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6月は「毎日チョウゲンボウ」6/14更新分

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※「毎日チョウゲンボウ」は1990年に平凡社より刊行された「チョウゲンボウ(Kestrel)優しき猛禽」をWeb用に再編集したものです。

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その日の夕方、南アルプスからの淡い夕陽を受けて崖の最上部にとまる雄と雌の姿があった。

彼らは今まで私が聞いたこともない、心から悲しそうな声で鳴きはじめた。
「キョリリー…、キョリリー…、キョリリー…」「…私は巣穴へ戻りたい。あの巣穴の中にはもうすぐ生まれる私の赤ちゃんがいるのよ…」「…それはもうむりというものだよ‥、あきらめなさい…、あきらめなさい…」私には本当にそう聞こえた。

ああ、もうこの2羽が巣穴に戻ることはないだろう。今、彼らは巣穴の中の小さな生命に最後の別れを告げているのだ……。私は涙があふれてとまらなかった。そしてそれはすぐさま自らへの激しい怒りへと変わった。

おまえは今、彼らが本当に困っているのに何もしてやれないじゃあないか。何が彼らを守りたいだ。笑わせるな。私はひたすら自分を責め、いかに自分が無力であるかを思い知った。しかし、どうあがいても私にはなす術はなかった。

翌日、彼らの姿は崖から消えた。私はくやしくてくやしくて、もう彼らの姿はないと知りつつも崖に通った。本当に何もなす術はなかったのだろうか、何かしら方法はあったはずだ。とにかく私は力不足だ。そんな思いは強かった。

それから半年後の秋、工事の完成を待って、私は夏の間に覚えたロッククライミングの技術を用いて、彼らの巣穴までの懸垂下降を試みた。

巣穴のところで停止して、その奥をのぞくと、柔らかな砂地に埋もれて風化した卵の破片を見つけた。

ひとつをそっと手にした瞬間、私は彼らの悲しみにふれた気がした。私はそれを大事に胸ポケットにしまいこんだ。

結局、工事の年とその翌年は彼らは繁殖しなかったが、1985年よりまたこの崖に戻ってきた。そして、毎年元気よく何羽もの雛を育てているのは、私にとってこの上もない喜びであったのである。

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著者紹介:平野 伸明(ひらの・のぶあき)

映像作家。1959年東京生まれ。幼い頃から自然に親しみ、やがて動物カメラマンを志す。23才で動物雑誌「アニマ」で写真家としてデビュー。その後、アフリカやロシア、東南アジアなど世界各地を巡る。38才の頃、動画の撮影を始め、自然映像制作プロダクション「つばめプロ」を主宰。テレビの自然番組や官公庁の自然関係の展示映像などを手がける。

主な著書に「小鳥のくる水場」「優しき猛禽 チョウゲンボウ」(平凡社)、「野鳥記」「手おけのふくろう」「スズメのくらし」(福音館書店)、「身近な鳥の図鑑」(ポプラ社)他。映像ではNHK「ダーウィンが来た!」「ワイルドライフ」「さわやか自然百景」や、環境省森吉山野生鳥獣センター、群馬県ぐんま昆虫の森、秋田県大潟村博物館など各館展示映像、他多数。
→これまでつばめプロが携わった作品についてはこちらをどうぞ。

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