トヨタ物語 ウーブン・シティへの道|第2回 豊田章男、2018年夏の約束
■誰ひとり漏らさなかった
「あの時」と、塗装課の工長、勝間田宗昌が思い出したのは2018年の7月4日。トヨタの社長、豊田章男が東富士工場にやってきた日のことだ。豊田はその時、初めて「コネクティッド・シティを作る」と発言した。
トヨタが作るコネクティッド・シティ、のちに「ウーブン・シティ」と名づけられる新しい町については2020年の1月に米ラスベガスで開かれたCES(コンシューマー・エレクトロニクス・ショー)で初めて言及したとされている。
しかし、東富士で発言したのはそれより1年半も前のことだった。
東富士工場の従業員たちはマスコミに漏らせば大きなニュースだとわかっていたのに、1年半、誰ひとりとして話していない。豊田が「内緒だ」と言ったわけでもない。それでも、誰ひとりとして話を漏らさなかった。
豊田はあの時、こう発言している。きっかけは話を聞いていたひとりの工程員が挙手したことにあった。
「はい、あなた」
豊田が指さしたら、ひとりが立ち上がり、マイクを手に持って質問した。
「社長、ここには、いろんな人間がいます。これから、東北に行って、また車を作っていこうという人、本当は行きたいけれど、家族のことを考えると、一緒には行けないからやめざるを得ない人…。
そういう人たちのことを考えると、喜んで向こうに行くのはどうかなと考えてしまうんです。正直、いろいろあるんで、今後、トヨタがどうなっていくのか。未来のビジョンというか、そういうのがあったら、わかっている範囲でいいので、考えていることを教えていただければありがたいんですが」
豊田は、うん、とつぶやいた後、話し始めた。彼は日ごろ、理路整然とプレゼンテーションをする。しかし、この時は話に詰まったり、同じ内容を繰り返したりした。しかし、聞いている人間にとっては、その方がよかった。用意してきた言葉を流れるように発表されるよりも、言葉を選びながら、時に沈黙したりしている姿に誠実さを感じたからだ。
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