16日目:はがす【剝がす】→掌編小説
はがす【剝がす】
表面に付着している物やおおっている物を,めくりとる。はぎとる。
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引越しを機に、本棚を友人に譲ることになった。
中学の入学祝いに親が買ってくれたもので、父には「高かったんだぞ」と強調されたけれど、新たな部屋は婚約者の大きな本棚で置き場所がなかった。
学生時代に本棚に貼ってしまったシールを剥がそうと、シール剥がしのスプレーを買ってきた。
ぽちゃっこ、バッドばつ丸、ぽむぽむぷりん。毎日目にしていたお陰で、彼らの名前は忘れていない。
スプレーを吹きかけて爪をたてると、20年近く張り付いていたにも関わらず、彼らはするんと本棚から離れた。
ひとつだけ、キャラクターたちとは離れた床に近い場所に、ただのハートマークを貼っていた。
なんでこれだけ、こんな目立たない場所に貼ったんだっけ?理由も思い出せないまま、それにもスプレーを吹きかける。
「三浦くん」
ハートマークの下には、学生時代に流行っていた丸文字で、そう書かれていた。
三浦くん。誰だよ…
本気で思い出すことができなくて、ひとりで笑った。
笑い声は、引越しでほぼ荷物のなくなった部屋によく響いて、少しだけ寂しくなった。
10代のわたしがタイムマシンに託したメッセージは、20年後のわたしには届かなかったみたいだ。
あんたの切実な思い、忘れてしまってごめんね。
制服姿だった頃の自分に謝りながら、「三浦くん」の4文字にも、スプレーを吹きかけて雑巾でゴシゴシと拭いて消した。
玄関のチャイムが鳴る。
インターフォンには、来月わたしの夫になる人が映っている。彼と三浦くんは、少しでも似ている部分があるんだろうか?
ニヤニヤしながら迎え入れると彼は、「なんかいいことあったの?」と、不思議そうにしていた。
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