南伊豆ロングトレイル備忘録
2024年最後の山歩きで2日間南伊豆を歩いてきました。
思っていたよりもタフなコースでしたが、ずっと波の音を聴き潮の匂いを感じながら歩くことができて大満足でした。
これはその備忘録。
1.コース
今回は伊豆急下田駅からバスで松崎町まで移動。
松崎町から南下しゴールの石廊崎を目指す約45キロのルート。
2.1日目(2024/12/29)
■移動
今回の旅の始まりは道の駅開国下田みなとから。
朝3時にさいたま市の自宅を出て予定通り6時半前に到着する。
真新しい朝。一日の始まり。
磯の匂いがするいつもとは違う出発に心が躍る。
ザックを背負い伊豆急下田駅へ向かって歩き出す。
取り出しやすいポケットには、松崎町役場の土屋さんから送っていただいたパンフレット。心強い!
10分ほど歩いて伊豆急下田駅前のバス停へ。
そこから松崎町行きのバスに乗り込む。
山の名前をひとつも知らず関心もなかった数年前の自分が、こうして歩く前の高揚感に包まれている今の自分を見たら、果たして何て言うだろうかと思う。
■前半戦(松崎新港~烏帽子山)
1時間ほどバスに揺られ、松崎バスターミナルに到着。
別にここから歩き出してもよいのだが、ここはあえてスタート地点に選んだ松崎新港まで歩く。
空気を吸い込むと磯の匂いを感じてそれだけでとても嬉しくなる。
海の青に様々なグラデーションがあることを知る。
松崎町は時間がゆっくり流れているようなのどかな田舎町だった。
時折ヤマレコが教えてくれる標高がいつもと違ってあまりにも低くて笑ってしまう。
1時間ほどロードを歩いて高度を上げていくと、この旅で初めて富士山と邂逅。
あまとみトレイルを歩いた時、どこからでも妙高山が見えて、自分がその山に護られているような不思議な感覚になったように、今回も富士山が坂を登る自分の背中を押してくれるようなそんな気持ちになる。
ここにしかない風景。
そして全く同じものは二度と見られない風景。
遠くに荒川岳、赤石岳、聖岳が見える。
その横には北岳と間ノ岳までくっきりと。
6月の嵐の中の北岳テン泊も今となってはかけがえのない思い出だ。
本気で死ぬかと思ったけど(笑)
そして今更ながら南アルプスの山ひとつひとつの大きさを実感する。
道路脇に並べられた素敵な彫刻の数々を横目に、ロードから初めてのトレイルに入る。
開けた場所に出て、これから進む先を一望する。
遥か遠くに見える烏帽子山に、これはなかなかタフなコースかもしれないなと気合を入れ直す。
それにしても風が心地良い。
聴こえるのは風が草を揺らす音と波が岩にぶつかる時のしぶきの音だけ。
何とも贅沢なトレイル。
トレイルはよく整備されているとは言い難いものの、ストレスは感じなかった。
ただ、ザレたトラバース路がいくつかあってそこは特に慎重に歩いた。
トレイルを抜け、石部の浜に下りてくる。
このころには、今回の旅がイメージしていたトレイルとは違って、浜と浜を繋ぐいわば低山連続登山に近いものだと気づく。
しかもどの山もほぼ海抜0から0までなので、きっちり標高分が累積されていく。
アップダウンと言えば聞こえはいいが、これは相当タフだ..。
再び三浦歩道に入り、次の山を目指す。
やがて急に視界が開け、三競展望台というところに出る。
目の前にはここまで歩いた者しか見ることができない絶景が広がっていた。
トレイルを抜け、越えてきた山を振り返る。
この旅でこれを何度繰り返しただろうか。
浜へ向かって下りながら安堵しつつも、次の登りのことを考えるとふと真顔になってしまう。
坂の途中から正面に、エメラルドグリーンの美しい雲見の浜と小高い烏帽子山が見えてくる。
遥か遠くに見えた烏帽子山の姿を思い出して、歩いてきた距離を実感する。
それにしても雲見の浜の海の色は反則!
烏帽子山の石段は凶悪だった。
全部合わせて450段!さすがに息が上がる。
その石段の先にあったのは、狭い展望台と途方もない景色。
360度見渡す限りの海。
地表の7割は海なのだという事実が改めてすとんと腑に落ちる。
そこではまるで宙に浮いて下界を眺めているようなそんな感覚だった。
ただ、何かにつかまっていないと立っていられないほどの風が吹いていて、正直少し怖かった。
■後半戦(雲見~子浦)
烏帽子山を下り、地べたに座って、コンビニで買っておいたおにぎりとクリームパンで一息つく。
振り返ってみるとこのコース上にコンビニはおろか商店や飲食店の類を一軒も見なかった。行動食をそれなりに準備しておいて正解だったと思う。
午後、このトレイルの中では最高峰となる高通山に登る。
たかだか標高519mの山だが、ここまでの高低差の蓄積と里山特有の直登系のストロングスタイルに、山頂に着くころには息も絶え絶えになる。
そこにはまたもや何物にも例えようのない景色が広がっていた。
山頂からの景色とは思えない、初めての体験。
こんな山が近場にあったらどんなにいいだろう。
長い下りの途中から風速40m(自分調べ)の暴風が吹き始める。
木につかまっていないと立っているのも困難なくらいだった。
また、足元がザレていて5回も派手にコケてしまった。
一度などはコケた後、気を付けなくちゃと思って立ち上がった瞬間に滑ってコケた。さすがに笑うしかない。
このセクションを抜けたところに立つ「おつかれさまでした」の標識が、この旅一番嬉しかったかもしれない。
伊浜へ下りたころには時刻は15時過ぎ。
日もだいぶ傾いてきていて、風も強くなる一方だった。
漠然と子浦の浜でテン泊をするとしか決めていなかったが、この強風の中テントを張れる場所があるのか分からないし、ペース的に子浦に着くのは17時過ぎになるため確実に日が落ちて暗くなることを思うと、ここで適当な場所を探したほうが良いのではないかと迷う。
山だったら間違いなくそうしたと思うが、今回は下界での話だし、ヘッデンもあるしまあ大丈夫だろうということで子浦を目指して歩きだす。
薄暗い山道を歩きながら、この世にある星を全部集めたような星空のもと歩き出した雲ノ平のことや、悪態をつきながら一晩中暗闇を走り続けたハセツネのことや、朝日を浴びて徐々にピンクに染まってくる大天井岳のことなどを懐かしく思い出していた。
山に登り始めた頃、登った山の山頂で周囲を見渡してもひとつも山の名前が分からずいつも残念な思いをしていたあの頃のことを思い出して、いつの間にかまあまあ遠いところまで来たんだなって思いながら、美しい夕暮れをただずっと見ていた。
ちょっとした林を抜けると不意に現れる子浦の港が見下ろせる丘は、間違いなくこのトレイルのハイライトだった。
マジックアワーの柔らかい光の中、枯れ草が風に揺れ、波のザーという音だけが聴こえる。
あんなに美しい風景があることを、あの場所に立つまで僕は知らなかった。
そして人生はまだ知らないことだらけだということを痛切に感じると同時に、今この瞬間自分は生きているのだということを何故か急に実感してうれしくなった。
子浦の港に下りてきたころには辺りはすっかり暗くなっていた。
時刻は予定通りの17時過ぎ。
時折吹く突風の勢いにテントを浜に張るのは諦め、風が止む瞬間を見計らって浜から20mほど離れた草むらに急いで張る。
波の音を聞きながら、おでんと熱燗で温まる。
長くてタフな一日だった。
心地よい疲労感に包まれながら、明日歩く道に思いを馳せる。
3.2日目(2024/12/30)
■子浦~石廊崎
テントの外が明るくなるのを感じ、起き出す。
まだ弱い光の中、歯を磨き砂浜を少し散歩する。
よし体中どこも痛くない。
今日もどこまでも歩いて行けそうな気がする。
そして2日目も海抜0mから元気に歩き出す。
2日目の前半はあまり整備されていないトレイルが多かった。
しんとした手つかずの森のような。
森を抜けた場所で、この旅で初めてハイカーとすれ違う。
その男女カップルのハイカーは、自分とは逆の北上ルートで松崎を目指しているとのことだった。
昨日の午後の風がもの凄かったこと、この先もアップダウンがきついことなど立ち止まって少し言葉を交わし、互いの健闘を祈り、別れる。
ロングトレイルを歩く中で、とても尊い時間。何よりも好きな時間だ。
集落からトレイルに入り山を登り、浜に下りてきてまたトレイルに入り、というのを何度も繰り返す。
それぞれの浜に固有の景色があり、固有の海の色があり、そこに住む人々の日々の営みの確かな息遣いがある。
歩きながら、それをはっきりと感じることができる。
そしてそれは今この瞬間にしか感じられないものだと強く思う。
このコースの中で最後のピークに立つ。
もう登らなくていいのだと思うと少しほっとする。
さあ、後は下ってゴールの石廊崎を目指すだけだ。
下り切ると視界が開け、「石廊崎まで2.3キロ」の標識が姿を現す。
木々の間から時折南伊豆の海が見えるようになってくる。
ついに石廊崎の灯台と南伊豆の海がはっきりと見えてきて、不意に少し泣きそうになる。
この2日間ずっと見てきた西伊豆の海も、見えてきた南伊豆の海もこっちの見る角度が違うだけで全く同じ海なのに(笑)
オーシャンパークと灯台を抜けた先に、ゴールの石廊崎があった。
息を整え、柵の向こうに置かれた伊豆七島展望図に軽くタッチして、この旅を終えた。
4.トレイルを終えて
歩く前は、海沿いをのんびりハイクしながらおいしそうな地の物があれば店に入って食べようなどと、今思えば大変ナメたことを考えていたが、実際に歩いてみるとまったりできるような店もなく、ひたすら高低差の激しい超ストイックハイクとなった。それでも今回もまた自分自身の二本の足で最後まで無事歩ききれたことに、とても満足している。
言葉を交わしたハイカーたちも無事に歩ききることができただろうか。
いつかまたどこかのトレイルでばったり会い、あの登りはホントきつかったね!とかあの景色超ヤバかったね!みたいな他愛のない話をしたり、お互いにエールを送りあったりすることはできるだろうか。
マジックアワーの中で見たあの美しい風景が実在するのだから、そんな奇跡が起きる可能性もゼロではないと今は思える。
辿り着いた石廊崎の向こうは、当たり前だけど、どこまでもずっとずっと海だった。