ベスト・プラクティス幻想
こんにちは、BYARDの武内です。
CEOの役割って色々な定義があると思うのですが、アーリー期のスタートアップにおいては「足りないところを埋める人」という定義が私としては一番しっくりきています。
BYARDというプロダクトは、これまで「プロダクトとしてきちんと提供する」ところに課題があったので、プロダクトの方向性や機能要件、エンジニアチームの体制構築などに結構な時間を使っていました。
最近ではプロダクトのデリバリー体制が安定し始めたことでフェーズが次の段階に進み、認知や集客の方の重要度が上がってきました。CEOとして注力するべき分野がそちらにシフトし始めているので、読む本もマーケティング系のものが増えています。
今はノバセル・田部正樹さんの『ブランド力を高める「指名検索」マーケティング 顧客の検索行動を決める、動画広告の活かしかた』を読んでいます。
BYARDが動画広告をガッツリやっていくのはまだ先のフェーズではありますが、タスク管理やプロジェクト管理とは明らかに違うジャンルを開拓している感じがあるので、「その分野での第一想起を取る」という観点でどのような打ち手が考えられるか、ということを考えながら読んでいます。
こうやって新しい分野に向き合うときに、広く浅く短時間で学べる読書という手段は本当に効率が良くて助かります。
さて、今回のnoteは「ベスト・プラクティス」というものとの向き合い方についてです。
1.ベスト・プラクティスの意義
ベスト・プラクティスという概念の歴史は古く、近代マネジメントの祖であり、「科学的管理法」を提唱したフレデリック・テイラーも「より効率的で成果のでる良い方法がある」ということを常に言っていたようです。
ERPとベスト・プラクティス
日本においては、ERPの導入が盛んだった1990年代にコンサルタント達が「BPR(Business Process Re-engineering)」とともに「ベスト・プラクティス」という概念を普及させたと言われています。
ERPはまさに「ベスト・プラクティス」とされる業務プロセスを前提に構築されており、ERPを導入・活用するためには自社の業務プロセスとベスト・プラクティスとのギャップを分析し、改善していく必要があったからです。
しかし、日本独自の商習慣や業務プロセスと、ERPが前提とする欧米でのベスト・プラクティスとのギャップは大きく、多くの日本企業が自分たちの業務プロセスを変えるのではなく、ERPの方を自分たちが使いやすいようにカスタマイズする道を選びました。
その結果、ERPの導入プロジェクトは期間も費用も肥大化していき、かつ、導入後のメンテナンスにも多額のコストがかかるようになり、結局、業務の効率化や可視化はほとんど達成されないままERPブームは終焉を迎えたのです。
SaaSとベスト・プラクティス
次に日本企業が「ベスト・プラクティス」という概念を認識したのは、SaaSが普及してきたタイミングでした。SIerという日本独自の産業体系により、「システム導入とは、自分たちの使いやすいようにゼロから構築することだ」という意識が強い中で、クラウドそしてSaaSは「ベスト・プラクティスを前提に構築されたソフトウェア」を所有するのではなく、利用料を支払って利用するという新しい価値観を導入しました。
Salesforceがその代表格ですが、SaaSは頻繁に機能がアップデートされることもあり、活用するためにはそのSaaSがどのようなベスト・プラクティスを念頭に構築されているかを理解し、自分たちの業務をそのベスト・プラクティスに合わせていかなければフル活用をすることができません。
自社で抱えるITベンダーに依頼してシステムを構築し、メンテナンスしてもらう、という状態から、SaaSとして提供されるものを利用するという発想に転換したことで、ERPの時は無視されたベスト・プラクティスという概念に再び日本企業が向き合ったのが、SaaSの普及のタイミングだと私は思っています。
ベスト・プラクティスの弊害
ベスト・プラクティスというものがある、ということが普及した一方で、「ベスト(Best)」という言葉に引っ張られて、「どこかに最高の業務のやり方やシステムがあるのではないか」という風に考える人が出てきた、という弊害もあります。
私も様々なところで
「最も良い業務のやり方を教えてください」
「最高のツールを教えてください」
という風に聞かれてきました。
どのような状況においても適用できる最高の(無敵の)メソッドやツールというものがあれば本当に嬉しいのですが、業務を構成する様々な要素は複雑に絡み合っているため、唯一無二の正解を導き出した(つもりになった)としても、それが適用できるシチュエーションは非常に限定的にならざるを得ません。
先人達の知恵として「(現時点での)理論的な最適解」を知ることはもちろん重要なのですが、それは決して「最高のやり方」でも「唯一無二の正解」でもないということは理解しておく必要があります。
ベスト・プラクティスを「どこかにある最高の方法」と誤認してしまうと、セミナーや展示会に足しげく通ったり、事例を集めまくったりする、だけの残念な人になってしまうのでご注意ください。
2.「守破離」の観点
うちは特殊?!
コンサルタントとして企業の業務整理や改善に関わる際は、結構な時間を使って現場の方々に現状の業務がどうなっているかをヒアリングするのですが、その際に必ず言われるのが「うちは特殊なんで」という言葉です。
「お客様からのご要望のお応えするために、個別対応が多い」
「社内の調整事項が多く、毎回やることが変わる」
要するに「うちの業務は特殊で個別性が高いものが多いので、標準化なんかできない」と言っているのです。特殊なのでベスト・プラクティスに合わせることもできないし、ましてやベスト・プラクティスを前提としているSaaSの導入をしてもうまくいくはずがないと。
そういう不満や愚痴も含めてヒアリングをするのもコンサルタントの仕事です。頭ごなしに否定するのではなく、お話しを聞きながら業務の棚卸しをして、整理をし、可視化・構造化を進めていきます。
そうするとほとんどの場合は、コンサルタントから見れば概ね標準的な業務プロセスが出来上がります。細部ではいくつか特殊な処理があるにはありますが、全体の流れは至って普通なのです。
では、なぜ多くの企業の現場の人は、「うちは特殊」だと言うのか。
1つは「特殊だ」と言うことで、現状維持を目論んでいるというケースです。現場の人は叩き上げでかなり長期間にわたってその業務を担当しており、生き字引のような状態になっている一方で、上長は定期的に入れ替わっており、その業務についての詳細をあまり理解していない場合、現場の人の意見の方が強くなります。
全体の最適化などはこの現場の人には関係ありません。自分にとってのやりやすいやり方、これまでと同じやり方を維持する方が、(その方にとっては)効率的なので、ヒアリングをしたとしても「(私は)特に困っていません」という回答になります。
直属の上長、もしくはその上のマネジメント層からコンサルタントに相談がいっているわけなので、課題がないはずはありませんが、とにかく変わることが嫌、現状維持が目的なので、こういう現場の方を説得することは難しいのです。このケースでは、その方の協力が得られない覚悟で、(その方なしで)手探りで業務プロセスの分析・改善を進めるか、その業務の改善を諦めるかのどちらかです。
もう1つは「特殊だ」といいながら、標準的な業務プロセスを知らないというケースです。同じ業種・業態だったとしても、他社がどういう風に業務を行っているかを知る機会というのはあまりありません。特に1社の中で長く勤めている方だと、自社のやり方が最適なやり方になってしまい、他のやり方と比較したり改善したりという思考にはなりにくいのです。
また、業務プロセスを最適化していくためには、具体レベルの処理方法ではなく、抽象レベルで俯瞰して業務プロセス全体を見た上で、自社の業務プロセスと他社の業務プロセスを比較したり、改善が必要なところを抽出したりするスキルが必要です。
個別具体の部分(枝)での違いではなく、業務プロセスという大きな流れ(幹)を見た上で、本来的には自社が特殊かどうかを判断しなければならないのですが、現場の業務を回すのに手一杯の状態でそこまで求めるのは少々酷というものでしょう。
コンサルタントが主に支援できるのは後者のケースです。抽象的なレベルの整理や言語化は得意ですし、様々な業務にも触れているため何が「幹」で、何が「枝」なのかを適切に仕分けしていくことが可能です。
感覚的ではありますが、どのような業務も少なくとも60〜70%はいわゆる「標準的な業務プロセス」に合わせることが可能だと私は思っております。ゼロから試行錯誤を経て構築したとしても、合理的で効率的な業務プロセスというものの「幹」はそんなに差異がでるものではありません。
特殊なのは基本的には「枝」の部分です。「うちは特殊なんで」と言って最初から否定的なスタンスを取るのではなく、先人達の知恵「ベスト・プラクティス」から取り入れられるものはうまく取り入れていく方が、短時間で業務効率化が実現できるのです。
まずは標準的な業務プロセスを知るところからはじめても損はありません。
絶対的な正解などない
「守破離」の観点でいえば、まずは押さえるべき「型」があり、それが「ベスト・プラクティス」であると考えてみのはいかがでしょうか。
「うちは特殊なんで」と言っている人は、これらの「型」を知ろうともせずに「破」の段階にいこうとしているのです。芸能の世界とは違って、流派や師匠があるわけではないので、我流になってしまうのはある程度仕方が無いのかもしれませんが、フレデリック・テイラーの言う「より効率的で成果のでる良い方法がある」の観点を持たずに、うまくベスト・プラクティスから学ぶことを否定してしまうのは非常にもったいないことです。
一方で、ベスト・プラクティスを絶対視して標準化を押しつけるようなやり方もうまくいきません。
私も一時期「必ずうまくいく絶対的な業務プロセス」があるのではないかと考え、模索してみたことがあるのですが、理論上は正しくても、業界の商習慣、他部門との関係、求められるスピードや精度、扱う商材の性質や単価、などの様々な要因によって、最適なものは都度変わってきました。
つまり「おれの考える最高業務プロセス」などというものは絵に描いた餅だったのです。
これは、スポーツにおけるフォームに似ています。サッカーやバスケットのシュートフォーム、野球のバッティングフォームなどはその世界で長年培われてきた「理論的に正しいフォーム」というものがある程度確立されています。初級者のうちはそのフォームを身につけることが最初のステップです。
一方で、選手によって筋肉の付き方や身体の柔らかさなどはそれぞれ違います。プロスポーツの世界ではそれぞれ個性のあるフォームをもった選手がたくさんいるように、まずは基本の「型」(守)を身につけた上で、そこから模索して自分なりの「型」(破)を作るのです。更にトップの選手は、自分のやり方を研ぎ澄まして新しいレベルに昇華(離)させていくことで、圧倒的なパフォーマンスを出すことができます。
表面的には「個性的なフォーム」はカッコ良く見えますし、真似したくもなりますが、様々な複合要因によってその状態になっているということを理解せずに、表層だけ真似をしてもほとんどの場合はうまくいきません。
ベスト・プラクティスは決して完璧な業務プロセスというわけではありません。それを1つの標準的な「型」として捉え、そこに自社が置かれている状況や、社内の人員・システムなどの事情を勘案した上で、自社に最適化した業務プロセスを時間を掛けて構築していくしかありません。残念ながらショートカットはありませんが、ベスト・プラクティスを活用することで、無駄な失敗を避けることができます。
完璧な型を追い求めるのでもなく、すべてを我流でやるのでもなく、基本の型を学び、理解し、自社に最適な業務プロセスを自らの力で構築していく覚悟が必要なのです。
BYARDのご紹介
BYARDはツールを提供するだけでなく、初期の業務設計コンサルティングをしっかり伴走させていただきますので、自社の業務プロセスが確実に可視化され、業務改善をするための土台を早期に整えることができます。
BYARDはマニュアルやフロー図を作るのではなく、「業務を可視化し、業務設計ができる状態を維持する」という価値を提供するツールです。この辺りに課題を抱える皆様、ぜひお気軽にご連絡ください。