凱旋門賞に関する個人的な所見

 今まさに2024年の凱旋門賞が終わり、「やっぱり今年もダメだったかぁ」というところでこの文章を書いてます。
一応これでも競馬界に携わる人間として、凱旋門賞に対しては「日本競馬界の悲願!」みたいな形で言われてはいるのは把握してる(なんなら勤め先の目標にもなってる)のですが、個人的にはそのことにちょっと思うところがあるので、いい機会なので形にしてみたいと思います。

 まず前提として、個人的には凱旋門賞、別に勝ちたくないです(!?)
…というとさすがに語弊があるか。勝てるなら当然勝ちたいので。ただ、悲願とか言われると別に…というか、そもそも別に使う必要ない、何なら使わないでくれとすら思ってます。だってリスクリターンのつり合い全く取れてないし。そもそも現状の日本馬を今の形で連れて行っても、おそらくよほどの強運がないと勝てないと思ってます。馬場とか馬場とか馬場とか。

 で、ここからが大事な話なのですが、そもそもなんで凱旋門賞が「日本競馬の悲願」になってるのかが理解できない。それってただのコンプレックスちゃうんかと。
この辺りを紐解くには日本競馬の歴史を振り返る必要があって、もともと日本競馬の始まりは明治時代、文明開化とともに「欧米に追い付け追い越せ!」の一環で始まったのが発端。つまりそもそもスタートからして欧米に対する劣等感から始まっているうえ、実際に競馬のレベルも当然後追い。海外遠征に挑んだ日本馬は1950年代に長期遠征に挑んだ当代の最強馬・ハクチカラが現地GⅡを勝利した以外軒並み惨敗、1981年に初の国際競走・ジャパンカップが開催されるも海外の二線級にエース格が完敗と、海外に比べ日本馬が劣っているのが長らく続いていて、その中で欧州最高峰の凱旋門賞が「夢の舞台」となるのはこれは当然でしょう。言ってしまえば野球でいうメジャーリーグのワールドシリーズ、サッカーなら欧州CLのようなものです。あこがれて当然。
 その後日本馬がレベルアップを遂げ、90年代にはジャパンカップで日本馬が海外の超一流相手に好勝負を繰り広げることが増えると同時に、今度は日本競馬の「ガラパゴス化」がささやかれるようになっていきます。具体的には競馬の質の面で、日本の馬場は高速化が進み、海外ではありえないような速いタイムが出る、だから日本では世界の一流馬が真価を発揮できない!という主張です。

 そこから時がたち現在。日本馬のレベルは飛躍的に向上しました。今や芝のレースにおいて、ドバイや香港では毎年のようにGⅠで好成績を上げ、ジャパンカップではあまりにも日本馬が勝ちすぎるゆえに「リスクに見合わない」として海外馬の挑戦そのものが減少(これについては招待形式だとか検疫の問題だとかもありますが)。終いには凱旋門賞以上に鬼門と思われていたダート路線すらドバイワールドカップ・サウジカップ・ブリーダーズカップといった最高峰中の最高峰で好走・勝利する始末。おそらく今世界中の地域で一番結果を出している競馬先進国は日本だといっても過言ではないでしょう。
 その日本が「唯一勝てない国・地域」、それが欧州なのです。欧州の芝は整地が不十分できわめて力がいる馬場、時計もかかり日本の芝とは全くの別物、というのはもはや常識。ですが、よくよく考えるとほかのどの国に目を向けても、アメリカ、ドバイ、香港、オーストラリア、何なら南米まで含めて見ても、馬場・コースの特徴は欧州より日本に近い。つまり言ってしまえば真に「ガラパゴス」なのは日本でなく欧州ではないのかと。逆に言えばこれが日本馬が凱旋門賞勝てない理由の9割以上だと思ってます。

 で、本題。筆者がなぜ凱旋門賞に夢がないと思っているのかについて。おそらく今の日本馬は絶対に世界トップレベルです。これは欧米のオーナーがわざわざ日本にディープインパクトやイクイノックスを種付けにスターホースを派遣してくることからも明白です。実際にサクソンウォリアーやオーギュストロダンといった成功例も出ていますし。
 つまり日本の馬の質・能力において、世界との差はいまやないといっていい。ではなぜ日本馬が凱旋門賞を勝てないのかといえば、これはもう理由を調教、ひいては「馬の作り方」に求めるしかないと思います。つまり凱旋門賞を勝つなら、凱旋門賞を勝つための調教を積む必要がある。で、ここで大事なお話。実は凱旋門賞勝ち馬の日本での成績、おおむね悲惨です。ジャパンカップでは3着以内すら1982年オールアロング(2着)と1996年エリシオ(3着)の2回だけ。種牡馬としても近年日本ではバゴが大物を何頭か出してはいるもののせいぜいその程度で、外国産馬含めて成績は振るわない現状を踏まえると、多分凱旋門賞を勝てるような馬は日本ではGⅠどころかオープンクラスにすら上がれないのでは…?という疑いが…つまり「凱旋門賞を勝つことを目的とした馬作り」を目指すならたぶん、今の日本での競走成績はまず間違いなく落ちると思ってます。

 同時にこれは日本競馬に抱くプライドの問題。個人的に今の日本競馬は世界一だと思っているので、凱旋門賞なんぼのもんじゃいと。先に挙げた野球やサッカーは「世界一のリーグ」が海外にあるからスターがそちらに移籍するのであって、例えば逆にジャッジが日本のプロ野球に来るなんてことは100パーセントないといっていいでしょう。だって自国内に世界最高の舞台があるのだから。実際、日本以外の競馬主要国、それこそ欧州やアメリカでは、自国・自地域の最大のレースを最大目標にするのは半ば当然で、海外挑戦はあくまで目標にするレースがちょうどいい時期にあってこそ、といった具合です。ドバイや香港がそれぞれ3月・12月なのも理由があるのだ。なんなら凱旋門賞信仰なんてものを抱いているのは、多分日本人だけなのではないでしょうか。
 今の自分は日本の競馬にそうなってほしいと願っていて、ようするに日本最強馬の最大目標がジャパンカップや有馬記念であってほしいと思う部分が多分にあります。何なら欧米の有力馬が日本馬に喧嘩を売りに来日する未来があってほしいとすら思ってます。自分が見たいのは2020年のJCで最強古馬アーモンドアイに、無敗の牡牝3冠馬2頭、コントレイルとデアリングタクトが勝負を挑んだドリームレースであり、その開催場所は日本であってほしいのです。

 というわけで今の日本競馬において、凱旋門賞勝利にそんなに魅力を感じない、狙わなくてもいいんじゃないの?というのが自分の本音。ぶっちゃけ今の日本競馬において、多分凱旋門賞を勝つことは悲願というよりは宿題というか、何ならある種の呪いだと思っています。
 それだけに個人的には「適正ありそうだけど日本では現状1.5流の馬」である今回のシンエンペラーとか、去年のスルーセブンシーズみたいな挑戦こそ歓迎ではあるかも。今後ぜひそういう馬に勝ってもらって、「なんだ凱旋門賞なんぼのもんじゃい」となってくれることが望みなのだけれど、まだその未来は遠そうだなぁ…

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