磨かれた総合力。盤石の守りに攻撃を積上げ、ついにIB優勝&昇格勝ち取る【アイスホッケー男子世界選手権DivIB 対ウクライナ戦レポート】
2023IIHF男子世界選手権ディビジョンIB
会場:トンディラバアイスホール(エストニア・タリン)
リーグ戦最終第5戦(現地4/29 19:30FaceOff. )
日本 5(2-0、2-0、1-3)3 ウクライナ
ショットオンゴール:日本29 ウクライナ33
取材・文・写真/アイスプレスジャパン編集部
粘り強い守備が攻撃の爆発を引き出す。5戦5勝の完全優勝
今大会で一番攻撃力が高いウクライナに対し、攻勢を鉄壁の守りではねのけ転じて得点を奪う、実に日本らしい戦いぶりで栄冠を勝ち取った。
第3ピリオドには5-0からウクライナに3点を返されて追い上げられたが、日本はそのリードを生かしながら最後まで試合の主導権を手放さず最終的には5-3で勝利。
大会5試合すべてを60分勝ちという文句なしでのディビジョンIB優勝、そして次年度のディビジョンIA昇格を決めた。
ヨーロッパ・エストニアでの開催ということで、ほぼ全試合において日本は完全アウエーでの戦いを強いられた。しかし、それをものともせず、これまでも強力な武器であった守備力に磨きをかけるとともにその上に得点力というピースを積み上げ、アイスホッケー男子日本代表は2016年に降格の憂き目をみてから7年の時を経て、ついにディビジョンIA復帰を勝ち取った。
この日のゲームMVPにはディフェンスの大津夕聖(おおつゆうせい/ひがし北海道クレインズ)が選ばれた。また大会全体でのベストGKに成澤優太(なりさわゆうた/レッドイーグルス北海道)が、ベストFWに平野裕志朗(ひらのゆうしろう/AHLアボッツフォード・カナックス)が選ばれた。
日本の堅い守備に戸惑うウクライナ。待望の先制点は鈴木健斗
この日も日本は先発ゴールキーパー(GK)に成澤を立てて臨んだ。
ウクライナは1つ前の試合において14-2でオランダを一蹴しており、その攻撃力は脅威。特にパワープレーの成功率は6チーム中1位で群を抜いて成功率が高く、この日の試合は「矛」のウクライナに対して「楯」の日本という構図となった。
しかしこの直接対決。序盤から日本の「楯」が「矛」をはじき返した。
第1ピリオド序盤からウクライナの攻勢に対して日本は組織的なディフェンスで対応。特にゴール前に入り込んでいこうとするウクライナのフォワード(FW)選手の動きにしっかりと対応した。相手をリンクの出来るだけ外へ外へと追いやり、ウクライナ選手がシュートを放つにしても遠目からでしか打てないようなシチュエーションを意図的に作りあげていた。
それでもウクライナFWのシュートは強力でたびたび日本ゴールを脅かしたが、そこは先発GKの成澤が冷静かつ確実にパックをストップ。2発目を狙われやすい大きなリバウンドをほとんど出さない素晴らしいゴールテンディングで、最後の砦として日本のゴール前に立ちはだかった。
相手のシュートを確実に成澤が止めるたびに日本の守備のリズムが出来上がり、それが段々と攻撃面に波及していく。日本の規律あるディフェンスはウクライナの連動性を分断していた。また日本選手がペナルティをしないようにスティックの取り扱いに細心の注意を払っている様子も随所に感じられた。
そんな展開には前戦14-2で大勝したウクライナの選手も、「今日はちょっと違うぞ」という気持ちになっているのが記者席からもありありと分った。徹底的に日本に守られるなか、ウクライナ側に微妙に攻め急ぐ気持ちが見え隠れし始め、段々と日本のカウンター攻撃が鋭くなってきた。
先制点はセットプレーから。完璧な崩しでゴールを奪う
守りからリズムを作った日本に流れを一気に持ってくるゴールが生まれたのは、7分58秒。
日本のアタッキングゾーン左側のスポットでフェイスオフされた直後、フェイスオフで大澤勇斗(おおさわゆうと/レッドイーグルス北海道)が引いたパックを受けた鈴木健斗(すずきけんと/栃木日光アイスバックス)が小さなモーションから強烈に叩くとパックはゴール左サイドへ。相手ディフェンス(DF)の靴にちょっと当たったか微妙にコースが変わる幸運もあり、ゴールキーパーの対応も間に合わずパックはゴールネットに突き刺さった。
このゴールで意気上がる日本ベンチ。「徹底的に守り抜きながらこの試合をものにする」という気迫はこの段階でもう観客席に強烈に伝わってきていた。第1ピリオド13分過ぎに日本はペナルティで1人少ないショートハンドの状況となるもその2分間を無失点で乗り切る。これで完全に試合は日本のペースに入った。
「こんな痛みより負けの痛みのほうが……」大津夕聖の気迫が乗り移る
その後もウクライナの猛攻をしっかり受け止める中で、ウクライナに焦りが出たのか、この試合の流れに大きな影響をおよぼすプレーが飛び出す。
16分過ぎ、日本のゴール裏へ流れたパックをコントロールしに行ったDF大津夕聖(おおつゆうせい/ひがし北海道クレインズ)に対し、ウクライナ選手1人が絡んでいくなかさらにDmitro NIMENKOが勢いをつけて大津(夕)の背後からぶつかりに行き、大津(夕)は2人の選手とバックボードでプレスサンドにされてしまう状態に。
頭部、ことに顔面からボードにぶつかっていたようにも見え、クビもくにゃっと曲がっている状況を一瞬見せた直後に、タフネスを誇る大津(夕)が脳しんとうを起こしたときのようにスローモーションでリンクに崩れ落ちる。
即座にレフェリーの笛が吹かれ、ウクライナ側にペナルティ。反則は当然で問題はそのペナルティの程度がどれ位になるか、というくらいの危険なペナルティだった。
現在のルールでは、ペナルティで相手に出血させるケガを負わせた場合は5分間のメジャーペナルティが科され即座にゲームミスコンダクト(試合からの退場=ゲームアウト)となる。ビデオによるレフェリーの検証の結果、大津(夕)の出血が認められてNIMENKOにボーディングのメジャーペナルティ、そしてゲームアウトが宣告され、ウクライナは貴重なFWを1人失うこととなった。
大津(夕)はそのシーンについて
「(プレーで)顔に傷を付けられたのは初めてだったが、(ああいうプレーは)アイスホッケーの醍醐味の一つでもあると思っているので、そんなことで負けてはいられなかったし、大したことではなかった。FWもDFも関係なくチーム一丸となってみんなで同じ方向を向いて戦ってきたし、(あのプレーは)自分にしか出来ないプレーだと思う。こんな痛みより負けの痛みのほうが大きいし、ここで自分がリンクからいなくなるとまた違う話になってしまう。日本のために頑張るという気持ちで、治療中はできるだけ早くリンクに復帰するという思いでいっぱいだった」と語ったが、その気持ちが日本の選手たちに伝わることで選手たちはさらに試合への集中力を上げたようにも見えた。大津(夕)の「FWもDFも関係なくチーム一丸となってみんなで同じ方向を向いて戦ってきた」との言葉はチームの結束力を物語っていた。
パワープレーで、エース平野裕志朗が貫禄の一撃
5分間のメジャーペナルティは得点の大きなチャンスであるものの、逆に無得点で5分をしのがれると流れは得てして相手にいってしまうもの。そのためにも第1ピリオドのうちに最低でも1点を取ることがミッションだったが、日本攻撃陣は結束し、見事にそのミッションをやり遂げる。決めたのは、やはりここ一番で決めてほしいと誰もが願う日本のエースだった。
ピリオドも残り1分を切ったところで、日本はブルーライン左サイドに位置する佐藤大翔(さとうひろと/栃木日光アイスバックス)が3本立て続けに強いシュート。GKがその対応に追われるなか意識が佐藤(大)へ向いたところで右サイドのブルーライン近くに開いていた平野裕志朗に大きな横パスが届く。そのパスを平野がワンタイマーでぶったたくと、パックは地を這うロケットのように飛びネットに突き刺さる。このシュートの勢いと正確な軌道にはウクライナGKはもうなす術がなかった。
第2ピリオド。平野と髙木、怒濤の連続ゴールで4点差に
2-0で迎えた第2ピリオド序盤、しかしここで日本はややピンチに追い込まれる。1分半過ぎと3分過ぎにそれぞれペナルティを取られ、一時は3人対5人のショートハンドのシーンも。
この2つのペナルティは日本にかなり厳しい判定のようにも見え、やはり国際試合は一筋縄ではいかないと実感させられた。そのパワープレー中も強烈なシュートがゴールポストを叩いたり、ゴール前の争いでウクライナFWが顔を押さえて倒れたりして反則を貰いにくるなどギリギリのプレーが続く。
しかし、ここでGK成澤を中心に日本は耐え抜いた。すると流れは一気に逆流。9分過ぎにまたも左からのパスを受けた平野がワントラップしてから放った強烈なショットがゴールを捉えて3-0。
さらにその20秒後。次のシフトで相手DFのトラップミスを見逃さなかった髙木健太(たかぎけんた/レッドイーグルス北海道)が自陣ブルーライン付近でパックを奪うと一気に自らスケートを加速して相手ゴールに突進、クロスバーの下ギリギリにパックを通す強烈なリストショットを放って4-0とリードをさらに広げた。
「確信があった」(パーンHC)。ベンチの好判断で流れを手放さず
良くあるリーグ戦での試合では4点差とすればかなり安心できるもの。しかし、この試合ではウクライナ国旗をうち振って応援するコアなファンのみならず、エストニアのファンもウクライナに加勢して大きな声を出し、雰囲気はほぼ完全アウェーといえる状況だった。1点を許せばそれを利して、一気に流れが変わる可能性もあったことは間違いない。
そんななか第2ピリオド10分過ぎにウクライナが反撃に出る。日本ゴールに3人がかりの猛攻を仕掛け、最後はリバウンドを力ずくで押し込んでパックはゴールへ。耳をつんざくような大歓声とウクライナコールに包まれるアイスアリーナ。これでウクライナが一気に反転攻勢への足がかりを築くかに見えたシーンだが、ここで日本ベンチが動いた。
ゴール判定のビデオでの見直しを要求する「コーチズチャレンジ」。そのままゴールが認められれば日本は1点を失った流れのなかでさらにマイナーペナルティ1つを差し出す必要に駆られるリスクもあったが、ペリー・パーンヘッドコーチ(HC)は躊躇無くチャレンジを選択する。
確かにゴールの直前、別の選手が正面からゴールクリーズに入り込んでGK成澤を完全に押して倒したようにも見えたが、スタンドのウクライナファンはゴールと主張して大歓声はやまない。
その雰囲気に押されて、レフェリーの判断が影響を受けない、とも完全には言いきれなかったが日本の指揮感はどっしりと構えていた。
「簡単な判断だった。大スクリーンで何が起こったかを見て、コールしなければならないと確信していた。ウクライナの選手が成澤にぶつかってきて、成澤が後ろに倒れた。とても荒っぽかった。我々日本の守りが本当に良いものだと信じていたから、自信を持ってあのような判断をすることができた」とペリー・パーンHC。
そのリスクをかけたチャレンジの結果は「ノーゴール」。これで日本は4点差を堅持したまま第3ピリオドへ。実はこの1点があったことが第3ピリオド最終盤には大きくものをいうことになる。
まさにペリー・パーンHCの決断で日本は大きなピンチを脱することができたといえるだろう。
ウクライナ必死の反撃をしのぎにしのぎ、ついに勝利。6チームの頂点へ
第3ピリオド始まってすぐにもそのベンチの好プレーの余韻は残っていた。始まってわずか46秒、日本は自陣でのフェイスオフからウクライナに攻め込まれるが、成澤の出したリバウンドを大津晃介(おおつこうすけ/ひがし北海道クレインズ)が拾うとリンクの中央を爆走。相手GKも一気に前に走ってまるでビーチフラッグ争奪戦のようなパックの奪い合いとなったが、フラッグならぬパックををもぎ取ったのは大津晃介。
相手GKとのすれ違いざまに大津(晃)がパックを奪い取るとあとは無人のゴールへパックを流し込むだけ。これで5-0となり、日本は攻撃の圧を高めてきたウクライナの出鼻をくじく。
その後第3ピリオドは、シュート数が日本6、ウクライナ14と言う数字が示すようにウクライナは守りを放棄し、すべてをかなぐり捨てて攻撃の圧力をさらに高めた。その攻撃力はさすがに分厚く日本はショートハンドでの失点を皮切りに合わせて3点を失ったものの、5-0とした貯金が大きくものをいう。
守備も粘り強く相手への対応を繰り返すなか時間は刻々と過ぎて、ついに試合は最終カウントダウンへ。
力をふり搾って6人攻撃に出てきたウクライナ攻撃陣から身体を張ってゴールを死守した日本ディフェンス陣は最後までその形を崩さず、ついに試合終了のブザーがリンクに鳴り響く。
その瞬間、両拳を突き上げた選手たちがゴールを死守したGK成澤のもとへ。日本は5戦全勝、すべて60分勝ちという完璧な内容でついに2016年に陥落して以来7年ぶりとなる男子世界選手権ディビジョンIA(2部相当)への復帰を決めた。
1年でのトップ昇格も決して不可能ではない、さらなる強化へ即着手を
今回の優勝の要因は、やはり日本が「単なる守りのチーム」から「堅い守りから攻撃への流れへと繋げられるバランスの取れたチーム」へと進化したことが1つの理由だろう。
ここまでも定評のあった高い守備力をベースに、平野裕志朗や人里茂樹(ひとさとしげき/GKSカトヴィツェ(ポーランド))といった個の力で得点できる選手が海外修行でさらにその実力を伸ばし、そこにマークが集中することによってアジアリーグ勢の点取り屋たちが伸び伸びとプレーできるようになり、全体的な攻撃力アップに成功したといっていい。
さらにベンチの分析力とスペシャルプレー(パワープレー&ショートハンド)の戦術パターンの豊富さがその総合力を下支えしていた。また、大会前半は抜擢した若手が、そして中盤以降は平野を中心とするエース級の戦力がしっかりと活躍したことも、日本の総合力がアップしたことの1つの証明だ。
ペリー・パーンHCの統率力と決断力、攻撃を担当した岩本裕司コーチと守備を担当した山中武司コーチの誠実な仕事ぶりに敬意を表する。
このディビジョンIBの1週間後にイギリス・ノッティンガムで行われたディビジョンIAではアジアリーグの仲間でもある韓国が4位残留を決めた。これで来季2014年は日韓の2カ国が同じディビジョンIA(2部相当)で直接相まみえることとなる。
IAでは上位2カ国に入れば世界選手権の最高峰、トップディビジョン昇格が果たせる。
この優勝&昇格の喜びを味わったあとにはすぐに来季に向けて切り替え、さらに上を目指してほしいと思う。相手国はもちろん1ランク強力にはなるが、どれもかつては日本が倒してきた相手でもある。頑張ってもらいたいし、さらなる強化がなされれば来季の男子世界選手権はもっともっと日本の試合は白熱し、応援もより面白く楽しめるはずだ。
今回、現場である選手とコーチ陣、そしてトレーナー、エクイップメント、広報マネージャーなどスタッフの面々も慣れない敵地での大会のなか力を振り絞って、優勝&IA昇格を勝ち取った。
現地でその姿を見ていると、1年でのIA通過、そしてトップディビジョン昇格も決して夢物語ではないように思える。彼らの結束力とチームへの献身、そして1つ1つのプレーから伝わってくる気持ちはネット中継を通じてでも多くの日本代表ファンに伝わったと信じている。
一方で、時間は容赦が無い。もうすぐに来年の世界選手権、また正式な日程こそまだ不明なもののオリンピック予選も近づいてきている。一通り喜んだあとはすぐに切り替えて次への手を打たなければ世界で勝つことはできない。
日本で後方支援する人たちがどれだけ強化に正面から向き合い早く適切な対応ができるか、そして今後へ向けて適切なプランを構築できるか? そのあたりの施策がタイミング良く適切に行われることが、日本代表がさらに上を目指すためには絶対不可欠だ。それらの動きについても注視し、IPJとしても可能な限り今後しっかりとお伝えできれば、と思っている。
現場の努力をしっかりと支え、さらにチームが強化を加速させることのできる施策をおおいに期待している。