【ツバメroof物語②】(半分フィクション半分ノンフィクション)/石井-珈琲係
11℃の二人と夕子でツバメroofというほんのちょっと変わったお店を始めてこの冬で4年が経った。
といっても、全員がダブルワークのため、開いている日を全部足しても半年分ないかもしれない。
働く上ではストレスを生じる事はしないという、暗黙のルールがなんとなく出来上がってきた。決して無理はしないスタイル。
無理して珈琲豆は煎らないし、無理してまでお店は開けない。それは道楽だと言われた事があるが、あれは、呆れていたのか、褒めてくれたのかどっちかなぁ…なんて夕子は時々思い出しては考えあぐねている。
いずれにせよ、心地良さが常に夕子の身体を覆っていて安心できる場所。それで充分だ。
その居心地の良さを求めて、3人ともダブルワークしている感じかもしれない。休店日も(も?)遊んでいると思われているかもしれないけど、そんな事はなくて。客がゆっくりしにツバメroofに来てくれる様に、夕子たちも普段の疲れをリセットしに行く。
粗相ばかりの接客だけど、有り難い事に怒る客はいない。まるで「粗相」と書かれているメニューを注文したかのように、笑って受け入れてくれる。(今度メニューにso.souと足してみようか)
例えばお釣りの小銭がない日があった。すると珈琲を飲んでいる別の客が、『私、小銭あるある!』と助けてくれたりする。
さらに看板が風で飛んでしまった日には、笑いながら、持って来店してくれる。(よくOPENが裏返ってCLOSEDになってますがお気になさらずに。)
レジで珈琲1杯を450000円と打ってしまい、『インドネシア通貨かい』って突っ込まれながら大笑いした日もある。
だいたいは、暇なお店だけど、稀にランチ時に忙しい波がくる。そんな時は『今日はおかしいな』なんてボソボソ言いながら、夕子はキーマカレーを盛り付けている。
落ち着いた頃、その子さんがお皿を洗いながら『今日は、3回転ルッツやったなぁ』というと『いや3回転半トゥループや』とアイが言って、3人で笑い転げる。これは、冬季オリジナル限定隠語。
このお店でランチを始めようと言ったのはアイだった。また珈琲を450円にしようとか、いや高いから350円だとか、お釣りを用意するのが面倒だからやっぱり500円にしよう等、自由に値段を言い出す。
夕子は、聞くフリをして、珈琲を飲みながら、うなずく。
アイは思いつくまま瞬間を生きているので、その時の感覚で珈琲の価値が変わるのだろう。まるで寿司屋の時価のように。ただそこには、仕入れ値も人件費も含まれない。あるのはただアイのその時の感覚のみ。
この感覚的な物は、時に鋭く的を得ているが、往々にしてやっかいである。さらに驚く事に、その子さんはまた別の次元で生きているので、『もう1000円!』などと言い出す。時に3人の会話は、カオス状態になる。スキージャンプに例えると、終着点は吹雪いて見えないが、跳ぶとK点越えみたいだと、夕子は思っている。
そんな11℃の二人、デザインの仕事や、設計の話し合いの時は、恐ろしくシッカリする。電話の受け答えなんて、急にデキる人になる。お昼ごはんを用意しても、全く手につけず、目の前の仕事に真摯に向きあっている。それは食欲より職欲だと思う。
その集中力は憑依という表現がピッタリかもしれない。そのため客が来ても気が付かず、お水さえ出せない時がある。夕子が一人接客してる風に見える時もあるけれど、それは、スタッフが接客するという固定概念に囚われているせい??とにかくそんな常識は二人にはない。
(そして客より笑い声が弾けてしまい、申し訳ない事があるが、その場合は、その子がやらかしたと思っててくれて間違いございません!)