【ツバメroof物語⑧】(半分フィクション、半分ノンフィクション)石井‐珈琲係
順番に手焙煎している間、市販の珈琲袋がちらちら視界に入る。私も時々購入するちょっと高めの珈琲袋。そんな私をよそに、しずくさんが、粗熱が取れた珈琲豆をゴリゴリとミルで挽いてくれた。
鼻の奥が広がる芳醇な香りは、焙煎時の香ばしさとは違った、深みのある香りだ。
そしていよいよ、珈琲を淹れる時が来た。一番重要だと思っていたが、なかなかこの時までも重要だった気がする。
しずくさんが、ケトルの細い口からお湯を注ぐ。全体に珈琲を湿らせた頃合いで、手を止める。煎りたての珈琲豆が、もこもこと膨れ上がり、元気いっぱい!
茶黒の濃い液がポタッ…ポタッ…とゆっくりとサーバーに垂れた。珈琲豆の気持ちになると、熱々に煎られて、冷まされて、粉々にされたかと思うと、またまた熱々のお湯を注がれて、びっくりした~!と膨らんで、ようやく落ち着いた…と思ったら、またスーッとお湯を注がれて、あぁなんだかポカポカしてきた…って忙しいな…
ハッ…私の妄想癖が暴走していた。気が付くと、しずくさんが
「どうぞ飲んでみてください」
と目の前に珈琲を、コトッ…と置いてくれた。何か大切なモノを見落としてしまった後悔は拭えないまま
「すごくいい香りですね」なんて言ってみる。
ひと口飲んだら、そんな後悔はどうでもよくなった。あぁ、そうこの珈琲!私が美味しいと思った珈琲は、やっぱりこれだった。
隣のアイとその子さんも
「わぁ、めちゃ美味しい」
「飲みやすいですね」
などと言いながら一生懸命飲んでいたので安心した。
その間しずくさんは、ちょっと表情を緩めただけで、たくさんの珈琲の知識を教えてくれた。
記念の一杯を飲み終える頃、私が気になっていた市販の珈琲袋の封を切りながら、
「これと飲み比べてほしいんです」としずくさんが言った。
同じ手順で淹れてくれたその元気のない珈琲は、ひと口飲んだ瞬間「おぇっ」っとなった。
もうこれ以上の表現は思いつかない。
二口目は誰も口に運ばなかった。私なんていつも美味しいと思って飲んでいたのに。
帰りがけに、しずくさんに市販珈琲袋を持って帰りますか?と聞かれた。
私は家にある同じものも、処分しようかと思ってしまうくらいだったので、返事に困っていると、アイが
「はーい、明日には飲めそうでーす」
と笑いながらもらっていた。
「あーっ!ずるっ」とそのえさんも悔しがる。
これにはしずくさんも声を出して笑った。
人間これくらいじゃないと、と感心したし、これからのことを心強く思えた。