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幕張新都心の人工海岸で
ハロプロのコンサートに参加するため、4月の頭に幕張メッセへ行くことになった。せっかくだからコンサートの前に少しだけ、東京湾のどこかの海で野鳥の観察でもしよう。午後いちばんに、幕張のお隣、検見川浜にまで足を伸ばすことにした。ここはコアジサシの営巣地があることで有名な人工海岸だ。コアジサシは草も生えない小石だらけの地面に卵を産む。浜辺のどこかに、適した環境が整えられているようだった。夏鳥の到来にはまだ早かったから期待はしていなかったが、一度出かけただけじゃその場所の全貌は掴めないものだから、シーズン最盛期に再訪するための下見のような気持ちもあって向かったのだった。
JR京葉線・検見川浜駅を降りて南へ歩く。高い建物がなく空が広い。立ち並ぶ団地はこぢんまりとこざっぱりとしている。植栽もきちんと手入れされて明るい雰囲気だ。桜が満開の芝生の空き地でピクニックしている人たちもいて、ほがらかな中国語のおしゃべりが聴こえてきた。
クロマツが主体の防風林を抜けると海だった。天気は悪くなかったが、色は灰色だった。東の海上にはウィンドサーフィンする人たち。ツルナが黄色い小さな花を咲かせ、ハマヒルガオの肉厚の葉が出揃ってきている。水面にはオオバンがたくさん、ヒドリガモがすこし、杭の上には目の周りをペパーミントグリーンに染めた(これは繁殖期の特徴である)ダイサギが一羽。コアジサシの営巣地がどのあたりなのかわからなかったが、中央の舗装路でスケードボードを練習している若者の横をそそくさと通りぬけて浜のすみずみまで確認しにいくのは面倒で、早々に諦めた。
波打ち際で貝殻を拾いながらゆっくりと幕張方面へ歩いていると、背後から「ぎゅいいいいん」という摩擦音が聴こえてきた。見ると、あぐらをかいてくっついている2人の少年(少年、おそらく)がドローンを浮かせている。人が少ないこういう場所が練習には最適なんだろう。ドローンは少しずつ旋回を始め、音は次第に激しく高くなった。できるだけ離れて歩いたが、それでもぐわっと近づいてくることがあって、反射的に身をすくめてしまう。
その時だった。2羽の鳥がどこからかサーッと飛んできて、水際に着地した。双眼鏡を覗くと、コチドリ!フィリピンあたりで冬越しする夏鳥だ。もっとよく見たくて近寄ろうとしたが、そんな私の圧を感じたんだろうか。すぐに1羽がピューと言って飛び上がる。少しおいて、もう1羽もあとに続く。チドリは脚の長い鳥だが、砂色の細い羽が広がるとよりスマートな印象になる。2羽は近づいたり離れたりしながら、大きく旋回しはじめた。水上から砂浜を突っ切って、防風林の手前でカーブ。ここでぐっと高度を上げたそのとき。同じようにぐるぐる回っていたドローンとぶつかりそうになった。あっ!と思ったがコチドリは無事によけて、更に高く飛翔し、やがて太陽の方向に黒い点となって消えた。西の海――三番瀬や谷津干潟なんかに移動するのかもしない。
操縦していた2人はコチドリに気がついていなかったと思う。広い浜辺でのんびり気持ちよく飛ばしていただけなのだ。そのドローンの動きが1秒ずれていたらと思うと恐ろしい。それにしても、ドローンの摩擦音はほんとうに怖かった……。私はその場で立ち尽くし、しばし文明の暴力性について考え込んでしまったが、コンサートの時間が近づいていることに気づき、慌てて幕張新都心の巨大施設に吸い込まれた。
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