【小説】 変える、変われる。 : 70
スウェットと長袖Tシャツなら少し大きくても大丈夫そうなので、このセットを用意した。バスタオルとスポーツタオルを5枚程用意して洗面所に置いといた。
「これ、どうぞ。」
「有難う御座います。。」
少しだけ顔の赤みが引いて来たので、落ち着いて来たのかな。
ピンポロリロリロリ~ン♪ オフロガワキマシタ!
能天気な音声アナウンスがお風呂の湧いたことを教えてくれた。
「あるものは何でも使って下さい。タオルも置いといたので、どうぞ。」
「はい、、お借りします。」
トコトコと石黒さんは洗面所へ消えて行った。
すぐにトコトコと戻って来て、
「これ、どちらを入れますか?」
置いといた入浴剤を2個共持って聞いて来たので、
「お好きな方を入れて下さい。僕はどっちでも良いので。」
「そうしたら、ゆずを入れますね!」
嬉しそうに戻って行ったので、嫌がってはいないかな・・入浴剤を選んでいるしと思って少しほっとした。
風呂に入らせて、泊まることを強要している気がまだまだするので、油断はならない。
それは、石黒さんのセリフか・・・
クローゼットから布団セットを玄関へ持って行って「あら、ここで本当に寝るのね」と思われるようにスタンバイ。
自分の着替えを準備して、石黒さんが出てきたら続いて風呂に入って玄関の布団へ直行。謎のシュミレーションで、何に対して必死なんだかわからないけど、万全を期したい。
不安と不穏を感じさせないように部屋を見回してチェックしたけど、そもそも物が無いので、そこは問題無さそう。
ベッドを綺麗に整えて、と。
麦茶を飲みながら他人が部屋に来るのは何年ぶりかと考えてみると、10年程前に元カノが来たのが最後だったなぁと思い出した。
他に好きな人が出来たから別れて欲しいと言われたんでした。そういえば。
告白されて付き合うことになったけど、時間が経つと物凄くマウントを取ってくるようになって。さらに上からガンガン言ってくるから、別れて欲しいと言われたときは二つ返事で「わかった」って言った。それにも「何でよ!!」って、逆切れされたなぁ。何だったんだろう、あれは。
会う回数が増える度に疲れる人だった、、と思う内にウトウトしてきた。
テーブルに突っ伏して寝ていたようで、背中をトントンっと軽く叩かれて「木村さん?」と呼ばれて目が覚めた。
「洗面所にあった、この保湿液と乳液をお借りしても良いですか?」
体が温まったであろう血色の良い顔色と、ふわっとシャンプーの香りがする、リラックスした感じで聞かれた。
「どうぞ、どうぞ。それと、新しい歯ブラシも出しておくので使って下さい。ドライヤーも多分動くので、使って下さい。じゃ、僕も入ります。」
歯ブラシを渡して、自分も風呂に入った。壁にある操作盤の時間を見ると1時間程経っていたので、多分ゆっくり入れたと思う。同じ湯船に石黒さんが入っていたんだと思うと、不思議な感じがする。勧めたんだけど。
ゆずの香りも気持ち良く、体もさっぱりして風呂を出た。
念のため、洗面所に石黒さんがいないか薄く扉を開けて確認してから出た。
ボクサーパンツを履いてスウェットに片足を入れた時、歯ブラシを手にして石黒さんが入って来てしまった。
「わっ!!」
「あ、すいません!!!」
石黒さんは慌てて飛び出して行った。
パンツを履いててギリセーフ。
スウェットにTシャツで部屋に行くと、熱湯風呂に入ったような顔色で歯ブラシを口に突っ込んだ石黒さんが座っている。
「もう大丈夫なので、洗面所使って下さい。」
「・・・」
ドライヤーは使っていたようで乾いた髪をなびかせながら洗面所へ消えた。
戻って来て、入れ違いに歯磨きをしに洗面所へ行った。
洗面所の端っこに使った歯ブラシが落ちそうに置いてあるのを、歯ブラシ立てに入れた。
石黒さんが台所の流しで麦茶のマグカップを洗ってくれていた。
「あ、有難う御座います。」
「いえ。。」
「じゃ、寝ますね。石黒さんもゆっくり眠れると良いんですけど。お休みなさい!」
玄関の布団へ向かった。
「寒くないですか、玄関は。。」
カップを洗い終えてタオルで手を拭きながら聞いて来た。
「布団があるから、大丈夫です。」
「私がお布団で寝ます。」
「いえいえ、僕が布団で寝ます。ベッド、シングルじゃないから広く寝て下さい。あはは。」
セミダブルだからそんなに広くは無いけど、布団よりは広い。廊下は部屋より確実に寒いから、他人を寝かす訳にはいかない。
「広いから、、、、」
広いから、なんだろう・・? とどめを刺してみるか。
「一緒に寝ます? 端と端で。 なぁんて、ウソです! あはは!」
訳のわからない流れになって来た。
「廊下でお布団は寒いですから。。」
一緒に寝ることを否定しないでお気遣いが返って来た。
「じゃあ、寝ようかなぁ!!」
妙な空元気で奥の壁にぴったり付くようにベッドに入って寝た。
少しだけベッドを見て、ゆっくりと石黒さんもベッドに入って来た。
石黒さんも逆の端にピシっと沿うように寝ている様子。
これでは絶対に休まらないし、眠れないはず。
やっぱり布団へ行こうと思って起き上がろうとしたら、石黒さんが少し寄って来た。
「間が空いていると寒いですね。」
それはそうに決まっている。もはや山小屋の遭難コントみたいな気がしなくもない。暖め合いましょうみたいなやつ。自分はお風呂から出てホカホカですけど。
足が少し当たって石黒さんの足が少し冷えているのがわかった。確かに自分が出るまで待たせてしまったから。
ここまで来たので、じゃあ、こうしましょう。
グイっと腕枕をした。
完全に半身は密着して、状況は寒くなっても体は寒くは無くなる。
遭難コントは軽く成立。
ビクっと一瞬したけど、石黒さんが離れて行こうとする気配が無い。
ここでビンタ一発のオチだと思ったけど、静かなまま。
「お休みなさい!!」
リモコンで室内灯を消した。
「・・・おやすみなさい。」
石黒さんが眠れない気がするけど、僕も眠れるか自信が無い。
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