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老いとくらしをデザインする、人生の仕上げの家。 Interview 原研哉さん 後編

デザインを通じて日本の暮らしや住まいを見つめてきた、グラフィックデザイナーの原研哉さん。日本の歴史・文化・風土に裏打ちされた普遍的な価値や、産業の交差点としての住まいの可能性について伺った前回。後編では、現代の日本が抱える社会課題をチャンスに変える市場の捉え方、シニア世代における理想の住まいのかたちなど、世の中をニュートラルに俯瞰する原さんならではの視点からお話を伺いました。

原さんプロフィール&前編記事はこちら


時代は年齢に捉われず、自由で生き生きとしたエイジレスな社会へ。

原さんが教える基礎デザイン学科の研究室が入る武蔵野美術大学7号館。「ここがキャンパスの中で一番きれいだと思っています」と、原さんもお気に入りの建築。

― ここまで、住まいを起点にした日本の未来の可能性についてお話を伺ってきました。

原さん(以下、原):
今、日本は高齢化社会と言われていますが、ある意味でそれはチャンスだと僕は思うんです。ヨットに例えると、無風のときが一番難しい。風が強く、波にうねりがあるということは、使えるエネルギーが渦巻いているということですから。

― 高齢化や人口減少による過疎化といった“波”に直面する今こそ、社会全体の構造や意識を見直し、風向きを変えるチャンスなのですね。

原:だからこそ、高齢者たちがどのような経済圏で生活しているのか、高齢化する社会の中にいかに魅力的なマーケットをつくるべきか、各企業は一度しっかりと向き合ってみたほうがいい。高齢化問題は何かと暗くなるような話も多いですが、実際にその活力でいうと、海外の高齢者と比較して日本人は割と元気ですよ。僕だって一般企業に勤めていたら、もう定年退職する年齢ですがまだまだ働いていきますからね。

― たしかに、お元気なシニアの方々もたくさんいらっしゃいますものね。手取り足取りされ過ぎてしまうことで、逆に老いが進んでしまう可能性もあるかもしれない。自分はまだまだ若いんだと、自覚するだけでも生活が変わりそうです。

原:もしかすると、一番自由に働けるのはシニア世代なのかもしれません。今はリモートで働きながら快適に暮らせる時代ですし。年齢というのは単なるカウントに過ぎないですから、定年などという言葉でアクティブな人から働く機会を奪ってしまうのは非常にもったいない。その辺りをうまく活用すれば、本当の意味で日本の高齢化に対応できる産業が生まれると思うんです。

高齢者が生き生きと自己実現できる社会で、彼らのクリエイティビティをどうやって引き出すか。ある種の快適さの理想のようなものを、住まいというものを通じて提示していきたいですよね。(前編で触れた)テクノロジーの話ともつながりますが、その家に暮らす人のアクティビティを記録しておくことで遠隔医療に役立てるなど、高齢化社会を社会全体でサポートできるような住まいの仕組みを考えることが大事なのだと思います。

― 歳を重ねるなかで、誰にでも訪れる”老い“。体の衰えや健康への不安というものは、日々の生活において避けては通れないと思いますが、この人生100年と言われる時代を自分らしく生きていくために、どのように自らの老いと向き合っていくべきだと思いますか。


原:何歳まで元気でいられればいいかということを意識しておく必要があるんでしょうね。歳を重ねるにつれて体は悪くなるかもしれないけれど、その都度きちんと向き合って、頑張って治療をする。僕も75歳ぐらいまでは、平気で動ける身体でありたいなと思います。自由に移動が出来なくなると、面白くないですもんね。

― 移動が出来ないと面白くない、それは本当にそうですよね。なるべく元気であり続けるためにも、家の中にこもるのではなく、積極的に外に出て体を動かす習慣を日頃から身につけておくことが大事なのかもしれませんね。

原:それでも移動が難しくなってきたら、今度は家の中に楽しみを見出だせばいい。例えば、60歳を目処に誰もが「人生の仕上げの家」をつくることを常識化するというのはどうでしょう。老人ホームに入るのではなく仕上げの家で暮らす老後のかたち。

日本人の根底にある、自然と融合するくらしの心地よさ。

― 人生の仕上げの家! 例えば、どんな住まい方があるでしょうか。

原:平屋に住むことをおすすめしたいですね。僕はまだ大丈夫だけれど、もう少し高齢になると階段を登り降りするのも一苦労だし、危険も伴ってくる。さらに言えば、広い住まいに暮らすことが苦痛になる。移動することも億劫になりますし、掃除だって何かと大変です。みんな、二階三階建ての豪邸に住むことへの憧れはあっても、結局はル・コルビュジエが終の住処に選んだカップマルタンの休暇小屋のようにシンプルでちいさな家が一番心地いいんじゃないかな。夫婦で健康だったら、そこでお茶でも飲みながらゆっくりと余暇を過ごしたい。

以前、無印良品と一緒に「陽の家」というものをつくったのですが、それも平屋です。窓を完全に壁の中に収納できる全開口のサッシが付いていて、庭と居住スペースとがシームレスにつながっている。デッキと室内の床の段差も無いので、晴れた日にはキャスター付きのダイニングテーブルをコロコロと外に出して家族や友人たちと食事をしたり、庭では野菜を育ててみたり。家とは別に田んぼを借りての週末農業は大変でも、8畳ぐらいの「食べられる庭」で夫婦ふたりが食べる程度の野菜を育てるくらいであれば、高齢者にも実現できそうな気がしますよね。

― 老後は都心を離れて、自然豊かな環境でのんびりと暮らしたいというニーズはあると思います。実際に「n'estate」の取り組みの中でも、宿泊できるコテージがついた滞在型の貸し農園が好評です。

原:移動や旅で得られる充実感もあるけれど、自然と融通している感覚は、とりわけ日本人にとっては非常に大事なことなのだと思います。

ミース・ファン・デル・ローエがつくったグラスハウスのように、住まいの中を高断熱にして、エアコンでコントロールして、室内に快適な環境をつくるというのも、バウハウスの時代からヨーロッパに続いてきたひとつの暮らしの知恵のかたちですが、日本は必ずしもそうしてこなかった。日本人は、叡智は自然の中にあると考え、自然を制約するのではなく人間側が汲み取るようにして生きてきたんです。

というのも、自然という存在が強すぎるから。大地がうねり、海の底が隆起して生まれたのが日本列島なので、日本人が自然に畏怖しながら生きてきた感覚はとてもよく分かるし、自然に対する感受性がある。だからこそ、自然と融合することを前提とした家づくりをして、自然に還っていくような感覚が得られると、私たち日本人はすごく幸せなんじゃないかなと思います。

― 最後に、旅や移動のおともを教えてください。

原:強いて言うなら、いつも携帯しているものはリュックですかね。この小ささが、すごくいいんです。中身は本やパソコン、スマートフォンのほか、いつでも使えるようにパスポートも常に入れています。海外旅行に出かけるときにはトランクケースも持っていきますが、基本はこのリュック。日頃から、できるだけ何も持たないのが身軽で心地いいんです。

Photo: Ayumi Yamamoto

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