3月上旬 慣性の季節、そしてグッデイ

やりたいことでパンクしている依然。粘土は一度二度さわり、難しいことを実感した。粘土の上達ってどういう過程で進むのだろうか。新しいやり方、道具を探索することが上達なのだろうか。
本をたくさん読んでいる。横溝正史の女王蜂すごく高評価。次読むつもりの悪魔が来りて笛を吹くは代表作らしくさらに期待大。
高頻度で肉を食べている。連日一人焼肉に行ったりしちゃって、脂質と支出がやばいかも、飲酒もしちゃっててどうしようもない。
高めで始めて行くお店に誰かを連れて行くのってやっぱり怖いなと思う。高くて少なくて、でも美味しい店ってたくさんある。こういうところに一人で行けば、まあコスパの悪さというか、大当たりじゃなかったなって感覚はあるが、別に悪い店だという評価はしない。大当たりじゃないから次はいかずに別の店を開拓するだろうけどね。でもこれが複数での入店だったら会話による感想の共有フェーズが発生する。そこで口に出してバッドポイントを列挙してしまうと悪い点が印象に残る気がする。結論として二度と行かないにしろ、美味しかったという美点のみ考える特権が”一人”にはある。都合の悪いというか考えても仕方ないことを意図的に無視する機能は偉大だ。

寒さと温さが交互に到達。春への過渡期を耐え忍ぶ。
自分はデスクで作業するタイプで、寝るのはベッド。そうするとベッドとデスク間の移動が必要なわけで、冬は厳しい。しかしデスクにいるときはブランケットを掛けているので移動しなければ暖かい。いままで、冬は作業がし辛い季節だと思っていたのだが、座りながら温まる環境を用意してしまえば逆にデスクに張り付ける。急な移動のみを嫌う、慣性の季節だったのか。であれば、あれほど期待していた春の作業効率は大したことないかもしれない。停止状態と移動状態のポテンシャルが同等なので、部屋中をふらふらとしてしまいそうだ。それでもいい。暖かいのが好きやねん。春来たれ。

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