英国の実施可能要件:Regeneron Pharmaceuticals Inc 対 Kymab Ltd 事件 [試行]  ※ 当記事は試行であり、法的助言を与えるものではありません。全ての情報はその正確性と現在の適用可能性を再確認する必要があります。

Regeneron Pharmaceuticals Inc 対 Kymab Ltd 事件


Case Number UKSC/2018/0131
対象特許:European Patent (UK) No 1 360 287及びその分割European Patent (UK) No 2 264 163

1. 事件の概要

2020年6月24日、英国最高裁判所は「Regeneron Pharmaceuticals Inc 対 Kymab Ltd」事件([2020] UKSC 27)において、特許法の充足要件(sufficiency)に関する重要な判断を下した。本事件は、特許の有効性とその範囲についての新たな指針を示すものである。

Regeneronは、ヒト抗体を生成するためのトランスジェニックマウスに関する特許を保有していた。この特許は、マウスの免疫グロブリン遺伝子座を改変し、ヒトの免疫グロブリン遺伝子要素を組み込む技術を対象とするものであった。一方、Kymabは、この特許が充足要件を満たしておらず、無効であると主張した。具体的には、特許の明細書が、請求項の範囲全体をカバーする形で発明を再現可能にする情報を提供していないとされた。

対象クレームとして、以下が挙げられる。

Claim 1(特許287号)
"A transgenic mouse whose genome comprises a locus comprising human variable region gene segments inserted at an endogenous mouse immunoglobulin locus, in which mouse variable region gene segments have been deleted."


2. 法的争点

本件の主な法的争点は、特許法における充足要件の解釈と適用である。英国特許法に基づき、特許明細書は当業者が請求項の全範囲にわたり発明を実施可能とする情報を提供しなければならない。これに対し、Kymabは、Regeneronの特許が請求項の全範囲を実施可能にするための技術的情報を十分に記載しておらず、そのため無効であると主張した。


3. 原審(控訴院)の判断

控訴院は、特許の充足要件を満たしていると判断し、特許の有効性を支持した。控訴院の主な判断理由は以下の通りである。

  1. 明細書の開示内容を広義に解釈
    控訴院は、Regeneronの明細書がヒト抗体を生成するための技術を十分に説明しており、当業者がその技術を実施可能であると判断した。部分的な実施可能性でも充足要件を満たすと解釈した。

  2. 発明の技術的進歩性の重視
    控訴院は、発明が高度な革新性を有することを重視し、明細書に若干の不備があっても、特許の有効性を認めるべきとした。


4. 英国最高裁判所の判断

これに対し、英国最高裁判所は控訴院の判断を覆し、Regeneronの特許が充足要件を満たしていないと判断した。その主な理由は以下の通りである。

  1. 請求項の全範囲における実施可能性の重視
    最高裁判所は、充足要件の評価において、請求項の範囲全体を通じて発明が実施可能である必要があると判断した。部分的な実施可能性では不十分であるとした。

  2. 技術的基盤の不足
    特許明細書が広範なクレームを支える十分な技術的情報を提供していないとし、一部の範囲については当業者が発明を再現することができないと指摘した。

  3. 特許の範囲に対する厳格な要件
    最高裁判所は、広範なクレームを主張する特許権者には、その範囲全体を裏付ける技術的基盤を提供する責任があるとした。


5. 判決の意義

本判決は、特許法の充足要件の適用基準を厳格に示したものである。特許権者が広範なクレームを主張する場合、特許明細書に記載された情報が、その全範囲にわたり、当業者が発明を再現可能とするものでなければならない。この判決は、特にバイオテクノロジーや化学分野など高度な技術分野における特許明細書の記載要件の重要性を再確認させるものである。


6. 日本特許法との比較

日本特許法においても、明細書の記載要件として「実施可能要件」が規定されており、発明が実施可能であるよう具体的に記載される必要がある。ただし、この「全範囲にわたり」については、解釈として争いがあり、控訴院の判断も傾聴に値する。とはいえ、英国最高裁判所の本判決は、明細書作成の際の参考となるものであり、全範囲にわたりについて、どのような形で記載をしておくかの指針を与え得る。


7. 結論

「Regeneron Pharmaceuticals Inc 対 Kymab Ltd」事件は、特許法の充足要件に関する重要な判断を示したものであり、特許の有効性における基準を厳格化するものである。

いいなと思ったら応援しよう!