あの夜
「仕事をやめようと思っている俺みたいな人と付き合おうと思える?」「結婚考えられる?」
会うのが3回目だったあの夜そう言われた。
今思えば、遠回しの告白だったのかもしれない。
でもそうじゃないかもしれない。
うまく言葉を返せず、それを思い出しては今も忘れられない。
その言葉を言ってきた人は当時、私が気になっていた人。
あの日、念願の1日デートをした。
その人はその日も仕事だったが、私とのデートのために「なんとか仕事を片付けて行くね」と言って時間を作ってくれた。
車で迎えにきてくれて移動中の助手席から見る相手の横顔にドキドキしたのを今でも覚えている。
美術館に行った後に居酒屋でのんでいて、楽しく話してた。
酔いもまわって気になる人の顔もちょっと鼻にかかったような低い声もさらにかっこよく思えた。色素の薄い相手の潤んだ目は綺麗だった。
話のテンポも会話の内容も最高に合って、考え方もすごく似てて、あんなに気の合う人は初めてだった。ものすごく居心地が良くて楽しかった。
仕事の話をしていて、相手が仕事を転職するか迷っていた。
ちょっとだけ真剣な顔になって、
「仕事をやめようと思っている俺みたいな人と付き合おうと思える?」
「結婚考えられる?」
と言ってきた。
勢いで「あなたとだったら付き合えるし、結婚できる」って言えばよかった。
慎重にならなければ良かった。今、思い出してもそう思ってしまう。
あんなに一緒にいて楽しかったのはあの人しかいないからそう思ってしまう。
少しして疎遠になってしまった。
結局今はゲームを一緒にしたりはするけど知り合い以上親友未満という微妙なポジションかな…。
やっぱり物事は勢いやタイミングが大事だと思うし、あの時の私の言葉で関係は変わっていたかもしれない。後悔しても遅い。
あぁ、好きだったな。
慎重になることも大事だが勢いやタイミングも大事なことを学んだ甘苦いあの夜の話はこれにておしまい。