【選手・監督インタビュー映像あり】スロベニア戦で見えた日本代表の誇り。世界との差
この敗戦を、アイスホッケー日本復活への第一歩とするほかはない
日本2-6スロベニア 五輪への道絶たれる
冬期北京五輪3次予選、対スロベニア戦に臨んだ男子日本代表は、スロベニア・イェセニツェの地で、新聞等で既報の通り、2-6でスロベニアに敗れた。
勝った方が1位通過の決戦を落とした日本は2大会ぶりに最終予選進出を逃し、長野大会以来となる男子日本代表の五輪出場への道はここで絶たれることとなった。
多くの新聞に配信されている共同通信(2/10)の記事を引用させていただく。
「 アイスホッケー男子の2022年北京冬季五輪3次予選は9日、スロベニアのイェセニツェで最終戦が行われ、世界ランキング23位の日本は同18位のスロベニアに2―6で敗れて2勝1敗の2位に終わり、8月の最終予選進出を果たせなかった。日本は6大会連続で五輪出場を逃した。スロベニアが3戦全勝で最終予選に進出。
日本は第1ピリオドに中島(王子)の得点で先制したが、第2ピリオドに追い付かれた。第3ピリオド序盤に立て続けに失点し、後手に回った。 」
試合は、IIHF(国際アイスホッケー連盟)の公式映像などでご覧頂けるし、ゴールやアシストの記録も大会サイトで確認できるのでこの記事ではさらりと触れるにとどめる。
この記事の2-6というスコアを見れば、日本代表はなすすべもなく敗れた、という印象を受ける方も多いだろう。
しかし、実際に現地に帯同した記者の目から見ると、誇り高きアイスホッケー日本代表の姿が見えてくる。
岩本裕司監督が鍛え上げた今大会の日本代表は、万全の準備を行って打てる手は全て打ち、最終日のスロベニア戦にピークを合わせた最高の状態に仕上げてきたことは間違いなかった。短い準備期間のなかで諸般の制約があるなかで、ここまで仕上げてきたのは称賛に値する。
↑厳しい条件のなかチームを仕上げてきたことは、次につながるはずだ
アイスホッケー、岩本JAPANの「心動かす戦い」は200字ではとても足りない
会場のイエセニツェは、スロベニアの北部、車で40分ほど走ればオーストリアの国境という、小さな町だった。
特に何も特筆すべきことがないような工場の町だが、鉄の町ということに住民は誇りを持っているようで、町の象徴は歯車と鉄工所用の目を保護するメガネを掛けた工員の絵柄だ。
↑今大会の会場となったPodmežakla Arenaは、スロベニア国内リーグのHDイエセニツェの本拠地で、優勝したときのバナーがずらりと天井からつり下がっている。
↑小さな売店があるものの、本当に質素な作りのリンク。でもヨーロッパらしく観戦にはビールが欠かせない
観客席に椅子があるのはメインスタンドと片側のゴール裏だけ。いわゆるバックスタンドは、コンクリートたたき上げの立ち見席。なお今大会はバックスタンド側は取材パスかゲストパスを持っている人しか入れないはずだったが……
実際に現地に足を運んでみると、スロベニアが首都リュブリャナのリンクではなくこの地のリンクを選んだのも、この大会に対する盛り上げようという欲があまりないように映った
↑スロベニア戦直前、ウォーミングアップに臨む選手達
この日、会場を訪れた観衆は公式発表で1700人。
しかし、1人1人の出す声が実に大きいものの、超満員ではないこともあってかなにかのんびりしたムードで、試合開始の時点ではそれほどの圧力というものは感じなかった。完全アウエーの状況ではあるが、どことなく落ち着いた雰囲気のなか、試合は始まった。
↑スロベニア戦、試合に臨む福藤選手と監督・スタッフ
試合序盤、スロベニアはその体格を生かしニュートラルゾーンの争いを制して、いきなり攻勢に出た。その圧力はなかなかのものだったが、対して日本は規律あるディフェンスで対抗する。攻め込んで来る相手FWに絡みつくように日本選手が動きを制限し、決定的シュートを許さない。ここまでの2試合(対クロアチア、リトアニア)と同様、日本の守備は非常に鍛えられていた。
それでも個人技にまさるスロベニアが鋭いシュートを次々に放つが、日本DFの頑張りでキーパーの視野を遮るようなスクリーンプレーや、逆サイドに振ってからのシュートといった危険なプレーは非常に少なく、ことごとくGKの福藤豊(栃木日光アイスバックス)がパックを弾き飛ばす。
↑至近距離からのシュートもことごとく止めていた
GK福藤の集中力はここ数年でも一番と言って良いほど研ぎ澄まされているのは、試合開始直後の最初のシュートを受けたときからすぐに分かった。
シュートが福藤のレガースに当たり、ボフッという衝撃音があがるたびに歓声がため息に変わる。序盤2分を日本が無失点で切り抜けたとき、この試合は間違いなく日本にとって充分に勝負になる仕上がりだと確信する。
日本代表は選手と岩本監督やコーチ、トレーナーも含めたスタッフの共同作業によって、この試合に照準を合わせた準備が完全にできていた。
↑ゴール前の争いでも身体を張って守り抜いた日本代表
徹底した守りを貫けば、必ず流れは来る
6分に日本がチャンス。ゴール前ほぼノーマークだった池田一輝(ひがし北海道クレインズ)がシュートに行くが、スロベニアDFが反則覚悟で池田の顔にスティックを当てて阻止し、この試合初のペナルティ。これで日本がこの試合初のパワープレーのチャンスを得る。
そして、このパワープレーからの日本の攻撃が圧巻だった。
平野裕志朗(ECHLネイラーズ)が自陣から持ち上がり、ブルーライン付近でバランスを崩しながらも耐えて左サイドに開いた中島彰吾(王子イーグルス)へパス。それを、中島がまたアタッキングゾーンをクロスさせるように右サイドのブルーライン付近で体制を整えた平野へリターンする。
平野はそこからスティックを一閃させると、GKもリバウンドを出すのが精一杯でパックはゴールの左サイドへ。
↑シュートを放つ平野。リバウンドからの先制点を呼んだ
ゴールの左側が完全なオープンネットとなり、そこへ詰めた中島が丁寧にシュートしたパックがネットを揺らす。
開始8分2秒。これで日本が待望の先制点を奪う。
↑中島彰吾の先制点
この瞬間、リンクの雰囲気が変わった。まさかの先制点に観客席は静まりかえった。
↑ゲームプラン通りに1-0とし、喜ぶ選手たち
前日までの2試合を大勝で勝ってきたスロベニア。ここまでどこかしら「3次予選など通過点」という雰囲気すら会場には漂っていたが、この日本のゴールがスロベニアの余裕をかき消したと言っていい。
第1ピリオドはその後も日本の集中力は切れなかった。
この大会はじめて相手にリードされたことから、一段ギアを上げてきた感のあるスロベニアの攻撃に対しても、身体を張った守りで対抗する。
自陣ゴール前の攻防でも、気迫のこもった守りでスロベニアFWのゴールクリーズ進入をことごとく阻止。正直、必死の守り、という言葉では言い切れないほどの研ぎ澄まされた集中力で、日本はスロベニアの猛攻をしのぎぎってくれた。
↑大澤勇斗(王子)も身を挺してシュートブロック
スロベニアの個人技の高さに、マークを振り切られそうになったり、決定的パスを出されそうになったりする事はあったが、高い集中力はここでも途切れず2大会連続で五輪に出場しているスロベニアに対して互角以上の戦いに持ち込む。
結局、第1ピリオドの20分は日本が1-0でリードして終える。
↑ベンチの岩本監督とコーチ陣は大きな拍手で選手達を出迎えた
追加点が欲しかったことは確かだが、リードして最初の20分を終えられたのは、相手の分析とここまで磨いてきた戦術が高い規律でチーム全員において共有できていたことのたまものだろう。
五輪を懸けたハイレベルの戦いとなった第2ピリオド。しかし……
第2ピリオドの序盤も日本はその勢いをキープしたまま、攻勢に出る。
↑高木健太(クレインズ)の角度のないシュートは惜しくもセーブされる
あとは早く2点目が取れれば。完全アウエーの雰囲気のなかスタンドにいる日本の観客も祈るような気持ちだったろう。劣勢におちいったスロベニアのファンのボルテージも上がる一方で、段々と雰囲気が荒れてきた予兆を感じる時間帯となった。
そんな流れのなか第2ピリオドが始まって間もなく日本がまたパワープレーのチャンスを得る。さらに相手にミスコンダクトペナルティ。
2点目を奪いに行こうという日本に完全に流れが来ているかに思えたが、ここでスロベニアの監督、マティアス・コピターが賭けに出る。
1人少ないショートハンドの状況のなか、FW2人をアグレッシブにフォアチェックに行くよう指示を出したのだ。
↑コピター監督の勝負勘は鋭かった
そして、日本にとっては非常に残念なことに、このコピター監督のギャンブルは当たった。
2人のFWが前へ前へと圧力を掛けることで日本のパワープレーの勢いを完全に殺し、スロベニアを生き返らせた。1人少ないハズのスロベニアの方がシュートの雨を降らせる。この2分間で形勢が一気に変わった。
この試合のターニングポイントはまさにこの一手だったと言っても過言ではない。
これでリズムを狂わされた日本は守勢に回り、DFが自陣から攻撃を組み立てることすら不能となる。そして押し込まれ、反則してでも相手を止めざるを得ない状況に追い込まれた日本は、5分54秒、遂に守備網が破綻する。
ショートハンドから26 Ulbasに単独での突破を許し、強烈なシュートが福藤の肩上をかすめて同点に。これで試合は日本にとって振り出しに戻った以上の意味を持ってしまった。
↑同点弾に沸き立つ観客
ショートハンドの状況での、アグレッシブ・フォアチェックの指示。そのタイミング、そして度胸。
ヨーロッパの小国スロベニアをオリンピックに2度導いた名将の凄みを垣間見た思いだった。
同点とされても必死に粘る日本だったが……
とはいえ、まだ同点。
その後、日本は完全に自陣前に押し込められるが、それでも、福藤の研ぎ澄まされた集中力は切れず、本当にこちらの心が動かされるほどの完璧な守りを見せ無失点でなんとか時間は刻一刻と過ぎていく。
1つのシュートが打たれるたびに歓声が上がり、パックを日本のDFが必死で払いのけるたびにため息が会場を支配する。
この時間帯の攻防は本当に素晴らしく、まさにオリンピックが懸かった試合でなければ生じ得ない、興奮と緊張感にあふれる空気がリンクと観客席に充満していた。
↑素晴らしい攻防が繰り広げられていた時間帯だっただけに、その後の悪意ある行為は本当に残念だった
日本もスロベニアも全てをかけて、直径3インチ(7.62cm)の黒いパックを無心に追っていた。
そんな興奮が最頂点に達しつつあった、第2ピリオド残り1分22秒。事件は起こる。
3本の発煙筒がリンクに投げ込まれたのだ。
↑客席から投げ込まれた発煙筒
1本はスロベニアが守るゴール側のネットに引っかかり、赤い煙が垂直に立ち上っている。
そして1本は係員がすぐに消し止めたように見えたが、さらに本部席正面の氷上に茶色い筒が転がるのがこの目ではっきりと見えた。
そして数秒後、その筒から白煙が一気に吹きだし、リンクは突如雲のなかに突っ込んだように乳白色で覆い隠される。
↑
この事態にレフェリー陣は両チームに対してドレスルームに戻るよう指示。第2ピリオドは1分22秒を残して中断する事態となった。
※なお、この発煙筒が投げ込まれた件については記者がスロベニア、日本の両サイドにメールで問い合わせを行っており、それら回答があり次第、当noteなどで記事とする予定だ。
↑白煙に追われた観客達も会場外に避難し、リンクは一時騒然とした雰囲気になるが、約30分後にパックが見える程度の視界が確保されたところで整氷車が入ったあと試合は再開
切れたタイトロープ。日本の立ち直りを許さないスロベニアの凄み
この中断がどれほど選手に影響したのかは、まったくもってわからない。
試合後に岩本監督は「中断でも選手達は気持ちを切らさず、良いメンタルを保って集中して試合に臨んでくれた」と語ってくれたが、確かに選手達は第2ピリオドの集中力をそのまま持続して、高いモチベーションのまま第3ピリオドに臨んでいたように思える。
↑再開に臨んだ日本代表
規定により製氷後再開された試合は第2ピリオドの残り時間が終わった後、ただちに第3ピリオドが続けて開始されるという処置がとられた
しかしながら、タイトロープを渡るような極度の集中力をもう20分保ち切るには日本が得点を取り再度リードするか、せめて攻勢に試合を転ずる必要があった。
しかしスロベニアはまったくリズムを変えるチャンスを与えてくれず、日本に反則がかさむなか、遂に逆転弾を許してしまう。
5分19秒にショートハンドから18 OGRAJENSEKに決められ1-2。
そしてその1分版後の6分47秒、55 SABOLICにDFのマークを振り切られ、福藤も完全に横に振られて万事休す。
1-3となった時、日本はタイトロープを踏み外し、冬期北京五輪への道はここで途絶えた。
残り3分を切ってからの6人攻撃による乱戦はエピローグのようなもので、スロベニアの最終予選進出を祝う花火のようにも思えた。
パワープレーから再度チャレンジした6人攻撃で、中島がブルーラインから放ったパックがゴールに吸い込まれたのが、今後日本代表が再び立ち上がるための一つの象徴になれば良いと思って、私はリンクを眺めていた。素晴らしい内容の試合だっただけに、悔しさはいっそう募った。
↑6人攻撃からこの日2点目を決めた中島。このゴールを未来に繋げたい
試合後、スロベニアのコピター監督に日本について聞いたところ、「本当にまとまっていて素晴らしいチームだった。もう2度と日本とは戦いたくない」と話してくれた。その口調、表情からは決して社交辞令でないことは読み取れた
↑観客席にはスロベニア国旗が踊った
日本代表の誇り高き敗戦を、未来へ繋げるために
この大会の日本代表は戦術のブラッシュアップに取り組み、どの選手も高いレベルで自分を追い込んでいた。規律高く、誰一人として100%自分がすべき役割を果たせなかった選手はいない。その事はこのチームを見てきたものとして、本当に誇りに思う。
今回の日本代表は、まさに日本を象徴する存在として戦いぬいたことは間違いない。
いっぽう、60分を振り返って見ると、スロベニアとの差は特に個人スキルにおいてやはり大きなものがあった。この大会に向けて日本選手が120%のベストを尽くしチームとして組織として対抗したとしても個の力であしらわれる、その差が少なからずあったことは確かだった。そしてスロベニアのさらに先の五輪への道には、より高い山嶺が連なっている。
その差を埋めるには、4年に一度の五輪予選だけでなく、毎年行われる世界選手権をしっかりと重要視して戦い、世界との差を埋めるべく少しずつ着実に前に進んでいくしかない。
そのためには代表チームを、招集してから鍛えるという発想だけではなく、普段のアジアリーグや大学リーグも巻き込み協力しながら、代表の試合日程から逆算した効率的な日程を組み、それより若い世代の選手の育成に一貫して取り組むことが必要ではないか。
また、日本代表が求めるコンセプトや戦術を各リーグのチームや各世代でも共有し、強化方針に一つの芯を持って取り組むなど、国内の強化体制の整備がやはり必要だと痛感する。
「日本代表が目指すチームはこれだ」というコンセプトを掲げながらその方針に沿って各カテゴリーが協力し一致団結して選手を育てる、そんな仕組み作りに着手しないかぎり、このまま日本は世界に取り残されていくだろう。
代表が集まったときだけに何かをすればなんとかなる、という時代ではもはやない。
求められるのは、2大会、3大会先を見据えた育成だ。
この敗戦が日本代表復活、ひいてはアイスホッケー人気復活への第一歩になるためには、この悔しさをバネにして、アイスホッケー界が一致団結して前に進むほかはない。
今回、日本代表選手達の戦いぶりが心を動かす素晴らしいものだっただけに、よりいっそうその思いは募る。
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