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6月は「毎日チョウゲンボウ」6/13更新分

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※「毎日チョウゲンボウ」は1990年に平凡社より刊行された「チョウゲンボウ(Kestrel)優しき猛禽」をWeb用に再編集したものです。

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1人の若い男の人が答えた。「崖の前の水門の改修工事です。もうすぐ工事に入りますが、完成には半年はかかると思いますよ」

私は頭を何かでガーンと打たれたようなショックを覚え、愕然とした。

くわしく話を聞くと、その工事は、富士川の流れを変えてまで行われる大規模なもので、今年度の県の重要なプロジェクトのひとつだった。

しかし、今から工事がはじまるとすれば、ちょうどチョウゲンボウの求愛、産卵、抱卵期にぶつかってしまうではないか。

私は何とか工期を先へ延ばしてもらえないかと、建設省の建設事務所や町役場などの行政機関にお願いしてまわったが、河川関係の事業には漁業権や住民権、そして業者の複雑な権利が絡むらしく、とても私一人や鳥の都合などで予定を変更してもらえるはずもなかったのである。

その間にもチョウゲンボウは例年どおり3月下旬に卵を産み、4月のはじめに抱卵に入ってしまった。

工事もまるでそれに合わせているかのように進み、杭が打たれ、縄が張られ、1台、また1台と広い河原に重機が並んでゆく。

事態はまさに最悪であった。工事はすでに上流で川の流れを変えられて、巣穴のすぐ近くにまで重機が入りこむようになった。そして4月25日、ついに重機が崖の一部を削り始めた。

卵を抱いていた雌はあわてて巣穴から飛び出た。重機はうなりをあげ、キャタピラは石を踏みつけ跳ね飛ばす。

雌は抱卵に入って3週間を過ぎようとしている。巣穴の中では確実に新しい生命が育ちつつあるのだ。

私はやり切れなかった。何とか、何とかならないものか。重機がとまると雌はすぐ巣に戻った。重機が動く。また雌が飛び去る……。それを何度も繰り返した。それでも初日と2日目はメスも辛抱していたようだった。

そんな雌に、雄は一生懸命獲物をとらえてきては運んだ。しかし3日目、重機が巣穴のすぐ近くまで来て河原を掘り始めて、巣穴を飛び出した雌はもう戻ろうとはしなかった。

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著者紹介:平野 伸明(ひらの・のぶあき)

映像作家。1959年東京生まれ。幼い頃から自然に親しみ、やがて動物カメラマンを志す。23才で動物雑誌「アニマ」で写真家としてデビュー。その後、アフリカやロシア、東南アジアなど世界各地を巡る。38才の頃、動画の撮影を始め、自然映像制作プロダクション「つばめプロ」を主宰。テレビの自然番組や官公庁の自然関係の展示映像などを手がける。

主な著書に「小鳥のくる水場」「優しき猛禽 チョウゲンボウ」(平凡社)、「野鳥記」「手おけのふくろう」「スズメのくらし」(福音館書店)、「身近な鳥の図鑑」(ポプラ社)他。映像ではNHK「ダーウィンが来た!」「ワイルドライフ」「さわやか自然百景」や、環境省森吉山野生鳥獣センター、群馬県ぐんま昆虫の森、秋田県大潟村博物館など各館展示映像、他多数。
→これまでつばめプロが携わった作品についてはこちらをどうぞ。

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