減点主義をなくしていく
いらっしゃいませ。
合同会社つなはぐ相模湖、代表のHYです。
勤めの仕事が中心の3日間を過ごしました。
今日は当社関連のことに取り組みました。
必要な備品の調達、各方面との面談を進めています。
10月から木質ペレット燃料を販売致します。
販売開始日は、改めてお伝えします。
減点主義はいい作用があるのかどうか
100点満点のテストがあるとして、
能力を評価するために、そこから減点したものを
結果とするしかない、ということ。
数字というのは尺度を示すには便利なのだけど、
数字ではない方法で、価値を示してみよう!
となると、言葉なのか、ただ褒めるだけなのか、
量や大きさなのか、
量や大きさを数字に変換しているならば、
まだ現物があるからよいけれど、
貨幣や、評価点数となると、
現物ではなくその時々の
恣意的な尺度がはさまっています。
教員をしていたとき、
テストや課題の難易度の基準や
評価採点基準というのは、
権限を持っている人(学校の場合は教師)
にコントロールされるものであることがよく分かりました。
ペーパーテストにおいては、
偏差値や難易度、問題の傾向というものがあります。
それがある理由は、
同じ内容の試験ならば母集団の能力値の影響もあるけれど、
作成者側がこのくらいの水準のものということで、
意図的に問題の内容を調整しているからです。
一定の枠内で能力を測る減点は必要、組織の中でその人の処遇の今後に及んでいくような減点主義はいらない
ミスったら、失墜まではいかないけれど、上昇はできない。
というのが、日本的な減点主義であるように思います。
そうすると、いろんなことにびくびくしてしまい、
新たな取り組みや、大胆な意見などは出しにくくなってしまう。
この日本的減点主義は、
人間や世の中は簡単に変わるものではないとか、
何が何でも現状維持をしたいとか、
そういうところからくるものなのかと思います。
または、日本的減点主義による既得権がある。
減点されないように慎重にやってきた人を保護するような、
深層心理があるのかもしれません。
経済的停滞&現状維持が続いている社会の背景として、
組織が持つ原点主義っぽい意識が見えるような気もします。
私としては、
終わったこと、誤ったことは事実として受け止めつつ、
意識の持ち方を減点主義ではなく、
その人の振る舞いや価値観、
それに伴う行動や言動を見てみる、
という方向へ振っていくことが、
肝心なのではないかと思います。
結びの挨拶
明日もnote更新するつもりです。
どうぞ宜しくお願い致します。