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人生に”ゆとり”を生み出す、ローカルの可能性。 DE / 南房企画 牧野圭太さん 後編
すまいとくらしの未来を語る「philosophy」。前編に引き続き、千葉県南房総で新たなローカル複合施設「SHIP / SHIBUYA IWAI PARK」をつくるクリエイティブディレクターの牧野圭太さんを「n'estate」メンバーの櫻井が訪ねました。後編では、東京・渋谷と千葉・南房総で二拠点生活を送る牧野さんが今感じること。地域で育むポジティブな循環。都市と地方の新たな関係性。本格始動を控え「SHIP」が見据える未来についてお話をお聞きしました。
>プロフィール&前編の記事はこちら。
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櫻井:改めて、牧野さんの現在のくらしについて教えてください。東京・渋谷と千葉・南房総(岩井地区)の二拠点生活、どのような頻度で行き来されているのですか。
牧野:渋谷には週に1日程度。もう完全にベースは千葉になっています。東京まで車で80分程度で移動できるという立地も大きいですね。何か用事ができたら都度行けばいいので。都心から1時間半圏内の郊外は、その価値をもっと見直されるべきだと思っています。
櫻井:都心から1時間半圏内というと、逗子・葉山、奥多摩なども人気のエリアですよね。牧野さんは、千葉に拠点を持ったことでライフスタイルに何か変化はありましたか?
牧野:(渋谷のオフィスにいないという意味で)仕事のスタイルはもちろん変わりましたが、生活面ではあまり変化がない気がしています。地方と言えども、徒歩で行けるコンビニや薬局がありますし、少し車を走らせれば東京ほど選択肢はなくとも飲食店だってある。だから、基本的に不便は感じていません。強いて言うなら「Uber Eats」が頼めないことぐらいかな(笑)。
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牧野:正直に言うと、二拠点生活をはじめる前はこんなに頻繁に千葉に来れるとは思っていなかったんですよ。東京の仕事ももっとやらなくてはいけないだろうと思っていましたし。でも、いざはじめてみたら会社の仲間のサポートもあって、東京にいなくても全然仕事をまわせることが分かりました。
東京から離れると仕事がなくなるかもしれないという不安は誰しもが想像することですよね。もちろん、そういうことも起こり得るとは思うのですが、みんなが思っているほど心配しなくて大丈夫。そのことを僕自身がここで実証して、もっとアピールしていけるように頑張ります。
櫻井:「n'estate」では二拠点目、三拠点目とくらしの軸足となる拠点を増やすことで、人生における選択肢を広げてもらおうと多拠点居住を推進するサービスを展開しているのですが、牧野さんは二拠点居住の実践者として、都市のくらしと地方のくらし、それぞれにどのようなメリットがあると感じていますか?
牧野:都市はいろいろな物事が動く場所だし、人口密度も高い。だから多くの刺激が得られるし、出会いの総量だって多い。僕自身、20〜30代を東京で過ごして得たものは大きかったと思います。でも、刺激の多いくらしはどこかで疲れる。今40歳になった僕としては、都市にそれ以上先がないような気がしているんです。
その点、地方には“ゆとり”がある。都市ほどの刺激はないかもしれないけれど、これといった不便もなく、物理的にも精神的にもゆったりとくらすことができる。少なくとも、今の僕にはここでのくらしが合っているんだと思います。
「上を目指す」ことから降りた先には、さまざまな地平が広がっている。
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牧野:多拠点居住は、決して一部の成功した人たちの間での流行りではなくて。「大きく稼がなくてもいいから、のんびり慎ましやかにくらしたい」という人も結構いるんじゃないかと思っているんですよね。東京を象徴とする資本主義の社会って「登る」思想じゃないですか。みんなヒエラルキーの上を目指して、競い合うように登っていく。でも、たどり着く頂上はみんな同じなんです。
櫻井:みんなが同じ高みを目指すのであれば、そこに個性は生まれてこないですよね。
牧野:一方で「くだり」には、無限の広がりがある。くだった先には平野が広がっていて、いくつにも道が分かれているんです。もちろん資本主義を全て否定するつもりはなくて、より多様で豊かな人生を過ごす可能性を地方は秘めていると僕は思うんです。だからこそ、住まう環境も含め、東京一極集中の働き方やくらし方が、もう少し地方に分散していくと(社会は)面白くなるんじゃないかな。
それこそ、先ほど東京には出会いの総量が多いという話をしましたが、地方にはまた違った意味で面白い出会いがたくさんあるんです。
櫻井:年齢層の幅も広そうですよね。(前編で話題に上がった)「ボケ防止バンド」には、東京で会おうと思ってもなかなか出会えない(笑)。
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牧野:ここに拠点を置くようになってから、そういった偶発的な出会いを強く感じています。
岩井海岸の少し上に鋸南町という場所があって、そこに移住してきた豊島さんという方が「鋸南ビール」という地元の食材を活用した地ビールをつくられているんです。そこのビールの第二醸造所を「SHIP」につくろうという話が生まれたり。たまたま東京からお客さんとして来てくださった方が蒸留器をつくる人で、一緒に蒸留器をつくろうという話で盛り上がったり。
櫻井:牧野さんのお話を伺っていると、そうしたセレンディップな出会いを通じて、この場所を軸に気持ちのいい循環が次々と生まれているように感じます。地域の方々とのコミュニケーションにおいては、日頃どのようなことを意識されているのでしょう。
牧野:うーん、なんだろう。地域の一員としてきちんと生活して、当事者であることですかね。やっぱり地域にしっかり向き合おうとするならば、外部からアドバイザーという立場で関わるのはなかなか難しい。「あいつ、週末しか来ねえな」という間柄ではなかなか距離も縮まりません。
あとは、単純に自分のやりたいことを突き詰めていたら、結構みんな応援してくれるんです。「岩井海岸の近くに複合施設をつくっています。そこでこんなことを考えていて、こういうことを一緒にやってくれる人を探しています」と話せば、相手としても関わりやすいですよね。
「SHIP」が探究する、これからの都市と地方のかたち。
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千葉・南房総で酪農を営む近藤牧場の牛乳をたっぷりと使用している。
櫻井:前編でも宿泊棟や食堂の活用など、たくさんの構想を伺いましたが、改めて「SHIP」の今後の展望について教えてください。
牧野:直近で考えているのが「インキュベート・オフサイト」。今いくつかのベンチャーキャピタルに出資してもらって、一緒につくろうとしています。
櫻井:「インキュベート・オフィス」は、よく耳にしますよね。いろいろな企業が同じオフィスに入居することで創発が生まれる場として注目されている。
牧野:それこそ、僕らは渋谷にある共創施設「SHIBUYA QWS」の会員企業なんですけれど、あそこにも既に人があふれていて、日によっては普通のオフィスよりも人が多い。(人の交流という意味では)それはそれでいいんだけれど、さらに普段いる場所から離れて仕事をするオフサイト文化が日本にも根付いていったらいいなと思っていて。「奥渋の次は、オフ渋だ!」なんて言っています(笑)。
渋谷をはじめとした都内のベンチャー企業に団体研修で来てもらったり、定期的に合同合宿イベントを開催して、お互いの事業課題に対してアイデアを出し合ったり。そんな拠点がつくれたらいいなと考えています。
櫻井:「SHIP」のイベントに参加したことがきっかけで「岩井海岸、いいところだな」「ここに住んでみてもいいかもな」と、移住や多地域居住を検討する人が出てくれば素敵ですよね。もちろん、居住にこだわらずとも”ふるさと”と呼べるような拠点が増えていくこと、オルタナティブな選択肢が増えることは、心の拠り所になっていくと思うんです。
だからこそ、食やアクティビティなど、その地域にある魅力が集約した”ローカル複合施設”という場は、多様なくらし方の入り口として、岩井地区に関係人口を増やすローカルハブになり得る可能性を大いに秘めていると感じました。本格始動に向けた「SHIP」のこれからの展開を楽しみに、引き続き応援しています。
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Photo: 小野田陽一
Location:SHIP / SHIBUYA IWAI PARK
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