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【短編小説】 ミャーちゃんのどんぐり

みゃーん

「ミャーちゃんもいっしょにさがそうね」

今日も孫のタカちゃんが好きな公園へどんぐり拾いに来ていた。

家のすぐ裏の公園にはブナがたくさん植えられていて、季節になるとたくさんのどんぐりが落ちている。

「ミャーちゃん」はどんぐり拾いに来ると、どこからともなくやって来る猫で、タカちゃんの仲良し。

たまに家にやってきては、開いている縁側から家へ入って来てしまう。

雨上がりの日に入って来られると、縁側にはミャーちゃんの足跡スタンプがたくさん押されて、拭き掃除が大変だ。

こないだは息子のお嫁さんでタカちゃんのお母さんがスタンプを拭いている時に、ミサンガとやらを何かに引っかけて切ってしまったらしく、ますますプンプンしていた。

ミャーちゃんはタカちゃんと一緒にどんぐりを探すように、地面をクンクンと嗅いで回っている。

拾ってきたどんぐりを庭に広げた新聞紙の上にばらまいて乾燥させる。

そのまま空き缶に入れておくと、どんぐりの中にいた虫がはい出て来て、虫の嫌いなお嫁さんは大騒ぎすることだろう。

ただでさえ「そんなもの拾って来て・・」やら「公園で遊んだままにしておくてくれたら良いのに」と文句ばかり、ドングリはそんなに多くもないのだが。


お嫁さんも仕事をしているので、保育園の送り迎えやご飯の支度などのタカちゃんのお世話は私が手伝っている。

連れ合いが乳がんで4年前に亡くなってから、ひとり暮らしを心配して息子が同居を申し出てくれた。

今時珍しいことだが、よく考えてみるとタカちゃんが産まれたばかりだったし、仕事が大好きらしいお嫁さんが少しでも早く職場復帰出来るように、お世話係を体良く任されたようなものかもしれない。

連れ合いがいなくなってからというもの、ボーっとして何も手に付かなくなっていた私には、タカちゃんの世話は慣れないことばかりだった。それが今では張りのある日々となっている。

ミャーちゃんと三人で庭のどんぐりの数を数えたり、お菓子に見立てたり、保育園の友達に例えたりのおままごと。

ミャーちゃんと昼寝をしたがるタカちゃんをなだめすかし、乗り気なミャーちゃんを縁側で押し留めてからタカちゃんを寝かし付け、夕飯の支度をする。

楽しく、穏やかな日を過ごしていた。


ある日、乾燥したどんぐりに穴を開け、ヒモを通してミャーちゃんの首輪を作ることにした。

新聞をくくる時のビニール紐を持ってきたが、

「そんなヒモじゃ、ミャーちゃんがかわいそうだよ」

タカちゃんが他の何か可愛いヒモを探しているが、他には釣り糸しか見当たらず、これは危ないので使えない。

可愛いヒモが見つかるまで、同じ大きさのどんぐりを選んでヒモを通すための穴を開けることにした。

道具箱からキリを持って来て、庭先で小さなイスに腰掛ける。サンダルを履いた両足の間にどんぐりを挟み、キリの先端を当てて、ゆっくりと回転させる。

一気に回転させると乾燥したどんぐりが割れてしまうので、ゆっくり、ゆっくりと。

「ボクもやる!!」と言うから、ヒザにタカちゃんを乗せて私のサンダルの間にどんぐりを挟んでキリを当てようとしていたところで、

「わあ! 何をやっているんですか!! 危ないでしょう!!」

お嫁さんはビックリする位に大きい声を出しながら飛び出して来た。

驚いたタカちゃんは泣き出してしまった。

私はバツが悪くなり、タカちゃんをヒザから下ろした。

「お昼寝の時間ですから」

お嫁さんがなだめすかしながらタカちゃんを家の中へ連れて行った。

タカちゃんが居なくなってから、わたしはひとりでどんぐりに次々と穴を開けていった。

幸い中から虫が出て来ることもなく、5つばかり上手く穴を開けられた。

これは仕舞っておかないと、開けた穴から虫が入ってきてしまうかな。。

薬の空き容器があったので、表に「どんぐり」とマジックで書いて風通しの良い玄関の靴箱の上に置いた。

残りのどんぐりは、こちらもピタっと蓋の出来るお菓子の空き缶へ入れて靴箱の下へ置いた。


徐々に寒さが濃くなり、雪がちらつく日も増えて来た。

あまり寒いとなかなか公園に出掛けることも出来ず、タカちゃんは家の中で絵本を読んだり、積み木を積んだり。

ミャーちゃんもどこぞで暖を取っているのか、しばらく姿を見せなかった。


本格的に寒さが増して雪が積もる季節になると、親戚に不幸が出た。

まだ小さいタカちゃんを連れて電車で行くのは大変なので、車で出掛けるということになった。

雪が降り続いている土曜日だった。

寒さが厳しくなるとヒザが激しく痛むので、失礼ながら私は留守番とさせて貰うことにした。

「おみやげはなにがいい?」

タカちゃんが遊びに行くお出かけと思っているのか、楽しそうに聞いて来てくれる。

「気を付けて行っておいでね。」

「泊まらないで、夜には帰って来るから。」

親戚のお宅は少し遠くだが、それなりに人が集まると思われるため、帰宅がそれほど遅くなることもない息子は日帰りを予定しているようだ。

「わかった。雪の運転、行き帰り気を付けてな。」

後部座席の窓を少し開けて、「いってきまーす!」と元気良く、タカちゃんが笑いながら手を振ると車は出発した。


雪は夜につれて強くなり、私のヒザも呼応するように浮腫み痛んだ。

ヒザをさすりながらテレビを見ていると、速報のテロップが表示された。

高速道路の玉突き事故のニュースだった。

長距離トラックが軽自動車に突っ込み、怪我人が出ているとのことだった。

我が家方面で時間的に息子家族が走っているかもしれないと思った。

嫌な予感がして、お嫁さんの携帯電話へ電話をかけてみた。

呼び出し音は聞こえて来るが、出る気配が感じられない。

足止めを食っているのかもしれないし、パーキングで食事でもしているのかもしれない。

しばらく待ってみたが、折り返しの電話が掛かってこない。

ニュースの時間となった。

長距離トラックは雪で視界が妨げられ、前方の軽自動車に気付かずブレーキが遅れて追突した、とのことだった。

再度、お嫁さんへ電話をかけてみた。

呼び出し音だけが聞こえる。

何十回も鳴らしたが呼び出し音だけが聞こえる。

息子にもかけてみたが、こちらも呼び出し音だけが聞こえる。

ニュースを見ていても気もそぞろで耳に入って来ない。

その内に事故に居合わせた人からの映像とやらが映し出された。

ぺしゃんこに潰れた軽自動車が映っている。

雪で霞んだ映像だったが、車の上に立っているアンテナに見覚えがあった。アンテナの先に黄色い丸いマスコット状の物。たかちゃんの大のお気に入りのネコのマスコット。

ヒザの痛みは感じなくなっていた。


夜も深くなって来た頃、警察から電話があった。

車のナンバーから割り出した、とのことだった。

翌朝、現地の警察署へ向かって3人の亡骸を確認した。

息子夫婦については持ち物だけ確認し、顔は見ない方が良いと言われた。

対してタカちゃんは、眠っているようにしか見えなかった。


葬儀はお嫁さんのご両親と妹さんと近所の方に手伝って貰った。私だけではどうにも出来なかった。身内だけで見送るつもりだったが、息子やお嫁さんの会社の方も何人か見送りに来てくれた。

タカちゃんのお友達も何人か来てくれた。

「タカちゃん、どうしたの?」

「ちょっと遠くに・・、お出かけしたんだよ。」

私は抑揚無く答えた。


仏壇の連れ合いの写真の横に3人の写真がそれぞれ並んでいる。

ついこないだまで、一緒に食事をしたり保育園や公園に行っていたのに、誰もいなくなってしまった。

あれからずっと、考えている。

何で私が行かなかったのか。

私ひとりが行けば良かったのに、そうすればあの子達は。

みんなの止まった時間から、私だけが残されたのに時間は進む。


縁側にぼんやり座っていると、久しぶりに公園の方からミャーちゃんの鳴き声が聞こえてきた。

「タカちゃんは?」

みゃあ、みゃあとミャーちゃんから聞かれている気がする。

「タカちゃんは・・・」

ミャーちゃんに答えかけた時、ミャーちゃんの首にどんぐりが揺れているのが見えた。

どんぐりが小さく揺れている。

ヒモはいつぞやお嫁さんが縁側で切ってしまった「ミサンガ」だ。

急いで玄関へ行ってみると靴箱の上の薬の容器が見えない。

お嫁さんが切れたミサンガにどんぐりを通して首輪にしてくれていたことを知った。あんなに「虫がいるかも」と嫌がっていたのに。

玄関でぼんやり立ちすくんでいると、家に入って来たミャーちゃんが、小さくどんぐりを鳴らしながら私の足元に首を擦り付けてきた。

どんぐりは5つ。

よく見ると、マジックで顔が書いてある。

下手くそなりに息子が書いたであろう顔だった。

たかちゃんとお嫁さんと息子と連れ合いと私の顔。


もう少し・・・、頑張ろうかな。

ミャーちゃんとどんぐりを撫でながら思った。

ミャーちゃんが、小さく「みゃあ」と鳴いた。


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