カノヨ街自陣二次創作

春風と邂逅


いつもと変わらない時間に目が覚め、支度を終えて仕事始めに店先の暖簾をかけに外に出る。

天気は晴天、風も心地良く、まさに散歩日和と言った感じであった。


店先に倒れている人物を除けば。


引き戸を開けた瞬間、道の真ん中より少し端っこに真っ黒な着物を着込んだ長髪の何かがうづくまっていた。


朝日が昇り出したかどうかという時間だ、こんな朝早くから出歩く人などあまりいない、少なくともこの道の住人は。


「な、なんじゃ……」

早朝の、誰もいない道に、狐の女将と謎の御仁が1人。


何ともシュールな光景である。


流石にそのままにしておく訳にもいかず、女将は軽く肩を譲った。

「もし、もし?…大丈夫かい?」

「う……んんん」

少し身じろぎをした後蹲っていた御仁は意識が戻ったようだった。

「あれ……ここ、どこですかぁ?」

「四番地じゃよ…旦那、随分と顔も着物も草臥とるの…こんな朝早くにどうしたんじゃ?」

「……うぇっ、あ、あぁえっとぉ……」

御仁は女将の存在に気付いた後、あからさまに目を泳がせた。

何か言葉を発しようとしたその瞬間ぐぅ〜っと大きな音がなった。

「「あ」」

音の源は御仁の腹の虫。

御仁…隻眼の彼は申し訳なさそうに眉を下げた。


コトコトコト……トントン

カウンター前の台所では鍋で煮る音、包丁で菜を切る音が、まるで一つの音楽の様に軽やかな音を奏でている。

そして店の中はカツオ出汁や醤油の甘辛い匂いで満ちていた。

グゥーーー

「うっ、美味しそうな匂いが……」

「もう少し待っとくれ旦那」

女将は口を動かしながらも手を止める事なく作業を続ける。

棚から昨日作ったうどんを一束取り出し、余物で悪いが旦那のお腹は待ってくれ無さそうなので有り合わせで我慢してもらおう。

別の鍋に湯を沸かし、うどんを茹でるその間に保冷庫にとっていた筑前煮を小鉢に盛り糠漬けを少し多めに切り分ける。

うどんの茹で具合を確認しながら今日作った油揚げの味を確かめる。

少し甘めだろうか…でも出汁はよく効いているから及第点だろう。

そうしている間にうどんが茹で上がった、手際よく麺を引き上げ、だし汁と大判の油揚げを乗せて三つ葉と、これまた余物の蒲鉾の少し炙ったものを盛った、これならあまり物でも少し見栄えはするだろう。

「そら、出来たぞ…きつねうどんじゃ」

旦那は受け取ったお盆の中身を見ると瞠目した。

そして、旦那のお腹が威勢よくなった、おかしくなって女将は堪らず笑ってしまった。

旦那は眉尻を下げながら、済まなさそうにしていたが、麺が伸びる前に召し上がれと言えば、彼は遠慮なくと言ってうどんを啜った。


一口食べて、そしてまた一口、もう一口と、彼は黙々とうどんを啜った、相当お腹が減っていたのか、熱々のうどんに苦戦しながらも手を止めることなく食していた。

「ほっほっほっ…随分といい食べっぷりじゃの旦那、そう急がんでも食事は逃げんのじゃ、ゆっくりお食べ」

「ふぉい、めひゃくひゃおいふぃでふ」

「忙しのないやつじゃの…食べるか喋るかどっちかにせい」

この店に訪れる客は皆、美味しいと口々に賞賛をくれる、がしかし、こんなに食べさせ甲斐のある客が来るのは初めてだ。

女将に諭されれば、彼は素直にうどんを飲み込んで、めちゃくちゃ美味しいです、と満足気に感想を述べた。

道端で蹲っていた時とは見違えた様に今の旦那は生き生きとしていた。



「ご馳走様でした…いやぁとっても美味しかったです…私あんまり外には出ないんですけど、こんなに美味しい料理屋があったなんていいとこ見つけたなぁ…助けていただいてありがとうございました、私は1番地で標本屋を営んでいるミサキと申します。」

「お粗末様じゃ、妾は空木、まだ開店前じゃから代金はいらぬ、とりあえず今日は帰ったらゆっくりと、休むんじゃよ」

「えっ!いいんですか?!」

「…行き倒れた者からは流石に金は取れんよ…じゃが、次は行き倒れずに店の暖簾を潜っておくれよ、今回だけじゃ」

「ははっ、なんだかすみません、実は散歩だけと思って財布を持ってきてなくて…色々とありがとうございます…あっ!そうだ、よければうちの店に来ませんか?いい食器とかもありますよ!お礼に何かプレゼントさせてください」

食器以外にも色々ありますよ、勿論標本したいものがあれば何でも出来ちゃいます!

「袖触り合うも多生の縁…じゃの、丁度新しい食器を探しておったんじゃ、旦那の提案是非に乗らせてもらおうかの」


そうして標本屋に辿り着いた女将が、彼の店内を見て全ての尻尾の毛が逆立ってしまったのは、また別のお話。


春風に乗って巡って来た不思議な出会いはこれから様々な縁を結んでいく。


感想

ごめんミサキさん、勝手に行き倒れさせちゃって、そうでもしないと話してくれなさそうだったんだ….

空木はミサキに対して、料理の作り甲斐のある気前のいいお客さんで、友人としては骨董品や雑貨のお話で花を咲かせてそうです。

ミサキさんも見た目は少し怖そうですが、話すととても気の優しい方ですから、第一印象で自分のことを怖がらずに温かいご飯を作ってくれた空木に対してならいい人だな、と好感を持ってくれたらいいなと思っています。

趣味で気が合う、和やかで少しコミカルな、そんな二人のイメージを持って書き上げました。


五月雨と濡羽


ここ連日、さめざめと雨が降り続いていた。

天気のせいで客足も遠のき、3日は店を開けていない。

耳や尻尾をつまらなさそうにパタパタと振っている、湿気で毛並みが思う様に行かないのがストレスだった…女将は鬱々とした気を晴らす様に丸障子からプカプカと煙管を吹かしていた。

「こうも雨が続くと、気が滅入るのぅ…」

せっかく上手く打てた蕎麦も誰のお腹の中にも入らず自分が食べる分以外はどうしたものかと考えあぐねた。


はぁ、と深い溜息をつけば、狐のテンとクウがどうしたの主?と様子を伺ってきた。

「其方らは食事はいらぬからの…上手くできた蕎麦が勿体無くてのぅ」

そんな事を2匹に言っても、テンとクウは頭の上にハテナを浮かべるばかりだ。


障子を開け放ち、外の様子を伺う。

空を雨雲が覆い、昼だというのに薄暗い、絶えず振り続ける雨は先程より金木犀の葉を雨粒が強く打ち続けている。

「これでは今日も店は開けられそうにないの……はぁ」

道楽でやってるとはいえ、やる気があるのに店を開けられないのは女将にとって不機嫌になるには十分な理由だった。


不貞腐れて窓外に向かって煙を吹く、雨粒の間をゆっくりと紫煙が広がり、やがて霧散していく、暇すぎてそんな生産性のない情景を眺めていると、急に狐たちが女将の横髪も両側から引っ張り始めた。

「なんじゃなんじゃ、其方らやめんか」

「あるじ、あるじ、おきゃくさん」

丸目のテンが今も横髪を引っ張りながらそう言ってきた。

「はあ?こんな大雨の中来るわけなかろう…第一店の戸は閉めておるじゃろ」

「あるじ〜、した、おきゃく、カラスのお客さま」

タレ目のクウが横髪を引っ張りながら窓の下を見ろと言ってきた。

「んぁ?鴉の客?はぁ、わかったわかった、見るから髪を引っ張るのはおよし」

仕方なく女将は徐に煙管を箱に置き、障子窓から下を除いた。

「……ふむ」

下を除けば店の軒先に大きな菅笠が見えた。

「あれは、標本屋の旦那が連れて来てくれた、万屋の主人か……随分濡れておるな、こんな雨の中仕事とは御苦労じゃのう」

「「あるじ〜ー」」

2匹は随分と甘えた様な口調で女将を呼ぶ、そんな風に躾をした覚えはないが、2匹も暇を持て余して退屈なのだろう。

「店先で濡烏の客をそのままにする様では女将の名折れ、臨時開店じゃ」

「「わーい」」

2匹は空中で嬉しそうにクルンと回転する

襷と前掛けを手に持ち女将は階段を駆け降りた。


朝よりも雨足が強くなり、鳥賀陽は未だ降り続ける曇天を見上げる。

「困りましたね…この調子だと、家に着く前に何処かで雨宿りしないと…」

自分の住まいは二番街の裏路地、ここは四番街、帰り着くにはまだそれなりの距離があった。

それまでも雨にさらされ続けていたため、艶のある濃紺の着物は今ではすっかり水を吸って黒檀の様に真っ黒にみえる。


仕事は無事に終えたものの数人の賊を逃してしまったのは少し不安だった

「何でも屋ではありますが、まさか用心棒を依頼されるとは思いませんでした、依頼は完了しましたが…悪い予想ほど当たるものですね」

大通りから細い路地に向かい後方の足音を誘導する。

「二人…いや、三人でしょうか」

雨音に紛れる足音に耳を澄ませ、奥へ奥へと進んでいく、突き当たりにきたところで足をとめ、ゆっくりと振り返った。


雨音は菅笠にあたり鈍い音を出し鼓膜を震わせ脳を揺さぶられる様な感覚に陥る

菅笠を少しつまみながら見えない表情で相手を見据え、口元だけ優雅に弧を描く。

「余り、手荒な事は好きではないのですが…仕方がないようですね」

雨雲よりも夜空よりも、鳥賀陽の周りが漆黒に染まって行く

「…こちらも、それ相応の対応をさせて貰いますね」


遠くで雷鳴が轟き、それを合図に雨は一層激しく降り始めた。




「…万屋の旦那、そんなに濡れて寒かったじゃろ、中へお入り」

「おや、これは空木さん…あぁ、ここは空木さんのお店だったのですね」

「なんじゃ、わかっとらんかったのか、まぁまぁ、話も何も、まずは濡れた体をどうにかしてあげよう、テンとクウが世話をしたくてたまらんようでの」

店の中に案内された鳥賀陽に二匹の毛玉が顔面に張り付いてきた

「わっ」

「ずぶぬれ鴉さんだね」「さむそう、狐火であっためてあげる〜」

「旦那の世話は任せたよ、私はあったかいものでもこさえようかね」


「「は〜ーい」」


女将は板場に着くと棚から甘酒の瓶を取り出した、小鍋に移し二人分ほど取り出し火にかけ、その間に生姜をすり下ろし甘酒に加える。

それから時計を見た、時計の秒針は12時

「昼餉の時間じゃの」

女将は出来立ての蕎麦を取り出し大鍋に沸かされた湯の中に入れた

保冷庫から下処理を終わらせた鴨肉を取り出し、鰹だしを温めて一口大に切り分けた鴨肉を入れゆっくり火を通す、炭火で焼いた白ネギを出汁に加え、醤油、みりん、酒などの調味料を加えて整えていく。

ざる蕎麦用に旨みの強い岩塩と山葵もすり下ろしで小皿に乗せていく、小鉢はほうれん草の白和、ごまを切らしていたので代わりに砕いた胡桃を乗せる、少し小さめの器とザルにそばを盛り付ければ、蕎麦御前の出来上がりだ。

「ん、少し地味か?朝作った信田巻きも付けるかの」

ついでに彩りで朝作った信田巻きもおまけした。


「あるじー、鴉さんふわふわになったよ」「ふわふわ〜」

「ふわふわ?ってなん…あーぁ、其方ら、狐火で乾かしてやったのはいいが、髪が跳ねておるではないか、全く加減ができぬ子らじゃのう」

「甘酒だー」

「甘酒〜」

「って、もう話聞いとらんし、まぁ良い、食事をテーブルに運んでおくれ、すまんのう旦那、髪がぐちゃぐちゃになってしもうて」

「はは、このくらい大丈夫ですよ、雨宿りさせて頂いた上にこうやって体も温めて頂いたので、髪はほら、私の場合笠で隠れますし」

「まぁ、確かにそうじゃの、とは言え、折角の男前が台無しじゃな、それ、櫛で梳けば直るかの」

「あっ」

「うん、これでよし、うんうん」

「ははは、何から何まで、すみません」

「客を丁寧にもてなすのが信条じゃ、それに久々のお客様じゃならな、妾も狐たちも少し張り切っておるのは、目を瞑っておくれ、それから、せっかくじゃから妾と一緒に昼餉でも食べてくれると嬉しいんじゃがのう、今日はとびきり美味い蕎麦がうてたのじゃ、其方、蕎麦は好きじゃろ」

「おや、それはそれは、いいんですか?」

「勿論」

「では、お言葉に甘えて御相伴に預かりますね」

平素では万屋の彼は素顔を隠しているため、どんな表情をしているかは分からない、でも今は、ほんの少しだけ隠れた素顔から喜色が滲み出ていたような気がした。

女将は満足げに座敷へと、三日振りのお客様を案内した。



感想

この二人って、多分、あんまりお互いの領域にいい意味で踏み込んではこなさそうだから、何かしら、空木がお世話を焼きたくて仕方がないシチュエーションならパワーバランスがいいのでは?と思いました。

あとなんか、めっちゃ格好いい感じのシーンを描いてみたかった、あんまりならなかったけど、急募、表現力と文章力。


来週は壬恋兎さんと空木の話を描きたいな。



唸れ妄想力

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