【小説】 変える、変われる。 : 55
「へえぇ?」
謎な出来事に驚いて、マヌケな返事をしてしまった。
「本当に急で申し訳ありません。いま、お時間大丈夫でしょうか?」
窓の外では意外とスズメがハトに勝利を納めたようで、肩を回しているように羽をフニフニ動かして、「やったった」感でゆっくりと過ごし始めた様子。
「はぁ。。」
「あの、、先日のことでお話出来たらと思いまして。会って頂けませんでしょうか。」
「いえ、特に話すことも何もありませんので。」
もう、全部終わっちゃったことだし、自分から話すことも聞きたいことも無いし、会っても気まずさ1000パーセント。
「お詫びしたいんです。。 お会いして頂けませんか?」
「お詫びされることは無いですから。大丈夫です。」
「・・・」
「・・・」
「・・じゃ、会いましょうか、、、」
沈黙に勝てない、弱いわ。 スズメ、強かったのかな。
「有難うございます! いつでしたらご都合宜しいでしょうか?」
有り余ってご近所に配りたい程に時間があることはご存じであるまい。それに電話だと切り時も見失う位の押し問答が続くだろう。断り続けるのも疲れるし。
「そちらのご都合の良い時で、こちらはいつでも。」
「これから、、如何でしょうか? K駅に伺います。」
いま??
今日が何曜日で何時かもわからないけど、外は明るいから恐らく昼過ぎ位のはず。それでもって今から会おうっていうから、土日のどっちかなんだろう。
「いえ、用事もあるので、S駅に行きます。こないだのベンチに1時間後くらいでどうでしょうか。」
1時間あれば腑抜けた頭も少しは回るようになるだろうし、ちょっとは散歩程度に動かないと歩けなくなりそうな引きこもり具合。無印で美味しそうなレトルトでも買って帰ってくれば良いや。
「でも。。」
「良いんです、では、1時間後に。」
「すいません。お待ちしています。」
安心したようで申し訳無い、か細い声で電話が切れた。
電話を切ってスマホのカレンダーを見たら、土曜日の13時半だった。
もう週末でしたか、、世間と隔絶しています。
天気も良いし歩くのも気持ち良かったから、まるで張り切っているように14時過ぎに到着してしまった。
スタバでストロベリーフラペチーノがまだ売っているのが見えたので、吸い寄せられるように店に入って買ってみた。
ベンチに座ってクピクピ飲んでみたら、思っていた通りに美味しくて嬉しくなった。辞めてから感情の起伏ゼロで過ごしていたから、世間の日常を感じられて安心した。
美味しさを噛みしめていたら日差しがスっと陰った。
あれ?と思ったら「すいません。遅くなりました。」と能面がベンチの横に立っていた。
スマホをチラっと見たら「14時15分」で全然遅くない。
「早く着いたので。。」
ニヤニヤして無かったかなと居住まいを正した。
「隣、宜しいですか?」
「どうぞ。」
立たせたままで話なんて、地獄絵図はこちらも困る。
「あの、本当に退社されたんでしょうか。」
そんな確認をしにわざわざ?と思った。
「はい、辞めました。あの、電話番号はどうして?」
「玉田さんに無理をお願いして教えて頂きました。承諾も無くて申し訳ありません。」
あらー、ホットライン盤石。玉ちゃん、何故に先に教えてくれないのかしら。出ないのをわかっているからね、きっと。
「あの、わたしが席を外した後に話がおかしい方向に行って、木村さんが辞める話になったって、三田村さんから伺って。」
「かなり失礼な話をしましたから、、仕方無いです。」
「でも、本当はわたしが・・・」
「いえ、自分が言いたい放題言ったことが原因です。三田村さんにも所長にも凄くご迷惑お掛けしてしまったし、自分で決めたことです。石黒さんがどうということじゃ無いです。逆にもっと言われることになっていたら、すいません。」
「そんなこと、、本当に申し訳ありません。。」
能面が自分の手にめり込みそうなほど、プルプルと自分の手を固く握りしめていて、血の気が失せているように見える。
親指に絆創膏を貼っていてそこだけ、真っ赤に染まっている。
「指、どうしたんですか?」
この状況と雰囲気を何とか変えたくて言ってみた。辞めた話は能面を責めるようなことでもない上に、あの時に自分が言わなかったら、能面が何らかの無理強いをされていたはずだ。自分が言っても言わなくても二人組は普通には理解出来ない「鬱憤」を晴らしたかっただけだと思うから。
「ちょっと、切ってしまって。」
「深いんじゃないですか、相当血が出ているみたいですけど。」
後ろ向きな怖い方向で自分で切ったんじゃないのかと思って、これ以上聞くべきか否かハラハラしてきた。でも、指だしな。
「組立家具の梱包をほどく途中で切ってしまっていたみたいです。目立ちますね。」
出た組立家具! 女性 vs 組立家具。
おねえちゃんの本棚と言い、抜群の相性の悪さ。
「何の家具を作るんですか?」
「本棚が欲しくて買ったんですけど、開梱の時点でこうなってしまいました。」
出た、本棚!! カラーボックスまでは楽勝だろうけど、重さも畳みかけてきて、部材点数も取説を見た時点でやる気をさぞや削いだはず。
「ああ、本棚はね、重いし女性ひとりだと大変だと思います。」
「簡単に出来る感じに説明分が書かれていたので、大丈夫かと思って。」
ああ、そこはうっかりしましたね。
「前に何か作ったりしたことありますか?」
「いえ、初めてです。時間を掛ければ出来ると思います、多分。」
「・・・手伝いましょうか?」
少し雰囲気がほぐれてきて、また気が緩んで口走った。
「え? でも。」
「自分は時間がありますし、こないだ従姉に頼まれて作ったんです。ほとんど1人で1時間くらいで作ったかな。あ、でも独り暮らしでしたね。そうだった、じゃ、頑張って下さい。」
ノリ突っ込み状態に自分でも「なんじゃそら」と思った。
「あ、あの、お手伝い頂いても良いですか? 凄く助かります。」
「伺っても大丈夫ですか?」
「はい、凄く狭いですけど。。それと少し歩きます。」
「じゃ、行きましょうか。」
ストロベリーフラペチーノを飲み切って、スタバに空き容器を捨てて、能面宅へ行くことになった。
あんなに血が出ていたら部材全部に血痕スタンプが付いちゃうだろうし、気分転換に調度良いかな。
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