『2分の1フレンズ①』まるごとためし読み!
ことのはじまりは、皇くんのこのひとことだった。
「おれたち、つき合っちゃわない?」
浪速ゆうさんの『2分の1フレンズ』が、なんと、
1巻まるごと読めちゃう!
(※11月30日までの期間限定)
今日から週に2回ずつ、
火曜日と金曜日に更新していくよ!
この機会にぜひ読んでみてね♪
◆人物紹介◆
人物紹介もチェックして、準備はバンタン!
さあ、本編へレッツゴー☆
1 ヒミツのピンバッジ【9月20日更新!】
ガヤガヤとさわがしい教室内で、ひっそりと教室の陰と一体化する。
休み時間になると、友だち同士でおしゃべりしたり、誰かと一緒にトイレに行ったり。
一般的には、そういうのが〝普通〟なんだと思うんだ。
でもわたしの場合は、ちがうの。
休み時間はマンガをひとりで読む時間、トイレに行くのもいつもひとり。
簡単に言うとわたしは──ぼっちですみっこ族です。
すみっこ族っていうのは、地味で人見知り、人とコミュニケーションを取るのがニガテ。
コミュ力が低いために、教室のすみっこが一番落ち着く……という種族なの。
……って、この言葉は、わたしが考えた言葉なんだけどね。
わたしはチラリと、制服のリボンにつけてるピンバッジに目を向けた。
このピンバッジは、昨日届いたばかりなんだけど、すでに宝物なんだ。
なぜならこれは、わたしがハマりまくってるアニメ『魔導戦士ジュエル』のバッジだから!
しかも世界にたった1つしかない、限定ピンバッジ!!
「……ぐふっ、ぐふふっ!」
はっ、しまった!
ピンバッジを見ていたら、思わず声がもれてしまった!!
あわてて顔を上げて、あたりを見まわす。
誰もわたしを気にもとめていない様子に、ほっと息をついた時──。
「……桃瀬真魚? って誰だ?」
クラスメイトの男の子が、大量のプリントを持ちながら、となりの席の子に声をかけている。
「桃瀬さんなら、今トイレ行ってるのかもね」
なんて言いながら、女の子はつくえに肘をついた。
ええっ!? わたし! わたしなら、ここにっ!!
今、あなたのとなりに座ってる──はっ!!
もしかしてこれは……わたしが持っている、かくれた能力が目覚めたシュンカンでは!?
そう思って、思わずあのピンバッジを、チラリと見る。
ももも、もしそれが本当なら、確かめなくては!
だけどそう考えただけで、口から言葉ではなく、心臓が飛び出しそうなんだけど!!
すみっこ族の属性その一──人との会話のしかたがわからない。
その二──ふだんから言葉を発さなすぎて、声がうらがえる。
「あ……ああっ……」
その三──おまけに言葉もかみまくり。
「しょの、プリントは……」
「「うわっ!!」」
すみっこ族は、ふだんから教室の陰にかくれてるような、地味な存在のため……。
その四──相手がおどろいた時、自分も一緒にびっくりしちゃう。
わたしの声におどろいたふたりと一緒に、わたしもビクッて飛びのいてしまった!
同時にわたしは、両手をギュッとにぎり締めて、目をキュッとつむった。
やっ、やっぱり、存在感がなかっただけで、見えているんですね(泣)!?
その証拠に、男の子はわたしに向かって、こう言ったんだ。
「オドかすなよ……って、それより桃瀬さんの席、どこか知ってる?」
「ちょっ、ちょっと!」
となりの席の女の子は、男の子の制服を引っ張っている。
……さっき声を出したから、今度は大丈夫かな。
ドドドッと、うるさいくらいの心臓の音に負けないように、声を上げた。
「そそそ、その、わ、わたくしが、一年B組の桃瀬と名乗る者です……!」
わたしの言葉を聞いて、あからさまに男の子が〝しまった!〟と慌てはじめた。
──ちょうど、その時だった。
突然目の前を走るような突風に、わたしの髪はかき上げられる。
同時に、男の子の持っていたプリントが、教室内にちらばった。
運動場に面したわたしの席は、すでに窓が全開。
それによって風が──びゅわわっ、と目の前をかけぬける音を耳にしたと思ったら。
……ちらばった真っ白なプリントの1枚が、この教室から逃げ出そうとでもするみたいに、わたしの目の前を通過した。
──あっ、だめ!
なんて思った時にはもう、それは窓の外だった。
パシッ!
ライトグリーンのパーカーと、光を受けた黒い髪をゆらしながら現れた、男の子。
窓ワクに片手、片足をついた状態で、彼の体半分は窓の外に乗り出してる。
「ふぅ、ギリギリセーフ……!」
空に向けて伸ばされた右手には、逃げそこねたプリントがパタパタとあばれてる。
それをつかんだクラスメイト──皇碧葉くんは、そばに座ってるわたしに視線を向けた。
キラリと光でも放ちそうな、白い歯を見せて彼は……。
「おれのシュンパツ力と運動神経、オリンピック級だと思わない?」
なんて、顔をクシャリとくずして笑った。
さっ、さすがは……人気者の男の子っ!
一度もまともに話したことなんてないのに、こんなに簡単に声をかけてくるなんて!!
まさに彼は、すみっこ族のわたしとは正反対に位置する──キラキラ族!!
キラキラ族っていうのは、皇くんみたいに見た目も中身もカッコよくて、話し上手な人。
そこに存在するだけで、光りかがやいてるような人のことを、わたしはそう呼んでいるの。
キラキラぐあいを見るかぎり、皇くんはたぶん……光属性の魔法だって使えちゃうくらい、キング・オブ・キラキラ族ですよね!?
そんなキラキラ族の王に対して、わたしはなんてお返事をすればいいのっ!!
「げっ!」
……げっ? その声に引っ張られるように、わたしは皇くんを見た。
あせった声とともに、窓から身を乗り出していた彼の体が、ぐらりと揺らいでいる。
ここは4階。こんなところから落ちたら、大ケガしちゃうっ!?
わたしはとっさに、皇くんのパーカーのすそをガシッとつかんで、引っ張った。
すると窓の外に吸い込まれそうになっていた皇くんは、ふり子のように教室内に背中から落下。
……と同時にわたしも、つくえの上にお腹からダイブする。
「……つ~、ててっ!」
腰を打ったのか、彼はその辺りを手でさすりながら、顔をしかめちゃってる。
「おい、碧葉! 大丈夫かよっ!!」
心配したクラスメイトが、皇くんの周りに、わらわらと集まりはじめた。
「すごい音がしたけど、どうしたの!?」
男女問わず、あっという間に人だかりができて、彼をおおいかくした。
そんな中で、当の皇くんは「大丈夫、大丈夫!」って言いながら、立ち上がってる。
彼がプリントを男の子に返している間も、わたしはポツンと、つくえにかじりついたまま。
大きな音を立てて倒れたのは皇くんだけど、彼を助けたのはわたし。
だけど誰も、そんなわたしには声をかけるどころか、見向きもしない……。
でもね、これでいいの。
突然みんなにかけ寄られたら、アワアワしちゃってパニック起こしちゃう。
それに、華やかな活躍はキラキラ族だけが許された世界。
わたしはそんなキラキラ族を陰で助けた、かくれヒーロー。
感謝の言葉も、みんなの期待やあこがれの視線も受けない、裏で世界を支える……ぐふっ!
思わずわたしはまた、変な声を出しそうになってしまった!
そう思いながら、胸元のピンバッジを見つめて、片手で口を必死に押さえていると──。
「桃瀬さん、大丈夫?」
……だっ、だだだ、大丈夫じゃありませんー!
キラキラビームみたいなのが、ナチュラルに放たれてて、それがわたしを攻撃してくる!!
そもそも人だかりとともに、皇くんはどこかへ行っちゃったと思ってたのに!
「あのさ、もしかして、さっきのでケガでもした?」
キラキラ族出身のヒーローが、心配そうな声色で聞いてくる。
その言葉にわたしは、目を閉じて頭をブンブンと左右にふる。
お腹を打ちつけたけど、ケガというほどでは全くありません。
むしろケガをしたのは皇くんでは?
なんて思いながらも、わたしは顔を上げられない。
今上体を戻したら、皇くんと顔を合わさなくちゃいけないですし……。
キラキラ族の顔を正面から見るなんて、人見知りですみっこ族のわたしには、地獄の極み!
「ねぇ、泣いてる? あっ、そうじゃないみたいだね」
そんな声が、下を向いてるわたしの顔のすぐそばから聞こえて、閉じていた目を開けた。
すると──。
「ふぎゃぁぁぁっ!」
体をのけぞった勢いで、ガタガタと音を立てながらイスに座った。
いつもは月と太陽かっていうくらい距離がある、わたしと皇くん。
それなのに、わたしが手を伸ばしたら届きそうなパーソナルスペースに、皇くんがっ!
「あっ、ごめん。おどろかせちゃった?」
そう言って彼は、さっきとは違った、さわやかな笑みをうかべたんだ。
スパンコールみたいなかがやきにあてられて、わたしの居心地はマックスに悪くなる。
それでなくとも男の子は苦手なのに、相手はキラキラ族のトップに位置する皇くん!
……パンチが強すぎますっ!!
皇くんは問いかけの返事を待ってるみたいで、首をかしげながらじっとわたしを見ている。
無言の圧……いや、皇くんは別にそんなものかけてきてないんだけど。
イケメン+キラキラ族(光属性)の無言は、すみっこ族のわたしには猛毒だ!
だから早く、なにか言わなくちゃ!
でも、なにを言ったらいいの!?
色々なことを聞かれた気がするんだけど……なんだっけ!?
はっ、早くなにか言わないと!
「す、すすすすす……」
でも、困った。考えがまとまらない!
必死になって少し前の会話を、わたしは録画した動画を巻き戻すみたいにして確認して──。
「すっ、皇くんは、オッ、オリンピック選手になりたいのでしょうか!?」
「…………はっ?」
一度言葉をはきだしてしまえば、あとはドドドッと口をついて飛び出てくる。
「さっ、さきほどは、あっ! あの、プリントをキャッチしてた時の話なんだけど……皇くんはシュンパツ力と運動神経が、オ、オリンピック級じゃないかって言っていましたよね!? そそそ、そのことについて、わたしなりに考えてみたのですが……っ」
頭にのぼった熱が、一瞬だけ冷めるような、冷たい視線を感じた。
クラスメイトが、眉と眉の間にシワを寄せながら、こそこそと話してる。
凍りついた教室の空気を感じて……わたしの頭はまた、ギュルルと高速回転をはじめた。
だっ、だめだ。伝わってない!
ちゃんと、もっと、わかりやすく伝えなくちゃ……!!
「え、えっと、その、そもそも皇くんが言ってたのは、体操選手のこと、ですよね? あっ、あれ!? 違いますかっ!? わわっ、わたしはアイススケートを見るのが好きなんですけど、皇くんは冬のオリンピック派ですか!? それとも夏派ですか!?」
わぁ! どっ、どうしよう!!
こっ、これは……夏季と冬季、どっちに対して話をすればいいのでしょうか!?
「どどど、どちらにせよ運動って体のバネやしなやかさ、やわらかさが大事なのではないでしょうか? ほら、柔軟な体はケガをしにくいと、聞きますし! プロになるならそこも大事かとっ! わたしとしては、お正月につくおもちのような伸びとやわらかさに、注目してます!!」
自分の声しか聞こえない。
シーンと静まり返った教室。
その静かさが、さらにわたしのあせりをせき立てる。
「あああ、お正月におもちはつきませんか!? 鏡もちをかざるために、普通はお正月前につくものでしょうか!? はっ! そっ、そもそも作らずお店で買う派ですか!? 買う派の場合は、ああ、あの出来たてのモチモチ感と、てっ手でこねる時のネバつきを知らないですよね……!」
意味わかんないこと言ってるのでは!? って自覚はあるけど、なにか話してないと無理だ!
「でっ、では、スーパーで買ったおもちを、網で焼いた時と、ふっとうさせたお湯に入れてやわらかくした時との違いで、説明して──」
「──ストーップ!」
パッと、手のひらをわたしの目の前にかざされて、おどろきから言葉を止めた。
皇くんの大きくて、なめらかな手のひらを見て、ハッと我に返る。
どうやらわたしは、息をつくのも忘れてたみたい。
かざされていた皇くんの手。
それがスッと、わたしの視界から消えたシュンカン──目の前に広がったのは。
「えっと……とにかく、ケガして泣いてたわけじゃなさそうで良かったよ」
皇くんのキリッと整った顔と、形の良い口もと。
そして、彼の凛々しい眉じりが、ぐにゃりと下がった姿だった……。
「……もしかして桃瀬さんってさ、人の話を聞かない系?」
「いや、聞いてたんじゃない? オリンピックがどうのって、碧葉が言いだした話だし?」
「いやいや、話聞くって、そういうことじゃないっしょ」
それらは、近くでわたしたちの会話を聞いていた、クラスメイトたちの言葉だ。
少し冷静になったわたしは、言われた内容を聞いて、顔がカァッと熱くなる。
「時々いるよね。全然話が通じない人ってさ」
…………だから嫌だったんだ。
人と会話する時、頭の中ではたくさんの回答があふれてくる。
でも実際に言葉に出そうとすると、それらが頭の中でおどり出しちゃう。
テンパっちゃうと、どの言葉を使って、どう組み立てたらいいのかが、わからなくなる。
「わっ、わたしだって……好きでこうなるわけでは……」
マシンガンのように話をした後だからか、不満の言葉が、わたしの口から飛び出してしまった。
部屋の中心よりも、すみっこにいる方が安心する。
目立つのはニガテで、人との会話も得意じゃない。
人と話をする時は、いつもテンパって、今みたいに言葉を打ちつけてしまうから。
中学ではそれがバレないようにって、静かにしてたんだけど──。
「桃瀬さん、ごめんね」
皇くんは両手を合わせて、頭を下げた。
「オリンピック選手に……っていうのは、ただのたとえ話で言ったんだ」
フッて、息をふき出した笑い声とともに、皇くんはわたしの顔をのぞき込んでこう言った。
「でもさ、おれ知らなかったよ。桃瀬さんって話したら、めちゃくちゃおもしろいじゃん」
その言葉にハッとして、思わずふせていた視線を上げる。
顔をのぞき込まれたせいで、簡単に皇くんと目が合ってしまった。
はじめは、皇くんのその言葉はイヤミなんだろうな……って思ったんだけど、違ったみたい。
「……ちなみにおれ、もちは好きじゃないから、食べない派なんだ」
スパンコールのようなかがやきを放つ笑顔と、水晶玉みたいにすんだ瞳。
そのどちらからも、嫌な感じが一切しない。
──なんで?
どうしてそんなに、普通に話しかけてくるの?
わたしが暴走して、めちゃくちゃな会話をした後なのに。
皇くんはわたしのこと、変なヤツだと思わないの……?
そんな風に思ってた時、わたしに向けられていたキラキラの瞳が、一点を見てピタリと止まる。
その視線の先は、わたしの顔から少し下──制服のリボン?
そこにはあの、ピンバッジ。
「あれ? それって……」
バッジを指さしてそう言われたシュンカン、思わずそれをにぎりしめて、かくしてしまった。
いっ、いや、皇くんがこれの意味を知ってるとは、全く思えないんだけど!
これは、ちっちゃな子が見るようなアニメに出てくるバッジだから。
そんなアニメも、中学生になってまで好きでいるのは、たぶんわたしくらいじゃないかな……。
「あー……いや、なんでもない。それかっこいいね」
一瞬だけ口元をモゴつかせた後、彼の口から出てきたのはそんな言葉だった。
思わずわたしは、ホッと肩で息をついてしまった。
そんなわたしをその場に残して、皇くんはキラキラ族の輪の中に、戻って行っちゃった──。
2 人生初の告白
「また明日ねー!」
そんな声にハッと我に返ると、教室内はガランと静かだった。
「うん、また明日!」
ろうかで手をふり、あいさつし合ってるクラスメイトの姿を遠目に見ながら──ここで一句。
赤焼けの 教室にいる ぼっちかな
そう、どうやらわたしはひとり、教室にとり残されてしまったみたい。
とっくにHRが終わってたことも、教室で最後のひとりになってたことにも……。
ぼーっとしていたせいで、全く気づきませんでしたぁ!
こういう時友だちがいればきっと、声をかけてくれたんだろうね。
だがしかし、残念ながらわたしの周りには、そんな人はいませんでした。
今日も元気にわたしは、ぼっちを極めております!
そんな風に思いながら、いそいそと帰り支度をしていると──。
「あっ! よかった、まだいた!」
突然、教室にかけ込んできたのは、さわやかさ100%な皇くん。
ふたたび朝日がのぼり始めたのかと思うほど、まばゆい笑顔をたずさえた、キラキラ族!
「桃瀬さん、今から帰るよね?」
なっ、なぜまた、皇くんがわたしに話しかけてくるの……!?
キラキラ族と1日に2回も接したら、わたしの命に関わる事件なんだけどっ!
口をぱくぱくと動かして、おどろいてるわたしをよそに、皇くんはさらにこう言った。
「今日さ、桃瀬さんと話してみてすっごく楽しかったんだよね。だからもう少し話をしてみたいって思うんだけど、いいかな?」
「こっ、こここ、困ります!!」
びっくりした!
びっくりしすぎて、思わず声が出ちゃった!
キラキラ族でコミュ力の高い皇くんが、わたしとの会話が楽しかった……?
なんということでしょう!
それは、世界がめつぼうするレベルの事件ですっ!?
「そこをなんとか、お願い! ちょっとだけだからさ?」
マンガやアニメだったら間違いなくヒーロー役。
そう思えるほどのイケメンである皇くんが、両手を顔の前で合わせて、ウインクした。
わっ! 何それ!
リアル男子も、ウインクとかするものなのっ!?
それって、マンガの世界だけだと思ってたのに!!
すごい。破壊力が、すごすぎる!
直接ウインクするシュンカンを見ていたら、わたしはぜっっっったい、爆ぜてた!!
──なんてことを考えてたら、皇くんがわたしの手首をガシッとつかんだ。
「ぎょへぇぇっ!」
わたしが本気で叫んでるのに、皇くんってば……笑ってる?
「桃瀬さんの叫び声って、なんかちょっと特徴的だよね」
……さすがは、キラキラ族。
直接的に〝変〟とは言わないところが、紳士的ですね!
皇くんとわたしは、月とスッポンくらい違う。
そもそもわたしは、キラキラ族となにを話せば……?
今日話したこともズレちゃってたみたいだし、それなのにわたしと話なんて──はっ!
もしかして、さっき教室で背中を打ったことを怒ってるとか?
相手はキラキラ族だし、もっとスマートな助け方じゃないとダメだったとか?
みんなの前で恥ずかしい思いをしただろ! なんて、怒られたりする?
「桃瀬さん」
来たー!
「あのさ、話っていうか……」
ゴクリ、と生つばを飲みこむ。
「桃瀬さんって、人と話すのが苦手だよね?」
ギクゥ! 思わず肩が上下にゆれてしまった。
「今日はあんな状況だったし、おどろかせちゃったかな? とは思ったけど……」
皇くんは小首をかしげながら、まじまじとわたしを見つめてる。
「よくよく思い返したらさ、ふだんから教室で誰かに話しかけられてる時、視線泳いでるよね?」
もちろんわたしは、そんな彼の視線を居心地悪く思いながら、目をそらしてしまった。
──やばい、図星です!!
「あっ、やっぱ当たりだった?」
わたしの表情を読んだキラキラ族は、そう言って笑った。
「おれ、人間かんさつが趣味なんだよね。しかも桃瀬さんって、なんか目立つし」
めっ、目立つ……? ウソだよね!
そうならないように教室の陰、道ばたにわき出たコケのように生きてきたつもりなのにっ!?
「桃瀬さんっていつもひとりでいるでしょ? 教室でもひとりで本を読んでたり、窓の外をながめてたり。ガヤガヤしてる教室内では、そういうのって逆に目がいくんだよね」
──キラキラ族って、ナゾだ。
ううん、皇くんがナゾだ。
普通、教室の陰や道ばたのコケに、わざわざ目を向ける?
向けないよね、普通だったら。
「でもさ、桃瀬さんって別に人と話すのは苦手だけど、嫌いなわけじゃないでしょ?」
「そんなことも、わかるんですか!?」
あっ、と思わずツッコミが口から飛び出しちゃって、慌てて口を手で押さえつける。
かといって、相変わらず皇くんを直視はできないんだけど。
「言ったろ? おれ、人間かんさつが趣味なんだって。今じゃもう、特技みたいなもんだし」
まばゆい、スパンコールみたいなかがやきを放ちながら、笑顔を見せる皇くん。
反対にわたしは、苦笑いを浮かべてしまう。
「その反応を見るかぎり、おれの推理は当たってたみたいだね」
そう言いながら目を細めて、ふにゃりと笑った。
「かんさつしてて思ったんだけど、桃瀬さんってさ──今の自分に満足してる?」
今の、自分に……?
その言葉に、ドクンと心臓が、ニブイ音を立てた。
「時々さ、クラスメイトがたむろってるのを見て、うらやましいなって思ったりしてない?」
ジワリと手のひらに汗がにじむ。
キラキラ族の光魔法は、わたしの心の奥まで見ることができるの……?
ひとりでいるのは、とても楽。
だって、誰の視線も気にしなくていいし、気をつかわなくてもすむから。
会話なんてはじめからしなければ、変なことを言ってへこむことも、傷つくこともない。
そう思って、わたしは少しずつ自分の周りにカベを作り、身を守ってきたんだ。
今までにできた傷を、必死になってかくして、痛みなんてないフリをして。
……でもそれは、わたしという存在を、消すということだった。
放課後の教室で、バイバイまた明日ね、なんて言葉をかけ合うこともなくて。
クラスメイトなのに、名前と顔が一致しなくて、プリントを配ってもらえなかったり。
「ひとりでいるのに慣れてるかもしれないけどさ、本当は誰かと一緒にいたいって思ってない?」
本当は誰かと一緒にいたい──そんな言葉を言う権利すら、わたしにはないと思ってた。
皇くんの放つ言葉はどれも、わたしが過去にあきらめて、胸の奥にしまい込んだ願いだった。
思わずわたしは下を向いて、ギュッとにぎりこぶしを作る。
「もしさ、桃瀬さんが変わりたいって思ってるんだったら……」
皇くんは、そんなわたしの手を取った。
「おれなら手助けできると思うよ」
──えっ?
「ほっ、本当、ですか……?」
思わずこぼれた本音は、藁にもすがりたいと思っていた、気持ちの表れだった。
わたしの言葉を聞いた皇くんは、世界で一番かがやいたような、ピカッとした笑顔を見せた。
「おれって結構、人づき合いとか得意な方だと思うんだ」
得意な方……というか、わたしからすれば、人づき合いのマスターかと!
だって皇くんの周りには、男女問わず、いつも人が集まってるんだもん!
「家族や友だちが、こう思ってんだろなって空気を読むのも、うまいからさ」
……な、なるほど!
確かに皇くんだったら、そういうのも得意そう!
キラキラ族だし、光属性の魔法が使えるみたいだし!!
何度もざせつしては、ああ、わたしには無理だって思えたこと。
それが皇くんのキラキラパワーをもってすれば、できるのかもしれない……!!
「──ただし」
ピッカピカの、真夏の太陽のような笑顔を向けていた皇くん。
その笑顔が突然──雨雲みたいな分厚い何かで、おおわれた気がした。
「桃瀬さんが、おれのお願いも聞いてくれたらの話なんだけど」
お、お願い……?
思わずわたしは首をかしげた。
そんなわたしの様子を見て、教室で見るのとはちょっと違った笑みを、皇くんが見せた。
それはまるで、笑ってるのになんだか悪寒を感じそうな表情……。
「あのさ──おれたち、つき合っちゃわない?」
3 ごっこ遊び
つき合う? つきあう? ツキアウ?
皇くんが言う、つき合うとは?
さすがに、カップルとしてつき合うって意味じゃないってことは、理解してるけど。
「ちなみにさ、おれと彼氏彼女の関係にならない? っていう意味で言ってるからね」
──はっ?
今、彼氏彼女の関係って言った?
人気者の男の子で、キラキラ族の皇くんと!?
「ぎゃほっ!」
ガマンできずに思わず出た叫び声に対して、皇くんは顔をそむけて、めちゃくちゃ笑ってる!!
「ははっ……桃瀬さんの叫び声? って、やっぱり個性にあふれてるね!」
そういう皇くんは、言葉のチョイスからも、キラキラ族がにじみ出てますねっ!
笑われてるのに、イヤミを感じないのはさすがだ!!
「それで、どう思う? 返事をもらえるとうれしいんだけど」
「あああ、あのっ! なっなんで、わたっ、わたしなんですか……?」
つき合うのなら、他の子の方が絶対良いに決まってるのに!
「なんでって……ってかさ、ずっと思ってたんだけど、なんで敬語なの? おれら同い年でしょ?」
同い年ですが、キラキラ族とモブキャラとでは、住む世界が違いますのでっ!
「しかもなんで、そんなあからさまに顔そらすの?」
「すす、皇くんって、みんなから好かれてて、ねらってる子も多いって聞いたことがあります!」
教室のすみっこに生息しているような、わたしですら聞いたことがあるくらい有名な話だ。
「かっ、かの、彼女なんて、選びたい放題……それはもう、ランチバイキング並みに、候補者はわんさかいるはずですよね!?」
たくさんの候補者を蹴ってまで、わざわざわたしを選ぶ理由とは!?
かわいいと有名な、となり──C組の女の子とつき合ってたとか。
この1ケ月の間で、そんなウワサ話をクラスの女の子たちがしてたのも、一度や二度じゃないっ!
人生で一度はつき合ってみたい相手、ナンバーワン!
この学校のスター! みんなの皇くん!
……そんな風に、女の子たちにさわがれる彼の相手が、わたしなわけがないよね!?
「……ランチバイキング並みって、聞こえがあまりよくないんだけど」
「そっ、そそそ、そんなことはこの際、どうだっていいんです!」
「いや、言いだしたのは桃瀬さんだよね!?」
「とっ、ととととと、とにかくわたしにはムリ! ムリですからっ!! おお、お声かけてくださってありがとうございました! とてもいい経験になりました!」
「いい経験ってなに? なんもしてないじゃん」
言い逃げるつもりでペコリと頭を下げたら、こうふんして頭にのぼった血が、さらにめぐった。
あっ、やばい。テンパる。クラクラする。
そう思ったシュンカン、わたしの頭の中でなにかがスパークした。
「……な、なにかの間違いだとしても、カッ、カン違いだとしても、こうしてつき合ってみない? なんてお言葉をいただいただけで、大変光栄な経験です!」
モーターみたいななにかが、脳内でギュンギュンと回転をはじめる。
「そそっ、そもそもなんですが、皇くんみたいな、キラキラした男の子とこうして話をしているだけで、わたしはとけて消えてしまいそうなほど、ツラい思いをしております! そ、そんなわたしを選ぶなんて、どっどう考えても、皇くんの人選ミスではないでしょうか!?」
脳と同じく、わたしの舌が、いつもより速く動きだす。
「ほほほっ、ほらよく考えてみてください! 真夏の炎天下にアイスクリームを置いてたら、とけちゃいますよね? あれと同じ原理で、わたしは今徐々にとけかけています!」
わっ!
皇くんが「へっ?」って言いながら、目を大きく見開いた!
「あああ! ご、ごめんなさい! ごめんなさい!! 自分のことを、アッ、アイスクリームだなんて言ってしまいましたー! わたしがそんな、甘くてかわいい系女子じゃないことは、自分が一番知っているのに、なんてことをっ!」
こんなたとえ方では、皇くんには伝わらないみたい!
「ええっと、でっ、では、そうですね、アイスじゃないとしたら、なんでしょう? チーズとかでしょうか? それならいけますか……?」
恐る恐る皇くんを見やる。
すると、あっけに取られた様子で口を開こうとしてたから、わたしはさらに慌ててしまう。
やばい! チーズも否定されるかもっ!
「わー! すっ、すみません! ごごっ、ごめんなさいっ!! わたしがチーズなんて、上品すぎる表現ですよね!? どどどっ、どうしましょう! 他のたとえが思い浮かびませんっ!!」
なぜわたしは、貧困なハッソウしか持ち合わせていないの!?
「ああ、あのですね……実はわたし、とろけるような食べ物に詳しくなくて、良い例が見つからないのですが、アイスやチーズ以外だと、なにがあるのでしょう……!?」
脳みそをフル回転させながら、必死に頭をひねる。
「いや……」
皇くんが口をはさもうとした様子を見て、ふたたびわたしの脳内でグイングインとモーターが動き出す。
やばいわたし、変なこと言っちゃってる!?
「あの、ほっ、本当にごめんなさい! ぶぶぶっ、ぶっちゃけてしまうとわたし、バキッ、バリッと音を立てるせんべいとかの方が好きなんです!! 特にしょうゆの香ばしい香りが──」
「ストーップ!」
突然、皇くんの手のひらが、わたしの顔の前につき出された。
「いったん、落ち着いて」
呼吸をすることすら忘れてたことに、この時はじめて気づいた。
はぁはぁと息を整えているわたしに、皇くんはこう言った。
「ってか、なんの話してんの?」
サァーッと血の気が引いていく。
テンパるといつも、相手の話をちゃんと聞けなくなって、カラ回っちゃう。
……わたしだって、小学校低学年の時までは、もっと普通だった。
幼稚園や小学校に入りたての頃から好きだったアニメや、オモチャ。
そういうものが今でも大好きだけど、周りはメイクや恋に興味を持ち始めてた。
すると、周りとは話がかみ合わなくなって……。
気がついたらわたしは、人とコミュニケーションがうまく取れないまま、中学生になった。
ぼっちで、すみっこ族……ううん、このままじゃだめだ!
放課後に一緒に遊んだり、トイレだって一緒に行っちゃうような、友だちが欲しい!
そんな風に思って、中学では心機一転、頑張るぞ!!
……って思ってたけど、うまくいかなくて。
そんなわたしじゃ、キラキラ族の皇くんと話すのなんて、ムボウだったみたい……。
──『……もしかして桃瀬さんってさ、人の話を聞かない系?』
──『いやいや、話聞くって、そういうことじゃないっしょ』
今日、教室で言われたあの言葉たちは、小学生の頃から言われてきたものと同じ。
クラス一、ううん、学年一のイケメンって言われる皇くん。
そんな彼から、直接みじめな思いをさせられるなんて……。
わたしはやっぱりリアルより、空想の世界にいる方が、いいのかもしれない。
制服のリボンの上で光る、ピンバッジに視線を向ける。
金色のかがやきの中に、ローズクォーツの宝石に見立てた薄ピンクの石。
それが、太陽の光でキラリと光る。
それを見てると、少しだけ気持ちが楽になった気がした、その時だった。
「──ほんとに桃瀬さんって、おもしろいよな」
下げていた視線を、思わずあげてしまうほどの、言葉だった。
人見知りなわたしは、人と視線を合わせるのにかなり勇気がいる。
それなのに、思わず皇くんに視線を向けてしまうほど、彼の言い方には毒気がない。
大きな瞳を細め、色素のうすい髪をゆらしながら、声を立てて笑うキラキラ族の皇くん。
「あっ、別にイヤミで言ってないよ。本当に言葉のままの意味だからね?」
わたしがポカーンと口を開けて、マヌケな表情をしてるせいだと思う。
あははっ、と笑ってた皇くんは、目じりにほんのり笑みを残したまま、こう言ったんだ。
「桃瀬さんはさ、表現力が豊かだよね」
……そんな風に言われたのは、生まれてはじめてだ。
「わっ、わたし、変ですよね? すぐさっきみたいに変なこと言ってつっ走っちゃうので……」
素直な言葉が出たのは、きっと皇くんの言うことがウソじゃないって思えるから。
さっきカチ合った視線はそらしちゃったけど……。
それでもちゃんと言葉にできてる自分に、おどろいてしまう。
「……変ってさ、誰が言ったの?」
誰がって、普通に考えて、そうだよね?
人とちゃんと会話できてないってことは、わたしだって気づいてる。
そう思って、わたしは再びダンマリしちゃう。
すると皇くんは、考え込むようなしぐさを見せながら、こう言葉をつけ足した。
「そもそもさ、誰を基準にして〝変〟って言ってんの?」
誰を、基準にして?
「人ってみんな違うじゃん。おれと全く同じ容姿や、性格の人なんていないでしょ? だったら桃瀬さんだって同じじゃない?」
そ、そうだけど……一般的に言えば、わたしは普通じゃないと思う。
「よっ、よく、わたしは変わってるって言われるので……」
そして、自分でもそのことを認めてる。
だからわたしには、友だちと呼べる人がいないんだって、思ってるから。
「でもさ、変わってるっていうのは、個性的ってことでしょ? ほめ言葉じゃん」
おどろいた顔で言う皇くんの言葉に、わたしがびっくりしてしまった。
「……へっ?」
「十人十色って言うでしょ? さっきも言ったように、誰を基準にして言ってんのって話でさ、おれらロボットじゃないんだし、変わってない方が変じゃない?」
うすいくちびるを、ほんのりつき出しながら、皇くんは首をひねってる。
そんな彼を見て、わたしは思わず目をパチパチって、何度も瞬かせちゃう。
今まで言われたことのない言葉を受けて、なんだか胸がつまってしまった。
……キラキラ族は、すごい。
キラキラした言葉を簡単に言ってのけて、わたしの心まできらめかせてくるから。
「変わっててもいいよ。そんな桃瀬さんを、おれは選びたいって思ったんだから」
皇くんのイメージがただのキラキラ族から、ちょっと不思議な男の子に変わりはじめていた。
──ちょうど、その時だった。
「だからおれと、つき合ってみない?」
そうでした!
話はそこから始まったんでした!
全然別の話をしてたせいで、告白されてたことをすっかり忘れてたっ!!
……でもこれ、告白って言っていいのかな?
「す、皇くんは、わたしのこと、その、すっ、好……」
好きなの? なんて聞けない!
むしろカン違いじゃないの? っていう理由を全力で探してるくらいだし!
わたしのふりしぼりきれない勇気を、皇くんはあっさりと引き取ってくれた。
「ああ、おれが桃瀬さんのこと、好きかって?」
ほぎゃぁぁぁぁぁっ!!
皇くんが問いかけ口調でそれを言うと、わたしって自意識過剰では!?
……なんて気持ちになるから、やめて欲しいのですがっ!!
「桃瀬さんのこと、おもしろいと思ってるよ」
おさえきれないキラキラパワー。
さすがはキラキラ族の頂点に君臨する、皇くん。
その光に目をそらしていると、彼がショウゲキの言葉を言い放った。
「──でも別に、好きってわけじゃないんだ」
…………えっ?
まるで、冷たい水を頭からぶっかけられたような、そんな気分。
だまされた? おどらされてた?
もしくはこれ、なにかの罰ゲームだった?
「カン違いしないでね。おれが言ったのは、恋愛の意味では好きじゃないってことだから」
思わずホッとして、肩の力が抜けた。
……って、あれ? これって、ホッとしていい場面なのでしょうか?
「桃瀬さんのこと、ちゃんと人として好きだよ。おもしろいし」
「おっ、おもしろくはありません!」
「ははっ、そういう反応がおもしろいんだって」
わたしと視線を合わせるように、皇くんは少しかがんで、顔をのぞき込んできた。
「でも桃瀬さんだってそうでしょ? おれのこと、別に恋愛的な意味では好きじゃないでしょ」
わたしは全力で、頭をタテにブンブン振った。
「たださ、おれとつき合ってるフリをして欲しいんだ」
「フッ、フリ?」
「そっ、ごっこ遊びとか小さいころしなかった? あんな感じで、おれと彼氏彼女の、恋愛ごっこしようよ」
「恋愛、ごっこ……?」
いや、ごっこ遊びはしたことがあっても、恋愛ごっこなんて。
「ついでにさ、お互いを好きにならないっていう条件つきで、どう?」
「なっ、なんでまたそんなことを! しかも、わわわ、わたしと!?」
お断りのために、頭を下げようとしたんだけど。
「……おれさ、ジマンじゃないけど、昔からモテるんだよね」
思わず指を耳の穴につっ込んで、グリグリとほじった後。
「ジ、ジマン、ですか?」
ソボクな言葉が、口をついて飛び出した。
「だから、ジマンじゃないって言ってんでしょ。こう見えて、本気で困ってんだから」
困る? モテることが?
そんなセリフ、マンガの中でしか聞いたことないのですが!
「嫌なんだよね。告白されたり、本気でつき合ったり……誰かと恋愛するのって、もううんざりなんだ」
一瞬、雲が太陽をかくして、空がくもる。
……だから、だよね?
皇くんの表情が、どこか苦しそうで切なそうに見えたのは。
「おれのカンだけど、桃瀬さんならおれとつき合うフリをしても、おれのこと好きになったりしないと思うんだよね」
……それは、なにが根拠なのかな?
いや、キラキラ族を好きになったり、絶対しないけど。
というかわたし、リアル男子を好きになったことない。
でも、今までほとんど会話したことがないのに、どうしてわかるのかな?
──はっ! やっぱり皇くんは、魔法が使えるのでしょうか!?
光属性の魔法が、そんなことまで教えてくれているのかも!
「ただし、タダとは言わないよ。つき合うことでおれが得をするように、桃瀬さんにもメリットはあるから」
「メッ、メリット?」
「中学デビュー、したくない?」
「……ちゅっ、中学デビュー?」
それはなんとも魅惑的で──わたしからかけ離れた言葉なのでしょうか!!
「おれの提案に乗ってくれたら、ぼっち卒業できると思うよ」
そんなこと、できるんですか?!
どんな魔法を、わたしに使うつもりですか!?
「人とのコミュニケーションってさ、ある程度訓練すればどうにかなるものなんだよ」
「くっ、訓練?」
「よくさ、中学や高校受験の時に面接ってするって聞かない? あれと同じでさ、練習を重ねれば、ある程度はなんとかなるもんだと思うんだよね」
「で、でも……ならないことだって、あるのでは?」
たとえば、わたしみたいに。
「なんでもさ、得意・不得意ってあるでしょ? 不得意なものをやみくもに頑張っても、うまくいかないじゃん」
そっ、そう、なのかな?
「学校には先生がいるように、うまくいかない時は、その道のプロに頼めば良いんだよ」
「プッ、プロ?」
それって……。
恐る恐る皇くんへ視線を向けると、彼は余裕のあるさわやかな笑みを向けた。
「おれならさ、桃瀬さんのコミュ力、レベルアップさせられると思うけど?」
コミュ力を、レベルアップ?
…………本気ですか?
「どっ、どうやって……?」
「それは企業秘密でしょ。そこまではまだ、手の内を見せられないよ」
自信満々に言う皇くんは、さすがはキング・オブ・キラキラ族。
彼がそこまで言うのなら、本当にわたしも、変わることができる……?
今まで何度も失敗して、うまくいかなくて。
みじめな思いをしてきたすみっこ族から、やっと解放されるかも?
……なんて思う一方で、そんなことできるわけがないって思う自分もいる。
ざせつの数は、わたしのキズだ。
失敗をくり返して、わたしの心は見えないキズでズタズタ。
今度こそ、うまくいくかもしれない。
状況が変われば、場所が変われば。
もしくは中学に入ったら……なんて思っては、いつも裏切られてきたから。
自分に期待して裏切られた気持ちは、思った以上に重傷だ。
──皇くんはわたしの過去を知らないから、そんな風に言えるんだ。
わたしのことを一番よくわかっているのは、わたし。
キラキラ族で、どんな魔法だって使えそうな男の子だとしても、それはくつがえせない。
……そもそも論ですが、キラキラ族のトップとつき合うなんて、無理ですし!!
そうじゃなくても、リアルに存在する人とつき合うなんて、それこそ現実ではありえません!
「あっ、あの……ご、ごめんなさい。やっぱりわたし、皇くんの提案には──」
少し申し訳ない気持ちになりつつ断ろうとするわたしに、皇くんはニンマリと笑った。
まるで絵に描いたように、目と口を線のように細めて。
「……桃瀬さんってさ、意外と小さい子向けのアニメ、好きだったりするよね?」
なんだか、すごく嫌な予感がする……。
「それ、ジュエルのでしょ? 桃瀬さんがつけてるピンバッジ」
えっ!?
バッジの上に両手を重ねて、それをかくす。
そんなわたしの行動が、皇くんに確信を持たせてしまったみたい!
細く線のように目をすぼめて、皇くんはニヤリと笑った。
「やっぱりそうなんだ。それ、アニメの『魔導戦士ジュエル』の限定ピンバッジだったんだな」
わたしはある核心をつくため、ふるえるくちびるを必死に動かした。
「す、皇くんって、もしかしてジュエルオタ──」
「──全然ちげーわ」
かぶせるように否定されてしまった!
もしかしたらジュエルオタクを見つけたかも! と思ったぬか喜びと合わせて、Wショック!!
「おれの妹が、そのアニメが好きなんだよね。オタクっていうのなら、あいつはそうかも」
「えっ! 皇くんの妹さんってジュエルオタクなんですか!? 本当に!? だったら──」
そんなわたしに皇くんは、目を細めながら──ぽふっ、とわたしの口に手を当てた。
「質問したいのなら、先におれの提案に対する返事を聞かせてよ」
わたしとは違う、男の子の──皇くんの手が、わたしのくちびるに当たってる。
返事ならさっきしたのに……と思ったけど、皇くんの行動に、頭の中が真っ白になった。
だけど、もっとショウゲキをあたえる出来事が起こるのは、この後すぐ。
「『パチッとハジける炭酸音は~♪ わたしの心にシンクロ~♪』」
「ふごっ!!!!」
その歌は、やばい。
止めたいのに、皇くんの手が、わたしの口をふさいでるせいで、声が出せない!
「『ジュエリーのように~♪ かがやきを秘めて~♪ 彼に会うため変身☆』」
やっ、やめて!
皇くんは、意気揚々とした笑顔で、続きを歌う。
「『ラブリーベイビーな彼と一緒に~♪ 今日も私はピッピコピーチ♡』」
バチンッ! とウインクつきで、最後まで歌いきられてしまった。
「ねぇこの歌、ジュエルファンの桃瀬さんなら、知ってるよね?」
そっとわたしの口から、皇くんの手が離れていく。
解放されたにもかかわらず、わたしの口はダンマリを決め込んだ。
い、言えない……言いたくもない!!
だけどこの様子じゃ、言わなくてもきっと、皇くんは知ってると思う。
「ヒヨコマークが目印の炭酸飲料〝ピッピコジュース〟がさ、新商品の桃味を出した時に、ジュエルとコラボしたんだよね」
ぎゃー! 聞きたくないー!!
「その際に、CMの挿入歌の歌詞を募集してて、妹がすげーがんばって応募したんだ。全部落ちてたけど」
わたしは思わず両手で両耳をふさいだ。
そんなわたしの手首をつかんだ皇くんは、手をそっと耳から離した。
「歌の歌詞──ポエムをさ、書いた人の名前知ってる?」
やっ、やめて、言わないで!
「『ピーチ・フィッシュ』」
「ぎょええええ!!!!!」
思わず叫んでしまった!
抑えきれない羞恥心が、わたしのかたく閉ざしていた口を開かせた。
「ピーチ・フィッシュってPNさ、桃瀬さんみたいだね? ほら、〝桃〟瀬真〝魚〟だし?」
「人違いです! 人違いです!! すみません! すみません!!」
「はははっ、なんで謝ってんの?」
だってそれは、わたしの黒歴史なのでっ!
あんなノリノリで書いた恥ずかしい歌詞が、よりによってキラキラ族の皇くんにバレるなんて──この世には神も仏もないのですか!?
お願いだから、どうかその歌詞ごと忘れ去ってくださいっ!!
「でも、人違いかぁー。そっかぁ。桃瀬さんがつけてるそのピンバッジってさ、ポエム選ばれた人にだけ送られる限定のやつに、すっごくそっくりなんだよね」
ひょぇぇぇぇっ!!
今わたしは、ムンクの叫びと同じ表情をしていることでしょう。
「ためしに他の誰かに聞いてみようかな? アニメの動画見せながらさ。ほんとそっくりだから」
「ややや、やめてくださいっ!」
「えっ、なんで? おれの妹がジュエルファンだからさ、似たようなバッジ売ってるんだったら買ってあげたいんだけど。それ、どこで買ったの?」
「こっ、これは……」
もう、真実を言うしかない。
これ以上はだませない。
というかこの反応は、間違いなくバレてる!
わたしの表情とは逆で、皇くんは春うららかな季節に咲いた花のようにほほ笑んだ──。
4 おつき合い【9月24日更新!】
ヒソヒソヒソヒソヒソ。
こそこそ話ほど、耳につくものってないよね。
なにを言ってるかまでは聞こえないのに、なにを言われてるかは想像ができてしまう。
今朝からずっと、生徒の、特に一部の女の子からの視線がイタイ……。
理由はもちろん、我がクラス一のキラキラ族こと皇くん。
わたしが学校に着くなり、校門のところで笑顔ででむかえ、一緒に教室まで(地獄1)。
ことあるごとにわたしの席までやってきて、意味もなく話しかけてきたり(地獄2)。
ひとことも言葉を発しないのに、じっとわたしの顔を見つめてきたり(地獄3)。
皇くんがそんな行動を取るせいで、女の子からはジメジメチクチクした視線を受けることに!
……それだけでもツラいのに、わたしの意思に反して、朝からずーっと皇地獄めぐりツアーに参加させられているっ!!
「桃瀬さん、ちょっと話があるんだけど!」
半泣きの顔を上げると、目の前には女の子がふたり。
わたしを見て怒った顔をしている子と、いぶかしがってる顔をしている子。
……なっ、なんか、怖い!
「朝からずっとウワサになってるんだけど、桃瀬さんって皇くんとつき──」
「つき合ってるよ。ね、桃瀬さん?」
会話の途中で乱入してきたのは──学校のスターこと、皇くん!
そんな彼が、背後からわたしをのぞき込むようにして、つくえに手をついている。
とたんに悲鳴が、教室全体に響きわたった。
「ウソっ! 本当だったんだ!!」
「えー!? なんで? ショックなんだけど!!」
未だかつて、これほどまでに居心地が悪いと思ったことが、あったでしょうか……。
つき合ってるっていうのも、フリなんですけど!
オドしに屈してしまったってだけで、本意ではないのですがっ!!
わたしが大切に持っているピンバッジ──アニメ『魔導戦士ジュエル』の限定品。
皇くんが言ったことは当たってて、これはわたしが一生懸命書いたポエムで勝ちとったもの。
なんと、このポエムの一部は、ジュエルとコラボしたジュースの、ペットボトルにも印刷されてるんです!
さらにはテレビやネット、CMでもわたしのポエム曲が流れまくって……。
曲の最後には『ピーチ・フィッシュ』ってわたしのペンネームが、シャキーン! なんていうカッコいい効果音と共に表示されるんです!
それはまるで、なにかの必殺技みたいに!!
家族でごはんを食べてる時に、テレビからこの曲が聞こえた時は、飲んでたおみそ汁を吹き出すほど、びっくりしてしまった!
わたしがポエムを書いたのは、実はこれが初めて。
応募するのははずかしかったけど、ジュエルのバッジのためだから!
そう思って、必死だったんだ。
結果、ジュエルのピンバッジが手に入ったから、あのポエムはわたしにとっては栄誉ではあるけど、同時に──人生の汚点です!
あんなキラッキラでノリッノリの歌詞、はずかしすぎる!!
ちなみにこのアニメは、魔導戦士っていうだけあって、メインキャラは4人の女の子の戦士。
宝石にちなんで、『ルビー』『サファイア』『シトリン』『エメラルド』って名前のキャラに変身して、世界を平和に導く。
わたしのこの限定ピンバッジは、彼女たちの変身バッジを、イメージしたものなの。
ジュエルは、幼稚園や小学校に入りたての子が見るようなアニメなんだけど、わたしは中学生になった今でも大好きで……。
それがまさか、こんなことになるとは!
「ねぇねぇ、いつからつき合ってたの!?」
そんな風に聞いてきたのは、さっきとは別の女の子のグループ。
明らかに目をキラキラさせながら、好奇心をむき出しにしている。
さっきの女の子たちとは違って、敵意はないみたいだけど……。
この状況でさらに話を掘り下げにくるあたり、彼女たちもキラキラ族に間違いない!
キラキラ族、たとえわたしに悪意がなくても、やっぱり怖い!
そのランランとかがやく瞳で、すみっこ族の鉄壁ガードを平気でくずしてくるあたり、恐怖しかないっ!!
「つき合いだしたのは、昨日からなんだ」
わたしに代わって、笑顔で答えてくれたのは、皇くん。
背後からは皇くんのキラキラパワーと、向かいからは怒りと興味しんしんなオーラが。
これはまさに、生き地獄サンドイッチ!!
「すすすっ、すみません! 失礼します!」
わたしはいても立ってもいられず、立ち上がる。
すると皇くんは、耳元でわたしだけに聞こえるくらいのボリュームで、こう言った。
「こら、逃げるなよ」
ひっ!
「ここで桃瀬が逃げたら、なんのためにつき合ってるのか、わかんねーじゃん」
……営業スマイルですか?
と、言いたくなるほどの笑顔を見せながら、わたしの耳元ではそんな言葉をつぶやいた。
「契約、忘れたわけじゃないよね?」
ひぃぇぇぇっ!!
皇くんが言う契約っていうのは、昨日決めさせられたこの内容だ。
わたしのコミュ力アップを手助けするとか言ってたけど……。
正直わたしより、皇くんの得の方が圧倒的に多いのでは?
それでもこの内容を受け入れざるをえなかったのは、ポエムがバレたせいだけどねっ!
あれさえなければ、わたしがキラキラ族の半径1メートル以内に入ることも、こうして皇くんにオドされることもなかったのに……!
制服のリボンにつけてる、ジュエルのピンバッジ。
皇くんにバレた時点で、外そうとしたんだけど──。
『なんで外すの? ジュエルのファンで、恥をしのんでまで欲しかったものなんでしょ? 誰になんて言われても、つけてたらいいじゃん』
まさか、オドした本人がそんなことを言うなんて。
『そもそもそれ、おれは妹がファンだから知ってたけど、見た目だけならアニメのバッジに見えないし』
『で、でも……』
『じゃあもしそのバッジの意味に気づいたヤツが現れたら、おれが桃瀬さんにプレゼントしたくて応募したって言ったらいいよ。そしたらポエムの書き手はおれになるだろ?』
ピンバッジが欲しすぎて書いたとはいえ、わたしの黒歴史になりつつあるあのポエムを、イケメンキラキラ族の皇くんが!?
『ジュエルのアニメ好きな桃瀬さんのためにそこまでするなんてさ、おれってば前からすっげー桃瀬さんが好きだったんだって、周りがカン違いしてくれるでしょ?』
白い歯を見せて笑う皇くんの、黒い笑顔といったら……。
しかも人の黒歴史を、こうもあっさりと引き受けた上に、黒から白にぬりかえるなんて。
『……でも、おれを裏切ろうとしたら、ポエムの真実、バラしちゃうからね?』
あっ、黒いかがやきが、辺りを侵食しはじめた。
それを見て、わたしの奥歯はガタガタと音を鳴らしはじめる。
『おれのコミュ力は知ってるでしょ?』
知ってますが、それってどういう意味ですか?
『桃瀬さんがなにか言っても、おれのことを周りは信じると思うから』
でしょうね! すみっこ族のわたしには、うまく弁解なんてできませんから!!
『ってことで、これからよろしくね』
ああ、どうやらわたしは……えんま様と手を組んでしまったみたいです。
「あれ? まさかとは思うけど、契約内容忘れちゃった?」
──はっと、わたしは意識を戻した。
皇くんはさらさらの前髪を揺らしながら、スパンコールが弾けるみたいに笑ってた。
あっ、この笑みはやばい。
本能レベルでそう感じて、背筋がふるえはじめた矢先だった。
そんなわたしの様子を見て、皇くんは「フッ」と声を出して笑ったと思ったら……。
「『パチッとハジける炭酸音……』」
──新たな地獄のお時間です!!
「すっ、すすすすすす、皇くん!」
恐怖におののくわたしを見て笑顔が増すなんて、鬼畜なの?
皇くんから放たれる真っ黒なキラキラ笑みは、毒かな?
そんな風に思うほど、わたしの気分は悪化していく。
「ああ、なんかノドがかわいたなぁーって思って?」
皇くんはニヤリとほくそ笑みながら、ノドに手を当てた。
そのシュンカン、わたしはピシッと右手を天へとつき立てた。
「あの、わたくし、桃瀬真魚は、皇さまに飲み物を献上したく、購買部まで走ってまいります!」
「なにその話し方。ってかなんで皇〝さま〟?」
皇くんのツッコミなんて聞いてるヒマもなく、わたしはその場から逃げるように走り出そうとした……矢先だった。
「っていうか、彼女をパシらせるわけないでしょ?」
皇くんはガッチリわたしの肩を抱くように、ウデをぐるっと巻き付けてきた。
「ぴぎゃー!!」
「なにその悲鳴。ってか、彼氏に肩を抱かれてそれはなくない?」
わたしにとって、人と目を合わせるどころか、話をするのもとても難しい。
それなのに、その上、肩抱きとはだいぶハイレベル──正直、拷問です。
「まぁいいや。それよりおれ、一時も桃瀬さんと離れたくないんだよねー」
「あああ、ありがとうございます! ごち、ごちそうさまです!」
「……いや、なんでごちそうさま?」
「だっ、だってほら、すす、皇くんってばいつもキラキラしてるっていうか。かんかん照りの太陽みたいなイケメンぶりをいつも出してますよね?」
テンパりながらも、目の前にいる女の子たちが、変な顔をしていることには気づいてる。
気づいていながらも、もう走り出した言葉を、自分では止められない!
「なんていうか、てっ、天然たれ流しイケメン? お、温泉の源泉かけ流しみたいな? つねにあふれ出てくるそれを、今のわたしは全身で受け止めすぎて、お腹いっぱいです!」
なに言ってんの!? って、頭のどこかで思ってる。
だけどもう止まらない。止められない。
「その、でっ、ですから──」
「──わかった、わかった。話ならゆっくり聞くよ」
キラキラ族の笑顔には、パワーがある。
特に皇くんが笑うと、さっきまでの変な空気も、一気に浄化されたように、ふっと軽くなる。
「おれ、おしゃべりな桃瀬さんも好きだよ。でもさ、今はノドがかわいてるから」
皇くんは白い歯を見せながら──黒い笑顔をわたしにだけ向けた。
「とりあえず、ラブリーベイビーなおれと一緒に、ジュースでも飲みながら、ね?」
──ひっ!
クラスメイトの視線をさけながら、さらに小声でこうひとこと。
逃 げ ん な よ ?
天使のように見える笑顔も、わたしからすれば、えんま様が地獄に手まねきしているように見えた……。
5 作戦会議!【9月27日更新!】
──こうして、わたしと皇くんの恋愛ごっこがはじまった。
ううん、はじまってしまった! というのが、わたしの心境だ!!
オドされてるだけだし、前よりも学校という箱庭がいごこち悪くてしかたないんだけど……。
さらに今、目の前には、黒いスパンコールの光を放ちながらほほ笑んでいる、キラキラ族。
そんなキラキラ族の皇くんが、人気のない校舎裏でわたしをカベドンしている。
「桃瀬さん、おれたち、話し合う必要があるみたいだね」
マンガやアニメだったら、これってドキューン! と胸をうち抜かれるトキメキのシチュだと思うんだけど…………違いますからね?
「さっきの回答、なに?」
「なっ、なに、とは?」
「さっきさ、おれの好きなところはどこ、って聞かれてたでしょ?」
そっ、そうだった。
ふだんはすみっこ族なわたしが、急にクラスメイトに話しかけられまして。
複数人がわたしの席を取りかこんでいたせいで、逃げられず……。
正直、なにを聞かれたのかすら、すでに記憶がない。
「その答えが、なんで耳たぶ? 意味わかんないんだけど」
そっ、そうだった。テンパってそんな回答をしたんだった。
「だっ、だって、わたしの耳たぶは、たぶと呼べるほどのたるみがないので、福耳にあこがれがありまして……」
「待って、おれの耳、そんなにたるんでるの……?」
「い、いえ、普通なんですけど、あくまでわたしと比較してって話で……」
あっ、皇くんがハーッと息をはきながら、こめかみを手でおさえた。
「じゃあおれの耳たぶって、答えおかしくない? 好みの大きさじゃないんでしょ?」
だけど、他の答えが見つからなかったから……。
「他にどう答えたら良いか、わかんなかったんだろうけど。それでもその回答はなくない?」
あっ、バレてた。
「まぁ、なんの前設定もなくごっこ遊びをはじめた、おれにも非はあるか」
皇くんは腕を組んで、頭をひねった。
「ってかさ、なんでまだ敬語なの? それ、やめてよ。おれらつき合ってる設定なのに、変じゃん。萎縮しすぎじゃない?」
いや、萎縮するなって方が無理では?
わたしは今、オドされている側なのだから。
「ねぇ、真魚♡」
「ぎゃひぃっ!」
「あっはっはっ! なにその叫び声」
お腹を抱えて笑う、キラキラ族。ひどい。
だって突然、お砂糖たっぷりのあまーい声で、わたしの名前を呼び捨てにするんだもん。
そんなシュガーボイスのせいで、耳がつぶれたかと思った。
「敬語もだけど、つき合ってるんだしさ、〝さん〟付けで呼ぶのは距離あると思わない?」
さすがはモテモテ王の皇くん。
女の子の下の名前を呼び捨てるくらい、なんてことないんだね!
「ねぇ、おれのことも碧葉って呼んでみてよ」
「むっ、無理です!」
なんなの! 急に拷問のお時間ですか!?
「だから練習するんでしょ。ほら、早く」
さらに皇くんは、両手でわたしのほおをつかんで、目を合わせようとしてくる!
「真魚ー?」
ぎゃー!
無理矢理目を合わせられて、こんな至近距離で呼び捨てにされて──わたしの中のバクダンがバクハツした。
──ドゴォ!
気づいたらわたしは、おでこをおさえてその場にうずくまっていた。
けれど同じ体勢、同じ場所をおさえながら、皇くんもうずくまってる。
「くぉら桃瀬! なにも、頭突きすることねーじゃん!」
どうやらわたしは、皇くんのたまごのようなツルツルおでこに、頭突きをかましたらしい。
そして皇くんは、どことなく言葉づかいが、ふだんより荒いように感じる……。
わたしの名前も、呼び捨てで桃瀬になってるし。
まぁ、真魚って呼ばれるより全然いいんだけど。
「はぁ……あのさ、ふみ込んだこと聞いていい?」
ほんのり赤くなったおでこをさすりながら、皇くんがこっちを見た。
わたしは相変わらず視線を泳がせながら、ど、どうぞ……と首を縦にふる。
「だれかとつき合った経験って、ある?」
「あっ、あります!」
おでこの痛みをこらえながら、わたしは空いた片手をピンッと、空につき上げた。
「えっ、マジで?」
「えっと、ジュエルのダイヤさまでしょ?」
ダイヤさまっていうのは、敵か味方かわからない、ミステリアスな男の子キャラ。
リアルにはなかなかいない、わたしの好みをつきまくったミラクルな容姿を持つ、スーパークールなキャラなんだ!
「あっ、でもその前は、マンガに出てくるヒーローの古里くんでしょ? それから──」
思い出しながら、胸をこがしたキャラの名前をあげつらねようとしてるのに、皇くんはそんなわたしを手で制した。
「あのさ……それ、つき合ってないだろ」
えっ?
「で、でも……わたしの中では、彼氏だったんですが?」
「だからそれ、イマジナリーなやつでリアルじゃないじゃん」
イマジナリーフレンドならぬ、イマジナリーボーイフレンド。でも……。
「実は、大きな声で言えた話ではないんですが……」
ヒソヒソ話をするように、声のボリュームをおさえて言った。
「わたしは、同時にふたりのキャラを、本気で好きになったことだってあります」
「なんでその、二股しちゃいました。みたいな感じで言ってんの?」
いや、みたいな感じじゃなくて、実際そうですよね?
二股が世間的に良くないってこと、モテモテの皇くんだって知ってるはずなのに。
「それ、二股どころか、本物の彼氏でもないし。ってことは、リアル男子とはないんだよな?」
わたしは腑に落ちなくて眉根を寄せながらも、首を縦にふった。
「ちなみにさ、おれが過去につき合った女の子は、全員向こうから告白してきたんだけど……」
「ええっ! またジマンですか!?」
「いや、違うから。もうちょい話を聞いてよ」
そう言って皇くんは、苦笑いを浮かべながら、さらに話を続ける。
「告白されてつき合ってもさ、結局フラれるのはおれなんだ」
えっ、なんで?
「中学に入ってすぐにつき合った子にもさ、1週間でフラれたし。早くない? 1週間はさすがに最速だったな」
まるで自分で自分を傷つけるみたいにして笑う皇くんに、聞いてるわたしの方が胸が痛い。
「でも、なんで別れたんですか?」
思わずふみ込んだことを聞いてしまい、ドギマギしてしまう。
こういうのも恋バナっていうのかな?
誰かとこういう話をしたことないから、どこまで聞いていいのか、わからないんだけど。
そんなわたしの心配をよそに、皇くんは気にする様子もなく、口を開いた。
「『思ってたのと違った』んだとさ。なんだそれって感じじゃね?」
思ってたのと違った……その言葉が、わたしの胸をついた。
『──桃瀬さんってさ、なに話してるかわかんない』
『こないだなんか、一方的にわけわかんないこと言ってきて、怖かったんだから!』
『わかるー! ぱっと見はおとなしそうなのにね。なんか、思ってたのと違うよね』
……そんな風に言われた過去が、皇くんの言葉と重なった。
「なんかさ、いい加減疲れたんだ。だからもうつき合いたくないって思ってるんだけど、ほらおれ、モテるし」
「へっ、やっぱりジマン──」
「だからちげーわ!」
言葉をかぶせ気味につっこんできた皇くんは、声を立てて笑ってる。
さっきまでのほの暗さが、幻だったのかなって思うくらい、いつもの皇くんだ。
「今は誰ともつき合いたくないって言っても、諦めてくれない子も多いしさ、正直断るのもめんどうになってきたんだよね」
……なんともぜいたくな悩み。
さすがはキラキラ族の王。
「まぁ恋愛初心者な桃瀬でも対応できる、設定を決めるか。ついでに桃瀬のコミュ力アップについても考えよう」
「そそそ、それなんですが……コミュ力アップなんて、本当にできると思いますか?」
わたしだって、このままじゃだめだって何度も思ったけど、ダメだったのに。
皇くんみたいに、もともとコミュ力があって、容姿も良くて、人当たりも良い。
そんな人とわたしじゃ、そもそもの土俵が違うと思う。
わたしの視線の先には、ジュエルの限定ピンバッジ。
これは5人目の戦士の証でもあるんだって、公式サイトには書かれてたんだ。
本当にこれが本物のピンバッジで、この世界がアニメのジュエルの世界だったなら。
……わたしはキラキラかがやく戦士に、変身できるのに。
そしたらぼっちでも、すみっこ族でも、人見知りでも関係ない。
きっと、今とは違ったわたしに変わることができる。
そう思えるのに……。
「天才とは1%のひらめきと、99%の努力。そんな言葉、聞いたことない?」
そんな風に言葉を切り出したのは、スパンコールみたいにかがやく笑顔を向ける、皇くん。
「天才発明家と呼ばれたエジソンの言葉なんだけど……桃瀬も今はコミュ力が低くてもさ、もしかしたら本当は、コミュニケーションの天才なのかもしんないでしょ?」
「……そっ、それは、無理があるたとえでは?」
実際、何度がんばっても無理だったんだから。
「なんで? 今まで努力してきたんでしょ? 桃瀬は1%のひらめきを、見つけられなかっただけかもしんないじゃん」
皇くんはピンッと、人差し指をわたしの目の前につき立てた。
「ここで諦めんのはもったいないって。その桃瀬の1%のひらめき、おれなら持ってると思うんだよね」
1%のひらめき。皇くんは間違いなく持ってると思う。
だけどそれはわたしの話じゃない。だから関係ない。
「おれの1%、貸してあげるよ」
「そんなの、どうやって……?」
「おれを信じて、99%の努力をしてくれたらいいんだって」
そう言って、皇くんはかがやくスパンコールよりもまぶしい笑顔を、わたしに向けたんだ──。
6 トライアル&エラー【10月1日更新!】
目の前を歩く女の子。
その子のポケットから、ふわりと可愛らしいピンクのハンカチが落ちた。
こっ、これはチャンス!
そう思ってそのハンカチをひろい、気持ちを落ち着かせるために、深呼吸する。
そして、なんて言葉をかけたら良いのか、頭の中で言葉を決めて──。
「あっ、あの、ハンカチ、落ちまし──じゃない、おっ、落ちたよっ!」
「えっ? あ、ありが──」
持ち主がふり返り、わたしと目が合ったシュンカン。
「ひっ!」
小さな悲鳴とともに、こわばる顔。
「あっ、ありがと!」
彼女はハンカチを受け取った後、ろうかを走り去っていく。
……なっ、なんで?
そう思ったタイミングで、横から──。
「あのさ、それはちょっと……怖いかもな」
なんて言いながら、皇くんがわたしのほおを指で引っ張った。
「う、うひょふき……」
わたしはちょっぴり半泣きだ。
そんなわたしを見て、皇くんは短く息をはいた後、手で前髪をかき上げた。
「おれはウソなんてついてねーよ。とりあえずここじゃなんだから、ついてきて」
そうして連れられてきた、人気のない空き教室。
ここはふだん、カギがかけられてる。
それなのに、皇くんはポケットからカギを出して、あっさり戸を開けた。
「えっと、なんでカギを持って……るの?」
「前にこの教室のそうじを頼まれて、その時に先生にうまく言って、カギを預かったんだ」
キラリと光るそれを、皇くんはポケットにしまった。
「なんでそれ、返さないのです……じゃない! ますか!?」
どひゃあー! 言い直そうとして、さらにミスりました!!
皇くんに言われて、同級生に対してはタメ語で話すと約束したんだ。
コミュ力アップ以前に、人との距離を作らない作戦なんだけど──難しい!
「ははっ、まぁクセっていうのは、直すの難しいよな。でも意識する・しないで大きく違うから」
こんなほこりっぽい教室で、さわやかで清々しいフォローの言葉。
キラキラ族は、生きた空気清浄機なのかもしれない。
「ところでカギの話だけど、これあったら便利でしょ? 女の子から逃げたい時とか、授業サボる時とかに使えるし」
キラキラと水面にかがやく太陽の光のように、皇くんは笑ってる。
……さすがはキラキラ族。
この空き教室の使い方も、理由も、なんだかハデだ。
っていうか、女の子に追いかけられるって、リアルにある状況だったんだね。
なんて、わたしが感心していると……。
「ってことで毎日ここで、桃瀬のコミュ力アップのレクチャーをしようと思う」
「まっ、毎日!?」
それは、多すぎでは?
「良い提案だと思うけど。さっきハンカチを渡した時、彼女はおびえてたろ?」
はっ、た、確かに!
……でもわたしは、皇くんに教わった通りにしただけなんだけど!
アワアワしながら、ポケットから手のひらサイズのメモ帳を取り出した。
教わったアドバイスをメモって、忘れないように何度もこっそり確認してるんだ。
今もこうして、メモ帳のページをパラパラとめくっていると。
「あっ、それ、ジュエルのメモ帳だろ? 妹が持ってるのとは色違いじゃん」
さすがはジュエルオタクの妹さんを持つ、お兄さん。
ジュエルと書かれていないものを選んだのに、デザインだけで見極めるとは……。
わたしの予測だけど、皇くんが妹さんと同じジュエルオタクになるのも、時間の問題かも!
「おれは、お前らみたいにはなんねーよ」
……えっ?
お前らみたいには……って、どういう意味?
「どういうって、おれがお前らみたくジュエルにハマるのかって話だろ?」
すっ、皇くんに心の声が読まれているっ!?
いくら一緒にいる時間がふえて、仲良くなってきたとはいえ──皇くんってばジュエルオタクどころか、すでにジュエルの戦士なのでは!?
「こら、おれを桃瀬の世界にまき込むな。今のは心を読んだんじゃなくて、桃瀬が声に出して言ってるだけだからな」
──ええっ!?
「そのメモ帳取り出したあたりから、全部声に出して言ってたぞ」
「ウッ、ウソでしょ!?」
すみっこ族のわたしは、頭の中で会話を繰り広げるのが得意。
でも、実際に会話するのも声に出すのも、得意ではないのですが?!
「桃瀬ってさ、こないだもそうだったけど、ジュエルのことになると、スラスラと話すよな」
ええっ!?
……いや、確かにそうかも。
「まぁ、なんだ。だからこそ、それを活かす形のアドバイスをしたんだけどな」
そう言ってわたしが開いたメモ帳のページに、皇くんの長い指がトンと、つきささる。
そのページには、こう書かれている。
この3つが皇くんが教えてくれた、コミュ力アップのテクニック。
「さっきはさ、途中までうまくいってたんだけどな」
皇くんの指は、スッと3つ目のアドバイスへと移動した。
「あれは、笑えてなかった。人を呪おうとでもするかのような、顔だったからな」
「人の全力の笑顔を、そんな風に言わなくても……」
「全力の笑顔だったからだろ。気合い入りすぎて、おびえさせたんだって。ちょっと口元に笑みを浮かべるくらいで良いんだよ」
それならそうと、もっと早くに言って欲しかった。
「あの、見てたのなら、フォローしてくれても良かったんじゃ……?」
「あんな一瞬の出来事にまで割り込んだら、桃瀬の練習にならないでしょ」
なっ、なんということでしょう!
「……皇ライオン」
「はっ? なんだそれ?」
「百獣の王であるライオンみたいに、おさない子どもをガケの上からつき落として、はい上がって来た者だけを、自分の子どもと認めるつもりだったんだ」
力なき者は、脱落して当然。
皇ライオンは、必死にガケを登ろうとしてたわたしを、高いところから見てたってわけだ。
「説明されても、全く意味わかんないんだけど」
「人でなし! オニ! オニでライオン!!」
「オニでライオンって、意味わかんねーし」
わたしの口は、思いつく限りの不満をこぼしていく。
「そもそもさ、なんでも一発でうまくいくわけねーじゃん」
そりゃあ、そうかもしれないけど……。
「まぁ今回ので、桃瀬には実践前の練習が必要だってわかったし、それだけでも一歩前進じゃん」
……キラキラ族のプラスのエネルギーを受け止めきれず、わたしはまだウジウジしちゃう。
皇くんの力を借りたら、もう少しうまくいくと思ってた自分がニクイ。
「ひらめきの天才だって、言ってたのに……」
「こら、ハードルを上げるな。おれは1%のひらめきを持ってるって、言っただけだろ。天才とは言ってないぞ」
「光属性を持つキラキラ族のくせに。光の魔法でもなんでも使って、わたしのコミュ力をパパッとレベルアップさせてくれるって、信じてたのに…………ダマされた」
「なんか、ツッコミどころ満載なワードがめちゃめちゃ聞こえたんだけど……。っていうか、そもそもおれはダマしてないじゃん。成功に失敗はつきものだろ」
じとっとした目線を皇くんに送る。
「失敗はつきもの……はい、出ました、キラキラ族のキラキラワード」
思わずため息をつきそうになったわたしに、皇くんは手を腰に当てて顔をのぞき込んできた。
わたしは慌てて彼の視線から逃れるように、目線を右へとずらす。
「ディスるなって。ってか、おれに対する敬語もだいぶ取れて、テンパらずに会話できてるかと思えば、全部後ろ向きな内容だな」
えっ? あ、確かに……。
最近は、皇くんと会話するのは、そこまで緊張しない。
頭の中でだけ繰り広げられる会話が、なぜかスッと口をついて出てくるんだよね。
「でもまっ、二歩前進じゃん」
二歩前進?
さっきは一歩前進って言ってたのに、二歩に増えてる……?
「緊張せずにおれと会話できるようになったってことは、他の人ともそうなれるってことだろ? だから二歩だ」
ほこりっぽい空き教室で、かがやく星を宿したような瞳で、いたずらっ子のように笑う皇くん。
やっぱり皇くんは、すごい。
キラキラ族で、光属性の魔法が使えるだけじゃない。
人を惹きつけるなにかを持ってるって、こんな平凡なわたしでも思えるんだから。
「ってなわけで、ちょっとレクチャー内容を変えてみよう」
そう言って皇くんはわたしのメモ帳と、そこに付いているペンを手に取った。
メモ帳とセットの、ミニペン。
ペンの先には宝石がついていて、超かわいい。わたしのお気に入りだ。
そんなかわいらしいペンを、大きな手でつかむ皇くんは、ちょっと書きにくそう。
それでも器用にミニペンを使って、メモ帳に書かれた3番目のレクチャー内容に、線を引いた。
「……あの、皇くん」
「ん?」
皇くんは顔をメモ帳に向けたまま、視線だけをわたしに投げてよこした。
「その、1番はまだ良いとして……」
失敗した内容だから、線を引いて消したのかな? って思ったんだけど、それなら……。
「実は2番も、ちょっと難しいかなって思うんだよね……」
「2番? なんで? 相手が自分と同じジュエルファンだと思ったら、親しみもわくだろ?」
確かに、親しみは出るし、おしゃべりにはなるかもしれないけど……。
「あの、ですね……相手がジュエルファンだと思うとわたし──」
制服のすそをいじりながら、モジモジしてしまう。
すると察しのいい皇くんが、頭の中でなにかがピンッと弾けたみたいに顔を上げた。
「あー、もしかして暴走した……?」
はい、図星です。
「その、相手がジュエルファンだったらと思うと、オタク心が抑えられなくて……」
「あくまで心構え的な意味だったんだけど、そっかぁー」
あきれられたかな? と思ったけど、皇くんは腕を組んで、頭をもたげただけだった。
なっなんだか、わたしが思ってたより、真剣に考えてくれてる……?
「い、意外だ」
「なにが?」
思わずこぼれ出た言葉に、わたしはアワアワしてしまう。
「その、皇くんってば、わたしの予想を上回るくらい、本気でコミュ力アップを目指してくれてる、っぽいので……」
「いや、ぽいってなんだよ。実際そうだし」
そう言いながら、皇くんは再びメモ帳と向き合う。
「おれたちの関係は、お互いに利用価値があるから成り立ってんだよ。おれの願いを叶えてくれてる桃瀬に対して、おれが桃瀬の願いを叶えなかったら、成立しないでしょ」
「えっ、でも、だってわたし……オドされてるし」
オドオドしながらも、思わず言ってしまった言葉に、皇くんは──。
「……言ってくれんじゃん」
黒い笑みを浮かべた。
それを見たわたしは、思わず背筋がブルブルとふるえちゃいます!!
「まぁ、オドしはちょっとした保険だったんだけどな」
ど、どういう意味ですかね?
「なんとなく桃瀬なら、恋愛ごっこお願いしたら、受け入れてくれそうな気がしたんだよ」
「なっ、なぜそう思ったのか、全くわからないのですが!」
わたしとしてはやりたくなかったので、そんな風に思われてたのが、キョウガクの事実です!
「なんでって……だって桃瀬って、本気で今のコミュ力どうにかしたそうだったし。恋愛ごっこも契約でなら、してくれるんじゃないかって思ったんだ」
本気……それは合ってますが……皇くんって本当に、かんさつ眼がすごい。
「それに桃瀬なら、おれに恋愛感情抱いたりしないって思ったし、適任だろ?」
皇くんってば、そのするどいかんさつ眼は、光魔法の賜物なの?
だって確かにわたしは、ミジンコほどにも、皇くんを好きになるとは思えないから。
「桃瀬ってさ、おれの妹と同じで、リアル男子に興味ないでしょ?」
なるほど。皇くんが簡単にわたしのことを理解したのは、オタクの妹さんがいるからかな。
「実際おれのカンは正しかったんだって、桃瀬を知れば知るほどわかったけど」
わたしは思わず首をかしげた。
すると皇くんは、目じりにシワを寄せて、こう言ったんだ。
「数日、おれと密に接してもなんとも思ってないみたいだし、それに桃瀬の心にはまだ、イマジナリーボーイフレンドが存在してるでしょ?」
そっそれは……もちろんです!
ダイヤさまはわたしの心のオアシスですのでっ!!
「だからあのポエムのことでオドしたのは、本当にいざという時の保険。簡単に言ったら、切り札ってやつな」
切り札……それって要は、公開処刑ってことでは!?
万が一、どれかの契約をやぶったら、わたしがジュエルのはずかしいポエム書いたって、バラすつもりだったってことですよねっ!?
皇くんから時々感じる、黒いキラキラ……怖いんですけどー!!
「まぁ、安心してよ。おれはもう、桃瀬を信じてるから」
信頼を寄せるような、満面の笑みを浮かべる皇くん。
だけどわたしは、皇くんを信じていいのかな……?
7 人たらし【10月4日更新!】
──皇くんと恋愛ごっこをはじめて、2週間が経った。
最近あらゆる場面で、クラスメイトにチラ見される機会がふえている。
なぜならそれは、わたしとニコイチで行動しようとする、皇くんのせいだ!
そのおかげで、クラスメイトに存在を忘れられることも、名前を知らないなんてこともなくなったようだけど──やっぱり悪目立ち感がスゴイ!!
そんなわたしのお昼休憩は、みんなにナイショで、毎日あの空き教室で皇くんとごはんを食べながら、コミュ力レベルアップのレクチャーを受けるという……スパルタな日々!
そんなことを考えてたら、体育の授業が終わっちゃった。
さっさと制服に着替えて、女子更衣室を出た。
それからポケットからあのメモ帳を取り出し、パラパラとページをめくる。
開いた先は皇くんからもらった、アドバイスが書かれているページ。
わたしはこれまでに、何度もトライアル&エラーを繰り返した──その結果。
……こんな内容のものになったんだ。
1つ目のレクチャー内容、わたしが人と話す時はいつもテンパってしまう。
だから、話しかける前に一度深呼吸をするようにって言われたの。
相手から話しかけられた時は、落ち着いて会話できないけど、徐々にうまくいってる気がする。
2つ目も明らかに皇くんが、レベルを落としてくれた……。
そもそも会話どころか、声をかけること自体、すごく勇気がいるんだよね。
だったらせめて、話しかけられた時に、印象が悪くならないように気をつけよう!
って、そう言われたんだ。
あいさつや感謝の言葉、日常の受け答えはせめて、きっちり相手に届けるつもりで返事をする。
逆に相手に届かなければ、意味がないんだからねって、皇くんは言ってた。
そして超難関だった、3つ目。
すみっこ族なわたしは、人の目を見るのがすごく苦手。
それを言うと、皇くんはこう言ったんだ。
目を直接見ずに、相手のまゆ毛とまゆ毛の間に、視線を向けると良いんだって。
実際にためしてみたら、相手は目を見てるとカン違いしてくれた。
「さすがはモテ男子。皇くんってば、りっぱな人たらしだね」
男女ともに皇くんがモテるのは、実はこういった努力の賜物なのかもしれない。
そんな風に思いながら、腕を組んで考え込んでいると……。
「こらっ、誰が人たらしだって?」
そう言いながら、わたしの頭にチョップをくり出したのは、人たらしこと皇くん。
「聞こえが悪いレッテルをはってくれるけど、なに? それって、おれの悪口?」
「まさか! ほめてたんだけどっ!」
「いや、人たらしってワード聞いたら、ほめ言葉とは思わないでしょ」
たしかに、〝たらし〟って言葉は、だますとか、あざむくってイメージがあるもんね……。
でもわたしは、人をたらしこめるようなテクニックを持つ皇くんが、うらやましいんだけど!
「ところで皇くんは、どうしてこんなところに?」
女の子が使う更衣室は、教室から離れた校舎にある。
男の子は教室で着替えてるはずなのに?
「それが……体育の帰りにさ、女子に告白されたんだよね」
「ああ、またジマンしに来──ヒャノ!?」
皇くんは黒いきらめくスパンコールの光を放ちながら、わたしの両ほおを引っ張る。
「ジマンじゃねーわ。むしろ桃瀬が彼女になってから、女子からのアプローチが増えてんだけど!」
「ウヘェ!? ヒャンデェ?」
確かに皇くんみたいな、キラキラ族の頂点に君臨するような男の子が、こじらせすみっこ族のわたしとつき合ってるなんて、周りは理解できないかも? とは思うけど……。
だからって、前よりアプローチが増える理由にはならないのでは?
「なんでも、おれが桃瀬を好きなんて、気の迷いもいいとこだ! だったら迷子の碧葉を救い出さなくちゃ!! ……なんて言ってた」
皇くんは、心底嫌そうに顔をしかめた。
「どいつもこいつもさ、正義のヒーローのつもりかよ、って話だよな」
みんなの前では、いつも笑顔を絶やさず、やわらかい言葉を使う皇くん。
それが今は、毒でも吐くみたいな顔で、口悪い言葉をならべ立てている。
……本当に、うんざりしてるんだ。
というか、そもそもわたしは、悪役なの?
キラキラ王子の心を、魔法かなにかで誘惑した悪女。
そういえばそんな話、昔ジュエルであったっけ。
……なんて、ジュエルのストーリーに、意識を飛ばしそうになっていたら。
「ってことでこれからはみんなの前で、桃瀬が好き好きってアピールをしていくことにするから」
「んぎゃあっ!」
なにその地獄!!
皇くんと一緒にいることで、いやでも目立って落ち着かないのに!
「いっ、いっそのこと、ごっこ遊びをやめない?」
逆効果なのであれば、この関係を続ける意味はないのでは?
そう思うわたしとは裏腹に、皇くんの瞳の中に、熱い炎のゆらめきが見えた。
「いいや、これは逆にチャンスだ。おれに好意を持つ相手をあぶり出しつつ、一掃するためのな」
「どっ、どうやって……?」
「桃瀬とおれのラブラブ大作戦が一番でしょ。ふたりの間に割ってはいるすき間なんてないぜっ! って思わせたら、勝ちだな」
そっ、それはもれなく、わたしも一掃されるパターンでは!?
皇くんのキラキラビームにあてられて、焼けこげてしまうっ!!
「いっ、異論があります!」
始まってまだ2ヶ月にも満たない、中学生活。
それが終わりを告げようとしているのに、さすがにだまってはいられない!
「告白やアプローチの量が減らないのは、少なからず皇くんにも非があると思う!」
ととのったお顔、りりしい眉と眉の間に、深いシワがきざまれた。
そんな表情を見せられたら、ひっ! っと声を上げ、奥歯をガタガタとふるわせちゃう。
「どういうこと?」
イケメンのすごみに、このまま魂が抜け出てしまいそう!
だけどここでなんとかしなくては、わたしの寿命はさらに縮まってしまう!!
皇くんのファンに火あぶりの刑にされる地獄絵図が、わたしの脳内に広がって背筋がふるえた。
「なっ、なんていうかモテたくないっていう割に、皇くんの行動って逆をいってるというか……こういうのってアレかな? ロッロマンス詐欺師って言うんですっけ……?」
「はぁ!? なんだそれ!」
「えっ、だっだって、こないだドキュメンタリー番組で言ってたんだけど、人のピュアな恋心を利用して、お金をだまし取る詐欺師のことをそう呼ぶって、きっ聞きました!」
「待って、おれ、詐欺師なの? お金をだまし取ったことなんてないし、女の子をもてあそんだこともないんだけど……」
そうだね。皇くんはお金なんてだまし取らないし、もてあそぶつもりもない。
──だが、しかし!
「わっ、わたしの、このほおを見てください!」
そう言ってわたしは自分の両ほおを、両手でみょーんと伸ばしてみせた。
「さっきわたしのほおに、触れたよね? それもあっさりと! いとも簡単に! まるでスフレチーズケーキのように、軽い食感もとい、感覚で!」
「触れたけど……ってか、スフレチーズって──」
「わたしはすみっこ族で、ぼっ、ぼっちを極めてるのですが」
「すみっこ族? なんだよそ──」
「そんな日陰の女子にもよく聞こえるくらいの声で、クラスの女の子たちがウワサしてるんです」
わたしは皇くんのような、かんさつ眼は持ち合わせていません。
「皇くんと目が合えば、絶対笑いかけてくれるとか。わからない問題を質問したら、前髪が触れそうな距離感で説明してくれるとか!」
それらは全部、女の子たちが間接的に教えてくれたこと。
「さらに! どうでもいい話もいつも全力で聞いてくれて、ボディタッチもやたら多いとか!!」
そしてその状況は、事実なんだろうなって……わたしでも簡単に想像がつきました。
「よって、皇くんはロマンス詐欺師ではないけれど、詐欺師もどきではあるかと──!」
「──はい、ストップ!」
皇くんの手が、わたしの口をふさいだ。
びっくりして目を見開いちゃったけど、前ほどおどろかないのは、こんなことされるのが一度や二度じゃないから。
「おれにもさ、口をはさませてくれない?」
「……ホオイウホコロハトホモウ」
「はっ? なにが?」
口をふさがれた中で、わたしはモゴモゴと声に出した。
すると皇くんは、わたしの口をパッと解放してくれた。
「普通だったら、簡単に人の口に触れたりはできないかと」
少なくとも、わたしならできない。
「いや、キラキラ族だったら普通なのかな?」
「なぁ、前から思ってたけど……そのキラキラ族ってなんなの?」
「人気者でクラスの中心人物、キラキラしてる種族のこと。皇くんはキラキラさがハンパないので、たぶんキラキラ族の王で、光属性の魔法かなにかも使えるよね?」
「使えねーわ。ってか、なんだそれ。なに包みかくさず、オタクをはき出してんだよ」
説明を求められたから言ったのに、怒られるなんて……理不尽だ。
「ってか、おれが光属性だったら、桃瀬は? 闇属性?」
意外と話をほり下げてくるところを見ると、さすがはオタクの妹がいるだけあるよね。
「闇属性なんてとんでもない。闇はダークヒーロー・ヒロインの持つ強強属性。なので、わたしはあれ、無属性。なんの力もない村人Aとか?」
「村人Aって、言い過ぎじゃね?」
「たっ、確かに……Aなんてアルファベットのトップを取っちゃダメかも。だったら、ABCDE……村人Yとか?」
「いやいやそこじゃないだろ。ってか、どんだけ脇役いるんだよ」
なかなかするどいツッコミ。
キラキラ族の王は、なんでもできちゃうオールマイティだ。
「とにかく皇くんは、モテたくないっていうのなら、そういう態度は見直したほうがいいと、わたしは思うんだけど……」
話の途中だけど、思わず口をつぐんでしまった。
だって皇くんの視線が、ある一定の場所を見て、かたまっていたから。
いつにない神妙な空気感が気になって、彼の視線の先を追ってみる。
そこには、頭のてっぺんで大きなおだんごを作った、ゆるいヘアースタイルの女の子が。
小柄で、お目めはパッチリ。
遠目だというのに、まつ毛だってバチバチに長いのが、よく見て取れる。
まるで、お人形さんの世界から飛び出してきたみたいな、かわいい女の子。
そんなキラキラ女子が、じーっとこちらを見てる。
「桃瀬、行こう」
えっ? と思ったのと同時だった。
皇くんはわたしの手首をつかんで、大股で歩き出した。
ボディタッチの話をしたばかりなのに、なんて文句を言いたいところだけど、わたしは黙ってついていくことに。
だって皇くんが、わたしが口をはさめないような、重苦しい空気をまとっていたから……。
8 春の遠足【10月8日更新!】
春といえば、遠足らしい。
担任の先生が意気揚々とそう言って、遠足の実行委員を決めている。
ただしやる気があるのは先生だけで、クラスのみんなはめんどくさそう。
遠足が、というよりも、実行委員がめんどうみたい。
まぁ、すみっこ族のわたしとしては、誰よりも委員になりたくないって思ってるのですが。
「じゃあB組の女子実行委員は、桃瀬真魚に決定だな!」
わたしは──誰よりもクジ運がなかったようです(涙)!
誰も立候補者がいないせいでクジ引きになったんだけど、残念なことに、わたしが委員に参加しなければならなくなりましたー!!
すみっこ族は、静かに教室のスミで涙を流しましょう……!
そう思って、つくえにつっ伏した、ちょうどそのタイミング。
男の子側の委員決めで、騒ぎが……。
騒ぎの中心にいるのは、もちろんキラキラ族。
男の子のキラキラ族代表といえば──我らが皇碧葉くん!
「桃瀬が女子の代表なんだったら、おれが男子の代表になるよ」
彼のそのひとことに、クラス中が叫び声をあげた!
わたしももれなく、絶叫(もちろん心の中で)!!
「なんで? 委員決めは、クジ引きって決まったじゃん!」
「それは立候補者がいなかったからだろ? おれは桃瀬と一緒にいたいから、委員になりたいんだ」
ギャオ────!!
皇くんのごっこ遊びは、今日も絶好調ですっ!!
誰か、助けて!
一部の女の子たちの泣き叫ぶような叫び声と、うらみつらみの視線が怖いんですがっ!!
わたしはジュエルのピンバッジに手を当てて、念じる。
これは夢。これは夢。これは夢。
こうなったら、つくえにつっ伏したまま、寝たフリをするしかない!
わたしがそうしている間も、クラスメイトは、ギャーギャーと騒ぎ立ててる。
……結局、反対意見に負けてしまったキラキラ族の王、皇くんは──。
「せっかく桃瀬と一緒に、実行委員になるチャンスだったのにな……」
なんて、ボソリとつぶやいた言葉の大きいこと!
これみよがしに聞かせた大きなひとりごとなんて、わたしはひたすら聞こえないフリだ!
女の子からの視線を受けるだけでも息苦しいのに、これ以上ダメージは受け止められない!!
そして、男の子たちもわたしたちと同じく、クジ引きで委員決めを再開。
キラキラ族の王とはいえ、皇くんはクジ運がないみたいです。
クジは見事に、別の男の子を選んだのでした。
◆◇◆
──その日の放課後。
「遠足の委員決めがあるってわかってたら、前もって口裏合わせられたのになぁ」
いまだに、未練タラタラな皇くん。
そんな不満を口にしながらも、しっかり恋愛ごっこの一環として、わたしを委員会のある教室まで送ろうとしてくるところが、さすがです!
わたしがそんな風に思っている間に、別のクラスの入り口に到着した。
今日はさっそく、委員として集まりがあるんだ。
実行委員の代表といっても、集まりに参加する以外は、もっぱら雑用係。
人前に立ったりすることはないみたいだし、すみっこ族でもなんとかなりそうでホッとする。
「じゃっ、おれはここで」
「皇くんは、今日も部活なの?」
「そう、今日はサッカー部の助っ人なんだ」
そう言って、ろうかをサッソウとかけていくキラキラ族の王。
皇くんは、部活でも人気者。
人当たりが良くて、運動もできる。
だからよく色んな部の練習試合なんかで、助っ人を頼まれたりするみたい。
……キラキラ族は、いつも忙しいね。
皇くんの後ろ姿を見送って、開いているトビラから教室内をのぞき見る。
知らない教室って、緊張する……。
そう思っていると、わたしのクラスメイトの男の子──森之宮くんを発見!
すでに席について、後ろに座る他クラスの子とおしゃべりをしている。
……なんと、彼もキラキラ族だったのね!
知らない教室になじみ、他クラスの子と楽しく会話ができる。
それはすなわち、キラキラ族の特徴!
しかも、森之宮くんの相手の子──めちゃくちゃ美人です!!
気だるそうな雰囲気をかもし出している彼女も、まごうことなくキラキラ族!
キラキラ族の美人は、そこに存在するだけで、オーラが違う。
わたしのようなすみっこ族とは比べものにならないほど、神々しいオーラが!
というか教室内を見回してみると、集まってる子たちはみんな──。
#キラキラ族の集まり #ハイスペックピーポー #たぶん何人かは魔法が使えそう #全員もれなくメインキャラ
この教室がもしSNSの世界なら、こんなハッシュタグがつけられてることでしょう。
「黒板にクラスごとの席番号書いてあるから、それ見て座れー」
教卓の前に立ってる先生が、入り口に立つわたしに向けて、そう声をかけた。
#ぼっち女子 #すみっこ族 #コミュ力マイナス #人見知り #挙動不審 #存在感ゼロ
今、わたしが教室に足をふみ入れたことで、こんなハッシュタグがつけ加えられたはずだ。
そんなことを思いながら、自分の席を確認し、キラキラ族の女の子の前、森之宮くんのとなりに座ろうとしたら──。
「あれぇ? あんたって、もしかして……皇の?」
甘い話し方はかわいらしいのに、なぜかわたしを恐れおののかせる。
首をかしげながら、キレイなマーブル模様にいろどられた、長いツメをわたしに向けた。
そんな彼女の行動に、思わず体をビクッとふるわせてしまう。
急に、知らないキラキラ族から声をかけられるなんて、心臓に悪い!
「おっ、翠ちゃんも知ってるんだ? そうそう、桃瀬は碧葉の新しい彼女なんだぜ!」
ギョヘェェェ!!
#ぼっち女子 #存在感ゼロ
……のままでいさせて欲しかった!
「へぇ、じゃあウワサは本当だったんだ~?」
どんぐりみたいな大きな瞳が、わたしに向けられている。
っていうかそれって、どんなウワサなの!?
いいい、いえ、いいものではなさそうなので、知りたくもないけど!
とにかくあまりの居心地の悪さに、ジュエルのピンバッジを手でおさえた。
ここがジュエルの世界だったのなら、ここでダイヤさまがサッソウと現れてくれるのに!
敵か味方かわからない、男戦士。
だけど、ジュエルのメンバーがピンチの時には、絶対助け舟を出してくれるんだよね。
……残念ながら、このピンバッジはただのバッジで、この世界はジュエルの世界じゃない。
だから、誰も助けには来てくれないし、助け舟は出ないんだ……。
「ねぇ~、皇のどこが好きなの?」
おっ、落ち着け。
落ち着くのよ、桃瀬真魚。
この手の質問だったら、皇くんと何度も練習したじゃない。
前に同じような質問をされて、耳たぶとかてきとうなことを答えちゃったけど。
その後にわたしたちは、この恋愛ごっこに対する設定をいくつも作ったんだ。
そしてそれに答える方法だって、あの空き教室で何度も皇くんと練習した。
……深く呼吸をして、気持ちを落ち着かせて。
それから、相手の眉間に視線を向けて。
「すっ、皇くんは、すごく優しい」
ちょっと声が裏返ってしまった。
だけど大丈夫。まだ気持ちは落ち着いてる。
心臓のドクドクドクって音が、わたしの鼓膜を揺らしている。
いつもなら気にならない振動と音が、今は大音量で伝わってくる。
……それでも、あせらない。あせったらダメ。
テンパりそうになったら、もう一度ゆっくりと呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。
大丈夫。
今このシュンカンのために、家でも学校でも、何度もイメージトレーニングを繰り返したんだ。
だから今の状況は、わたしにとって初めてだけど、初めてじゃない。
「わたしと皇くんって、正直、正反対といい、ますか……」
しっ、しまった! 思わず敬語が出てしまった!
おおお、落ち着け。真魚、わたしならできる!!
「ふっ、ふつり合いなんじゃないかなって思うんだけど、でで、でも、皇くんはこんなわたしだから良いんだって言ってくれて、だから……そんな皇くんがわたしは好きです!」
……すっごくはずかしいセリフを言ってる、自覚はある。
だけど、こういう時は目をつむって言っても良いって、皇くんが言ってたんだ。
そうすると周りの反応も、人の目も見なくてすむので、なんとか言えたけど……。
一瞬、敬語が飛び出しちゃったけど、テンパって訳のわからないことを言わなかった!!
これは成功と言えるのでは!?
そう思うと感極まって涙が出そうになったのだけど、それをグッとこらえて、閉じていたまぶたをそっと押し上げると……。
「あっ、あれ?」
キラキラネイル女子は、キレイにぬられたマーブル模様のネイルに、視線を落としている。
……お、おかしいな。
わたしは彼女から質問を受けて、答えてたはずなのに……なぜ、我関せずなご様子で?
質問されたのは、わたしの妄想だった?
そう思って、となりに座る森之宮くんに視線を移してみると。
「いやー、人の恋バナほど聞いてておもしろくねーもんも、ないわな」
なんて言って「だよね、翠ちゃん?」とか同意を求めてる。
そっ、そうなの!?
じゃあなんで聞いてきたの?!
「……というかさぁ、あの皇から告白されたって聞いたから、ただ告られてつき合ってるんだって、思ってたんだけど」
ネイルの表面を見つめていた、まん丸な瞳が、わたしに向けられた。
「どうも、違ったんだねぇ」
大きな瞳がネイルと同じようにキラリと光る。
「あっ、は、はい。ですね……」
ちょっと、良心が痛い。
実際のわたしたちは、恋愛のれの字もない、ただのごっこ遊びの関係だし。
「ってか、なんでちょいちょい敬語なの~? あたしたち、同い年じゃん?」
はい。いえ、そうなんですけど。
なんていうか同い年に思えないビボウに、思わず敬語になってしまうといいますか……。
「こら、そこの3人、会議はじめるから静かにしなさい」
実行委員の先生は、わたしたちを指さして、言葉を制した。
そうやって、遠足の委員会がはじまった。
9 教室でのパフォーマンス【10月11日更新!】
──遠足実行委員会から、翌日の放課後。
やっと、長い1日が終わった。
今日は移動教室が多くて、皇くんは日直で、お昼休憩ですらなにやら忙しくて話せなかった。
本当は昨日の、実行委員会でテンパらずに話せたことを、伝えたかったんだけどね。
同じ遠足の実行委員である、キラキラネイル女子の名前は、鈴川翠さん。
鈴川さんは、おとなりのC組らしい。
キラキラ族と話すのは緊張するけど、鈴川さんは無気力というか、ネイルにしか興味がなさそうだった。
森之宮くんと鈴川さんの会話を小耳にはさんだ感じだと、鈴川さんはネイルを変えると気分も変わるから、大好きなんだとか。
好きすぎて、ネイルができる自由な校風の、この学校を選んだって言ってた。
さすがはキラキラ族出身の、女の子!
ふたりは楽しそうに会話してたけど、わたしはあの後、全然話す機会がなかったんだ。
でもね、最後だけはちゃんと「バイバイ」って、相手の眉間に視線を合わせて、はっきりとした声で言えたの!
そしたら、ネイルに視線を落としてた鈴川さんが、チラリとわたしを見て「じゃね~」って!
あれはわたしにとって、大きな第一歩を感じたっ!!
家に帰ってもこうふんがおさまらず、ジュエルのアニメを第一期から一気見してしまったよ!
このあと真っすぐ家に帰って、第二期を見るつもりだ!
気合いを入れたわたしが、荷物を抱えて立ちあがろうとしたその時。
「……なぁ、桃瀬」
開いた窓から入り込む、そよ風に髪を揺らしながら、皇くんはわたしのつくえに手をついた。
「今日はこの後、なにすんの? 真っすぐ家に帰る?」
スパンコールがババーン! と大量放出された、かがやかしい笑みを向ける皇くん。
そんな彼に、わたしは戦闘態勢を取った。
本能とも呼べるその感覚が、返事をすることをこばませる。
「ずっと頼まれてた部活の助っ人、やーっと昨日で落ち着いたんだよね」
なんだか、嫌な予感がするのは、わたしだけでしょうか……?
「にっ、人気者は忙しいですね!」
「人気者なんて。おれは桃瀬にだけ、好かれていれば十分なんだけど?」
きたー! 真綿で首をしめられるような地獄のお時間!!
「だからさ、今日、デートしちゃわない?」
「デッ──デフト$#%^&!!!」
わたしの脳がビッグバンを起こしたように、バーンッ! と音を立てて弾けた。
弾けた勢いで訳もわからず言葉を吐き出そうとしたわたしを見て、先手を打つキラキラ族。
ボフッと、手でわたしの口を押さえた皇くんは、にっこりと笑顔を向けた。
「そんなに喜ばれたら、おれ、スッゲーうれしいんだけど」
いいいいいい、いえいえいえいえ、喜んでるわけではないのでっ!
フリとはいえ、皇くんとデートなんて……!
わたしにとっては──苦行だ!!
「おい、イチャつくなら外でやれよ!」
「そーだそーだ! 碧葉うぜぇぞ!」
外野がガヤガヤしはじめ、そこではじめてあたりに目を向ける。
すると──うぎゃぁっ!
うっとうしそうに見つめる男の子の視線よりも、一部の女の子のするどい視線がイタイ!
……こ、ここは針の山地獄なの?
つき刺さる視線にふるえていると、皇くんはわたしの人質をひったくって、戸口に向かって歩き出した。
皇くんの周りを取り囲むキラキラとかがやくプリズムが、どんどん黒々しい光に変わっていく。
「わかってるって。あとはふたりきりの時に、な?」
なんて言いながら、皇くんはわたしに向けて──投げキッス。
……なななな、投げキッス!?
リアル男子って、投げキッスするの!?
いや皇くんだったらあり得る!
ウインクもあり得た!!
というか、皇くんってば今、投げキッスするフリをして、光魔法を使ったよね!?
なんだか体が硬直して、全然動かないんですがっ!
そんなわたしの様子を見て、皇くんは「あれ?」なんて言いながら、首をかしげた後……ニヤリと、ほくそ笑んだ。
「桃瀬、早く来ないと……あの名前で呼んじゃうよ?」
ぎゃ───!!
「あの名前?」
皇くんのとなりに立つ男の子が、そう聞いた。
「そんなの、決まってるでしょ。ね?」
にっこりと笑いながら、わたしに向けて小首をかしげる皇くん。
あっ、これはやばい。本気でやばいやつだ。
皇くんの口が、再び開かれたのを見たシュンカン、わたしは高速移動の力を手に入れた。
さっきまで硬直していた体が、ウソのよう。
ダダダッと皇くんの立つ、戸口まで一直線にかけて行って──ボフッ!
皇くんの口を、両手でふさいだ。
けれど、なれない行動にとまどうわたしのスキを、光の戦士は見逃さない。
わたしの手を口元から離し、そのままギュッとつかんだ。
空いたもう片方の手が、指が、わたしのアゴにふれて──王子さまの笑みを向けた。
ただしそれは、キラキラとしたものではなく。
たとえるならば、キラキラ王子がダークサイドに落ちた時のような、黒い笑み。
「こらこら、口をふさぐのはおれの役目だろ?」
ぎょえええええ!!!
教室内はザワザワとざわついている。
しかもありえないことに「口をふさぐって、もしかしてキス?!」なんて、どこぞの誰かが、ものすごいカン違いをする声が聞こえた!
わたしが言うのもなんだけど……みなさん、勝手に暴走しないでいただきたい!
さんざん今まで、皇くんがわたしの口を手でおさえていたのは、見てたよね!?
「あっ、あの──!」
わたしは思わず弁解の言葉を叫び出しそうになったのだけど、そうはいかなかった。
「キスか……そのカン違い、いいな」
皇くんの大きな手が、わたしの口をそっとふさいで、ニヤリと笑った。
クラスメイトには見られないように、彼の大きな背中にわたしをかくして。
彼の表情が見えるのは、わたしだけ。
この黒々しい笑みが見えているのも、わたしだけ。
……みなさん、だまされないで。
皇くんが言う口をふさぐというのは──わたしの息の根を止めるということと同意ですから!
◆◇◆
「ひひひひひひ、光の戦士よ! あなたに決闘を申し込む!!」
「だからなんだよ、その設定」
あの後教室内は、阿鼻叫喚の嵐。
そんな地獄の死者の叫びすら、そよ風だとでも言いたげに笑みを浮かべながら、わたしの手を引いて出てきた皇くん。
どう考えてもわたしとは人種が違いすぎる!!
「皇くんこそ! どんどん設定がひどくなってるっ!!」
「さっきのは、ちょっとやり過ぎたかもな」
ふむ……なんて、アゴに手を当てて考え込む光の戦士。
「ちょっとじゃないよ! この間言ったでしょ!? 皇くんは人との距離が近すぎるって! つき合ってもないわたしに、あんなことするなんて……!」
「いやいや。おれら、つき合ってるじゃん」
「ごごごっ、ごっこでしょー!!」
ギャースカ! ギャースカ!
わたしが怪獣だったなら、そんな叫び声を上げてたことでしょう!
叫び声の代わりに、その場で地団駄をふんでみる。
「しかもさっきは、なんて呼ぶつもりだったの!?」
わたしはあの時、危機感を覚えた。
「ポエムのことは、保険だって言ってたのに!」
きっと皇くんは、わたしのことをピーチ・フィッシュと呼ぶに違いないって思ったから。
「皇くんのことなんて、全然好きじゃないのに!!」
「いや、それでいいんだけど……その言い方はなんかムカつくな」
不快そうに眉根を寄せてるけど、不快度数ならこちらの方が上だ!
「ってか別にバラすつもりはなかったって。そんなに信用できない?」
「今までの流れのどこを切り取れば、信用できると?!」
「呼ぶって言ったのも、冗談だって。単に真魚って呼ぼうと思っただけだし」
「ぎゃひっ! どっちみち地獄!!」
わたしは両手でほおを押さえて、ムンクの叫びポーズ。
「こら、失礼なやつだな」
失礼な、なんて……皇くんが言えたギリですか!?
「まぁ、悪かったよ。あれくらいすれば、女子もおれのことを諦めてくれるかな? って思って」
そう言って、皇くんはゴソゴソとポケットから、なにやら紙束を取り出した。
よくよく見てみると、それは紙というより……封筒?
「これ、昨日と今日だけで受け取ったラブレター」
「ラッ、ラブレター!?」
しかも1通や2通なんてものじゃない……束だ!?
「す、すごいね!」
純粋にそう言ったのに、皇くんってばハァなんてため息をついたんだ。
「すごくねーわ。困るだけだし」
……ほんと皇くんって、みんながいないところでは、簡単に人のうらみを買いそうなセリフを言うんだから。
でもそれだけ、本気で困ってるってことなのかも……?
ぼっちですみっこ族なわたしに、恋愛ごっこの話を持ち出すくらいだもんね。
「じゃ、じゃあ、さっき教室でのあれも、周りに見せつけるためにわざとやったってこと?」
確信が持てなくて、そう聞いたのに、皇くんはあっさりとこう言った。
「それ以外の理由ってある? 契約に〝恋愛ごっこは全力で〟ってあったでしょ?」
うん、それはわかってる。わかってるけど。
それでも少し、胸に引っかかったのは……。
「じゃああれは、わたしの反応を楽しんでたわけじゃない……ってことだよね?」
わたしの言葉を聞いて、皇くんは無言でにっこりと笑みを浮かべた。
まるで分度器で引いた線のように、キレイな弧を、目元と口元に描いて。
…………その無言の笑みは、肯定なのでは!?
「ひっ、ひどい。わたしがいくらコミュ力ゼロ人間で、人見知り、さえない、なんの取り柄もない無属性な上、教室の陰、道ばたのコケ、村人Y女子だからって!」
「冗談だって。っていうかよくもまぁ、それだけのマイナスワードを挙げられるもんだな」
それは、ふだんからそう思ってるからでございます!
キラキラ族のようなお方には、想像もできないことでしょうけれど!!
「でもさ、取り柄ならあるだろ?」
「えっ?」
「だっておれ、桃瀬の発言はかなりツボだからな」
さっき教室で見た、外面のいい笑顔とは違って、大きく口を開けて笑う皇くん。
「……それって、ひとり空回る様子がおもしろいって意味? それともおちょくると楽しいから? はたまたわたしの発言は、まるでポツンと玄関に置かれたツボのように無意味ってこと?」
「どれもちげーわ。最後のに関しては意味もわかんねーわ」
「じゃ、じゃあ……」
どういう意味で言ったの?
「おれは桃瀬真魚と話をするのが、楽しいって言ってんの」
たっ、楽しい……?
「人を楽しい気持ちにさせるのも、取り柄の1つだって言って、いいんじゃない?」
「わっ、わたしが、人を楽しい気持ちにさせてるなんて……ほ、本当?」
「こんな意味わかんねーウソついてどうすんだよ。本当に決まってんじゃん」
だって、今まで人を不快にさせてきたって思ってたから。
うまく話せなくて、挙動不審になって。
訳のわかんない言葉を、マシンガンみたいに人に打ちつけて。
楽しいって顔じゃなく、ドン引きしてる表情しか見たことがなかったから。
……でも、そういえば皇くんは違ったかもしれない。
わたしのマシンガントークを聞いても、引いたりはしなかった。
あきれることはあったかもしれないけど、たいていは笑ってくれていた。
だったら、すごいのは皇くんだ。
皇くんが持ってる取り柄──キラキラ族で光の戦士のプラスエネルギーが、わたしのマイナス要素すらプラスに変えてくれるんだ。
「ずっと思ってたんだよな。テンパって、間違ったスイッチ入ると暴走するけど」
ぐはぁっ!
それは事実すぎて、みぞおちあたりにダメージがっ!!
「でもさ、暴走した時にめちゃくちゃ喋るじゃん? 話す方向性とか、相手の話を聞いてとか、改善点はあるにしろさ、たくさん話すのってネタがなかったらできないことだろ?」
あれ? これってなんか、ほめられてる……?
「言っとくけど、ほめてるんだからな」
ほっ、ほめられてました!!
そんな風に言ってもらったのは、人生ではじめてで、めちゃくちゃうれしいかもっ!
「すっ、皇くんは、やっぱりすごいねっ!」
思わずそう言ったら、キラキラ族は眉間にシワを寄せちゃった。
「だって、普通ならわたしのことを楽しいとか、これを取り柄だなんて言わないはずだから」
「いや、普通かどうかは知らないけど、おれはそう思うんだから、そこをわざわざ人と比べなくても良くない?」
人と比べなくても……?
「でっ、でも、大多数の人がそう言ったら、それが正解でしょ……?」
だからこそわたしは、今までたくさん苦しい思いをしてきたんだから。
「言ってることはすごく理解できるけど……おれ、こないだ言ったじゃん。人はそれぞれ違うもんだって」
皇くんは首をかしげたまま、今度は腕を組んだ。
「少人数が言うことも、大多数が言うことも、どちらもそれってただの意見でしょ。それは正解とは限らないよ」
「だっ、だったら──」
わたしが今まで傷ついてきたのは、いったいなんだったの?
意見が食い違うってことは、時にトゲみたいに胸につき刺さる。
その意見が多ければ多いほど、トゲはたくさんわたしを刺す。
トゲが痛いのは、わたしが周りとは違うから。
大多数の意見は正解だから、この痛みを感じるのは、仕方がないんだって、思えたのに……。
視線を落とすと胸元でキラリと光る、ジュエルのバッジが目についた。
ジュエルの世界なら、きっと──。
「でもさ、そんな風に言うんだったら……おれってめちゃくちゃ桃瀬の味方だな」
まるで夜の暗闇の中で光る、月のよう。
道に迷わないようにって、かがやいてくれてるように思えるその言葉が、下がっていたわたしの顔を上げた。
「だってそうじゃん? おれはそんな桃瀬のことが、好きだって言ってんだしさ」
頭の後ろで手を組んで、空を見上げる皇くん。
やっぱりすごい。
キラキラ族はすごい。
……ううん、違う。
すごいのは、皇くんだ。
こんな風に大多数の意見をはね退ける言葉を、簡単に言えちゃうんだから。
わたしだったら、皇くんみたいには言えない。
「……って、おれだけじゃ意味ないわな。他の人ともコミュニケーション取れるように、早くなれるといいよな」
「あっ、あの! そのことなんだけど」
わたしはまだ、皇くんに話せてないことがあるんだった!
「その、実はね……」
昨日はじめて、あのアドバイスをうまくやれたんだ。
何度もレクチャーしてくれたおかげだよって、言いたかったんだけど。
「──桃瀬、悪い」
耳打ちするように、小声でそう言ったかと思えば、皇くんはまた、教室で見せるようなキラキラスマイルを向けた。
「おれ、桃瀬との初デート楽しみだな。早く行こうぜ!」
そう言って、わたしの手を引いて歩き出す。
グイッと引っ張られた手によろめいて、皇くんに抱きとめられてしまい思わず悲鳴を上げそうになると──。
「……今、元カノが近くにいるから、演技につき合って」
ボソリと耳元で、そんな言葉を放ったんだ。
10 元カノ?【10月15日更新!】
も、元カノ?
皇くんの元カノが、近くに?
引っ張られて小走りに歩きながら、わたしはチラリと背後に視線を向けた。
すると──。
「……鈴川さん?」
スラリとした長身に、ストレートの長い髪。
モデルですか? って思えるほど、整った小さな顔。
あれは間違いなく、鈴川さんだ。
ということは、皇くんの元カノって……。
「言っとくけど、そっちじゃないから」
「えっ?」
「元カノ。あの女子の陰にかくれてる方」
わたしは再び背後を見やる。
背の高い鈴川さんの背中にかくれてるのは──おだんご頭のキラキラ族!
この間、皇くんが変な反応を見せた、あの時の!
あの子が、元カノだったの!?
確か、中学に入ってすぐにつき合って、1週間でフラれたって言ってた?
でもなんで皇くんは、元カノから逃げるみたいなことするんだろう?
ちょうど思った疑問を投げる前に、皇くんは答えてくれた。
「あいつさ、最近やたらとおれのこと、遠目にイヤーな感じで見てくるんだ」
た、確かに今も、じとーっとした目でこっちを見てる。
「嫌な感じで見てくるのは、皇くんだけに向けられたものじゃない気がする」
むしろ……。
「わたしにも、同じような視線を向けられてる気がする」
「はっ? いやいや、まさか」
この間見かけた時もそうだった。
「くそっ、あいつら絶対おれらの後をつけて来てるぞ」
チラリと背後をうかがいながら、皇くんは顔をゆがませる。
あまり見ない皇くんの態度に、わたしは思わず首をかしげた。
「考えすぎじゃない? ただ方向が同じだけかもしれないよ?」
つけられる意味がわかんないし、って思ってたんだけど。
「いいや、つけて来てる」
そう言ったと同時に、皇くんはわたしの腕をグッと引っ張って、足を止めた。
「ほらな、おれらが止まったら、あいつらも足を止めるだろ?」
元カノさんは相変わらず、じとっとした目でこちらを見てる。
鈴川さんはスマホをいじりならも、元カノさんと一緒に足を止めた。
すると皇くんは再びわたしの腕を引いて、歩き出す。
そしたらあのふたりも、歩き出した。
……ほっ、本当だ。
あからさまについて来てる!
これが刑事ドラマで、彼女たちが警察だったなら、尾行は失敗だと思う。
だって犯人に追跡されてることが、バレてるんだから。
「おれたちに、なにか用?」
しびれを切らせた皇くんが、あのふたりに向かって声をかけた。
……ふっ、不謹慎ながら、すごくドキドキします!
なんとも言えない臨場感。
キラキラ族皇くんの、いつものさわやかスマイル。
けれど同じく、キラキラ族出身の元カノさんと鈴川さんには、皇くんの笑顔なんて屁でもないみたい。
「別に用なんてないけど?」
おだんご頭を揺らしながら言ったのは、皇くんの元カノさん。
見た目だけでなく、ジュエルの声優さんみたいな、独特なかわいらしい声の持ち主だ。
「でもさ、ずっと学校出たところからつけて来てるじゃん?」
「ハッ、カン違いしないでよ。あたしらも、こっちの方角に用があるだけだし」
そのかわいらしい声から放たれる、どこかトゲのある言葉。
キレイな花にはトゲがある、的なやつなの!?
わたしはそのトゲに刺さらないためにも、ひたすら空気になりきる。
すみっこ族をなめないでください。
存在感を消すのは、大得意ですから!!
空気にとけ込みながら、チラリと元カノさんに視線を向ける。
……元カノさん、キレイというよりかわいい感じだ。
キレイというなら、やっぱり鈴川さんかな?
今日のネイルは、前の委員会で見た時のものとは違って、キラキラのラメが入ってる。
というか、目の前で皇くんと元カノさんが、こんなにもバチバチと火花をちらしてるっていうのに、我関せずな鈴川さん。
よくよく見ると、鈴川さんはこの空気の中で、ネイルのデザインをスマホで確認している!
──さすがはキラキラ族の、ネイル女子代表ですね!!
「……そっか。おれのカン違いだったか」
わたしが鈴川さんから視線を戻すと、さっきよりもキラキラの純度を上げた皇くんの笑顔が、目に飛び込んできた。
キッ、キラキラしてるのに、怖いっ!
それってなんの技なの!?
「ならさ、おれらの方が歩くのが遅いから、先にどうぞ」
皇くんはカベに背を向けて、ふたりのために道をあけた。
わたしもそれにならって道をゆずる、けど。
「あっ、あたしらのことは気にしないで~。今、スマホいじってるから立ち止まってるだけだし、お先にどうぞ」
……んんっ?
鈴川さんが歩きスマホしてたのを、わたしはさっき、見たんだけどな?
「なるほど、そっか」
あっ、めずらしく、皇くんのシャインスマイルにヒビが入った。
笑顔を作った口元が、ピクリと揺れたのを、わたしは見逃さなかった。
そんな表情をかくすかのように、皇くんはしゃがみ込み、靴ひもをむすび直す。
「桃瀬」
視線は靴へと向けたまま、皇くんはこっそり声をかけてくる。
一瞬聞き間違いかと思ったけど、彼はさらにこう言ったんだ。
「今から3つ数えたら、走るよ」
「えっ?」
「行くよ。3」
突然はじまったカウントダウンに、わたしは思わずキョドってしまう。
「2」
そんなわたしにお構いなく、カウントダウンはどんどん進む!
そして──。
「1」
なにがなんだかわからないけど、とりあえず皇くんについて走ろう!
そう思っていた矢先だった。
「行くぞ、桃瀬!」
立ち上がった皇くんは、突然わたしを──抱き抱えた!
えっ──?
「うぎゃぁぁぁぁあああああ!!!!」
ノドが裂けてしまいそうなほど叫ぶわたしを抱えて、皇くんは全力疾走を始めたのでした。
◆◇◆
ウッ、ウソでしょ。
人に抱えられて走られるなんて……。
ジュエルのダイヤさまにお姫さま抱っこをされた夢なら、見たことがあるけど!
でもリアルでは初めてだったよ!!
しかもお姫さま抱っこではなく、荷物のように担がれて……これが夢と現実の違いってやつですね!?
走ってくれたのは皇くんで、わたしは抱えられていただけだから、全く体力を消費していないのに──メンタルの消費量がすごいっ!!
元カノさんたちを撒いたあと、皇くんはわたしをおろして、地面に座りこんだ。
「人ひとり抱えて全力ダッシュって、部活よりキツいな」
「なっ、なんで、わたしを抱えて……?」
走るぞ、なんて言うから、わたしはてっきり一緒に走るものだと思ってたんだけどな。
「いやだって、桃瀬って走るの遅そうだし」
ひどい。でも図星です!
「桃瀬、見た目より重いのな」
……なななななな、なんということでしょう~!!
わたしってば、昨夜ジュエルのアニメを見ながら、スナック菓子をバリボリと食べまくってしまったせい!?
昨夜の悪いおこないが、ふだんよりも重い体となってあらわれたのかもしれません!
「ははっ! 1日くらいで、体重なんて大きく変わるかよ」
……えっ?
「っていうか、冗談だし。桃瀬は全然重くねーよ」
お腹をおさえながら、息苦しそうな様子で笑う皇くん。
なんで? なぜ皇くんはわたしの心を読んで──もしかして、これも光の魔法なのでは!?
「いや、ちげーわ。桃瀬が全部口で言っちゃってるだけだし」
そう言われたシュンカン、わたしは慌てて手で口をおさえた。
……しまった! またやってしまった!!
この間も同じようなことをやっちゃったのに!
「それよりさ、ノドかわかない? そこに自販機あるしさ、ジュースでも飲みながら休もうよ」
皇くんはゴソゴソと、制服のジャケットから小銭を取り出し、立ちあがろうとしてみせた。
「あっ、あの! わたくし桃瀬真魚が、買ってまいります!」
しゅぱっと手をおでこに当てて、敬礼のポーズをとった。
心の声がダダもれてしまった後なだけに、そわそわしちゃってじっとなんてしてられない。
「じゃっ、お願い。お礼にこれで、桃瀬の分も買っていいよ」
ジュースの自販機は、たった二歩歩いた先にあるからか、ふたりの親密度をアピールする相手が周りにいないからなのか、皇くんはあっさりとこの意見を受け入れた。
手渡された5百円玉をにぎり締めて、わたしは自販機の前に立つ。
「あの、皇くんは、なにが飲みたいの?」
「あー、おれスッゲーノドかわいてるから、パチッと弾ける炭酸水がいいな。たとえば──」
「残念ですが、ピッピコジュースはありません(棒読み)」
ジュエルとコラボした、ピッピコジュース。
わたしは胸のピンバッジをいじりながら、皇くんの言葉をさえぎった。
さっきはそわそわしてたけど、皇くんの言葉を聞いたシュンカンに、スンッと心が冷えわたる。
「なんだ、残念。それじゃ、なんでもいいや」
なんて言いながらも、くっくっくとお腹をおさえて笑ってる。
ポエムのことでオドさないと言いながら、わたしのことをおちょくるのは継続する気だ。
こうなったらわたし、桃瀬真魚は、今日はじめて皇くんにリベンジします!
「はい、ジュースとおつり」
「ああ、ありがと……ってこれ、ホットじゃん。しかもおしるこ……?」
「なんでもいいと言ったのは皇くんでしょ?」
「いや、言ったけど……」
どうしたものか……と、皇くんが初めて見せる、困惑顔。
その表情を見ながらわたしは、ぐふふっと心の中で笑みをこぼす。
どうだ、食らいたまえ! 熱々の甘ーいおしるこ攻撃だ!
光の戦士よ、さらにノドがかわいて、干からびてしまうがいいっ!!
皇くんに仕返しをしたことで、すーっと心が軽くなる。
思わずニンマリと笑ってしまいそうになるのを、必死におさえていると──。
皇くんの目が糸のように細ーくすぼめられていく。
なんでそんな顔するのかな? って考えていた矢先。
「……気づいてないみたいだから言うけど、また、もれてるからな」
「えっ?」
「とりあえず桃瀬が、おれを殺しにかかってるってことは、わかった」
しししし、しまった!
またわたしってば、心の声をもらしてしまってた……!?
どうやって謝ろうかと、あわあわしているわたしを見て、皇くんがははっと声をあげて笑った。
「まぁ、桃瀬の攻撃力がどんなもんか、食らってやろうじゃん?」
……なっ! なんとっ!!
光の戦士は、悪意ある攻撃すら、笑顔で受け流すのですねっ!?
皇くんの指が、おしるこのプルタブに引っかけられた。
「あの、それ……本当に飲むの?」
「はっ? 買った本人がそれを言う?」
そうなんだけど。
まさかこんなにあっさりと、受け入れられるとは思ってなかったので。
「本当はね、皇くんのはこっちなんだよ」
そう言って、皇くんからおしるこを取り戻し、代わりに差し出したのは──。
「…………なんだよ、ピッピコあったんじゃん」
はい。実は、ありました。
でもあんな風に言われて買うのは、どうしてもシャクだったので!
「わたし冷え性だから、あったかいのと取り替えよう」
というかわたしは走ってないから、暑くもなければ、疲れてもないので。
「桃瀬ってさ、思ってたより性格わりー」
なんて口悪く言いながら皇くんは、ははっと笑った。
プシュッと、さわやかな音を立てて開けた、ペットボトルのジュース。
皇くんの汗と、炭酸水のシュワシュワ。
それらがキラキラと光をあびて、まるでジュースのCMみたい。
──これだからキラキラ族は。
現実世界の男の子には興味がないし、わたしの理想はジュエルのヒーロー、ダイヤさま。
だけどほんの一瞬だけ、皇くんがかっこよく見えてしまった。
「皇くんこそ、意外と口も性格も悪いよね……」
わたしのつぶやきは、カシュッと開けたプルタブの音にかき消されたはずなのに、彼にはしっかりと聞こえてたみたい。
「はははっ、言ってくれるじゃん」
さすがは光の戦士。笑顔がスパークしている。
そんな風に笑った後、ジュースは彼のノドの奥に流れて、いともあっさり消え去った。
11 嫌だ…【10月18日更新!】
ピッピコジュースを、あっという間に飲み干した皇くんは、わたしがおしるこを飲み干すまで、待ってくれている。
道路わきにある花壇をベンチの代わりにして、わたしと皇くんは横ならびに座った。
「でも、なんだ。時々はこうやって、デートしような♪」
そう言ってピカーッと、太陽みたいな強い光を放ちながらほほ笑む皇くん。
ぎょへぇぇ!?
人が気をぬいたシュンカンに、こんな風にトンデモ発言をされたら、おしるこが口から飛び出すところだったではありませんかっ!
「なっ、なんで!?」
「なんでって、つき合ってるし?」
フリなのに!?
「そそそそ、そんなの嫌です! 地獄すぎるっ!」
「おいコラ。その発言は、さすがにひどくないか?」
「い、いや、だって……!」
皇くんの前では、わたしの口はガバガバだ!
思ったことが簡単に口をついて、出てしまう。
「でもでもっ、わざわざデートなんてしなくても……」
それでなくとも、お昼休憩は皇くんと過ごしてるというのに。
「別にさ、休みの日までデートしようって言ってるんじゃないし。放課後だけだから」
放課後だけ、と言われても。
「わたしたち、つき合ってないのに?」
「いや、つき合ってるから。カップルだからな、おれら」
「だからそれ、フリでしょ?」
ごっこ遊びなのに、放課後デートまでする必要、あるの?
「フリだからじゃん。デートしてるってところを見せつけて、ラブラブなのをアピールした方がいいでしょ」
アピール……その効果はいかほどのものか、気になるところですね。
「デートって言っても、一緒に帰って、途中でバイバイするのもアリだし。別に本当にする必要はないと思うからさ」
まぁ、今日は予想外な事態だったから仕方ないけど……なんて言いながら、皇くんは空っぽのペットボトルで、花壇のヘリをポコンとたたいた。
「あのおだんごの人、彼女だったんだね」
ふみ込んで聞いて、いいのかな?
そんな風に思ったけど、聞くならきっと今しかない気がする。
それに今後もああやって、後をつけられたりするかもしれないし。
次の遠足委員会で、鈴川さんとまた会った時、ちょっと気まずい気がするし。
鈴川さんは、皇くんの元カノさんと、お友だちだったんだね。
だからわたしが、皇くんとつき合ってることも、気にしてたのかもしれない。
「前に言ってた、つき合った歴が最短記録だったっていう……?」
──ポコン、ポコン。
音を立てていた皇くんは、わたしの言葉を聞いて、その手を止めた。
「そっ。中学に入学してすぐ告られて、1週間で別れた元カノ」
口元をボートの形のようにしならせて、笑みを浮かべる皇くん。
太陽の光をあびてかがやく、海の水。
その光が届かない深い奥にはきっと、闇が広がっている。
今目の前で笑う皇くんの瞳は、そんな深い海のよう。
暗くて冷めた目をする皇くんに、わたしは思わずとまどってしまう。
教室で見る、キラキラ族とも違う。
わたしをオドして、おちょくってる皇くんとも違う。
この深くて冷たい闇の奥に、わたしは足をふみ入れてもいいのかな?
……そんな風に思えて、思わず口を閉じてしまった。
「ってかあんな顔でつけてくるとかさ、なに考えてんだろな。ふったのはあっちからのくせして、まだ文句があるのかよ」
あっ、そういえば……そうだった。
告白されても、ふられるのはいつも皇くんの方だって言ってたもんね。
──だったら、それって。
「本当はまだ、皇くんのことが好きなんじゃないかな?」
わたしの恋愛は、フィクションの世界でのみ。
恋愛初心者どころか、現実の世界でしたことのないわたしが、こんなこと言うのも変かもしれないけど。
元カノさんがわたしたちに向けるあの眼差しは、なんとなくそう思えたんだ。
「いや、それはないよ」
皇くんは迷いもなく、わたしの疑問をスッパリと否定する。
「言ったでしょ、思ってたのと違ったって言われてふられたって」
前に聞いた時もそうだったけど、その言葉はわたしの胸までもグッと苦しめてくる。
思ったのと違う……じゃあ、どんな姿を思い描いていたのかな?
「それに歴代つき合った彼女たちはさ、みんな口をそろえて同じことを言うんだ」
時々、おもしろいオモチャを見つけたように瞳をかがやかせる。
キラキラとしたなにかを、その奥できらめかせながら、笑う皇くん。
でも今は、その笑顔に光がない。
「碧葉は私のことなんて好きじゃない。誰のことも好きじゃないんだ、ってね」
光と闇。
光には明るさの度合いがある。
それと同じように、闇の暗さにも度合いがあると思うんだ。
皇くんは、クラスで一番と言ってもいいくらいの、人気者。
彼がいる場所は、いつも明るくて笑いが絶えない。
……でもその分。
彼が闇を持てば、その明暗の度合いも深いのかもしれない。
皇くんは光の戦士でキラキラ族の王だから。
もしかしたら彼は、その光で闇をかくしているのかもしれない。
だったらわたしは今、そんな彼の闇と向き合っているのかも。
……どっ、どうしよう。
ゲームならきっと、ここで選択肢が現れる。
逃げる、見守る、戦う……色んな選択肢があるとしたら、わたしはどれを選ぶ?
わたしは皇くんのように、光の魔法は使えない。
わたしは戦士じゃない。
わたしはただの、脇役のモブキャラだ。
力のないモブに、いったいなにができる?
「……あ、あの、元カノさんにも、言われたの?」
皇くんは目を伏せながら、小さく笑った。
その表情を見たシュンカン──わたしはここで逃げるって選択だけは、したくないって思った。
自分の悩みすらうまく乗り越えられないのに、人の悩みなんて解決できる自信はない。
……だけど、悩んでる相手が皇くんだから。
その闇を持つ相手が、他の誰でもない、皇くんだから。
わたしをいつも助けてくれる、光の戦士だから。
ここで背中は、どうしても向けたくないって思えたんだ。
「じゃあ、皇くんは彼女のこと……好きじゃなかったの?」
わたしの言葉を聞いて、皇くんは「ははっ」って声を立てて笑った。
「告白されたらうれしかった……けど、好きでなければつき合えないでしょ」
「そ、そう、だよね」
「たださ……その好きって気持ちが、相手と同じかと聞かれたら、それはわかんないけど」
それでは、ダメなのかな?
皇くんなりに、相手のことを想ってるのに、比べないとダメなの?
わたしと皇くんは本当のカップルじゃない。
恋人として好き同士な間柄じゃない。
だからそう思うのかもしれない。
これが本物の恋人同士なんだったら、それではダメなのかもしれないね……。
チラリと、となりに座る皇くんを見やると、彼は顔をふせるように、空いたペットボトルを見つめてる。
皇くんが元気になるように、声をかけてあげたいって思う。
それなのに、言葉が口をついて出てきてくれない。
なにかがノドの奥に引っかかって、うまく声が出せない……。
テンパって空まわってもいいから、いつもみたいに言葉が噴き出てくれたらいいのに。
……そう思っても、今はそれすら出てこない。
「なんか、グチみたいになったな。ごめん」
皇くんは光属性の魔法が使えるはずなのに、今は魔力が足りないみたい。
疲れたような顔で笑ってる。
そんな顔を見せられたら、わたしはどうしたらいいんだろう。
皇くんは、わたしがオタクでも、コミュ力なんてなくても、受け入れてくれた。
桃瀬っておもしろいよな、なんて言って、わたしの欠点を笑い飛ばしてくれた。
だから今、彼が同じように感じてるのなら、わたしが笑い飛ばしてあげたいって思うのに。
……わたしにはそれが、なんでできないのかな?
皇くんの悲しんでる姿から、皇くんが抱えた闇から、逃げないって決めたけど。
逃げないってだけで、わたしにはなにもできない。
これじゃ、そこらへんにいる他人と変わらない。
…………そりゃ、そうだよね。
だってわたしは、モブキャラなんですから。
言葉を話す代わりに、どんどん減っていくおしるこ。
気がつけば、缶の中身は空っぽになっていた。
「飲んだ? なら、そろそろ帰るか」
キラキラ族はすごい。
ううん、皇くんがすごい。
わたしが気まずい空気を出してるのも、きっと察知してると思う。
だから気をつかわせないように、笑ってくれている気がする。
コミュ力が高い人なら、別の方法で皇くんを元気づけてあげられたかもしれない。
──だけど、これがわたし。
人見知りで、コミュ力ゼロどころかマイナスの、すみっこ族の桃瀬真魚。
皇くんのレクチャーを受けて、はじめてちゃんと人と話ができたかも。
そんな風に思った、遠足の委員会。
皇くんとは少しずつ打ち解けた。
テンパったり、たくさん考えすぎたりせずに話せるようになった。
──『おれたち、つき合っちゃわない?』
そんな言葉から始まった、わたしたちの関係。
はじめはオドされて、ごっこ遊びの関係なんてって、思ってた。
わたしより皇くんが得することが多いって、思ってた。
だけど……この関係で一番得をしていたのは、わたしの方だったみたい。
中学デビューして、コミュ力を上げたい。
そう思ってこの数週間、皇くんとたくさん頑張った。
その手応えは確かにあるのに──一番大事なところで、失敗する。
わたしは皇くんに対して、何もしてあげられない。
何も言ってあげられない。
これまでに、何度も思った感情だけど、今だけは前よりも強く思ってしまう。
──ああわたしは、なんて無力な人間なんだろう。
12 遠足【10月22日更新!】
ぼっちを極めていつもひとりでいると、わたしはこの世界から切り離された人間なんだって、思うことがある。
リアルな世界には不適合。
わたしのいるべき場所は、アニメやマンガの世界の中なんだって、昔はよく思ってたんだ。
それはただの逃げだって、周りには言われるかもしれない。
でもその逃げが、わたしには必要だった。
ジュエルの世界では、正義のヒーロー『ジュエル』が、普通じゃない力を受けて、悪と戦う。
バトルは命がけでも、わたしからしたら優しい世界だと思った。
だって物語の最後はいつだって、誰かが助けてくれて、みんながハッピーだったから。
だからわたしも、ジュエルになって、その世界に入りたかった。
ジュエルの戦士の証であるピンバッジ。
それが届いた時は、本当に飛びはねるほどうれしかった。
これでわたしも、ジュエルのメンバーになれる!
あの世界の住人になれる! ……って、そう思ったんだ。
だけど、わたしが本物のジュエルになれるわけないのに。
わたしは、リアルであるこの世界にも、フィクションであるジュエルの世界にもいられない。
世界のはざまでさまよう、ただの弱い人間だった。
あの日からわたしはまた、人見知りのすみっこ族になっちゃった。
キラキラ族を見ると緊張して、うまく会話ができない。
皇くんとなら会話できるようになったのに、それも今では、すごく居心地が悪くて……。
一緒にいても、なんだかうまく話せなくて、沈黙が続いてしまう。
お昼休憩も、わたしは遠足の実行委員でいそがしくなった。
皇くんも助っ人をしてる部活の試合が近くて、昼練をしてたり。
気づけばあれから、お昼のレッスンは一度もしてない。
別に皇くんのことを避けたいわけでも、嫌ってるわけでもないんだよ。
でも、前みたいに一緒にいるところを想像しただけで、怖い。
──そんな風に思いながら、日々が過ぎていって、気がつけば遠足の日がやって来た。
「えー、じゃあここで班ごとに分かれて、頂上を目指すこと。先生たちは途中のチェックポイントに立ってるから、なにかあればすぐ連絡するように」
ここまでバスに乗って、途中からはハイキング。
前もって決めていた4人1組の班で、行動する。
皇くんは、キラキラ族で組まれた、班のリーダーみたい。
実行委員を決めた時みたいに、わたしたちは別々の班になったんだけど、皇くんはこないだとは違って、全然食い下がろうとはしなかった。
まぁ、仕方ないか……なんてみんなの前で言って、笑っただけだったんだ。
そんなわたしはただ今、絶賛ぼっち中です!
わたしに班の仲間はいないのかって?
まさか、ちゃんといるよ。
だけどわたしがトイレに行ってる間に、先に行ってしまったみたいだけど……!
#存在感うすい #ぼっちは空気 #いてもいなくても気づかれない
ハッシュタグ、ぼっちあるあるバージョン。
わたしはリュックを背負いなおし、顔を上げた。
ありがたいことに、道は上りの一本のみ。
迷子になりようがない分、安心だ!
それに今は、ひとりでマイペースに歩けるのって、とてもありがたい。
そもそもすみっこ族なわたしは、団体行動も、人が多いところも苦手。
だからこうして、ひとりでまったり進む方が、とても気が楽なんだよね。
この世界はリアルだけど、もしかしたらどこかで、ジュエルの世界とつながっているのかもしれない。
……そんな風に想像力を使いながら、わたしはサクサク歩く。
今日は遠足だから、ジュエルのピンバッジを学校指定のジャージの胸元につけた。
そこに目を向けて、そっと手をかさねる。
これは5人目のジュエルの仲間である、『ローズクォーツ』の宝石。
炎の魔法が使える『ルビー』、氷の魔法『サファイア』、大地の魔法『シトリン』、そして風の魔法『エメラルド』。
『ローズクォーツ』はストーリーに出てこない宝石だから、どういう魔法が使えるのかわからない。
でも、わからないからこそ、想像力を使って、わたしはジュエルの世界に入っていく。
そうだ、『ローズクォーツ』はピンク色だから、わたしは──。
そんな風に妄想がふくらんでいた中、足がピタリと止まる。
──えっ?
思わずゴシゴシって、両目をこぶしでこすってしまう。
それもそのはず、わたしの目の前を横切った、背の高い男の子。
あの人はまさしく、わたしの──ダイヤさま!?
もう一度男の子が去っていった方を見やると、そこにいるのはやっぱりダイヤさま。
もっ、妄想? 想像力使いすぎて、現実とフィクションが入り混じっちゃったとか!?
まっ、待って。
いくらなんでも、そんなはずは……。
このバッジ──『ローズクォーツ』の魔法?
……いやいや、さすがにダイヤさまじゃないでしょ!
そっくりさんでは? と思いながら、再びダイヤさま似の人に目を向けた。
手足がスラリと伸び、線が細い感じ。
さらさらツヤツヤな髪に、あのするどい目つき。
さらに、目の下には泣きぼくろまで。
──やっぱり全てが、ダイヤさまと完全一致しているっ!!
「まっ、待ってっ……!」
ダイヤさまは足が長いせいか、歩くのがすごく速い!
あっという間に、小さくなっていく。
「待って、ダイヤさまっ!!」
慌ててかけ出した足は、地面から飛び出ていた木の根っこに引っかかって──ぐぎっ!
「~~~~っ!」
うぎゃああああ!!
足首にイナズマが走ったように、ビリリリリリッと電気が走った。
電気の走った足首は、第二の心臓になりかわったように、ドクドクと音を立てる。
ビリリッとした痛みはやがて、ズキズキとした痛みに変わり、わたしは立ち上がれない。
……ど、どうしよう。
思わず冷や汗がふき出て、あたりを見渡す。
先生の姿が見当たらない。
途中のチェックポイントごとに立ってるって、さっき言ってたよね?
チェックポイントって、どこだろう?
ここからどれくらいの距離がある?
わたしは恐る恐る立ち上がって、ゆっくりと足を持ち上げる。
「いっ!」
痛い! やっぱり、めちゃくちゃ痛い!!
誰か──。
そう思って顔を上げるけど、通り過ぎていくのは、知らない人たち。
わたしのクラスメイトらしき姿は、見当たらない。
そっ、そっか。わたしが歩くの遅いせいで、後ろを歩いてた他クラスが追い上げてきたんだ。
はっ! そういえばダイヤさまは?
そう思って道の先を目で追うけど、彼の姿はない。
……見失っちゃった?
それともやっぱり、わたしのカン違い?
でもさっきのダイヤさまは、わたしと同じ、学校のジャージを着てた。
リュックを背負って、わたしと同じようにこの道を歩いてました。
絶対、見間違いじゃない。
そう思うのに、確かめる方法がない。
……特にこの足じゃ、追いかけたくてもできない。
とにかく、行かなくては。
もしかしたらわたしの班のみんなが、わたしがいなくて困ってるかもしれない。
みんながそろってなくちゃ、お昼ごはんも食べられないかもしれないし。
歯を食いしばって、もう一度気持ちをふるい立たせる。
そして、ゆっくりと歩きはじめた。
ズキズキとした痛みが、どんどん激しくなっていく。
思わず顔を歪めちゃうけど、それでもゆっくりと歩いていく。
時々、他のクラスの子がわたしの歩く様子を見て、気にかけてくれてる視線を感じる。
だけど人見知りなわたしは、誰かに見られてるとか、心配されてるって感じたら、なるべく話しかけられないように、平気なフリをしちゃう。
大丈夫だから、ケガしてないから、だから話しかけてこないで……っ!
そんな風に思って、ズキズキとした痛みをグッとこらえる。
なるべく普通の歩幅で、歩き方で、ふだん通りにふるまってしまう。
本当は今にも泣き叫びたいくらい、痛いのに……。
自分でも、なかなか人見知りをこじらせてるなって思うよ。
でも、知らない人に話しかけられる方が、この足の痛みよりも苦痛なんだ。
しかもケガした理由が、アニメの推しキャラを見かけたせいだなんて……。
自分がバカみたいで、思わずうつむいた。
うつむくと、痛みのせいでブワッと視界がぼやける。
ズキズキとした痛みは、やがてビリビリとした痛みに変わって、一歩も歩けなくなっちゃった。
……こういう時、キラキラ族ならどうするんだろう?
皇くんは運動も得意だし、こんなヘマはしない。
だったら鈴川さんは?
ネイルやスマホばかり見てるから、つまずいたりするかもしれない。
でも鈴川さんの周りには、いつも誰かがいる。
委員会の時は、森之宮くんが話しかけてたし。
こないだは皇くんの元カノさんと一緒だったし。
ケガをしたとしても、助けてくれる人がいる。
気軽に声をかけ合える環境がある。
すみっこ族のわたしとは違って、彼女なら自分からだって、声をかけられる。
……いいなぁ、キラキラ族は。
同じ世界にいて、同じ人間で、同じ中学生なのに、どうしてわたしとは違うんだろう?
どうしてわたしは、みんなと違うんだろう?
どうやったらわたしは、みんなと同じになれるのかな……?
そう思ってわたしは、思わず両手で顔をおおった。
──ちょうど、その時だった。
「あれぇ? 皇の彼女じゃん?」
突然聞こえた、ゆるーい話し方。
この話し方、この声は。
「……す、鈴川、さん」
と、その隣には、皇くんの元カノさん。
思わずわたしの表情筋が、カチーンと固まってしまう。
鈴川さんとは一度、うまく話せたって思ったんだけど。
皇くんと頑張ってレベルを上げたコミュ力、今はまたマイナスだ。
特に元カノさんには苦手意識が強いせいか、どんな反応をしたらいいのかわからない。
視線はどこへ投げたらいいのかとか、色んなことを考えすぎて、ひたすらモジモジしてしまう。
「こんなところで何してんの? ってか、班の子は? あたしらより先に出発してなかったっけぇ?」
そっ、それが……。
わたしの目が、再びキョロキョロと泳いでしまう。
そんなわたしの回答を引き取ったのは──。
「……ねぇもしかして、ケガしてない?」
いつもじとっとした視線を向けてくる元カノさんの大きな瞳が、わたしの足首に向いていた。
「さっき、足引きずってたよね?」
みっ、見てたの!?
おどろくわたしに、彼女の大きな瞳がつり上がった。
「ねぇ、どうなの?」
「ちょっと、梨乃ちゃん。その言い方は怖くない~?」
「はぁ? 普通に聞いてるだけじゃん。翠こそ変なこと言わ……ええっ!!」
元カノさんのおどろいた声が聞こえたけど、その表情を見ることができなかった。
だってわたしは、思わずこぼれた涙をぬぐうのに、必死だったから。
「ほぉーら、梨乃ちゃんが泣かした~」
「えっ! マジで!? 違うよねっ?!」
「ごめんねぇ、梨乃ちゃんってすっごく短気だから。ほら、梨乃ちゃんも謝ってよ~」
「ええっ、ご、ごめん! 泣かせるつもりは……」
「ちっ、ちち、違うんですっ!」
わたしはふたりの会話をさえぎって、必死になって声をしぼり出した。
「あの、じっ、実はですね、ちょっとトイレ寄ってたら、班の子たちに置いてかれちゃって……き、気づいたら、わたしひとりだったんです」
カーッと熱が、頭の先まで噴き上がっていく感覚。
「わっ笑っちゃいますよね! す、鈴川さんのクラスはC組だから、わたしのクラスのあとに出発したはずなのに、おおお、追いつかれちゃってますし!」
全身に血が回って、足首の痛みが激しくなる。
「わたしって、じっ実は、すごくぼっちになるの得意みたいで、存在感を消せちゃうみたいなんです」
ギュインと、頭の中でモーターが動き出す音が聞こえる。
それと合わせるように、わたしの口もどんどんスピードを加速させていく。
「だっ、だから、おおっ、おいてけぼりをくったり、いたことを忘れられたりするのも日常茶飯事といいますか! そ、その上わたしってば、木の根っこに引っかかって足をひねっちゃって、どっどんくさすぎて、自分でも引いてたところだったんです!!」
出来の悪い、自分の失敗談を話すのは、すごく嫌だ。
それなのに、話すことがそれくらいしかなくて、冷や汗をかきながら笑って言っちゃう。
皇くんとのレッスンの成果も、全く活かせてない。
「い、一度でいいから、その、運動できる人になりたいなって、思うんですよ。そっ、そしたらこんなケガしなかったんじゃないかなぁ? なんて想像しちゃったりして」
なにがおもしろいのかもわからないのに、ただ笑って、この状況をごまかそうとしてしまう。
こんな自分が恥ずかしくて、よけいに熱が上がって、口調がどんどん速くなる。
「えええっと、そ、そうだ! 遠足終わって足が治ったら、運動部に入ることを考えた方がいいかもしれないですね!! いっ、いやいや、その前に体育の授業を頑張れって話ですかね!?」
たくさん練習して直した敬語が、今では完全に出てきちゃってる。
「わっ、わたしってば、体育の授業すら、真面目にうけてないからっ! そんなわたしだからよけいに足をひねったこと、誰かに話すのは恥ずかしいなって思っちゃって」
……本当、わたしはダメな人間なのかも。
そう思って、再び涙が出そうになった時──。
「──なにが恥ずかしいの?」
マシンガンのように放つ言葉を止めてくれたのは、元カノさんの冷ややかな声だった。
するどい物言いは、ヒヤリとした水を頭からぶっかけられたみたい。
わたしの頭にのぼった熱が、急速に冷めていく。
「ケガをなめてたら長引くし、もっとひどくなるんだから見せて」
「あっ、で、でも……」
「いいから見せて!」
有無を言わさない言い方に、わたしはその場に座り込み、スニーカーと靴下をぬいだ。
「……めちゃくちゃ腫れてるじゃん」
わたしの足首は、ゴルフボールが入ってるのかと思うくらい、丸く、そして青く腫れていた。
「なにか冷やすものあったかな?」
そう言って、リュックの中をゴソゴソと探りはじめた。
「あ~、あたしデザート冷やしてる保冷剤があるよ~」
「じゃあそれで冷やしといて。あたしは先生たちをさがしてくるから」
テキパキと指示を出しながら、元カノさんが立ち上がる。
「あの、大丈夫なので……」
「大丈夫じゃないじゃん! 泣くほど痛いんでしょーが!」
身長はわたしより低くて、アニメでいうなら安定のヒロインポジション。
そんな可愛い顔をした元カノさんが、キッとわたしをにらんだ。
見た目のイメージとは違って……元カノさん、怖いです!
「じゃああたし、ダッシュで先生見つけてくるから、翠は彼女と一緒にいてあげて」
「アイアイサ~」
鈴川さんは敬礼のポーズをとりながら、相変わらずのゆるい返事をする。
そんな返事を待つ間もなく、元カノさんは坂道を走って行ってしまった。
「あっ、保冷剤当てるから、そこの石に座って~」
すぐそばにある、大きめの石。
今日はラメがキラキラとかがやくネイルをした、鈴川さんの長い指がそこを指した。
「保冷剤が直接肌に当たらないように、タオルにはさんで巻くねぇ」
リュックからタオルを取り出して、保冷剤を入れて、わたしの足首に巻いてくれる。
「……う~ん、うまく巻けない」
鈴川さんのツメって少し長いから、タオルが結びにくいのかも。
「保冷剤が出てきちゃうから、ちょっとタオル押さえててくれる~?」
わたしは言われるがまま、タオルを押さえた。
ひんやりとした冷たさが、熱を持った足首に心地いい。
「あ~、ネイルがジャマだなぁ……切るかぁ」
「えええっ!」
今、切るって言った!?
鈴川さんはリュックの中から、ペンケースを取り出して、そこからハサミを手に取った。
「鈴川さん! ツ、ツメ命じゃないんですか!?」
さっきまでの緊張はどこへやら。
びっくりしすぎて、思わず鈴川さんの手をつかんでしまった。
だってわたしは、知っている。
遠足の実行委員会ではいつも、鈴川さんはネイルばかり見つめていたことに。
むしろ、話をちゃんと聞いていたかも怪しいレベルだった。
今日だってこないだとは違うデザインの、ネイルにしてるくらいだもん。
きっと鈴川さんは、ネイルが大好きなはずなのに。
「え~? だって、ジャマじゃん?」
「いやいやっ! だっ、だったらわたしが結ぶので、タオル押さえててもらってもいいですか!?」
ん~? なんて首をかしげた後、ネコのようなつり上がった目じりを、引き下げて笑った。
「じゃ~、バトンタッチだね」
よっ、よかった。切らないでくれて。
「あたし、ネイル好きだし伸ばしてるけど、別に必要だったら切るよぉ」
いえ! 今はその、必要なときじゃないと思います!!
──そんなこんなで、無事にタオルが巻けて、ホッとする。
まだ全然痛いけど、さっきよりもだんぜん楽だ。
でもそれは、保冷剤のおかげというよりも──。
「梨乃ちゃんってさ、見た目かわいいけど怖くない~?」
この一本道の先を見つめながら、突然鈴川さんがすごい話題をぶっ込んできました!
「言い方がキツイし、ハッキリと失礼なこととかも言っちゃうし。男の子にはまだしも、女の子からはすぐに嫌われちゃうんだよねぇ~」
あははっ、なんて笑いながら言ってるけど──これって、悪口なのでは!?
鈴川さんって、元カノさんとお友だちだと思ってたんだけど、違ったの?!
話してる内容だけ聞くと悪口に思えるけど、鈴川さんの表情は全くそんな風には見えない。
だからわたしの頭は、混乱してしまう。
「でも梨乃ちゃん、すごく良い子だよ~。たぶん桃瀬さんのケガも、自分のことのように思ってると思うしねぇ」
うん……鈴川さんが言ってること、よくわかる。
この坂道を、彼女は全速力で走って行ってくれた。
それは間違いなく、わたしのため。
「梨乃ちゃんは昔からテニスしててねぇ、同じように足首をねんざしたことがあるんだよ。だからよけいに放っておけなかったんじゃないかなぁ」
「そう、だったんですね……」
だからあんなに怒ってたのかも。
「ってか、こないだはごめんねぇ」
こないだ? ごめんって?
「皇とのデート、ジャマしちゃったでしょ~?」
「デデデ、デート!!」
「なんでそんなにおどろくの~?」
いや、人さまの口から言われると、なんだか恥ずかしさが倍増するといいますか。
「あとをつけてた理由は、梨乃ちゃんから聞いてね。あたしは梨乃ちゃんにつき合ってただけだから~」
それって、どういう……?
「あっ、うわさをしてたら梨乃ちゃ……ん?」
鈴川さんは坂の上を見上げて、首をかしげた。
なんで……? って思って、わたしも同じ方向に視線を向けると──。
「桃瀬っ!」
キンッと耳にひびく、すでにどこかなつかしい声。
キラキラ族の王で、光の戦士──皇くん。
風に髪をなびかせて、ひたいには玉の汗をかいて、慌てた様子でかけ降りてくる。
太陽の日を背にして、いつも以上にスパンコールのような光を、たくさんきらめかせて。
そんな皇くんの姿を見たら、わたしの瞳にまた、涙が浮かびはじめた。
さっきは鈴川さんたちの前で泣いちゃったけど、あれも元カノさんの言い方がキツかったからじゃない。
威圧感に負けたからでも、足が痛いせいでもない。
ただ、痛みと孤独で弱ってた時に、誰かに優しくしてもらえたから。
心配してくれる人がいることの、安心感。
それらがわたしの涙となって、瞳からあふれてしまった。
まさにそれは、今と同じように……。
13 ヒーロー登場【10月25日更新!】
「桃瀬! ケガしたって聞いたんだけどっ……!」
息が上がるほど慌てて来てくれたのに、泣いちゃって。
恥ずかしくて顔が上げられない~!
こんな時、なんて言い訳したらいいのかもわかんない。
「鈴川だっけ? ありがとう。あとはおれが桃瀬といるから、上で梨乃と合流して」
「えっ? でもぉ」
「桃瀬が落ち着いたら、おれが桃瀬を背負って合流するから」
…………待って。
今、背負ってとか言いました?
思わず顔を上げてしまうと、すぐそばで心配そうに、わたしの顔をのぞき込む皇くんの姿が。
「痛いよな? ちょっとしたら、一緒にのぼろうな」
いつになく優しい声色で、皇くんはわたしの頭をポンポンと、なでてくれている。
「桃瀬さん、荷物かして。あたしが上まで持ってくから~」
わたしの返事を待つ前に、皇くんが鈴川さんにわたしの荷物を渡した。
「っていうか、皇は荷物ないの?」
「おれのは班のやつに渡してるから、桃瀬のだけ頼むよ」
「おっけ~」
ヨイショなんて言いながら、鈴川さんはわたしのリュックを体の前にさげた。
自分の荷物だってあるのに……。
「あっ、あのっ!」
──人と話をする時、口ごもってしまうのは仕方ない。
「す、鈴川さん、あのねっ」
……けど。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
感謝の言葉や、お願いする時の言葉は、迷わずはっきり相手に伝える。
わたしは涙を拭いて、鈴川さんの目を見てそう言った。
そんなに親しい間柄じゃないのに、わたしを助けてくれて、一緒にいてくれた。
大事にしてるネイルを切ってまで、手当てしようとしてくれた。
だから、ちゃんと言葉で伝えたいって、思った。
ちゃんと言葉にしなくちゃって、思えたんだ。
「あははっ、全然。ってか、思ってたんだけど、なんでまた敬語なの~?」
鈴川さんは優しく目元をほころばせた。
「まぁ、いいけど~。じゃ、また後でね」
鈴川さんの後ろ姿を見送った後、わたしはまた、うつむいた。
なんとなく皇くんと顔を合わせるのは、気まずいので。
「足、大丈夫……そうじゃないな」
タオルで巻かれたわたしの足首。
皇くんの視線が、そこに向けられてるのを感じる。
「それ、どうしたんだよ」
こ、転びました。
「っていうか、なんで桃瀬ひとりなの? 班のヤツらは?」
わたしがマイペースなせいで、はぐれました。
……少し前までなら、こんな返事も簡単にできたのに。
わたしはまた、皇くんとごっこ遊びする前の桃瀬真魚に戻ってしまった。
「……こないだから、ちょっと気づいてたけどさ」
いつになく、ためらいがちに、
「おれと話すの、嫌になった?」
皇くんが、そんな言葉を吐き出した。
おどろいて顔をパッと上げると、皇くんは笑ってくれた。
だけどその笑い方は皇くんらしくない。
自信があって、かんさつ眼に長けてて。
明るくて、まぶしくて、人を惹きつける太陽みたいな人。
……そんな皇くんが、眉じりを下げて、切なそうに笑ってる。
「おれとの関係のせいで、誰かに嫌がらせでもされた?」
ううん。
「それともこないだ、おれが弱音みたいなの吐いたから、幻滅でもした?」
まさか。そんなことない。
そう思ってるのに、ノドの奥がのり付けされたみたい。
ピタッとくっついて、言葉がなにも吐き出せない。
「……あのさ」
その時初めて気がついたんだ。
気まずいと思ってたのは、わたしだけじゃなかったということに。
「もし、桃瀬が本気で嫌だと思ってるんならさ……ごっこ遊び、やめよっか」
ずっと自分のことばかり気にしてたせいで、皇くんの変化に気づいてなかった。
「安心してよ。恋人ごっこやめてもさ、桃瀬の秘密は誰にも言わないから……って、ずっと桃瀬をオドしてたやつに言われても、信憑性ないか」
ははって笑う声に、力がない。
スパンコールみたいなキラキラとしたかがやきも、見えない。
「でもほんと、約束する。なにか賭けたっていい。おれは誰にも言わないよ。もともと誰かに言いふらすつもりなんてなかったし」
……時々、こう思うことがあるんだ。
この世界はマンガの世界で、わたしは紙とペンで描かれたキャラクター。
こうして見上げるはるか上空では、わたしの次のコマを、誰かが描いているのかもって。
……もしそうだとしたら、わたしがなにを思っても、言葉なんて使わなくても、伝わるのかもしれない。
吹き出しが現れて、形になって、わたし以外のキャラにも読めちゃうとしたら。
そうすれば、声を出すことも、失敗を怖がる必要もないのに。
だって、わたしが口を開かなくても、思ってることが伝わるんだから。
すみっこ族な桃瀬真魚だとしても、こんなに息苦しい思いはしなくてすむのに。
──だけどそんなことは、不可能なんだ。
わたしがここで黙っちゃえば、誰にも、何も伝わらない。
だからわたしは、ちゃんと声に出して、言葉にしなくちゃいけない。
そう思ってわたしは、一度大きく深呼吸をした。
「……なんで急に、そんなことを、言うの?」
この世界にいる生き物全員が、声を発せるわけじゃない。
この世界にいる動物全員が、言葉を発せるわけじゃない。
だけどわたしたちには、それができる。
それなら、声を、言葉を、使わない手はないんじゃないかな?
「今までわたしが、何度も断った時は受け入れてくれなかったのに」
前は嫌だったけど、今ではそんな風に思えるようになったんだ。
「オドしたり、条件つけたりして、この関係を続けたがっていたのに」
わたしも鈴川さんみたいに、親しくない相手でも、困ってる人には声をかけられる人になりたい。
「わたしは続けてもいいって、思ってたのに」
元カノさんみたいに、ためらわずに誰かを助けられる人になりたい。
「ううん……わたしはもう少し、この関係を続けたいって思えたところだったのに」
皇くんが悲しんでる時には、勇気づけることができる人になりたい。
……わたしがしてもらってうれしかったことを、返せる人になりたい。
「皇くんのアドバイスのおかげで、少しだけ人と話をするのが楽しいって思えたから」
前までのわたしなら、絶対にそんな風には思えなかった。
わたしひとりだったら、うまくいかなかった。
──『1%のひらめき、おれなら持ってると思うんだよね』
皇くんからもらったものは、1%以上のものだった。
だから──。
「ありがとう」
目が見られないなら、眉と眉の間に視線を向けたらいい。
皇くんからはそう習ったけど、今はそのアドバイスが活かせない。
だって皇くんは、わたしの目の前でしゃがみ込んだと同時に、顔を地面に向けたから。
「……みんな待ってるだろうし、そろそろ行こっか」
それだけ言って、皇くんはわたしに背を向けたんだ。
…………えっ?
「ほら、乗って」
まっ、待って、本当に背負って行く気なんですか!?
男の子におぶってもらうなんて、恥ずかしすぎるんですけどっ!!
「……背負われんの、恥ずかしいとか思ってるだろ?」
皇くんはチラリとふり向いて、はははって笑った。
「たぶんおれ、桃瀬の考えてることなら、大体わかるかも」
いつもの、わたしをおちょくる時の、イキイキした皇くん。
「みんなのところに向かいながら、話そうよ。それに、さっさと乗らないとおれ、歌うよ?」
その言葉を聞いたシュンカン、条件反射のように、わたしは皇くんの背中に飛び乗った。
「オオオオッ、オドさないって言ったのに!」
「はははっ! 秘密は誰にも言わないって言ったけど、オドさないとは言ってないでしょ」
……オ、オニだ!
一瞬でもいい人って思った、わたしがバカでした!!
「──こっちこそ、ありがとな」
立ち上がった時に揺れる、皇くんのさらさらの髪。
その髪と同じように、サラリと言葉を放った。
「こないだおれさ、過去に元カノに言われたこととかをさ、桃瀬の前でグチっちゃったでしょ」
皇くんは、ゆっくりとした歩調で、前を向いたまま歩き出した。
「ぶっちゃけるとさ、真面目に自分の本音を話すのって苦手なんだよね。だから今まで誰にも言わなかったんだけど」
ふだん自分の話をしない人が、わたしに打ち明けてくれた、過去のトラウマ。
それなのにわたしってば、なにも言ってあげられなかった。
こういう時、自分の力のなさに落ち込む……。
「桃瀬は静かに話を聞いてくれたろ? あれ、うれしかったんだ。だからありがとう」
……えっ?
い、いや、待って。
「あの、静かに聞いてたというか、なにも言えなかっただけっていうか……」
「でもおれにはそれが、ちょうど良かった。だから良いんだ」
皇くんはもう一度、ありがとうって言った。
その時、ふと思ったんだ。
……今かな?
あの時言いたかったこと、伝えるのは。
伝えたいことは、山ほどある。
なにも考えずに言えば、きっといつもみたいに話の流れも、順序もめちゃくちゃに話しちゃう。
だけどそれじゃ、ダメだよね。
言葉を人に、皇くんに、打ちつけちゃダメ。
落ち着いて。深く息を吸って、呼吸を整えて──。
「……す、皇くんはこないだ、言ってたよね?」
顔を見なくてすむからかな?
「誰のことも好きじゃないって言われてたって」
今ならちゃんと、伝えられる気がする。
「皇くんは、人のことが人一倍好きだよね」
あの日、皇くんに言ってあげたかったことを。
「人間かんさつが得意でしょ? それって、かんさつするくらい人が好きなんだと思うんだ」
それがみんなに伝わるから、だから皇くんの周りにはいつも人が集まる。
人当たりが良くて、人気者なのには理由がある。
それはきっと、見た目のスペックだけじゃない。
わたしはそのことを、皇くんのレクチャーを通して感じた。
「元カノさんたちも、それに気づいてたんだよ。だからこそ、もっと皇くんの特別になりたいって思って、そんなことを言っちゃったんじゃないかな」
わたしは、リアルな世界で恋愛をしたことはないけど、いつも妄想だけはしてた。
もしもわたしが、ジュエルキャラのひとりで、ダイヤさまと出会ってたら。
わたしがダイヤさまを想うのと、同じじゃなくてもいい。
ほんの少しだけ、他の人に向ける愛情よりも多く、わたしのことを想って欲しい。
……たぶん、そんな風に考えると思うんだ。
「皇くんは他の人との距離が近いみたいだから、不安になったんじゃないかなって思って。だからあんな言葉を言ったのかもしれないね」
「……じゃあ、相手と同じくらい好きじゃないと、つき合ったらダメってこと?」
「それは──」
どっ、どうなの……?
「あの……ごっ、ごめん。そこは、わかんない、かも」
さすがにこれは、恋愛初心者には難易度が高すぎました!
「おまっ、そこまで語っといてそれはなくない?」
でっ、ですよねー!
どうしようっ!!
背伸びしすぎた会話に、これ以上なんてコメントすればいいの!?
さっきまではうまく話ができてたし、言いたいことや、会話の順序もちゃんとできてた。
でも今はもう、頭の中がぐちゃぐちゃだ!
テンパって、カーッと熱が頭にのぼりはじめる。
するとその熱が、わたしの脳内のなにかを、プツリと焼き切った。
「でっ、でもね、わたしは、そんな皇くんになりたいなって思います!!」
「…………はっ?」
ピタリと足を止めて、皇くんの顔がぐりんと後ろを向いたシュンカンだった。
至近距離で見る、キラキラ族のお顔の美しさに──絶句です!!
だけど、言葉を失ったのは一瞬で、わたしはすぐさま……。
「いぎゃああああああああー!!!!!」
──ノドが引き裂けそうなくらいの、叫び声を上げてしまいました。
なに言っちゃってんの!?
しかも不意打ちで顔を向けられたら、視線が……っ!
背負われてるのも、かなりの羞恥心なのに!!
それをなんとか、考えないようにしてたのに!
「いででででっ!!」
思わずわたしは、皇くんの顔を、手で押し返した。
「あああ! ごめんなさい!!」
「あっ、謝るんならその手の力をぬけっ!」
「それは無理です、ごめんなさいっ!!」
「なんでだよっ!!」
やばい! 失敗だ! 色々失敗した!!
皇くんの顔をおさえてることもだし、そもそも皇くんになりたいなんて……。
ぶつり的にも、そうじゃなくても、なれる訳がないのにっ!
「ああああっ!」
「おい、こら! 勝手にひとりでテンパんな!」
恥ずかしい! 逃げたい! かくれたい!
すみっこはどこだ!? 部屋のすみは!?
あああっ、やっぱりわたしはダメなん──。
「──桃瀬真魚!」
頭に血がのぼって、火山みたいに脳天からピューッて血が噴き出てしまいそうな気分だった。
皇くんのこの声に、わたしのマグマのような感情が、一気に鎮火されていくまでは。
「とにかく落ち着けって。おれはふり返ったりしないから、この状態のまま話そう」
さっきまで皇くんの顔を押し戻していたわたしの手。
けれど彼の顔から、ふっと力が抜けたのを感じた。
わたしは恐る恐る、手を離す。
皇くんは約束通り、ふり返らないで前を向いてくれている。
「おれさ、桃瀬に話を聞いてもらって、うれしかったって言ったでしょ?」
前を向いたまま、皇くんは静かに話しはじめた。
「あの後さ、なんかすっごく恥ずかしくなって、桃瀬の顔をまともに見られなくなったんだ」
「なっ、なんで?」
「恥ずいでしょ。自分の情けない話して、グチったりしてさ」
別に情けなくなんてないのに。
そう思うけど、でも、皇くんの言うことも、すごくわかる。
「たっ、確かに。自分のダメだと思うところを人に言うのって、恥ずかしい、よね?」
わたしには、友だちと呼べる人がいない。
だからそういう話をする相手も、いない。
皇くんは友だちがたくさんいるけど、そういう話をしたことがなかったって言ってた。
キラキラ族と、すみっこ族。
全く違うタイプの皇くんと、わたし。
それが今はじめて、同じ感情を持ってる。
「だから皇くんは、わたしと気まずいから、ごっこ遊びをやめようって言ったんだ……?」
「いや、やめようって言ったのは、別だな」
えっ? じゃあなんで……?
「おれとつき合うことで、一部の女子からよく思われてないでしょ? そのせいでハブられて、班の仲間に置いてかれたり、その足をケガすることになったのかと思って」
「ええっ!? ちっ、違うよ!」
「ああ、みたいだな。そうと知った時、正直ホッとした」
言って、はははっと声を立てて笑う皇くん。
笑う振動が、背中を伝ってわたしの体を小さく揺らす。
「けど、おれとつき合うことで、その女子らから嫉妬されるのは事実じゃん?」
「えっ、またジマンなの?」
おれはモテる男だから、っていうアピールですか?
いや、実際にモテる男なんですけど。
「ちげーし。でも、桃瀬がそれでケガさせられたり、攻撃を受けるのは本意じゃないなって思ってた。だからさっきは、ああ言ったんだ」
「オ、オドしてた人間が、今さら何を……」
「……お前、ちょっと口下手のがいいな」
そう言って皇くんは体を大きく揺らした。
「わわっ! す、すみませんっ! 調子にのりましたっ!!」
ギュッと背中にしがみつくわたしに対して、皇くんは楽しそうに笑ってる。
皇くんは、サドだ。
きっとSUMERAGIの〝S〟はサドのSです。
「でも、本当に嫉妬されてハブられたら、教えて。これはただのごっこで、おれはニセモノの彼氏だけど、ちゃんと桃瀬のことを守るから」
胸の奥深いところで──トクンと、何かが波打つような音が聞こえた。
──守るから。
それはアニメの世界で、ダイヤさまがよく言うセリフ。
皇くんはサドだし、見た目も、性格も、わたしの好きなダイヤさまとは全然違う。
それでも一瞬、皇くんがダイヤさまと重なって思えたのは──きっと彼がキラキラ族の光の戦士だからなのかもしれない。
「このケガのこともそうだけど、桃瀬がスマホ持ってたらなぁ。そしたらおれ……」
スマホ?
「えっと、わたし持ってるよ? 今日は遠足だからと思って置いてきたけど」
といっても、アドレス帳には身内しかいないのですが。
「はぁっ!? ……っと、あぶねー!」
びっくりした様子でふり向こうとした皇くん。
でもなんとか、わたしとの約束を守って、ふり向く寸前でとどまった。
「なんだよ! なんで持ってること、今までかくしてたんだよ!」
「ええっ! かっ、かくしてたわけでは……っていうか、皇くんに聞かれなかったから……」
「聞くわけないじゃん! 持ってないって思ってたんだから!」
な、なんでわたし、こんなに責められてるのでしょうか!?
「はー、とりあえずおれのスマホに桃瀬の連絡先、登録しといてよ。あとでおれのも送るから」
そう言ってわたしを背負いながら、サクサクとスマホをいじる皇くん。
連絡先の登録画面を出して、「はい」とわたしに手渡した。
キラキラ族のスマホの中に、わたしの連絡先が……なんだかすごく感動なんですが!
身内以外の人に連絡先を聞かれたのなんて、生まれて初めてで、わたしは思わず……。
「友だちって、こんな感じなのかな?」
そんな言葉を、こぼしてしまった。
声も小さかったし、皇くんには届いてないと思ってた。
それなのに距離が近いせいで、どうやら聞こえちゃったみたい。
「友だち? おれと桃瀬が?」
「あっ、あの、ごめんなさいっ!」
こんなすみっこ族でオタクなわたしと、キラキラ族の皇くんが友だちなわけないよねっ!
サァーッと血の気が引いて、思わず皇くんの背中で体を縮めちゃう。
だけど、皇くんはこう言ったんだ。
「だからさ、おれらは恋人だろ?」
声を聞いただけで、皇くんが笑ってるのがわかる。
キラキラ族は、すごい。
顔が見えなくても、背中からキラキラかがやくものが、放たれてる。
「これからもよろしくな」
たとえこれが偽りで、ごっこ遊びの間柄でも。
空想の世界以外で、誰かと心が通い合ったことが、なによりもうれしかった。
14 友だちって…【10月29日更新!】
あの後、ちょっとした騒ぎになってしまった。
わたしは皇くんに背負われながら、みんなのいる休憩ポイントに向かった。
すると、わたしの班のメンバーが心配そうに声をかけてくれたんだ!
わたしたちは、仲良し同士でくっついたわけではなく、寄せ集め。
だからこそみんな、自由に行動してたみたい。
わたしがいなくなったのも、班行動が好きじゃないからだと思って、気にしなかったらしい。
ごめんね、って言われたけど、わたしの方こそ心配かけてごめんなさい。
そうお互いに頭をさげ合った後、足の手当てをしてくれた担任の先生が車を呼んでくれた。
わたしはそれに乗って病院に向かったんだ。
その時鈴川さんから預かったという、わたしの荷物を先生から受け取って。
ちゃんとお礼を言えないまま、週末をはさんで──休み明けの、今日。
「桃瀬、次は移動だろ? 荷物はこんであげるよ」
キラキラと照りつけるようなまぶしい笑顔で、わたしの席までやって来たのは──わたしのニセモノ彼氏の皇くん。
「あっ、えっと、自分で持てるから大丈夫……」
「なに言ってんの、松葉杖ついてるのに」
ゴツゴツとした長い指が、わたしの足首を指した。
そう、今わたしは、松葉杖生活を続けている。
折れてはなかったんだけど、重度のねんざ。
そのため、少しの間は松葉杖を使うことになった。
「それとも荷物より、桃瀬を抱っこして運んだ方がいいのかな?」
今度こそ本当にお互いを利用し合える、ごっこ遊びだ。
そのせいで……周りに見せつけるように、わたしたちがラブラブだとアピールしまくりだよ!!
キラキラ族の全力のほほ笑みに、わたしは全力で悲鳴をあげそうになりました!
ところがどっこい、光の戦士は全てお見通し。
彼はわたしの口を手で制し、さらには耳元でこっそりと……。
「……こら、悲鳴はあげるなよ。おれらは〝両思い〟でつき合ってんだから」
なんて、糖度が高めの声で言われてしまう始末!
声に出せないこの思い、どうしてくれようかっ!!
わたしはこぶしをにぎりしめ、ドコドコドコとつくえに叩きつけた。
「桃瀬……何やってんの?」
「い、今ので、絶対耳がとけた!」
少なくとも片耳は消え去ったはずだっ!
「えっ、マジ?」
なんて言って、皇くんはわたしの髪を手ぐしでとかすみたいに、触れる。
そしてそのまま、両サイドの髪を、わたしの耳の後ろにかけた。
「なーんだ、ちゃんとあるじゃん」
なんて言いながら、皇くんのキラキラ笑顔が、本日も絶好調にスパークしました!
わたしも絶賛、脳みそがスパークいたしました!!
「すすすすっ、皇くん! あなたは髪をとかすくしになりた──」
「いや、なりたくねーわ」
「だっ、だだだだだ、だったら! 今のは魔法を発動させる条件で──」
「そんな条件知らねーわ。いい加減さ、そのキャラ設定やめてくれる?」
わたしがドドドッと言葉を発しそうになるタイミングで、皇くんはうまく割って入ってくる。
なんだか知らない間に、わたしの会話のたづなをにぎられている……?
「そっそういう皇くんは、そのたらしな行動はひかえたまえっ!」
わたしのこの言葉に、皇くんはニンマリと余裕たっぷりな笑顔を見せた。
「安心してよ。桃瀬の言うたらしって行動は、これからは桃瀬以外にはしないから」
人々をミリョウする高級シャインマスカットのように、彼の笑顔は甘くてつややかだ。
「す、皇マスカット……」
「……また、変なこと考えてるでしょ? あえて説明は聞かないけど」
こんな会話をしている最中、わたしの耳に「あのふたり、何言ってんの?」なんて言う声が聞こえた。
しっ、しまった、また変な会話をしちゃった!
そう思ってわたしが肩を縮こませていると──。
「なんだよ、いーだろ」
皇くんは教室の中心に向かって、くるりと体を反転させた。
「おれら〝カップル〟の独特な会話には、誰も入り込めないでしょ?」
教室中に聞こえる声でそう言いながら、わたしの背中をポンポンと優しくなでた。
わたしは思わず、となりに立つ彼の顔を見上げる。
皇くんは、キラキラ族で光の戦士。
わたしと皇くんは、お互いの秘密を共有し合う、ニセモノの恋人関係。
ふたりの間にあるものは、恋でも愛でも友情でもない、契約だけ。
……だけどね、この間、皇くんが言ってくれたんだ。
──『おれってめちゃくちゃ桃瀬の味方だな』
──『守るから』
彼は今、過去に言ったことをちゃんと実行してくれている。
それを感じて、温かな熱が胸の奥に、ジワリと広がっていく。
今のわたしには、味方がいる。
それは、ピンチの時に助けてくれる、ダイヤさまみたいな心強い存在が。
そう思って、胸元のピンバッジに手を当てていると。
「……皇くんと桃瀬さんって、本当に好き合ってるんだ」
ボソリとつぶやかれた言葉が、わたしの耳に届いた。
声がした方へ視線を向けてみると、クラスの女の子がこっちを見て、こそこそ話を展開してる。
皇くんのアピールの成果と、こないだの遠足でのおんぶの件。
あれのおかげで、周りの人たちもわたしと皇くんの関係を認め始めていた。
しかも、皇くんがわたしのことを大好きなのだと、周りはカン違いしてるみたい。
まさに、皇くんの思惑通り……。
皇くん曰く、そうすることで、わたしに向けられる悪意を減らすことができるんだって。
そうやって、トラブルすらも利用する。
さらに皇ファンの気持ちを打ち砕きつつ、敵意からわたしを守ろうとするなんて……。
さすがはキラキラ族で光の戦士、そして策士、皇くんだ!!
◆◇◆
「あっ、桃瀬さんじゃ~ん」
慣れない松葉杖でろうかを歩いていると、背後から聞こえて来たゆるーい声。
ふり返ってみると、わたしに手をふっているのは、鈴川さん。
そしてそのとなりには、皇くんの元カノさん──白石梨乃さんって名前みたい。
遠足の日、皇くんがわたしを見つけてくれたのは、白石さんのおかげだった。
あとになって皇くんが、そう教えてくれたんだ。
あの日、わたしの班のメンバーを見つけたけど、わたしの姿が見えなかったことを気にして、さがしてくれていた皇くん。
ちょうど走ってくる白石さんを見かけて、わたしの状況を彼女から聞いたんだって。
「足、折れてたの?」
白石さんが痛々しいものを見るような顔で、わたしの足首を見つめてる。
雑誌に載ってる読者モデルだと言われたら、信じそうになるくらい、かわいい白石さん。
だけど話し方はぶっきらぼうで、ちょっと強い言い方をするから、思わず身構えてしまうけど。
……落ち着け真魚。これはチャンスだ。
わたしも今日、ふたりに話があったんでしょ?
ふーっと深呼吸して、気持ちを落ち着かせる。
それからわたしは、白石さんの眉間に視線を向けて──。
「う、ううん……ただのねんざなんだけど、数日は松葉杖を使うようにって言われて……」
こっ、声が少しうわずったけど、大丈夫だよね?
変なことは言ってない。気持ちもまだ落ち着いてる。
「そうなんだ~、だいぶ腫れてたもんねぇ」
痛そうだね、なんて言いながらも、鈴川さんはネイルに視線を向けている。
鈴川さんのネイルは、桜が咲いたみたいなピンク色に変わってる。
気分によってネイルを変えるって言ってたけど、すごくマメだ。
なんてそんなことより、今は──!
「あっ、あの! 鈴川さん、この間は、ありがとう!」
感謝の言葉は、はっきりと相手に伝える。
それは皇くんに教わったこと。
わたしがこの間のお礼を言うと、鈴川さんは首をかしげた。
「なにが?」
「ああ、えっと、その、に、荷物を運んでくれてっ!」
し、しまった! 感謝の言葉を伝えることに気をとられすぎた!
ちゃんと、感謝してる理由を伝えなくてはっ!!
おっ、落ち着け、真魚。
失敗は成功のもと! 次につなげるんだ!!
「そ、それと、白石さん!」
今日のお昼に、皇くんからまた1つ、教わったことがある。
相手の名前を呼ぶこと。
「ケガした時、助けてくれて、ありがとう!」
『人ってさ、誰に一番興味があると思う?』
皇くんが、こう言ってた。
『答えは、自分。人生の主役は自分だろ? だからどんな人でも、名前を呼ばれると、自分に興味を持ってくれてるって感じがするんだ』
さすがは、人たらしなキラキラ族。
今回も皇くんのアドバイスは、正しかったみたい。
いつもじとっとした目で見られて、怖いなって思ってた白石さん。
そんな彼女だけど、少し照れたように目をそらした。
「……別に、ケガしてる人いたら、声くらいかけるでしょ」
白石さんはそう言うけど、それって簡単なことじゃない。
少なくとも、人見知りなわたしにとっては。
「こっ、この間は、泣いちゃって……ご、ごめんね……?」
ちゃんと言えるかな?
「今日、ふたりにお礼が言いたかったんだ」
うん、大丈夫。
ちゃんと落ち着いて、話ができる。
ふたりに会ったら、こう話そう。
伝えたいことを、何度も鏡の前で練習して、それを今日のお昼に皇くんにも聞いてもらった。
ちゃんとこの時のために練習しておいたから、だから大丈夫。
もう一度、深呼吸をして、わたしはあせる気持ちを落ち着かせた。
自分が恥だと思ってることを直視するのって、へこむし、思ってたより勇気がいるけど。
でも、そうすることであらためて自覚して、わたしは──前に進むんだ。
「ありがとう」
空は毎日同じように見えて、同じじゃない。
それと一緒で、昨日のわたしは、今日のわたしとは少し違う。
そんな自分になりたいって、わたしは思うから。
皇くんがそう、わたしに思わせてくれたから。
わたしはひとりじゃない。ひとりでがんばるわけじゃない。
みんな違って、それが普通なんだって、そう教えてくれたから。
だからわたしは、毎日レベルアップしていくんだ。
……しんとした静まり返ったろうかで、鈴川さんも白石さんもなにも言わない。
わたしは思わずこぶしをギュッとにぎって、テンパっちゃいそうになる気持ちをこらえる。
──すると。
「あたしこそ、桃瀬さんに言わないとって思ってたんだけど、ごめん。ずっと碧葉と桃瀬さんのことが気になっちゃって、感じ悪くあとつけたりしたことも謝るよ、ほんとごめんね」
頭のてっぺんでむすんだおだんごヘアーが、わたしの目の前にある。
白石さんが、わたしに向かって頭を下げていた。
「も~梨乃ちゃんってば、いい加減しつこいんだから」
鈴川さんの言葉に、白石さんがパッと顔を上げた。
すると、顔が真っ赤……?
「だって、あいつあたしとつき合ってる時なんて、全くあたしに関心をしめさなかったんだよ!? 碧葉と同じ小学校の子に聞いたら、昔からそうだって言うしさっ!」
「だからヤキモチ妬いてたの~?」
ヤダヤダ、こわ~い。なんて言いながら、鈴川さんは太陽に向けて手を伸ばした。
どうやらそうやって、ネイルの色合いを確かめてるみたい。
「碧葉って、告白されてつき合うパターンばっかだったのに、桃瀬さんには自分から告白したって聞いて、本当なの!? って思うじゃん!」
鈴川さんに向かって言ってたのに、最後の言葉はわたしに向けて放たれた。
えっと、ど、どう答えたらいいの!?
こんなの皇くんと、打ち合わせしてないんですがっ!
「……でもさ、こないだの碧葉の姿を見て、やっと納得できたんだ」
パニック起こすカウントダウンがはじまってた中、1つにまとめたおだんごから落ちた、ひとふさの髪。
それを耳にかけながら、白石さんはこう言った。
「桃瀬さんがケガしたって聞いて、すごくあせってた。同時に、誰かが桃瀬にケガをさせたのか!? って怒りながらさ」
この時わたしは、1つ見落としていたものに、気がついた。
「ああ碧葉は本当に、桃瀬さんのことが好きなんだって思った」
前に、白石さんはまだ、皇くんのことが好きなんじゃないかって思った時。
皇くんはそれを否定した。
だけどこれは……。
「白石さんはまだ、皇くんのことが──好きなの?」
考えてることが、思わず口をついて出てしまった。
声に出してしまった後だって知ったのは、白石さんが困ったように笑った表情を見た時だった。
「……安心してよ。なにも桃瀬さんから奪おうなんて、思ってないから」
「でも、だって、ふったのは白石さんからだって……」
「あたしだって、桃瀬さんみたいに碧葉から好かれてたら、ふったりなんてしなかったよ」
わたしはまだ、リアルな恋愛をしたことがない初心者。
だから、ちゃんとわかってなかったみたい。
カップルが別れる時って、なにも相手が嫌いになったから別れるわけじゃないってことに。
白石さんもちゃんと、皇くんのことが好きだったんだね。
そしてそれは、今も──。
「お願いだから、そんな顔しないでよ。碧葉が桃瀬さんをすごく好きだってことは、もうわかってるから。だからどうこうしようなんて考えてないし、過去だしね」
白石さんは、皇くんが本当にわたしのことを好きだと思ってる。
でもそれは、ウソなんだよ?
皇くんが、そういう風に見せてるだけだから。
……こういう時って、なんて言えばいいんだろう。
皇くんは今、白石さんのことをどう思ってるのかな?
わからないことを、わたしが勝手には言えない。
それに仮にも、わたしは皇くんとつき合ってるってことになってるし……。
「まぁまぁまぁ、今は恋より友情じゃない。今日は乾杯しようかぁ、ねぇ桃瀬さんも一緒にどう? 購買のジュースでだけど~」
鈴川さんは、エアー缶ジュースを飲むようなジェスチャーをして見せた。
ええっ? 乾杯? なんで?
っていうか、友情……!?
「あっ、あの! 友情って!!」
「ああ、彼氏の元カノとはやっぱ、友だちにはなりたくない? じゃあ今日は傷心中の梨乃ちゃんと、ふたりだけで飲もうかなぁ」
「しょ、傷心中じゃないし! あたしくらいかわいい子になびかなかった碧葉が、どう考えても変なだけだし!」
「それって遠回しに、今カノの桃瀬っちをディスってる~?」
「ちっ、違う! そんなつもりじゃ……」
えっ、桃瀬っち!?
なにその、友だち同士で呼び合うような言い方はっ!!
というか──!
「あのっ! わたしと、ととととととと、友だちになってくれるんですか!?」
めっちゃあせって、声も3回くらい裏返ったけど、それでもわたしのこうふんは止まらない。
い、いや、待て待て、真魚!
カン違いの可能性の方が高いのに、なにひとりでこうふんしちゃってるの!
「え~? 一度会ったら友だちって、言わない?」
「えっ!? そうなの!!」
それって、キラキラ族ではそういう話になってるの!?
さすがだ! キラキラ族はやっぱり違う!!
「じゃ、じゃあ、わたしとも、と、友だちなんでしょうかっ!?」
「うん、あたしはそう思ってたけど、違うの~?」
MASAKANO~!?
「えええっ!? それってどうしたらいいの? 契約書? 友だちって契約書かわすの? でも待って、それってどうやって作ればいいの!?」
「はっ? なに言って──」
「もしくは鈴川さんたちって、契約書を持ってる? だったらわたし、今すぐにでもサインします! あっ、印鑑とかっているのかな? それとも指紋? 拇印? でもいけますか!?」
そこまで言ったところで、手に持っていた松葉杖がカランと音を立てて、倒れた。
こうふんしすぎて、落としてしまったらしい。
その音を聞いて、わたしはハッと我に返る。
頭頂部まで上っていた熱が、白石さんと鈴川さんの表情を見て、サァーッと足の先まで落ちていく。
──また、やってしまった。
「ごっ、ごめんなさい、あ、あの、わたし人と話すのが苦手で、すぐにこうなっちゃうんだ……」
やっと、友だちができたと思ってたのに。
「そういや、こないだもそうだったよね~」
ゆるーい声でそう言って、鈴川さんは腕を組んだ。
──『……もしかして桃瀬さんってさ、人の話を聞かない系?』
また、あんな風に言われてしまうかも……そう思って、ふるえていると。
「ていうか~、印鑑とかさぁ、あたしも持ってないなぁ」
…………えっ?
「いやいや翠、そこじゃないでしょ。契約書で繋がってる関係って、友だちじゃなくない?」
「あはは~、そうなんだけどさぁ、桃瀬っちがおもしろいこと言うから、つい話にのっちゃった」
マシンガンのように言葉を打ちつけた後は、いつもいやーな空気になる。
まるで重力が通常の倍くらい重くなったように。
それなのに、この場の空気は全然、重くない……?
「あの、キッ、キモいって思わない? 一方的に意味わかんないこと話しちゃったし」
「まぁ、変だとは思うけどね」
白石さんがバッサリと言い切った。
「あたしは逆にゆっくり話すタイプだからさぁ、いつも梨乃ちゃんに怒られるよねぇ」
「その甘ったるい話し方も、イラッとするけどね」
「ほらまた、そんなこと言う~」
辛辣な言葉にも、鈴川さんはあははっと笑ってる。
「でも、キモいってのとは違くない? 話を聞いて欲しいとは思うけど」
キラキラ族って、不思議だ。
鈴川さんも白石さんも、なんだか皇くんみたい。
──『変わってるっていうのは、個性的ってことでしょ?』
皇くんも、わたしのマシンガントークを聞いて、そう言ってた。
今までさんざん変だとか、会話にならないって言われ続けてきたのに。
今までキラキラ族は怖くて、感じが悪くて。
わたしとは住む世界が違うって思ってた……。
だけどキラキラ族も、人それぞれに違うのかもしれないね。
──『人ってみんな違うじゃん』
皇くんの言う通りだ。
同じようで、みんな違う。
「とりあえず契約書の代わりにさぁ、連絡先でも交換しとく~?」
──そうしてわたしのスマホの連絡先に、鈴川さんと白石さんの名前が加わった。
◆◇◆
やばい。スマホを見つめながら、ニヤニヤしてしまう。
なんとここに、家族以外の連絡先が!
皇くんとはこの間の遠足の件で交換したから、その皇くんを抜けば、初めてのスクールメイトの連絡先をゲットだよ!!
中学に入って2ヶ月がすぎて、小学校の頃となんにも変わらないって思ってた。
……のに! 怒涛の変化が! レボリューションが起きている!!
ああ、今日は気分がいいから、家に帰ったらジュエルの二期を一話から見返そう!
待っててください、ダイヤさま!
こうふんしながら制服のリボンにつけてある、ジュエルのピンバッジに視線を落とす。
すると──カランと音を立てて、わたしはまた、松葉杖を落としてしまう。
すると、サッソウとわたしの背後から現れたのは、妄想のダイヤさま……ではなく。
「こら、桃瀬。お前はまだ、ケガをし足りないのかよ」
そう言って松葉杖を拾ってくれる、キラキラ族の王こと、皇くん。
キラキラ族の王で、光属性の魔法が使えるのは知ってたけど……忍びスキルも持ってたんですね?
気配を一切、感じませんでした。
「そういえば聞きそびれてたけどさ、結局なんでケガしたの?」
皇くんの目は、わたしの包帯ぐるぐる巻きの足を見つめてる。
「あっ、じ、実は……」
皇くんなら、この話をしても、笑ったりしないかな?
そう思って、意を決して──。
「あの遠足で、ジュエルのダイヤさまを見かけて、追いかけようとしたら転びました……!」
「えっ、桃瀬……もしかして、寝ながら歩いてたの?」
なんということでしょうー!!
笑いはされなかったものの、心配というか、何やってんだ? って顔をされてしまった!
「とても残念だけど、そもそもわたしは、そんな特殊能力を持ってないので……」
目をギュッとつむりながら、しぼり出すようにして言うと。
「特殊能力って……軽い気持ちで言ったのに、そこまで残念がられるとは思わなかったわ」
「とっ、とにかく! あれは本当にダイヤさまだった! ジャージ姿のダイヤさま!!」
わたしがあまりにこうふんして、そう言うからか、皇くんは考え込むように首をひねった。
「いや、桃瀬が何を見たか知んないけどさ」
…………何をって、ダイヤさまですってば。
まるでわたしが、オバケでも見たかのような言いぐさだ。
「ダイヤさまがこの世に存在しなくて良かったよ。いたらおれ──やばかったかもな」
ダイヤさまのリアル生存、全面否定!
わたしは異議を申し立てたく……って。
「……やばかったって、何がやばいの?」
「そりゃ、だって、桃瀬はダイヤさまが理想の男性なわけでしょ?」
そうですね。わたしの理想と夢がつまった男性ですので。
でも……。
「だからそれの、何がやばいの?」
わたしが未だ、皇くんの言わんとすることが理解できずにいると。
「何がって……」
皇くんは、コテンと首をかしげた。
「…………何が、だろうね?」
ああ、なるほど。
「皇くん、魔法の使いすぎではありま──」
「──ありませんね」
魔法を使いすぎて、脳が疲れちゃったのかと思ったのに。
わたしの言葉の続きを引き取ったあたり、魔力はまだまだみなぎってるご様子。
さっきまで首をかしげていたはずの彼が、いつもの呆れ顔を見せている。
「そのダイヤってキャラ、そもそもどんなやつなの? 妹が好きとはいっても、アニメはほぼ見たことないんだよね」
おおっ、皇くんがダイヤさまに興味を!?
これはジュエルファンの仲間入りをしていただく、チャンスでは!!
そう思ったわたしは、松葉杖をギュッとにぎりなおした。
「ダイヤさまはすごく背が高く、クールなお方で、あまり笑顔を見せるタイプではないものの、老若男女、さらにはあらゆる動物にまで好かれてしまう……たとえば、あんな風に」
と、ちょうど私たちが歩く中庭の先で、ミャーミャーと子猫とたわむれている男の子が。
……猫? しかもこんなところに?
なんて疑問を抱きつつ、思わず彼を指さした──シュンカンだった。
あっ、あれは、間違いない。
「ダッ……」
わたしの声に導かれるように、男の子は顔を上げて──カッチリと目が合った。
「ダイヤさま!!!!!!」
ジュエルの世界で、わたしの推しキャラ、ダイヤさま。
彼はやはりこの現実世界にも、存在していたようです……!!
ここまで読んでくれて、ありがとう!
最後に出てくるダイヤさまは何者!?
ダイヤさまが現実世界にあらわれて、碧葉くんと真魚ちゃんの関係はどうなっちゃうの――!?
気になる2巻の発売は、【11月13日(水)】だよ!
さらに、11月1日(金)からは、
そんな2巻の先行ためし読みが始まるよ!!
ぜったいチェックしてね♪
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