【短編小説】 霊感タオル その13 ~ 最終回 ~
「で、会えたの?」
社内だとまた要らぬ詮索の波状攻撃が始まるので、時間差退社で自動販売機前で田島と待ち合わせた。
「うん、御守の力は強いね。見えるし耳でも聞こえた気がする。なんか触られた感触もあったし。」
「触ってくんの??」
「え? いや、ベタベタ触られたんじゃないけど。手で腕を掴まれたような感触があったんだよね。」
「へぇ~」
田島が御守パワーには凄く関心がある様子。
「今度、近い内にお線香を上げに行こうと思ってね。田島も行かない?」
心細さが顔を出して、誘わずにいられない。
「行かない。多分、浜波さんだけで行った方が良いよ、私は着いて行って、たまたま一緒に発見者になっただけだから。」
「いや、でも見つけたじゃないの、一緒にさ・・・」
「そういうことじゃないのは、わかっているんじゃないの?」
田島には色々な物事が良く見えるようだ。
「わかった。」
「また何かあったら聞かせてよ。」
「了解!」
行こうと思っていた週末は調子を崩して寝込んでしまった。
翌週はなぜか急激に仕事が忙しくなり、休日出勤をしないといけないくらいに猛烈な状態となった。
行こう行こうと思いつつ、女に最後に会った日から約1か月経ってしまった。
すると、急にポコっと仕事が落ち着いて時間が出来て、何ならヒマになった。
満を持して、予めご家族に伺う連絡を入れて週末に出掛けることにした。
思いっきりの喪服はなぁと思ったので、濃紺の服にした。
公園からさほど遠くなく、1時間弱くらいで到着出来た。
喪服ならバッチリ目立ってしまいそうな、質素な団地だった。
同じ作りの棟が並んでいるので、しばし迷いつつポストで名前を確認して、なんとか予定の時間に到着出来た。
チャイムを鳴らすと、女とそっくりな妹さんが玄関を開けてくれた。
青白かったら、どっちがどっちだかわからないかもしれない。
「こんにちは。お線香だけ上げさせて頂いて、すぐに失礼しますので。」
「遠いところ、申し訳御座いません。有難う御座います。」
室内は程よくヒンヤリしていて、ベランダの方からは風鈴の柔らかい音色が聞こえる。
「暑い中、有難う御座います。」
お母さんが冷えたお茶を持って来てくれた。
「有難う御座います。頂きます。」
暑いのと若干の緊張でカラカラだったので、一気飲みしてしまった。
「暑いですよね、差し替えますね。」
薄くお母さんが微笑みながら、台所の方へ向かって行った。
「あの・・お父様は・・?」
「父は20年程前に他界しています。」
う・・、聞くんじゃなかった。
「あ、、気にしないでくださいね。」
妹さんが笑いながら言った。
「・・すいませんでした。 あの、お線香上げさせて頂けますか?」
お茶の間に小さな仏壇があり、女とお父さんの写真が立てられている。
御守もしっかり供えられている。
女はニュースで見るより、ずっと素敵な笑顔の女性だったようだ。
妹さんがロウソクに火を点けてくれたので、御守を胸ポケットから取り出してヒモに指を通して両手で包むようにして、手を合わせた。
フッと耳元で女の声が聞こえ始めた。
「暑い中、遠くまで有難う御座います。」
目を開けるとロウソクの炎が緩く揺れている。
お線香に火を点けて、また目を閉じて手を合わせた。
「いえいえ、なかなか伺えずにすいませんでした。」
頭の中で返事をした。
「ちょうど今日がお会い出来る、一旦最後の日なので良かったです。」
「何でですか?」
「今日、大事なことを決める日なんだそうです。」
目を開けてみると、お仏壇の写真がさっきよりにこやかな感じがするし、ロウソクの炎が話しているように穏やかに揺れている。
「ちょうど今日が四十九日なんですよ。」
ハっとして振り向くと、お母さんがテーブルに新しいお茶を置きながら話してくれた。
「そうなんですか。。」
体調を崩したり仕事が激務だったのは、あちら側の何かの采配だったのだろうか??
「お姉ちゃん、嬉しそう。」
妹さんがお仏壇を見ながら、初めて微笑んでいた。
「あの子、浜波さんに、どうしても今日いらして頂きたかったのかもしれませんね。。」
お母さんも穏やかな表情でお仏壇を見つめている。
「どうしても、ちゃんとお礼が言いたくて。」
頭の中には女の声が聞こえてくる。
妹さんやお母さんは、どうなんだろう。
お仏壇に向き直ると、女が話し掛けて来てくれる。
「本当に色々とご迷惑お掛けして、申し訳御座いませんでした。あのまま、誰にも気づかれなかったら、きっとずっとあそこに居続けないと行けなかったと思います。」
「・・気づけて良かったです、あははは。」
笑うようにロウソクも弾んでいる。
「母にも妹にも辛い思いをさせてしまったけど、私の気持ちを伝えて頂けたことも本当に嬉しかったです。おかげさまで、何とか今日良い形で一旦離れることが出来そうです。」
「離れる?」
「はい、こちらの良い方向へ何とか連れて行って頂けそうなんです。」
「おッ!! それは良かったです!」
うっかり声に出して言ってしまった。
お母さんと妹さんが、自分を見つめていることが背中にヒシヒシと感じられる。
ロウソクが割と大きく揺れて、頭の中に女の楽しそうな笑い声が聞こえた。
「もう少ししたら、行って来ます。」
「そうですか。。」
「本当に有難う御座いました。」
「元気で頑張って下さいね。 ん・・、合ってるかな?? うん、合ってる、合ってる!」
「うふふ、はい、頑張ります! 浜波さんもお元気で!」
「お母さんと妹さんを守ってあげてくださいね。」
「はい、父と会えましたら、二人で見守ります。」
「ついでに、自分にも何かあったら、少し助けて下さい。あはは。」
頭の中で笑いながら話し掛けた。
「もちろんです!」
「お元気で!」
「本当に助かりました、有難う御座いました!」
お仏壇の女の写真が一瞬、物凄く笑顔に見えたと思ったら、ロウソクが大きく膨らんだ。
あ、行ったんだなと思った。
強く柔らかく御守を包み込んで、深くお仏壇に向かってお辞儀をした。
振り向くと、お母さんと妹さんもお仏壇に手を合わせていた。
緊張していた身体も気持ちも、とたんに解けた。
しばらく、お母さんと妹さんとお茶を頂きながら、女の話を伺った。
真面目で妹思いで親孝行な女性だったようだ。
話しぶりでも十分にわかる、素敵な女性だったんだろうと思う。
帰り際に、法要をする時には声を掛けさせて貰えませんかと聞かれた。
もちろんお伺いさせて頂きますと答えた。
玄関では二人が笑顔で手を振って見送ってくれた。
あのまま、もしあの日、自分が怖がって嫌がって逃げていたら、女もお母さんも妹さんも一生途方に暮れる日を送っていたのかもしれない。
母さんが住職さんの幸せタオルを「当てて」送って来たのも、公園でひと休みした時に、タオルを持ち歩いていたのも、遠からず呼ばれていたのかな。
田島が及び腰な自分の背中を押してくれたのも、“色々とわかる”田島の背中を何かが押していたのかもしれない。
何でも良いや。
不幸だったけど、今は何とか「良い方向」へ、女は行けたんだから。
会社へ行ったら普通に田島に顛末を話すとしよう。
手の中にある御守から、女に腕を掴まれた時の温もりを感じた。
そろそろ、着いたかな?
~ おわり ~