2021.December to 2022. January
11月分の記事をまとめていると、あっという間に12月に差し掛かっている事に気付く。
という訳で
「1ヶ月スパンでも続かねぇのかよっ!」
と己で己にツッコミを入れつつ1月分サボり2ヶ月分まとめての投稿です。
はりきってどうぞ!
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12月10日
週末休みになったのは良いものの平日なかなか身動きがとれなくなってしまい、行きたかったバンアパのBlue Note Tokyo公演に行けず落胆していたが同公演別日程は何とか行ける事になりそうだったので、チケットをおさえて仕事も早々に切り上げ(投げ出して)赤羽へ。
他の人達もこうして行きたかったライブ諦めたりとか普通によくある事なんだろうと思うと今迄自由が利きすぎたと思う。
(けどBlue Note行きたかった…
会場時間少し前に赤羽に着いたので駅前のマックで晩飯を食いながら残ったデスクワークを片付けながら会場時間を待つ。
会場に着くと沢山の人が行列を成しているのを見て、こんなご時世でもこうしてライブを無事に開催してくれるライブハウスやアーティストの方々の努力には頭が下がる想いだった。
こういう方々のお陰で他の誰かの明日の活力になっているのだと思うと自分も頑張らねば。
会場は下町ライブハウスに見られる昭和アバンギャルドのような雰囲気に包まれており、これも意図的なのかは分からないがBlue Noteとは緩急あって演出にも粋さを感じた。
ライブはアコースティックセットで通常よりMCも長めで全体的に緩い雰囲気が良く、大好きなPaper Planesも聴けたしで良いライブ納めになりました。
また来年も沢山のライブが観れると良いなと思います。
ライブ後いつも絡んでくれる皆さんもありがとうございました!
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12月12日
今日は木暮さんの個展を観に新代田へ
スタジオ練習のときにメンバーと観に行く約束をしていたので現地で待ち合わせ。
自宅からは常磐線直通千代田線からの小田急線直通で下北沢まで一本で行けるので(長いけど)FEVERに行く時は下北沢から散歩ついでに歩いて新代田まで向かう事にしている。
これまで3回開催されている個展。
今回はthe band apart 2ndアルバム
"Quake and Brook"のアートワークが中心。
発売した当時はまだバンド活動していた頃でその頃の事が思い出された。
リリースツアーファイナルの新木場STUDIO COASTのチケットを既におさえていたのだが丁度その頃、仕事とバンド活動で無理が祟り入院しなければならなくなってしまった。
主治医に何とか頼み込み一日外泊許可をもらい新木場まで向かったが、しかし…
地震の影響であと一歩というところで辿り着けず…
本当にQuake(震えてしまった訳だ。
その頃は世間的にも大きい地震への免疫が無く駅前ターミナルはあっという間に電車以外の移動手段を求める人でごった返していた。
やっとの事でタクシーを拾ってコーストに着いた頃にはライブも物販も終わってしまっていた。
振替公演の対バンがAncient Greeksだったのは不幸中の幸いだったが、やっぱりいまだに観たかったなと思う。
一緒に観に行った友達とその頃ライブで恒例だった1曲目当てクイズで見事に全員はずしたのも今では楽しい思い出。
(たしか正解はSnowscapeだった。そこからhigher→amplified my signの2カポ曲の流れだったと記憶している。)
そんな思い出にも浸りつつ観る個展の作品はどれも素晴らしくPootleのチキンも美味しかった。
最終日という事もあり木暮さんご本人も在廊されていて喫煙所で少しの時間、同世代ならではの昔話や今やっているバンドの話をすることができ、とても良い休日だった。
そして、まさかこれが我が家に来るとは…
家宝にします。
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12月19日
久しぶりの日曜練習。
日曜日に練習できる機会が少ないので、日程的に練習後に忘年会でもやろうという事になり今日は昼からの練習。
アップも兼ねてMTZから。
アップにMTZだなんて、はじめた頃からは考えられない。
こんなんでも続けていれば少しは成長するものですね。
(相変わらずドラムは下手だけど…)
その他は相変わらず課題曲と自作曲の細かい部分を調整しつつ練習。
自作曲の仮タイトルは"canon"
元ネタを提供してくれたのはGreen大先生。
どうやら作曲の際にバンアパの"Flower Tone"に着想を得たようで、Flower Toneのタイトル由来がバンアパの知人の娘さんの名前の「はな」と「音々」(Flower→はな、Tone→音)からとったようなので花音→canonとなったそうです。
(たしか、そうだった。違ったらごめん。
課題曲のWaitingはキックのダブルが難しく難航しているが、スタジオではどうにかこうにかギリギリ合わせられるくらいにはなってきた。
それぞれのパートも難しい上にバンドとしてのグルーブを出すのもかなり難しいときている。
くりかえし練習をひたすらやっていると時間もあっという間なので、スタジオの時間を有効にできるよう個人練習のやり方も検討し直さなければ。
スタジオ後はスタッフのブロ宅で忘年会。
近所の地下街で鮮魚を大量に買い込んでくれていた。
しかし、かれこれ1年近く(まだ1年だけど)よく続いたもんだ。
魚をさばきながらメンバーの話す姿を横目に見ながらふと思う。
スタジオではあまり話さない事も話せてたので、たまにはこういう時間も良いなと思っていたらすっかり終電の時間。
来年も沢山の曲を演奏したいし曲も作ろうと思う。
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12月22日
師走
吐きそうな程忙しい!
最近では車移動の最中に聴くFMが唯一の癒し。
カーステレオからマドンナの"Shoo-Bee-Doo"が流れ懐かしさの余り聴き入る。
1984年のセカンドアルバム"Like a Virgin"の収録曲。
恐らく初めて聴いた洋楽のアルバムはこれかJackson5のクリスマスアルバムとかだった気がする。
幼少期は両親が音楽好きだった事もあり物心ついた頃から自宅には沢山のレコードがあったし、年上の親戚からも色々な音楽を聴かせてもらっていたので洋楽デビューは比較的早かったように思う。
たしか小学校3~4年生くらい。
当時同級生が聴いていた音楽といえばアニメの主題歌かジャニーズとかだったので洋楽を聴いているなんて分かった日には周囲のリアクションは割と冷やかだったのを思い出す。
その頃の地元の小学生男子といえばスポーツは地域の草野球ほぼ一択。(Jリーグもまだ無かったのでサッカーもあまり一般的ではなかった。)音楽に興味のある男子なんてほとんど居なかった。
体格がよく運動神経に優れていて成績が優秀であればある程、小学校という名の狭窄的空間の中ではヒエラルキーの頂点だったしその小さいコミュニティの中が全てだった。
大人の世界にも3K(高学歴・高収入・高身長)なんていうワード(死語)があったくらいだし、今程多様性を受け入れられる時代では無かったように思う。
それでも「関係ないね」とは言いつつ、やっぱり子供ながら周囲の輪に入りづらい事は決して居心地の良いものではなかったなと、昔の事を思い出していると何とも苦々しい気分になってしまった。
「珍しい選曲だな。」と思い、他の収録曲を思い出すためにSpotify先生に尋ねてみる。
セカンドアルバムにしてほぼベスト!
後に多方面で挙げられる曲ばかり。
(ちなみに自宅にあったレコードはこっちのジャケット。よく目にする方も良いけど個人的にはこちらの方が好き。)
A Band Apart世代としてはこれですね。
そしてこれも。
ノスタルジックに浸っていると次の目的地へ向う予定の時間をとうに過ぎていた。
あ~忙しい。
これは良くないぞ。
忙しいという字は「心」を「亡くす」と書きますしね。
師走ですね。
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12月28日
今年最後のスタジオ練習。
最近では月に2回のスタジオ練習がプライベートでは唯一の癒し。
ここのところ続けている2曲(Waiting,canon)の練習に加え新しい曲を追加で初合わせ。
新しい楽器をセットに追加した関係でセッティングを色々とイジりながら叩きやすいポジションを自分なりに研究しているのでなかなかプレイが定まらずに苦戦している。
ドラムは本当に奥が深く難しいし、まだまだ知らない事も沢山ある。
自分から見て左手が渋滞しており、上から見ると絶妙な配置になった。
少し位置がズレると演奏中にスティックが引っかかる…
ん~今のところこれで演奏しているが、きっとこのままでは駄目だな~
セッティング、音作り、リズム感の向上、プレイの引き出しを増やす。
課題山積み…
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12月30日
今年は27日に仕事を納めて数年ぶりに年末年始を謳歌できると思っていた矢先、年末納めきれなかったデスクワークをやる羽目に...
締め切りが年始早々で、28日はスタジオに行き、29日は一日中ダラけてしまったためツケが回ってきた。
バンドの事となると途中で仕事を放り出して後で後悔するループを辞めたいと思うが、これまで「まぁ、どうにかなるだろう」というその時暮らしスタンスで生活してきてしまったから今更変わらないのだろう。
何とか夕方には終わらせる事ができ台所へ行くと餅つき機が稼働していた。
毎年30日に餅をつくのが定例行事だったが祖母が他界してからは親戚も集まることは少なくなり臼と杵で餅をつくことはなくなっていった。
夜型人間なので夕方から時間ができた解放感にまかせて書き途中だった歌詞を書くため、台所で仕込んだきな粉餅を食いながら部屋に籠って作業。
(年末年始っぽい)
サビの歌詞を書き終えたところで、ひと段落した達成感により集中力が切れてしまい、そのまま放置して早数週間。
個人的には作曲も作詞もAメロ、Bメロが難しい。
途中まで書いて集中力が切れ、YoutubeでAudiotree Liveを見て、また書いて行き詰まり、iPadのビートシーケンサーでcanonのドラムパートをいじっては、また書くの繰り返し。
進まん!
「今日もうムリ~」
と、なりドラムパートの修正作業に変更。
曲のアレンジについてのやりとりはLINEでファイルを送りあってタイムライン上で意見交換をしている。
他のバンドより集まれる時間が少ないことから自然と生まれたスタイルだが実際顔を合わせたときに演奏面の事に時間を費やせるため効率が良い。
これも普通に会社勤めして社会人しているからこそのスキルとアイディアなので社会人バンドも捨てたもんじゃない。
何より生活に張合いが持てる。
シーケンサーにエディットし直してはLINEで送り、Green先生が他の演奏隊と合わせたものを返信してくれるというのを繰り返し、深夜まで4~5回やりとりしたが、煮詰まってしまいクールダウンするため一旦寝かせる事に。
何か他の物に触れようと思いSpotifyのおすすめを巡っているうちにチュンチュンしだしたので就寝。
夜更かし最高。
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12月31日-1月1日
大晦日。
今年はブロ宅にお邪魔して飲み食いしながらゆっくりしようという事になっていたので午前中に用事を済ませ夕方から都内へ。
昨日ついた餅などを手土産に最寄り駅まで行くとブロが駅前まで迎えに来てくれていた。
毎度、律儀に送り迎えをしてくれる。
しかし寒い!寒すぎる。
今年は気温もさることながら風が強く駅からの道中身体の芯までこたえた。
年末でスーパーも閉まっていたので家までの道中コンビニで食材を買い足す。
この歳になると友人宅で何をするでもなく、だらだらとだべりながら飲み食いするなんて事はめっきり減ってしまったので、こういう時間は何とも言えない良さがある。
一部の間ではお決まりのYoutube"Jungle Survival"につっこみを入れつつ、取り留めもない話をしながら日の出を待つ。
(この記事を書いている今も横でずっと流れている)
空が白んできたところで近所の公園まで。
昨年の初日の出も同じ場所で見た。
去年はここで年始早々フリスビーをしたんだった。
ブ:「フリスビー忘れましたね~」
私:「いや、いいから。」
公園には沢山の人が来ていた。
初日の出に向かって手を合わせる人
日課のジョギングをする人
犬の散歩をする人
ご近所さん同士で新年の挨拶を交わす人達
そんな様子をぼんやり眺めていると、去年は本当に色々な事があったけど何とか無事に年を越せたし、今年も始まるのだなと、当たり前な事への有り難さを感じてしまう。
一眠りした後、夕方近所へ初詣に行ったがフェス並の長蛇の列に断念。
結局、元旦の夜までダラダラと過ごさせてもらってしまった。
(ブロ、ありがとう。)
本年も宜しくお願いします。
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1月4日
今日はバンアパの新木場STUDIO COASTでのラストライブ。
思えば大好きなバンアパのライブのほとんどはコーストで見てきた。
そのSTUDIO COASTが1月で閉館する。
定期借地契約満了に伴い、2002年開業から20年の歴史に幕を閉じるとの事で本当に寂しい。
12月12日の記事でも書いた通りSTUDIO COASTには沢山の思い出がある。
きっと同じ様な人も沢山いるのではないかと思う。
親友を初めてバンアパのライブに連れていったのもコーストだった。
たしかSurface e.p. のリリースライブだった気がする。
1曲目Tears of Joyのイントロでメンバーが向かい合ってカウントを取る時の佇まいや、発表前のPhotograph初披露に高揚した事が昨日のように思い出される。
(当時は荒井さんが10フレットにカポを付けていて「なんていうポジションにカポ付けてるんだ!」と驚いた)
他にも沢山の素晴らしいライブをここで観てきたし、出演するアーティストを更にカッコ良く演出してくれる数少ない会場だったので本当に大好きだった。
コーストでの個人的な思い出がもう1つ
ライブの日は可能な限り休みを取って昼間から会場周りをぶらぶらと散歩する事。
会場周辺の景色を写真に収めながら辺りを散歩した後、駅前のコメダ珈琲かロッテリアでぼんやりと過ごしながら物販が開くのを待つ。
今日もブロとの待ち合わせ時間まで散歩。
コーストでの最後のライブとあって地方からも沢山の人達が来るようだ。
いつも絡んでくれるファン友達へ新年のご挨拶しつつ開演前特有のセットリスト予想やコーストの思い出話に花を咲かせつつ開場を待つ。
今回は人気の回だったためチケット先行販売の抽選に落ちてしまい久しぶりに後ろの方でゆっくり観る事にした。
ライブ本編は新旧織り交ぜたセットリストで最近ではなかなか聴けない曲も沢山聴けたのでコーストのラストに相応しい最高のライブだった。
特に3rdアルバムをリリースしたあたりは仕事が忙しい時期であまりライブに足を運べていなかったため3rdからの曲を演奏してくれたのも嬉しかった。
コーストが無くなるのは本当に寂しいが良い年初めになりました。
GOOD BYE STUDIO COAST
沢山の思い出をありがとうございました。
(出演者じゃないけどw)
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1月8日
自作曲のcanon(仮)がだいぶ形になってきたので、そろそろ歌詞を完成させてボーカルの練習をしてもらえるようにしなければという事で今日のスタジオまでには間に合わせたかった。
徹夜して何とか完成した歌詞を持参してスタジオへ。
40代が書いたとは到底思えない何とも厨二感満載の歌詞になったが思いの外メンバーは良いと思ってくれたようで安心した。
元ネタのデモをもらった段階でメンバー全員気に入っており、個人的には今後バンドの名刺代わり的な曲にしていけそうな予感があったので、自分達の事をテーマに書こうと思ったのだが、何とも抽象的過ぎる仕上がりになってしまい「ん~見る側にはよく分からんかもな…」と、思っていたところ、それが逆に良かったらしい。
(その後修正に修正を重ね結構違う感じになる)
今迄カバーばかりやっていたので、製作しながら練習する際の時間の使い方がなかなか難しい。
早く人に聴いてもらえるレベルまで演奏面も含めて作り込みたいと思う。
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1月13日
仕事柄、車移動が主のため移動中に色々な景色を観る。
今日は自宅から比較的近いところを回った。
道中とあるレストランの前を通り信号待ちでスマホのカメラを向ける。
幼少の頃よく両親に連れて来てもらったステーキ店。
久しくこの道を通っていなかったので懐かしさの余り店の外観を見入ると看板に"昭和五十九年創業"と書いてあった。
幼少の頃は全く気にとめていなかった風景も歳を経て観る視点が変化するのも面白い。
多分、連れて来てもらっている頃はこの店が何年にできて、どんな人がどんな経歴でこの店を創ったとかは気にしなかっただろう。
気になって調べてみると、よく連れて来てもらっていたこの店が1号店らしい。
HPのコンセプト見て自身の幼少の頃の思い出と重なり何とも温かい気持ちになった。
また今度行ってみよう。
話は変わりますが、ウチの子が今日7歳の誕生日を迎えました。
我が家のエンゲル係数を狂い上げしておるところですが元気に長生きしてほしいものです。
お誕生日おめでとう。
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今月はこの辺で。
長文ここまで読んでくださり
ありがとうございます。
今年も緩くマイペースにやっていきますので
よろしければ御付き合いいただければと。
それではまた。
再見
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