【連載小説】パンと林檎とミルクティー
6 2021年1月ふたたび東京に緊急事態宣言・そのとき彼女はどんな生活をしているのか
1月の成人式の連休には、真智子は実家に帰ってのんびりするつもりだった。
けれど、感染防止の緊急事態宣言がだされて、不要な外出は自粛するようにと。
真智子の住んでいるのは東京都下で、実家は埼玉県だからそう遠くはない。特に、親のどちらかが体調を壊しているわけでもない。帰ろうと思えば、片道電車で2時間くらい。この事態に無理して帰る必要もない。
帰れば、母親がまたバツイチの真智子にぐだぐだ言う。
兄夫婦も言う。
正月に帰らなかったから、この連休に、といわれていたけど、真智子は実家に帰るのをやめた。
「帰ってこないの?」
母親は、電話の向こうで不機嫌さを出さないように、不機嫌に言った。
「人が移動しなきゃリスクは減るんだから。そりゃ、会社勤めの人はたいへんでしょう」
つい、強い口調になってしまった。
母親の不機嫌さが伝わってきて、うつってしまったのだと、真智子は自分に言い訳した。
「部屋の中でひとりでいて、何してるのよ」
「仕事」
仕事のひと言で、母親は黙る。
真智子のいつもの切り札だった。
「仕事仕事って、あんたいつも何してんのよ」
めずらしく反撃。
真智子は、スマホを持ちながらキッチンの冷蔵庫を開けて、牛乳をとりだすとマグカップに注いだ。
「Zoomで打合せして、コンセプトをすり合わせてライティング」
78歳の母親が、ひとつも理解できないであろう単語を並べてみた。
「わかんないよ」
「そういう仕事をしてるのよ、わからないなら聞かないで。知りたかったら自分で調べて」
真智子が言うと、突然電話が切れた。
兄から電話がきたら、今日はスルーしよう。
真智子は、離婚した時の母の言葉がこの5年間ずっと引っかかっていた。
それを兄もわかっているのに、目の前で母にあれこれ言われると電話をかけてきて、今度は真智子にあれこれ言う。
ああ、めんどくさい。
カップの牛乳を一気に飲んだ。
奥歯に一瞬、キン、と響いた。
歯医者には、一度行かないといけないなあ。
真智子は、牛乳をあたためてミルクティーを飲もうと決めた。
キッチンにいってる間に、リビングのテーブルに置いたスマホが、真智子を呼んでいた。
つづく
この小説は、作家志望の女性の日常をちょっとだけ切り取って描く連載小説です。
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