データで見る英語弁論大会①——Judging Sheetから分かる大会の理想スピーカー(予選編)
1. 前段
英語弁論大会では、大会主催者が審査基準を定め、それをJudging Sheet(審査用紙)に落とし込み、審査員はそこに記された審査基準と得点配分に従って出場者を評価・採点し、入賞者を決定します。
しかし、審査用紙の評価項目は大会によってさまざまな違いがあります。これは英語弁論大会の運営や審査に携わったことのある多くの人が認知していることだと思います。
大会によって評価基準や得点配分が異なることは、同一スピーカーによる同一スピーチでも評価結果は大きく変化することを意味しています。弁論評価の場合、審査用紙に定められた評価基準や配点以外にも審査結果に影響を与える変数要素――例えば審査員の嗜好や価値観、スピーカーのコンディション等――が多数存在するため、大会の審査基準と配点のみを以て審査結果を確実に予想することは難しいですが、この点について異論を唱える人は居ないでしょう。
しかし、それは、評価基準や得点配分は、大会が理想とするスピーカー像を具現化しているということです。このことは、出場者が大会での入賞を目指して、原稿や実演のブラッシュアップを進めていく上で大きな判断材料となり得ることは勿論、大会主催者が審査基準を策定するに当たっても、絶対に理解しておく必要があります。なぜなら、これを理解せずに評価基準を策定すると、大会理念やコンセプトと全くマッチしない出場者に高評価を与えることを認めることになるからです。
本稿では、過去に国内で行われた英語弁論大会の審査用紙の基準と配点割合を分析して参照することで、当該大会がどのようなスピーカーを理想としているかを考えていきます。
2. 過去の英語弁論大会における審査基準と配点の実例から見る理想のスピーカー像
過去各弁論大会の予選・本選の審査基準と配点を分析すると、少なくとも主催者が高く評価したいとみなされる出場者の傾向が明らかになります。いくつか事例を挙げます。
実例
例1. 第17回法政大学総長杯(2021)
上の図は2021年に実施された第19回法政大学総長杯(予選)での審査項目と各項目の配点です。
得点 = P, 評価(評価段階) = E, 倍率 = n
項目の得点: P = nE
特に注目する点は、右側に赤枠で記された項目と、青枠で記された項目です。まず赤枠は「Sub2各項目の総合得点比率」です。審査用紙の各項目が総合得点に比してどれくらいの得点比率を占めているかを表しています。次に青枠は「Sub2各項目のCDE内比率」です。各項目が、該当するCDEカテゴリ内でどれくらいの得点比率を占めているかを示しています。
以上を踏まえ、まず赤枠(Sub2各項目の総合得点比率)を見ていきましょう。第19回法政大学総長杯予選の場合、各項目の総合得点比を参照すると、"Contents"内の"Persuasiveness"と"Suggestion"がそれぞれ全体の8.8%、"English"内の"Diction"2項目がそれぞれ8.8%と傾斜配点されており、これら4項目で全体の約35.2%を占めていることが分かります。
次に各青枠の各項目を参照します。特に注目したいのは、"Contents"内における"Persuasiveness"と"Suggestion"が、Contents採点のうち37.6%を占めている点です。
以上の2つの事実から、第17回法政大学学長杯の予選では、次の項目が特に重視されていることが分かります。
Contentsにおける"Persuasiveness"
Contentsにおける"Suggestion"
EnglishのDictionにおける"Choice of Words"
EnglishのDictionにおける"Pronunciation","Articulation","Intonation"
つまり、「内容面では論理性に説得力があり、かつ問題解決策や提案が論理的であること、英語運用面では語句選択や叙述表現の技術、文法の正確性、発音の正確性や明瞭性」などが重視されていることが分かります。
例2. 第49回新島杯(2022)
まず赤枠を見ていきます。第49回新島杯予選の場合、各項目の総合得点比を参照すると、"Contents"はTitleを除く全4項目が、各13.6%となっており、これらを合わせると全体の54.4%となり、ContentsのTitleや、EnglishやDeliveryの残りの8項目を合計した45.2%を大きく上回っています。
また青枠の各項目を参照すると、特に突出しているのはEnglishのPronunciationとProrodyであることが分かります(これらは配点数値からも容易に分かります)。
以上のことから、新島杯予選では「Contentsをバランス良く評価して重視するとともに、発音の正確性や発話の強勢・抑揚などのパターンを正確に運用できているか」などが重視されていることが分かります。
これは大会審査時に審査員に対して説明される、「新島杯審査において重視してもらいたい点」と合致しており、大会主催者の方々の堅実な運営姿勢を見てとることが出来ます。
例3. 第15回東京大学E.S.S.杯争奪英語弁論大会(2020)
東大杯(2020)は全体として、他の大会に比べて各項目の配点にばらつきが多いことが特徴的です。これは即ち重視したい項目とそうでない項目に差異が生じやすいことを意味しています。
まず赤枠で総合点に対する割合を見ていくと、最も配点割合が高いのが"ContentsのPersuasiveness項目における"Logicであり、10.0%が与えられています。近年の東大杯と言えばValue speechが強い印象を持っている人が多いですが、少なくとも予選段階では主張の論理的整合性が全体の中で最も重視されています。
次に高いのが同じ"Contents"におけるMessageのClearance、そして"English"のWriting ExpressionにおけるEffectiveness of Expressionで各9.1%、次が"English"のOralにおけるFluencyで8.2%、次が"Contents"のOriginalityにおけるUnique Viewpointで7.3%、次いで"Contents"のMessageにおけるImpactと"Delivery"のNon-verbalにおけるPosture / Gestureがそれぞれ6.4%となっています。
これらを合計すると、7項目で50.1%となり、残り12項目での合計43.3%を上回る結果となります。
また青枠でCDE比を見ていくと、"Delivery"のVerbal DeliveryにおけるStressがD内でPosture / Gestureに次いで重視されていることにも注目できます。
以上のことから、第15回東京大学E.S.S.杯争奪英語弁論大会の予選では「原稿面では論理性の高いスピーチを最も評価するとともに、表現の豊かさやスピーカーの視点の独自性を持っていることやインパクトあるメッセージが含まれているかが重視されており、また英語運用力や実演能力では、発話が流暢かつ明瞭で、姿勢が良く、体の使い方が上手いスピーカーが重視されている」と考えられます。
例4. 第19回津田塾大学梅子杯(2021)
4例目は第19回梅子杯です。まず赤枠ですが、第19回梅子杯予選の場合、各項目の総合得点比を参照すると、"Contents"内のOriginality、"English"のサブカテゴリ"Oral"における「発音の明瞭さ」、そして"Delivery"の"Non-verbal"サブカテゴリにおける「熱意」、そして"Concept"における「熱意とオリジナリティーあふれるスピーチだったか」がそれぞれ6.7%と傾斜配点されており、これらの4項目のみで全体の約26.8%を占めています。
この4項目を重視する傾向は、カテゴリ内と各項目の比率で見ても同様の傾向となっています。
以上の事実から、第19回梅子杯の予選では、次の項目が特に重視されていることが分かります。
Contentsにおける"Originality"
EnglishのOral面における「発音の明瞭さ」
DeliveryのNon-Verbal面における「熱意」
Conceptにおける「熱意とオリジナリティーあふれるスピーチだったか」
つまり、「内容面では独創性を重視し、実演面では熱意あふれ、はきはきと話すスピーカーが高く評価されやすい」ことが分かります。しかもConceptカテゴリの項目は、ContentsやDeliveryと実質的に同じ基準での二重加点となりますから、他の項目に比べ、著しく重視されていると言えます。
結論
冒頭でも紹介した通り、評価基準や得点配分は、大会が理想とするスピーカー像を具現化しています。
これらの情報を研究することにより、出場を希望する学生の皆さんは、自分の原稿や実演の収録に予選突破のポテンシャルがどれくらいあるのかを考える目安とすることができます。
またこうした審査基準を策定する主催者の皆さんも、自分たちが設定した大会コンセプトや大会理念に本当にマッチしたスピーカーを評価できる仕組みができているか検討や考察を行うことができます。