それは優しい雪のように。 #Xmasアドカレnote2019(22日目)
会社のロビーに飾られた自分の背丈ほどある観葉植物に、白い綿毛をくるくると巻きつけ、オーナメントを吊りさげた。
窓の外の街路樹は、今月になってようやく色づいた。
故郷とはまったくちがう12月の風景を、秋と呼んでいいのか、冬と呼ぶべきなのか、まだよくわからない。
「こっちのクリスマスなんて、雪もなくて味気ないでしょう?」
スノードーム型のオーナメントを揺らしながら、同僚が言った。
彼女の手のなかで、ガラスに閉じこめられたちいさな雪片が溶けることなく舞っている。
そう、きっと今頃。
故郷に住む愛しい人々は、こんな風景のなかにいる。
ダウンコートやブーツで着ぶくれした体を震わせて、白い雪に染まった町を歩いているだろう。
「過ごしやすくて、こっちのほうがいいですよ。今日なんて実家のあたり、吹雪らしいです」
笑顔をかえすと、同僚はひえぇと肩をすくめて戯けた。
わたしたちの横を、薄いトレンチコートを羽織った男性社員がすり抜けていった。
★☆★☆
ふりつもった雪は、音を吸いこむ。
だから故郷の北国ですごしたクリスマスの記憶は、ガラスのなかに閉じこめられた風景のように、とても静かだ。
記憶をそっと、揺りおこしてみる。
白く染まった町で、オレンジの光に守られたちいさな部屋。
窓を覗きこむと、子供の頃の自分や、まだ若い父と母が笑っている。
眠りについたわたしの枕元に、両親はテディベアを置くだろう。
目覚めたわたしは、思ったよりも小さなテディベアを見て泣き喚く。
それでも大丈夫。夜にはけろりと機嫌を直して、クマを抱きしめて眠りにつくから。
つぎのスノードームを手にとる。
はじめての恋人が、17歳のわたしに指輪をプレゼントしている。
卓袱台のうえには、彼の仕事先で余ったチキンとケーキ。若くて貧乏だったわたしたちには、それだって十分なごちそうだった。
わたしは彼に、ネクタイをプレゼントした。
「やっぱり似合うね」と二人で鏡を覗きこみながら、オー・ヘンリーの小説にでてくる貧しい夫婦に自分たちを重ねた。
浮かんでは消える記憶たちの結末を、わたしはもう知っている。
テディベアは今でも大切に部屋に飾ってあるけれど、おもちゃのような指輪は、彼と別れてから数年後に、ゴミ箱の底にそっと置いた。
★☆★☆
会社をでると、街は光で溢れていた。
プラスチック製のサンタ。枯れないモミの木。スノースプレーで描かれたとけない雪。
誰かの作った冬に、クリスマスソングとイルミネーションの魔法がかかる。
光のなかを、頰を上気させた家族づれや恋人たちが歩いていた。
ああ、なんて。なんて眩しい光景だろう。
誰かの幸せに目を奪われながら歩いても、わたしの足をとる白い雪はどこにもない。灰色のアスファルトが、しっかりと人々を受けとめる。
自分の立っている季節がわからなくなって、ふいに立ちどまる。
知らない誰かの笑い声が、わたしを追い越していく。
★☆★☆
アスファルトに運ばれて、自宅のマンションにたどり着く。
ちいさな窓を見あげると、わたしの大切な『今』が詰まった部屋に明かりが灯っている。
エレベーターを待つ間、静かなエントランスで雪に彩られたクリスマスの記憶たちを数えてみる。
白く柔らかい雪のなかで、愛しい人々がこちらに笑顔を向ける。やさしい記憶が、きらきらと光を放つ。
この光が、いつまでも消えなければいいのに。
いつでも取りだして眺められるスノードームのように、心の大切な場所にずっとしまっておけたらいいのに。
大人になるにつれ、いろんなことを忘れてきた。
降りつもってはとけていく雪のように。捨ててしまった指輪のように。
いつか故郷の記憶もわたしから消えていくだろうか。
エレベーターを降りると、ぱたぱたと雨音が聞こえはじめた。
記憶のかけらを大切にしまって、玄関の扉を開ける。
「おかえり」という愛しい声が、わたしの鼓膜をやさしく揺らした。
★★★
…というわけで、突然復活してみました。笑
12月1日から25日まで、毎日1名「クリスマス」にちなんだnoteをアップしてリレー方式で繋いでいくという、こちら↓の企画に参加させて頂きました。
千羽はるさんの甘く素敵なクリスマスからバトンを引継ぎまして、22日目は高嶋がちょっぴりビターなクリスマスをお届け♪
(いろんな味があったほうが楽しいよね!)
さてさて明日は…。
エッセイの花束で読者の心をぎゅっと掴み、短編小説でみんなの夜を食べちゃう、あの方です!
(この方にバトンを繋ぐの、畏れ多くてドキドキしちゃいましたよ!)
お楽しみに★
お読み頂き、ありがとうございました。 読んでくれる方がいるだけで、めっちゃ嬉しいです!