
美の女神とゾンビ - the fourth judgement -
雪柊とウツクシモン
何年も前のことになる。
雪柊は先代との約束で、ウツクシモンを天界の者として招き入れるために人間界を訪ねた。この頃、ゾンビたちはまだそれほど多くない。先代の記録によれば、ウツクシモンはゾンビによって亡き者にされたあと、塵になって今も東ノ国を彷徨っているという。雪柊は、かつてウツクシモンを成していた塵の流れを掴んだ。
—————もうすぐ、ウツクシモンの身体を成していた塵の一部は風に吹かれ、僅かな時間だけこの場所に集まる。きっと交信できるはず。
先代からの使命。
死してなおヒトの世界を守ると誓った者への畏怖か。
想いを巡らせ、長い時間、待ったように思う。
その時刻がきた。
声がひとつ。
「天《そら》で待て。」
私の用をわかっていたように、明瞭に意思を伝えた。
雲が流れた。
柳喃の来訪
現代。夜の街。駅前。
普段ここは夜でも、会社帰りのサラリーマンや若者で溢れていた。しかし最近はゾンビのせいで夕方には人の気配がない。ハロウィンパーティも今年は中止になって、いまは子供たちの仮装に代わってゾンビたちが横たわっている。駅前のロータリーに放置されている錆び付いた車は、ゾンビが巻き散らかした泥をかぶって、ほとんどその姿を留めていない。
「こんなに汚して…。」
柳喃が手をかざすと、その手から黒い光が放たれ、空中に黒い球体が現れた。球体は辺りの闇夜より暗く、ビル1つほどの大きさになって、道路を覆い包んだ。
何体かのゾンビは、それに吸い寄せられるようにふらふらと歩き、球体の中に消えた。しばらくすると球体はゆっくりと空に浮かんだ。球体の内ではゾンビたちの影が蠢いていて、その中のゾンビが何体かばらばらと地面に落ちた。
柳喃の足元には、誰が捨てたとも知らぬ空き缶が転がっている。
柳喃が再び手をかざすと、球体はゾンビたちを取り込んだまま、しぼんで、固く小さくなっていく。中のゾンビたちの様子はよく見えないまま、最後には見えないほど小さくなり、あるところで何処かに吸い込まれて消えた。
「何体いた?」
「66。こぼしたのが3。」
「このやり方だと日が暮れるね。」
ステッキを持って目深に帽子を被った従者が、目を伏せて頷く。
後ろから、やたらと明るく滑舌のいい声がした。
「このあたりのゾンビも片づけますか?」
従者は思った。
————この声では折角の闇夜も台無しだ。
闇夜に純白のパーカーは目立つ。
背筋を真っすぐにして立つ声の主は、雪柊の近衛だった。
「いや。貴方が待たせるから。時間つぶしだよ。」
「急だったものですから。でもまさか我々が呼び出されるなんて。」
「のんびりできる?」
「いえ。心強い。ご案内します。」
従者はエンジンをかけていた。
「車に乗って。」
車はなめらかに走り出す。
でこぼこした道路に身体はしばらく揺られた。
———日頃、雪柊様が寂しがっておられます。
———あの娘は一人でも大丈夫。
———貴方と雪柊様は、元々お一人では。
離れてはなりますまい。
———人間界がつまらなくてね。
———気に入っているのでしょう?
今の自由な身分を。
車はしばらく走り、人間が見えないところに着いたところで、風になって、雪柊の囚われた場所に向かった。
美の女神の救出
天岩戸。
柳喃がそこで倒れていた雪柊を見つけた。
柳喃が雪柊を抱きかかえると、雪柊は虚ろな表情で柳喃に気づく。
「柳喃?」
「油断したね。」
雪柊が柳喃の腕に顔を埋めた。
「あなたが美は万物に宿るなんていうから」
「それは。」
「まあいい。」
「泣いていたのか?」
「すこし…悲しくて。でも、もう大丈夫。」
「ゾンビを甘やかすな。」
「…ええ。」
「でも、どうして人間界に?」
「人間界のことなんて放っておこうと思ったのに。」
そこで従者は深く頷いたように見えた。
「あなたが大事な世界だっていうし。」
「柳喃、ここにいて。
私達にはあなたの力が必要なの。」
「つまらないよ。」
「美の女神の要請ですよ。」
近衛がそう言って腰に下げた剣に触れたところで、柳喃の従者が帽子を上げ、鋭い目を覗かせた。
遠くに見える街では、ゾンビと人間の争いで火災が起きている。
消防車のサイレンが微かに聞こえた。
柳喃が続ける。
「それに、これは人間が決めたことなんだ。
つまりこれが、人間界のあるべき姿だよ。
貴方達の失敗でもない。
放っておけばいい。」
「…。」
「ではなぜ来られたのですか?」近衛が訪ねた。
「私は醜いものが嫌いだから。」
「待って。もうすぐ刻光の判決が出るの。」
「天罰か?」
「まだ分からない…。」
「どうすればいいか、
見たらすぐわかるのに。」
もう一つ、街に火の手があがった。
柳喃の計画
柳喃と雪柊は天を仰いだ。
空には厚い雲が横たわっている。
「丁度いい。あの雲をぜんぶ凍らせて落とそう。
ゾンビたちは永久に凍土の下。」
「人間界を壊してはだめ。」
「ここまで来たら何をやっても同じさ。」
東ノ国のあちこちで、ゾンビたちが深夜の街を徘徊している。
雲が音を立てて凍り付いてゆく。
「待って!」
「人間たちが減れば雪柊も楽さ。」
「やめて柳喃! 判決を待ちましょう。」
「どうせ皆、死刑に決まってる。」
厚い氷の雲が、東ノ国を覆った。
そこで柳喃は手を止め、雪柊も何かに気づく。
一陣の風が通る。
「…ウツクシモンが来ている。」
風はあらぶり、木の葉を散して、二人にウツクシモンのメッセージを届けた。
「合図を待て…か。」
風は去った。
雪柊たちはしばらく風の音を聞いた。
「…行ったか。」
「待ちましょう。」
「しかしどうするつもりなのかな? ゾンビだってあの頃より…。」
「信じましょう。」
柳喃の従者が近くの岩に腰を下ろした。
雪柊は再び天を仰いだ。
ゾンビと人間の共生の歴史
ウツクシモンの生きていた時代、ゾンビの数は僅かで、人と距離を置いて暮らせば、共存できると言われていた。
人間は、ゾンビが現れた頃から、ゾンビたちを自分たちのために働かせようと考えた。当初から、人間は一部のゾンビたちを一カ所に集め、労働をさせた。しかし勤務先での汚れがひどく悪臭が漂うなどから恊働が難しく、ゾンビたちは独立して働くことを求められた。ゾンビたちの施設は高い塀で囲まれ、天井に蓋をされた。
その後施設は面積を小さくして、人間は、より多くのゾンビたちを労働させるようになった。この頃、施設からはゾンビの悪臭や怨嗟の声が止まなかったというが、施設の気密性を高めたり、施設を人間の生活圏から遠ざけることで、ゾンビの声は次第に届かなくなった。
そして人間は、施設でゾンビたちを働かせ、エネルギーを作り出すことに成功する。施設は改良しユニット化され、船や飛行機、ロケットなどに接続されて、電源供給のためのエネルギー源として使われた。
ゾンビの労働に関わる人間は、労働させることがゾンビとの新たな共生関係として期待できると喧伝した。
一方でトラブルもあった。
ある施設は、労働者のゾンビに占拠され、その他の獰猛なゾンビたちのエネルギー源として利用された。他の施設では、施設がゾンビに襲撃され、労働にあたっていたゾンビの大規模な脱走事件が起きた。そして、原因不明の爆発とともに、周辺一帯を一面の焼け野原に変えた施設もあった。
国内のあちこちでこのようなトラブルが多発し、ゾンビの労働を危険視する声は絶えず、意見はまとまらなかった。
そして、ゾンビ人権法が成立する。
黒い霧
このころ神々は、嫉妬を司る悪魔「死妬捻《シトネ》」と戦っていた。死妬捻の吐く黒い霧が人間界に広がり始めていて、これを吸った者が嫉妬に駆られて凶暴化する事件が多発していたからだ。
ゾンビが集まる所には、よく黒い霧がかかっているという噂が流れた。ほとんどの人間は、この黒い霧を不審に思って避けたが、ゾンビたちは黒い霧を好み、中には黒い霧を吸うために収集するものまで現れた。
ある廃屋。二つの影が動いた。
一体は赤い破れたジーンズとサバイバルブーツを履き、不規則に身体をゆらしている。もう一体はチョッキとスラックスを身につけ、両手をだらりと下げ、椅子に座ったまま机に頭を乗せていた。
強い雨が続く。
暖炉の火は消え、窓は開け放され、ところどころ雨漏りがしている。
床に広がった泥は、たっぷりと湿っていた。彼らはそのような部屋の状況を特に好んでいて、その理由は「寝転べばすぐに隠れられる」からだといった。
赤いジーンズのゾンビが囁く。
「おいジョーカー。この黒い霧を吸うと気分がよくなる。お前も試してみろ。」
ジョーカーと呼ばれたゾンビは、赤いジーンズのゾンビから袋に詰められた黒い霧を受けとって、大きく吸いこんだ。
「ああ、レッド=スペード様。私、何だか気持ちよくなってきました。」
二体の動きは遅い。
雨が続いた。
二時間経って、レッド=スペードが口を開いた。
「ジョーカー。
俺たちゾンビは、目向きもされない。
だから噂は広まらない。
だ、か、ら、ばれない。
好きな事をしろ。
人間を消すんだ!」
「そうか…。そうですね…。
それで、いい気がしてきました。」
また一時間ほど過ぎた。
「ジョーカー。これを見てみろ。」
「それは…、匂い玉…ですね。」
その手には、ゾンビたちが高額で取引する石が握られていた。
「欲しいか?」「…欲しいです。」
「羨ましいか?」「…羨ましいです。」
「ウフッ!」
突然、レッド=スペードが笑った。
「もっと言え。」
「え…? 羨ましい…です。」
「ウフフッ! もっと言ってくれ!」
レッド=スペードは袋に顔を埋めて、黒い霧を激しく吸引した。
「に…、匂い玉を…ください…。」
「ウフフッ! 気持ちがいい!」
ジョーカーが匂い玉に手を伸ばした。
「お前にはやらん!」
レッド=スペードが、ジョーカーの手を踏みつぶした。
ジョーカーは手を引っ込めて、さらに呼吸を荒くし、堪えきれない様子で袋を取り出し、黒い霧を吸い始めた。潰された手は、すぐに元通りどろどろの形に戻った。
「それを見ていると…、苦しい…。」
「気持ちいい! もっと、もっと、羨ましいと言ってくれ!」
ジョーカーは、更に黒い霧を吸い、身体を震わせた。
「欲しい。俺も欲しい。うらやましい。
奪いたい…。奪ってやる…デも奪えない…。
もう、そんナもの要ラない…。
でモ欲しイ…。奪ウ…。取レなイ…。欲しィ…。取れナい!。
ほジィ…ホしグなイ!!………ホじョゲァイ!!!」
ジョーカーは自分の頭を、繰り返し床に打ち付けた。
ゾンビの変異
—————————————————
神がこれを見ていた。
「ゾンビが…狂い出した?」
「おそらくね…。」
「被害が出ないように止めないと。」
「しかしこれは死妬捻の力。どちらを先に?」
「両方だね。」
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ジョーカーは叫び、辺りのものを破壊してまわると、黒い霧をさらに吸い込んだ。
「奪う…。奪い取る…。
略奪…。我慢…は絶望…。絶望は…いらない。
絶望をもたらすものは…」
ジョーカーが黒い霧をさらに吸い込む。
目の辺りからは黒い霧が漏れだしている。
ジョーカーは、袋を投げ捨てて、かっと目を見開いた。
「人間よ!全てを奪ってやる!
羨望の目を向けろ!!!」
ジョーカーは、レッド=スペードの持っていた匂い玉を奪い取ると、それを一噛みで砕き、次に、レッド=スペードに噛み付いた。
レッド=スペードは抵抗せず、「ジョーカー。これで俺たちは一心同体だな…。一人よりも二人、二人よりも…。」と言い残し、ジョーカーの腹の中に消えた。
ジョーカーの身体は、倍の大きさになった。
そして、口の端から赤いジーンズの裾を覗かせたまま廃屋を後にして、東ノ国に溢れたゾンビを食べ漁り、身体をどんどん大きくした。
時折口から何かを吐き、そこから新たなジョーカーが生まれた。
そして放浪を続けた。
人間はこれに気づかなかった。
追いつめられた人間
人間は、ゾンビに押されていた。
すでにゾンビの数は8千万にのぼり、人間の数は4千万人まで減少している。
生き残った人間は、ゾンビは危険だとはじめに気づいた者だけだった。彼らは自身を『オリジナル』と呼び、『ゾンビ防衛特区』と名付けられたコミュニティを作って暮らした。
政治では、ゾンビたちの立ち上げた『長生第一党』と『不動の党』が国内を二分し、国会では、文字通り食うか食われるかの争いが繰り広げられた。
オリジナルたちは、争いを避け生き伸びるのに精一杯だった。
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高柳 偆輔《たかやなぎ しゅんすけ》 成蓚《せいちょう》学園 中学3年生
かつて一世を風靡したこのタワー型マンションは、今では入り口は硬くバリケードで閉ざされ、軍事施設のようになっている。
偆輔は、ゾンビたちから逃れ、父と母とともにこのマンションに住んでいた。
偆輔が学校から戻った。
「今日もゾンビに襲われた。」偆輔が父に報告する。
「どこで?」
「七丁目の交番のとこ。」
「どんな奴だ?」
「凶暴なやつだった。軍事系のサラリーマンが俺を助けて…。」
「その時の傷か?」父が偆輔の傷を見て言う。
「いや。そのサラリーマンに殴られてさ…。女子供は金にならねえって。」
「どういうことだ?」
「もう分かんないよ。最後は自警団が現れてゾンビを倒した。」
「そうか…分かった。偆輔はもう休め。」
「ああ…。早くゾンビなんていなくなればいいのに。」
部屋の片隅で、母が呟いた。
「神様…。」
神々の救済は神法によって
神界。
審判の間に、正義の神『刻光』と、知識の神『弟咫』がいた。
刻光は眉間に皺を寄せ、人間界の様子を眺めている。
「修迦は、ゾンビが愛を失わせたのだから、百二〇条違反だろうと。」
—————————————————
神法 第百二〇条 一項
愛のなきことを成してはならない。人にこれをさせた者も同じとする。
第百二〇条 二項
本条の罪に違反したものは、贖罪を行わせる。
但し、罪を改めず、または贖罪できぬものは消滅の刑に処する。
—————————————————
「ゾンビには、美の女神の説得も効きませんでした。
消滅の刑でいいのでは?」
「しかしな…。」刻光が眉間に皺を寄せ、続けた。
「この状況は本当にゾンビによるものか?」
「人間界は悲惨です。ゾンビがいなければこんな事にはならない。」
「それでも、ゾンビのことを人だと人間が認めたのだ。すなわちこれは人間が招いたこと。言い換えれば人間たちが望んだことだ。それを本当に悲惨といえるか。」
「混沌と停滞の中に、知は生まれない。破滅は明らか、損害は重大です。」
「それだけか?」
「…。それに、ゾンビは無機的な『物』です。人ではありません。」
「物であっても人が認めたのだから。と言ったら?」
「このまま放っておけと?」
「分からぬか。」
「?」
刻光は深いため息をついた。
—————————————————
神法 第九十九条 二項
神は、刑罰及び救済をなすとき、合議の審判により定めなければならない。
同法 第百条 一項
神は、合議の審判によって一人の異論があるときは、刑罰または救済の決定をすることができない。
—————————————————
「合議にする。」
「結果は明らかです。」
「忘れるな。現状はすべて人間の決めたこと。
訳もなく我々が手を下すことはできない。」
—————————————————
神法 第三十条二項
神が人と認めたものを人間といい、人が人と認めたものを人という。
—————————————————
神の不在
弟咫が迦琉のもとを訪れた。
「迦琉、刻光が、ゾンビの件で意見書を出せと。」
「もう。この忙しいときに。
出発の準備だってしないと。」
迦琉はため息混じりに言った。
無垢の審判
意 見 書
神暦 23598年11月20日
主 文
曽比大輔がゾンビを人間と認めた決定は無効である。
理 由
神法第30条は「神が人と認めたものを人間といい、人が人と認めたものを人という」と定め、人間界における誕生前または死後の者及び人に扱えなかった者を、神が人として扱うことを認めたものである。また後段「人が人と認めたものを人という」は、人類の主体性に基づき、人でない事物を新たに人として取り扱うことが、人類にとって必要不可欠でありやむを得ないと認められるときに限って、人類が当該事物に人格権を設定したことを神が追認すべきことを定めたのであって、森羅万象如何なるものでも直ちに人類へ加入できることを定めたのではない。
本件曽比大輔によるゾンビに対する人格権の付与は、ゾンビに人格権とともに主体性を与え、従前の人間に利益を与えることがなかったから、人間の幸福に資するものといえず、これを認容することは、神が全ての人間を救わなければならないとした神法第一条に違反する。
したがって、神は、本件曽比大輔がゾンビを人と認めた決定を無効としなければならない。
愴渝結迦琉比売 記
—————————————————
刻光がこれを受け付けた。
対決
風がウツクシモンのことばを雪柊のもとへ運んだ。
—————————————————
美の女神よ。
私はあのとき、塵になって人間界に散った。
風に乗り、水に運ばれた。
私はあらゆるところに有った。
全てのものが私の行き先であった。
私はあるとき草花であり、その種子であり、それを啄《ついば》む鳥であった。
そして最期の行き先を、奴ら《ゾンビ》に決めた。
美の女神から授けられた、折り鶴と共に。
そして、君を待った。
—————————————————
地上にいたゾンビたちの首から、ウツクシモンの両掌があらわれる。
ゾンビたちは首を締められ、息がとまり、動きを止められた。両掌はゾンビが身動きするほどきつく締まってゆく。
「いきぐるしい。」
ゾンビたちの動きが止まると、ウツクシモンの手首から折り鶴が現れて飛んだ。無数の折り鶴が連なりゾンビたちを空に連れてゆく。しばらくすると、空には何千万のゾンビたちが灰のように舞い、暗い空をさらに暗くした。
—————————————————
「ウツクシモン…。」
「どうするつもりかな。」
「先代の命では、宇宙へ捨てろと…。」
「氷の雲、片付けてないけど?」
空には厚さを増した氷の雲が聳えていた。
—————————————————
しかし小さな折り鶴たちは勢いを止めず、次々と氷の雲を貫く。
ゾンビたちはそこにできた穴を通り抜けることができずに、氷の雲に叩きつけられ、動きを止めた。ゾンビたちは次々と氷の雲に吊り下げられた。
地上は泥に塗れ、人は天に吊られたゾンビの姿に怯え、泣いている。
「雪柊。これでも美は万物に宿るか?」
「…。」
「折り鶴を貸せ。」
柳喃がそう言うと、たちまち柳喃の背丈は伸び、東ノ国が小指の先に乗るほどの大きさになって、空に浮かんでいた千羽鶴を片手でわし掴みにした。
雪柊は振り落とされないよう、柳喃の左の睫毛につかまった。
「太陽に焼かれるか、
それとも永遠にさよならか。」
第四の世界
東ノ国の内閣総理大臣 曽比大輔は、新型レーダー「H−L8」に映った怪しい影に目をつけた。
そこには巨大な人影が映し出されていた。
「やはり聞いた通りだ…。」
「人類が苦難に陥ったとき、
必ず現れるという…。
これが、神に違いない!」
曽比が展望室の窓に駆け寄り、双眼鏡を取り出して、巨大な人影のあった方向を眺める。
傍にいた職員が言った。
「いやあ、総理。今日は冷えますね。」
「何を言ってる! ついに神が現れたぞ! すぐに捕獲しろ!」
「え…?神…、どこですか。私には、空と…雲のようなものしか見えませんが…。」
「レーダーを見ろ!
あそこだ!対策室に指示を出せ!」
職員は曽比の指差す方向をふたたび眺め、眼鏡を直した。
H−L8の技術員は直立不動で指示を待っている。
「もういい、おい、どけ!」
曽比は非常階段に駆け込み、対策室へと急いだ。
—————ついに神を捕獲するときが来た!
人間の世界、ゾンビの世界を治め、そして間もなく…第3番目の世界、神の世界をも治める。
そして、全てを束ねる世界こそ、第4番目の私の世界!
曽比の目は輝いた。
—————————————————
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