「染井さんちの吉野くん」第45話
第45話【普賢象さんのファンサ】
八重桜見物の夜は和やかに過ぎ、ついに約束の日を迎えた。
普賢象に枝垂桜のお姉さんとの関係性を教えてもらう日だ。
叶恵と恒平と柴太郎は、三たび自然公園を訪れた。しかし、叶恵は首をかしげた。
「あれって普賢象さんの木だよね?」
見覚えのある白い八重桜がない。
普賢象らしき木では、柔らかな赤い花が風に揺れ、ときどき木からぽとりと落ちる。
恒平がカメラのシャッターを切った。
「すげえ、図鑑で見た通りだ。
花が白から赤に変わるって本当だったんだな」
「えっ、そうなの!?」
「その通りだ。恒平、よく知ってるな」
目の前の木から普賢象が現れた。
その装いはいつもと大きく違う。
「わぁっ、普賢象さんの着物きれい!」
「おや、この着物を見るのは初めてかな?」
花と同じ赤の着物だ。
華やかな着物に合わせたのか、普賢象はすっきりと前髪を上げて、耳にかけている。
いつもよりきちんとした髪型だ。色白の気品ある顔立ちに合っている。
「恒平が説明してくれた通り、俺の花は満開と咲き終わりの色が大きく違う。
白から赤へ変化するんだ。
精霊の着物は花の色と同調していてな。だから、こんな色になるわけだ」
「いつもの白い着物もいいけど、こっちの赤もかっこいいね」
「うん。なんでも似合うな」
子どもたちの素直な感想を受け、普賢象は涼やかに微笑んだ。
「ありがとう。さて、本題に入ろうか。
叶恵ちゃん、恒平、こんな風に両手を皿の形に広げてくれるか?」
「へ?」
「こう?」
「上出来だ。そのままの姿勢で」
普賢象は木の横に立ち、軽く右手を振った。
すると、二つの赤い花がふわりと宙を舞い、二人の手のひらの中に収まった。
「来てくれてありがとう。春のお土産にしてくれ」
「かっけえ!!」
恒平が叫び、叶恵も黄色い声を上げた。
「すごく綺麗! ていうか、これって」
「「ファンサだ!」」
「ファンサ? あぁ、ファンサービスか。
吉野がよく言うやつな。ふふっ、花飛ばしがファンサになるのか?」
普賢象はおかしそうに言った。
「これ、花飛ばしっていうの?」
「俺はそう呼んでいる」
ふたたび普賢象が片手を振ると、次は一つの花が飛び、柴太郎の頭の上にふわりと乗った。
「柴太郎もどうぞ。
自分で言うのも何だが、こんな風に狙った場所に花を飛ばすにはコントロールが必要でな。
咲き終えた花が枝から離れる直前、俺の霊力を加えて落花の軌道を変えている。
そして、叶恵ちゃんと恒平の手の上と柴太郎の頭の上に落としたというわけだ」
「マジでかっけえ。精霊っぽい!」
「桜の精霊さんってこんなことできるんだ。すごいね!」
叶恵が花を柴太郎の鼻先に移動させると、柴太郎はつぶらな瞳を輝かせた。
「このような尊いお土産を私にまで……感謝いたしますぞ、普賢象殿。見事なコントロールですな」
「ははっ、柴太郎にも喜んでもらえてなによりだ」
「でもこれ、どんなときに使うの?」
叶恵は柴太郎の頭の上に花を戻した。
柴太郎は嬉しそうにしっぽを振り、大人しく花を乗せられている。
「それはむろん、俺の花を見る人を楽しませるためだ。
テレビや雑誌の花見特集で、八重桜が取り上げられることがあるだろう?
その撮影のとき、カメラから見ていい感じのところに花を落としたりする」
「そんな撮影協力してるの!?」
「ときどきだ。で、叶恵ちゃんが会ったという枝垂桜のお嬢さんと俺との関係だが」
「そう! 気になってた!」
叶恵と恒平が息を詰めて見守る中、普賢象はためらうように目を伏せた。
「彼女にはその……これの調整を見られて」
「「は?」」
第46話↓
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