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#3 約束。

 母は現在80歳。『認知症』と呼ぶまでには及ばないが、色々と忘れることが多くなってきた。楽譜を読んで新曲にチャレンジする気力はもうないが、1日1回『エリーゼのために』を弾くことを欠かさない。それは、今春に75歳で亡くなった妹(3姉妹の真ん中)と、最期の約束をしたからだ。

 叔母(母の妹)は東京にあるキリスト教の幼稚園と保育専門学校にて、一生涯を幼児教育に捧げた女性である。叔母は、母が趣味でハンドベルを始めた事を知ると、
『本物の演奏を、絶対に生で聴くべき‼︎』
と、東京で開催される本格的なハンドベルの演奏会に母を招いてくれた。
 余命を知らされてからは、最期に故郷の景色を見たいと東京から母に会いに来てくれた。自身の病気もありながら、母の物忘れを少しでも遅らせようと気を利かせてくれた叔母は、
『1日1回、私を思って必ずエリーゼのためにを弾いてね。』
と、母と約束をしていたのだ。

 母の弾くピアノには、短冊に書かれた約束の言葉が貼られている。歩行器を使って家の中を移動中、ピアノの横を通り過ぎようとしては、ふと約束を思い出したかのようにピアノに向かう。
 今はもう鍵盤の扉を開けることもない『アトランティック』が、傍らで母の弾く音色を静かに聴いている。まるで天国へ旅立った叔母が、そこでやさしく目を閉じているようだ。

 母の音楽だけでなく、私やうちの子供達の音楽活動までいつも応援してくれていた。叔母のことが、みんな本当に大好きだった。天国の叔母のためにも、母から受け継いだこのハンドベルを手にとり、きれいな音楽を奏でたいと思った。


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