優先権主張:ドイツの場合:BGH X ZR 62/22 [試行] ※ 当記事は試行であり、法的助言を与えるものではありません。全ての情報はその正確性と現在の適用可能性を再確認する必要があります。

判例評釈試行

事件名: X ZR 62/22
裁判所: ドイツ連邦通常裁判所(BGH)
判決日: 2024年5月16日
https://juris.bundesgerichtshof.de/cgi-bin/rechtsprechung/document.py?Gericht=bgh&Art=en&sid=1d5eea043be36a6b6cfb1e689c887e28&nr=138168&anz=256&pos=0

事案の概要

本件は、ヨーロッパ特許第1 576 858号(以下「争点特許」)に関する特許無効訴訟である。争点特許は、LEDモジュール用電源装置に関する発明を対象としている。特許権者(被告)は、争点特許の主張に基づきLED関連技術のライセンスプログラムを実施していた。一方、原告らは、この特許が新規性、進歩性、あるいは十分な開示要件を満たしておらず、特許権が無効であると主張した。

原告らはさらに、争点特許が特許出願の基礎となる基礎出願の開示を超える内容を含んでいると主張し、特許無効を請求した。第1審の特許裁判所は、特許の請求項1〜4が無効であると判断し、この判決を受けて特許権者が上訴した。

争点

  1. 進歩性の欠如
    上訴審では、争点特許が技術の進歩性に欠けるとの主張が中心となった。特許の技術的特徴が、先行技術から容易に導き得るものであるかが議論された。

  2. 特許請求範囲の拡張
    特許の請求項が基礎の出願に基づいていないとされ、これが特許無効の主要な根拠となった。特に、制御装置の構造とPWM(パルス幅変調)信号に関する記載が問題視された。

  3. 技術的な開示の十分性
    技術者が争点特許の内容を再現可能であるかどうか、すなわち特許明細書が十分な開示を提供しているかが争点となった。

代表的なクレーム文言

争点特許の請求項1の内容は以下の通りである:

Claim 1: "A power supply device for an LED module, comprising:

  • a control circuit configured to regulate the current supplied to the LED module;

  • a pulse width modulation (PWM) signal generator configured to produce a PWM signal;

  • wherein the PWM signal comprises both high-frequency and low-frequency components, and the low-frequency component is adapted to vary the brightness of the LED module."

この請求項は、PWM信号の生成とその高周波および低周波成分の組み合わせに関する技術をカバーしている。

クレーム文言を基にした分析

  1. 進歩性の欠如
    裁判所は、PWM信号の制御およびその高周波と低周波の組み合わせが、先行技術において既に知られていたと判断した。具体的には、先行技術の文献には、PWM信号を用いたLEDの明るさ調整方法が記載されており、この技術は特許権者の主張と実質的に同一であると認定された。

  2. 特許請求の範囲は基礎出願の内容を越える
    請求項1に記載された「PWM信号の高周波成分と低周波成分の組み合わせ」が、基礎出願には明確に記載されていないことが判明した。裁判所は、基礎出願の内容を超えた特許請求項については優先権主張が認められないとし、その結果、有効な出願日が変更されることとなった。この変更により、優先日以降であるが出願日前に公開された先行技術が特許性を否定する要因として考慮された。

  3. 技術的な開示の不十分性
    裁判所は、特許明細書がPWM信号の生成および制御方法について十分な詳細を提供していないと判断した。この結果、技術者が特許記載に基づいて発明を再現することが困難であると認定された。

優先権主張との関係

本件では、特許請求の範囲が基礎出願の内容を超えているため、優先権主張が認められなかった。この点が争点特許の進歩性および新規性を否定する重要な要因となった。特に、優先日が変更されたことにより、基礎出願後の先行技術が審査に考慮されるようになり、特許の有効性が大きく揺らぐ結果となった。

判決の意義

  1. 特許請求の範囲の適合性
    本判決は、特許請求項が基礎出願の内容の範囲であることの重要性を再確認するものである。特許権者は、出願時や補正時に請求項の範囲が基礎出願を超えないよう注意を払う必要がある。

  2. 技術的開示の十分性
    技術内容が当業者によって再現可能であることを証明する詳細な記載が必要である。本判決は、特許明細書の記載が技術的実施に十分であるかどうかの基準を厳格にした。

  3. 進歩性の要件
    本判決は、先行技術との差異が進歩性を示すためには明確で具体的であるべきことを強調している。ドイツの進歩性の判断基準との関係で注目される。

結論

BGHの本判決は、特許請求の範囲の厳密な策定と優先権主張の慎重な管理が特許権の維持において不可欠であることを示している。特に、基礎出願がアメリカ出願であったことも少なからず影響しているとも思われる。また、特許明細書における技術的開示の重要性を強調するものであり、特許実務における指針となる判例である。

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