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土とか木の根っことか

ただの人間から母に変わり、十年が経った。
学生の頃から壁に掛けていたモネとゴッホは、七年ほどその座を幼稚園の制作物に譲っていたが、最近、また壁に戻ってきた。
砂場セット置き場になっていたワインセラーも、復活した。
クローゼットの奥で朽ちているのではないかと思われたマノロブラニクも、リハビリは要するものの、なんとか履いて歩くことならできそうだ。

ガラス製の飾り花瓶、アイロン必須の白いワンピース。
昔に戻れたかのように錯覚しそう。
でも、もちろん、過去に戻ってきたわけではない。
公園遊びから作られたシミと、独特な表情筋を使ってきたことによるシワと、寝不足だか過労だかから激増した白髪だけ追加して、空っぽになって十年後の現在にいる。

華やかさ、若さ、冒険心、自己探求、向こうみずな無責任さ。それらを持たない空っぽの私を今埋めるのは、細切れの他者だ。
家族、学校関係、仕事関係のあらゆる細かな事情と予定が、空白ができた側から所狭しと埋まっていく。

他者で埋まっているのは、それはそれで心地いい。
自分が土とか、木の根っこになったような気分で、なるべく合理的にそして優しい判断基準を持って動いていけばいい。誰かの栄養になるべく、差し出したい。

二十年間読んできたどんな名著より、己の未熟さを思い知らせてくれる育児。
十年の間、あまりに見当違いな寄り道や戻り道をしてばかりで、呆れるほど、進んではいない。
十一年前まであった私の身勝手さや無鉄砲さは、母であることによって生まれる制限が、潔く失くしてくれた。

花の色を競うことや、蜂の気を引くこと。生まれた種類や移植を嘆くことは次の世代に受け渡す。
枯れ葉を受け止め、腐葉土を温め、微生物を繁殖させる。
風に吹かれ、雨を染み込ませて、豊かな土を目指したい。
そこがただの人間から、母を通過し、本当の人間になれる場所なのかは、まだ、わからない。

Makiko


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