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【期間限定☆1巻まるごと無料公開】ふしぎアイテム博物館「第6話 縁ジェルちゃん」


 放課後。
 わたしと悠紀ゆうきは並んで下校していた。
 わたし──連城れんじょうあいは、中学一年生。
 身長は150センチ。体重はナイショ。
 ちょっとツリ目で、髪型はショート。
 部活は料理部で、委員会は放送委員。
 そして、となりを歩く、伊東いとう悠紀のことが好き。
 悠紀とは幼なじみで、幼稚園のときからずっといっしょ。
 幼稚園のときから、ずっと好きだった。
「それにしても、愛と帰るなんてひさしぶりだな」
 と悠紀がつぶやく。
 そう、ひさしぶりだった。というか、こうしてふたりで話すこと自体ひさしぶり。
 小学生のときは、毎日話していたのに。
 でも、そうなった原因は、わたし。
 悠紀に気持ちがバレたらどうしようとか。逆に嫌われたらどうしようとか。クラスメイトにからかわれたら恥ずかしいとか。
 そんな風に考えすぎて、意識しすぎて、照れてしまって、わたしのほうから悠紀と距離きょりをとっていた。
 だから今日、偶然ぐうぜん玄関で会えて、悠紀のほうからいっしょに帰ろうと言ってくれて、ほんとうにうれしかった。
「……そうだ、悠紀、これ」
 いま思い出したみたいに演技して、わたしはバッグからマフィンを取り出した。
「今日、部活で作ったの。あまっちゃったから、悠紀にあげる」


 ほんとうは、悠紀に食べてもらいたくて作った。
「へえ、ありがとう。いま食べていい?」
 わたしは、うなずく。
 悠紀はラップを外して、大きくかぶりついた。
「……うん、おいしい」
「ほ、ほんと?」
「ほんとほんと。今日食べたマフィンの中で、いちばんおいしいよ」
 え?
「なんか、料理部の人たちみんな、ボクにマフィンくれたんだよね」
「…………」
 悠紀は、モテる。
 背は高いし、清潔感があって、だれにでも分けへだてなく接するから。
 おまけに、一年生ながらサッカー部のレギュラーにも選ばれてるし。
 だから、ライバルは多い。
「……ねえ悠紀、料理部の子たちのマフィン、どうだった?」
「どうだった? 部活終わりでお腹空いてたし、ラッキーって思ったな」
 心の中で、ホッと息をつく。
 よかった。料理部の子たちのこと、とくになんとも思ってないみたい。
 ……でも、わたしに対しても、そうなんだろうか。
 悠紀はわたしのことを、どう思っているんだろう?
 中学生になって、話す機会は減ってしまったけど、わたしと悠紀はたぶん仲が良い。
 だけど、悠紀はわたしのことを、仲の良い幼なじみとしか見ていないかもしれない。
 ねえ悠紀、わたしのこと、どう思ってる?
 その一言が、どうしても言えなかった。
 だってもし、なんとも思ってないって言われたら、きっと、いまの関係すらくずれてしまう。
「ごちそうさま。ありがとう愛」
 そう言って、ほほえむ悠紀。
 人の気も知らないで──と、ちょっとムカついたのだけど、結局は許してしまう。
 だって、わたしは、悠紀のまぶしそうに目を細める笑い方が、大好きだから。

 それから、悠紀とは自分の家の前──ではなく、雑貨屋さんの前で別れた。
 料理部で使うキッチン用品が見たかったんだ。
 わたしのおこづかいじゃ買えないことも多いけど、見ているだけで楽しいもん。
 ちなみに、悠紀が「ボクも付き合うよ」と言ってくれるかもと期待してたんだけど、あっさりと「じゃあまた明日」と帰っていったので、ちょっとヘコんでる。
 お店に入り、ヨーロッパから輸入ゆにゅうされたというマグカップを手に取る。
 これ、かわいい。……あ、でも値段はかわいくない。
「……ん?」
 店員さんの姿が視界に入り、やがてわたしの口から「あっ」という声がもれた。
 その店員さんが、ポケットから、なにかをおとしたんだ。
 しかも、店員さんはそれに気づかず、そのままお店の奥の部屋(バックヤードって言うんだっけ?)に入って行ってしまった。
 拾って見ると、それはメモ帳だった。たくさんの付箋が貼られ、レシートや注文票などの紙が大量にはさんである。
 え? なんか、大事なモノっぽくない? えっと、届けたほうが、いいよね?
 わたしはメモ帳を拾って、店員さんが入って行った部屋の扉を開ける。
 部屋の中は、長い長い通路になっていた。
 フカフカの絨毯じゅうたんに、キラッキラに輝くシャンデリアが吊るされた、そんな通路に。
 おしゃれな雑貨屋さんだと思っていたけど、バックヤードもこんなにおしゃれだなんて。
 まるで、外国の絵本に出てくる洋館みたい……なんて思っていたけど、すぐに「おかしいぞ?」と気づく。
 だって、通路が長すぎるから。
 あれ? この雑貨屋さん、こんなに広かったっけ?
 いや、でも、じっさい、こうして通路は延びてるわけだし……?
 なにか変だと思いつつ、わたしは通路を進む。やがてたどり着いたのは、とても大きな部屋だった。
 そこにはたくさんのガラスケースが置かれ、その中にはたくさんのモノがしまわれていた。
 よく見れば、ガラスケースが置かれた台座には、文章が記されたプレートが付いている。

【トレースドレス】
 自分が思い描いた通りにデザインを変えられる服。
 他人の思いを読み取り、他人の好みのデザインにすることもできる。

【タカクナールじょうEXイーエックス
 一錠飲むと1センチ背が高くなる錠剤。
 ただし一錠飲むごとに、一年寿命が失われる。

【スキくん】
 心のスキマに入りこみ、恋愛感情を操る悪魔の人形。

【好感度レンズ】
 自分がどれだけ好かれているか数値で教えてくれるメガネ。
 かけた状態で人を見ると、その人の頭の上に数字が浮かび上がって見える。

「なに、これ……」
 どれもこれも、ふつうじゃない。
 なによりふつうじゃないのは、ここにあるモノすべてが、得体の知れないオーラを放っていること。
 これ、ぜったい本物だ──直感的に、そう思った。
「……あっ!」
 やがてわたしは、あるアイテムを見つける。それは、小さな天使の姿をしていた。

えんジェルちゃん】
 人と人の縁を結ぶ、天使の人形。

 縁ジェルちゃんを見ているだけで、胸がドキドキして、体が熱くなった。
 どうしよう。ずっと、ながめていられる。
 いままで、いろんな雑貨を見てきたけれど、こんな感覚ははじめてだった。
 ……いや、これは、雑貨じゃない。
 目の前のモノたちは雑貨屋さんの売り物ではなく、そう、まるで──
「宝物……」
「うん、正解」
「っ!」
 びっくりしてふり向くと、女の子がすぐそばに立っていた。
 小学四年生か五年生くらい? いかにも気さくそうな、やわらかい雰囲気の子。
「うんうん。たしかにそれは、ヤカタさまの宝物だね」
「あ、あなたは?」
「わたしはメイ。この博物館ミュージアムの館長──の助手をしているよ」
「ミュ、博物館……!?」
 そうか、売り物じゃなくて、展示物だったんだ。
「おっと、いけないいけない。最初にこれを言わないと」
 メイと名乗る子は、照れ笑いを浮かべたあと、ピシッと姿勢を正して、
「ようこそ、ふしぎアイテム博物館へ」
 と言った。
「……ふしぎアイテム」
 たしかに、ここにあるのは、フシギとしか言えないアイテムだ。
「えっと、わたしは連城愛。あの、メイ……ちゃん」
「なにかな?」
「わたし、さっきまで雑貨屋さんにいたの。そこの扉を開けたら通路が──って、そうだ店員さんは!?」
 忘れてた。店員さんも、この博物館にいるはずなんだ。
「大丈夫だよ」
 メイちゃんは「安心してね」とでも言うようにうなずく。
「愛ちゃんみたいな子は、たまに来てくれるんだ。それに、その店員さんは雑貨屋にいるだろうから、うん、それも大丈夫」
「店員さんは雑貨屋に……? じゃあ、わたしはいま、どこにいるの?」
 アイテムを見ていたときの興奮が冷め、不安がわたしの心をおそった。
「わたし、雑貨屋さんに、もどれるの?」
「あははっ、もちろんだよ」
 わたしの不安を吹き飛ばすように、メイちゃんはパッと明るく笑ってみせた。
「通路を引き返せば、そのままもどれるよ。でもその前に、うちの館長に会っていかない?」
「館長……それって、さっき言ってた?」
「うん、宝野たからのヤカタさま。ここにあるフシギなアイテムは、ヤカタさまの自慢のコレクションなんだ。……どうかな? ヤカタさまが、お客さんと話したがってて」
 たぶん、ことわったほうがいい。
 メイちゃんは裏表のない子に見えるけど、やっぱりこの博物館は変すぎる。
「…………」
 でも、わたしの口から、ことわりの言葉は出ない。
 だって、目の前にある縁ジェルちゃんが、どうしても気になってしかたなかった。
 はっきり言って、わたしは縁ジェルちゃんが、ほしくてたまらなかった。
 だって、これがあれば──
「そっか。縁ジェルちゃんだね?」
 わたしがチラチラ見ていることに気づいたんだろう。
 メイちゃんはガラスケースを外して、縁ジェルちゃんを取り出した。
「そんなに気になるんなら、縁ジェルちゃんも持っていこうか。ねえ、どうかな?」
 悩んだのは、五秒くらい。結局、わたしはうなずいた。
「……わたし、館長さんに会う」
「ありがとう。決してソンはさせない……かどうかはともかく、少なくとも、退屈はしないと思うな。さあ、こっちだよ」
 そう言って、メイちゃんは歩きだす。わたしもすぐにそのあとを追った。

「ごきげんよう」
 扉を開けると、すぐに声をかけられる。
「私が館長の、宝野ヤカタよ」
 館長さんは、とんでもない美少女だった。
 星をちりばめたみたいに輝く瞳。どこまでも透き通った白い肌。
 わたしとはあまりにもレベルが、ステージが、いや、世界がちがいすぎて、うらやましいとすら思わない。
「……はじめまして。連城愛です」
「愛さん、私と会ってくれてありがとう。どうかしら? この博物館は気に入ってくれた?」
「気に入るというか、その、すごいとは思います。なんというか、ふつうじゃなくて……」
「そう、うれしいわ」
 そう言ってほほえむ館長さん。
 そのほほえみは、女子のわたしですら見とれてしまうほどきれい。
 この人はきっと、恋愛のことでなやんだりしないんだろうな。
「愛さんは、悩んでいるのね?」
「えっ?」
「愛さんは、悩んでいる。だから、私のアイテムにかれたのでしょう?」
 な、なんで、わかるの?
「話してほしいわ。くわしくね」
 もう一度、館長さんはほほえんだ。
 美しくて、上品で、なのに、それだけじゃない〝なにか〟がふくまれた笑み。
 アイテムを見たとき、ふつうじゃないと思った。
 いま、館長さんを見て思う。この人は、ふつうじゃない。
「あの、わたし……」
 やっぱり帰ります。そう言いかけたとき、
「いいえ、話して、ほしいわ」
 館長さんの大きな目が、わたしをとらえる。
 その瞬間、ゾクゾクッと体がふるえた。わたしの体に、なにかが入りこんだ、そんな気がした。
「わ、わたし、好きな男子がいて──」
 気づけば、わたしは悠紀のことを話していた。
「──だから、わたし、館長さんのアイテムがほしいと思ったんです」
「なるほど」
 館長さんはうなずく。
「いいわ愛さん。私のアイテムを貸してあげる。いえ、ぜひとも、自慢のアイテムを貸させてほしいの。どんなアイテムが気になったのかしら?」
「ヤカタさま、これこれっ」
「へえ」
 メイさんから縁ジェルちゃんを受け取り、館長さんが意外そうに目を見開いた。
「めずらしいわ。こういうとき、たいていの子はスキ魔くんを選ぶのだけど」
 スキ魔くん……たしか、心のスキマに入りこみ、恋愛感情を操る悪魔、だっけ。
「スキ魔くんは、その、卑怯ひきょうな気がして。だって、心を操るなんて、そんなのダメ。それに比べて縁ジェルちゃんはちょうどいい、そう思ったんです」
「そうね。縁ジェルちゃんはただ、縁を結ぶだけ。つまり、仲を深めるためのきっかけを作るにすぎない。恋が実るかどうかは、愛さん次第になるわ」
 それでいい。それに、一目見たときから、わたしは縁ジェルちゃんが気になってしかたなかったんだ。
 もし、もっと役立ちそうなアイテムがあっても、わたしは縁ジェルちゃんを選んでいたはず。
「そう。それが愛さんの望みなら、もちろん尊重しましょう。さあ、どうぞ」
 館長さんは縁ジェルちゃんを差し出した。


「縁ジェルちゃんに話しかけて、縁を結びたい相手の名前を伝えるといいわ。まあ、縁にもさまざまな形があるでしょうね。具体的にどうしたいかも、縁ジェルちゃんに伝えればいいわ」
 縁ジェルちゃんを受け取ったあと、わたしはすぐに帰ることにした。
 館長さんはわたしともっと話したがったのだけど、それはことわる。
 たぶん、ここには、長く居ないほうがいい。
「それではごきげんよう。縁ジェルちゃんを使ってみた感想を、楽しみにしているわ」
 最後にそう言って、館長さんはほほえんだ。
 その笑みは美しくて、上品で、やっぱり〝なにか〟がふくまれていた。

「貸し出し期間は……そうだな、二週間でどう?」
 最初の扉のところまで送ってくれたメイちゃんが言う。
「縁ジェルちゃんを返したいときは、また雑貨屋の扉を開ければいいんだけど、どうする? わたしから愛ちゃんのところに回収しに行ってもいいよ?」
「じゃあ、お願いしようかな。……それと、メイちゃん」
「なになに?」
「どうしてメイちゃんは、館長さんの助手をしているの?」
 この博物館はなんなのか、あの館長さんは何者なのか──ほんとはここら辺を聞きたかった。
 でも、それらの質問には、答えてくれない気がした。
「どうしてって、そうだなぁ、ヤカタさまのことが好きだからかな。好きな人のそばにいたいと思うのは、ふつうでしょ?」
 頭に、悠紀の顔が浮かんだ。その気持ちはよくわかるから、それ以上なにも言えなくなった。
「それじゃあ、またね愛ちゃん。縁ジェルちゃんは良い子なんだけど、うっかりさんでもあるから、そこだけは注意してね」
 最後にそんな言葉をもらって、わたしは扉を開けた。
 すると、目の前に広がるのは、見慣れた雑貨屋さんの光景。
 どうやら、無事に帰って来れたみたい。
「あら、ダメよきみ、勝手に入っちゃ」
 メモ帳を落とした店員さんが、わたしに気づく。わたしは店員さんにメモ帳を見せた。
「あっ、それ! そうか、拾って届けようとしてくれたのね、ありがとう」
「あの、ここって、その、博物館とか……」
「はい? 博物館?」
「いえ、なんでもないです」
 そう言って、わたしは店をあとにした。
 雑貨屋さんの扉が、フシギなアイテムを集めた博物館につながっていたなんて。
 そんなの、だれも信じない。
 バッグに、縁ジェルちゃんの重みがなければ、わたしだって信じない。

 その日の夜。
 わたしは勉強机の上に、縁ジェルちゃんを置いた。
「こ、こんばんは」
 おそるおそる、半信半疑はんしんはんぎ、話しかけてみる。
 このかわいらしい人形には、いまでも得体えたいの知れないオーラがある。でも、ほんとうに、館長さんの言っていたような力があるの……?
『こんばんは♡』
 あっけなく、縁ジェルちゃんは言葉を発した。
「しゃ、しゃべった……!」
『そうだよ♡ しゃべるよ♡ 縁を応援する縁ジェルちゃんだよ♡』
 口が開いたわけじゃない。でも、たしかに、縁ジェルちゃんから声がする。
 録音でも、遠隔操作でもない。いま、縁ジェルちゃん自身がこちらに話しかけている──わたしにはそれがわかった。
「わたし、幼なじみの伊東悠紀と仲よくなりたいの……いや、付き合いたいの」
 耳が熱くなるのを感じながら、わたしは縁ジェルちゃんに言う。
「だから、縁を──仲を深めるきっかけを、たくさんちょうだい」
『うん♡ オッケ~♡ 縁を結ぶよ♡』
 縁ジェルちゃんの口調は、能天気のうてんきすぎるくらい能天気だった。
「あ、でも、いきなりハデなことはやめてね。その、こっちにも心の準備があるし、段階を踏んでほしいの」
『もちろーん♡ も~ちろ~ん♡』
 軽やかに、お気楽に、まるで歌うように縁ジェルちゃんは言う。
 ……ほんとに、大丈夫?

 それから、一週間後。
「おはよう愛。なんだか最近、よく会うね」
 となりを歩く悠紀が言う。
 朝の登校中、わたしと悠紀は、偶然会ったのだった。
「うん。おはよう悠紀。……そうだ、英語の予習やった?」
「あっ、忘れてた!」
「もうっ、先生に怒られるよ?」
 なんて言いながら、わたしは心の中でうなずいた。
 よし、今日も話せた!
 結論から言うと、縁ジェルちゃんの効果は絶大だった。
 この一週間、今日みたいに登下校中にいっしょになったり、席替えでとなり同士になったり、授業でよくペアを組まされたり、家族で外食に行くとレストランではち合わせしたり。
 わたしと悠紀が接する時間は、前より格段に増えていた。
 まるで、小学生のころにもどったみたいに。
「愛、よかったら、英語のノートを見せてくれないかな? お礼に……そうだな、サッカーボールとかいる?」
「いらないって」
「ボールの空気入れは?」
「いるわけないでしょっ、もう、ほんとサッカーのことばっかなんだからっ!」
「ふうん? じゃあ、なんなら、いるの?」
「え? なんならって……まあ、とにかく、ノートは見せてあげるから。これくらいで見返り求めたりしないし」
「……そっか。うん、ありがとう」
 悠紀がほほえむ。まぶしそうに目を細めて。
「やっぱり、愛はやさしいな」
「な、なに、急にっ」
「いつだって、ボクがこまっていたら、なんだかんだ言って助けてくれる。ほんと、昔から変わらない」
「もうっ、ほめてもなにも出ないからね?」
 あきれたフリをしながら、心の中でヨッシャとガッツポーズを決めた。
 悠紀にほめられた!
 しかもノートの貸し借りで、さらに悠紀との縁が生まれた。
 ありがとう縁ジェルちゃん──わたしは心の中で感謝するのだった。

 それから数日経った、ある日の放課後。
 掃除の時間中、わたしの頭には〝デート〟って言葉が浮かんでいた。
 そろそろ、次の段階に進んでも良いと思う。
 大丈夫、自分から誘えなくても、わたしには縁ジェルちゃんがいる。
 縁ジェルちゃんにお願いすれば、わたしと悠紀がデートをするような縁を結んでくれる。
 どこに行こうかな。なにを着ようかな。
 そんなことを考えながら、わたしは廊下をホウキで掃いていた。
 できれば、デートは明日がいい。いや、ぜったい明日。
 だって、明日は──
「この間はありがとう」
 ふいに、悠紀の声が聞こえた。
 ふり返ると、廊下の先に悠紀が立っていた。しかも、女の子といっしょに。
 とっさに、わたしは柱のかげかくれた。
 あの子、となりのクラスの吉野よしのさんだ。
 わたしの胸がしめつけられ、呼吸が速くなったのは、吉野さんが学年一の美少女だから。
 どうして、悠紀が、吉野さんと……?
 ふたりは身を寄せ合って話していた。
 少し距離があって、ふたりの会話はよく聞き取れない。
 でも、こんな風に聞こえた。
「付き合ってくれてありがとう──」「フラれたら、どうしようかと──」「今度、プレゼントを──」
 わたしの体から、スゥーッと体温が失われていく。
 そんな、悠紀と吉野さんが、付き合って……?
 楽しげに話すふたりは、わたしの目から見てもお似合いだった。
 ……そのあとの記憶は、あまりない。
 気づけば、わたしは自分の部屋にいて、勉強机の上の縁ジェルちゃんを見ていた。
『こんにちは♡ アイちゃん♡ 次はどうする~♡』
 能天気な調子で縁ジェルちゃんは言う。
 縁ジェルちゃんを使えば……わたしの頭には、そんな考えが生まれていた。
 縁ジェルちゃんをうまく使えば、悠紀と吉野さんの仲を引きけるんじゃないか。
 わたしと悠紀が、とにかく縁を結びまくれば、吉野さんが入りこむスキマはなくなる。
 そのうち悠紀も、吉野さんよりわたしのほうを好きになる──かもしれない。
 少なくとも、そのチャンスは作れる。
 わたしのほうが、先に好きだったんだ。
 ぜったいに、わたしのほうが、悠紀のことを好きなんだ。
「縁ジェルちゃん……」
『なになに♡ アイちゃん♡』
 悠紀との縁を取り持って。吉野さんの邪魔になるくらい──そうお願いするつもりだった。
「悠紀との」
 そこまで言ったとき、悠紀の顔が頭に浮かぶ。
 悠紀の、まぶしそうに目を細める笑顔。
 ──愛はやさしいな。
 悠紀の、言葉。
『どうしたの♡ アイちゃん♡ ユウキくんとの縁を応援するよ♡』
「……ううん、なんでもない」
 わたしは首を横にふった。
 やっぱり、ダメだ。そんなことしちゃいけない。
 恋人との仲を引き裂くなんて、悠紀の幸せを邪魔じゃまするなんて、そんなのダメ。
 悠紀のことが好きだからこそ、わたしは、悠紀の幸せを応援するべきなんだ。
 そうじゃないと、やさしいとほめてくれた悠紀を、裏切ることになる……!
『アイちゃん♡ ユウキくんと両思いになろうよ♡ ふたりの縁を応援するよ♡』
 縁ジェルちゃんはどこまでも能天気に言う。
 もう、縁ジェルちゃんに頼るのも止めなくちゃ。ふたりの邪魔をしちゃいけない。
「あのね縁ジェルちゃん」
『なにかな♡』
「わたし、悠紀のことは、もう話したくないの」
『うん♡ わかった~♡』
 縁ジェルちゃんの返事は、最後まで能天気だった。

 次の日、その朝。
 わたしは学校に行くため、ローファーを履いた。
 たぶん、これから、悠紀と登校することもないんだろうな。
 逆に学校で、悠紀と吉野さんのイチャイチャを見ることはあるかも。
 胸の奥が、チクッと痛む。……でも、それもしかたないんだ。
 周りの目を気にして、嫌われるのがこわくて、行動しなかったわたしが悪い。
 大丈夫、もう、納得してる──そう自分に言い聞かせ、わたしは玄関のドアを開けた。
「おはよう、愛」
「……え?」
 家の前に、悠紀が立っていた。
「な、なんで悠紀が!?」
「いや、ボクも、よくわからないんだけど──」
 とまどいの表情を見せる悠紀。
「なんか、どうしても愛に会わなくちゃいけないって、少しでもはやく会わなきゃいけないって、急にそう思ってしまって……」
 縁ジェルちゃんだ! 縁ジェルちゃんが、無理やり縁をつないだんだ!
 ……でも、どうして?
 わたし、悠紀のことは話したくないって言ったのに。
「うん……ほんとは、あとで渡そうと思ってたけど」
 悠紀はうなずくと、バッグからラッピングされた袋を取り出した。
「愛、ハッピーバースデー」
「あっ!」
 そうだ、今日、わたしの誕生日だ! 悠紀のことで頭がいっぱいで、すっかり忘れてた……!
「あ、ありがとう悠紀。……でも、いいの?」
「なにが?」
「だって、吉野さんがいるのに」
「ん? なんで吉野さん?」
 胸の痛みを感じながら、わたしは言う。
「だって、悠紀と吉野さんは、付き合ってるんでしょ?」
「いや、付き合ってないよ」
 ほら、やっぱりそうだ。ふたりは付き合ってな……ん?
「付き合って、ない?」
「うん」
 悠紀はあっさりうなずいた。
「え? え? あれ? で、でも……そうだ! 昨日、『付き合ってくれて』とか、『今度、プレゼントを』とか、ふたりで話してたじゃん!」
「……ああ、聞かれてたんだ」
 納得した、というように悠紀はうなずく。
「いや、それは誕生日プレゼントの話なんだ。愛になにを渡せばいいのか、吉野さんに相談してて、それで、プレゼント選びに付き合ってもらったってだけ。ほら、なにがほしいか、愛は教えてくれなかったし」
「あっ」
 ──ふうん? じゃあ、なんなら、いるの?
 ──え? なんならって……まあ、とにかく、ノートは見せてあげるから。
「じゃあ、『フラれたらどうしよう』っていうのは?」
「当日は不安定な天気だったから、『雨に降られたらどうしようかと思ったけど、晴れたからよかったね』ってこと」
 じゃあぜんぶ、わたしのカンちがい?
「なんでボクが、吉野さんにプレゼントを渡すんだか。……あのね愛」
「な、なに?」
 悠紀が真剣な顔を作ったので、ドキッとしてしまう。
「ボクがこんなことするの、愛だけだから」
「えっ」
「ほら、そろそろ学校に行こう」
 そう言って、悠紀は歩きだす。悠紀の耳は、ほんのり赤くなっていた。
 あれ、もしかしてこれ、チャンスあり……!?
「まってよ悠紀っ!」
 わたしは急いで、悠紀の背中を追いかける。
 ──縁ジェルちゃんはただ、縁を結ぶだけ。つまり、仲を深めるためのきっかけを作るにすぎない。恋が実るかどうかは、愛さん次第になるわ。
 悠紀と並んで登校しながら、わたしは館長さんの言葉を思い出していた。
 そうだ。結局、わたし次第なんだ。
 もう、後悔したくない。
「ねえ、悠紀」
 わたしは、となりを歩く大好きな人に呼びかけた。
 自分の思いを、伝えるために──。

どうして、えんジェルちゃんは、愛ちゃんの願いとは逆のことをしたのかな?
文章をよ~~く読めばわかるかも? 考えてみてね!

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直るまでのあいだ、ココ↓から感想をぼしゅうしてるよ!
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