感謝されるということ
私は、人からの感謝を素直に受け取れない。
けれど、人から感謝をされることは心から嬉しい。
とても矛盾している。
私もこのバランスについては正直難しいし、こんな自分を面倒だとも感じている。
そんな私が、泣けるほどに嬉しさを感じ、人からの「ありがとう」を素直に受け取ることができた出来事がある。
これは2019年の冬。
私は、大好きでやまない祖母を病で失った。
生まれた頃からずっと同じ家で過ごし、何をするにも一緒で、もはや私の生きる希望とも言える存在だった。
そんな祖母の病が発覚したのは2014年の春頃だった。
もはや手の施しようがない状態で、あとは自然に見守る形となった。
突然、祖母と過ごす期限が決められてしまったのだった。
祖母は大切な苦労人だった。
40代で夫を病で失い、昭和の時代を女手1つで家庭を守りあげた人だった。
そんな祖母も、晩年には沢山の孫に恵まれ、幸せだと時折呟いていた。
そして、お人好しにも程があるというほど、世話焼きで、人を放っておけない人柄だった。
そんな祖母の過去を知っていて、突然の病の宣告。当然ながら祖母は元気を失った。
どうやったら喜ばせてあげられるだろう?
そして私は残された時間をどう過ごしたら後悔しないだろう?
時間はまだある。まだまだ沢山のことができるはずだ。
そうだ。毎年家族で旅行に行こう。
思い立った私はすぐに宿を手配した。
お金は全部自分でもった。
超距離移動は体に負担がかかる祖母。
山育ちの祖母に海を見せてあげたかった。
家族もみんな協力をしてくれ、無事に当日を迎えた。
祖母はいつになく楽しそうで、目がイキイキしていた。
そんな姿を見て、私は心から「良かった。。!」と感じていたのだった。
それから、毎年行くことができた。
ただ、年を追うごとに弱っていく祖母。
来年は行けるだろうか。。。という不安も年々増してきていた。
そうして3年間、家族旅行という思い出を作って祖母は旅立っていった。
祖母が居なくなった心の穴を埋めるのは、私だけじゃなく、親族中が時間がかかっていた。
親族で集まれば今でも必ず祖母の話が話題にあがる。
祖母が亡くなった年、すぐには祖母の荷物を片付けることが出来ないでいたが、半年ほど経った頃に少しずつ片付け始めた。
すると、1つの小さな手帳が見つかった。祖母のものだった。
中を見ると、自分の体温や血圧を毎日計測した数値を書いていたり、体調が芳しくない日には「とても辛い」などと書かれていた。
祖母はあまり自分の感情を外に出す人ではなく、こういったメモに書いていたことを初めて知った瞬間だった。
パラパラと捲っていくと、旅行に行った日のメモが書かれていた。
そこには、
「本当に楽しかった。また旅行に行きたいなあ。」
と、ひと言。
そのひと言を見た瞬間、涙が溢れたのと同時に、直接のありがとうではないけれど、それ以上の感謝の気持ちを感じ、とても報われた気がした。
私は実際のところ、家族旅行なんて私がただやりたいだけで、本当にこんなんで良いのだろうか?と思っていたところもあり、拭いきれない不安もあった。
私も、誰かを幸せにする行動を取ることができる。
私という存在が、誰かの人生において、幸せという価値を与えることができる。
そんなふうに自分を少しだけ認めることができた瞬間でもあった。
これが、私の人生史上1番に心の動いた「感謝」にまつわる出来事である。