中国における後出しデータの許容:(2022)最高法知行终287号判決 (試行) ※ 当記事は法的助言を与えるものではありません。全ての情報はその正確性と現在の適用可能性を再確認する必要があります。

(2022)最高法知行终287号判決

http://www.lungtinlegal.com/UpLoadFile/Files/2024/7/9/1340757270be6527-6.pdf

1. 事件の概要

2022年、最高人民法院は(2022)最高法知行终287号事件において、化合物特許の創造性(進歩性)と補充実験データの受容性に関する重要な判決を下した。本件は、中国で前立腺癌治療薬として知られるエンザルタミド(恩扎卢胺)の特許(ZL200680025545.1)を巡る争いである。

エンザルタミドは、去勢抵抗性前立腺癌(CRPC)の治療において優れた効果を発揮する抗アンドロゲン薬であり、2012年に米国FDA、2019年に中国の薬品監督管理局で承認された。本件では、第三者が特許無効審判を請求し、創造性が欠如しているとして争点となった。

特許の対象となるクレームの一例は次の通りである:

クレーム 1(原文)
一种化合物,其具有以下通式(I):
【化合物式の化学構造式】


其中,R1是氟;R2是C1-C3烷基;R3是C1-C3烷基; X是N或者C;Y是N或者C;Z是N或者C; 并且X、Y和Z中至多一个是N。

このクレームは、エンザルタミドを包含する新規な化合物構造を特定するものである。


2. 法的争点

本事件の主な法的争点は以下の2点である:

  1. 創造性(進歩性)
    クレームされた化合物が、先行技術(WO2006/028226A1に記載された化合物31および41)と比較して非自明であるかどうか。

  2. 補充実験データの受容性
    補充データを基に、クレームされた化合物の優越性を証明することが許容されるかどうか。


3. 一審判決の概要

特許権者は、無効審決に対して北京知識産権法院で行政訴訟を提起した。特許権者は、補充実験データを提出し、エンザルタミドが先行技術と比較して優れた抗腫瘍効果を有することを示した。一審では、補充実験データを考慮し、クレームされた化合物の創造性を認めた。


4. 最高人民法院の判断

最高人民法院は、特許権者の補充実験データを受け入れた上で、エンザルタミドの創造性を認めた。同法院の主要な判断理由は以下の通りである。

4.1 補充実験データの受容性

補充データは、特許明細書に暗示的に記載された技術効果を証明するものであり、特許権者が主張する発明の技術的効果を補強するために使用できると判断された。これは、中国特許法第26条第4項の規定と整合する。

4.2 創造性の判断基準

最高人民法院は、クレームされた化合物が先行技術から自明であるかどうかを厳格に評価した。具体的には:

  • 化合物の三環構造が、先行技術(化合物31および41)と比較して、予測できない技術的効果をもたらすことを確認した。

  • 生物電子等排体理論に基づく化学構造の改変が、当業者にとって明らかでないと判断された。


5. 判決の意義

本判決は、特に化合物特許における創造性判断と補充実験データの取り扱いにおいて重要な意義を持つ。

  1. 創造性判断の基準
    化合物の構造変更が(効果との関係で)当業者にとって自明でない場合、創造性が認められることを再確認した。

  2. 補充実験データの受容基準の明確化
    明細書に記載された技術効果を裏付けるための補充データの受容性を示し、特許権者にとって有利な判断を下した。

  3. 2については、米中間のFTAの交渉の際のArticle 1.10: Consideration of Supplemental Data における”1. China shall permit pharmaceutical patent applicants to rely on supplemental data to satisfy relevant requirements for patentability, including sufficiency of disclosure and inventive step, during patent examination proceedings, patent review proceedings, and judicial proceedings.”を考慮したものと考えられる。
    https://ustr.gov/sites/default/files/files/agreements/phase%20one%20agreement/Economic_And_Trade_Agreement_Between_The_United_States_And_China_Text.pdf


6. 日本特許法との比較

日本特許法においても、補充実験データの提出は認められているが、その採用基準は厳格である。中国最高人民法院が補充データの受容性を柔軟に判断した点は、日本の特許実務においても示唆に富む。本判決は、明細書作成において参照され得る。


7. 結論

「(2022)最高法知行终287号」判決は、中国における化合物特許の創造性判断と補充実験データの受容性に関する重要な指針を示した。特に、化合物の非自明性の評価や、補充データによる技術効果の証明が許容されたことは、特許権者にとって有利な先例となる。このようなデータを許容するということは、その国の研究開発力のレベルが上がったことを示すものともいえる。

いいなと思ったら応援しよう!