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いかにしてくらすかは、いかなる社会をつくるか。 Interview 原研哉さん 前編
自分に合ったライフスタイルを実践する人、未来の暮らし方を探究している人にn’estate(ネステート)プロジェクトメンバーが、住まいと暮らしのこれからを伺うインタビュー連載。第14回目は、グラフィックデザイナーの原研哉さん。
日本を代表するグラフィックデザイナーとして、生活のさまざまな接点におけるデザインを手掛ける傍ら、住まいのあり方を考える展示会「HOUSE VISION」や、日本各地の魅力を発掘するウェブサイト『低空飛行』などの取り組みを通じて日本の暮らしを見つめてきた原さん。その目に映る、日本という国が持つ希少性、未来産業の可能性を秘めたプラットフォームとしての住まいの価値について伺いました。
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1958年、岡山県生まれ。グラフィックデザイナー。日本デザインセンター代表取締役社長。武蔵野美術大学教授。〈無印良品〉〈蔦屋書店〉〈森ビル〉ほか、数多くの企業や商業施設のビジュアル・広告・VIなどを手掛ける。2019年7月にウェブサイト『低空飛行』を立ち上げ、個人の視点から、高解像度な日本紹介を始め、観光分野に新たなアプローチを試みている。『デザインのデザイン』(岩波書店)『白』(中央公論新社)など著書多数。
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― コロナ禍を機に多様な暮らし方、働き方の選択肢として、複数の拠点を持つ多拠点居住というライフスタイルへの関心が高まりつつあります。原さんご自身、そのような社会動向をどのように感じていらっしゃいますか?
原研哉さん(以下、原):もともと生活や暮らしに関心があり、住まいのあり方なども考えていくなかで、僕も二拠点居住などを考えた頃もありました。一週間のうち、都市に3日、郊外に4日住むような自由度の高い生活は、特に都市圏に住む人にとって、とてもいいものですよね。
― 原さんの場合、お仕事で国内外問わず各地を飛び回っていらっしゃるので、もはや多拠点生活を送られているようなものかもしれませんね。
原:基本的に僕は旅が多いので、仕事のオンとオフが融合しているんです。建築家の方々と仕事をすることも多いですが、彼らも休みらしい休みはなくても楽しそうに仕事をしている。そのような暮らしを送っていると、もはやオフィスの中だけが仕事場ではないという感覚はありますね。移動中にパソコンを開いて原稿を書いたり。一方で、旅先に海があれば少し水泳を楽しんだり、野山があれば歩いてみたり、身体を動かす機会も結構あります。
― 移動の時間や滞在先の過ごし方で、上手にリフレッシュされているのですね。
原:僕の場合、旅をすることや、旅を通じてつながった人や場所など「また訪ねたい」と思える拠点が増えることで、そこが自宅とはまた違った居場所になる。それらを転々と巡ることが休息になっているのだと思います。もちろん、自宅や会社も大切だし、どちらも手を抜いているわけではないのですけれどね。
日本という国が持つ「未来資源」としての可能性。
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「日本人として茶の湯の感覚というものを知っておきたいと思ったんです」。
― 各地を巡るといえば、ウェブメディア『低空飛行』は場所の選定から写真・動画・文章の編集まで、全てをご自身で手掛けられているのだとか。
原:『低空飛行』は自分にとって、言わば基礎研究のようなもの。僕は海外の仕事を受ける機会も多いのですが、世界から見た日本の姿を知れば知るほど、日本列島の面白さを実感します。地域によって気候が異なり、海も森もそれぞれの個性にあふれている。それらの風土の中で育まれてきた感受性や文化も非常に独特です。そういったものを持ちながら千数百年に渡り、ひとつの国であり続けた文化的な蓄積があるのは、すごいことだなと。
―『低空飛行』で紹介されている場所を見ていると、日本にはこんなにもすばらしい場所がたくさんあるのかと、その美しさと豊かさに圧倒されます。
原:それなのに、日本という国は明治以降、世界の舞台にデビューして約150年の間、自国のそういった独自性や潜在力を産業として活用してこなかったんです。
歴史が浅い新興国からすれば、日本は特殊な国に見えるでしょう。世界において日本はオーセンティシティの塊。古くから存在して、これからも変わらない、普遍的な価値のあるものが日本にはたくさんあるのですが、日本人はそれをごく当たり前のものとしてしか扱っていない。
それは伝統的な建造物や工芸のみならず、味噌や醤油といった食文化も同じです。日本酒なんて、世界のお酒の水準からすると信じられないほど安い。それは決して悪いことではないけれど、そこに莫大な価値が眠っているということに世界は気付きはじめているのに、肝心の日本人の目覚めが遅い。
日本の気候、風土、文化、食。僕は、それらの「未来資源」としての可能性に注目しているんです。
「すまい」は、あらゆる産業の交差点。
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― グラフィックデザイナーとして、日用品から百貨店、物流まで幅広い領域のデザインを手掛け、日本人の暮らしを見つめてこられた原さん。その傍ら、日本の住まいのあり方を問うプロジェクト「HOUSE VISION」などにも取り組んでおられます。日々の暮らしの基盤ともいえる住まいは、今後どのように変化していくと思われますか。
原:「HOUSE VISION」をやってみて分かったのは、住まいというものは単なる住宅という物理的な箱ではなく、さまざまな産業の交差点だということ。ハイテク製品のメーカーだけがスマートハウスの話をして、医療業界だけが遠隔医療の話をして、自動車メーカーだけがモビリティの話をしていても、いつまで経っても未来には辿り着かないんです。そこで、住まいをプラットフォームとして考えてみると、エネルギーも移動も、通信も物流も、先端医療もコミュニティも、あらゆる社会課題が交わっていく。つまり、住まい方を考えることは未来を考えることにも等しいわけです。
2016年開催の「HOUSE VISION」で、ヤマトホールディングスとプロダクトデザイナーの柴田文江さんに具体化をお願いした「冷蔵庫が外から開く家」というものがありました。人間が出入りするドアとは別に、家の外からも中からも開ける冷蔵庫や収納をもうひとつのドアに配して、食品や日用品、クリーニングされた衣類など、さまざまな荷物の出し入れを可能にするというもの。
― 生活者の利便性はもちろん、ネットショッピングの普及に伴う荷物量の増加や再配達など、物流業界の課題も解決できそうなアイデアですね。
原:ドアを通じて出し入れしたもののログを分析すれば、その家のアクティビティを把握できるようになる。このアイデアを応用すると、それは物流のみならず在宅医療の課題を解決する糸口にもなりうるかもしれない。「HOUSE VISION」では、住宅メーカーではない企業が一緒になって住まいに向き合うことで、こうしたアイデアが続々と生まれていきました。
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― 「HOUSE VISION」は、過去にアジアでも開催されています。国も違えば、住まいに対する課題意識も異なるかと思いますが、どのような気付きがありましたか。
原:例えば、韓国のソウル郊外でハイテク農業を手掛ける「Manna CEA」というベンチャー企業。彼らがどのようなことをしているかというと、水耕栽培で野菜を育て、その下でチョウザメを飼い、排泄物を上の水耕栽培の肥料にして、水は循環させる。広大な農地のいらない、超高効率の農業と漁業の両立に取り組んでいるのです。
韓国は日本よりも深刻な首都圏一極集中の社会なのですが、こうしたハイテク農場を基本とした郊外の活用や農業の未来のひとつのかたちを見た気がしました。
その解は必ずしも農家の人たちに向けたものだけではなく、都市部の企業に勤めるような人々がどうやって郊外に住むかという観点から考えると、少し違った都市性が生まれてきますよね。新しい穀物の開発研究をしながらハイテク農場の中に住み、世界中で展開しているレストランの新しいサラダメニューやレシピを考案するような暮らしもある。
― 地方がテクノロジーを上手く活用するようになると、社会全体の暮らしに対する価値観も一変しますよね。面白い住まい方を示す人が出てくれば、地方移住や多拠点居住も一気に加速していきそうです。
原:「いかにして暮らすか」という問いの背景には「いかなる社会をつくるか」という問いが潜んでいると思うのです。少し未来の暮らし方や産業の可能性を考えていくことで、従来の住宅建築の課題が見えてくる。さらには、住まい手の意識も変わってくると思います。だからこそ、国や企業は、地方にどのような人たちが暮らし、どのような住まいを生み出すと面白いかというアイデアを本気で考えてみるべきでしょう。住まいに関してクレバーな国というのは、とてもいいじゃないですか。
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Photo: Ayumi Yamamoto
> 後編は1月24日(金)の公開を予定しています。
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