これは「あなた」の物語2
「では、こちらがあなたのギルドカード、それからスモアートホーンになります。」
冒険者ギルドの受付嬢は、薄くつややかなスモアートデバイスの表面に指を滑らせてから、一枚のカードと、それから一台のスモアートホーンを差し出し、にっこりと微笑んだ。
魔獣スモアートの7本の角から削りだした、一握りほどの薄い板状の魔法具「スモアートホーン」…スモホ、と省略することもあるが、このスモホが普及したことで、それまでは紙とペンで行っていた様々な事務処理を、スモホや、その上位機能を持ったスモアートデバイスで行えるようになった。
一緒に渡されたギルドカードも、スモアートの角のかけらが内蔵されており、様々な情報をそこに記録させておくことができる便利なものだ。
「まだDランクですけど、この町を拠点に活動すれば、すぐにランクアップできますよー。」
差し出された、冒険者の身分証となるカードを受け取る。くすんだ灰色はDランク冒険者、つまり駆け出しの色だ。C、B、Aとランクが上がれば、このカードの色も、カッパー、シルバー、ゴールドと変化してゆく。噂では、Aランクを超えるSランク…プラチナも存在するらしいが、今は灰(アッシュ)、まずは地に足をつけて活動しなければ。
カードをしまいながら、この町について尋ねてみる。
「そうですねー。ご存じかと思いますけど、この町モンペータは、もともと、魔王に滅ぼされたモンブルーク国の領土だったんですねー。モンブルークの城が落ちてすぐ、魔王の侵攻を食い止めるために、有志の冒険者たちがこの町に砦を構えたんですよ。もちろん、いくら奮戦しても魔王軍を防げるはずがない、それだけの戦力差だったんですけど、その…13人の英雄冒険者たちは、ひと月もの間、魔王軍の猛攻を防ぎ切ったんですよー。それに感じ入った東のマルトリアーサ国の騎士団が彼らを支援したことで、魔王軍を押し返すことに成功しました。それから、この町は冒険者ギルドの自治領みたいな扱いになったんですよー。」
…1331の奇跡。有名な話だ。それでこの町の纏め役は、国から任命された町長ではなく、冒険者ギルドのギルド長が勤めているのか。…たしか、13人の英雄冒険者の1人だったはずだ。
だが、魔王軍との戦は続いている。再び魔王がこの町に攻め寄せたらどうなるのだろうか。
「うーん…魔王はモンブルークを滅ぼした後、この町…モンペータを攻めたっきり、特に大きな動きを起こしてないんですよねー。それで、諸国の動向としては、藪をつついて蛇を出すより、魔王の動向を探りつつ、互いの利益の落としどころを定めたい、って感じで。…まあ、中央のアシレオーロ帝国なんかはゴリゴリの軍事国家ですし、魔王と決戦を、って息巻いてる風なんですけど、領土は隣接してないですしー。
何より魔王が、町の近くで魔王の兵士や魔獣を討伐しても、それを黙認しているんですよねー。ですからこちらとしても、町の西門から先で誰が命を落としても自己責任で済ませています。つまりこの町は実質、東側の『人の領土』と、西側の『魔王の版図』の緩衝地域になってるんですねー。」
そういうことか。彼女の言ったような地勢上の理由で、この町では、魔王配下の魔獣や魔族の討伐が頻繁に行われる。また、魔王の領土に侵入すれば、様々な魔獣を狩ることができる。運がよければスモアートを狩ることもできると聞く。財を得たいと考える、力自慢のならず者たちにとっては垂涎の環境だろう。もちろん、人が集まれば無用のトラブルも起きる。なるほど、冒険者の仕事はいくらでも沸いてきそうだ。
「はい。それはもう色々な仕事が、目が回るくらいたくさんありますよー。」
それは忙しそうだ。われわれ冒険者も、そしてギルドの職員も。
「あでも。ここのサーバホーンは他のギルドよりぜんぜんおっきいので、私たちの事務仕事も、もちろん、冒険者の皆さんの報告書とか、活動配信とかも、ずいぶんやりやすいんですよー。」
受付嬢は、ニコニコと笑いながら、カウンターの背後に設置された、巨大なサーバホーンを指して見せる。
サーバホーンとは、もともとは、スモアートの7本の角のうち、額の中心にある小型の角のことだ。このサーバホーンは、他の6本の角と情報のやり取りができるようになっている。また。サーバホーンは、他の個体のサーバホーンと接触させると情報を共有させることができ、それによってスモアートは他の個体との意思疎通や、広域テレパシーのような能力を発揮する。
つまり、サーバホーンを除く6本の大角から削りだした百数十のスモホ同士は、サーバホーンを通して遠隔通信を行うことができるのだ。しかも、複数のサーバホーンを接触させれば、接触しているサーバホーンそれぞれのスモホが、ネットワークを構築し、情報のやり取りを行えるようになるのだ。この機能を利用して、名を売りたい冒険者が、自分たちの活動を音声や映像でネットワーク内に『配信』することもあるらしい。
もちろん、不要な情報に煩わされるのも、無関係な誰かの通信を盗み聞きしてしまうのも、望まざることだ。このような事態を防ぐため、各スモホにはそれぞれ異なる8桁のナンバーが振られており、ナンバーを知っている同士しか通信を行うことは出来ない。
このギルドのサーバホーンは、ざっと見て500~1000連結されているのがわかる。つまり、少なく見ても5万台のスモホの通信を支えられるようになっているようだ。これほど大規模なサーバは見たことがない。
「ふふ、すごいでしょう。それに、サーバの連結数によって、情報の処理速度や通信距離も上がりますからねー。お渡しした端末も、今までの町で使ってらっしゃったものよりずっと動作が速いと思いますよー。」
そういわれると、早速その動作の快適さを試したくなる。
「ギルドカードを、お持ちになっているスモアートホーンの裏面に接触させると、スモホにあなたの情報が表示されます。登録情報が正しいか、確認をお願いしますね。」
灰色のカードをスモホの背面に押し付けると、磨かれたスモホの表面に、自分の個人情報やステータスが表示される。
冒険者
さあ、表示された「冒険者」は、どんな「冒険者」でしょうか。「あなた」は「冒険者」となって様々な冒険に挑むことになります。「冒険者」のステータスやスキル、装備を決めましょう。
とはいっても、手順は以下の3つだけです。
1:心・技・体の決定
2:スキルルートの選択
3:ウエポンリンクの選択
心技体
1:心・技・体は、「冒険者」の数値ステータスの基準になります。
この3つの要素に、12点を割り振りましょう。ただし、最低でも2にしなければなりません。割り振った心・技・体の値から、攻撃力や防御力、魔導力などが自動的に算出されます。
スキルルート
2:スキルルートは、「冒険者」のもつ技術・スキルをカテゴリ別にグループ分けしたものです。
冒険技術である「一般スキルルート」と、戦闘技術である「戦闘スキルルート」の区分があり、それぞれがさらに専門分野的なスキルルートに分かれます。
ここでは…
の一般ルート6つから1つを選択し…
の戦闘ルート28個から2つを選択するだけです。スキルルートは冒険が始まってから別のスキルルートを習得したりもできますので、直感的に選んでしまいましょう。
ウエポンリンク
3:ウエポンリンクは、「冒険者」が使いこなせる武器や魔導のエレメントのことです。
使いこなせる武器の種類である「武器カテゴリ」と、魔導を使用する際にその魔導の姿として使われる「リンクエレメント」があります。
これら17種類のウエポンリンクから、2つを選択します。ウエポンリンクも冒険が始まってから別のウエポンリンクを習得したりもできますので、イメージに合うものを選んでしまいましょう。
スモアートホーンに表示された自分の情報を確認する。自分の能力やスキルが、こんな風に表されていることに、不思議な感覚を覚える。
「そちらの端末で、依頼情報や装備を扱う店舗の情報も検索できますからねー。ぜひ役立ててください。」
…本当に便利だ。冒険者ギルドといえば、一昔前は、掲示板の前で口論するならず者たちや、情報を求める…という口実の下、昼間から酒を飲むごろつき共が集まっている、それこそまともな人間が寄り付くような場所ではなかったはずだが…、このスモホのおかげで、ずいぶんすっきりしたのだろう。まさにこの受付のような、最低限の窓口で事足りてしまうのだ。
「…ふふ、では良い冒険者生活を。」
受付嬢の笑顔に見送られ、冒険者ギルドのエントランスを後にする。
やや粗野な空気ではあるが、活気のある大通りに出て、さて、これからどうしようか、と思案しかけた時、傍らから、声をかけてくる男がいた…