共鳴する魂を見つけるということ – 九条林檎No.9について
まえがき
この記事は2019年3月3日に東京都中央区にて開催される最強バーチャルタレントオーディション~極~中心即売会「61の輝き」で頒布される「蠱毒の怪文書」に寄稿するために書きおろしたものである。先行してweb公開を行うが、筆者のnote記事「キューちゃんこと九条林檎 No.9の配信が仕事の指示として完璧だった件」とともに全文がそちらの合同誌に掲載されている。こちらには共に最強バーチャルタレントオーディション~極~を走り抜けた、心の友とも言える他のリスナーたちの怪文書も収録されているので、ぜひそちらも手にとってほしい。
なお、サークル名は「少年自警団」、当日のスペース番号は26である。
邂逅 - 運命の出会い
バーチャルYouTuberやその周辺を追っていると不思議な感覚を覚えるような出会いをすることがしばしばある。今まで話したこともなくお互いについて何も知らないのに、ごく少ない言葉で考えていることがわかってしまうような人と巡り合うことがあるのだ。たとえばVNOSの代表のa2seeという人が僕にとってその一人だ。どのような会話だったかという詳細はここでは述べないが、彼とやり取りしている時、自然体で自分の話したいことを話しているだけで会話の流れが自分の心地よい方向に向かう。この相手に向かって発言した時には必ず自分が興味を持てるようなレスポンスが帰ってくる、という安心感があるのだ。なにか、バックグラウンドに共通点があって思考が展開する方向や発想、好みや価値観が似ているのだと思う。
「魂」が「魂」と呼ばれる所以
アニメキャラクターにとっての「声優」と呼ばれる存在が、バーチャルYouTuberの世界では「魂」と呼ばれていることはいまさら説明の必要もないだろう。誰が言い出したかはわからないが、言い得て妙な言葉選びだと思う。バーチャルYouTuberにとっての「魂」はまさに声優以上の存在だ。むろん、声優を貶めるような意図はない。声優は脚本家の意図を読み取り、時には脚本家が想像していた以上の深みを登場人物に与える。魂とは声優であると同時に全身を使って表現を行う役者であり、そのキャラクターそのものを創造する脚本家でもある。一般的なアニメのキャラクターの声優とバーチャルYouTuberの「魂」の大きな違いの一つには、そのキャラクターがどういった存在であるかを決定する権限を持っているかどうか、という違いがあると思う。魂とは役を演じる役者であり、役を造形する脚本家であり、また、同時にキャラクター本人なのだ。
筆者がYouTubeに投稿した動画「バーチャルYouTuberの定義って何なんスかね?」では、たとえ静止画であってもバーチャルYouTuber足り得ると言う論を展開した。これは、キャラクターをキャラクターとして成立させるための比重が「魂」に寄っており、言い方を変えれば、「魂」の声や発言だけで十分な強度のあるキャラクターを成立させることができるということである。これが、魂が魂と呼ばれる所以である。件のオーディションがバーチャルタレントのイベントとして受け入れられていたこと、同じ見た目と設定でもそれぞれがいち配信者としてキャラクターが立っていたのもこれによるところが大きいだろう。
【004】バーチャルYouTuberの定義って何なんスかね?【VTuber】https://www.youtube.com/watch?v=4k13JSiQkOg&t=1s
さはなという人
さはなというバーチャルYouTuberをどうやって知ったのか、今となっては正確にはよく覚えていない。確かバーチャルYouTuber好きのバーチャルYouTuberであると聞いて、バーチャルYouTuberについて語るバーチャルYouTuberということをやっている立場から要チェックと考えてチャンネルを確認しに行ったのだと思う。そして、最初の動画を見てすぐに好きになった。
最近まで、自分がさはなというバーチャルYouTuberを好きな理由をうまく説明することができなかった。このバーチャルYouTuber、声や話し方が一言で言えば軽くて「チャラ」いのだ。正直に言うと、オタクである自分にとってはリアルで知り合っても友達になるところがあまり想像できないタイプという印象だった。
転機になったのは「さはな」が投稿した「Vになった根本のきっかけ」という動画だった。この動画ではさはながバーチャルYouTuberを始める前は「けものフレンズのMMD動画」を作っていたという過去が明かされる。衝撃を受けた。筆者のYouTubeチャンネルを見ていただければ確認できることだが、筆者もバーチャルYouTuberを始める前にニコニコ動画でけものフレンズのMAD動画を制作していた。MAD動画で培った動画編集の技術はそのままバーチャルYouTuberとしての動画に生かされ、「ぴょんぴょんするだけの動画」で培った2Dキャラクターのリギングの技術はLive2Dモデルの制作に役立った。そして奇しくも、筆者が制作・公開した「けものフレンズの映像とてさぐれ!部活ものオープニングテーマを合わせる」というコンセプトは、さはなの動画のそれと同じだった。
筆者はこの動画を見て、自分がこのバーチャルYouTuberのことを好きな理由を直感的に理解した。一言で言うなら「好みが合う」ということだ。興味や関心のベクトルや価値観がきっと似ているのだ。
生首の姿でインパクトがあるとか金髪ショートであるとか声が可愛いということは確かに大事だ。しかし、それ以上に決定的なのは魂のシンクロ率なのだ。
バーチャルなら何者にでもなれるという誤解
VRやバーチャルYouTuber分野でよく使われる言葉として「何にでもなれる」というようなものがある。確かに見た目に関しては、生まれ持った容姿からどんなにかけ離れた姿にもなれる。そういう意味ではこの言葉は正しい。しかしそれは、どんな見た目にでもなれるからこそ見た目は意味をなさなくなるということでもある。「見た目から解放されることで魂を見られるようになる」「アバターをまとった仮想空間でのやりとりは銭湯での裸の付き合いよりももっと裸だ」といった言葉を最近ではよく聞くようになった。バーチャルタレントは技術によりどのような姿にもなれるが、自分の本質とは違う存在にはなれないどころか、自分の本質を普段以上にさらけ出すものなのだ。それはつまり、バーチャルタレントに惚れている時、その存在の本質、つまり「魂」に惚れていると言えるのではないだろうか。
九条林檎No.5と共鳴するものたち
九条林檎No.5がこのオーディションを盛り上げた立役者であることは疑問を差し挟む余地もないだろう。筆者は、九条林檎No.5があれだけの支持を得られたのもまた「魂の共鳴」のなせる業だと考えている。九条林檎No.5の特筆すべき点は、彼女自身がバーチャルYouTuber界隈に深くコミットしている者だったという点である。本来ターゲットとなるべきバーチャルYouTuberのファンたちに近い魂の波長を持ち、コンテクストを共有することで彼らをオーディションの当事者に引きずり込むことができるのは彼女をおいて他にいなかった。
このイベント、バーチャルタレントオーディション~極~が「バーチャル蠱毒」などという一種不名誉なあだ名で呼ばれるようになったのはひとえにイベント運営の「バーチャルYouTuberファン界隈」のコンテクストに対する無理解だった。すなわち、バーチャルYouTuberファン界隈の構成員がグロテスクであると感じるものをグロテスクであると感じることのできない感性の違いこそがこのイベントの悪名を高めた。そして、その悪名を追い風として利用し、一転、このイベントを成功に導いたのがその運営と対照的な、バーチャルYouTuber界隈のコンテクストをその体(いや魂というべきか)で理解していた九条林檎No.5その人だった。
このイベント、バーチャルタレントオーディションと言えども、実際にバーチャルYouTuber界隈に詳しいものは意外なほどに少なかった。オーディションが終わり、九条林檎としてデビューしてからのNo.5は、VR音楽ゲームのBeatSaberをプレイしたりバーチャルキャストを使って配信を行う姿が目立った。そのくらいバーチャル関連に詳しい九条林檎No.5は当然ながらバーチャルYouTuberファン界隈の機微を熟知しており、それゆえにかれらの感性に寄り添うことができたのだ。イベント運営の無理解がこのイベントのバズに繋がったと上述したが、より正確に言えば、このイベントの知名度を高め、多くの視聴者を引き込んだのは、運営とファンの感性の不一致と、九条林檎No.5の「バーチャルYouTuberファン界隈の構成員がグロテスクであると感じるものを同じようにグロテスクであると感じることができる感性の一致」の両方なのだ。
九条林檎No.9との出会い
おそらく多くの例に漏れず、筆者が九条林檎を知ったきっかけは九条林檎No.5からだった。ただ、記憶がたしかであれば始めて声を聞いた九条林檎はNo.9であったと思う。そのころ、九条林檎No.5の見事なる手腕が話題になっていて、筆者はSHOWROOMをインストールして九条林檎の配信を観に行くことにした。残念なことにその時は九条林檎No.5の次の配信はかなり先の予定だった。そこで、筆者は別の九条林檎の配信を観に行くことにしたのだ。筆者の記憶している最初の九条林檎No.9の配信は、マパ上様ことデザイナーのLAM氏が視聴者として参加していて、九条林檎No.9はそのことに感動して泣いていた。最初の印象は「オーディション中に泣いてる、変な女」というようなものだった。ずいぶんと奇妙な配信ではあったが、オーディション終了まで時間の許す限り配信に貼りつくほどのめり込ませた、Vの歴史に残るイベントとの出会いとして記憶されるに足るものになった。
九条林檎No.9とのTwitterでの交流
このオーディションの参加者はみなTwitterでリスナーと交流してくれたようだ。Q様こと九条林檎No.9も例外ではなかった。
Q様とのTwitterでのやりとりで、ますます彼女のことが好きになった。筆者はケモナーであり、自分のケモナー趣味の原点はディズニーアニメの「ロビンフッド」だと自認している。Q様もケモナーであることを隠さなかったが、彼女は、自身のケモナー趣味の原点は同じくディズニーアニメの「ライオン・キング」であったと語っていた。ディズニーアニメの動物キャラクターの魅力についていわゆる「オタク特有の早口」と言う饒舌さで語る筆者に対し、九条林檎No.9は「私の言いたいことはすべてとりえが言ってくれたな」とまで評してくれた。
また、彼女と筆者は擬人化キャラクターだけではなく現実の動物が好きな点も共通しているのだが、Q様(と転生後のその魂)は、筆者が撮影した、気に入った動画の写真をリプライで送る度に非常に良いリアクションを返してくれた。
Q様の声は非常に魅力的だが、のめり込むほどに筆者が惹かれたのはそれ以上に「自分が共鳴できるような魂であった」という点と言うべきだろう。