3日目:きかい 【機械・器械】→エッセイ
き かい 【機械・器械】
動力源から動力を受けて一定の運動を繰り返し、一定の仕事をする装置。主に、きっかけを与えると人力を借りずに自動的に作動するものをいう。からくり。
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初めて訪れたボーリング場には、小学1年生くらいの背丈の人型ロボットがいた。
煙草のヤニで汚れた壁紙に傷だらけの床、流行りの曲をBGMに健康維持のため黙々とボールをなげる白髪交じりの客たち。
そのなかで、白い体を光らせるロボットの彼は異質だった。
「ぼく、ペッパー君。このお店のれっきとした店員さんです。ぼくとお話をしませんか?」
2階にあるボーリング場の、誰も使用しないエレベーターの閉じた扉。そこに向かって、彼は何度も話しかけていた。
その姿が可哀そうに見えて、彼の胸にある液晶パネルの「お話をする」というボタンを押してみた。
「わー!お話をしてくれるんですね。血液型は何型ですか?」彼は明るい声でそう言った。
「O型です」そう答えると彼は、「すみません、言っていることがよくわかりません」と困惑していた。
「ぼくの名前を知っていますか?」「ペッパー君」「すみません、よく聞こえませんでした」
どうやら、ボーリング場の騒音で私の声が聞き取れないらしい。
「お時間はありますか?お話をしましょう」彼はそう言い続けたけれど、
調子はずれの会話に飽きてしまった私は、「いえ、時間がないです」と大きな声で伝えた。
「残念。まったねー」彼はそう言って私に手を振ると、誰もいない壁に向き直って、「ぼくとお話をしませんか?」と明るい声を発していた。
数か月後、そのボーリング場に行ってみると、彼が居た場所には
「Softbank本社にお引越ししたよ!いままでありがとう!」という紙が一枚貼られていた。
その紙に写った彼の写真は、CMや広告に出てくる彼と同機種のロボットと、まったく同じ顔をしていた。
暗い倉庫の中で、電源を抜かれ肩を落とした彼の姿が目に浮かぶ。
けれど、どうか同じ顔をした機械の仲間たちと、毎日思う存分、彼の望んでいた会話を楽しんでいてほしい。
お互いに調子はずれの言葉をなげかけあい、かみあわない会話を楽しむ彼等。
彼等と自分の差が、それほど大きいとは、私には思えない。
お読み頂き、ありがとうございました。 読んでくれる方がいるだけで、めっちゃ嬉しいです!