ツヨシと言う名のワンとも言わない借り物
一人暮らしを始めて数ヶ月、仕事も生活も落ち着いてくると、暇な時に何をしたら良いかわからなくなることがある。
つい先日の週末も時間を持て余し、お手玉のように空にいくつもの時間を投げてはキャッチしていた。
ふらっと近所を散歩すると、いつも目的をもって歩く時には気づかないものにも気づくことがある。
街角に佇むそのペットショップは"犬専門"と大きな看板を掲げていた。
子供の時にイヌを飼っていたことのある私は、どちらかというとネコよりイヌ派、でも言うほど好きでもない、そういう感じだったけど、何の気なしにその店に入ってみた。
電子音のチャイムが鳴ると同時に、店奥の檻の向こうから無数のイヌ達の鳴き声が大きく店内に響く。そして獣臭はかなり強く、鼻をつまみたくなるほど。
なんとなく説明を受けて、なんとなくレンタルペットとして、ミニチュアダックスフントを借りてしまった。
1時間2000円プラス保証金2万円。
高い保証金に驚くとともにたまたま財布に入っていたのをみてホッとした自分は、この時点で借りる気満々だったのだろう。
名を"ツヨシ"という。
あれだけ仲間とともに吠えていたツヨシは、自分がレンタルされるとわかると吠えなくなった。そして他の仲間達は最後のアピールに躍起になっている。さらに声を強めて私に吠えてきた。
あぁ、みんなこんな狭い檻が嫌で出たくて仕方ないんだなぁ…
手続きを済ませ、ツヨシとともに外に出たと同時に、ツヨシは強くリードを引っ張りだした。
ツヨシは元気よく公園や通りを心地よいペースで一緒に散歩してくれたが、結局最後まで外の世界では一度も吠えなかった。
約束の時間が迫り、店前に戻ってきた時、唯一、一回だけ、話しかけてきた。
"クゥーン"
またあの檻の中にツヨシを入れなければならないのかと思うと、このまま連れて帰ったら2万円の保証金で彼を手に入れられる、という気持ちが強くなってきた。
でもツヨシにはツヨシの世界があるのだ。
そして出張の多い私はペットを飼うことを諦めたではないか。
たまにツヨシに逢いに行こう。
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