は傷ついたような顔になる。
　早苗がそんな顔をするの、ずるいよ……。
「…………とにかく、だれがなんて言おうと、わたしはもう、負けないんだから」
　本当は、もっと言いたいことがあったけど。
　うつむいてしまった早苗を見ると、これ以上は、なにも言えない。
　少しの沈黙のあと、早苗はささやくような声で言う。
「……わかったよ。ごめんね、よけいなこと言って」
　それだけ言うと、わたしの返事もきかずにトイレを出ていって。
　わたし１人が残ったけど……。
「炎上のほむら……か」
　苦しかった記憶が、いやでも思いだされる。
　さっきは「負けない」なんて言いきっちゃったけど。
　もしもまた、あんなことになったらって思うと、やっぱり怖いよ。
「……もどろう」
　中庭でまた千鶴たちと合流したけど、みんなと同じテンションにもどるのはむずかしくて。

「青春仕掛け人」は、その日からＳＮＳに現れなくなったんだ……。

🍋11　心のおもちゃ箱を開いて（12月10日公開）

「アオハルチャレンジ、今日もお題出てないねー」
　机の上に頰づえをついて、スマホを見ながら千鶴が言う。
「新しいネタがないと、盛りさがるよねー……」
「青春仕掛け人さん、どうしたんだろう？」
　と、ほかの子も、しらけた様子。
　外が雨もようだから、なんとなくみんな、気分もしずみがちで。
　こういうときこそ、アオハルチャレンジがあれば盛りあがれるのにって思ってるみたい。
「前のチャレンジを、もう１回やるか？　ツーショット写真とか」
　星野が呼びかけたけど、だれも乗ってこない。
　そんなみんなの様子を見ながら、わたしは内心、胸がチクチク。
「もしかして仕掛け人さん、あきちゃったのかなー」
　なんてつぶやく子もいる。
　ちがう、ちがうんだよ……って思うけど、言えないし。
　次のお題はこんなのにしようかなっていうネタは、まだあるのに。
　この前早苗に言われたことが気になって、新しいお題を出すのを、ためらっている。
　ＳＮＳ上でも、めっきりアオハルチャレンジの投稿が減ってる。
　だからって、なにが変わるわけでもないけど……。
　この教室は、がっかりムードだ。
　それでも、もう少し待てば、みんなアオハルチャレンジのことなんかわすれて、べつのおもしろいものを見つけるかもしれないけど……。
　そして放課後。
　わたしはクルミくんのいる写真部に、顔を出した。
「あ、火花さん」
　ノックして部室に入ると、クルミくんが長机の上に、なにかの箱をならべているところだった。
「クルミくん、なにしてるの？」
「写真部の資料や備品の整理をしようかと思って。外がアレだから、今日は撮影に行けないし」
　そう言って指さした窓の外には黒い雲が広がっていて、雨が降っている。
　けど視線をもどすと、わたしは机の上に目をうばわれた。
　だって並べられた箱の中には、たくさんのカメラやその部品が、ていねいに収められていたんだもの。
「えーっ、これって全部、写真部の備品？」
「うん。レンズはカビがはえないように、ふだんは乾燥剤といっしょに箱に入れてるんだ」
　箱の中から白くて四角い袋に入った、小さな乾燥剤を取りだすクルミくん。
「乾燥剤には交換時期があるから、チェックしておこうかと思って。最近雨がつづいてるしね」
　なるほど。
　湿気が多かったら、カビが生えやすくなるものね。
　写真を撮るのが上手なだけじゃなくて、保管や手入れもしっかりしてるや。
　それにしても、ずいぶんたくさんのカメラがあるなあ。
「こんなに、使ってないカメラがあったんだね」
「うん、昔はもっと部員がいたみたいだけど、今はオレしかいないから」
「あ、このカメラ、レトロなデザインでかっこいいかも」
「それはかなり古い、もう何十年も前の型だよ。けど、いまも使える。フィルム式のカメラだから、撮ったあと現像するまでに時間がかかるけどね」
　あ、知ってる。
　昔は、カメラで撮影済みのフィルムを写真屋さんに預けて、プリントしてもらってたんだって。おばあちゃんから、きいたことある。
　ほかにも、ふだんはあまり見かけないめずらしいカメラがいっぱいだ。
「なんだか、おもちゃ箱を開けたみたい……！」
「え？」
「あ、別にカメラがおもちゃだって言いたいんじゃなくて。おもちゃ箱を開けたときみたいに、ワクワクするって言うか……」
　大事なカメラなのに、「おもちゃ」って言ったのは、失礼だったかな？
　だけどクルミくんは、楽しそうに笑った。
「それわかる。オレも昔、おじいちゃんの仕事道具を見せてもらったとき同じこと言ったもの」
「そうなの？　クルミくんのおじいちゃんって、前に言ってたカメラマンの？」
「うん。おじいちゃんもよく手が空くとカメラの手入れしててね。見てるだけでワクワクした」
　クルミくんが、微笑みながら言う。
　わたしはクルミくんとちがって、カメラのことはぜんぜんわからないけど。
　こうして、大切に保管されてるのを見ると、宝物みたいだよね。
　そんなカメラに、わたしもさわってみたいけど……。
　前にクルミくんのデジカメを、おっことしちゃったからなあ。
　へたに触って、今度こそこわしでもしたらシャレにならないから、ここはおとなしくしておこう。
　すると今度は机のはしにおいてある、アルバムに目が留まった。
「これって、写真部のアルバム？」
「うん。ずっと前の写真部の先輩たちが撮った写真が、たくさん入ってるけど……見る？」
「え、いいの？」
　先輩たちの撮った写真かあ。どんなのがあるんだろう？
　ワクワクしながらアルバムを開くと、うちの学校の制服を着た生徒が、海をバックに並んでポーズをとっている写真があった。
　男子も女子もいる。
「それは撮影旅行のときの写真らしいよ。みんなで夏休みに海や山に旅行にいって、たくさん写真を撮ってたみたい」
「撮影旅行なんてあったの？　すごく楽しそう！」
　アルバムのページをめくると、割れたすいかにかぶりついている笑顔があったり。
　波打ち際でたわむれている先輩たちの写真もあった。
　さらにそのとなりには、真っ赤な夕日が海に沈んでいってる写真。
　それに夜空いっぱいに光が散らばっている、星空の写真もあった。
　どれもすごくキレイで、写真部の先輩たちが、いろんなものを見て、感じて、シャッターを切ったのが伝わってきた。
　いいなあ、写真部……！
　メチャクチャ「青春」してたんじゃない！
　さらに見ていくと、中にはグラウンドでバットを振ってる野球部の様子や、体育館で試合をしてるバレー部の様子を収めた写真もあった。
「ほかの部活の写真もあるんだ」
「いろんな部活にたのまれるんだよ。オレもこの前、バスケ部の試合の記録撮影をしてきたよ」
「写真部って、そんなこともするんだね」
「うん。ほかにもたとえば、『自然』とか『動物』みたいなテーマにそった写真を撮って、コンクールに出したりしてるかな」
　そうなんだ。
　クルミくんも、コンクールに出すのかな……。
「テーマにそった写真を撮るのって、アオハルチャレンジみたいだよね」
　クルミくんが笑いながら言って、思わずドキッとする。
　だってわたしも、まったく同じこと思っていたんだもの。
「最近、ぜんぜん新しいお題出ないけど、青春仕掛け人さん、どうしたんだろうね？」
　と、クルミくん。
「えっ？　さ、さあ。わからないなあ？」
「もしかしたら、いそがしいのかな。でなきゃ、カゼひいて寝こんでるとか」
　心配そうに言うクルミくんに、わたしはますますドキドキ。
　クルミくんは知らないけど、「青春仕掛け人さん」は、いま目の前にいるから！
　しかもピンピンしてるから！
　申しわけない気持ちがあふれてくる。
「……クルミくんはアオハルチャレンジ、つづけてほしい？」
「えっ？　そりゃあ、もちろん。自分では考えたことのなかったテーマと出会えたり、新しい着眼点が見つけられて、おもしろいからね。それに……」
　クルミくんは少しうつむいて、照れたような顔になる。
「火花さんといっしょにチャレンジするの、楽しいし……」
「──っ！」
　ただでさえ忙しくなってた心臓の音が、一段とはね上がった！
「わ、わたし、クルミくんに撮り方教えてもらってばかりで、じゃまになってないかな？」
「じゃまじゃないよ。今まで１人で写真撮って満足してたけど、火花さんといると、これまでとはちがう写真が撮れる気がする。機会があったら、学校の外でも撮ってみたいな。そういうお題が出たらいいんだけど」
　笑顔で言うクルミくんに、思わず息をのむ。
　撮りたいものを撮って、写真について熱く語るクルミくんが、とても楽しそうで。
　これぞ青春って感じがして。
　ちょっとでも近づきたいと思って、はじめたチャレンジだったのに……！
「わ、わたしも、クルミくんといっしょにチャレンジするの、楽しいよ！」
「ありがとう。次のお題が出たらまたやろうね」
「う、うん！」
　クルミくんの笑顔で、こわがりだった心が溶けていく。
　おもちゃ箱を開けたときのような、あのワクワクした気持ちを、青春仕掛け人なら、作っていけるかな？
　クルミくんの期待に、応えられるかな？
　雨空のようにどんよりしていたわたしの心に、再び火がついた気がした。

🍋12　キミの「一瞬」を写したい！（12月10日公開）

　次の日曜日。
　玄関でスニーカーのひもをむすんでるところで、お兄が声をかけてきた。
「ほむら、スケボーにでも行くのか？」
　スケボーは、お兄から習った趣味で、ちょっと特技でもあるんだよね。
　だけどわたしは、首を横にふる。
「ううん、今日はちょっと、友だちとね！」
「そっか。気をつけろよー」
「わかってるって！」
「いってきます」と家を出ると、青空が広がっていて。
　久しぶりの清々しい天気に心がおどりだし、自然にかろやかな足取りになる。
　待ち合わせの駅前までやってきたところで、きょろきょろあたりを見まわすと……あ、いた！
「こんにちはクルミくん、待った？」
「火花さん……ううん、ぜんぜんだよ」
　ふりむいたクルミくんは、見慣れた学校の制服姿ではなく。
　涼しそうな空色の半袖シャツを着て、リュックを背負っている。
　服装がちがうだけで、いつもと雰囲気が変わるなあ。それに。
「あ、いつもとちがうカメラだ」
「うん、これ、ふだん学校には持っていけないやつなんだ」
　肩からななめにかけた黒くてカッコいいカメラを、大切そうに抱える。
「それより、急に誘ってごめんね、火花さん。予定なかった？」
「うん、だいじょうぶ！」
「新しいアオハルチャレンジのお題が出たから、うれしくて。#雨上がりの町の写真を撮るってお題だと、今日を逃したら次のチャンスがいつになるかわからないしね」
　と、クルミくん。
　――そう。
　じつは昨夜、ひさしぶりに「青春仕掛け人」のアカウントを開いたんだ。
　天気予報で、今日の昼すぎから晴れるって見て、思いついたの！
　けど雨上がりが条件だと、撮れるタイミングが限られてたんだな。
　そのへん、あまり深く考えずに、ポストしちゃったけど……。
「どこに行く？　クルミくんは、どこか撮りたい場所ある？」
「これといって決まってはないけど……オレ、休みの日はよく、フォトウォーキングしてるんだ。今日も散歩してるうちにいい『画』が見つかるかも」
「いいね、そうしよ！」
　とりあえずわたしたちは、学校と反対方向に歩きはじめた。
　雨上がりの町は少し暑いけど、それ以上のワクワクが、胸の中に広がってる。
　ひさしぶりにクルミくんと、アオハルチャレンジができるんだもの。
　ならんで歩いていると、大きな橋にさしかかる。
　橋の上から下を見ると、いつもより川面の位置が高い。
　それに、ふだんは透き通ってる水も、今日は黒くにごっている。
　するとクルミくんは「ちょっと待って」と言って、にごった川に持っていたカメラをむけた。
「え、この川を撮るの？」
「うん。増水した川って、雨上がりならではの風景でしょ。どれだけ激しい雨が降ってたか、この川を見れば想像をふくらませられるし」
　……そうかあ。
　ごめん、じつはわたし、きたない水だなあなんて思っちゃってた。
　けど、そういうふうに考えたら、ぜんぜんちがって見えてくる。
　何枚かシャッターを押すクルミくんを待って、再びいっしょに歩きだす。
　クルミくんとの会話で、見方が変わったのかな。
　さっきまではスルーしていた地面にできた水たまりや、雨に濡れた電線にも、ふしぎと目がいくようになった。
　曲がり角のカーブミラーや、家の庭にある大きな木についた水滴に、光が反射しててキレイ。
　これまでは気づかずに見落としていたかもしれないけど、いまは輝いて見えるよ。
　クルミくんは足を止めて、雨の残る電線を撮影して、わたしは近くで待っていたけど。
　そういえば、わたしたち以外の人は、どんな写真を撮っているのかな？
　スマホを取り出してＳＮＳを見てみる。
　しばらく新しいお題を出してなかったから、アオハルチャレンジのポストは減っちゃっているかもって思ったけど……あ、ちゃんとあった！
　 #アオハルチャレンジ ＃雨上がりの町の写真を撮る　のタグといっしょに、キレイな虹の写真がポストされていて、たくさんの♥をもらっているじゃない。
　チャレンジしてくれた人がいることや、反応があったことに、ちょっと感動を覚える。
　けど、中にはこんな意見があった。
［雨上がりの写真ってムリだよ。うちの町、ずっと雨ふってるもん］
［今回のお題、地域格差あるよね。雨があがってくれないと、チャレンジできないー！］
　いけない、これは盲点だった！
　このあたりは晴れたからいいけど、日本中の雨が止んだわけじゃないもんね。
　もうちょっと、考えるべきだったかも。
　するとさらに。
［そもそも雨上がりの写真を撮るのって、べつに青春じゃなくない？］
　うっ。投稿者の疑問の声が、心にクリティカルヒット！
　たしかに、深く考えずにお題を決めちゃったけど、青春っぽくはないかも……。
「うーん、次はもっといいお題を考えなきゃなあ……」
「考えるって、なにを？」
「ひゃあっ!?」
　きこえてきた声にビックリして振りむくと、撮影を終えたクルミくんが立っていた。
「ごめん、おどかしちゃった？」
「へ、平気。それより今の、きいてた？」
「ううん、お題がどうとか言ってたのはきこえたけど、くわしくは」
「ええと、今回のお題が、青春っぽくないって言ってる人がいて……ほらこれ！」
　アオハルチャレンジへのコメントが映ってる画面を見せる。
　クルミくんはじっとそれを見つめていたけど、「う〜ん」と口を開く。
「青春っぽくない、かあ。けどアオハルチャレンジって、青春っぽいことをするのが目的なのかなあ？」
「え、ちがうの？」
「どうだろう。オレは青春仕掛け人さんがどんな気持ちで考えたのかはわからないけど。青春っぽいことをするっていうより、チャレンジして楽しんだ時間が、青春なのかなって思ってた。そもそも青春ってなんなのか、答えなんてないわけだし」
　言われてみれば、たしかに。
　青春っぽいことをするんじゃなくて、楽しんだ時間が青春。
　そっちのほうが、しっくりくるかも。
「これは、あくまでオレの想像なんだけどね」
　ええと、あの……ごめんなさい。
　青春仕掛け人は、そこまで深く考えてたわけじゃありません！
　……けどクルミくんの考え方、いいかも。
　次にお題を作るとき、意識してみよう。
　それからも、フォトウォーキングはつづく。
　ときどき足をとめてはカメラをかまえるクルミくんと、やってきたのは町外れにある、雑木林にかこまれた、小さな神社。
　せまい境内には手水舎もなく、古びた社があるだけで、わたしたち以外に人の姿もない。
　わたしたちはまず、社にむかって手を合わせた。
「オレ、このへんにはあまりきたことないけど、火花さんは？」
「わたしは……小学生のころ、ときどき友だちときて遊んでたかな」
　ここなら学校からも離れているから、だれにも見つからないだろうし。
　探せば写真映えするところがあるかも。
「あ、そうだ。はいコレ、よかったらどうぞ」
　クルミくんがリュックからだしてきたのは、オレンジジュース。
　差しだされたそれを手に取ると……わ、冷たい！
「保冷パックで冷やしておいたんだ。暑くなってきら、飲もうと思って」
「ありがとう！」
　ちょうどノドがかわいていたから、うれしい。
　ペットボトルのフタを開けて、２人そろって口に運ぶ。
「うーん、美味しい！」
　口の中に酸味が広がっていって、かわいたノドを潤す。
　クルミくんも、さわやかな顔で飲んでいて、暑さが吹き飛ばされるみたい。
　近くに緑もあるおかげか、町の中で飲むときよりも清々しい気分になる。
　飲みながらなんとなく、社をかこむ雑木林に目をむけていると……。
　──カシャッ
　シャッター音がきこえた。
　振りむくとそこには、いつの間にかペットボトルでなくカメラを手にしたクルミくんが、レンズをこっちにむけていたけど……ひょっとして今の、わたしを撮ったの？
「あっ、ごめん。美味しそうに飲んでたから、つい」
「いいよいいよ。でも、わたしを撮ってもつまらなくない？」
「そんなことないよ……火花さんは絵になるなって、前から思ってたもの」
「んんっ!?」
　クルミくんの発言に息をのむ。
　ジュースを飲んでる最中だったら、確実にむせていたよ。
「もしよかったらこれからもときどき撮らせてもらってもいい？　あ、もちろん撮った写真は必ず見せるし、火花さんが気に入らない写真は消すから」
「う、うん。わたしでよければ、いいよ！」
　さっそく写真を見せてもらったけど、そこにはオレンジジュースを美味しそうに飲むわたしの横顔が写っている。
　クルミくんはこれを、撮りたいって思ってくれたんだよね。
　まるで胸の中でオレンジがはじけたみたいに、甘さと酸味が心に広がっていく。
「どうかな？」
「いい！　ありがとう！　ね、ねえ。わたしもクルミくんのこと、撮ってもいい？」
「もちろんかまわないけど……オレじゃあ火花さんとちがって絵にならないよ？」
「そんなことないって！」
　クルミくんは自分の持ってるキラキラに、気づいてないよ。
　写真に対してまっすぐむき合う姿も、楽しそうな笑顔も、すごく素敵。
　そんなクルミくんのアオハルを、わたしは撮りたいよ。
　その気持ちを、伝えようとしたそのとき……。
「ニャ〜ン」
　きこえてきたかわいい声に、会話が止まる。
　見ると境内の端の雑木林の前に、白と黒のまだらもようの猫がいるじゃない。
　へえー、かわいい猫ちゃんだなあー。
　──カシャ
　あれ、今の音は……。
　となりを見ると、クルミくんが猫ちゃんにむけてカメラをかまえていた。
「あの猫撮ったの？」
「うん……動物は好きだから。ふさふさしてて、かわいいし」
「あ、それわかるー！」
　一番好きな動物はＳＮＳのアイコンにも使ってるウサギだけど、猫だって好き。
　するとクルミくんは、猫ちゃんを見てなにかに気づいた。
「この子、首にリボンが巻いてあるけど、ひょっとして飼い猫かな？　お前、どこの子だ〜？」
　クルミくんは声をかけながら、猫ちゃんに近づいていく。
「ニャニャ？」
「よしよし、いい子。怖くないからね〜」
　ちょっと甘い声を出すクルミくん。
　これは猫とたわむれるクルミくんという決定的瞬間を撮るチャンス！
　猫にむかって手をのばすクルミくんに、わたしはスマホのカメラをむけたけど……。
「シャーッ！」
「わっ!?」
「クルミくん!?」
　それまでおとなしかった猫ちゃんが、いきなりクルミくんの手を引っかいてきた！
「だ、だいじょうぶ？　ケガしてない？」
「うん、平気。ツメは当たってないよ」
　この子かわいいのに人見知りなのかな？
　そういえば、前にもこんな猫いたっけ……あれ？
「ニャン」
　よく見ると猫の右耳に独特の模様がある。
　白い毛の中に黒い毛が、まるで星のような形に生えているんだけど、この模様、前に……。
「ニャー」
「あっ、待ってよ！」
　猫ちゃんはわたしたちに背をむけると、逃げるように雑木林の中に入っていってしまった。
「あの猫、ひょっとして……ううん、まさかね」
「どうしたの？」
「なんでもない……それより、チャレンジのつづきをしよう！」
　たずねてきたクルミくんに、わたしは笑顔で返事をした。

🍋13　セカイ中が敵でも？（12月10日公開）

　次の日の午後。
　うちの学校は、昼休みのあとに掃除をする。
　今日のわたしの担当場所は外庭。
　強い日差しが照りつける中、竹ぼうきでぱぱーっと落ち葉を集めて、ちりとりにイン。
　よーしＯＫ！　と思ったそのとき、
「掃除道具は、それで全部？　オレが片づけておくよ」
　そう声をかけてきたのはクルミくん。
　わたしと同じ、外の掃除だったの。
　と言っても、前に話したとおり、人前では、あまり親しくしないようにしてるんだけど。
　それでも目を合わせると、自然と笑顔になる。
「１人で全部持っていくのは大変だよ。わたしもいっしょに行く」
　同じ場所の掃除当番が、いっしょに道具をしまいにいくくらい、フツーでしょ。
　そんなことを考えながらならんで歩き、掲示板の前を通りすぎようとしたとき。
　そこに貼られていた１枚のポスターを見て、クルミくんが足を止めた。
「あれっ、これって……」
　この掲示板、たしか、たのめば生徒も使うことができたっけ。
　クルミくんの視線がむいていたのは、掲示板に貼られた１枚のプリント。
　印刷されていたのは、『迷い猫探しています』という文字と、猫の写真。
　……あれ、この猫って、どこかで見おぼえが……。
「この子って、昨日あの神社にいた猫じゃないかな？」と、クルミくん。
　体は、白と黒のツートンカラー。首に巻かれた赤いリボン。
　耳のところには、星の形に似た模様があるって書いてある……！
　あれ、迷子の飼い猫だったんだ！
　けど、本当におどろいたのは、そのあと。
　写真の下には、こう書かれていた。
『見かけた方は、１年１組の折笠早苗までご連絡ください』
　折笠早苗……って、待って。
「あの猫、ビスケ……？」
　クルミくんに聞こえないくらいの、細い声でつぶやく。
　ビスケっていうのは、早苗のうちの猫の名前。
　早苗と仲がよかったころ、ときどき家に遊びにいってたから、見かけてた。
　といっても、ビスケは警戒心が強くて、なついてくれなかったっけ。
「あの子が迷い猫って……飼い主さんに、神社にいたこと教えてあげなきゃ。１組の折笠さんってオレ話したことないんだけど、火花さんは知ってる？」
「わたしは……」
　もちろん知ってる。だけど……。
「火花さん？」
　クルミくんは、うつむいてしまったわたしをふしぎそうに見てる。
　ど、どうしよう。
「……早苗は、小学校がいっしょだったんだ。猫のことは、わたしから話しておくよ」
「あ、そうなんだ。きっとすごく心配しているよね。じゃあこれからいっしょに行って……」
「えっ？　いいよ、わたし１人でいくよ！」
　クルミくんを、あわてて止める。
「猫の件は、わたしがちゃんと伝えるから」
「う、うん、わかった。それじゃあ、お願いするね」
　クルミくんはわたしの態度が気になる様子だったけど、それ以上はなにも聞いてこなかった。
　そして結局、すぐには早苗のところにいけなかった。
　掃除道具を片づけたら、すぐに午後の授業が、はじまっちゃったからね。
　ただ、あまり授業に身が入らなかった……。
　どうしよう、クルミくんの手前、さっきはああ言うしかなかったけど……ううん。
　やっぱり知らんぷりできるほど、わたしの神経は図太くない。
　帰りのホームルームが終わるとわたしは教室を出て、早苗のいる１組にむかった。
　用件だけ伝えて、さっさと帰ろう。
　だけどいざ、１組の前までやってきたら。
「げ、」
　あちらもホームルームが終わったばかりみたいで、教室から出てきた一団を見て足が止まった。
　お目当ての相手、早苗。ここまではいい。
　早苗といっしょにいる数人の女子たちがみんな、わたしの同小メンバーだったの。
　そしてその人たちはなんというか、その……わけあってあまり話をしたくないタイプ。
　どうしよう、出直そうか……ああ、でもここで方向転換するのもワザとらしいし……ええい！
「早苗！」
「!?」
　早苗はおどろいた様子で足を止め、まわりにいた子たちは「え、なんで」っておどろいてる。
　この子たちはみんな、わたしと早苗の間に「なにがあったのか」、知ってるつもりだから。
　本当は誤解なんだけど、……それはもういい。
　今、伝えなきゃいけないのは――
「掲示板のポスター見たよ。ビスケがいなくなったんでしょ。わたし、昨日見かけたの」
「えっ！」
　早苗は一瞬固まったけど、すぐに前のめりで聞いてくる。
「本当、ほむらちゃん！　いったいどこで!?」
「町外れに、神社があるじゃない。…………昔よく遊んでた、あそこ」
　わたしの言葉、すぐに早苗もわかったみたいだった。
「あんなところに？」
「うん。耳に星の形の模様もあったし、まちがいないと思う。早苗の家からはちょっと離れてるけど、いけない距離じゃないし」
　昔、わたしたちの遊び場だった神社。
　あのころはなんでも話しあえる仲だったけど、今は顔を合わせて話すだけで胸がザワザワする。
　わたしってば、なにやってるんだろう。
　もう友だちじゃない子の、かわい気のない猫のことなんて、放っておけばいいのに。
　けど、わたしにはぜんぜんなつかなかったビスケを早苗がすごくかわいがってたのを知ってる。
「そ、それで、ビスケの様子はどうだったの？　ケガしてなかった？」
「大丈夫だと思う。ピンピンしてたし。もしかしたらまだ近くにいるかも」
「そんなところに……ありがとう、ほむらちゃ……」
「ちょっと待った！」
　そばにいた１人の女子が、早苗の言葉をさえぎる。
　小学校のころ、わたしや早苗と同じクラスだった、エミが疑わしそうな目を、むけてくる。
「早苗の猫を見かけたって、それ本当？　デタラメ言ってるんじゃないよね？」
「なっ!?　どうしてわたしがそんなこと……」
「だってほむら、前も早苗にイジワルしてたじゃん！」
　───っ！
　わたしが言葉につまってるうちに、エミにつづいてほかの子も、次々話に入ってくる。
「だいたい、見かけたならどうしてすぐつかまえなかったの？」
「だって、わたしがポスター見たのはさっきだし。迷子だって知らなかったし……」
「でも、早苗の猫だってことくらい、気づけたんじゃない？」
「そ、それは……」
　たしかに、似てるなとは思った。
　けど、つかまえるなんて発想にはならないよ！
「早苗が探してるって知ってて、わざと逃がしたんじゃないの？」
「ほむらって小学校のころも早苗のだいじなものを横取りしていじめたんでしょ。ねっ早苗？」
「ま、待って、それは……」
「ちがう！　そんなことしてない！」
　横から口をはさもうとする早苗にかぶせて、わたしは大きな声をだした。
　デタラメ言わないでよ！
　だけど……ズルい。むこうとこっちでは数がちがう。
　はたから見たら、どっちが本当のことを言ってるか分からない……。
　近くを通っていく人たちも、さわぎに気づいてこっちを見てる。
「あれって、２組の火花さん？」
「え、折笠さんのこといじめてたって本当？」
「あ、なんかそんなウワサきいたかも……」
　小声でしゃべってるつもりなのかもしれないけど、丸ぎこえ。
　やめて、好き勝手言わないで──。
　悲しくて悔しくて、気を抜くとこぼれそうな涙を、グッとこらえる。
　やっぱり、こなきゃよかった。放っておけば……。
「────火花さんの言ってるのは、本当だよ」
　え？
　小さいけど、透きとおって、よくとおる声。
　……クルミくん!?　なんで!?
　とつぜん割りこんできた男子に、みんな「だれ？」って顔をして、わたしもおどろいた。
　そして彼は張りつめていた空気をやぶるようにして、わたしをとりかこむ輪の中に入ってくる。
「折笠さんっていうのは、きみ？」
　クルミくんがしずかに言うと、早苗がうなずく。
「火花さんはウソなんてついてないよ。オレもぐうぜん、本当にたまたま、その場にいたんだ」
　やけに「ぐうぜん」ってことを強調してる。
　もしかして、前に言った「部室以外ではからまない」って話を、守っているのかな。
　クルミくんは自分のスマホを開いて、早苗に見せる。
「折笠さんの猫、この子？」
「──ビスケ！　これ、まちがいない！」
「かわいかったから写真に撮ったんだ。よかった……でもごめん、迷子の猫だって知らなくて」
　ペコリと律儀に頭を下げるクルミくん。
　しゃべってることは、さっきわたしが言ったこととほとんど変わらない。
　だけどエミたちの反応は、ぜんぜんちがった。
「まあ……しかたないよね、知らなかったんだし？」
　さっきまでの勢いはどこへやら。けどべつに、怒りはわいてこない。
　それよりも、さっきの話をクルミくんに聞かれたかもと思うと、全身が寒くなる。
　だれに、どんなふうに思われてもいい。
　でも、クルミくんにだけは、誤解されたくないよ……。
「ビスケ、だっけ。オレもまた探してみるね」
「う、うん……ありがとう」
　早苗はクルミくんにお礼を言って、つづけてこっちをむく。
「ほむらちゃんも……教えてくれて、ありがとう」
　本心から言っているのか、それともポーズかは、どうでもいい。
　わたしは返事もせずにきびすを返して、早足で廊下を歩いていくけど……。
　いろんな気持ちが、時間差で次々こみあげてきた。
　理不尽な言葉をぶつけられた悔しさと。
　泣きそうになってるところを見られたはずかしさ。
　みんなのささやき声……。
　油断したら泣きそうで、奥歯を強くかんで耐えていたけど……。
　うしろからきた人影が、スッとわたしの横にならんだ。
「クルミくん……」
　追いかけてきたのは、クルミくん。だけど、なにも言わない。
　わたしに歩幅をあわせて、歩いているだけ。
　どうして……。
「なにもきかないの？」
　ピタリと立ち止まりながら、声をしぼりだす。
　すると、クルミくんも足を止めて、わたしに目をあわせる。
「火花さんは、きいてほしいの？」
　うつむきながら、ギュッとスカートのすそをつかむ。
　本当は、言葉にするのはつらい。だけど、きいてほしい。
　矛盾してるけど、両方ともまちがいなくわたしの気持ち。
　話せばきっと長くなるけど、張り裂けそうな胸の内を、きいてもらいたかった。

🍋14　黒歴史の記憶のとびら（12月10日公開）

「はい、カフェオレでよかった？」
「うん、ありがとう……」
　いつもの部室で、クルミくんが買ってきてくれた紙パックを受けとる。
　ここならだれかに話を聞かれる心配もないし……言いにくい話をするなら、ここがいい。
「ゆっくりでいいよ。オレはしゃべるのは上手じゃないけど、きくのはにがてじゃないから」
「うん……あのね……」
　長机を前に、２人ならんでイスにすわりながら、ポツポツと話をはじめる。
　小学校のころの、あの黒歴史を……。
　　　　◇◆◇◆
　あのころはまだ、早苗ちゃんとわたしはすごくなかよしだった。
「親友」だって思ってた。
　おたがいの家に遊びにいくこともあったし、２人で出かけることもあって。
　楽しいことも、悩みも、なんだってうちあけあえていた。
　ある日早苗ちゃんはこっそり同じクラスのトウヤくんが好きなんだって、おしえてくれたの。
「だれにもヒミツね、ほむらちゃん」
「うん、わかってるよ！」
　ってゆびきりして「トクベツな友だち」って思ってくれてることがうれしかった。
「だけどさ、トウヤくんって、今月で転校しちゃうんでしょ？」
「……うん、そうなの。卒業まであと少しなのに……」
　かなしそうにうつむいた早苗ちゃん。
　だけどすぐに顔を上げる。
「だからね、会えなくなっちゃう前に告白しようか、まよっていて……」
「ええ──っ！」
　告白！　すごい！
　どっちかっていうとおとなしい早苗ちゃんが！
　でも、そんなにトウヤくんのことが好きなんだ……。
「けど、やっぱり心配だよ。ほむらちゃん、どう思う？」
「早苗ちゃんに好きって言われてイヤな人なんていないよ！　早苗ちゃんはかわいいし、いい子だし。それはいちばんわたしが知ってるもん。伝えないほうがいいなんてこと、ないと思う！」
　わたしが力強く言うと、早苗ちゃんはうれしそうに笑った。
「ほむらちゃん……。ありがとう、やっぱりわたし、がんばってみる」
　早苗ちゃんの告白がうまくいくことを、心から祈っていたんだけど……。
　その次の日のこと。
　わたしは先生から、授業で使った資料を倉庫にかたづけるようにたのまれた。
　すると運んでる途中、そのトウヤくんが、声をかけてきたの。
「重くて大変だろ。オレも手伝うよ」
「うわーやさしい！　ありがとう！」
　トウヤくんって、いい人だなあ。早苗ちゃんが好きになる気持ちも分かるよ。
　なんて思っていたんだけど……。
　かたづけが終わったあと、トウヤくんがきいてきた。
「……火花さんってさ。好きな人いるの？」
「えっ？」
　頭の中で、警鐘がなる。
　なんでそんなことをきくんだろう、それって……。
「オレ、前から火花さんのこと、いいなって思ってたんだ。男子にも女子にも態度が変わらないし、話してて楽しいし。スケボーやってるところも、カッコいいし……」
　うわあ、そういうふうに言ってくれるのは、すごくうれしい。
　うれしいんだけど……！
「火花さん、よかったらオレと……」
「ありがとう！　でも……ごめん！！！」
　トウヤくんの言葉を、さえぎって謝る。
　トウヤくんは一瞬、目を見ひらいたけど、すぐにニコッとしてくれた。
「そっか……うん。でも、最後に話せてよかったよ」
　ゴメンね、トウヤくん。
　わたしはまだレンアイとか、ぜんぜんわからないし。
　なにより、早苗ちゃんのことを考えると、トウヤくんの気持ちに応えるわけにはいかなかった。
　それからすぐ、トウヤくんは転校して。
　……わたしと早苗ちゃんのあいだには、ぎこちない距離ができてしまった。
　わたしは、思いがけずできちゃったヒミツが気まずくて。
　早苗ちゃんのほうもなぜか、わたしのことを避けているみたいに、よそよそしかったの。
　ううん、早苗ちゃんだけじゃない。
　いつからか、クラスのみんなから、距離をおかれてるような気がして。
　わたしが声をかけても、きこえなかったみたいにされることが増えた。
　……いったい、なにがおきてるの？
　その理由がわかったのは、少したってから。
　家で１人でタブレットをいじってたとき、小学校の掲示板を見たの。
　匿名で、だれでも自由な書きこみができるんだけど、そこに書かれていたのは……。
　　 ［言われたとおりＨのことさけてるけど、ちょっとはこりたかな？］
　　 ［まだまだ×。Ｓちゃんに、あんなことしたんだもの］
　ドキッとして、持っていたタブレットを落としそうになった。
　掲示板に書かれていた絵文字。
　Ｈはわたし、Ｓは早苗ちゃんのこと……？
　これって、わたしたちのことが話題になってる？
　イヤな予感がして、掲示板をさかのぼってみると、気になる書きこみが見つかった。
　［ずーっと好きだった人に、勇気を出してキモチを伝えたけど、
　　彼が好きなのは、明るくてかっこいい子なんだって］
　［たぶんそれって、親友のこと。あの子のほうがかわいいのは知ってるけど、つらいよ］
　［こんなことなら告白しなければよかった］
「……！」
　その書きこみの日付は、トウヤくんが転校する前日。
　これを書いたのって、もしかして早苗ちゃん？
　するとそのあとに、ほかの子からコメントがついていた。
　［ひょっとしてこの男子ってＴくん？　親友って、Ｈのこと？］
　［ＨがＳの好きな人をとったの？　裏切りじゃん！］
　［Ｈって、そういうとこあるよね。いろんな人にいい顔して、ズルイ］
「ちがう、そんなことしてないよ！」
　ムダだって分かってたけど、タブレットにむけて叫んだ。
　……どうして早苗ちゃんがわたしを避けるようになったのか。
　どうして、みんなの態度がよそよそしいのか。
　ようやくわかった。
　そのあとも掲示板には次々と、わたしが早苗ちゃんに仕事を押しつけてるのを見たとか、悪口を言ってたなんて、ぜんぜん身に覚えのないことが、たてつづけに書きこまれていて。
　そして、とつぜん途絶えていた。
　どうやら、ＳＮＳのグループチャットに話題が移動したみたい。
　けどこれじゃあ移動した先で、なにを言われているかわからない。
「そんな……！」
　次の日。
　わたしは教室で、早苗ちゃんに声をかけた。
「さ……早苗ちゃん」
「ほむらちゃん……」
「け、掲示板を見たよ。……ごめんねわたし、ぜんぜん知らなくて……」
　ううん。
「知らなかった」わけじゃない。
　でも、けっして早苗ちゃんを裏切るつもりじゃ……。
　早苗ちゃんはつらそうな顔で、でも、なにか言いたそうにしてる。
　けどそしたら……。
「ちょっと、やめなよほむら！」
　そう言ってきたのは、エミちゃん。
　エミちゃんは数人の女子といっしょに、早苗ちゃんを守るように間に割って入ってくる。
　まるで悪者を見るような目で、わたしを見ながら。
「───っ！　どいてよ、わたしは早苗ちゃんと話が……」
「ほむらって、本当無神経すぎ！　早苗ちゃんがかわいそうだよ！」
「早苗ちゃんだって、ほむらと話したくないよね!?」
「………………」
　女子たちに顔をのぞきこまれて、早苗ちゃんは、だまってうつむいてしまう。
　その様子は、まるでそのとおりって言ってるみたい。
「いこ、早苗」
「あ、待って……」
　呼び止めたけど、早苗ちゃんたちはわたしに、背中をむけた。

　……それから、卒業するまでの間。
　わたしは、ず──っと、１人ぼっちだった。

🍋15　ほむらの大バクハツ!!（12月10日公開）

　話し終えて、あたしはふぅ〜っと息をつく。
　すごく長くて暗〜〜〜〜い話だったよね。
　けど、クルミくんはだまってきいててくれた。
　じっとあたしを見つめているけど、めっちゃ重い話で引いてないかな？
　それとも、わたしのことカワイソウって思ってる？
「火花さん……」
「────っ！」
　クルミくんがなにか言いかけたけど、あたしはそれをさえぎるように手に持ってたカフェオレをぐいっともちあげる。
　カフェオレはすっかりぬるくなっていたけど、一気飲みする。
　……話してるうちに、思いだしたよ。
　あのころわたしは、自分のいったいなにがいけなかったのか、どこでまちがえたのかを、たくさん考えたっけ。
　早苗とトウヤくんの仲を、上手く応援できなかったかな、とか。
　告白されたことを、早苗に言わなかったのがいけなかったのかな、とか。
　みんなが言ったように、わたしが無神経だったせいで、早苗を傷つけたり誤解させたりしたのかも、とか。
　だけど……話してて思ったけどさ……。
「やっぱり…………わたしは悪くなぁぁぁぁぁぁぁぁい！」
　おなかの底からさけんだわたしに、クルミくんがビクッとする。
　けど、爆発したわたしの気持ちは止まらない！
「『親友の好きな人をとった』って？　告白されちゃっただけだよ？　それもすぐに断ったし、あれ以上、なにをしろって言うのさ！　トウヤくんに『わたしの代わりに早苗とつきあって』ってたのめばよかったの？　それこそ無神経でしょ！」
「う、うん。それはないよね」とクルミくん。
　でしょでしょ！
　早苗にだって「トウヤくんに告白された」なんて言えるわけない。
「誤解を解こうにも、みんな聞く耳持ってくれないんだもん！　わたしの知らないところで、あること無いこと書きまくってさ！　いつの間にか極悪非道の大悪人にされて、なんなの──！」
　考えるよりも先に、あふれ出る言葉を次々と吐きだしていく。
「コイバナなんかしたのがいけなかったのかも。ほんと、レンアイなんて、もうこりごりだよ！」
「こりごり、か……」
「え、なに？」
「なんでもない……うん、オレもそう思うよ。火花さんは、なにも悪くないって」
「ありがと、クルミくん…………あ、でも」
　叫んどいて、なんだけど。
　じつはちょっとだけ、ダメだったのかなって思うこともあるんだよね。
　イスの上で、わたしはひざをかかえる。
「わたし、だれにでもいい顔しちゃうところがあるのかな……って。みんなとなかよくしたいって思ってるけど……もしかしたら、人によっては、そういうのが気に障ってたのかも。全員と、広く浅いつきあいばかりしてたから、掲示板が炎上したとき、だれも助けてくれなかったのかなあって……」
　小さいころから、わたしは目立つタイプだって言われてて。
　なんの気なしにしたことが、おもしろく思われないこともあった。
　だから敵を作らないために、なるべくだれといても、態度を変えないように気をつけてたんだけど。
　そういうのって、うわべだけいい顔をしてごまかす、八方美人？
　掲示板でもそんなことを言われていたし……それだけはまちがってたのかも……。
　と自問自答していると、クルミくんが言った。
「オレは……火花さんはそのままでいいと思うよ」
　大きくないけど、きっぱりした声で。
「え？　でも掲示板では、いろんな人にいい顔してるって……」
「たぶんそれ、うのみにしちゃダメなやつだと思う。火花さんが悪者だっていう決めつけが先にあって、みんな書いてるんだもの。それだと、火花さんのまちがってないことも悪くとらえられるよ」
「……！」
　クルミくんの言葉の１つ１つが、胸に響いてくる。
「だれにでもいい顔するって言ってたけど、火花さんはウソは言わないし、作り笑いでごまかしたりしないでしょ。相手のことを考えて、気づかいできるってことだよ。──オレは、しゃべるの苦手で、だれとでも話せるわけじゃないから……そんなふうにできる火花さんは、すごいと思うよ。だから、あまり考えすぎないで」
　ニコッと笑顔をむけてくれるクルミくん。
　まるで刺さっていたトゲが抜けたみたいに、心がかるくなる。
　うれしい……。
　さっきまで泣きそうだったけど涙が引っこんじゃった。
「ありがとう……クルミくんって、聞き上手だよね。きいてて楽しくない話だったのに、親身になってきいてくれたんだもの」
「それは火花さんだよ。オレがいつも一方的にしゃべっても、きいてくれるし」
「あはは、写真のことになるとメッチャしゃべるもんね。でも話くらい聞くよ。なにせいい顔したがる、八方美人ですから」
　ふざけながら、ニッと笑みを作る。
　うん、もう大丈夫。
　早苗との一件は、わたしの世界を大きく変えた。
　でも、中学に入ってからは、小学校のメンバーはバラバラになって。
　さいわいクラスに同小の子がいなかったおかげで、人間関係がリセットできたし。
　炎上がきっかけでネットに苦手意識があったけど、アオハルチャレンジをはじめて、のりこえられた。
　きっかけは、クルミくんだ。
　クルミくんって、わたしの中にかたまってた意地や悩みを、簡単にこわしてくれるんだから。
　クルミくんがふと、思いだしたようにスマホの時計を見た。
「あっ、火花さん、下校時間、とっくにすぎてるよ」
「え、もうそんな時間!?」
　時計を見ると……ヤバ、本当だ。
　どうやら話してる間に、ずいぶん時間が経ってたみたい。
　あわてて帰りじたくをはじめる。
「戸締まりはすませたね。先生に見つかる前に、早く出よう」
「うん！」
　カバンを持って部室を出ながら……ふと思いだす。
　……クルミくん、さっきわたしのこと、「ウソは言わない」って言ってくれたのに。
　わたし１つだけ、クルミくんをだましてることがある。
　青春仕掛け人は、わたしだってこと。
　かくしたままで、いいのかなあ……。

🍋16 　正面からぶつかって！（12月10日公開）

「わざわざ送ってくれなくてもいいのに。下校時間はすぎてるけど、まだ明るいんだしさ」
「そうはいかないよ。……送るのがオレじゃ、たよりないかもしれないけど」
「ええっ!?　そんなことないよ！」
　せっかくクルミくんが言ってくれるんだし、甘えちゃおうかな。
「部室以外では、あまりからまない」ってルールも、いまは気にしなくていいよね。
　ならんで住宅街の中を歩いていくと……。
「ニャー」
　え、猫っ!?
　同時に足を止めて見ると、そこにいたのはビスケとは似ても似つかない三毛猫だった。
「……ビスケかと思っちゃったけど、ちがったね」
「うん。折笠さんの猫、どこにいるんだろうね…………あ、ゴメン」
　なぜかクルミくんに謝られた。
　もしかして早苗との話を聞いたものだから、気を使ってるの？
　でもね……。
「わたしと早苗のことは、気にしなくていいよ。それにクルミくん、本当にビスケのこと心配してるんだね」
「うん。だって、飼い猫が迷子だなんて……火花さんとの話を聞いたあとだと、いろいろ思うことあるけど、それでも……」
「「猫に罪はないし」」
　声がハモって、２人ともプッと吹きだす。
　やっぱりね。クルミくんなら、きっとそう言うと思ったよ。
「きっと見つかるよ。早苗にも、場所は教えたんだし」
「それはどうだろう？　あの猫、気まぐれな性格っぽかったし。ひと晩経っても同じ場所に留まってるかな？」
「うっ……でも早苗、ポスターを貼って情報を集めてたし。見かけた人が連絡してくれれば……」
「それもどうかなあ……。昨日のオレたちがそうだったみたいに、そもそも迷い猫だってことを知らなかったら、連絡しないし。迷子になったペットを探す投稿って、ネットでよく見かけるけど、たいていの場合もどってこないんだって。もちろん、見つかった例もあるけど」
　クルミくんが、心配そうに顔をくもらせる。
　……うう、たしかに。
「ポスターを見ても、すぐ忘れちゃう人もいるからね。もしもポスターを見た人全員が、探すのを手伝ってくれたら、見つかるかもしれないけど」
　ポスターを見たのに探さない人が、冷たいってわけじゃない。
　けど、わざわざ行動にうつす人は、少ないよね……。
　そこまで考えて、わたしはピタリと足を止めた。
「……待って。全員とまではいかなくても、もし本気で探してくれる人が、たくさん現れたら……？」
「火花さん？」
　ある考えがうかんだ。
　本気でビスケを探してくれる人を増やす方法……もしかしたら、あるかもしれない。
　ただ、そのためには……。
「どうしよう……ああ、けどやっぱり……」
　足を止めたまま、わたしはその場でぶつぶつつぶやく。
「どうしたの、火花さん？　なにか気になることでもあるの？」
「ううん、気になることっていうか、あのね、クルミくん……っ」
　話そうとして、言葉につまる。
　本当に？　本当にいま、言っちゃうの？
「火花さんはウソを言わない」ってほめてもらったばかりなのに？
　けど……。
　ええーい、どうせいつかは言わなきゃいけないんだもの！
　わたしはクルミくんに、むきなおって言った。
「ごめんなさいクルミくん、じつはわたしウソついてたの！　青春仕掛け人ってわたしなんだ！」
「へ？」
　目を丸くするクルミくんに、わたしはさらにつづける。
「わたし、『灯』とはべつに、もう１つＳＮＳアカウントを持ってるの。それが『青春仕掛け人』。アオハルチャレンジをはじめたのも、毎回出されるお題も、じつは全部わたしが考えてたんだよ！」
　火花ほむら一世一代の告白が、暗くなりかけた町にひびく。
　さいわい、まわりに人がいないから、だれにも聞かれてないだろうけど……
　クルミくんの顔が、じょじょに真剣なものになる。
「火花さんが、青春仕掛け人？　本当に？」
「うん。ほら、これがアカウント」
　スマホを取りだして、本人しか見られない「青春仕掛け人」のアカウント画面を見せると、クルミくんにも本当だってことが伝わったみたい。
「ずっとだまってて、ごめんなさい！」
　不安で肩がふるえて、おもわずわたしはクルミくんから目をそらす。
　だけど耳にはしっかりと、かたい調子になったクルミくんの声が届く。
「火花さんが青春仕掛け人なら、なぜヒミツにしたままオレを誘ったの？」
「それは……」
　そもそもアオハルチャレンジがクルミくんと話すきっかけがほしくてはじめたものだから……。
　とは説明できずに、ためらっているうちに、クルミくんが暗い声で言った。
「…………アオハルチャレンジを盛りあげるのに、人数を増やすため？」
　えっ？
「そ、そんな……」
「それなら言ってくれればよかったのに。オレの写真をほめてくれたのは、ウソだったんだね」
　そんなわけないじゃない！　って言いたいけど……。
　クルミくんは傷ついた顔をして、こちらを見ないまま話しつづけてる。
　やっぱり、だまされてたのがショックだったんだ。
　きらわれた……って思うと怖くて、のどがギュッとなって、うまく声が出てこない。
　だけど……だけど自分の気持ちを伝えられずに誤解されたままになるのは、もう二度とイヤだ。
　とくに、クルミくんとは、絶対に！
　わたしは手をのばして、クルミくんの手をとった。
　ぎゅっ、と強くにぎる。
「火花さん？」
「ナイショにしてたのは、本当にごめん。だけどお願い、わたしの話をきいて！」
　回りくどいことをしたせいで、クルミくんを傷つけてしまったけど。
　素直な気持ちを、必死になってうったえる。
「クルミくんの写真は素敵！　これは１００％本気だよ！　わたし、あの紫陽花の写真を見て、クルミくんがなにを見てるか知りたかったし、どんなふうに写真を撮るのかも気になったし、もっと色んなことを話してみたいって思ったの！！！」
「ちょ、ちょっ、火花さ……」
「アオハルチャレンジに誘ったのは、たくさんの人にクルミくんの写真を見てもらいたかったから。でもこれはよけいなおせっかいだったよね、ほんとゴメン！　でもわたしがクルミくんの写真が好きなのも、いっしょにアオハルチャレンジしたいのも１００％本気の本当だか……ほぇ!?」
　すぐ目の前に、手のひらが出てきて、びっくりして言葉が止まる。
「わかった、わかったからストップ！」
　手のひらのむこうに、顔をまっかにしたクルミくんが見えた。
　い、いけない……しゃべるのに夢中になって、距離が近くなりすぎてた。
「…………ごめん」
「え？」
「オレ、ろくに火花さんの話を聞かずに、決めつけようとしてた。さっきあんな話をきいたばかりだったのに……」
　さっきまでの、こわばった表情がほどけて、もうしわけなさそうな顔をするクルミくん。
　だけどすぐに、ホッとしたみたいに笑う。
「よかった……火花さんがオレの、思ってた通りの人で」
「へ？」
「ごまかさないで、正面からぶつかってくれるってこと」
「──！」
　よかった……わたし、ちゃんと伝えられたんだ！
「……オレ、アオハルチャレンジする時間が大事になってたんだ。だからちょっと動揺しちゃって……でも、本当のことを教えてもらえてよかった。これからもいっしょにやれるかな？」
「────っ！　もちろんだよ！」
　ホッとしたせいで力がぬけて、ヘナヘナとしゃがみこむ。
「大丈夫、火花さん？」
　ほどくタイミングがないままになってたクルミくんの手にひっぱってもらって、立ちあがったけど……なんだかまだ力が入らずに、わたしは歩道の手すりに腰かけた。
　クルミくんも、となりによりかかる。
「気分わるい？　オレ、キツい言い方して……」
「ううん、それはいいし、もうだいじょうぶ。クルミくんにきらわれなかったって、ホッとして力がぬけただけだから」
　わたしが言うと、クルミくんは、ちょっとてれたような顔になった。
「……それにしても。火花さん、どうしていきなり、青春仕掛け人だってこと打ち明けたの？」
　あ、そうだ。
　まだ大事なことを、言ってなかった。
　わたしはもう一度、クルミくんにむきなおる。
「あのね、ビスケの捜索作戦で、思いついたことがあって、相談したくて……！」
　ふしぎそうにするクルミくんに、打ち明ける。
「次のアオハルチャレンジのお題に、こういうのを出したらどうかな！」
　言いながらわたしは、スマホに文字を入力してみせる。
　#アオハルチャレンジ
　#行方不明のペットを探す
「行方不明のペットを……そうか、アオハルチャレンジで呼びかければ……」
「うん、もしかしたらチャレンジのために、ビスケを探す人が増えるかもしれないでしょ！」
「うん、いいと思う！」
　クルミくんが深くうなずくのに勇気をもらって、さっそく、わたしはスマホにお題をうちこむ。
「こんなアイデアを思いつくなんて、すごいや。さすが青春仕掛け人さんだね」
「そんな、たまたま浮かんだだけだってば」
『青春仕掛け人』のアカウントで、お題をポストして。
　それから、『灯』のアカウントに切り替える。
［いま、知りあいの猫が迷子です。見かけた人は情報お願いします
　 #アオハルチャレンジ ＃行方不明のペットを探す］
　ポストするための文章を打ちこんでいると、クルミくんが。
「オレ、迷い猫探しのポスター、撮ってある。火花さんのスマホに送るからつけるといいかも」
「ありがとう、さすがクルミくん！」
「あ、でも折笠さんの連絡先と名前は消しておくよ」
　だね。
　いくらビスケを探すためでも、ネットに本名を上げるわけにはいかないもの。
　あとはこのポストを見た人たちが、探してくれるといいんだけど……。
「ほかには、なにかできることないかな？」
「そうだね……あ。迷い犬や迷い猫を探す掲示板へのリンクに、#アオハルチャレンジのタグをつけて拡散するのはどう？」
「いいね、それやろう！」
　＃アオハルチャレンジをする人が、どこに住んでるか、何人くらいいるのかはわからないけど。
　その人たちが、近くに、ペットが迷子になってこまっている人がいることを知ったら。
　その子を探してチャレンジに参加しようって考える人がいるかもしれないし。
　そうしたら、探している飼い主さんも助かる。
　そうしているうちに、ＳＮＳ上では、今回のチャレンジが話題になっていた。
［うちの文鳥も逃げちゃった。見つけた人、知らせてください。ほんとに心配です］
［うちの近くでも、捜索願いが出されてる犬がいる。明日見てまわろうかな］
　やる気になってくれてる人がいるのがうれしい。
「みんなのペット、見つかるといいね……ビスケも」

　──そして。ビスケを探してるっていう『灯』のポストに、［それっぽい猫見つけました］ってコメントがついたのは、次の日のことだった。

🍋17 　「キヨマサさん」ってどんな人？（12月10日公開）

［迷子の猫、それっぽい子を見つけました］
　放課後の教室、わたしのスマホに、通知がきたんだ。
　見ると、あのポストに、コメントがついていた。
　ビスケが見つかった!?
　でも、メッセージの「それっぽい猫」っていうのは、なんだかあやふやな言い方だ。
　コメントの主のアカウント名は『キヨマサ』。
　名前から男の人かなって思うけど、年齢も性別も、実際とちがっても登録できちゃうのがＳＮＳだから、本当のことはわからない。
　とりあえずわたしは、ぽちぽちと返信をうちこむ。
［情報ありがとうございます。すみません、その猫の写真送れますか？］
　猫を見つけたっていうのはウソで、興味本位で、からみたいだけかも。
　うたがうようで申し訳ないけど、すぐに信じるわけにはいかないの。
　すると、すぐにポン！　と通知音がなった。
［それが、その猫はいま、写真が撮れない場所にいるんです。かわりに位置情報を送ります］
　ええ──っ？
　写真が撮れない場所……って、どういうこと!?
　念のため、位置情報から地図を表示してみると……あっ。
　そこは、この前クルミくんといっしょにいった、神社の近くの道の真ん中。
　ってことは「キヨマサ」さんの言ってる猫が、ビスケの可能性が高い。
　けど……　どうしよう？
　これって「この場所で会おう」って言われてる？
　本当に、ただの親切な人かもしれない。
　でも、知らない相手と直接会うなんて、危険だよね。
「そうだ、クルミくんに相談しよう」
　クルミくんはもう部活にいってるけど、なにがあったかを書いてメッセージを送信する。
　と、ピピピピピッ！　と直接、通話がきたっ！
「はいっ!?」
「メッセージ見たよ。ＳＮＳ上の相手と直接会うのはあぶないよ！」
　すぐにあせったような声がとんでくる。
　わたしは教室に残ってる人たちに聞こえないよう、声を落として答えた。
「う、うん、それはわたしもわかってるよ。けど、もしこの場所に本当にビスケがいるなら、すぐにいったほうがいいよね……？」
　たしかな情報じゃないから、もちろん早苗に声をかけるわけにもいかないし……。
「だったらオレがいっしょにいく。２人でなら、なにかあっても対応できるから」
　きっぱりというクルミくんの声が、たのもしい。
　わたしたちは合流してから、「キヨマサ」さんから送られてきた場所へむかうことにした。
　校舎から外に出ると、空にはどんよりとした雲がかかっている。
　クルミくんは、やっぱり警戒しているのか、雰囲気がピリピリしている。
「それで？　『キヨマサ』さんは、その場所で待ってるって？」
「うん。……どんな人だろう。いい人ならいいんだけど」
「それはわからないけど、とりあえず、歴史が好きなのかも」
「へ？　なんで歴史？」
「自画像アイコン。それ、加藤清正公だから」
　そういえば。
　キヨマサさんのアイコンは歴史の教科書に載ってるような武将のイラストだっけ。でも……？
「加藤清正は、安土桃山時代に活躍した武将だよ。いまの熊本城を築いたことで有名なんだ」
　へえ……ヤバ、わたしぜんぜん知らなかった！
　クルミくんって、歴史も好きなのか……。
　そんな話をしながら、いよいよあの神社が近づいてきた。
　──よし、いこうっ！
　真剣な表情のクルミくんと視線を合わせて、うなずきあう。
「あれ、あの人……」
　指定されたあたりの道の真ん中で、立っている人がいる。
　腕組みしながら、スマホをながめているけど……えっ、あの人がキヨマサさん？
「オレが声をかけてみるね。あの、すみません！」
　クルミくんが声をかけると、その人がふりむく。
「あ、あの、オレたち、いなくなった猫を探してきたんですけど……」
「ん？　きみ、ひょっとして『灯』さん？」
「ええと……あの、あなたが『キヨマサ』さんですか？」
「ああ、あたしがキヨマサだよ。ほら、これが証拠」
　言いながらその人……近くの高校の制服を着たお姉さんが、スマホを見せてくる。
　そこには、さっきわたしたちが見ていたキヨマサさんのアカウント設定画面が表示されている。
　たしかに、この人だ！
　キヨマサさんって女性で、しかも、高校生だったんだ──！
「すみません、『灯』はわたしなんです。彼は……ええと、」
「クラスメイトです。オレもアオハルチャレンジをやってるので、いっしょにきました」
　わたしたちが、順番に自己紹介すると、キヨマサさんは大きく口を開けて笑った。
「なるほど。２人とも、アオハルチャレンジャーなんだね！」
　ア、アオハルチャレンジャー!?
「うちの学校でもアオハルチャレンジが流行ってて。やってる人をそう呼んでるんだけど、あれ？　君たちのとこはちがう？」
「初耳です」
　たぶんそう呼んでるのって、キヨマサさんの学校だけじゃないかな。
　だって青春仕掛け人の、わたしが知らないんだもの。
　けどアオハルチャレンジャーって、いい呼び名かも。
「チャレンジ達成のためって言っても、ネット上の人と待ち合わせするのはヤバかったかなって思ってたけど……勇気を出してメッセージして、よかったよ」
　と笑うキヨマサさん。緊張してたのは、むこうも同じだったみたい。
「あのそれで、ビスケを……猫はいったいどこに？」
「それが、ちょっとやっかいな場所なんだ。位置情報だけじゃ見つけられないと思って、ここで待ってたわけ。──ほらそこ」
　道のはしっこを指す、キヨマサさん。
　でも……あの、なにもいませんけど？
「ニャ〜」
　え？　いまたしかに、猫の声が聞こえた！
　だけどきょろきょろしてみても、ビスケのすがたがない!?
　ふしぎに思っているとまた、かすかな「ニャ〜」って声が、下のほうから聞こえてきた。
「ひょっとしてビスケがいるのって、そこの溝の中ですか？」
　クルミくんが聞くと、キヨマサさんは「ああ」って答える。
　見ると、道のはしには、雨水を逃がすための小さな穴の開いたブロックが並んでいた。
　このブロックの下は、水の流れる溝になっているはず。
　ビスケは、この中にいるってこと!?
「たまたま近くを通ったら、鳴き声が聞こえてきてね。そのブロックに、穴が開いているだろう。そこからちらっと猫の顔が見えたんだ。ゴメン、そのとき写真に撮っておけばよかったんだけど、いまは奥に引っこんじゃって、姿が見えなくなってる」
　キヨマサさんは謝ってきたけど、それはしかたない。相手は猫だもの。
「で、昨日見た、アオハルチャレンジで探してる猫のことを思いだしてね。連絡したんだ」
「ありがとうございます！　けどビスケ、どうしてこんなところに入っちゃったんだろう……」
「どこから入ったかはわからないけど、猫ってせまいスキマを通って移動するっていうからね。猫が溝にはまって出られなくなったって話もよく見るし、案外あることなのかも。問題は……」
　キヨマサさんはクツのつま先でトントンと、地面をおおったブロックをつつく。
「君たちがくるまでに調べてみたんだけど、ビスケくんを助けるためには、このブロックを持ちあげなきゃいけない。だけど……」
「オレ、ちょっとやってみます」
「あ、わたしもいっしょに！」
　クルミくんとわたしは、ブロックの開いてる穴に指を入れて、息をあわせて持ちあげてみるけど……。
「ダメだ、ピクリともしないや」
「ムリかあ。あたしもどうにかできないかやってたけど、お手上げだったんだ。そのブロック、厚みがあって、穴に指を入れても底に引っかけることができないだろ？」とキヨマサさん。
　そう、だから力がかけられないの。
　コンクリートでできたブロックなんて、ただでさえ重たいのに。
　なら、キヨマサさんにも手伝ってもらって３人で……。
　あ、でもブロックの穴は小さくて、３人で指をひっかけるのは難しいか。
「火花さん、このままじゃマズイよ。もうすぐ雨が降るって、お天気アプリから通知がきてる」
　え……っ！
　クルミくんのけわしい声に空を見あげると。
　たしかに空は、さっきよりさらにどんよりとしてきていて、これはヤバい！
　もしもいま、雨が降ってきたら、ビスケは溝の中に閉じこめられたまま、おぼれちゃうかも！
「このブロックって、絶対取り外せないように作られてるのかな？」
「まさか、そんなわけないよ。だって、こういうのって工事の人とかが、たまに取り外して点検するでしょ」とクルミくん。
　あ、そうか、そうだよね。
　よく考えたらわたしも、工事の人がブロックをどかして作業しているところ見たことあるかも。
　けど、かんじんの、外す瞬間を注意して見たことはない。
　どうして工事の人にやり方をきいておかなかったかなあ……なんてそんなことありえないか。
　話してる間にも空はどんどん暗くなって、地面の下からはニャーニャー声が聞こえてくる。
　たとえ中にいる猫がビスケじゃなくても、ほうっておけないよね。
「どうしよう。どこかそのへんに、こういうのにくわしい人が歩いてないかなあ」
「たしかにそんな人がいてくれたら助かるけど、そうつごうよくはいかないよ」
　たしかに、キヨマサさんのいうとおりだ。
　けど、そしたらクルミくんが。
「そうか、知ってる人にきけばいいんだ……火花さん、スマホを出して！」
「ス、スマホ？」
「うん。このブロックの写真を撮るんだ。その写真をＳＮＳにポストして外し方をきけば……」
「そっか！　ポストを見た人が、やり方を教えてくれるかもしれない！」
　その手があった！
　キヨマサさんも感心したように、クルミくんを見る。
「君、やるねえ。けど、どうして自分のＳＮＳではポストしないの？」
「もちろんしますよ。けどオレよりも火花さんのほうが、たくさんの人にフォローされてるから、効果があると思うんです」
「それなら、あたしもやろう。フォロワーは、そこそこいるからね」
　キヨマサさんもスマホを取りだして、さっそくブロックの写真を撮りはじめる。
　わたしも同じように撮影して、ＳＮＳの画面を開いた。
［急募！ 猫を見つけたけど、溝の奥に入って出てきません。
　だれかフタしてるブロックを外す方法知りませんかー!? #アオハルチャレンジ ］
　ポスト！
　すると、すぐに反応があった。
［ブロックの下に猫がいるんですか？ ケガしてないか心配です］
［ドリルで壊してるのを見たことあるよ］
［これくらいの大きさだと、40〜50キロあるはず。ハンマーでぶっ壊せば？］
　なるほどドリルやハンマーで壊せば…………って、わたしたちにそんなことできないって！
　勝手に壊しちゃまずいし、中にいるビスケが、危ないかもしれないもの。
　そこへ、新しい返信がついた。
［すみません、力になれそうにありません。けど、拡散しておきます。みんなで協力して、＃アオハルチャレンジを成功させましょう。だれか知ってる人、猫を助けてあげて！］
「――――！」
　そのコメントをくれたのは知らないアカウントだったけど、すごくありがたい。
　そうだよ、ブロックの外し方を教えてくれたら、わたしたちのチャレンジ達成に一役買うことができるんだよ。
　ポストを見たアオハルチャレンジャーたち、どうか力を貸して──！
　アオハルチャレンジャーが、何人いるのか。
　どこのだれかは、知らない。
　どこに住んでいて、なにをしているのかも知らない。
　でも、＃アオハルチャレンジっていう遊びに注目してくれる同士は、心でつながったトモダチだから──！
　そしたら……またきた、返信だ。
［写真見ました。これなら排水用のスキマにバールをつっこんで持ちあげたら、外れますよ］
　き、きた、ブロックを外す方法──！
　わたしは声をあげながら、スマホをクルミくんとキヨマサさんに見せる。
「なるほど、バールか」
「バールってあの、よくニュースで『犯人はバールのような物で窓ガラスを割った』なんて言ってるあれだよね。こういう使い方もあるんだね」
「あの、火花さん。たぶんこういうのが、本来の使い方だよ」
　クルミくんにつっこまれちゃったけど、まあいいか。
「けどバールって、どこで手に入るの？」
「オレも使ったことないけど……たぶんホームセンターにいけば売ってると思う」
「それなら、大通り沿いにあるよ。あたしはここで様子を見ておくから、いってくるといい」
「えっ、いいんですか？」
　キヨマサさん、最初に連絡をくれてから、わたしたちがくるまで、ずっと待っててくれたのに。
　その上、さらにつきあってくれるなんて。
「ここまで首をつっこんだんだ、途中でほっぽり出せないよ。気にしないで早くいった」
「ありがとうございます。いこうクルミくん！」
　どんよりした空の下を、わたしとクルミくんは、かけだした。

🍋18　走れ！　みんなの応援を力に（12月10日公開）

　全力疾走でホームセンターに飛びこみ、まっすぐにお店の人に突撃して、バールのある場所をきいたおかげで、最速で買うことができた。
「ヤバ、降りだしたよ、クルミくん！」
　お店から出ると、真っ黒な空からは、すでにポツポツと雨が降りはじめてる。
　どうせならカサもいっしょに買っておけばよかったけど、いまさらしかたない。
　あせりながらもとの場所にもどると、キヨマサさんが気づいて手を振ってくる。
「早かったね！　ちゃんと買えた？」
「はい、バッチリです！　ビスケはどうですか!?」
「あいかわらず声は聞こえてるよ。けど、いそいだほうがいい」
　よし、じゃあさっそく……あれ、クルミくん？
「……はァ……はァ……」
　わたしよりかなり遅れて、息を切らしたクルミくんが到着した。
　走るのに必死だったから、気づかなかったけど……もしかしてわたし、ペース速すぎた？
　でも、ヨレヨレのクルミくんは、前に進みでた。
「も、もちあげるの、オレがやります……２人は下がっててください」
　だんだんと強くなってきた雨が、カサを持ってないわたしたちをぬらしていく。
　クルミくんは買ってきたバールをブロックのスキマに差しこむと、力を入れた。
　ガタッ
　するといままでビクともしなかったブロックが、ほんの少し浮いた！
　すごい、うまくいったかも！　よーし、これならきっと……って思ったけど。
「……ダメだ。これ以上あがらない……途中でなにか引っかかってるみたい」
「ええっ!?」
「ごめん、いったん下ろすね」
　全力をこめていたクルミくんが、一度おきあがり、「ふぅ──」と深くため息をついて、体勢を立てなおそうとしている。
　どうしよう？　これで解決できると思ったのに……！
　すると、キヨマサさんが、クルミくんにむかって手を差しだした。
「ちょっとそれ借りるよ」
「え、どうするんですか？」
「こうするんだ！」
　キヨマサさんは受けとったバールを、思いきり振りかぶった！
「ええっ、ちょっ……!?」
　ガンッ！
　バールが、ブロックの表面に直撃！　いったいなにを!?
「ビスケがビックリしますよ！」
　事実地面の下から、「ギニャッ!?」って変な声が聞こえてくる。
　けどキヨマサさんは、立てつづけにバールを振りおろしながら、説明してくれる。
「ビスケには少しガマンしてもらうしかない。じつは君たちがホームセンターにいってる間に、あたしのＳＮＳにも返信がきててね。もしブロックのまわりが固まってて持ちあがらなかったら、こうやってたたくといいって、教えてもらったんだ。ゴミがつまってて動かしにくい場合があるけど、振動を与えるとゴミがはがれて動くようになるってね！」
　な、なるほど。そういうことか。
　ガンッ！　ガンッ！　ガンッ！　ガンッ！
　ビスケ、怖いけどちょっとだけガマンして、おまえを助けるためなんだからね……！
「よし、もう１回ためしてみよう！」
　しばらく叩いたあと、もう一度クルミくんがチャレンジする。
　そしたら今度は。
「動いた！　さっきより持ちあがってる！」
「ブロックと地面との間にスキマができた。『灯』さん、支えよう！」
「は、はいっ！」
　キヨマサさんはしゃがむと、浮かせたブロックの下に指を入れて、わたしもそれにならう。
　ううっブロックの裏がぬるぬるねちょねちょしてて、雨にぬれるのとは別の気持ち悪さがある。
　けどいまは、そんなこと言ってられないよね。
「一気にあげるよ。せーの！」
　３人がかりで持ちあげて……よ、よーし、外れた！
　ブロックは、完全に地面から離れた。
　あとはこれをどかせば……。
「よし、このままゆっくり下ろして……あっ！」
　叫んだのはキヨマサさん。
　指をかけてたブロックの底がスベったのか、支えていた手が離れた。
　そして支えが１つなくなったもんだから、残ったわたしたちに一気に重さがきた！
　バランスがくずれて、ブロックは地面にむかって急降下。
　激突する瞬間ギリギリで、手を離したけど……。
「痛っ……！」
　一瞬遅くて、ほんの少し、ブロックのはしがわたしの指をかすめちゃった。
「火花さん!?」
「ゴメン、大丈夫!?」
「へ、平気です」
　って答えたものの、本当はめっっっっちゃ痛い！
　見ると、皮膚がやぶれて血が出てる。でも、これは自分でわかる。
「だいじょうぶ、骨はやってないから！　それよりいまはビスケだよ！」
　ブロックが外れたんだから、これで中をたしかめられる！
　痛みをガマンして、ブロックが外れた場所から溝の中をのぞきこむと……いたー！
　奥の暗がりに見えるのは、耳に星形の模様がある猫。
　よかった、まちがいない。ビスケだ！
　毛は汚れているけど、水につかってはいないみたい。
「ビスケー、おいでー。こっちだよー」

　制服が汚れるのもかまわずに、ケガしてないほうの手を、穴の中につっこむ。
　どうせカサもささずに作業してるんだから、いまさらちょっと汚れたってかまわない。
　だけど……。
「シャーッ！」
　ビスケは威嚇の声をあげて、あとずさっちゃった。
　あー、もう！　いまだけでいいから、なついてくれてもいいじゃない！
　助けにきたんだからさー！
「火花さん、オレが代わるよ」
「うん。でももう、ムリにでも抱えてひっぱりだすしかないかも」
　交代して、今度はクルミくんが手をつっこむ。
　お願いビスケ。引っかいたりかみついたりしないであげてね。
　だけど心配していると、クルミくんが力ない声を出す。
「ダメだ。ビスケまで手が届かない」
「ええっ!?」
「もう少し穴が大きければいいんだけど……」
　たしかに、ブロック１つを外してできた穴は、そんなに大きなものじゃないから。
　あんまり深くまで手を入れられそうにない。
　けど、それなら話は簡単だよ。
「だったら、となりのブロックも外そうよ！」
　もう１つブロックを外せば、穴の大きさは２倍になる。それならビスケに届くはず！
　けど、クルミくんは……。
「やろう。ただし、火花さんは休んでて」
「ええっ、どうして!?」
「だって手、ケガしてるでしょ」
　そ、そうだけど、いまはそんなこと言ってられない、ちょっとガマンすれば……。
「────ほむらちゃん、むりしないで」
　そのとき、うしろから声がして、わたしの顔のそばに、白いハンカチが差しだされた。
「ありがと……って、えっ？」
　ふりむいて、わたしはそのまま固まった。
　だって、そこに立っていたのは……。
「早苗……!?」
　なんで……どうしてここにいるの!?
　早苗はカサをさしながらわたしにハンカチを差しだしてるけど、気まずいのか目はそらしてる。
「だれ、この子？　知り合い？」
「えっと……この人が、ビスケの飼い主です」
　クルミくんがキヨマサさんに説明して、わたしは早苗にたずねる。
「ど、どうして早苗が、ここにいるの？」
「そ、そりゃあくるよ。わたしの知らないうちにＳＮＳで、ビスケのことが話題になってたんだもの。この『灯』ってアカウント、ほむらでしょ？」
　スカートのポケットから、スマホを取りだしてくる。
　するとそこに映っていたのは、紛れもなくわたしのアカウント、『灯』だった。
「勝手にビスケを探しててごめんね。よけいなお世話だった？」
「そ、そうじゃないけど……こんなにたくさんの人が心配してくれてるのに、じっとしてられないでしょ」
「待って。こんなにたくさんって、なんのこと？」
「ひょっとして、気づいてないの？　ほらこれ」
　スマホの画面を、クルミくんやキヨマサさんも覗きこむ。
　表示されているのはさっきの、ブロックの外し方をたずねるポスト。
　そして、それにつづくコメントには────
［猫ちゃん無事かな!?　がんばってください！］
［手伝いにいけないけど、応援しています］
［いままでで一番成功してほしいチャレンジだ］
［北海道からパワーを送ります］
［力をあわせて、チャレンジ達成してください！］
　って、なにこれ!?
　わたしたちを応援する返信が、山のようにきてるんだけど!?
　いそがしくて、バールを使うってとこまでしか見ていなかったけど、いつの間にかすごいことになってる！
　なに？　わたしたちが、雨の中で奮闘していたこの瞬間、ＳＮＳ上では、これだけたくさんの人が見守ってくれてたってこと!?
　こうしている間にも、コメントはどんどん増えていく。
　そしてコメントをくれた人の中には、見覚えのある名前もあった。
　これは……千鶴や星野のアカウントだ。
［こんなときに部活抜けられないなんてー！　けど灯なら、大丈夫って信じてるよ］
［ああーっ！ いますぐかけつけたい！ オレのぶんまでがんばってくれ！］
　いままで気づいてなかったけど、２人とも応援してくれてたんだ。
　たくさんの応援メッセージを見ていると、胸にジーンと熱いものがこみあげてくる。
　少しでもビスケが見つけられる確率があがるならって、ペット探しをアオハルチャレンジにしてみたけど。
　こんな大勢の人が、心を動かしてくれたなんて……！
「こんなにたくさんの人が応援してるのに、飼い主のわたしがなにもしないわけにいかないじゃない」
　早苗に、どうこたえていいかわからず黙っちゃったそのとき、キヨマサさんが割りこんできた。
「お取り込み中すまない。話はあとにして、いまは早くビスケくんを助けてあげないか」
　……！　そうだった!!
「は、はい、ありがとうございます！　わたしが、ほむらのかわりにやります！」
　早苗はさしていたカサをわたしにわたすと、さっきわたしがやってたみたいに、クルミくんたちと協力して、ブロックを外していく。
　２つ目のブロックをどかすと、空いた穴に早苗は思いきりよく腕をつっこんだ。
「ビスケ、もうだいじょうぶだよ。こっちにおいで」
　早苗らしい、やさしい声。
　早苗のこんな声をきいたの、いつぶりだろう。
　やがて早苗は、溝から腕を引きぬいたけど、その手の中には……。
「ニャ〜」
「「「やった──！！！」」」
　わたし、キヨマサさん、そしてクルミくんは、おもわずハイタッチをする。
　ビスケは、体は濡れてて、毛はゴワゴワ。
　だけど早苗の腕の中で、安心したように鳴いている。
「ビスケ〜〜〜〜〜〜！」
　早苗は、制服が汚れるのもかわまずにギュッと抱きしめる。
　そんな顔を見ると、１００％、よかったねって気持ちになるからふしぎ。
　すると早苗は顔をあげて、まっすぐにわたしを見た。
　その瞳の中に、涙がいっぱいたまってる。
「ほむらちゃん……ありがとう、ビスケを助けてくれて。それに……いろいろあったのに、わたしのために、こんなに……」
「早苗……ちゃん……」
　どんな顔で、どんな返事をすればいいかなんてわからない。
　なんとも言えない空気が流れたとき、クルミくんがひかえめな声で口をはさんだ。
「せっかくだけど、仲直りはあとにしよう。雨が強くなってきたし、まだブロックをもどすのが残ってる」
　あ、そうだった！
　ちゃんともどしておかないと、このままじゃあぶないよね！
「それじゃあ、いそいでブロックを……」
「ちょっと待ったー！」
「えっ？　な、なんですか、キヨマサさん!?」
「その前に大事なことを忘れてない？　アオハルチャレンジャーのみんなが見守ってくれてたんだ。助けたって証拠の写真を撮っておいてお知らせしないと、みんなが心配しっぱなしだよ！」
　あっ、そうだった！
　ＳＮＳを見てるだけの人たちには、状況が分からないもんね。
　あわててスマホを見ると、さらにコメントは増えつづけていた。
［猫は助けられたかにゃ？］
［無事に飼い主のところにもどれますように！］
「これは早いとこ報告しなきゃね。ビスケの写真、撮っていい？」
「うん！」
　早苗は泣き笑いの顔で、ビスケの顔が見えるよう抱えるむきを変えてくれる。
　わたしたちはそれに、カメラをむける。
「じゃあいくよ、＃行方不明のペットを探す　チャレンジ、大成功！」

　わたしたちはそれを、世界にむけて発信した。

🍋19　ほどける心とお人好し（12月10日公開）

　ブロックをもどし終えると、キヨマサさんが自分の格好を見て、苦笑いをする。
「全身ボロボロだね、こりゃ怒られるかな。あたしは、ここで帰るよ」
「はい。手伝ってくれて、ありがとうございました」
「オレもこのまま帰るけど、火花さんはどうする？」
　聞いてきたクルミくんに、じゃあわたしもって答えようとしたけど……。
「あの……ほむらちゃん。よかったらうち、よっていって」
「えっ？」
　早苗はじっとわたしを見てくるけど、どう返事をしたらいいか。
　けど、クルミくんが、ポンッて背中を押してくれた。
「火花さん、そうさせてもらいないよ。このままだと風邪ひいちゃうし……火花さんも、話したいことがあるんじゃないの？」
「う、うん……」
　まだちょっと緊張するけど、クルミくんが微笑みながら手をふってくれて……ありがとう、勇気がでたよ。
　クルミくんやキヨマサさんと別れて、むかったのは久しぶりにいく早苗の家。
　シャワーを使わせてもらって、借りた服を着て早苗の部屋にいくと、早苗は気持ちよさそうに眠るビスケをながめていた。
「ビスケ、大丈夫そう？」
「うん。ケガもないし、体ふいてたら寝ちゃった。そうだ、ほむらちゃん。手、ケガしてたよね？」
　こんなの大したことない……って、言ったんだけど。
　早苗はすぐに救急箱を持ってきて、わたしの指先にばんそうこうをまいてくれた。
　……こうして近くにいると、なんだか昔にもどったみたい。
　早苗の、こういう、こまやかでやさしいところが、好きだったなあ。
「これ、腫れちゃうかもね。痛みが強くなったらお医者さんいってね」
「うん、ありがと」
「それと……いまさら遅いのは分かってるけど……ほむらちゃん、小学校のときはごめんなさい」
「────っ！」
　深く頭を下げてくる早苗。
　でも、わたしにとってあの黒歴史は、深い心の傷。
　すぐにはなにもこたえられずにいたら、早苗が、ぽつりぽつりと話しはじめる。
「……トウヤくんの好きな人がほむらちゃんだって知って。ほむらちゃんが悪いわけじゃないって、わかってたけど……どうしても、もやもやして……気持ちをはき出したくて……」
「それで掲示板に、書いたの？」
「うん……けどまさかみんなが、あんなふうにさわぎだすなんて。ほむらちゃんの名前もだしてなかったのに、いつの間にかどんどん話が大きくなって、気づいたら手に負えないくらいエスカレートしちゃって……」
　つらそうな顔でうつむいたけど……待って。
　それじゃあ早苗は、わたしを悪者にしようとしてたわけじゃなかったってこと？
「ほむらちゃんが私をいじめてたなんて、あるわけないのに……止められなくてごめんなさい」
　……そうか、早苗は一度も「いじめられてた」って言ってなかったんだね。
　だけど勝手にウワサに尾ひれがついて。
　あるいは、気づかないうちに生やして。
　悪気があったわけじゃないけど、みんなの中でわたしは、早苗をいじめたひどいやつって認識になっていったのか。
「それで、気まずくなって、わたしを避けてたの？」
「みんなに本当のことを言いだせないまま、私のせいで、ほむらちゃんの小学校時代をサイアクにしちゃったでしょ。だから、どんな顔をしてたらいいのか、わからなくて……」
「なら、この前わたしに、『調子に乗らないほうがいい』なんて言ってきたのは!?」
「そ、それは……ほむらちゃんのことを『気に入らないね』って言いだした子がいたから。小学生時代のことを、ＳＮＳにさらしてやろうなんて言う子もいて。止めたら、やめてくれたんだけど、またやるかもしれなくて、こわかったから」
「じゃ、じゃああれは、本気でわたしを心配してたってこと!?」
　早苗はだまったまま、うつむいてる。
　な、な〜〜〜〜んだ！
　早苗は本当に、わたしのことを守ろうとしてくれてたんだ。
「……いつかちゃんと謝らないとって思ってたのに、機会がなくて……それなのに、ビスケを助けてくれて。ありがとう、ほむらちゃん」
　ずっと胸につっかえていたものが、スーッと消えたような気がする。
　ようやく、１％のモヤモヤもないスッキリした気持ちで、早苗ちゃんを見ることができた。
「ビスケは、知らない猫じゃないしね。もう気にしなくていいよ、早苗ちゃん！」
「いまさらだけど私、ちゃんとみんなの誤解とくから。ほむらちゃんはなにも悪くないって、私のせいなんだって……」
「ううん、早苗ちゃん、待って！」
　早苗ちゃんの気持ちは、うれしい。
　ずーっと誤解されっぱなしでくやしかったもの。
　だけど……たとえ誤解がとけても、エミたちと「それじゃあまた、なかよくしようね」って、仲直りできる？
　そしてなにより、ヘタしたら今度は早苗ちゃんが、ウソつき扱いされないかが心配。
　もしも早苗ちゃんのいまを、こわしてしまうかもしれないのなら……。
「――誤解、とかなくていいよ」
「ええっ！　で、でも……」
「といたところで、昔みたいにはもどれないもの。それより、わたしと早苗ちゃんのいまいる場所を、大事にしよう」
　わたしは、いまのわたしで満足してるから大丈夫だよ。
　早苗ちゃんはビックリしてたけど、すぐにクスリと笑う。
「……前から思ってたけど、ほむらちゃんってお人好しだよね」
「かもね。だってわたしは『八方美人』だもの。ダレにでもいい顔するのがデフォルトなの」
「ぷっ、なにそれ」
　こらえきれなくなったのか早苗ちゃんが吹きだして、わたしも笑った。
「そうだ。そのかわり、１つだけお願いがあるんだ。さっきクルミくんとアオハルチャレンジやってたこと、ナイショにしておいてくれない？」
「え？　いいけど……でもどうして？」
「クルミくん、クラスで静かにすごしたいって人で、わたしもそれを尊重したいの。けどもしわたしといっしょにいたことで、さわがれでもしたら……ね」
「うん、わかったよ」
　早苗ちゃんがうなずいてくれてひと安心。
　ウワサが一人歩きすることの怖さは、おたがいよーくわかったからね。
　あんなのはもうこりごりだよ。
「ほむらちゃん……あのときは本当にゴメン。もしもまたほむらちゃんがイヤな思いをしそうになったら、今度は絶対に止めるから」
「うん……そのときはお願いね」
　早苗ちゃんと目を見あわせて微笑みあう。
　早苗ちゃんと、前みたいな「親友」にもどるのは、難しいかもしれない。
　明日からも、表面上はいままでとなにも変わらないのかも。
　でも、もう廊下で会ったとき、心臓がすくみあがらなくてすむ。
　もしかしたら、笑顔ですれちがえるかも。
　ずーっと胸の奥にあったしこりが、溶けて消えていく気がした。

🍋20　だれも知らない、わたしたちのアオハル（12月10日公開）

　────ねえ、#アオハルチャレンジ　って知ってる？
　最近ＳＮＳで流行っている、だれでも参加できる遊びなんだけど、この前ね……。
　　　　◇◆◇◆
　あの救出劇から２日後。
　昼休みに教室にいたわたしのスマホに、キヨマサさんからメッセージが届いた。
［この前のビスケくん救出のポスト、大変なことになってるね。おかげで耳タコになるくらい、質問攻めにあったよ］
［わたしも似たような感じです。朝から何度も話を聞かれました］
［まるでちょっとしたヒーローだね。彼にもよろしく言っておいてよ］
［はーい、分かりましたー］
　キヨマサさんとは、あのときしか会ってないし、高校生だし、本名も、住んでるところも知らない。
　なのに、まるで、ずーっと昔から知ってる友だちみたいに、話せるようになってるよ……。
「ほむら、なにしてるの？」
　声をかけてきたのは千鶴。それに、星野だ。
「ああ、この前、猫を助けたときに協力してくれた人からメッセージがきてね」
「火花といっしょにチャレンジしてたあの人か！　どんな人だったんだ？　くわしく聞かせろよ」
「ゴメーン。個人情報だから、勝手に話せないの」
「えーなんだよ。ま、しかたねーか」
　うん、残念だけど、こればかりはね。
　ネットの世界だからこそ、マナーは守らないと。
　これくらいいいか……なんてかるい気持ちでベラベラしゃべって、思わぬかたちでトラブルがおきたらイヤだもの。
　それにしても……あれから、すごいことになったなあ。
　＃迷子のペットを見つける　というアオハルチャレンジは、過去最高の難易度だったと思う。
　けど何人かの人が、＃チャレンジ成功！　ってポストを上げていた。
　みんな一生懸命、迷子になったペットを探して、結果何匹も、飼い主のもとに帰してあげることができた。
　その結果アオハルチャレンジは広く拡散されて、たくさんの人が反応してくれたの。
　ペットがもどってきた人からのお礼のポストも、上げられている。
　ふふっ。
　アオハルチャレンジをはじめて、本当によかった！
　ネットって、こわいこともあるけど。
　みんなのやさしい気持ちが繋がって、すごくすてきなこともおこる場所なんだね。
「それにしても、ほむらのチャレンジ成功で、ますます盛りあがってるじゃん。なんか『人気の火付け役』って感じ」
「ひ、火付け役っ？」
　おもわず、「炎上のほむら」って悪名を思いだして、ドキッとする。
　事情を知らない千鶴が、小首をかしげてのぞきこんできた。
「そ。……あ、なんかイヤだった？」
「ううん、ぜんぜん！」
　火付け役のほむら……か。
　ちょっとはずかしいけど、なんかうれしいや。
　ただ、アオハルチャレンジが盛りあがったのはうれしいけど。
　じ、じつは１つ、あたらしい問題も生まれてるんだよね……。
「あー！ 絶対オレもデカいチャレンジを成功させて有名になるぞー！ 次のお題はまだかー!?」
　佐竹くんの言葉に、ドキリとする。
　うーん、それなの、次のお題……。
　じつはさ、ビスケが見つかって、クルミくんとの距離もちぢまったし……。
　青春仕掛け人、もうやめてもいいかなーなんて、思っていたんだよね。
　でも……。
　アオハルチャレンジは過去イチの盛りあがりで……と、とてもやめれる雰囲気じゃないよ〜！
　そんなことを考えていたとき、ピコンとスマホに通知が届いた。
　見てみると……え、クルミくん!?
［がんばってね、青春仕掛け人さん。次のアオハルチャレンジ、オレも楽しみにしてるから］
「………！！！」
　メッセージにビックリして、あわててクルミくんの席に目をむける。
　彼はあいかわらず１人でいたけど……かすかにこっちに顔をむけて、小さく手を振ってる。
　はうっ！　や、やっぱり期待されてるー!?
　でも……でもね……。
［新しいチャレンジを出したいのはやまやまだけどさ。どうしよー、もうお題のネタがうかばないんだよー！］
　だって、もともと深く考えずにはじめちゃったんだもん。
　アイデアなんて、そんなホイホイうかぶわけないじゃない！
　すっかり枯渇しちゃってるよー！
　心の中で弱音をはいていると、さらにメッセージが届いた。
［だったら、オレもいっしょに考えていいかな？　チャレンジするだけでなく、ネタを考えるのもおもしろそうだし］
「！」
　わああっ、クルミくんが協力してくれるなら百人力だよ！
　うれしくて笑みをこぼすと、千鶴がのぞきこんでくる。
「ほむら、ダレと話してるの？」
「あ。え、えーと……この前アオハルチャレンジに協力してくれた人と、ちょっとね」
　とっさにごまかしたけど、ウソは言ってない。
　クルミくんだって、あのとき協力してくれてた人には、ちがいないもんね。
　同じ教室にいるのに、まるでナイショ話をしてるみたい。
　前はクルミくんを、わたしたちのグループに交ぜられたら、なんて思ってたけど。
　２人だけのヒミツっていうのも、なんだかうれしい。
［ありがとうクルミくん。放課後また部室にいっていい？］
［もちろん。折笠さんと仲直りできたんだよね。その話もききたいな］
［もちろん！］

#アオハルチャレンジ 。
　それは毎日をもっともっと、１００％フレッシュに楽しむための、わたしたちの挑戦。
　だれも知らない秘密の青春は、まだまだつづいていくよ！

（『アオハル１００％』②につづく）

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