【小説】 変える、変われる。 : 87
車の中ではなるべく仕事の話をしないようにして、洗車の話や昼寝が本気寝になりかけて遅れそうだった話をしたら「起きて貰えて良かった」とニコニコしている。
不安が一掃されたせいか、すっかり落ち着いた感じで、運転席と助手席の間に後部座席から身を乗り出して、「車は前から綺麗ですよ」なんてお世辞風の話をしている。
洗車は半年ぶりだったことは内緒にしておこう。
道が混まなかったので、すんなりと部屋に到着。
パパっと鍋を作って、一緒に食べた。
お風呂も入って行くか聞いてみると、
「泊まりたくなっちゃうから、止めておきます。えへへ。。」
ちょっと頬を赤らめながら。
つい釣られてニヤっとしてしまった。
車で石黒さんのアパートに向かって、部屋まで送って行った。
「じゃあ、また明日。」
「うん。きょうはありがとう。また、、明日。。」
石黒さんがググっと首に腕を回して抱きついて来たから、抱きしめ返して頬にキスをした。
満面の笑みの石黒さんに見送られて部屋を後にした。
火曜日も同じように迎えに行って、部屋でご飯を食べて、アパートまで送った。
水曜日も同じ感じで送って自分の部屋に戻って来て、風呂も入ってのんびりしていたら電話が鳴った。
玉ちゃんからだった。
「もしもし」
「もしもし、お元気かしら?」
「お元気ですよ。朗報ですか?」
離職票書類の進捗のつもりで聞いてみた。
「凄いね、ビンゴ! あいつらにとって地獄の釜の蓋が開いたよ、パッカーン♪」
「え?」
「内外でイイ感じに煮え煮えらしい。」
「何の話ですか?」
全然離職票の話では無い様子。
「ただ、断末魔の見苦しい逆切れ爆発の心配があるのよ、そこはきむちゃんじゃないとフォロー出来ないかもしれなんだ。」
「何を・・・?」
「くしゃみの主。パっと見はわからないけど、精神的に本当にギリのはずだからさ。」
「・・誰が?」
「ムフフフフ~ン♪ また連絡するなり~、頼みますよ~だ。」
プチっと電話が切れた。
玉ちゃんが言っていた「来週、遅くても再来週」が足踏みではなく、どんな感じかわからないけど、良い方向に進んでいるのかもしれないと思った。
そして、離職票は届かないらしいこともわかった。
木曜日、いつも通りにメールを入れて、車を停めて待っていた。
すると18時ジャストに二人組が『いますぐ』玄関から出て来て、側道へ入って行った。
駅に向かうこと無く側道に行く意味はひとつしか無いはず。
思った通り側道からロミが玄関方向を監視し始めた。
すぐに車へ来るようにメールを打とうとしたところで、石黒さんがタイミング悪く玄関の階段を下りて来た。
僕には聞こえなかったけど、ロミが何か叫んでこちらへ来ようとしていた石黒さんを呼び止めたらしい。
レミが飛び出して来て石黒さんの腕を掴んで無理やり側道へ連れて行った。
一瞬だけこちらに顔を向けた石黒さんだったけど、為す術も無く側道に消えて行った。
・・どうしよう。
玉ちゃんが偶然に通りかかる奇跡は今回は起きる様子はない。
どうにかしないと・・・
素早くサングラスを装着して、パーカーを深く被り口元まで覆って、エンジンを掛けたまま車を飛び出した。
側道に近づくにつれて、姿が見えずとも金切り声で何か喚き散らす声が聞こえて来た。会社の真横にも関わらず。
頭の中に絶望しかない石黒さんの顔がパっと浮かんだ、と同時に猛ダッシュで側道へ走り込んだ。
壁を背にして俯いて二人組に怒鳴り散らされている石黒さんがそこにいた。
二人組の前に黙って割って入って石黒さんの腕を掴んで、道を引き返した。
「何よ、あんた誰よ!」
口汚く耳障りな声で喚く二人組が追いかけて来た。
僕だけ振り返って、二人組に向かって、グイっと一歩踏み出した。
二人組がピタっと立ち止まって少し後ずさりした。
「お前達に用は無い。」
時代劇の浪人が仇討ちをする時の雑魚に言うセリフのように、低いトーンでゆっくりはっきりと言った。
ギョッとした二人組が僕と石黒さんを交互に見やっている。
二人組が後について来ないことを確認して、石黒さんの腕を掴んでズンズンと車に向かった。
後部座席に少しだけ乱暴な雰囲気を醸しながら石黒さんを押し込んで、自分も素早く運転席に乗り込んで車を出した。
バックミラーにそろそろ~っと側道から出てくる二人組が小さく映った。
サングラスを外して、パーカーから頭を出した。
「えへへ、ドラマみたいでしたね。」
後部座席から石黒さんがギュっと抱きついてきた。
運転しながら石黒さんの頭を軽くポンポンっと撫でた。
「無駄話、聞かせちゃいましたね。。」
石黒さんがブンブンと頭を振って言った。
「・・木村さんの声しか聞こえませんでした。」
「ん、、そっか、良し、ご飯、ご飯! お腹空いたでしょう?」
「・・・ありがとう。」
少し震えた声で石黒さんが言った。
「あぶないから、座って。」
「あ、ごめんなさい。。」
石黒さんがもじもじと後部座席に座り直している。
見苦しいものを確かに見た。
本当に何かが動いているのかもしれない。
それと・・・やるときはやるのである、僕が守るのだ。