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非日常に身を置くことで、足元にあるしあわせが見えてくる。 Interview 神谷よしえさん 後編

食のよろこびを届けるため、全国各地をフィールドに活動するフードコーディネーターの神谷よしえさんに、その土地にくらし、そこに住む人々と交流することで見えてくる地域の魅力についてお伺いした前編。引き続き佐賀・嬉野の「和多屋別荘」で行われたインタビュー後半では、積極的にすまいやくらしの環境を変えることで、あたらしい自分の指針が見えてきたという神谷さんご自身のお話をお聞かせいただきました。

>前編は、こちら。
「地域のよさを知るには、その土に生きること。」


ー あらためて、神谷さんの多拠点歴について教えてください。

神谷さん(以下、神谷):学生時代は地元の大分と東京で過ごして、家庭を持ってからは京都、名古屋、横浜、厚木、福岡を転々と。その後、大分と福岡、奈良の三拠点生活を経て、現在は大分、福岡、佐賀の九州エリアを中心にくらしています。

ー すごい! 多拠点生活の先駆けですね。

神谷:だから、移動に対するハードルは低いのかもしれないですね。
もちろん、大変だったこともたくさんありますよ。文化が違う場所で生活をするってたのしいこともある分、はじめて知ることや体験することも。

京都に住んでいた頃は、長屋に住んでいたのですが、冬場は底冷えが厳しくて、息子のおしめが凍ったこともありました。温暖な気候の九州にくらし続けていたら、そんな体験もすることはなかったと思います。
長屋の壁は薄いから隣に住んでいるおばあちゃんが、私が育児で大変なんじゃないかと心配して「おでん、余分につくったから」と届けに来てくれたり。そういった出来事も「旅行」をするのと「生活」をするのでは、全然違いますよね。

各地の文化のなかでこそ得られるものってやっぱりあると思うし、それぞれの生活体験があってこその、今の私。そこに住んでいたからこそ話せる話題もあるし、その土地でくらした経験があるとないとでは、会話の幅や厚みが違うと思います。

地元の魅力も、その中にどっぷりいると見えなくなる。ところが移動をして外から見ることによって、外から来る人たちが求めているものがわかるんですよね。

ー 地元といえば、ご出身の大分ではゆずごしょうなどの啓発活動にも取り組まれていますよね。

神谷: 2008年から〈生活工房とうがらし〉で「ゆずプロジェクト」というものを立ち上げて、ゆずごしょうキットを開発したり、ワークショップを実施したりしています。大分の宇佐市は、かつて西日本一のゆずの産地だったんです。それが生産者さんが高齢化して産地が衰退してきたので、何とかならないかと大分県庁からの依頼が来たのがきっかけで。

私は生まれも育ちも宇佐市なのですが、実はゆずの産地が同じ市内にあることを全く知らなくて。視察に訪れた院内町で、あふれんばかりに咲くゆずの白い花を見たときの衝撃は忘れられません。

〈おにぎり神谷〉で提供されるお煮しめとゆずごしょう。
これは、完熟した黄ゆずを使ってつくられたもの。

それに、ゆずを見た瞬間に「私はゆずだ」とも思ったんです(笑)。
ゆずは熟す前の青い実も使えれば、熟した黄色い実も使えるし、種は化粧水にもなる。こんなに活用方法がいっぱいあるのに、私を含め地元の人ですらゆずのことを知らない。当時、ちょうど子育てがひと段落して、大学院も卒業して、さて何をするかとくすぶっていた自分にゆずの姿が重なったのかもしれませんね。

ゆずの魅力を、この土地や食文化の背景と一緒にきちんと世の中に伝えていけたら、それは私自身が世の中に存在していくことにもつながるのかもしれないと。食を切り口に、人と産物、人と人、いろいろなものを繋いでいく役割を、私が担えたらと思うようになりました。

ー 〈生活工房とうがらし〉では、他にどのような取り組みをされているのですか?

神谷:もともと〈生活工房とうがらし〉は、伝承料理の研究家だった母が日常の食を研究するために、わざわざ非日常の台所をつくった場所なんです。
今でこそインターネットが発達していますが、当時は携帯電話もないし、FAXもない。ラボに行ったら、なかなか連絡の取れない場所でした。そこでは目の前にあるものに没入するしかない。家庭で椎茸のお煮しめが出てきても「おいしいね」くらいの反応で終わるのが、ラボでは「この椎茸は、どこでつくられたのですか」といった話にも発展したり。食と真っ向から向き合うためにつくられた、非日常の空間。

素材感や陰影、しつらいにもこだわりを感じる〈おにぎり神谷〉の内装。

たとえば、銀座にある大分県のアンテナショップ。あそこは大分県の日常の食を東京という非日常の視点から見たらどうなるかという考えのもと、私の母が食の監修をしました。
私は海外でもおにぎりを握ったことがあるのですが、それも海外の人たちから見たおにぎりという日本の文化を体感することがすごく重要で。別に日本食が海外ウケがいいからとかではなくて、非日常の場に足を運んで交流することではじめてわかることがあるんです。

ー 自分が普段過ごしている場所を変え、非日常の空間に行くことで、相対的に自分の日常の輪郭が見えてくるのでしょうか。

神谷:そうですね。忘れがちだけれど、日常ってすごく貴重なものじゃないですか。今日みなさんの前でお見せした炊き立てのお米も、普段「今日の粒はよく立っていてうつくしい」なんて言いながら食べる人って多分いなくて。でも、こうした普段とは違う場所でそういう話をすることで、ご自宅に帰ってからも一度くらいは、炊飯器を開けたときにお米の具合が気になって見るかもしれないですよね。 

「米が立つと書いて、粒。ぜひ、口の中で粒を感じながら、よく噛んで味わってくださいね」と神谷さん。 

私もよく「大分に住んだらいいじゃない」と言われるのですが、常に外からの視点は必要だと思っていて。大分で大分のことだけを考えていても、他の地域を知らない、比較ができないのでは、その土地のよさに気が付くことはできないですからね。母は「足元の料理に自信を持つことが、自分の生き方に自信を持つことだ」と言っていました。
そうやって、日常を見直す。拠点を移すことは、自分の足元を見つめることにもなるのだと思います。

インタビューの最後は、n'estateプロジェクトメンバーと神谷さんで「おにぎりポーズ」。


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Photo: Ayumi Yamamoto 


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